Alle Kapitel von 一緒に美味しい朝ゴハンを。: Kapitel 11 – Kapitel 20

56 Kapitel

安全な逃げ場所 PAGE4

 ――直也くんと二人で、近くの定食屋さんで晩ゴハンを食べた翌朝。あたしはいつもと同じ六時に目を覚ました。 長いウェービーヘアーを丁寧にブラッシングし、時間をかけて顔のアザを隠すように念入りにメイクをして、服装は今日もパンツルック。お弁当だけを作って出勤の支度をすると、あたしは玄関を出てお隣のインターフォンを押した。時刻は七時半だ。 『――はい』 「あ、由衣です。おはよ。今からおジャマしてもいい?」 『いいよ。鍵開けてあるから、上がって。朝メシはすぐにできるから』 「うん。じゃあ、おジャマします」  インターフォンが切れると、あたしは自分でドアを開けて、玄関でショートブーツを脱いだ。   ――昨夜、直也くんの買い物に付き合ってから(もちろん、ちゃっかり自分の買い物もしていた)部屋に帰ると、幸樹さんから電話がかかってきた。所在確認アプリで、あたしが外出していたことが分かったみたいだった。 『――由衣、どこかに出かけてたのか?』 「はい……。外でゴハンを食べて、ついでに買い物もしてきました」  あたしの行き先くらい分かっているはずなのに、わざわざこうして確認の電話までしてくるなんて。直也くんと再会するまでは怖くてたまらなかったけれど、今はただただウザいだけだ。……ただし、あくまで一人で出かけた、ということにしておいた。やっぱり、他の男性の気配をにおわせるのは今の段階ではまだリスキーだから。 もちろん、彼に対して怯えたフリをすることも忘れない。あの人は、あたしを怯えさせることで優越感に|浸
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-02-09
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安全な逃げ場所 PAGE5

「そもそも、あたしは入社した時から今の部署……商品デザイン部に配属されてたの。美大を出たわけじゃないけど、個人でイラストをネットに投稿して投げ銭をもらう活動をしてて。そのことを採用面接の時に話したからだと思う。で、彼……藤川幸樹さんっていうんだけど、彼は一年前にマーケティング部から異動してきて。……うん、あれは一目ぼれだったなぁ」「へぇー……、あっそ。お前もその男の見てくれにコロッと騙されたわけだな」 遠い目をしながら話すあたしに、直也くんが鋭い一撃を放った。図星を衝かれたけれど、自覚はあるだけに反論できない。「…………う~……、そうなんだよねぇ。好きになった時は、幸樹さんがそんな人だなんて思わなかったのよ。あたしにも優しくしてくれたし、気がある素振りも見せてたからね。……だから、『付き合って下さい』って言ってオッケーもらった時は嬉しかったのに」「その野郎はすぐに本性表したってわけか」「…………うん。でも、殴られるのはあたしが悪いんだよ。あたしが……、彼の思いどおりの彼女になれないから――」「それは違げぇだろ、由衣。お前は何も悪くねえよ。お前だって、そんなの本心から言ってるわけじゃねえだろ? DVの被害者ってさ、なんか自分に原因がないのに暴力振るわれる理不尽さから逃げるために、そう思うようになるんだってさ」「うん……」 当事者であるあたしより、直也くんの方がDV被害者の心理に詳しいのはどうしてだろう? もしかしたら、あたしの他にも彼の周りにDVに悩まされている人がいるからなのかな……。「直也くん……、そういう相談ってよくされるの?」「……えっ? うん、まあな。店のお客さんとかスタッフとか」「へぇー……」 それだけ彼が相談しやすい人柄だということだろうけれど、何だか面白くないと思ってしまうのは嫉妬だろうか? ……いやいや、待って。あたし、一応あんな人でもカレシ持ちなのに。なんで直也くんが他の女性(多分……)から相談されているからって嫉妬するのはどういう了見だよ。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-02-10
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安全な逃げ場所 PAGE6

