All Chapters of 極道と、咲き乱れる桜の恋: Chapter 101 - Chapter 110

110 Chapters

101.Side蔵之介 俺の行く道

「あ〜あ、日本の空は狭いわな」この先の自分の人生のために、もう一度勉強し直そうと思い立ってずいぶん時間が過ぎた。これまでに出会った社長の仕事を手伝ってみたり、飲食店のバイトやホストもやってみたが……これといったものが見つからず、少し焦る日々。「俺は、組長や龍之介に守られてたってわけだ」まんべんなくいろんなことができるだけに、突出してこれ、というものが俺にはない。龍之介はどうやら、斎藤さんに担ぎ出されてメンズスーツのモデルなんて仕事を始めたらしいが……兄貴に負けはないビジュはあると自信はあっても、俺は多分……短い期間で周りのスタッフと揉め事をおこすだろう。龍之介はああ見えて、コミュ力の高い男だ。人を惹きつけて離さない。モデル業なんて最適じゃないの……!?自宅マンションのソファの上、なんとなく時間を持て余して仰向けにひっくり返ってみる。窓の向こうの空が目に入って……同時に視界に入るビル群が、どうしようもなく狭い日本の空を思い出させた。勢いをつけて起き上がり、窓を開けて外の空気を入れる。極道時代は、どちらかというとシノギ担当で、いわゆるインテリヤクザとして金儲けを主に担当していた。俺も龍之介もそれなりの大学を出ている。学んだ知識が頭の中にあったからなのか、それとも生まれつきか、俺はそれらと商売を結びつけるのがうまかった。「自分で、なんかやってみたいわな……」とはいえ、日本の中心であるこの場所には、味方だけではなく敵もいる。それも相当数……龍之介のおかげで難なく組織を抜けられた俺のことを、良く思っていない輩もかなりいるはずだ。「都会を出るか、それとも日本を出るか……」いつかテーブルに放った1枚の名刺が目に入った。それは、知り合いの社長にもらった名刺で、海外を拠点に活動している会社の名前、そして人物の名前が記してある。「………あ、西門蔵之介と申します。山本常務にご紹介いただいて連絡しました。近くそちらに行く用事がありまして、できたらお会いできないかと……」「えっ?蔵之介さん、ヨーロッパに行くの?!」「………声がデカいよ、桜ちゃん」「ご、ごめんなさい。でもあの、どうして急に?」トレーを胸に抱え、ついに目の前の椅子に座ってしまった。「……仕事はいいのか?お客さんが目で呼んでるみたいだけど?」「あ、それなら大丈夫です。今日は渉くん
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102.Side.蔵之介 異国にて

「なんで来るの……アホか?」「久々の対面でその言い方はいでしょ?」国際線に乗り、十数時間。空港に到着してすぐにわかった。不器用に松葉杖を使い、到着ゲートに向かう日本人女性。「迷ったら可哀想だって?……は?!ここには何度も来てるんだよ」つい、言い方が冷たくなってしまう。足を骨折して不自由なのに、わざわざ出迎えてくれた優しさを非難してどうする……「何度も来てたの?知らなかった」「あぁ……組織を抜けて、次の人生をどうするか迷ってる時にね」「……やだ!なにすんのよ!」よっこらせ……と声をかけながら、真理をスーツケースに乗せた。「バカ……壊れるって」「大きさも強度も最高のやつだから心配すんな」「でも……」ごちゃごちゃ喋ってひっきりなしに動く唇。……気づいたらキスをしていた。「ちょっとっ!……何やってんの?バカなの?皆見てるじゃん!」「……見てる皆もキスしてるわ」真理を乗せ、スーツケースごとタクシーが集まる場所までやって来た。手を貸して後部座席に乗せ、やがて真理の住まいに到着する。「あのさ、来てやったんだから、キスくらいさせてよ?」「お礼が、キス?」「うん。安いもんだろ」答えないが、動揺しているのはわかる。でも頼んできたのは真理の方だ。これからしばらくここに泊まり、仕事の準備と骨折した彼女の世話をする約束になっている。「はぁ……まぁまぁな散らかりようだな。まずはざっと掃除するか」「ごめん。到着してすぐに……」恐縮する真理に、俺は笑ってこう提案した。「ざっくり片付けるけど、1度ハウスキーパー入れようぜ」真理に現地の紹介システムに連絡をさせた。……流暢なフランス語。あいつもかなり勉強したんだとわかる。「明日来てくれるって。蔵之介、車の運転はできる?」「あぁ。国際免許証は手に入れた」「……合法でしょうね?」「……ったりめーだろ?もう組織は抜けたっての」唇を尖らせ、それなら明日買い物に行こうと言う真理。俺はといえば、さっきから見当たらない、大切なものが気になっていた。「車椅子は?こっちではレンタルできないのか?」「できるけど……」「アホなの?さっさとレンタルしろって……」「だって、1人では必要なかったから……」ふと曇る表情。……あぁ、悪いことを聞いた。「なら借りる連絡もしといて。俺がバンバン押してやるか
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103.Side蔵之介 真理との生活

