All Chapters of 一緒に美味しい朝ゴハンを。: Chapter 61 - Chapter 70

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恋と責任と PAGE3

「――あのね、玲奈。今言ったデートプラン、直也くんに『色気ないよね』って言ったら彼何て言ってくれたと思う?」 「いや、分かんないけど。言ってくれたってことは、由衣はそれが嬉しかったってことだよね?」  彼女はあたしの言ったニュアンスから、それがあたしにとって喜ばしい言葉だったと読み取ってくれたみたいだ。 「うん。『由衣にその気がないならムリにとは思ってない。俺はお前の意思を尊重してやりたいから』って言ってくれた。やっぱり彼、幸樹さんとは違うなぁって思ったよ」 「そっか。幸樹さんだったら、『それだけか』って不機嫌になりそうだもんね。あの人、由衣を無理やり手込めにしたこともあったでしょ」  玲奈が幸樹さんに嫌悪感丸出しで、口をへの字に曲げて言う。あたしが幸樹さんから物理的なDVだけでなく、性暴力を受けていたことも彼女は知っているからだ。 「うん……。直也くん、紳士的なんだよね。あたしのこと大好きだからこそ、無理やりキスしたりもしないし、すごく大事にしてくれるの。大事にしてくれすぎて、あたしの方が申し訳なく思っちゃうんだよね。あたし、直也くんが求めてくれたら受け入れてもいいかなって思ってるんだけど……。男に対してトラウマがあること、彼も分かってくれてるみたいだからそれもなくて」 「う~ん、難しいよね。直也さんは由衣と付き合う以上、責任もって接していこうって思ってるんじゃないかな。由衣の仕事も応援してくれてるから、自分が由衣の足枷になっちゃいけないって思ってるのかも」 「足枷って……、たとえば予期せぬ妊娠とか?」 「まあ、そんなところかな。でも彼なら、万が一あんたが妊娠してもちゃん
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恋と責任と PAGE4

 ――その後は幸樹さんがあたしたちの席まで怒鳴り込んでくることもなく、平和な時間が過ぎて、お昼休みになった。 「――わぁ、美味しそう! あたし、もっと手の込んだカレーを想像してたけど、なんかごく普通のカレーだね」  チキン南蛮定食のトレーをテーブルに置いた玲奈が、隣の席からあたしのお弁当を覗き込んで言ったのがこのコメントである。ちなみに、お弁当――タッパーに入ったカレーライスは社食に備え付けられている電子レンジで温め済みだ。 「うん、ウチのお母さん直伝のカレーだよ。お肉は豚肉なんだ。直也くんね、母子家庭で育ってきたから小さい頃からウチでゴハン食べることが多くて。ウチのカレーがその頃から大好きだったんだ」 「へえ、直也さんって母子家庭育ちなんだ? じゃあ、お母さんが働きづめで、ずっと家にいなかった感じ?」 「そうなの。そのお母さんも、彼が専門学校の寮に入ってる頃にガンで亡くなったらしいんだけどね。でも、昨夜あたしと一緒にこれ作った時、楽しそうにしてたよ。まあ、これにはプロの料理人らしい工夫も色々とされてるけど。……じゃ、いただきま~す♪」  タッパーからカレーをスプーンですくって食べるというのも、なかなか乙である。福神漬けも欲しかったな……。 「……ね、由衣。あたしにも一口ちょうだい。チキン一切れあげるから」 「いいよ。実はお弁当で持ってきたの、玲奈にも食べてもらいたかったからっていうのもあるんだ。どうぞ」 「ありがとー♪ じゃあ、このお皿からチキン、一切れどうぞ」  玲奈はテーブルのスプーン立てから取ったスプーンで、カレーを一口すく
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恋と責任と PAGE5

