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一緒に美味しい朝ゴハンを。 のすべてのチャプター: チャプター 81 - チャプター 90

90 チャプター

弱みとプライド PAGE5

 おにぎり作りをあたしも手伝うと言ったのだけれど、直也くんは「いいから。お前は座って待ってな」と手伝いの申し出を断ってしまった。多分、あたしが目を真っ赤に泣き腫らしていて使いものにならないと思ったからだろう。それも彼なりの気遣いだったと思う。  十分くらいして、直也くんはおにぎりが四個盛られたお皿と、ペットボトルの緑茶とグラス二個を載せたお盆を抱えてあたしの待つ居間にやってきた。そして、あたしと自分のお茶を次いでくれた。 「――ほい、お待たせ。具はツナマヨと昆布の佃煮だけど、それでよかった?」 「うん。ありがと。いただきま~す」  あたしは空腹に耐えられず、おにぎりにガブリとかぶりつく。直也くんも、あたしが美味しそうに頬張る姿に目を細めながらおにぎりを食べ始めた。 「ん~、美味しい! こっちはツナマヨだ。具、ギュウギュウに詰まってるねー」 「お前、いっつも美味そうに食うよなー。俺も作り甲斐があるってもんだ」  彼が遠い目をしながら頬張っているのは、どうやら昆布のおにぎりらしい。ツナマヨはあたしの好物で、彼は昆布とか高菜みたいな渋い系のおにぎりが好きだった。 「……直也くん、さっきはごめんね。あたしの泣き顔はもう見たくないって言われたのに、あたしまたあんなに泣いちゃって」 「ん? 別に泣くのはいいんだよ。でもさ、思いっきり泣いてスッキリした後、美味いもん食ってまた元気になれたらそれって最高じゃね? 大事なのは気持ちの切り替えっつうか、泣いたことを引きずらねえことだ。お前はもう、それちゃんとできてん
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弱みとプライド PAGE6

「直也くんがちゃんと夢叶えたこと、おばさんもきっと天国で喜んでくれてるよ。だからもう泣かないで、直也くん」 「うん……」  彼は泣きじゃくりながらも、力強く頷く。彼はもう大丈夫だ。こうして今までガマンしてきた悲しみを吐き出すことで、前に進もうとしているはずだから。 「…………ごめんな、由衣。なんかみっともねえところ見せちまったな。恥ずかしい」 「ううん。それ言ったら、あたしなんか何回直也くんの前で泣いてると思う? あたしが『吐き出しちゃえ』って言ったんだもん、そこは気にしないでいいよ」 「そうだよな。……うん、今日のおにぎりはなんかしょっぱいな。でも美味え」  笑い泣きの顔でおにぎりをまた頬張り始めた彼を微笑ましく眺めながら、あたしも隣でかじりかけのツナマヨのおにぎりに手を伸ばす。それを食べてしまってから昆布のおにぎりを手に取ると、彼はあたしの顔を指さして微笑んだ。 「由衣、口の横に米粒ついてる」 「えっ、どこに?」  自分で取ろうとしたけれど、どのあたりなのか手探りでは分からない。すると、彼が手を伸ばしてきて指が口元に触れた。 「ほい、取れた」 「……あ、ありがと」  彼のことを好きだと気づいてから、あたしは彼の手や指先が自分に触れるたびにドキドキしてしまう。付き合い始めた今でさえ、なんだかウブな頃に戻ってしまうのが不思議だ。 
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さらば、DV男! PAGE1

