闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う のすべてのチャプター: チャプター 71 - チャプター 80

80 チャプター

chapter,4 + 6 +

  真っ白な病室で、今日も小手毬は目隠しをされた状態で医療行為を受けている。  小手毬の両手両足には包帯が巻かれていた。瀬尾によってパジャマのまま始められた医療行為はふだんよりも執拗で、まるで蛇に捕らえられたかのような気分に陥っている。たぶん、小手毬に月のものが訪れたあとの、最初の処置だからだろう。 彼は基本的に無口だ。ただ女神を崇めながら服を脱がせ、その“器”となりうる小手毬の身体を隅から隅までふれ、執拗に撫で、舐め回す。  事前に処方された薬のせいで、小手毬の身体は拒めない状態まで追い詰められている。手足を拘束され、恥ずかしい体勢に固定され、捧げ物のように胸や局部を露にされ、そこを瀬尾の手や口が責め立てていくのだ。  ハア、ハァという艶っぽいため息だけが、病室に響く。 雨龍は薬を飲ませた小手毬にふれることなく、彼女が気をやるよう自慰の仕方を教えた。彼女は「ジユウおにいちゃん」とぽつりと名を呼びながら達していた。  陸奥は小手毬にねだられた通りにふれるだけで、それ以上のことは行わない。いくら医療行為だと小手毬が説明しても、それは違うと首を振ってばかり。どうしてそこまで慎重なのか、小手毬はわからないままだった。  瀬尾だけが、小手毬を“器”として、子作りをさせるための性技と称した処置を繰り返す。はだかにされた身体を包帯で縛られるだけで、薬に酔わされた小手毬はうっとりとした吐息をこぼしてしまう。 “女神”は淫らであれ。  “器”として主人の精を大量に注がれよ。  “諸神様”は男女がまぐあうことで顕現したれり。 淡々と告げられる“諸神信仰”の経典が脳裡に響く。  瀬尾の舌が、包帯越しの胸元にふれる。ちろ、ちろ、ちろり。「ふっ……あぁっ」 包帯によって身動きを封じられた小手毬はベッドのうえで絶頂する。  この病院に転院してから何度も施され、胸への刺激だけで強く感じるようになってしまった小手毬は、瀬尾の手で淫らに啼かされる。  この甘い責め苦は序の口だと、神を降ろすにはさらなる高みに至らなければならないと、瀬尾は小手毬が達した後も責める手を止めず、下
続きを読む

chapter,4 + 7 +

  けして結ばれてはいけない相手だと、心のなかでは理解していたはずなのに、自由の声を聞いただけで、小手毬の身体は歓喜にうち震えていた。  しゅるりと巻き付けられていた包帯をほどかれ、目隠しをはずされた小手毬は半年ぶりに逢った彼を前に、羞恥で頬を染める。  瀬尾はベッドの片隅で気絶していた。自由の手には注射針。きょとんとする小手毬に「安心して、悪い奴はやっつけた」と自由は笑う。  悪い奴? 小手毬は混乱しながらも、彼の姿を凝視する。 ――ジユウおにいちゃんなのに、まるで別人みたい。ここにいるのは、誰? 全裸になった小手毬をベッドの上に転がして、自由は彼女に傷がついていないか確認していく。彼の手が小手毬の身体のパーツにふれる都度、彼女は戸惑いの声をあげる。「そうか、薬で辛いんだな。あとは俺が散らしてやる」 「で、でも」 「あんな光景見せられたら、我慢できない」 まさか、自由は瀬尾による医療行為を見ていたのだろうか。病室の扉には申し訳程度の窓がついているから、覗こうと思えば覗けるだろうが、病棟にひとがいないことに慣れていた小手毬は気にしたこともなかった。見られていたという事実に、ふたたび身体が熱くなる。「だめ、ジユウ、おにいちゃ」 「小手毬。いいね」 なおも拒もうとする小手毬を無視して、自由は彼女の唇を容易く奪う。この病院へ転院してから唇を許したのは陸奥だけ。その陸奥も、小手毬が駄々をこねるまではけしてふれようとしなかった。自由は小手毬の意志を無視して唇を押し付け、ぬるりとした舌先を口腔へ滑らせていく。「ふぁっ……」 「すきだ。小手毬」 舌を絡めるような接吻なんて初めてで、小手毬は自由に翻弄されつづける。身体に炎を点すかのように、自由の口づけは小手毬を熱くする。「あぁっ」 「――もう、ほかの男にはさわらせない」 そのまま自由の手が、小手毬の敏感な場所を愛撫していく。信じられない。だいすきなジユウおにいちゃんにふれられている。彼の手が、指先が小手毬を快楽へ溺れさせる。何度も訪れる浮遊感に、小手毬は夢中になる
続きを読む