「……由衣、どうかしたか?」「あ……、ううん。別にっ!」 思いっきり面白くない、という顔をしていると、直也くんに首を傾げられた。「えっと、話戻すけど。お前が『自分が悪い』って思ってたら相手の思うツボだぞ。さっきも言ったけど、お前は悪くねえから。もう、それが理不尽なことだっていう現実を受け入れろ。そしたら気が楽になるから。すぐにはムリだろうけど、少しずつでいい」「うん、分かった。……あ、昨日直也くんから教えてもらったDVの相談ダイヤル、さっそく検索して登録しといたよ」 要するに、「あたしは一人じゃないんだ」って思えることが大事なんだと思う。こうして、直也くんだけじゃなく味方を一人ずつでも増やしていけたら、幸樹さんを恐れる気持ちも少しずつなくなっていくかもしれない。「そっか。まずは一歩前進だな」「ううん、二歩前進したよ。一歩目は直也くんと再会できたことだから」「……えっ? そうか……、うん。そう……だよな」 彼は何だか嬉しそうだ。そうだよね……。ずっと好きだった女の子(あたしのことだ)から、「再会できてよかった」と言われたら、そりゃ嬉しくないわけがないよ……。「……っていうか、根本的な質問するけどさ。お前……、そんだけひどい目に遭わされててもその男のことまだ好きなのか?」「…………分かんない。『別れたい』ってこっちから言ったら何されるか分かんなくて怖いから、別れられないっていうのもあるかも」「なるほどなぁ」 でも、今は直也くんがいてくれるから、もう幸樹さんと別れても何の問題もないのかもしれない。 そしたら、好きでもない人と惰性だけでガマンして付き合っているから、彼の気持ちを受け止められないなんて罪悪感に苦しむこともなくなるのかな……。「――ごちそうさま。美味しかったよ。じゃああたし、そろそろ行かないと」 ひとり暮らしだとついつい手を抜きがちになる朝ゴハンをしっかりと平らげ、あたしは出勤の準備をした。「おっ、キレイに平らげたな。片付けはこっちでしとくから、行ってこい。俺は店が十一時開店だから、十時までに出勤すれば間に合うんだ」「そっか、ありがと。じゃあ、行ってきます」 自分の家じゃなくてお隣さんだけれど、これからは毎日「行ってきます」と「ただいま」を言える相手がいるんだ。「行ってらっしゃい、由衣。――もし何かあったら
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-02-11
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オサナナジミという存在 PAGE1

 ――〈ユアサプロダクツ〉の本社は、有楽町のオフィス街にある。地上二十二階、地下二階の計二十四階建ての一応自社ビルだ。 現会長の湯浅則久氏が四十年前に創業され、今の湯浅智徳社長は二代目にあたるのだけれど。智徳社長がこのビルを建てられるまでは、別のビルの1フロアーを借りただけの小さなオフィスからこの会社はスタートしたそうだ。「――おはようございます」 その〈ユアサプロダクツ〉ビルの十二階に、あたしも所属する商品デザイン部のオフィスはある。 社員証でチェックインしてオフィスに入ると、江坂部長やチーフ、玲奈はすでに出勤してきていたけれど、幸いにも幸樹さんはまだ来ていないのでとりあえずホッとした。「よかった……。幸樹さんはまだ来てないか」「おはよ、由衣」 自分のデスクに着くと、玲奈が声をかけてくれた。あたしも彼女に「おはよ」と明るく挨拶を返す。「……由衣、今日はなんか元気じゃん? 何かいいことでもあった?」「えっ? そう……かな?」 あたしが今日、朝からこんなに元気なのは、昨日までと違って美味しい朝ゴハンをお腹いっぱい食べてきたからだけじゃない。直也くんという、絶対的な強い味方ができたからだ。 幸樹さんがこの場にいたら、玲奈にすらこの話をするのは憚られていたかもしれない。でも、まだ来ていないなら話しても問題はないかな?「……幸樹さん、まだ来てないよね?」「うん。今日は何か、取引先に寄ってから来るとかってさっき部長がおっしゃってた」「そっか。じゃあ、今なら話して大丈夫だね。……実はね、あたしには絶対に安全な逃げ場所ができたの。昨日引っ越してきたお隣さんなんだけど、実は高校まで一緒だった幼なじみでね。彼が昨夜、色々と相談に乗ってくれて」「へぇー……。って、幼なじみって……男?」「そうだよ。秋本直也くんっていうんだけど、昔実家の隣にお母さんと二人で住んでて。今は調理師免許取って、池袋でコックさんやってるんだって」「ほぉー、コックさんか。調理師男子、いいじゃん。由衣、もしかして彼のこと好きだった感じ?」 ウシシと笑いながら、玲奈があたしをからかってきた。こっちは真面目な話をしているというのに。「……えっ!? 違うよ! 家でゴハン食べさせてあげたりとか
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-02-13
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オサナナジミという存在 PAGE2