「真理……起きないのか」真理の世話をし始めて、1ヶ月近くが過ぎた。足の骨折はみるみる良くなり、車椅子は必要なくなったが、問題はそこではなかったと確認するような日々。「起きる……」ベッドからむっくり起き上がった真理は、ドアを開けてそれ以上入ってこない俺をゆっくり見た。「リモートにしたら?……ってか、仕事を全部リモートに切り替えろよ。そんで、出社は月イチくらいにすれば、負担もないだろ?」「そういうわけにいかない……」「……なんで」毛布から出た瞬間、細い腰が目に入った。腹はぺったんこで……見るたびに、山のように食べ物を与えたくなる。「サラリーが下がる。当然。ここをどこだと思ってる?パリだよ?生活していけない」「金ならあるぞ?来月から俺だって給料出るし、これからもこの部屋をシェアして……」「ダメだよ」意外なほどハッキリ拒絶されて、一瞬絶句した。「蔵之介は1人で暮らしなよ」この1ヶ月……骨折のせいで自由に動けない真理のため、生活全般の面倒を見てきた。買い物や家事はもちろん、病院への付き添いや、風呂に入る手助けだってした。……その後のスケベなんて期待はしない。あくまで立ち位置は、健全なる友人。ある程度治ってからも寝室は別だし、無用なスキンシップだって避けてきた。「私、結婚する」「は?」むやみに手を出さないことが、誠実ってやつなんだと自分なりに考えたからなのに、なんだ結婚って。「結婚するほど親しい男がいながら、俺を日本から呼びつけたのか?」真理は長い髪が濡れるのも構わず、顔を洗い、歯を磨いている。「なぁ……どうなんだよ?」「待って」歯を磨いているから話せないようだ。……それにしても、ランニング1枚に膝下のハーフパンツって、寒くないのか。ため息をつきながら、真理の部屋から毛布を取ってきた。……こうなったら仕事になんか行かせてやらない。「ほら、こっち座れよ」口元をタオルで拭きながらリビングに戻ってきた真理。やはり寒かったのだろう。言われるまま毛布にくるまった。「で?結婚するって誰と?」「うちのボス」「上司か。オフィスラブってやつ?……いいねぇ」毛布に隠された細い肩を抱く。ふと触れた指先が氷のように冷たくて、俺の手のなかで温めてやった。「それなのになんでこんなに寂しそうなわけ?幸せそうに見えないぞ?」「奥さんがいる人だか
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104.Side.蔵之介 2人の未来