「でも、彼は昔の恩返しのつもりであたしにそうしてくれてるのもあると思うんだ。自分が先に胃袋掴まれた側だったから、って」 「え、そうなの?」「うん。高校時代にさ、毎朝彼にお弁当作ってあげてたんだ。自分のお弁当のついでだったけど、彼はそれがすごく嬉しかったんだって」 それはあたしにしてみればただの〝お隣さんのお節介〟のつもりだったけれど、彼からすれば「好きな女の子が俺にお弁当を作ってくれた」ことになったわけで。そりゃあ嬉しかっただろうなと思う。特別手の込んだお弁当じゃなかったし、冷凍食品とかもバリバリ使っていたけれど。「それで、えーっと……何の話をしてたんだっけ? あ、そうそう。胃袋から始まる恋もアリなんじゃないか、ってあたしは言いたいわけよ、うん」 話があたしのことにすり替わってしまったので、あたしは脱線していた話題の軌道をどうにか修正した。「だから玲奈、あんたも頑張って料理できるようになりなよ。あたしと直也くんみたいなカップルもいるんだから」「……分かった。一応努力はしてみる。自炊できるようになった方が、節約にもなるしね」「そうそう。コンビニフードとかカップ麺とかばっかり食べてたら栄養も偏っちゃうし、デリバリーもお金かかっちゃうでしょ」「……だね」 玲奈が納得して箸を進めたところで、あたしは彼女がくれたチキン南蛮の一切れも食べてみた。ウチの会社の社食メニューはどれも美味しくて、これも多分に漏れなかった。「でも、あたしも一度しか会ったことないけどさ。直也さんってイケメンだし優しいし、気配りできるし、なんかモテそうだよね。由衣のライバル候補もいっぱいいそう」 楽しく食事していたのに、玲奈が何気なく放った一言であたしのスプーンがピタッと止まってしまった。「……あれ? 由衣、もしかしてあたし、地雷踏んじゃった?」「ううん、別にそんなんじゃないけど。……あたしのライバルって呼べるコ、〝いっぱい〟はいないけど一人だけは知ってる。彼と同じお店で働いてるウェイトレスさん」 ライバルと聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、山根陽菜さんの顔だった。でも彼女は横恋慕なんてするようなタイプには見えない。「え、マジで!?」「彼女も元カレからDV受けてて、〈止まり木〉のことを直也くんに紹介してくれたのも彼女だったんだって。彼女
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恋と責任と PAGE6

 ――その日の午後も無事に仕事を終えた(WEBページの文章はあまり納得のいく出来ではなかったけれど)。  ちなみに、玲奈に直也くんの連絡先を勝手に教えた件については、彼から午後四時ごろになって返信があった。「俺は別に構わないけど、できれば事後報告はやめてほしかった」と。その点についてはあたし自身も反省しているので、「ごめん!」と謝っておいた。  退勤後、あたしの足はマンションのある恵比寿ではなく、〈アポロ〉のある池袋へと向いていた。陽菜さん本人に、直也くんへの気持ちを確かめようと思ったのだ。とはいえ、彼女が今日もシフトに入っているかどうかは分からないのだけれど。もしかしたらランチタイムで彼女の勤務時間は終わっているかもしれない。だからといって、直也くんに「陽菜さん、今日はシフトに入ってる?」と訊くのも何だか変な話だし。  陽菜さんに会えるかどうかも分からないままお店の周りをウロついていると、反対方向から彼女がトートバッグとショッピングバッグを肩から提げて歩いてきた。彼女はあたしに気づくと、足を止めてペコリとあたしに頭を下げる。 「こんにちは、由衣さん。昨日はご来店下さってありがとうございました」 「あ……、こちらこそどうも。今はバイトの帰り?」 「はい、今日もランチタイムで上がりでした。住んでるのはこっちの方角なんですけど、安いスーパーが反対側にあるので買い物してきたんです」 「そうなんだ……」  私服姿で、屈託ない笑顔であたしにそう言ってショッピングバッグを掲げて見せる彼女に、あたしは完全に出鼻を挫かれた。 「あ、そうだ。直也さんと由衣さん、お付き合い始められたんですよね。おめでとう
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幸せな日々と、再びの悪夢 PAGE1

