جميع فصول : الفصل -الفصل 60

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新しい人生へ向けて Page1

 ――翌日の土曜日、あたしは久しぶりに目黒の実家へ帰った。正樹さんとの離婚の意思を伝えるつもりだったので、夫婦一緒ではなくひとりだ。いや、お腹の赤ちゃんと二人というべきか。  大智はやっぱりついて来ていない。彼の名誉を守りたいというあたしの意思をちゃんと汲んでくれたのだろう。 「――里桜、おかえりなさい。久しぶりねぇ」 「俺は二ヶ月ぶりくらいか? 一度会社に顔を出してくれたもんな」  リビングで向き合った父と、キッチンで冷たい麦茶を入れてきてくれた母は、嬉しそうに一人娘のあたしを迎えてくれた。  父には一度、〈田澤フーズ〉で顔を見せている。母には電話くらいはしていたけれど、こうして顔を見せるのは結婚式の時以来三ヶ月ぶりになる。 「……ただいま、お母さん、お父さん。昨日は急に連絡してゴメンね。ビックリしたでしょ」 「そんなことないわよ。お母さん、嬉しかったわ。『久しぶりに実家に帰ってもいい?』なんて。――今日、正樹さんは一緒じゃないのね」 「うん。あたしがお願いしたの。『ひとりで帰りたいから、ついて来ないで下さい』って。彼も今日何か予定があったみたいでね、『分かった。ひとりで行っておいで』だって。まあ、ついて来なくて安心したけどね。今日話したかったこと、あの人のいる前では言いづらかったし」  ――昨夜そう言った時、彼がどうしてもついていくと言うんじゃないかと心配だった。でも、快く送り出してくれたのでホッとしたけれど、あたしはちょっと拍子抜けした。 それにしても、彼の予定って何だったん
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新しい人生へ向けて Page2

「あなた、やめて! 里桜のお腹には私たちの孫が――」 「殴ってもいいよ、お父さん。あたし、それだけのことしてるって自覚あるから。でもね、殴られたってあたしの意思は変わらないよ。あたしはただ、幸せになりたいだけなの。この子と、この子の父親と三人で」  母は必死に父を制止しようとしたけれど、あたしはそれを遮って父を真正面から見据え、自分の気持ちをハッキリと伝えた。 「幸せになりたい」――、あたしの切実な望みを聞いた父はたじろぐ。それはやっぱり、父の中にもあんな形で娘を嫁がせてしまった負い目があったからだろう。 「…………分かった。父さんが悪かったよ。お前の好きなようにしなさい。……今度こそ幸せになれ。その子の父親と」 「お父さん……、ありがと。ありがとうございます。ふしだらな娘でごめんなさい」  父に許してもらえたという安心感と、父への申し訳なさから、あたしの目に涙が溢れた。 正樹さんと結婚させられた時は泣かなかったのに――。今度こそ、父があたしの幸せを心から望んでいることが分かったから。それと同時に、人の道を外れた恋でしか幸せを掴めない自分がすごく親不孝娘のように思えて、情けないというか悔しくもあった。 「……里桜、よかったわね。世間に顔向けできるようなことじゃないかもしれないけど。お母さんも、あんたが心から幸せだって思ってくれたらそれでいい。大切な人と、これからの道を歩んでいきなさいね」 「うん……、うん! お母さん、ありがと……」  そのままボロボロと泣き出したあたしに、母は「あらあら! はい、これで鼻をかんで」とボックスティッシュを差し出してくれた。 
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新しい人生へ向けて Page3