「たまに、お腹が痛くなる症状はあったの。でも、こっちで検査する気になれなくて……」「応急処置だけしてもらったら、1度日本に帰ろうぜ。……俺も一緒に行くから」海外でたった1人でやっていくのは、真理にとって相当過酷だったのだと思う。そうさせてしまった責任の半分は自分にある気がして……つい、真理の手を握ってしまった。変な病気が隠れていないように。願いを込めて、飛行機に乗り込んだ。隣の席に落ち着いて、真理の横顔を眺める。これから10時間以上のフライト……体調は落ち着いているし、痛み止めなどの薬も万全だ。それでも、目を閉じているところを見ると、少しだるいのかもしれない。シートベルトが外れてから、真理の頭を自分の肩に寄せた。「……なに?」「だるそうだから。人のぬくもりがあったほうが、落ち着くだろ」「ん……」途中わずかに食事して、あとはずっと俺に寄りかかってくる。俺も真理のぬくもりに安心して目を閉じた。短い夢を見た。百合が、小高い丘に立っていて、風に吹かれている。どうして百合だと思ったのか……見た目は真理にそっくりなのだから、彼女だと思ってもいいのに、なせか百合だと確信した。「子供が生まれたら、私にも見せてね」なに言ってるんだ。俺は真理を日本に送り届けたらまた戻るのに。それに、そんな関係はとっくに思ってる。夢の中の百合は、少しずつ後ろに下がり、やがて消えてしまう。ハッとすると同時に目が覚め、体を動かしたのが伝わって、真理も目を覚ました。日本に帰ったら、百合の墓参りに行きたい。そして真理と、このまま別れてはいけない気がした。「く……くりゃ……ッ!」やがて飛行機は無事に日本に到着し、出口へと向かう途中で可愛らしい声に呼び止められた。「……龍桜?!」先に気づいたのは真理。龍之介に抱かれながら、小さな手をいっぱいに伸ばして声を上げている。「まり……くりゃ……」「……あ?くりゃって、俺のこと?」「私の名前も、言えるようになってる〜!」2人で急いで駆け寄り、その小さな体を抱き上げる。「おかえりなさい……!長いフライト、疲れたでしょ?」「いやぁ……龍桜の顔見て元気出た!」「ほんと!……ちょっと見ないうちに大きくなって!」桜の言葉に笑顔を返し、俺たちは交互に龍桜を抱っこした。そんな2人に笑顔で目をやり、龍之介がスーツケー
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105.Side龍之介 仕事と結婚

「いや、俺はもうステージは……」「どうしてです?この前のショーも、龍之介さんキッチリ目立って、さすがの迫力でしたよ?」松白屋、会議室。メンズスーツブランド「Matusiro.Homme」の社内向けに発表するショーが終わり、いよいよブランド公開の運びとなった。メインモデルは龍之介。そして10人ほどのモデルが集められ、会議とショーの打ち合わせが重ねられる日々。先に到着した斎藤と話しながら、椎名社長とモデル達、その他関係者を待っているところだ。「定期的にやっていきたいんですよね。ショーって楽しいじゃないですか!……なんか華やかで、ワクワクするし!」「わかりますけどねぇ……俺は嫁も子供もいるし、あんまり目立って隠れるような生活はしたくねぇし」やはり極道時代は、太陽より夜、日なたより日陰や裏通りが似合う毎日だった。「これから龍桜もどんどんわんぱくになっていきますからね!?そしたら全力で付き合ってやりたいんですよ。野球とかサッカーとか……」「なるほど!そこまで言われたら、無理強いはできませんね」モデルを断る龍之介の理由を、斎藤はそれはそれで嬉しそうに聞いてくれる。「ありがとうございます!……その代わり、初めてのブランド公開のショーは、絶対にキメてみせますから!」「そうですね、皆で頑張りましょう!」やがて続々と関係者が集まってきた。挨拶を交わしながら、ふと自分の目線の先に立った斎藤を見て、龍之介は思った。斎藤さん……背ぇ高ぇな。肩幅が広くて、手足も長い。頭も小さいし……何より全体のバランスがよくてスーツが似合う……!2回目以降のメインモデル……斎藤さんがやればいいんじゃねぇの?話し合いは進み、大事なことが次々に決まっていく。そんな様子を見ながら、龍之介は頃合いを見計らって発言した。「ブランド公開のショー以降も、定期的に開催していくってのは、アリなんですかね?」「2回目以降もぜひやっていきたいと思います。プレショーの段階で連絡してきたバイヤーもかなり多かったし」「SNSでも拡散されてましたよね。あの松白屋がメンズスーツブランドを展開した、って……」関係者の話を聞く限り、ショーはやって損はない。むしろ積極的にやったほうがいいという意見が多数だ。加えて……担当役員の斎藤専務のGOがあるのだから……できないはずがない。「それなら、俺の後釜
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106.今だに言えない本音