 興奮しているのか、話しているうちにどんどん声が大きく早口になっていくのが自分でも分かる。でも、幸樹さんはまだ来る気配もないのでまだ大丈夫だろう。「……由衣、あんたやっぱりその〝直也くん〟っていう人のこと――」「だから違うってば。直也くんはあたしにとって、ただのお隣さんで幼なじみなの。それ以上でも、それ以下でもないの。……今のところは」 最後につけ加えた一言が、玲奈の耳にもバッチリ届いてしまったらしい。彼女の目の輝きが変わった。「『今のところは』? ねえ、『今のところは』って言ったよね、今?」「……えっ? あたし、そんなこと言ったかな……」「言った言った! 『今のところは』ってことはさ、将来的にはそれ以上になる可能性もあるってことだよね?」「うん……、まあ……なくはない……かな」 あたしは彼女の圧に負けて、つい頷いてしまった。 確かに、今まではあたしも直也くんのことを〝異性〟として強く意識したことはなかった。〝幼なじみ〟という名前の存在だけで十分だと思っていたから。でも、この先もずっとそうなのかといえば、それは違う気もする。 今は幸樹さんという〝彼氏〟がいるからまだムリだけれど、その幸樹さんとのことで直也くんが力になってくれて、別れることができたとしたら。直也くんがあたしにとってどういう存在になるのか、そこに変化があるかもしれない。「……まあ、今はあんた、一応彼氏アリだからねぇ。下手なこと言えないっていうのは分かんなくもないんだけどさ」「うん」「っていうか、そもそも彼女に平気で暴力振るったり、暴言吐いたりするような男を〝彼氏〟って言えるのかね」「あー……、そうだよね」「幸樹さんって、由衣のこと〝彼女〟だなんて思ってないんじゃない? ただ服従させたい相手だとしか思われてない気がする。〝彼女〟だと思ってたら、もっと大事にするでしょ」「やっぱり……、玲奈もそう思う? あたしもなんか、自信なくなってきちゃって」 さすがは入社した時からの親友だ。彼女はあたしが自分では言葉にしにくいことも、的確にズバズバと指摘してくれる。「DVするってことは、あたしのこと大事に思ってないってことだよね。すぐに謝ってはくれるけど、全っ然反省してる様子ないしさ」 こうして言葉にしてみると、何だか虚しい。あたしは〝彼氏〟だと思っていた
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-02-16
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オサナナジミという存在 PAGE3

「それと、仕事であたしの成果を横取りされてるのも実はガマンならないんだよね。だからさ、ホントのこと、江坂部長に話そうと思う」  彼に仕事の成果や手柄を横取りされたのも、実は昨日の一件だけのことではない。あの人があたしと交際を始めてからの半年間ずっと、彼が上げた成果のほとんどがあたしの成果をそっくりそのまま彼のものにされた結果なのだ。でも、どうせ周りは信じてくれないと思っていたし、彼を怖がってあたしも泣き寝入りしていた。 「うん、それがいいんじゃない? 部長だって、由衣が平気でウソつくような部下じゃないって分かってらっしゃるはずだもん。どっちがウソついてるかは明らかでしょ。でも、自分の成果だって証明できる証拠、ちゃんとあるの?」 「それは大丈夫。提案書のデータ、ちゃんとUSBにバックアップ取ってあるし、ちゃんと日付と時間も入ってるから。それに、このパソコンのログインとログアウトの時間で、あたしがここで残業してたことも証明できるし」  このデスクのパソコンはあたし専用なので、間違っても幸樹さんが使用することはできない。つまり、このパソコンで残業してまであの提案書を作っていたのはあたしだという確実な証明になるわけだ。 「なるほどね。由衣、頭いい~♪ じゃあ、幸樹さんがいない今のうちに行っといで」 「うん。まだ始業前だから、今のうちにね。行ってきます」  あたしは席を立つと、証拠のUSBを持って江坂部長のデスクへ向かった。 「――江坂部長、おはようございます。今、ちょっとお時間よろしいですか? お話があるんですけど」 「おはようございます、一ノ瀬さん。話って何?」 「昨日、藤川さんが褒められていた提案書の件で。お時間は取らせません」 「昨日の……、分かり
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-02-17
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オサナナジミという存在 PAGE4

