Tous les chapitres de : Chapitre 171 - Chapitre 179

179

171話

どうにか自宅まで戻ってきた音羽と伏見。 自宅前には流石にもう裕衣の姿はなく、音羽はほっと胸を撫で下ろした。 「流石に裕衣ももういないですね……」 「ああ。長時間待ち伏せていたら不審者だと通報されてもおかしくないからな」 音羽の言葉に、伏見がトランクから荷物を取り出しつつ答える。 伏見の両手いっぱいに荷物が抱えられているが、それでもまだまだトランクには大小様々な大きさの紙袋が残っている。 音羽も荷物を取り出そうとしたが、伏見に呼ばれた。 「荷物は俺が全部持つから大丈夫だ。それより音羽、扉を開けてもらってもいいか?」 「も、もちろんです……!」 伏見の両手は荷物で塞がっている。 確かに、自分が扉を開けないと伏見は家に入れないだろう。 音羽は小走りで玄関に向かうと、電子ロックを解除して扉を大きく開けた。 「どうぞ、蓮夜」 「ああ、ありがとう音羽」 伏見はお礼を口にすると、自然な動作で音羽の唇に軽くキスをした。 途端、朱に染まる音羽の顔を見て、伏見は楽しげに笑うとそのまま中に入って行った。 「音羽、荷物は全部寝室に運ぶぞ?」 「わ、分かりました……!」 「悪いが、寝室の扉も開けてくれ」 伏見の声を追いかけるようにして、音羽も慌てて家の中に入った。 音羽と伏見の姿が見えなくなった時。 近くの壁から人影が覗いた。 「嘘だろう……。やっぱり音羽だ……」 ぼそり、と呟かれた声は低く、動揺しているように揺れていた。 男──玉櫛 樹は、信じられない物を見たとばかりに目を見開き、ただ一点を凝視していた。 視線の先には、先程まで音羽が立っていた場所。 そして、樹が佇む場所からは伏見にキスをされた音羽の横顔がはっきりと見えていた。 突然のキスに、音羽は可愛らしく頬を染めていた。 「……音羽のあんな顔、俺は殆ど見た事がないのに」 樹の脳裏には、可愛らしく頬を染めて照れている音羽の表情がしっかりとこびり付いている。 伏見を見つめる音羽の瞳にはありありと愛情が浮かんでいた。 音羽からの愛情を一身に受けている伏見、と言う男がとてつもなく憎らしい──。 音羽のあんな表情を見られるのは、愛情を向けられていたのは自分だったのに──。 そんな身勝手な感情が樹の胸をぐるぐると巡る。 腹立たしくて、苛立たしくて、気に食わない。 「──音羽
Read More

