All Chapters of 元カレの宿敵の腕で幸せになります!: Chapter 781 - Chapter 790

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第781話

だが今の啓介が信頼できる相手は、もう海臣しか残っていなかった。自分名義の株式をすべて千暁に譲ると言ったのも、以前から遺言書を作成し、海臣に預けてあったからだ。今日の天志の行動によって、啓介はとうとう息子に完全に愛想を尽かしてしまったのだろう。千暁は真剣な眼差しで啓介を見つめ返した。長い沈黙の末、ようやくゆっくりと口を開く。「おじいちゃん、もういいよ」その言葉を聞いた途端、啓介は怒りに満ちた目で彼を睨みつけた。「何を馬鹿なことを言ってるんだ!何が『もういい』だ。あれはわしがお前にやるものだ。黙って受け取ればいい!」まさか千暁が本当に断るとは思っていなかったのか、啓介は怒りのあまり、今にもベッドから飛び起きそうな勢いだった。千暁の言う「もういい」が何を意味しているのか、啓介には分かっていた。だが、このまま終わらせるわけにはいかない。こんなことで終わらせていいはずがないのだ。啓介の顔色はひどく険しくなり、次第に呼吸まで荒くなっていった。千暁を見つめながら、必死に言葉を絞り出した。「駄目だ……これで終わりになんてできない……千暁、約束しろ。駄目……だ……終わりには……できない……」再び感情を昂らせる啓介を見て、秀子は驚いて慌ててその手を握り、優しく宥めた。「終わりになんてしないわ。千暁は受け取るわ。ちゃんと受け取ってくれるから」そう言うと、秀子は千暁を見た。「千暁からも言ってちょうだい」千暁も、今は祖父母にこの話をするべき時ではないと分かっていた。秀子の言葉を聞くと、ベッドへ歩み寄り、啓介の手を握る。「分かった、全部おじいちゃんの言う通りにするよ」その言葉を聞いて、啓介の張りつめていた気持ちもようやく少しずつ和らいでいった。彼は何度も大きく息をつき、顔は少し赤くなっていた。それ以上何も言わず、ただじっと千暁を見つめていた。やがて、その視線を隣にいる咲夜へ向け、途切れ途切れに言った。「さ……咲夜……こいつを説得してくれ……説得……して……やってくれ……」今の老人の姿を見ていると、咲夜も胸が苦しくなった。彼女は頷き、すぐに啓介を安心させるように言った。「はい、私がちゃんと説得します。千暁ともよく話しますから。おじいちゃん、心配しないでください。今はもう、この話はやめておきましょう。ね?」
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第782話

翌朝早く、千暁は咲夜に秀子を連れて本家の屋敷へ戻るよう頼んだ。何しろ秀子も高齢だ。一晩中ほとんど眠らずに過ごしたせいで、さすがに体が持たなかった。咲夜は秀子の意向を聞いたうえで、雅紀と真奈美に荻野家へ来てもらい、彼女の世話を手伝ってもらおうと考えていた。千暁を一人で病院に残しておくのも心配だったため、自分は病院へ戻って彼に付き添うつもりだった。秀子も異論はなかった。今の状況では、自分のことで千暁に余計な心配をかけないことこそ、孫のためにできる一番のことだと彼女もよく分かっていた。何を優先すべきか、秀子もしっかり心得ていた。一方、病院では啓介の容体はすでに安定していた。ただし、しばらくは安静にする必要があり、これ以上刺激を受けることは禁物だった。何しろ高齢で、体機能も衰えている。これ以上、心身に負担をかけるわけにはいかなかった。当直医が注意事項を伝えて病室を出ていくと、千暁はベッドの前まで行って腰を下ろした。啓介を見ながら、低い声で切り出した。「おじいちゃん、ちょっと話すか?」啓介はまだ顔色こそ青白かったものの、その言葉にはすぐに応じた。「話せ。どうせ、やっぱりあの株はいらないと言うつもりなんだろう?」最初から分かっていたはずだった。自分がどれほど受け取れと言い張っても、千暁の性格なら受け取るはずがない。千暁は頷いた。「そこまで分かってるなら、もう俺を困らせないでくれよ。今の俺には養ってくれる人がいるんだ。こんな気楽で自由な暮らし、そうそう手放せないだろ」そう言って口元に笑みを浮かべる。「おじいちゃん、ここはひとつ俺のためだと思って、金持ちの女に養ってもらう幸せな生活ってやつを満喫させてくれよ」冗談めかした千暁の言葉を聞き、啓介は呆れたように白い目を向けた。「まったく、情けないやつだ。花江家の娘は、いったいお前のどこがよくて惚れたんだ?そのみっともない顔をやめろ。見ているこっちが恥ずかしくなる」そう言いながら、啓介は露骨に嫌そうな顔をしてみせた。「そこがおじいちゃんには分からないんだよ」千暁の笑みがさらに深くなる。「俺がしつこく食い下がってなかったら、こんなにいい孫嫁ができたかどうかも分からないんだからな」話しているうちに、本人までどこか誇らしげになってきた。啓介は「ふん」と鼻を鳴らした。
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第783話