chapter,4 + 8 +

  自由の熱い楔を突き立てられ、小手毬は意識を飛ばす。自由に抱かれた小手毬は「死んでもいい」と嬉しそうに彼を受け入れた。  けれど、ここで死なせるわけにもいかない。死なれたら計画は頓挫する。  自由が本当に殺したかったのは瀬尾だけだ。彼だけは許せなかった。“諸神信仰”に乗じて無垢な小手毬にあれこれいかがわしいことを教え込んだ変態だけは。「――俺を警察に突き出しますか」 「諸見里本家には警察官僚がいるだろ。通報したところで医療事故だと誤魔化されて終了だ」 「よくおわかりで。お久しぶりですね、陸奥先生」 シーツにくるまれすやすやと安らかな寝息を立てている小手毬を一瞥し、陸奥は自由の手に握られた注射針を見てため息をつく。「それで俺も殺すつもりか」 「まさか。小手毬が悲しみます」 「……ずいぶん物騒な物を持っているな」 「母が餞別に持たせてくれました」 敷布には少量の鮮血が散っていた。  小手毬をオンナにした、証だろう。  陸奥は目の前の男がほんとうにあの自由なのかと瞠目する。  地域医療センターにいた頃の彼しか知らなかったから、もしかしたらこちらがもともとの彼の本性なのかもしれない。  猛毒の入った針をつまらなそうにケースに仕舞い、自由は朗らかに笑みを浮かべる。「加藤木先生から連絡があったときには目を疑いましたよ。まさか彼女が俺の計画を見破るなんて」 「……彼女は別の意味で常識が破綻しているからな」 宗教狂いの瀬尾や生まれつき洗脳された天、そして小手毬と自由と比べれば、加藤木はどこにでもいるような一般人である。  それゆえ陸奥は彼女を好ましく思っていたが、今回の件で考えを改めざるを得ないと痛感した。  突拍子のない行動力と他者を引き付ける吸引力。敵も味方も自分の手のひらのうえに転がして、その結果、思い通りにしてしまう。  ここにいる自由が一途で危険な男なのは理解できるが、加藤木もまた危険な女だ。「陸奥先生は彼女を止められなかった。だからここにいらっしゃるんですよね」 「救わ
続きを読む