172話

◇ 「──ふん」 リビングの窓から外の様子を見ていた伏見は、背中を向けて去って行く樹の後ろ姿を見て鼻で笑った。 「腰抜けが」 伏見の低く、温度の感じられない声がその場に落ちる。 寝室に入らず、リビングに向かった伏見を不思議に思い追って来た音羽は、窓の側で立ち止まっている伏見に気づいた。 そんな伏見の背に、音羽は声をかけた。 「蓮夜?どうしましたか?」 伏見の見ていた先に何かあるのだろうか──。 音羽も伏見の隣に並び立ち、窓の外を見ようとした所で──。 「何でもない。それより残りの荷物も早く取りに行こうか、音羽」 「え?ええ……、分かりました」 伏見に視界を遮られてしまい、そう言われる。 音羽の返事を聞く前に伏見は寝室に向かって歩き出してしまっていて、音羽は慌てて伏見の背を追った。 ◇ 「運んでくれてありがとうございます、蓮夜」 寝室。 全ての荷物を運び入れてくれた伏見に、音羽はお礼を告げる。 すると伏見はちょいちょい、と音羽を手招きした。 どうしたのだろう、と首を傾げつつ伏見に近付いた音羽。 そんな音羽を、伏見はそのまま引き寄せてすっぽりと抱きしめた。 「……今日はずっとお袋に音羽を取られていたから、少し充電させてくれ」 「と、取られてたって……」 「だが、そうだろう?朝はまあ……音羽を独り占め出来ていたが、午後からは音羽をずっとお袋に取られっぱなしだった。それに、俺以外の男の前であれこれと着替えをして……」 音羽の肌が他の男の目に入ってるじゃないか、と唇を尖らせる伏見に音羽はついつい笑ってしまった。 「肌って……。そんなに露出が多い服は試着してませんよ?」 「体のラインがはっきり分かる服もあっただろう」 「……た、確かに?」 「音羽の着替えた姿を他の男が見るのは腹が立つ。これからはお袋に誘われても俺がいない時に一緒に買い物には行かないでくれ。今度は店を貸し切る」 「そ、そんな事をしなくても……!」 「いや、駄目だ。……音羽ここ、俺が付けた痕があるんだが、気がついていなかったか?何人の男に見られたか……」 伏見がそう言いつつ、音羽のうなじをちょん、と指でつつく。 伏見の言葉に、音羽は一瞬で顔を真っ赤に染めると慌てて触れられた箇所を手のひらで覆った。 「だ、だから痕は付けないでってあれ程言ったのに…
Read More

173話

◇ 翌朝。 伏見はベッドから起き上がると、軽くバスローブを羽織った。 自分の隣ですうすうと寝息を立てる音羽にそっと口付けを落とすと、柔らかな頬を手のひらで優しく撫でる。 昨夜はまた音羽に相当な無理をさせてしまったと自覚している伏見は、音を立てないように気をつけながら寝室を出てバスルームに向かう。 脱衣所で手早くバスローブを脱ぎ、伏見は風呂場に入った。 伏見の背中には、音羽がつけた爪の後がくっきりと痛々しく残っている。 背中には爪痕、肩には音羽の噛み跡があり、そこにシャワーが当たると軽くぴりっとした痛みを伴うが、伏見は幸せそうに口元を緩める。 「さて……玉櫛 樹とその妻はどうやってやろうか……」 軽く体を洗った後、湯船に浸かりつつ小さく呟く。 「……昨夜、家まで来ていたのは確かだ。……妻から俺の家を聞いたに違いない。……昼間に音羽を1人家に残しておくのは危険、か……?だが、恭と遊ぶ約束をしているし、音羽の優先事項は恭だ。……どうしたものか」 これから先の事を考え込んでいた伏見は、珍しく思考の渦に飲み込まれていて、近づく足音に気が付かなかった。 伏見が気が付いた時には既に風呂場の扉が音を立てて開いていて──。 「れ、蓮夜……?」 「──音羽。どうした?」 扉からひょこり、と顔を覗かせた音羽に伏見は驚き、思わず湯船から立ち上がる。 伏見が立ち上がった瞬間、音羽は慌てて後ろを振り向くと答えた。 「その……目が覚めたら蓮夜の姿が無かったので……」 ぼそり、と寂しそうに呟かれた音羽の声に、伏見は自分の口元を手のひらで覆った。 覆い隠した口元が、ゆるりと笑みの形に変わって行くのを止められなかった。 まさか音羽が寂しがってくれるなんて──。 伏見はニヤけてしまったが、慌ててそれを引っ込めると足音を殺して音羽の背後まで歩いて行く。 自分に近付く伏見に気付かず、音羽は背を向けたまま、言葉を続けた。 「そっ、その……寝室に戻ります、ね……!ゆっくりお風呂に入っ──きゃあっ!」 「せっかくここまで来たんだ。音羽も一緒に入ろう」 伏見は音羽が話途中に自分の両腕で音羽を背後から抱きしめると、そのままひょいっと音羽を軽々持ち上げた。 「わっ、わっ、離してください、蓮夜……!」 「音羽も体がベタベタで気持ち悪いだろ?さっぱりした方がいい。俺
Read More