  ――自分の部屋でゆっくり休み(肩の痛みのせいであまり寝た気がしないけれど)、朝を迎えた。 ヘアメイクと着替えを済ませたあたしは、今日もお隣のインターフォンを鳴らす。もし鳴らさなくても、こんな朝早くに来るのはあたしか宅配業者くらいだろうと直也くんも分かっていると思うのだけれど……。いや、宅配業者の人だってこんなに早い時間――朝の七時半には来ないか。「おはよ、直也くん。今日はあたしも一緒に朝ゴハン作ろうと思って早めに来た」『えっ? まあ、たまにはいいか。どうぞ、上がって』 あたしの申し出に、直也くんは戸惑いながらも応対してくれた。 すでに鍵の開いていたドアを開けて中におジャマすると、彼はエプロン姿でまさに朝ゴハンの支度の真っ最中だった。キッチンからは、何だか甘い香りがしているけれど、バターとかお砂糖とは違う感じの香りだ。「おジャマします。……ねえ、今何作ってるの?」「ん? コーンポタージュを濾してたところだ。由衣、ベーコンエッグ焼いてもらっていいか?」 彼が顎でしゃくった先には卵が四個とハーフベーコンが六切れ、大皿に載って準備されている。そしてIHコンロの上にはポタージュを作っていた片手鍋の他にフライパンがセットされている。「オッケー♪」 あたしはまずベーコンを焼きながら、「ねえ、直也くん」と彼に声をかけた。「なに?」「毎日思ってるんだけどさ、朝から玄関の鍵開けっぱなしって不用心じゃないの? いくら、この時間から来るのがあたしくらいだっていってもさ」「つうか、お前くらいしか来ないって分かってるから開けてんだよ。万が一泥棒とか入ってきても、俺なら返り討ちにできるし」「…………そうでした」 彼はカリなる格闘技をやっているので、泥棒が入ってもノックアウトできるんだった。それなら心配いらないか……。「直也くん、ベーコンはカリカリ派? それとも柔らかめ派?」「んー、程よくカリカリ派」「あたしも! じゃあもうちょっと焼こう」 フライパンからは豚の脂が焼けるいい匂いがしてきて、どちらのか分からないお腹の虫がグゥ~……と鳴る。ベーコンがいい感じのカリカリ具合に焼けてきたら三切ずつお皿に取り分け、目玉焼きに取りかかる。黄身は程よく半熟くらいが二人とも共通して好みだ。味付けはシンプルに塩コショウだけ。 これだけ食べ物の好みが似るって、あた
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さらば、DV男! PAGE2

「――どうだって?」 「今日、有休扱いにしてくれるって。部長が代わりに申請出してくれるって言ってた」  好みの焼き加減に仕上がった目玉焼きを、ベーコンが乗ったお皿に盛り付けながら訊ねる直也くんにあたしは答えた。 「その人、いい上司だな。他の会社とか部署だったら、そんな理由で有休扱いなんか認めてもらえないところ多いらしいぜ。陽菜ちゃんが〈止まり木〉のメンバーから聞いたって」 「そっか。きっと他人事にしか思われてないんだね。江坂部長はそういうところ理解あって助かるよ」  きっと、女性だからというだけではないような気がする。もちろん、考え方は人それぞれなんだろうけれど、部長自身も昔、同じような経験をしていたんじゃないだろうか。 「――さて、あとはサラダだけだけど。由衣、もうできてるから、冷蔵庫から出してもらっていいか? サラダボウル二つ。俺はその間にコーヒー淹れるから」 「うん」     * * * *   二人で朝ゴハンを美味しく平らげた後、あたしは直也くんの運転する車で、彼も一緒に渋谷の〈止まり木〉の本部を訪れた。 「――あら、由衣さん。こんにちは」  あたしたちを出迎えて下さった史絵さんはにこやかだけれど、一緒に来ていた直也くんに戸惑っているようだ。 「史絵さん、こんにちは。……今日はちょっと聞いてもらいたい話があって、
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さらば、DV男! PAGE3

「――お待たせ。お茶が入りました。じゃあさっそく、飲みながらでいいから話してくれないかしら。一体何があったの?」  あたしは史絵さんが淹れて下さった温かい緑茶を飲みながら、本題に入る。昨日、会社で人気がないところへ連れていかれ、思いっきり突き飛ばされて左肩をぶつけて大きな青アザを作ってしまったこと。直也くんの前では精一杯強がっていたけれど、本当はもう怖くてたまらないということ。幸樹さんにはもう会いたくないけれど、会社を辞めるのは自分が逃げるみたいで理不尽だと思っていることを、あたしは自分の言葉でしっかりと史絵さんに話した。 「……つらかったわね、由衣さん。よく話してくれました。ねえ、その肩のアザというのを、今ここで確認させてもらってもいいかしら? 直也さん、できればあなたも一緒に」 「えっ、俺も……ですか? 由衣、どうする?」  直也くんにはまだこのアザを見せていないけれど、彼がためらうのはあたしがここで服を脱ぐことに困惑しているんだと思う。でも、タートルネックのニットの下にはちゃんとキャミソールを着ているし、この二人だけになら見せてもあたしは別に構わない。この相談室は外から見えないようになっているから。 「いいよ、あたしは問題ない。――それじゃ、ちょっと失礼して」 あたしは湯呑みをテーブルの奥の方へ寄せ、その場で服を脱いだ。ついでにキャミソールの左の肩紐をずらし、肩に貼っていた湿布薬も剥がすと、少し紫色になってきた大きなアザが露わになった。 「……&hel
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さらば、DV男! PAGE4