「あたしね、四月に大智と再会してから、彼が起こした会社で働いてるの。それからすぐに彼とまたそういう関係になって……。彼はあたしと別れたとは思ってなかったんだって。でも、再会して分かったの。あたしもまだ、大智のこと好きだったんだって」「そう……だったの」「それがいけないことだっていうのは自分でも分かってたよ。でも、頭では分かってても、自分の気持ちにはウソつけなかった。あたしを幸せにしてくれる相手は大智だけなの」 後ろめたい気持ちだってなかったわけじゃない。けれど、あたしだって人並みに恋愛を楽しみたかったし、その相手は愛してもいない正樹さんではなく大智でないといけなかったのだ。「……さっきも言ったけど、あんたがそれで後悔しないなら、お母さんは何も言わないわ。あんたは大智くんと、生まれてくるその子と幸せになることだけを考えなさい。お父さんだって分かってくれるわ」「うん。ありがとね、お母さん」 母はいつもあたしの味方でいてくれる。正樹さんとの結婚のことも、父の借金の件がなければきっと反対していたのだろう。「じゃああたし、もう行かなきゃ。また帰ってくるね。今度は大智も一緒に」「あらあら! 大智くん、お父さんに殴られちゃうんじゃない?」「大丈夫だよ。本人も殴られる覚悟はあるみたいだし」 あたしは肩をすくめて笑った。実際にそう言っていたわけじゃないけど、多分そうだろう。でなければ、不倫関係なんて結ばないはず。それだけ彼の方も本気だということだ。   * * * * ――大智とは実家へ行く前にメッセージアプリで連絡を取り合っていて、正午にJR新宿駅前で合流することになっている。 実家を後にしてメトロで新宿まで行き、彼を待っていると、一人の女性に声をかけられた。「――あの、すみません。失礼ですが、藤木副社長の奥さま……里桜さんで間違いありませんか?」「……えっ? ええ、そう……ですけど。あなたは?」 年齢はあたしと変わらないか、少し上くらいか。身長は百六十センチのあたしより少し低いくらい。お互いに少し高いヒールの靴を履いているので、誤差はなさそう。 少し茶色がかったあたしの髪とは違ってストレートの真っ黒なボブカットの、整った顔立ちの美人だった。唇が少しポッテリしているのがセクシーではあって、男性はこういう女性に弱いんだろうなと思う。 プロポーショ
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新しい人生へ向けて Page4

「――それで、小田切さん。あの人とはいつからなんですか?」  あたしはズバッと本題に斬り込む。大智と待ち合わせしているので、グダグダとムダ話をしている場合じゃないのだ。 「誤解しないで下さいね。あたし、あなたを責めるつもりは毛頭ありませんから。悪いのはあの人だし、あなたも騙されていた被害者に過ぎないんで」 「……そうですね、もう半年になります。正樹さん……副社長が里桜さんとご婚約中に、わたしからあの人に迫ったんです。それで、彼もわたしを受け入れて下さって」  やっぱりやっていやがった、あの男。よりにもよって、あたしと婚約していながら彼女とも。とんだゲス野郎だな! 内心ではガッツポーズを作っていたけれど、彼女の前ではそんなこと、おくびにも出さない。 「じゃあ、あたしとあなたに二股をかけていたってことですか? 婚約中の身で」 「はい。わたし、受け入れてもらえたことは嬉しかったですけど、本当は『いいのかな』と思ってたんです。ご結婚なさってからはもう、里桜さんに申し訳なくて……」 「あまりご自分を責めないで下さい、小田切さん。さっきも言いましたけど、悪いのは受け入れた夫の方ですから」  彼女は真面目な人のようで、あたしは彼女に申し訳なくなってきた。この人を責め立てるのはかわいそうだ。あたしは鬼じゃないんだから。 「一つ伺ってもいいですか? 二ヶ月前、静岡への出張にも小田切さんは同行されてましたよね?」 「ええ。秘書ですので……。それが何か?」&n
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新しい人生へ向けて Page5

「小田切さん、あたしに協力して頂けませんか? あの人と結婚したいあなたにとっても悪い話じゃないと思うんですけど」 「……えっ? ええ……それは別に構いませんが。わたしは何をすればいいんでしょうか」 「あたしは近々、藤木家に乗り込んであの人のご両親に離婚する旨を伝えるつもりにしてます。そこで、正樹さんとの関係を証言して下さるだけでいいです」  この人があたしの提案を受け入れてくれたら、藤木家があたしの父や家にどれだけ卑劣なことをしてきたか、すべてを彼女にも打ち明けようと思った。 「……それだけでいいのでしたら、協力しましょうか」 「ありがとうございます、小田切さん……いえ、ナルミさんってお呼びした方がいいですね。これで交渉成立です。よろしく」  あたしはナルミさんに手を差し出した。 もしそれで彼女が不利益を被ることになったとしても、あたしに責任はない。すべて藤木家の蒔いた種だ。 「はい、よろしくお願いします」  ナルミさんが手を握り返してくれたので、あたしと彼女はその場で連絡先を交換した。 「――里桜、お待たせ! ……あれ?」  そこで、クルマを降りてきた大智があたしに声をかけてきて、隣にいるナルミさんを目にして首を傾げた。 「あっ、大智。――ナルミさん、この人があたしのお腹の子の父親です」&
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新しい人生へ向けて Page6