174話

「れ、蓮夜……っ!もう無理です……っ!」 音羽は赤くなったり青くなったり、顔色を変えながらぶんぶんと首を横に振って必死になって伏見に告げる。 はっきり言って、音羽の体は既に限界を迎えていたのだ。 伏見の実家で散々激しく抱かれ、そして実家から帰宅した昨夜。 荷物を全部運び終えた寝室で、伏見に押し倒され、その後も散々抱かれた。 音羽の足はガクガクと震え、この浴室までやって来るのも精一杯だった。 目覚めた時に隣に伏見がいない事に気付き、寂しくて壁伝いに寝室から出て何とか浴室にやってきたが、これで風呂場でまた伏見に抱かれてしまったら。 きっと1日中自分の体は使い物にならないだろう。 そんなはっきりとした予感が、音羽にはあった。 「無理だなんて言わないでくれ、音羽。俺は何度だって音羽を抱きたい」 「わっ、……ちょっと、蓮夜……っ」 伏見は音羽の体を自分の手で優しく洗いつつ、うなじに軽く口付ける。 伏見の手のひらが音羽の胸を掬うように持ち上げ、丁寧に洗うのが見えて、音羽の顔は真っ赤に染まる。 「れ、蓮夜──」 「だが、ここで無理には抱かない。……ちゃんと大人しく体を洗う事だけに専念するよ」 「ほ、本当に……?」 「ああ。音羽が抱いて欲しくなったら話は別だけどな?」 「な、ならない……っ!ならないですっ!」 ひょい、と伏見の顔が背後から覗き、音羽の顔を見つめる。 どこか楽しげに笑っている伏見に、音羽は慌てて首を横に振って答える。 音羽を見つめる伏見の瞳に、妖しい光が一瞬だけ光った気がして、音羽は慌てて否定した。 もし、一瞬でも迷ったような雰囲気を察したら伏見はきっと我慢出来ずにそのまま自分を抱くだろう──。 何となく、そんな気がしてしまった音羽は必死に首を横に振った。 そんな音羽の答えに、伏見は軽く肩を竦めて「それは残念だ」と笑って答える。 それから伏見は、音羽の希望通り性的な触れ方ではなく、純粋に音羽の体を洗う事に専念してくれた。 背中から前──胸を洗う時や、下半身を洗ってもらう時、音羽はひやりとしたが何事もなく洗い終えた伏見は、次にシャンプーボトルに手を伸ばし、カシャカシャと数プッシュして手のひらに出す。 「髪の毛も洗ってしまおう。その方がスッキリするだろう?」 「そこまでしてもらっていいんですか?」 「ああ。音羽の
Read More