「綺麗でしたね。真理さん……」「あぁ。母さんも物持ちがいいな。自分の婚礼衣装を持ってるなんてさ」真理と蔵之介の結婚式は、龍之介家族と母に見守られ、厳かに行われた。「私、西門蔵之介は、真理だけを一生守り抜くと、ここに誓います」「私も……誓います」義母によって酒が注がれる盃。三々九度の作法に則り、2人は口をつける。自分の婚礼衣装を身につけた真理を、義母が眩しそうに見つめていることに気付いた。きっと、自分と組長の結婚の儀を思い出しているのだろう。家族の前で婚姻届を記入した2人の表情は晴れやかだ。きっとここまで来るのに、この2人にも、いくつもの眠れない夜と涙があったのだろうと想像した。「おめでとうございます……どうか、幸せになってください」つい、涙がこみ上げてしまった。自分とは違う形で、きっと真理さんはたくさん悩んで苦しんで、蔵之介さんの手を取る決意をしたと思う。まだ自分の家族には認められてもらえない中で、西門の名前を名乗る道を選んだことが、どれほど勇気がいることだったかと思うと泣けてくる。「桜ちゃん……これからはお義姉さんとして、改めてよろしくね」「はい……姉妹ができて、嬉しい」「私も、娘が2人もできて……なんだか泣けちゃうわね」龍之介と蔵之介が、そっと視線を交わした。義母の家には蔵之介夫婦だけが泊まることになり、龍桜を連れ、私達は帰路につくことになった。「桜、本当に結婚式、挙げないか?」龍桜をチャイルドシートに乗せながら、龍之介が何気なく言った言葉に、桜は反射的に下を向く。それは、自分の生い立ちがかけた呪いだと感じていた。龍之介さんと再会できて籍を入れ、家族になれたのに……これ以上の幸せが訪れたら、すべてを失ってしまいそうで、怖い。「いえ、私は……」「どうしてだ?俺が桜の花嫁姿を見たいんだが」「それは……」龍之介には、今だに暗い心を抱える自分を、知られたくなかった。表面的には、私は幸せな主婦だ。カフェの経営という夢まで叶えた幸せな主婦だから、明るい自分だけを見ていてほしい。そして……実は龍之介に打ち明けられずにいることがあった。結婚式というより、先にその話をしなければならない。「蔵之介たちが、日本にいる間に挙げたい。……そう頻繁に帰ってくることもないだろうからな」「あ……」先日、真理の実家に行った帰り道
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107.Side.龍之介 桜の話

「……しっ!」「な、なんですか、こんなところで?!」今日、美紀がカフェにやってくることは、桜に昨日のうちに聞いていた。プレショーの本番を来週に控え、今日も舞台装置の確認と衣装、立ち位置などの決定をして……椎名社長に送ってもらった。カフェの近くで降りたところで……美紀が生垣を曲がってこちらにやってくるのが見えたのだ。そこで、とっさに思いついたこと……「驚かせてごめんな。今日桜と、どんな話をしたのか教えてくれよ」何か言いたそうで、言い出せない桜が心配で聞いたこと。けれど美紀は、眉間にシワを寄せ、険しい表情になる。「……そんなの、いくら旦那さんでも、第三者にホイホイ言うわけないじゃないですか。……私達の結束は、鉄より硬いんですから」両手を握り合わせ、美紀は俺に向かって笑顔を見せる。「俺たち夫婦の絆はダイヤモンドより硬いぜぇ……なぁ、教えてくれよ。桜、なんか言ってたろ?結婚式の話ばっかりして、龍之介がうぜぇとか」「あぁ…!言ってましたね!」「……………え、まじ?」軽くショックを受ける俺を、楽しそうに手を叩いて笑う美紀。ダメだこりゃ……と、聞き出すのを諦めかけた時だ。「帰ったら話をしてくれると思いますよ?……意外な話だとしても、ちゃんと最後まで聞いてあげてくださいね?」「……意外な話って、?」「例えば、その……」うまい例えが出なかったらしく、美紀はジリジリと後ずさっていき、気づけばかなり離れてしまっていた。「龍之介さん…!頑張ってくださいね」……気になりすぎるんだが。美紀を捕まえたものの、結局、何の情報も得られなかった。結婚式はしなくていいという本音がどこにあるのか、探りたかったのだが。美紀に手を振り返して、カフェの裏から家に入った。「おかーしゃぁい!」ドアが開く音で、部屋から龍桜が飛び出してきた。帰ってくるだけで毎回ものすごい喜びようでとても嬉しい。「ただいま、龍桜!」パッと抱き上げ、ぐるんと一回転してやって、部屋に入る。ダイナミックな動きが楽しかったのか、もう一回とねだられた。「おかえりなさい。……龍之介さん」「ただいま」桜が顔を出し、すぐにその顔を見つめた。……何か言いたいことがあるか、自然と表情から探ってしまう。「あの、龍之介さん……後でちょっと、いいですか?」「あん?あぁ…もちろん!」良かっ
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108.桜舞う幸せ