「……お前さぁ、また頭ん中でオレの存在消してたろ?」 「えっ!? ううん、そんなこと――」 「ごまかしてもムダ。見てりゃ分かるっつうの」  そんなことないよとごまかそうとしたけれど、彼にすぐさま遮られた。そして、あたしの考えていたことまでお見通しだ。 「お前がダンナとかあの女のこと気にすんのは分からんでもないけど、オレの前ではそういうの禁止! 分かった?」  せっかく二人でいるのに、自分以外の人のことを考えられていて面白くなかったという彼の気持ちも分からなくはない。でも、その言い方がちょっとダダっ子みたいであたしは思わず吹き出してしまう。 「はははっ! なに、その子供っぽい発言ーっ? っていうか、あんたにもあったんだねー。そういう独占欲? みたいなの」 「……うっさいわ。そんな笑うなよ」 「あはは、ゴメンって」  いつもあたしのことを第一に考えて気遣ってくれている、優しいスパダリの大智にもそんな一面があったんだ……。笑ったのは申し訳なかったけど、彼の本音を聞けたのは嬉しかった。 「ちょっと待てよ。今日、愛人が一緒じゃないってことは、お前のダンナは誰とどこに行ったんだ?」  大智が今さらな疑問を口にした。 「ナルミさん……ああ、さっきの人ね。彼女が言うには、お友だちと名古屋まで一泊旅行だって」 「その友だちって男か?」 「だと思うけど。彼女もそこまでは教えてくれなかった。でも、愛人を連れていってないってことは
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対決 Page1

 ――その日は大智のマンションに一泊して一緒に過ごし(もちろん体も重ねた)、翌日の夕方ウチのマンションの前までクルマで送ってもらった。  前は不倫があの人にバレたらマズいと思ったから駅前の路地裏までだったけれど、もう現実から逃げないと決めたから。万が一正樹さんと大智が鉢合わせしたら、その時はその時だ。 「――じゃあ大智、また明日、会社でね」 「うん……」  大智はそのまますんなりあたしをクルマから降ろしてくれるのかと思ったけれど、なかなかドアのロックを外してくれない。 「……大智、どしたの?」 「里桜、……キスしていい?」 「いいよ」  彼は助手席まで身を乗り出してきて、あたしと唇を重ねた。 彼との長いキスを味わいながら思う。……ああ、あたし今、すごく幸せだ。  ところが、そこに正樹さんの紺色のセダンが到着したのが車窓越しにチラッと見えた。あたしはパッと体を少し捩って大智から離れる。 大智と正樹さんが鉢合わせしてもいいやと思っていても、やっぱりこういう時は世間の目や常識というものが頭をよぎってしまうのだ。 「……里桜?」 「大智、今あの人が帰ってきた。あたしを降ろして、大智はもう帰って」  彼とあの人との鉢合わせを回避しようと試みたけれど、大智はニヤリと笑いながら「いや」とそれを拒んだ。この顔は、彼が何かを企んでいる時の顔だ。大学の頃からの付き合いなので、あたしに
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対決 Page2

     * * * *   ――幸い、その日の夜は正樹さんから何もひどいことをされなかった。大智のことを根掘り葉掘り訊かれることも……。  ただ、正樹さんがいつからあたしに片想いしていたのかは分かった(あたしは何とも想っていないので、〝片想い〟と断言してしまっていいだろう)。 彼は六年前、あるパーティーの席であたしを見かけ、一目ぼれしてしまったらしい。そのパーティーのことはあたしも何となく憶えていた。父に連れられて出席していた記憶はあった。でも正樹さんの存在には気づいていなかったし、その頃にはすでに大智と付き合っていたのでそもそも正樹さんに気づいていても恋仲に発展する可能性はほぼゼロだったのだ。  その一目ぼれが原因で、あたしを手に入れるそのためだけに、あの親子は色々と裏で工作して父に多額の負債を負わせ、自分たちがそれを肩代わりすることを正樹さんとあたしの結婚の口実として使ったわけだ。大智も言っていたとおり、本当に汚い人たち! お義父さまがあたしに優しいのも、そういうことをした負い目からだったのだ。 それはわざと放火して、その火事の現場から好きな女性を救出してヒーロー気取りになっている男と何も違いはない。恩着せがましいの一言では済まされない。 あたしはこの親子を絶対に許さない。――こうなったら、大智とお腹の子と三人で幸せになるためにも、徹底的にこの人たちを潰してやろうと心に決めた。   翌日、あたしは会社の社長室で大智にその話をした。 「……うわ、キモっっ! 五年以上もお前に片想い続けて、手段選ばずにモノにしたのかよ。お前のダンナ、とんだストーカー野郎じゃねぇか」  大智の正樹さんに対する毒舌はますますパワ
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対決 Page3