175話

お互いの頭を洗い終え、少し湯船のお湯を温めに設定し終えた後、2人は一緒に湯船に浸かった。 「昨日は疲れただろう、音羽」 伏見は後ろから音羽の腹の前に腕を回してぎゅうっと抱きしめていたが、不意に音羽の手のひらを掬い上げると、音羽の薄い手のひらを自分の指で指圧してマッサージをする。 程よい強さで手のひらのマッサージを受けた音羽は、その気持ちよさにうっとりと目を細めて背後の伏見に体を預けた。 「疲れていないって言ったら嘘になっちゃいますね。緊張はしましたが、程よい緊張疲れ?みたいな感じです」 「親父も、お袋も結構破天荒な所があるからな……。連絡先の交換をしていただろう?これから連絡や、呼び出しが増えると思うが、無理して付き合わなくていいからな」 「ええ?でも、蓮夜のご両親ですし……」 「いい、いい。全部に付き合うな。調子に乗るから」 うんざり、と言ったように話す伏見に音羽はついつい笑い声を漏らしてしまう。 普段からとても頼り甲斐があって、落ち着いていて、大人の男性と言う印象が強い伏見。 (だけど……ご両親とお話している蓮夜は、結構振り回されていて……新しい一面を見れたみたいで、嬉しいわ) 両親に振り回される息子。 まさに、そんな言葉がしっくり来てしまい、音羽は笑ってしまう。 (そう言えば、蓮夜は私より年下なのよね。普段の蓮夜はそんな感じが全然しなかったけど、ご両親に振り回されている蓮夜は、何だか……可愛らしかった) 破天荒な両親に呆れ、文句を口にする伏見。 何も言わなくても母親がすっと伏見に荷物を渡し、それを無言で受け取る伏見。 そんな光景を見ていて、音羽は両親と仲の良さそうな伏見が少しだけ羨ましく思えてしまったのだ。 音羽には、もう二度と経験する事の出来ない事。 だけど、音羽の両親がいない事を知っている伏見の両親は、音羽の事も自分の娘のように可愛がってくれた。 特に母親の百合奈は音羽を連れてあちこち買い物に行き、沢山の物を買ってくれたのだ。 「娘を連れ回して買い物するのが夢だったのよ」と少し照れたように笑って言う百合奈に、音羽がどれだけ嬉しかったか。 全てを受け入れてくれた伏見の両親に、音羽は有り難さしかない。 「……恭ちゃんを無事取り戻したら、ご両親にも一緒に会いに行きたいな」 ぽつり、と落ちた音羽の声に、伏見は音羽の
Read More

176話

◇ 「おばさん、こんにちは!」 「こんにちは、恭ちゃん。今日も凄く元気ね」 翌日。 音羽は伏見と一緒に恭が保育園から帰って来るのを待っていた。 音羽が近くに住んでいる。 それが分かった樹と裕衣が、恭を保育園に行かさずに家に閉じ込めるのではないか。 そんな不安があったのだが、恭は変わらず保育園に行っている。 それに、音羽や伏見の事を樹や裕衣から聞かされていないのだろう。 恭の態度は今までと変わらず、音羽にも伏見にも笑顔で挨拶をしてくれる。 恭の運転手である飯野も、樹達から何も聞いていないのだろう。 普段と変わらずにこにこと笑って恭を音羽と伏見に送り出している。 「伏見様、それに奥様。それでは私は少し家に……坊っちゃまの事をよろしくお願いいたします」 「ええ、大丈夫ですよ」 「恭を連れて公園にいますね。何かあれば連絡してください」 頭を下げて家に入って行く飯野を見送り、音羽は恭と手を繋いでお喋りをする。 「恭ちゃん、今日は保育園でどんな事をしたの?」 「今日はお友達と一緒に絵本を読んでもらいました。その後は、園庭でかけっこをして!」 「ふふふっ、そうなの?元気いっぱいね。楽しかった?」 「はい!」 手を繋ぎ、歩く姿は本当の親子のよう。 伏見は手を繋いで歩く音羽と恭の少し後ろからスマホを構え、手を繋いで歩いている後ろ姿を写真に収めた。 カシャ、と言う音が聞こえたのだろう。 不思議そうに振り返る音羽と恭。 振り返るタイミングも、不思議そうに首を傾げる様子も、親子そっくりだ。 伏見は自然と笑い声が漏れてしまう。 「蓮夜?どうしたんですか?」 「写真?おじさん、写真を撮ったんですか?」 キラキラ、と目を輝かせる恭に、伏見はしゃがんで恭の目線に合わせてやると「ああ」と言いながら今しがた撮ったばかりの写真を恭に見せてやった。 「夕日がちょうど綺麗でな。手を繋いで歩いている2人が絵になったから、写真を撮ったんだ」 「──わっ、本当に綺麗……」 「わああ!本当ですね!いいなぁ……この写真、僕も欲しいです……」 「なら、今度飯野さんにプリントアウトしたものを渡そうか?」 伏見の言葉に、恭は嬉しそうにぱっと顔を輝かせた。 だが、すぐに首を横に振ってしまう。 恭の行動に、音羽は一瞬だけ寂しそうに表情を曇らせたが、恭が次
Read More