 ――マンションへ帰った後、スマホを確かめたらもう一台スマホを持っていたらしい幸樹さんから嫌がらせのような数の着信とメッセージ受信の通知が来ていたけれど、あたしは全部無視した。 そういえば、「仕事用にもう一台あってほとんど使ってないんだ」とか言っていたような……。あれを真に受けたあたしがバカだった。「うざっ! いつまでも彼氏ヅラしてんじゃねえっつうの」 ……いや、一応まだ「彼氏」ではあるのだけれど。あたしは画面の向こうにいる幸樹さんに口悪く毒を吐いた。 一度ベッドに腰を下ろすとバッグを床に置き、クレンジングシートでメイクをキレイに落とした後、部屋着に着替える。冷凍しておいたご飯と、昨日の残りのカレーで夕飯を済ませた。 洗い物を片付けてから、あたしはスマホで直也くんにメッセージを送った。〈直也くん、お仕事お疲れさま。 今日の夜、直也くんの部屋に行ってもいい? 直也くんに会いたい。 帰ってきたら電話して下さい〉 彼はまだ仕事中だから、返信どころか既読すらつかなくても仕方がない。でも、仕事が終わってからでも気づいてくれたらきっと返事をくれると信じて待つことにした。   * * * * いつかみたいに入浴を済ませて、直也くんからの連絡を待っていた夜十時過ぎ。スマホに電話がかかってきた。一応、メッセージには既読がついているけれど、彼からの返信はない。「もしもし、直也くん。お仕事お疲れさま」『おう、今帰ってきた。ただいま。メッセージの返信打つよりチョクで電話した方が早いと思ってさ』「そっか。……あのさ、今からそっちに行ってもいい? 夜遅くにごめんだけど」 常識的に考えて、今から人さまの部屋を訪問するのは問題があるだろう。ましてや、独身女が彼氏とはいえ男性の部屋に行くのだ。 前にあたしが幸樹さんのせいでケガをした夜には、直也くんをこの部屋に上げたことがあったけれど。あの時は非常事態だったので仕方ないと言えなくもないけれど。『……いいよ。遠慮せずに来いよ。玄関の鍵開けとくから』「うん、ありがと。じゃ、今から行くね。また後で」 あたしは逸る気持ちを抑えて電話を切った。そしてそのままスマホと財布と部屋の鍵を持って、サンダルに履き替えて玄関を飛び出す。――もちろん、戸締りはちゃんとしたけれど。 お隣のインターフォンを押すと、朝みたいに彼が
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幸せな日々と、再びの悪夢 PAGE2

「――とりあえず、何か飲むか? ノンアルビールならあるけど」  直也くんはキッチンで、冷蔵庫を覗きながらあたしに声をかけた。飲み物とは別に、いくつかの食材も取り出しているのは、何か簡単なおつまみでも作ろうとしているのかもしれない。 「うん、それでいいよ。明日も仕事だし、今日は直也くんに話さないといけないことがあるから酔っ払ってる場合じゃないし」 「オッケー。じゃあ俺、簡単に何かつまみ作って持ってくから。先にこれ、テーブルに持ってってくれる?」 「はいはーい」  彼はあたしにノンアルコールビールの缶を二つ預け、自分はIHコンロの前に立った。ちなみに、あたしの部屋と彼の部屋のキッチンにあるIHコンロはどちらも二口タイプである。どちらもよく料理をするからだ。 「何なら由衣、先に飲んでてもいいけど」 「ううん、待ってるよ。その前にあたし、直也くんに一つ謝らないと」 「ん? 謝るって……、勝手に玲奈ちゃんに俺の連絡先教えたことか? それなら俺は別に怒ってねえから、謝る必要ねえけど」  彼は手を動かしながらも、ちゃんとあたしの話に耳を傾けてくれる。 「そのことじゃなくて……。あたしね、今日会社帰りにお店の近くまで行ったの。直也くんじゃなくて、陽菜さんに会いに」 「陽菜ちゃんに?」  その名前を聞いた途端に、直也くんはビックリしたように声を跳ね上げた。でも動揺しているからじゃなく、彼女の名前が出たのが意外だったからだと思う。 「うん。彼女に、直也
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幸せな日々と、再びの悪夢 PAGE3

