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一緒に美味しい朝ゴハンを。 のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

90 チャプター

ピンチとチャンス PAGE2

「――由衣、今晩俺の部屋寄ってく?」  管理人の佐野さんに「ただいま帰りました」と挨拶をして(ちなみに佐野さんご夫婦にも、あたしと直也くんが付き合っ四階にていることを話してある)、直也くんと二人で四階に上がると、彼があたしにそんな提案をした。 「えっ、今から?」 「そ、今から。二人でちょっと早めのクリスマスパーティーしねえか? もう朝のうちに料理の仕込みはしてあるんだ。ケーキも昨日のうちに買って冷やしてあるから」  もしかしてそういう意味なのかと思ったあたしはためらったけれど、思いっきり健全で彼らしい理由だったのでちょっと拍子抜けした。 でも、まだ夕方の五時なので、今からパーティーをやっても夜遅くまではかからないだろう。明日も休みだし、最悪泊まることになっても何の問題もない。 「ああ、そういう意味ね。でも直也くん、最初からそのつもりで予定立ててたの? 仕込みも済ませてケーキまで買ってあるなんて準備よすぎない?」 「今日由衣とクリスマスデートするって決まった時から、ずっとそのつもりで計画してたからな。由衣に言わなかったのはサプライズのつもりでさ」 「そうだったんだ。いいね、二人きりの早めのクリスマスパーティー。しようしよう♪ お料理するならあたしも手伝うよ」  さっき幸樹さんと一触即発になったせいで、あたしの気持ちはドン底に沈んでしまっていたけれど。直也くんの素晴らしい提案でちょっと浮き上がった。     * * * *   二人で仕上げたローストビーフやパイシチュー、朝の残り物で作ったサンドイッチ、そしてチョコレートケーキで、あたしたちはささやかにクリスマスパーティーをした。明日も休みなので、今日はアルコールを解禁して普通のビールで乾杯した。
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ピンチとチャンス PAGE3

「――ねえ、直也くん。あたし、再会してからずっと訊きたかったんだけど」 「なに?」  やっと不安な気持ちも落ち着いて、居間の座卓を囲んでデザートに切り分けたケーキを(ちなみに切り分けたのはあたしだ)二人で食べている時、あたしは今までずっと触れずにいた話題を持ち出すことにした。 「直也くんのお母さんが亡くなったこと、どうしてあたしには連絡してくれなかったの? ウチの両親にまで口止めして」  あたしの連絡先はずっと変えていなかった。なのに、どうして彼は一度もあたしに連絡をくれなかったんだろう? ただの幼なじみだから、あたしに「ウザい」とか思われて嫌われたくなかったのかな? 「それは……ちょっと、お前もここでひとり暮らし始めてたしさ。遠慮してたっていうのもあって。でもホントの理由は、俺が弱ってるところ、お前にだけは見られたくなかったから」 「え? それって男としてのプライド的なこと?」 「そうだよ。何か文句あるか?」 「……ううん、ないけど」  ふて腐れたように吠えた直也くんに、あたしは思わず笑ってしまった。でも、彼は次の瞬間今にも泣きだしそうなくらいつらそうな顔になって話し始めた。 「でも、俺もショック大きかったからさ。おふくろに俺の作った料理を食ってもらうってのが、俺の生きる目標だったのに……って。しばらく俺、生ける屍みたいになってたんだ。ずっと好きだったお前の顔も忘れちまうくらい」 「………………&hel
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ピンチとチャンス  PAGE4

 ――クリスマスは直也くんと一緒に過ごせなかったけれど、一緒に朝ゴハンを食べるという習慣だけはどうにか守られ、お正月の三が日は〈アポロ〉もお正月休暇だったので彼とずっと一緒だった。  そして、年末年始の休暇が明け、新年の仕事始めから数日後が経った一月のある日。あたしの中に芽生えていたイヤな予感が的中してしまった。 「――一ノ瀬さん、ちょっと私についてきてもらえる? 専務が、あなたに話があるっておっしゃってるの」 「えっ? ……はい。分かりました」  江坂部長に呼ばれたあたしは、彼女の口調から不穏な空気を感じた。きっと呼ばれた用件は、あたしにとって決して好ましくないもののはずだ。 「……由衣? 大丈夫? なんか顔色悪いけど」 「大丈夫よ、今のところは。……ちょっと行ってくるね」  あたしの表情には思いっきり不安が表れていたらしい。隣のデスクから心配そうに声をかけてくれた玲奈に気丈に振る舞って、あたしは席を立った。 部長のデスクまで行く途中、幸樹さんのニヤニヤした顔が目に留まり、あたしのイヤな予感はますます大きく膨らんでいく。彼がこの件に何か絡んでいるのは間違いないと思った。     * * * *  「――デザイン部の一ノ瀬君だね。君とこうして面と向かって話すのは、入社試験の面接の時以来かな」  専務は確か五十二歳。湯浅社長より三つほど上だったと思う。彼のあたしへの話し方にも、どこか険(ケン)のようなものを感じる。 「そうですね。わたしは社内でお見かけしておりますが」 「それで専務、彼女をお呼びになった用件は何でしょうか?」  あたしに代わって、直属
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ピンチとチャンス  PAGE5