177話

「ありがとうございました」 「どういたしまして」 写真を撮ってくれた親子にお礼を告げ、公園から去って行く親子を見送る。 恭は先程3人で撮ってもらった写真に釘付けだ。 伏見のスマホで写真を撮ったため、伏見がベンチに座り、膝に恭を乗せて一緒に小さなスマホの画面を見ている。 傍から見れば、本当に仲睦まじい様子の親子だ。 そんなに沢山写真を撮ったのだろうか? そう不思議に思いながら音羽が2人に近付いて行くと、恭が伏見に話しかけている。 「このドレスを着ているおばさん、すっごく綺麗です!」 「そうだろう?まるで天女のようだった。この会場にいる人全員の視線を音羽は独り占めしていたよ」 「わああ……いいなあ、僕もこんな綺麗なおばさんを見たいです……」 「いつでも見れるさ。今度一緒にパーティーに参加するか?」 揶揄うような伏見の提案に、恭はキラキラと目を輝かせて頷く。 「いいんですか!?」 「ははっ、恭のお父さんとお母さんがいいよって言ってくれたらな。どこにでも連れて行ってやる」 「──お父さんとお母さん……」 伏見の言葉を聞いた瞬間、それまで弾けんばかりの笑顔を見せてくれていた恭の表情が一瞬で曇る。 寂しそうに俯く恭を見た音羽は、堪らなくなってすぐ隣のベンチに腰掛けた。 「恭ちゃん……お父さんとお母さんとはあまりお話とかしないのかな?」 今まで、避けてきた話題──。 幼い恭を傷付けてしまわないか、と敢えて話題にしなかった。 だが、恭の親権を取り戻すためには避けては通れない道。 隣に座った音羽に、恭は伏見の膝から手を伸ばして音羽に抱きつくとぎゅっと力を込めて呟いた。 「お父さんも、お母さんも……僕の事が嫌いなんだと思います……」 「──どうして、そんな風に思うの?」 「昔から、僕とはあんまりお話してくれないし……お母さんは、僕の本当のお母さんじゃないから……。僕の事、邪魔なクソガキだって、ずっと前から言ってます……」 「──っ」 なんて、酷い事を……! 音羽は、思わずそう叫び出しそうになってしまった。 だが、ここで取り乱してしまったら元も子もない。 音羽は苦しそうに、悲しそうに呟く恭を強く抱き締め、頭を撫でた。 「そんな酷い事を、恭ちゃんに対して本当のお母さんじゃない女性が言っているの?」 「──はい」 こくり、
Read More