chapter,4 + 9 +

 恋の痛みをなくす薬が欲しいと小手毬は陸奥に話していた。  そんなものはないと一蹴することしか陸奥にはできなかった。  ずっと小手毬は自由を想っていたから、その気持ちを諦めたくて、麻酔などにすがったのだろう。  けれど恋愛をなかったことにできる麻酔など存在しない。存在したとしても、麻酔はいつか醒めるものだ。 ここで陸奥が彼女に打つのは、彼女の意識を失わせ、呼吸を止める全身麻酔である。 “女神”の“器”として方々から狙われていた桜庭雪之丞の娘、亜桜小手毬はここで死ぬ。  その先のシナリオは赤根雨龍が用意している。  医療行為の最中に小手毬が死んでしまったという責任から、瀬尾は自死を選んだことになる。  小手毬の遺体は即座に運ばれ、自由が匿われているという亜桜雛菊のもとへ安置する。亜桜の名字から、狸も訝しがることはないだろうと雨龍はゴーサインを出した。死んだ“器”に興味はない。“諸神信仰”に踊らされていた人間は冷や水を浴びせかけられ、正気に戻るだろう。その先のことは、赤根一族や諸見里本家の人間がどうにかすればいい。ふたたび“器”を作るのか、作ったところでとうてい受け入れられるとは思えないけれど。  陸奥は加藤木の言葉を思いだし、自由へ伝える。「異父兄妹でも、結婚する方法はあるんだってな」 「この国では禁忌とされていても、場所が変われば結婚することも、子どもをつくることも可能です」 そう。海外では異父兄妹などのきょうだい同士の結婚を法律で認めている国が存在している。自由は小手毬の容態を確認次第、ふたりでヨーロッパへ脱出するという。この国ではすでに犯罪者となった自由と、ここにいる限り“諸神信仰”の道具として利用されるであろう小手毬が幸せになるためには、この閉ざされた地方都市から、国から出るしかないのだ。  もっと早く知りたかったと残念がる自由に、陸奥はぽつりとこぼす。「それでも、今じゃないと動けないから動いたんだろ?」 「そうですね」 親族、宗教、職業、いままで諸見里自由を形作っていたものを裏切って、彼は初恋の妹を選びとる。  そこまでの執着を
続きを読む

chapter,4 + 10 +

「バレたらどうするつもり?」 「バレても彼らは黙って指を咥えているしかないの。なんのために大金を病院側は出してると思う?」 「……口止め料」 「せいか~い」 あえて茶化すように言葉を紡ぐ加藤木の図々しさに天はがっくりと頭を垂れる。  彼女は部外者でありながら、いや、部外者だからこそ、ここまで自ら手を汚すことなくやりきったのだ。これが天だったら、亜桜菊花と手を組むなど考えもしなかっただろう。「母は娘の幸せを願ってる。たとえそれがこの土地で禁忌と呼ばれる兄妹同士の恋愛であっても」 「加藤木先生はそのことについてどう思っているんだ?」 「菊花自身、一度は雛菊という名前で嫁に出たが異父弟である雪之丞との大恋愛をしている。ふたりの関係が公になることはなかったが、雪之丞は生涯菊花という女を囲い続けた……それもまた愛の形なのでは?」 はぐらかさないで、と言おうとして、天は泣き笑いの表情を浮かべる加藤木を前に硬直する。「ジユウくんはすべてを擲ってでもコデマリちゃんを手に入れようと動いた。彼女もまた、それに応えた。この先ふたりが待ち受けているものが何かはわからない。わたしも知らないし、知る必要はないと思うんです。ただ、わたしはジユウくんの危険なまでの一途な姿を応援したかった」 「それだけ?」 「コデマリちゃんがずっと彼を想い続けている姿も見ていた。ふたりを阻む障壁を壊したかった。だけどその結果、ナラシノ先生の復讐は叶わなかったわね」 「……私はいいんだよ。亜桜小手毬が死んだのなら赤根一族が血眼になることもないから」 いちどは小手毬を自由から引き離すことが叶った。想定外の交通事故で。  だが、その結果、自由は小手毬を救おうと、道を違えた。それは諸見里の家を棄てるという彼なりの選択だったのかもしれない。  あの家は過去に“女神”に去られて没落した。“女神”は赤根一族の“冬”で彼女の異父弟である桜庭雪之丞に加護を与えた。諸見里と赤根は表面上仲良くしながらも水面下では確執を抱いていた。天は“女神”の“落とし子”である自由に興味を持った。けれど彼の傍には“女神”が“器”にしようとしている小手毬もいた。
続きを読む