ところが、千暁は咲夜と想いを確かめ合い、正式に付き合うようになってから変わった。以前のように言うことを聞かなくなり、天志のことも恐れなくなった。そんな変化こそ、天志にとって何よりも許しがたいものだった。千暁の話を聞きながら、啓介は唇を引き結んだまま、何も言わずに黙り込んでいた。本当は、もう取り返しがつかないことくらい、啓介自身もよく分かっていた。自分が生きているうちは、保有する株式を使って息子の天志を牽制できる。もし自分がいなくなったとしても、その株式を千暁に持たせておけば、天志の野心を抑え込めるだろう。もともとは、そう考えていたのだ。何しろ、天志は自分の息子だ。自分の子供がどんな人間なのか、啓介は誰よりもよく知っていた。天志は幼い頃から野心が強く、常に目標がはっきりしていた。欲しいものがあれば、自分が傷だらけになろうと、血を流そうと、必ず手に入れようとする。そして手に入らないと分かれば、他人に渡すくらいなら自らの手で壊すことさえ厭わない。そんな偏執的な性格だからこそ、啓介は荻野家のすべてを彼に任せる気にはなれなかった。とりわけ、天志が千暁に施してきた、常軌を逸したとさえ言える教育を目の当たりにしてからは、荻野家を完全に天志の手に渡してはならないという思いを、いっそう強くしていた。だが今、目の前にいる千暁の言動を見ているうちに、啓介の心には一つの疑問が生まれていた。自分が千暁にすべてを背負わせ続けてきたことは、本当に正しかったのだろうか。啓介は長い間、千暁をじっと見つめていたが、やがてゆっくりと問いかけた。「お前にとって荻野家は、重荷でしかないのか?お前を縛りつける重い枷なのか?」自分が期待をかけ続けたせいで、千暁はこれまでずっと重いものを背負いながら生きてきたのかもしれない。啓介の視線を受け止めながら、千暁は正直に答えた。「全部が全部、そういうわけじゃない。ただ俺はもう、誰かに支配されて、縛られながら生きるのが嫌なんだ。おじいちゃん、昔の俺がそこから抜け出そうとしなかったのは、何も期待してなかったからだ。俺は咲夜が好きだった。でも、咲夜が好きなのは俺じゃなかった。未来に彼女がいないなら、隣にいるのが誰だろうとどうでもよかった」千暁は自嘲するように笑った。「あの頃の俺が、どうにでもなれって投
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第784話

父親だからこそ、天志もまた千暁の心の内をよく見抜いていた。だからこそ、千暁が何かを大切にすればするほど、天志はそれを徹底的に壊そうとした。千暁に、いかなる弱点も持たせたくなかったからだ。愛情も、愛する女も、千暁が頂点へ上り詰めるうえでは足かせにしかならないもの。真の強者に、そんな無用な感情のしがらみなど必要ない。権力さえ確実にその手に収め、頂点に君臨する者となれば、どんな女であろうと望みのままに手に入れられる。天志が千暁に求めていたのは、昔から権力への飽くなき渇望だった。感情に関しては――むしろ何も求めず、何にも執着しない人間になってほしいとさえ願っていた。自らの手で育て上げた息子を、第二の自分にする。そしてできることなら、千暁にもその思想を自分の子供にも受け継がせてほしい。世代を重ねるごとに、より強くなるように。啓介は瞬きもせず千暁を見つめ、その目に揺るぎない決意を見て取った。「本当にもういらないのか?本当に、すべてを捨てるつもりなのか?」結局のところ、啓介にはまだ未練があった。千暁なら、最後には大局を優先してくれると思っていたのだ。荻野グループそのものが終わりかねない。天志はあまりにも強引で横暴なうえ、独断専行が過ぎる。そんな彼にすべてを委ねることが、グループの将来にとって良い結果をもたらすとは限らなかった。「おじいちゃん、俺はもう期待してない。荻野グループはここまで来た以上、もう後戻りできないんだ」千暁の言葉には、別の意味が込められていた。これまで荻野グループを率いてきた間、彼はずっと傾きかけた荻野グループを立て直そうと力を尽くしてきた。だが――天志が何度も横から介入してきたせいで、表面こそ立派に見えても、その内側ではとっくに腐敗が始まっていた。そのことは、啓介も分かっているはずだった。老夫婦は農場で暮らし、周囲から見ればすっかり第一線を退き、悠々自適に暮らしているように見える。しかし、グループ内で何か動きがあれば、それが啓介の耳に入らないはずがない。千暁がまだ幼かった頃は、天志が独断的な振る舞いをするたびに、啓介が表に出て止めていた。ところが、千暁が荻野グループを引き継いでからは、おそらく彼を鍛えるためだったのだろう。啓介はそれまで以上に徹底して表舞台から身を引いた。グル
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第785話