「専務、まさか本気で彼女が盗作をしたなんて思ってらっしゃいませんよね? あなたも私と同じく、役員として彼女の入社面接の席にいらっしゃったでしょう? でしたら、彼女の当社の商品への並々ならぬ愛を感じられたはずです。そんな彼女が他人のデザインを盗むとお思いですか?」  あたしがいかにこの会社の商品を愛しているのかを、江坂部長は専務に熱弁して下さった。 入社試験の面接官の中には、確かに江坂部長も専務もいらっしゃったような気がする。だったら、専務もあの時のあたしの自己PRを聞いて下さっていたはずなのだ。 「……私も、本心から一ノ瀬君がデザインを盗んだとは思っていないよ。だが、訴えがあった以上は調査しないわけにもいかなくてね」  専務は本心からそう言っているんだろうか? それとも苦し紛れの言い訳だろうか? 今の段階ではどちらなのか判断がつかない。 「一ノ瀬君、この件はできるだけ早急に調査をする。君が盗作などしていないと言うなら、君の無実を証明するためにもこの件はこちらに任せてはくれないだろうか? それで汚名が雪がれれば、君は予定どおり四月からチーフに昇格できる。……どうだね?」  確かに、専務の言葉にも一理ある。自分に何も疚しいところがないのなら、あたしはこの調査で身の潔白を証明することができるし、昇進の話がなくなることもないわけだ。つまり、あたしの無実はあたしが証明しなくても、専務や会社が証明してくれるということ。それならあたしに断る理由はない。
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ピンチとチャンス  PAGE6

「そんな個人的な理由で、藤川くんはあなたを陥れようとしているっていうの? 情けない」  あたしが語った幸樹さんの嫌がらせの理由に、部長はあからさまに呆れて言葉も出ないようだった。 「彼、元々そういう人だったんですよ。ウチの部署に異動してきたのだって、当時お付き合いしてた営業事務の女性にあたしと同じようなことをして、彼女を退職に追い込んだから左遷されてきたんだってもっぱらのウワサですし」  〈止まり木〉に顔を出すようになって分かったことだけれど、DV男はみんなそういうものらしいのだ。自分の気に入らないことがあると相手を殴る、嫌がらせをして困らせる、しまいには精神的に追い込んでしまう。……あたしも直也くんに再会するまでは、もう精神的にもボロボロな状態だった。今は彼のおかげで、周りには味方になってくれる人が大勢いるんだと分かっているからメンタルもだいぶ回復してきているけれど。 「そのウワサなら、私も聞いてますよ。というか、あれは事実なのよ。でも上層部は彼をどうして解雇しなかったのかしら? クビにしないで左遷したなんて、何かあるとしか思えないわね」 「何か……って、彼が上層部の誰かの身内だから下手に解雇できない、とかですか? その誰かに忖度して」 「そういうことでしょうね」 「はぁ……」 
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弱みとプライド PAGE1