始まりこそ派手な演出だったものの、その後は大人の男をイメージしたブランドだからか、比較的静かにショーは進んでいく。龍桜が座っていてくれないので、後ろに人がいない事を確認して立って見ていた。それは、すごいとか圧巻とか……言葉を超えたステージだった。こんなに心臓が高鳴ったのは生まれて初めてで、なんとかなだめようと自然に胸元に手を置いてしまう。「落ち着いて……私……あの人は龍之介さんで、私の、旦那さんなんだから」コソコソ、自分にだけ聞こえるようにつぶやいた言葉の先に、龍之介が見える。片側に長めの前髪を垂らし、もう片側はピッタリと撫でつけたヘアスタイルは、誰もが似合うものじゃない。西門龍之介という強烈な個性がそれを可能にしていると理解できる。中央に堂々と立つ、ひときわ背の高い人……少しメイクもしているのだろう。いつも以上に目力が強く、妖しい雰囲気で……私の夫だなんて、信じられない。惚れ直す、というのはこういう事をいうんだと思う。ステージを踊るように歩く龍之介を瞬きも忘れて見ていた。やがてステージ裏に引っ込み、やっと少し、心臓の高鳴りから解放されてホッとする……他のモデルたちも下がり、しばらくの暗転のあと、照明と音楽の雰囲気が明らかに変わったステージ。……またも息を呑む。柔らかい照明に照らされたステージに、白いスーツを着た龍之介がゆっくりと歩いてくる。髪は前髪を幾筋かハラリとおろしたヘアスタイルに変わっていて、手には大きな花束……白いスーツ、いや……あれは、結婚式で新郎が着るような、タキシード?中のベストはグレーで、ジャケットは少し長めのデザインで、とてもよく似合う。龍之介が結婚式を挙げたいと言っていたことを思い出した。あんな姿で私の隣に立ってくれるとしたら……「……素敵」見惚れているうちに、ショーはすべて終わったらしい。スタッフが呼びに来て、龍之介の楽屋に向かった。以前の麗香の一件以来、桜がステージを見に来ると、龍之介はこうして必ず楽屋に呼ぶようになった。その上、誰からの差し入れも食べず、桜に手渡される弁当を待っているのだから可愛らしい。そうなれば、桜も腕によりをかけて作り、張り切って持ってくる。この日は鮭とたらこのおにぎり。そして卵焼きとソーセージと、手作りのピクルスだ。「……2人とも、ホールの中暑かったろ?気持ち悪くな
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109.蝶になった桜