やがて、啓介は声もなく笑った。そうだ。どうして忘れていたのだろう。千暁はもともと、理不尽なことに耐え、妥協して自分を押し殺すような性格ではない。天志は偏執的で常軌を逸したやり方を使い、千暁を自分の思い通りに従わせようとしてきた。だが、絢子もまた、決して屈するような人間ではなかった。彼女は天志と同じように強硬なやり方で千暁を追い込みながらも、父親の支配には決して屈してはならないと、何度も千暁に言い聞かせていた。たとえすべてを失うことになっても、最後まで抗い抜け、と。たとえ命を落とすことになろうとも、千暁だけは絶対に、天志の歪んだ支配欲に呑み込まれてはならない。それが、絢子が最期の瞬間まで千暁に伝え続けたことだった。実は息を引き取る直前にも、彼女は千暁にメッセージを送ろうとしていた。そこに書かれていたのは、これまで何度も彼に言い聞かせてきたのと同じ言葉だった。【千暁、屈しては駄目。死んでも絶対に屈しては駄目!】だが、そのメッセージを送信する前に、絢子は息を引き取った。千暁がその送信されなかったメッセージを見つけたのは、彼女の遺品を整理していた時だった。「もういい……もう、いいんだ」啓介は力なく手を振った。自分には、もう止めることなどできない。たとえ父と息子が互いに傷つけ合い、血を流すほど争うことになったとしても、自分にはどうすることもできないのだ。ただ目の前で、天志と千暁が完全に敵対し、真正面から争うのを見ているしかない。そして啓介には分かっていた。千暁が荻野グループを手放し、そのすべてを天志に譲ったからといって、何もせずに終わるはずがない。事態は、周囲の人間が考えているほど単純なものではなかった。外から見れば、千暁は今回の権力争いに敗れ、惨めに逃げ出したように映るだろう。そして天志は、その機に乗じて千暁を徹底的に押さえつけ、反撃する機会すら与えなかったように見える。だが、目まぐるしく状況が変わるビジネスの世界で、この先何が起こるかなど、いったい誰に予測できるというのか。ましてや、千暁は決して無能な男ではない。本当に何の力もない人間なら、これほど長年にわたって荻野グループを率い、しかも強い発言権を握り続けることなどできるはずがなかった。何しろその間も、天志はずっと虎視眈々と、
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第786話

啓介が入院している間は、ずっと千暁と咲夜が病院で身の回りの世話をしていた。その間、遥斗は二、三度見舞いに訪れた。瞳のほうは毎日欠かさず顔を出し、啓介の話し相手になっていた。ところが、啓介が退院する日になっても、天志だけは一度も姿を見せなかった。聞くところによると、今は会社で大規模な改革に乗り出し、かなり忙しくしているらしい。千暁が会社を率いていた頃に進めていたプロジェクトのうち、いくつかは天志の判断で凍結されていた。各プロジェクトチームからは悲鳴が上がり、真澄のもとには多くの社員から愚痴や相談の電話がかかってきていた。それどころか、天志が強硬な手腕で社内を締めつけたことで、退職を申し出る者まで続出しているという。その話をそばで聞いていた咲夜は、眉をひそめた。すぐに問いかけた。「あきの息がかかった人たちを、徹底的に会社から追い出すつもりなの?」これほど大勢の退職者が出て、しかも辞めるのが勤続年数の長いベテラン社員ばかりとなれば、退職に伴う補償だけでも相当な負担になる。千暁は咲夜に言った。「信頼できない人間は使わない。使うと決めた人間は疑わない。自分が育てた部下じゃない以上、あの人が信用しないのも理解はできる」ましてや、天志はもともと用心深い性格だ。このような行動に出ても、別に不思議ではなかった。咲夜もそれ以上、この件について意見を口にすることはなかった。しかし、啓介が退院して本家の屋敷へ戻ったその日、一本の電話が天志のもとへ入った。遥斗と瞳を連れて来るように、という啓介からの連絡だった。皆の前で発表することがあるらしい。啓介が本家の屋敷へ戻ると、すでに一人の中年男性が数人を連れて待っていた。啓介はその男たちを連れ、そのまま書斎へ入っていった。出てきたのは、およそ一時間後だった。その時も、先ほどの中年男性が啓介の後ろについていた。咲夜は千暁から、その男が篠宮海臣という名で、以前は荻野グループの顧問弁護士を務めていた人物だと聞かされた。海臣はグループの法務全般を専門に担当し、その中には啓介の遺言に関する手続きも含まれていた。ただし、海臣は数日前にすでに荻野グループを退職している。今の彼は、啓介個人のためだけに仕事をしていた。この時、千暁は咲夜を連れ、啓介の左側に並んで座っていた
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第787話