chapter,4 + 11 +

  茜里病院から車で一時間ほどの場所に、その施設はあった。  かつて桜庭雪之丞が私財を投じて建造させたという石造りの養護福祉施設。俗にいう高級路線の高齢者施設、老人ホームである。  だが、そこで悠々自適に暮らしているのは老人ばかりではない。離れには若年向けのスペースがあり、会員制の保養所として開放されている。「この施設も、桜庭雪之丞が残した“隠し遺産”なのか?」 「そうよ。名義は別のひとが持っているけれど、あたくしが管理一般を任されているの」 亜桜菊花と名乗った女性は、周囲をきょろきょろ見回す陸奥を興味深そうに観察している。交通事故で瀕死の状態だった小手毬を救った麻酔科医は、彼女が抱えていた闇を知り、この騒動に巻き込まれてしまった可哀想なひとだ。幸い、“諸神信仰”のために“女神”を利用し金を巻き上げる宗教団体に目をつけられることはなかったようだし、取引次第ではこちらの味方でいつづけてくれるだろう。息子と娘が想いあっている限り。  亜桜雛菊という、戸籍上は死んでいる小手毬の母は雪之丞のちからで新たな名を手に入れ、世間から隔離されたまま彼に囲われることになった。雪之丞の死によって自由になった菊花は、“女神”の“器”となる宿命を持つ娘の行方を調べ、彼女が亜桜家にいた頃の自分と同じ道を辿ろうとしていることに危惧を抱く。  雪之丞が生きていれば小手毬が“器”として覚醒する必要はなかったが、彼の死によって彼女は新たな医療行為――調教を受けることになってしまった。  交通事故で女性としての機能を止めてしまった彼女は、瀬尾の手で淫らな“女神”となるよう洗脳されていく。“審判の日”に権力者と契りを結び、“器”としての本領を発揮するそのために。密かに“諸神”の加護を求める男たちを、菊花は調べあげる。そのなかの有力候補に、雪之丞や雛菊とも縁のある茜里病院の後継者、赤根雨龍がいた。  菊花は雨龍に近づき、彼を見極めようとした。  それとほぼ同時期に、“彼”が現れた。地域医療センターの職を辞し、姿を消した実の息子――諸見里自由が。『匿ってくれませんか、母さん?』 彼がこの場所をつきとめられたのはきっと、蘭子の協力があっ
続きを読む

chapter,3 + 12 +

  陸奥が施した全身麻酔によって仮死状態にされた小手毬は雨龍によって死亡手続きをとられ、他のスタッフに気づかれる前に蘇生措置を開始、茜里第二病院から外へ出された。自由によって亜桜菊花が管理している施設へ運ばれた小手毬は、離れの部屋で眠らされている。  ピンクのカーテンに猫脚の学習デスク、カントリー調の家具が並べられたこの部屋は、まるで子供部屋のような雰囲気があった。その片隅に、小手毬が眠る医療用ベッドが置かれている。  静脈から点滴された麻酔の効果は通常三時間ほど。いまはまだ自力呼吸をするのが難しいため、小手毬の顔には酸素吸入器がつけられている。  自由はこんこんと眠りつづける彼女の横顔を飽きることなく見つめていた。シーツからこぼれるふわふわの髪を撫でながら。 交通事故から奇跡の生還を遂げたときは、傍にいられなかったけれど。  今度こそ、彼女が目を覚ましたときに……「小手毬……俺と一緒に来てくれると言ってくれて、ありがとう」 自由は瀬尾を殺し、小手毬の処女を奪った。小手毬の死を偽らせた後、誘拐し、悪人になった。  亜桜小手毬という名前はもう使えないが、自分の母親のように名を変え姿を隠して生きつづけることは可能だ。もう“女神”の“器”として“諸神信仰”を盲信する人間たちに調教されることも追われることもない。  死にたがりの彼女に「亜桜小手毬は死んだんだよ」と教えたらどんな顔をするのだろう。彼女のことだから、新しい名前を名乗ることになっても、住む場所を変えることになってもきっと、自由の傍にいて笑ってくれる。そう思いたい。「たとえ“女神”に罰せられるとしても、俺は小手毬を守るからな」 母の雛菊は菊花と名を変え、なに食わぬ顔をして生き延びていた。すでに“女神”の“器”としての仕事をやり遂げた彼女は、諸見里の家に戻ることもなく、結婚することは叶わなかったが愛する雪之丞の傍にいることを選んだ。小手毬も母親のように自由に囲われて、監禁されても喜びそうな気がするが、自由は幼い頃にした約束を果たしたいから、この国から脱出することを決める。  きょうだい同士でも法的に結婚することが可能な国があるという。そこ
続きを読む