「あの提案書、部長は藤川さんのことを高く評価されてましたけど。実はあたしが作ったものなんです。これがその証拠です」 あたしは証拠のUSBメモリーを部長に手渡した。まだ四十歳そこそこの江坂部長は、大事そうにそれを受け取って下さった。「あたしはあの夜、遅くまでオフィスに残って提案書を作る作業をしてました。証人も何人もいます」 あの夜は玲奈が一緒に残って手伝ってくれていたし、警備室の人も巡回していたのであたしの姿を見ているはずだ。「ああ、そういえばあの翌日、あなたから残業手当の申請が出されてましたね。ということは、あなたが提案書を作るために残業していたのは間違いなさそうね」「はい。信じて下さいますか?」「もちろん。手当の申請書を受け取ったのは私だもの」 よかった。部長はあたしの言い分をちゃんと信じてくれたみたいだ。「あの提案書、私も見せてもらったけど、どう考えても腑に落ちなかったのよ。彼のセンスじゃないなと思ってね。やっぱりそういうことだったの。あれは女性ならではの感性でした作れないはずだもの」 「はい。藤川さんは、あたしが作った提案書を奪って自分の名前で提出したんです。あたしから手柄を横取りするために」「何ですって? 一ノ瀬さん、それ本当なの?」 寝耳に水という様子の部長に、あたしははっきりと頷く。「本当です。それだけじゃなくて、彼は今までにも何度も、あたしの手柄を横取りして自分のものにしてたんです。あたしも腹に据えかねてはいたんですけど、自分で彼に『やめてほしい』っていう勇気はなくて……。あたし、彼が怖くて」「〝怖い〟っていうのは、先輩だからというだけじゃなくて? それだけなら『やめて下さい』って言えるものね」 部長もあたしと幸樹さんとの関係が異常だということに気づいて下さったらしい。付き合っていることは何となく気づいてはいらっしゃったのかもしれないけれど。「はい……。実はあたし、藤川さんと半年前から交際してるんですけど、彼からのDVに悩んでいて」「あら、それは……ちょっと困った問題ね」 DVは会社にとっても明らかなコンプライス違反だ。と同時にプライベートな問題でもあるので、難しいところではあるのだけれど。「はい。DVの件は個人的な問題なのでともかく、仕事で手柄を奪われてる件についてはあたしの力だけではどうにもならなくて
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-02-18
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オサナナジミという存在 PAGE5

「おはようございます、部長。遅れてしまってすみません」 「いえ、おはよう。思ったより早かったのね」  あたしは何気なく幸樹さんと挨拶を交わす部長の後ろに隠れたけれど、彼にバッチリ見つかってしまった。彼は「どうしてお前が部長と一緒にいるんだ」と言いたげに、不機嫌な顔になったので、あたしはそれだけでビクビクしてしまう。 「……ところで、一ノ瀬と一体何の話をしていたんですか?」 「ああ、彼女から個人的な相談をされてね。女性同士の話だから、内容を訊くなんて野暮なことはしないようにね?」  部長が彼に釘を刺して下さったので、彼もそれ以上は詮索してこなかった。 「では、僕は先にオフィスへ参りますので」  彼が先に行ってしまうと、あたしはホッとした。機転を利かせて下さった江坂部長に感謝だ。 「……一ノ瀬さん、さっきのはあれでよかった?」 「はい、助かりました。部長、ありがとうございました」 「あなたから頼まれた件、早急に対策を講じる必要がありそうね。私に任せて、あなたはいつもどおり仕事をしなさい」 「よろしくお願いします」 「また何かあれば、いつでも言ってね」 「はい」  仕事で幸樹さんにまた何かされたら、その時はいつでも部長が助けて下さる。――これであたしの悩みが一つ解決
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-02-19
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オサナナジミという存在 PAGE6