     * * * *   ――その翌週末までに、藤木家を告発するための証拠が集まったと飯島弁護士から連絡があった。……飯島先輩、仕事早すぎ。そして頼もしすぎ。   そしてその週の土曜日、あたしは大智と二人でまた実家へ赴いた。 「――里桜のお父さん、お母さん、お久しぶりです。大沢大智です」  半袖カットソーの上からネイビーの麻のジャケットを羽織り、黒のコットンパンツというちょっとキッチリめのコーデの大智は、リビングのソファーに座る父と麦茶を出してくれた母に強張った表情で挨拶をした。 殴られる覚悟の現れだろう、彼は父の向かいのソファーには座らず、フローリングの床に直接正座している。あたしもそんな彼の隣に膝を崩して座っているのは、彼一人にそんなことをさせたくないからだ。 「……ああ、久しぶりだね。里桜の大学の卒業式以来だから、三年と少しぶりになるか」  父は多分、あたしと大智が今日どんな話をするつもりなのか察しがついているだろう。たった二週間前に、娘の妊娠を告げられたばかりなのだから。 「オレ、もう一発殴られる覚悟はできてるんで、率直に言います。――お父さん、里桜が離婚したら、オレと里桜の再婚を許して下さい! 彼女のお腹の子はオレの子です。だから……、お願いします!」 「あたしからも、お願いします!」  大智はその場で父に土下座をした。あたしもお腹に負担がかかるといけないのでそこまではしなかったけれど、頭を下げる。 
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対決 Page4

 あたしはそのまま実家に泊まることになり、マンションへ帰る大智を見送りに出た。 あの後、四人で昼食に母の料理を囲み、大智と父はすっかり意気投合していた。……さすがに大智はクルマで来ていたし、真っ昼間から酒盛りというわけにはいかなかったけれど。「――お前の親父さん、オレのこと信用してくれたみたいでよかった。オレ、マジで殴られると思ってビビってたのにさぁ」「あたしも内心ビクビクしてたよ。でも、無事に再婚許してもらえてホッとした。『正樹君とは違って、大智君は信用できる』って言ってもらえたしね」 父が大智のことをそう高評価してくれて、あたしも嬉しかった。だって、大智が語った決意にウソは一つも混じってなかったもの。「うん。お前のダンナ、親父さんからどんだけ信用されてねぇんだよってカンジだな。仮にも娘婿だぜ?」「ホントにねー。まぁ、あんな形で娘を人質に取った相手だもん。信用されなくて当然でしょうよ」 あたしも大智に倣って、正樹さんのことを辛辣にコメントした。今となっては、二ヶ月前の夜に聞かされた「ずっと君を愛していた」という発言だって信じていいものか怪しい。「……あ、そうだ。明日ダンナの実家に乗り込むんだったよな? いよいよ全面対決か」「うん。ナルミさんにも連絡して、来てもらうことになったから」 この全面戦争のキーパーソンとなる人の名前を出すと、大智がキョトンとした顔になる。「〝ナルミ〟……って誰だっけ? ああ、ダンナの愛人かぁ」「……大智、言い方! それ言ったらあんただってあたしの愛人なんだからね」「そうでした。悪りぃ悪りぃ。……んで? あの女に何させるんだ?」「正樹さんがあたしと婚約してからずーっと不倫してるって、彼女に証言してもらうの。それで彼女に万が一不利益があったとしても、あたしには何の責任もないから。それはあっちで解決してもらいましょう」「里桜、……お前って鬼?」 大智が「ああ、やっぱりね」な反応をして、数歩後ずさった。多分、「コイツは敵に回すと恐ろしい相手」と認識したのだろう。「かもねー。でも、大智相手には鬼にならないから安心して? 大智があたしを裏切らなきゃね」「裏切りませんって。お前の親父さんとも約束したからな」「そうだね。それで裏切ったら、今度こそホントにお父さんに殴られるもん
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