「龍之介さん……もう起きたんですか」「うん……嬉しくて、よく眠れなかった」メンズスーツブランドMatusiro.Hommeのプレ公開ショーから日を置かず、桜と龍之介は東京から少し離れた場所のシティホテルに宿泊している。今日は、ウェディングフォトの撮影会。結婚式をしたい、という桜のひとことで、龍之介があっという間に決めてしまったプランのテーマは「桜」「桜の花びらが舞う中で結婚式の写真を撮ろう」と、桜前線を追いかけ、この町にやってきたのだ。「お天気はどうだろう……」ベッドから降りてカーテンを開けてみれば、見事なまでの青空……「龍之介さん……持ってますね?」「ん?何をだ?」「今日はいいお天気だから、運を持ってるな、って!」良いことは全部、龍之介さんのおかげ。悪い事が起こったら、それは半分こ。いつの間にかそんな考え方になっていた。「そういうの、持ってるっていうのか……」はてな顔がキュートで、桜は自分から龍之介に抱きついた。キスをねだり、熱くなる龍之介を受け入れようとして……「ダメです、龍之介さん!カメラマンさんを待たせちゃう」スッと離れ、お先に……とシャワー室へ向かう桜。いつもなら龍之介に先を譲るが、今朝の私にはやることがたくさんあるのだ。「……煽っといて、放置?」熱っぽいまなざしで桜を追うも、シャワー室には鍵がかけられて開かない……「もぅ………っ!今夜覚えとけよっ!」髪をかきむしる龍之介だった。入れ替わりに龍之介をシャワー室へ押し込み、桜は大きな鏡の前に座る。この日のために龍之介が通わせてくれたエステサロンから、たくさん受け取った化粧品の数々……今日使い切っておしまいだ。「化粧水は……たっぷりと、手のひらにとって、なじませる。その後、コットンに浸してはり付けて、しばし時間を置く……」担当のエステティシャンに基礎化粧品の使い方を教わって実行している。普段も同じようにやるといいですよ、と言われたけれど、龍桜の世話が忙しくてそれどころじゃない……!シャワーを終えて、龍之介がやってきた。桜は顔に乗せていたコットンを慌てて取る。「……なに焦ってんの?」「だって、コットン顔に乗せて……変でしょ?」「全然。桜なら、キュウリとか梅干しとか、何をはり付けてても可愛いわ」そんなものはり付けません……と言いながら、腰のあたりをバシっ
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110.永遠の1枚

「桜……」 覗き込む鏡の向こうに、愛しい人の姿。 「龍之介さん……」 振り向いた桜に、目を細める龍之介。視線を横に流し、らしくもなく、下を向く。 「綺麗すぎて、直視できねぇな。ホント……こんなに綺麗な女、初めて見る」 顔立ちから、黒いタキシードが似合うと言われたのだろう。 背中に特徴的なデザインが描かれたスーツがよく似合う。 「そっちへ行ってもいいですか?」 「あ、そりゃ……もちろん」 龍之介は両手をスラックスのポケットに入れ、落ち着かない様子だ。 彼に近づこうと方向転換するため、長い裾を持ち上げる桜に気づいたらしい。 龍之介は慌てて自分から桜に近づいた。 「あぁ、そばにいると緊張する。……ほら」 桜の手を自分の胸元に当て、龍之介は困ったような視線を送る。 「……龍之介さんだって、カッコよすぎて、私もですよ?」 彼の両手を自分の鎖骨の下あたりに持ってくると……龍之介はニヤリと笑う。 「ほんとだ……!」 笑い合う2人に、撮影スタッフが声をかける。 「風もなくてちょうどいいので、撮影を始めましょうか!」 「「はい、よろしくお願いします」」 偶然、ハーモニーを奏でる2人の声…… 窓の向こうで桜の花びらが揺れた。 ホテルの前は、見事に満開の桜が咲き誇り、チラチラと雪が舞うように花びらが散り始めている。 「……綺麗」 ほんのりピンク色の桜と青空……そして葉の緑が、美しい自然の色を描いていて、桜の心に忘れられない思い出を積み重ねていく。 「あ…!いたいた!」 遠く、真理と美紀の声が聞こえて、桜は振り返った。 そこには、蔵之介や昭仁、斎藤や義母の姿も見える。 「まま、ぱぁぱ……」 真理に抱かれた龍桜。ちゃんとタキシードを着せてもらったようだ。 2人に向け、手を伸ばす龍桜を、そっとしゃがんだ真理が手放す。すると龍桜は、おぼつかない足取りながら、よたよたと走り出した。 「……龍桜!」 ドレスやタキシードが汚れるのも構わず、2人は龍桜に視線を合わせるようにその場にひざますき、手を広げた。 よたよたした足取りが、やがて小走りになる。手を前に出して、危なっかしい足取りに、桜も龍之介もハラハラと目が離せない…… 「キャッ…!」 龍桜が転んでしまった。
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