chapter,4 + 13 +

  ――全身麻酔から覚醒した小手毬だったが、彼女は自分のことと、自由に関する記憶を失っていた。「麻酔の副作用で稀に意識障害を起こすことがある。一時的なものだと思うが、無理に思い出させると頭痛を引き起こす。交通事故の後遺症は寛解しているはずだが……精神的な要因の方がおおきいかもしれないな」 「せいしんてき、よおいん?」 「ああ。頭が痛いとか、そういうことは?」 「ないよ、いまのところは」 冷静に分析する陸奥と、なぜか彼になついている小手毬。  彼女は白衣姿の陸奥を見て「あっ、ミチノク!」と嬉しそうな顔をした。交通事故から覚醒した直後の、どこか幼さの残るたどたどしいしゃべり方をしている。  自由は苛立たしそうにふたりを見つめる。なぜ、小手毬は俺のことを忘れて、陸奥のことを覚えているんだ?  どうしてここにきて、小手毬が自分のこと、俺のこと、約束のことを忘れてしまったんだ?  自由は絶望よりも先に怒りで手が震えていた。「サダヨシ」 「母さん」 「彼女は生まれ変わったのよ。これから新しい土地で、ふたりで生きていくのでしょう?」 「でも」 自由はこんな結末を望んでいなかった。  幼い頃から約束をした小手毬と、幸せになるのだと思っていたのに、彼女は記憶を失っている。  戸惑う自由の姿は、まるで迷子になった子どものようだ。  陸奥の前でにこにこと会話をする小手毬だったが、自由と視線を会わせ、不安そうに瞳を潤ませた。「お、覚えてなくて……ごめん、なさい」 あなたのことを覚えていなくてごめんなさい。そう言って、小手毬は自由の震える手を握る。  あたたかい、生きている、ぬくもりを持った、手が、自由にふれる。  自由は彼女に手を取られた瞬間、瞳から涙をこぼしていた。 「お、俺のほうこそごめん。小手毬のせいじゃ、ない……俺は、隣でお前が生きていてくれれば、そ、それだけでいいんだよぉお……っ」  だから、そばにいて。  もう、その身体をほかの男にふれさせない
続きを読む