「――いいなぁ、由衣は料理上手でさぁ。今日のお弁当も美味しそう」 玲奈は酢豚定食を食べながら、あたしが食べているお弁当にしきりに感心している。特に、彼女の視線は今まさに箸でつまんでいる唐揚げに注がれていた。「えー、そんなことないと思うけど。よかったら、この唐揚げ一個あげようか?」「いいの? やった! ……うん、美味しい!」 玲奈は唐揚げを美味しそうにモグモグと頬張り、飲み込んでから顔をほころばせた。そして、ふと思い出したように口を開く。「――あ、そういえば昨日お隣に引っ越してきた幼なじみも、池袋でコックやってるって言ってたよね? 何てお店か分かる?」「うん、言ったけど。ごめん、お店の名前までは聞いてないや」「そっか、聞いてないか……」 彼女は残念そうに肩をすくめた後、ジャケットのポケットからスマホを取り出して何やらゴソゴソと操作し始めた。「実はさぁ、今SNSで話題になってるイケメンシェフがやってる洋食屋っていうのが池袋にあるのよ。ここなんだけど」 見せられたのはSNSの投稿だった。たまたまお客として行った有名な女性インフルエンサーの投稿らしい。お店のスタッフ全員が写っている集合写真の画像がそこには表示されている。「いや、直也くんはシェフじゃない……と思うけど。ちょっと待って、えっと……あっ、ここに彼写ってる!」「えっ? どの人?」「この人。シェフって真ん中の人だよね? その二人隣の、この人が直也くんだわ。間違いないよ」 シェフらしきイケメンさんは三十代前半くらいだろうか。その隣の隣ににこやかな笑顔で写っているのは、紛れもなく直也くんその人だった。「へぇー、この人が? あら、なかなかのイケメンじゃん。それに優しそうな人だね」「でしょ? だからって好きになっちゃダメだよ」「ならないよー。っていうか由衣、今夜予定ないならさ、このお店一緒に行かない?」「……えっ? 今夜!? うん……まぁ、幸樹さんに誘われなければ特に予定はない……けど」 誘われたところで、断ることもできる。あたしはこれまで、あの人怖さに「断れない」と思い込んでいただけなのだ。……ただ、いきなり職場まで押しかけて行って、直也くんに迷惑がかからないだろうか?「そんなの断っちゃえ! 由衣だって、その直也って人がバリバリ働いてるところ見たくない?」「…………見たい」 あ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-02-20
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牙を剥く狂気 PAGE1

「――いらっしゃいませ!」 夕方六時、あたしたちは直也くんがコックとして働く池袋の洋食店〈アポロ〉に到着した。もちろん、あたしの位置情報が幸樹さんに伝わらないように、スマホの電源は落としてある。 出迎えてくれたのは、二十歳そこそこのホール係の女の子だ。大学生のアルバイトかもしれない。「こんばんはー! 六時に二名で予約を入れてる柴崎です」「はい、伺っております。それでは、お席へご案内しますねー」 あたしたちが案内されたのは、外の眺めがいい窓際のテーブル席。案内してくれたウェイトレスの女の子は、すぐに二人分のお冷のグラスとメニュー表を持ってきてくれた。「……あの、忙しい時にすみませんけど。ここの厨房スタッフに、秋本直也っていう人いますよね?」 こんなことを訊ねるのは非常識なのかもしれないけれど、あたしは思い切ってウェイトレスさんに訊いてみた。迷惑がられるかと思ったけれど、彼女の反応は意外なものだった。「はい、いますよ。直也さんですね。今、あまり厨房は忙しくないので呼んできましょうか?」「えっ、いいの? ありがとう」「はい。では、呼んで参りますね」 彼女が厨房へ直也くんを呼びに行くと、あたしは玲奈に向かってツッコミを入れた。「……ねえ玲奈、ここってSNSで話題になってる人気店なんじゃなかったの?」「あれー? おっかしいなー、こんなに空いてるなんて。たまたまなんじゃない? それより、何食べるか決めようよ」 というわけで、二人してメニューをパラパラ捲っていると、コックコート姿にエプロンをした直也くんがあたしたちのテーブルまでやって来た。「いらっしゃい、由衣。よく俺の勤め先がこの店だって分かったな」「直也くん、来ちゃった」 傍から見れば、彼氏の勤め先に来た彼女みたいに見えるかもしれないけれど。残念ながら、あたしの彼氏は直也くんじゃなく別の男だ。「このお店を見つけてくれたのはこの子。同じ部署で働いてる、親友の柴崎玲奈だよ」「初めまして、直也さん。由衣からお話は伺ってます。柴崎玲奈です。このお店のことはSNSで見つけたんですけど、あなたが集合写真に写ってるのを見つけたのは由衣ですよ」「集合写真って……、スタッフ全員が写ってるヤツ? そういや由衣、お前って間違い探し系が昔っから得意だったよな」「えっ、憶えててくれたの? 
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-02-21
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