「――あ、そういやお前、昨日のやり取り録音してたんじゃなかったっけ?」 「そうだ! この録音もDVの証拠になりますよね?」  直也くんに言われてICレコーダーの存在を思い出したあたしは、バッグからレコーダーを出して史絵さんの前で再生ボタンを押した。 「……由衣、これは会社の上の方にも提出した方がいいんじゃねえか? コイツ、自分でお前を嵌めたって自爆してんじゃん。これでお前の昇進の話がなくなることもねえだろ?」 「あ、そっか」 「由衣さん、あなたその人から暴力だけじゃなくて、そんな嫌がらせまでされていたの? もう、すぐにでも別れた方がいいわ。それと、この人を会社で裁いてもらいましょう。そしたらあなたが今の仕事を辞める必要もなくなるし」 「そうですね。じゃあ、まずは何から手をつけたらいいでしょうか」  昨日あれだけ直也くんの前で泣いて弱みを全部さらけ出したので、あたしの中でも覚悟は決まった。今は本心から、幸樹さんなんて怖くないと思える。 「まずは、この音声のコピーを取って警察と会社の上司の人に提出することね。オリジナルは保険のために、由衣さん自身が持っているといいわ。警察にはすぐにDVの被害届を出して、会社にはその彼の解雇処分を検討してもらいましょう。こういう人なら由衣さん以外にも被害者がいるかもしれないし、彼のしたことは会社にも損害を与えているから立派な解雇理由に該当するわ」 「あ、そういえば前にも彼からあたしと同じような被害を受けて、会社を辞めた女性がいたって聞きました」 「やっぱりそうでしょうね。さっきの音声で言っていたデザインの盗作というのも、あなた
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さらば、DV男! PAGE5

 ――あたしはさっそく行動を開始した。まずは〈止まり木〉を出たその足で、マンションがある渋谷区が管轄の警察署へ出向き、何度も相談に乗って頂いている生活安全課の担当刑事さんに例の音声データと昨日の診断書を提出した。  音声データは警察署へ向かう直也くんの車の中で、予めノートパソコンを使ってUSBメモリーにコピーしておいたものだ。あたしは同じものを二本作っておいて、もう一本は会社に提出するつもりだ。  女性を含む数人の刑事さん立ち合いのもと、音声を聴いてもらったり、アザができている患部の写真を撮られたり(撮影したのは女性の警察官だった)しているうちにお昼を過ぎ、直也くんとは一緒にマンション近くの回転ずしチェーンでランチをした後、「これからディナータイムの仕込みがあるから」とそのお店の前で別れた。 『――やっぱり由衣は、美味そうに食ってる顔がいちばん可愛いよな』  お寿司を頬張るあたしに、彼は笑いながらそう言ってくれた。あたしに元気が戻ったことを彼も喜んでくれたみたいだ。   ――そして翌日は会社へ出勤し、江坂部長にあの音声データのUSBメモリーを「あたしが盗作なんてしていない」証拠として提出した。 この音声データとあたしが手がけてきた過去のデザインのデータ、そして商品デザイン部にいる同僚たち(もちろん玲奈も)の証言を検証した結果、あたしの盗作疑惑はすぐに晴れ、逆に幸樹さんに対するコンプライアンス違反の調査が行われることとなった。     * * * *   ――〈止まり木〉を訪れて一週間後。あたしはついに、幸樹さんに別れを告げる日を迎えた。 
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さらば、DV男! PAGE6