「……由衣、ちょっと来いっ!」 「えっ!? ちょっ……!」  あたしは逆上した幸樹さんによって、人通りの少ない廊下の端へと引っぱってこられた。乱暴に掴まれた腕がもげそうなくらい痛いけれど、人前であたしに乱暴を働かないくらいには理性が残されていたらしい。 「――ここなら誰も来ないな。さて、さっきのお前の答えだけど……」  そう言うと、彼はあたしを思いっきり突き飛ばした。あたしは壁に肩を思いっきりぶつけ、痛みに顔をしかめる。でも、やられっぱなしでいるようなあたしじゃない。その時、とっさにスカートのポケットに忍ばせていたICレコーダーの録音ボタンを押した。もちろん、幸樹さんには気づかれないようにこっそりと。 「痛……っ!」 「お前が生意気だから、気に入らなかったんだよ。年上のオレより先に出世は決まるし、お前が告ってきたから付き合ってやってるのに『別れたい』とかふざけたことは言い出すし! 他に好きな男ができたからって調子に乗ってるんじゃねえか!? ああ!?」  これがあたししか知らないであろう、この男の本性だ。彼はまだ虫の居どころが悪いらしく、あたしの髪の毛を掴んで乱暴に首をグイッと持ち上げた。 「そういやお前、最近妙に色気づいてんじゃねえか? スカートで来ること多くなったし、化粧も濃くなったし。それも新しい男の趣味なのか?」 「痛い……、離して……!」  痛がってはいるものの、あたしは泣かなかった。どうしてこんな理不尽な目に遭わされて、こっちが泣かないといけないんだろう? この録音データを聞いて、後で泣きを見るのはこの男の方だ。 「……幸樹さん、あなたはどうして専務に言ったんですか? あたしに盗作されたなんて。あ
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弱みとプライド PAGE2

「――おかえり、由衣。大丈夫? 顔色悪いけど」  やっとのことでオフィスの自分のデスクに戻ると、玲奈が心配そうに声をかけてくれた。彼女はあたしが江坂部長に呼ばれたところから、幸樹さんに連れていかれるところまで一部始終を見ていた。さっきの幸樹さんの一連の発言、録音じゃなくて玲奈のスマホに全部垂れ流してやってもよかったかもしれない。 ちなみに、ICレコーダーの録音はもう止めてある。彼に見つかることはなかったので安心した。 「大丈夫……じゃないかも。あたし、幸樹さんのせいでチーフに昇格する話に黄色信号灯っちゃったみたいなんだよね」  この会社の中で、あたしが素直に弱みを見せられるのは上司である江坂部長を除いては、いちばんの親友である玲奈だけだ。 「ええっ!? なんでそんなことになっちゃってんのよ?」 「あの人がね、嫌がらせであたしに自分のデザイン盗作されたって専務に吹き込んだらしくて。フラれた腹いせにしてはやりすぎだよねぇ」 「何それ? 信じらんない。……ああ、由衣じゃなくて幸樹さんの方がね」 「でしょ? そのうえ突き飛ばされて、左肩ぶつけた。多分アザになってるかも。今は確かめようがないけど」 「えっ、また!? 後でトイレで見てあげるよ」  このオフィスには幸樹さん以外にも男性社員がいるので、ここで服を脱いで(ちなみにVネックのニットだ)確かめるわけにもいかない。でも女子用トイレなら、少なくとも女性の目しかないのでそれほど気にならない。 「ありがと。あの人、ホントにひどいよね。あたし、デザインの仕事に誇りとプライド持ってやってるから、盗作なんて絶対にしないのに。それに、直也くんのこと
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弱みとプライド PAGE3

 ――その日は一日、何だか食欲が湧かなかった。ランチも社食でかけうどん一杯だけで済ませた。 「……えっ? あんた、お昼それだけで足りるの? 夜までもたないよ」 「うん……。でもなんか食欲なくて……」  玲奈に気遣われたあたしは、大きな青アザができた左肩の痛みに顔をしかめつつ、うどんを啜った。お出汁のよく利いた関西風のシンプルなうどんは美味しかったけれど、何だか砂を嚙むような感覚で食べていた気がする。  お昼休みに入ってすぐ、女子トイレで服を脱いで玲奈に確かめてもらったら、やっぱり壁にぶつけたところはアザになっていた。これも立派なDVの証拠、とスマホで写真を撮っておいた。 「……あたし、話には聞いてたけど。こうして直接見たらやっぱひどいね、幸樹さんの暴力……」  アザを始めて目の当たりにした玲奈も自分のことみたいにショックを受けていて、彼女はやっぱりいい親友だと思えた。  幸樹さんから暴力を振るわれてケガをさせられたのは、約一ヶ月ぶりのことだった。それまでは平和でいられたのに、あたしの日常にまた暗い影が差すことになってしまった。 でも、ケガよりももっと大変なのは、せっかく決まろうとしていた出世の話が無くなってしまいそうなことだ。ケガなんて治ってしまえばそれでおしまいだけれど、心の傷はずっと引きずってしまう。……まあ、あたしはまだ若いので、昇進のチャンスだってこれで終わりとは限らないのだけれど。 
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