「……なぁ由衣。さっきからお前のスマホ、ブーブー鳴ってるけど、それ放っといて大丈夫なのか?」 直也くんと二人で楽しく晩酌しているというのに、水を差すような昨日とデジャヴな光景。あたしは画面も見ずにひとつ盛大なため息をついた。確かめなくても分かる。どうせ、こんなにしつこく電話してくる相手は一人しかいない。「無視していいよ。どうせ、かけてきてるのあの人だから」「あの人……って、あのDV彼氏か!?  連絡先ブロックしたんじゃなかったのかよ?」「したけど、あの人のスマホ、もう一台あったんだ。『こっちは仕事用だからほとんど使ってないんだ』って言ってたの。そっちもブロックするの、すっかり忘れてた……」 自分のマヌケさにガックリうなだれていると、直也くんは「お前は悪くねえって」と優しく慰めてくれた。「そんなん騙し討ちみてえなもんじゃん。一台ブロックされたからって、ほとんど使ってねえもう一台使ってまで電話してくるそいつの方がおかしいだろ。ストーカーの素質十分だな」「ストーカーって、そこまで言う? 直也くん辛辣……」 あたしは唖然として彼の顔を見つめる。 彼の中では、幸樹さんの評価はドン底らしい。……そりゃ、子供の頃からずっと好きだった初恋の相手(もちろんあたしのことだ)がこれまでどんなに酷い目に遭わされたかを知っていたら、悪い印象しか持てないだろうけれど。「言うだろ、そりゃ。だいたいなぁ、たかだか一年くらい前にお前と知り合ったようなヤツが、お前のこといいようにするのが気に入らねえよ。それも、大事にしてくれてんならまだいいけどさ。DVとか絶対許せねえ。こっちはもう二十年も由衣のこと想ってきたっつうのに」「二十年も……。直也くんも十分ストーカーの素質ありそうだよね。まあ、こうして両想いになれたからもうストーカーにはならないけど」「おう、そりゃもちろんならねえよ。俺、お前を困らせらるようなことだけはしねえって決めてっからな、ガキの頃から」 それはあたしがいちばんよく知っている。というか、それは人として当たり前のことだから、何もわざわざ声高に言う必要なんてないのだ。「それにしても、二十年の片想いか……。長いよね」「うん、長えな。自分でもそう思う」 それだけあたしのことを本気で好きだったということなのだろう。そうでなけれ
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幸せな日々と、再びの悪夢 PAGE4

  ――幸樹さんのもう一つの連絡先もブロックして、それからは彼には会社で会っても最低限の挨拶や会話などの接触だけでほとんど無視してやった。多分、彼はあたしに対してイライラを募らせていることだろう。……それが後に、再び悪夢となって降りかかってくるなんてあたしは思いもせずに。  でも、今は大好きな直也くんと過ごす毎日が楽しくて愛おしいので、幸樹さんなんてもう怖くも何ともない。いざという時には直也くんが助けてくれるし、警察にも相談に行ったし(ちゃんと対応してもらえたのでちょっと拍子抜けしたというか、ホッとしたというか)、〈止まり木〉のお仲間もいる。一人じゃないというのがこんなにも心強いなんて思わなかった。  そんな中、迎えた直也くんとの初デートの日。あたしはいつもよりも気合を入れてオシャレをして、メイクもバッチリ決めてから彼の部屋へ行った。一緒に朝ゴハンを食べてから出かけることになっているのだ。 「――おはよ、直也くん」 「おはよ、由衣。おお、……今日はいつもに増して可愛いな」 「ありがと。今日は直也くんとの初めてのデートだから、いつも以上に頑張っておめかししてきたの」  今日のあたしのコーデは、赤いチェック柄のⅤネックのニットワンピース(丈は膝上だ)に黒のタイツ、焦げ茶色のロングブーツ。その上からベージュのトレンチコートを羽織っている。 「うん、よく似合ってるよ。つうかお前、結構胸デカいんだな」 「なぁに、今ごろ気づいたの? まあ、一応Dカップあるからね」  ちなみに、彼と別々の道を歩み始めた七年前当時ではまだBカップくらいだったろうか。七年も経てば、それくらいは発育する
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幸せな日々と、再びの悪夢 PAGE5