 直也くんは大声で怒鳴ったわけじゃないのに、その静かな怒りが幸樹さんを青ざめさせた。そんな彼に、あたしが思いっきり平手打ちを食らわせる。 「……あたしが今まで味わってきた痛み、少しは分かりました? でも、あたしの痛みはこんなもんじゃ済まないですよ。ことあるごとに、あなたはあたしを殴ったり突き飛ばしたりして、あたしの人格を否定するような言葉を投げつけてきて。そのせいであたしは心も体も傷付きまくってボロボロになったんです。こんなあたしの気持ちなんて、あなたには分かんないでしょうね」  頬を叩かれた痛みに目を瞠った幸樹さんに、あたしは泣かずに自分の気持ちをすべてぶちまける。今、あたしはこの男に対して怒りと哀れみの感情しかない。 直也くんもまだ怒りが収まらないらしく、幸樹さんを関節技で締め上げようとする。 「俺はなぁ、この仕事好きでやってんだよ。プライド持って続けてんだよ。お前は俺だけじゃなく、この店のオーナーシェフの要さんのこともバカにしたんだよ! 料理人なめんな!」 「直也くん、ストップストップ! こんな人相手でも暴力はダメ。直也くんまでこの人と一緒になっちゃうから」  あたしはそんな直也くんを制止した。幸樹さんが気絶しかねないと思ったからだ。あたしも幸樹さんを引っぱたいたけれど、それは当然の権利だろうし暴力には当てはまらないだろう。 「――藤川幸樹さんですね? 警察の者ですが、こちらにいる一ノ瀬由衣さんからあなたにDVの被害届が出されています。これが傷害罪の逮捕状です。署までご同行を」  ちょうどいいタイミングで、渋谷南署の生安課
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エピローグ PAGE2

「――直也くん、ちょっと大事な話があるんだけど……」  今日は直也くんがお休みの日だったので、彼の部屋で一緒に晩ゴハンを食べている時にあたしは思い切ってあのことを話そうと思い、口を開いた。 「ん、なに?」 「実はあたし、まだ男の人に対するトラウマが完全に治ったわけじゃなくて。……だからその、直也くんには色々とガマンさせちゃってるかもしれないなと思うんだ。直也くんだって、ホントはあたしとしたいと思ってるんじゃない? でも、あたしがこんな状態だからガマンしてるんじゃないかな……って」 「……うん。まあ本音言えばな、俺だって男だし、そういう願望がまったくないわけじゃねえよ」 「やっぱり……、そうだよね」  あたしがガックリと肩を落とすと、直也くんが慌ててあたしに「待った」をかける。 「待て待て、最後まで聞けって。……でも、お前にムリさせてまでお前を抱きたいとは思ってねえよ。それも俺の本音。それくらいお前のこと大事だから、俺がガマンするくらいのことは何とも思ってねえんだ。それに、体の関係なんかなくたってさ、俺たちは気持ちが繋がってるから大丈夫だろ?」 「うん、そうだね」 「前にも言ったけど、俺はお前が完全にトラウマ克服できるまで、いくらでも待ってられるからさ。それこそ一生かかっても」 「……えっ?」  それってどういう意味だろう? 戸惑うあたしに、彼は照れたように頭を掻きながら言った。 「由衣、俺たち結婚しねえか? お前さえよければだけど」
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エピローグ PAGE1

 ――幸樹さんが逮捕されてから二週間後、彼は有休を消化されてから解雇され、商品デザイン部のオフィスもあたしの身の周りにも穏やかさが戻った。  彼は「副社長と親戚だ」とか吹聴していたけれど、実は副社長の妹さんの嫁ぎ先の甥という、「親戚」と呼んでいいかは微妙な関係だったことが判明した。とはいえ、副社長はご自身にも責任があるとおっしゃって、自ら副社長の職を退任された。  そして、あたしは四月から正式にデザイン部のチーフに昇格することが決まり、そして新ブランドのデザイナーとしても他の人のデザインを監修することになった。 これからは仕事もますます忙しくなるけれど、直也くんとはちょっとだけ関係が進展して今は半同棲の状態になっている。  「――由衣、最近なんか幸せオーラが滲み出てるよねー。幸樹さんと付き合ってた頃よりキラキラしてる」  社食でランチのエビピラフを食べていると、向かいの席でエビフライ定食を食べている玲奈からそんなコメントをされた。 「うん、分かるー? 今すっごく幸せなんだ。毎朝直也くんと顔合わせてるとね、彼のことどんどん好きになってくの。直也くんは優しいし頼もしいし、作ってくれるゴハンは美味しいし」 「はいはい。今日もおノロケごちそうさま」  玲奈は半ば呆れながらも、何だかんだで楽しそうだ。彼女はこれまで、あたしがあの人から散々泣かされてきたのを見てきたから。いちばんの親友として、あたしが今心から恋愛を楽しんでいることが嬉しいんだと思う。あたしが直也くんに泣かさ
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