178話

子供をそっちのけにして、樹と裕衣は自分達の欲望のまま生活し続けているのだ。 それを理解した瞬間、音羽は恭を抱きしめる腕の力を込めた。 音羽の腕の力が強くなった事に、恭は不思議そうに瞳を瞬かせたが、嬉しそうに頬を綻ばせて恭も自分の腕に力を入れて音羽にぎゅっと抱きつく。 ぎゅうぎゅうと抱き合う母子を優しい眼差しで見つめていた伏見はくつくつと喉奥で笑い声を上げながら口を開いた。 「ずるいな、俺も混ぜてくれよ」 「えっ、わあっ!」 「ちょ、ちょっと蓮夜……!」 伏見は音羽と恭に向き直り、恭を間に挟んで音羽をしっかりと自分の両腕で抱きしめる。 体の大きな伏見に、背後からすっぽりと抱きしめられ、目の前には音羽の体があって。 恭は今まで感じた事のない安心感と、どこか懐かしい音羽の香りに自分の鼻がつん、とした。 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる腕の力は決して強くはないけれど、温かく恭を守るように回されている。 音羽の笑い声も、不思議と落ち着く心地だ。 「ふっ、ふふっ!」 恭は嬉しくて嬉しくて、思わず自分の口から笑い声が漏れてしまった。 「ちょっと、蓮夜……!恭ちゃんが潰れちゃう……っ!」 「そうか?苦しいか、恭?」 「全然苦しくないです!もっとぎゅっとしてください!」 「ははっ、任せろ」 ベンチで3人、わあわあ騒ぎながら、時折笑い声を零しながら抱き合う。 そんな様子を、運転手の飯野は公園の入口から見守っていた。 時間がやって来て、恭を迎えに来たのだが飯野は本当の親子のように触れ合う3人の邪魔をしたくなくて暫くその場で待機していたのだ。 だが、視線に敏感な伏見は飯野の存在に既に気付いている。 一頻り笑い合った後、不意に腕を離して恭と音羽を解放すると恭の頭を撫でた。 「恭、飯野さんが迎えに来てるよ。そろそろ帰ろうか」 「あっ、本当ですね」 伏見の言葉を聞き、恭が公園の入口に顔を向ける。 すると、そこにはひっそりと目立たないようにして立っている飯野の姿があった。 伏見は入口に背を向けていて、見えないはずなのに。 人の視線や、人の気配に鋭い伏見の一面を見て、音羽は心の中で「流石ね」と独りごちる。 (私なんて、恭ちゃんに夢中で全然気が付かなかった……。私の方が公園の入口が見えるのに……) いつ気がついたのだろうか。 そう思いつつ
Read More

179話

「──園外、学習ですか……?」 飯野から話された内容に、音羽は驚きの声を上げた。 「はい、実は毎年この園外学習はあるのです。園児達が2泊3日で地方に向かい、都心では学べない地方ならではのお仕事を見学、体験するといった行事なのです」 「……恭ちゃんは、昨年も参加したのですか?」 「ええ、私が坊っちゃまに付き添いを」 飯野の返答に、音羽は眉を顰める。 園外学習に、樹はおろか裕衣も着いて来なかったと言う事なのだろう。 音羽の考えが分かったのだろう。 飯野は慌てて口を開く。 「旦那様も、奥様もこの時期は仕事がお忙しく……それで、坊っちゃまの事は私に任せて下さっていて……」 「──それで、今年もその園外学習があると?」 飯野の言葉に、伏見が返す。 先程飯野から渡された園外学習のしおりを渡されており、それに目を落としていた。 「は、はい……今年も私が坊っちゃまに付き添う予定なのですが……その……もしよろしければ……」 飯野の、期待と不安が伴った瞳──。 伏見は口元に笑みを浮かべ、くつりと喉を鳴らすと言葉を返した。 「俺と音羽に、参加してもらいたい……。そう言いたいんですか?」 伏見の言葉に、音羽も恭も驚き目を見張る。 音羽は驚いていたが、恭は伏見の言葉を理解するとじわじわと期待が混じった視線を音羽と伏見、2人に交互に送った。 キラキラ、と輝く恭の瞳に見つめられてしまえば、にべもなく「ノー」と断り難い。 音羽は不安そうに飯野に質問をした。 「だけど……私たちは恭ちゃんのご両親じゃないですし……。その、無関係の私たちが参加するのは……」 「そ、その辺りは大丈夫です……!坊っちゃまが通っていらっしゃる園は、似たような境遇のご家族も多く、ご両親揃って参加出来る方は少ないですし、私のような立場の者が付き添いとして参加している場合も多いですから……!」 「……どうしましょう、蓮夜」 音羽は意見を求めるように伏見にちらりと視線を向ける。 すると、伏見はあっけらかんと答えた。 「俺たちが参加しても大丈夫、と言うなら本当にそうなんだろう」 そこまで言葉にすると、伏見はしゃがみ込んで恭と目線を合わせた。 「恭の園外学習、どうやらおじさんやおばさんも参加出来るみたいだ。……恭のお勉強している所を、見に行ってもいいか?」 「──っ!」 伏
Read More
Dernier
1
...
131415161718
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status