千暁は冷ややかな表情を浮かべたまま、その顔からは一切の感情が読み取れなかった。隣に座っていた咲夜もまた、落ち着いていた。海臣の身分を知った時点で、咲夜もある程度は察していたのだ。啓介がこんな決断を下したことには驚いたものの、それでも表情には出さず、平静を保っていた。天志は何も言わず、ただ手元の書類を丹念に確認していた。契約書の条項を一つずつ読み進め、その目は真剣そのものだった。その間、部屋の中に響くのは、時折彼が紙をめくる音だけだった。すべてに目を通し終えると、天志は顔を上げ、不機嫌そうな啓介を見つめた。「父さん、この契約書はどういう意味?」契約書そのものには何の問題もなかった。天志が最初に警戒していたような罠も、どこにも仕掛けられていない。書類にはすでに啓介の署名と必要な捺印も済んでおり、あとは天志が署名するだけで、彼の持株比率は荻野グループの87%に達する。そうなれば、荻野グループの筆頭株主は名実ともに天志となる。契約書に記されていた条件はただ一つ、株式を取得した後、天志が責任を持って啓介と秀子の生活を支えることだった。天志は毎月16億円の生活費を両親に支払わなければならない。そのうち12億円は秀子の口座へ振り込み、残りの4億円は啓介の口座へ入れる。天志にとっては微々たる金額であり、難しい条件でも何でもなかった。啓介は冷笑した。「わしを死ぬほど追い詰めたのも、結局はこの株式が欲しかったからだろう?千暁はいらないと言っている。それでもお前は良心まで捨てて、自分の親を死ぬ寸前まで追い詰めた。だから今、お前の望み通りにしてやる。わしとお前の母親が持っている株式は、すべてお前に譲る。その代わり、わしたちの老後の面倒はお前が見ろ。それは息子として果たすべき責任だ。拒むことは許さん」天志は何も答えなかった。啓介も、この件についてそれ以上言うつもりはなかった。ただ天志を睨みつけ、さらに続ける。「それから、お前が持っている千暁の映像はすべて削除しろ。一切の痕跡を残すな。天志、お前も大したものだな。自分の父親の弱みまでしっかり握りやがって。映像もバックアップもすべて消去し、この契約書に署名しろ。そうすれば今後、荻野グループではお前がすべてを決めればいい」これこそが天志の望んでいたものであり
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第788話

結局、天志はその書類に署名した。何度も繰り返し内容を確認したが、契約書には確かにほかの問題は見当たらなかった。署名を終えると、天志は書類を海臣へ手渡した。海臣は契約書に目を通し、問題がないことを確認すると、啓介に向かって言った。「啓介様、それでは、このまま公証手続きを進めます」「頼む」啓介はにこやかに答えた。「篠宮先生、わざわざ足を運んでもらってすまないな」それを聞いた海臣も笑顔で応じる。「お気になさらないでください。これも私の仕事ですから。それでは、先に失礼します」啓介に挨拶を済ませると、海臣は契約書を持って荻野家本家の屋敷を後にした。海臣の姿が完全に見えなくなってから、啓介はようやく視線を戻し、天志に尋ねた。「あの映像と、すべてのバックアップはいつ消去する?」続けて、はっきりと告げた。「完全に消去したことが確認できた時点で、あの株式譲渡契約を公表する。それから、お前も分かっているとは思うが、契約が発効した後、千暁に関する映像が一つでも流出した場合は、すべてお前の責任と見なす。その場合、わしは譲渡した株式を取り戻す権利を持つ」この条項については、啓介がわざわざ契約書の中に明記させていた。彼は鼻を鳴らして続けた。「たとえわしが死んだ後でも同じだ。千暁が相変わらずこんなものはいらないと言うなら、株式は自動的にわしが設立した財団へ移される」啓介とて、何の条件もつけずに株式を天志へ譲ったわけではない。当然ながら、彼なりの条件を設けていた。天志はこれまで何年もの間、どうにかして啓介からこの株式を手に入れようとしてきたが、ついに突破口を見つけることはできなかった。それが今になって、啓介自ら株式を目の前に差し出してきたのだ。長年あれこれ策を巡らせてきた天志に、拒む理由などあるはずがなかった。そもそも、あの映像を手元に置いていたのも、万が一に備えるためにすぎない。今や欲しかった株式が向こうから手元に転がり込んできた以上、天志としても、これ以上あの映像に固執する必要はないと考えていた。とりあえず今は、啓介を安心させることが先だ。その先のことは、また後で考えればいい。啓介から警告を受けても、天志は千暁を横目で一瞥しただけだった。「戻ったらすぐに消去する。信用できないというなら、一緒に来ればいいだろ
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第789話