chapter,4 + 14 +

   * * *  戸籍から亜桜小手毬という名前が消えたため、彼女は「手毬」に名を改めた。  自由も「サダヨシ」ではなく「ジユウ」と彼女の前で名乗っている。兄妹であることは黙ったまま、自分たちは幼い頃から結婚を約束した恋人同士だと教えると、手毬は素直に納得し、それ以上問いただすこともなくなった。「じゃあ、ジユウ……さん?」 「そうだよ、手毬」 だが、たまに自由が彼女のことを小手毬と呼んでしまうため、「あたし、テマリ? コデマリじゃなくて?」と不安そうな声をあげることがあった。  そんなときは「コデマリっていうのはむかしの、小さいときの呼び名だったから……」と自由は淋しそうに微笑うのだ。 ふたりのもどかしいやりとりを見守っていた菊花は、彼女を諭す。 「貴女はもう小さな子どもじゃない。ジユウとふたりで新しい名前で生きていくの」  そう言われて以来、彼女は自分のことを受け入れ、「テマリ」と呼ぶようになった。  菊花を自分の本当の母親であることを知らない手毬だったが、彼女の言葉は不思議と乾いた土に染み渡る水のように素直に飲み込める。そのことを自由に伝えると「彼女は悪いひとじゃないけど、深く関わらなくていい」と窘められてしまった。  もしかしたら嫉妬、だろうか。手毬は首を傾げつつも、自由が嫌がるのならと、自ら菊花に近づくことをやめた。 陸奥と加藤木は地域医療センターへ戻ることになり、手毬のケアは自由ひとりで行うことになった。  ようやく彼は念願の彼女の担当医になれたのだ。    菊花が管理している施設で手毬は自由とふたりで過ごしながら、体力を回復させていく。  ときどき淫らな夢を見ておかしくなりそうになったけれど、自由にそのことを告白して以来、彼が毎晩気持ちいいことを教えてくれるようになった。 口づけだけでは物足りないと、火照った身体を曝け出して、自由を困らせることもたびたびあった。過去に包帯で拘束されたり目隠しされたりという奇抜な行為を教えられていた彼女は、それが愛し合う上でふつうのことだと認識していたからだ。記憶は消えたはずなのに、ふれられると思い出してしまうのは、薬による後遺症で身体が快楽を忘れられずにいるだけかもしれない。それでも自由にふれられることは彼女にとって極上の体験になっている。「手毬は俺だけのものだからな」 「うん」
続きを読む

epilogue

 言葉のわからない国の、ちいさな教会で、手毬は真っ白なウェディングドレスを着た。  出国時に菊花が用意してくれたシンプルなドレスは、亡き父である雪之丞が娘のためにと密かに用意させていたものだという。父親の記憶などほとんど覚えていない手毬だったが、ドレスを着て鏡の前で自分の姿を映した際に「ユキノジョーの、おじさん?」と驚いたような声をあげていた。  自由は自前のアッシュグレーのスーツにその辺に生えていた生花(ハーブ)のコサージュというシンプルな出で立ちだったが、白衣姿ばかり見ていた手毬には新鮮に映ったらしく、「ジユウ、かっこいい!」と大喜びしていた。「手毬もキレイだよ。ようやく、あのときの約束を果たせるな」 「ん。覚えていなくて、ごめんなさい」 「無理に思い出す必要はないよ。俺が覚えている」 教会に参列者はひとりもいない。ふたりの結婚を見ていたのは年老いた牧師だけ。  けれど、ふたりは満足だった。  壁を飾る色とりどりのステンドグラスは花をモチーフにしており、ユリやバラだけでなく、ガーベラ(雛菊)やスピラエア(小手毬)の花もある。小手毬の花だね、と自由が手毬に教えると、彼女は「しろいはななの、花言葉は“努力”……なんだか自由みたいなお花ね」と意外なことを口にした。  太陽の柔らかな陽射しを受けて微笑む手毬を見ていると、交通事故で死にかけたあのときのことが嘘みたいだ。「手毬が……小手毬だった頃、ジユウおにいちゃんのお嫁さんになる! って言ってくれたんだ」 「ジユウ、おにいちゃん?」 「俺たちははじめ、兄妹みたいな関係だったから。でも、いまは違う」 「いまは?」 兄妹だと口にしたら、彼女を混乱させてしまうだろう。  自由は優しい嘘をつきつづける。手毬の記憶が戻ってしまったら、すべてが水の泡になってしまうかもしれないけれど。  いまは、まだ。「ああ。いまの俺は、ひとりの女性として、手毬を愛しているよ」 そう言って、彼は手毬を抱き締め、キスをする――……   * * *  誰にも祝福されない結婚式を終えたふたりは、そのまま宿泊先ですべてをさらけだして、肌を重ねあって、ぬくもりをわかちあった。  唇をふれあわせて、互いの舌を絡めあわせて、わざといやらしい音を立てて、劣情を掻き立てる。  自由にふれられると
続きを読む
前へ
1
...
345678
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status