 楽しい朝ゴハンの時間を終えて、二人で協力して洗い物もして、あたしはちゃんとアイメイクを直して(鏡を見たら、直也くんに指摘されたとおりパンダみたいになっていた)。それからやっと出かけた。  直也くんの車は白いSUVだった。なるほど、これなら食材とか調理器具とかの荷物もたっぷり積めそうだ。これを現金で買ったというのだから、お母さんの保険金恐るべし。というか母の愛、恐るべし。 「――直也くん、運転うまいんだね」 「そうか? まあ、お前を隣に乗せて事故ってる場合じゃねえしな。プロのドライバーみてえにはいかねえけど、安全運転を心がけるよ」  初めて助手席に乗せてもらったあたしが彼のドライビングテクニックを褒めると、彼は胸を張ってそう答えた。 「言っとくけど、この車の助手席に乗せた女はお前だけだからな? 後にも先にも」 「……うん。えっ、今『女は』って言ったよね。じゃあ、男の人はいるんだ?」  彼の言葉に「自分は彼の特別な存在なんだ」と嬉しくなりつつも、ついそんな無粋な質問が飛び出してしまう。 「男ならな。ほら、要さんとか。たまに一緒に仕入れとか行くんだよ。……って何だお前、男に妬く趣味なんかあったのか?」 「そんな趣味ありません! っていうか仕事なんだね」 「ああ。でも、要さんは俺
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幸せな日々と、再びの悪夢 PAGE6

「――なあ由衣、このクッションファンデなんかどうだ? カバー力めちゃめちゃいいってさ」  デパートのコスメ売り場で、直也くんがあたしのために一緒にコスメを選んでくれる。彼女のためにここまでしてくれる彼氏ってなかなか貴重な存在なんじゃないかと思う。 「どれどれ? ……うん、肌なじみもいいし、発色も自然な感じだね。じゃあ、これ買おうかな」  手の甲にテスターを塗ってみると、いい感じになじんだので購入を即決した。今度は自分で口紅の二色のテスターを手の甲に並べて塗り、直也くんに訊いてみる。 「ねえ直也くん、この口紅、どっちの色がいいと思う? オレンジ系とピンク系」 「んー? ナチュラル系にしたいならオレンジ系かな。でもピンクも可愛いと思うぜ。迷ってんなら両方買うか?」 「えっ、いいの? ありがとう! 直也くん太っ腹!」 「やめろよ、こっ恥ずかしいから」  彼はそう言うけれど、顔が真っ赤なところを見るとただの照れ隠しみたいだ。何だか満更でもなさそう。そして多分、あたしのために何かできることが嬉しいんだと思う。お金を使うというだけじゃなくて、他のことも。 デパートのコスメ売り場に売られている化粧品、いわゆるデパコスはちょっと値が張るので自分ではなかなか手が出せない。だから普段コスメはドラッグストアなどで買うのだけれど、直也くんは何のためらいもなく「俺が買ってやるから遠慮するな」と言ってくれた。それはもちろん、お母さんの保険金が残っていたり、働き始めてからも貯金していたりするからだろうけれど(直也くんが〈アポロ〉で毎月いくらお給料をもらっているのかは知らないけど)、幸樹さんだったらそんなことウソでも言ってくれないだろうなと思うと何だかス
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