何しろ、天志があの映像を消去するところを自分の目で確かめない限り、啓介はどうしても安心できなかった。今後、天志が二度とあの映像を利用して千暁の弱みを握ることがないよう、確実に処分させなければならない。それが今、自分が千暁のためにしてやれる唯一のことだった。千暁は頷いた。「おじいちゃん、俺は構わないよ」彼に異論はなかった。千暁が構わないというのなら、咲夜にも当然、断る理由はない。一行は立ち上がると、そのまま天志の家へ向かった。皆が去ったあと、秀子は深いため息をついた。「あの契約書一枚で、本当に天志を縛れるのかしら……」息子である天志に対して、秀子の心はもう完全に離れていた。今となっては、彼を産まなければよかったとさえ後悔することがあった。天志を身ごもる以前、秀子は体が弱く、妊娠してもなかなか無事に出産まで至らなかった。それまでに七、八回も流産を繰り返していた。ようやく天志を身ごもり、無事に出産までこぎつけたものの、出産の際には今度は大量出血に見舞われた。命を守るため、秀子は子宮を摘出するしかなかった。文字通り命懸けで、たった一人の息子を産んだのだ。だからこそ、幼い頃から多少甘やかして育ててしまったところは確かにあった。とはいえ、いくら可愛がっていたからといって、秀子と啓介は物事の善悪や、人として守るべき一線に関しては非常に厳しかった。二人にも、いったいどこで何を間違えたのか分からなかった。どうして天志が、今のような人間になってしまったのか。それこそが、秀子が息子に完全に愛想を尽かしたあと、啓介を連れて農場へ移り住み、世間から半ば距離を置いた生活を始めた理由でもあった。そして今、とうとうここまで事態がこじれてしまった。秀子は胸の奥に何かがつかえているようで、吐き出すことも飲み込むこともできず、ひどく息苦しかった。自分の息子だからこそ、天志がどんな人間なのかはよく分かっている。あの子は、こんなにも簡単に妥協するような人間ではない。今は一時的に譲ったように見えても、どうせ自分たち年寄りを適当にあしらっているだけなのではないか。啓介はそんな彼女の手を取り、手の甲を優しく叩きながら宥めた。「孫には、孫の人生がある。今のわしたちにできるのは、できる限り千暁の行く手を阻む障害を取り除
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第790話

千暁は咲夜を連れ、天志がすべての映像を消去するところをその目で確認した。咲夜は映像にいったい何が収められているのか詳しくは知らなかったが、啓介が株式と引き換えにしてまで消去させようとしたのだから、それがどれほど重要なものなのかは想像できた。すべての映像が削除されたのを確認すると、咲夜は千暁を見た。「瞳と少し話してくる」千暁は頷いた。それから咲夜が瞳に視線を向けると、今回ばかりは彼女も拒まなかった。瞳は咲夜を裏庭の回廊へ連れていった。咲夜はバッグから何枚もの写真を取り出し、瞳の前へ差し出した。「友達が北川市にある私立病院で見かけたの」写真に写っている人物は、陽向だった。咲夜は、瞳が密かに陽向の行方を捜していることを知っていた。写真を手にした瞳の指先に、わずかに力がこもった。表情こそ平静を保っていたものの、その胸の内は激しく揺れ動いていた。咲夜はそんな彼女の強がりを見抜いたように、さらに続けた。「あの事故でかなり重傷を負ったみたい。脳内にできた血腫が周囲の組織を圧迫しているんだけど、できた場所がかなり難しい位置で、手術で取り除くことができないそうよ。もし血腫がさらに広がって視神経を圧迫すれば、陽向が失明する可能性はかなり高い。今は海外で治療を受けてる」これが、現時点で咲夜が陽向について調べられたことのすべてだった。それ以上のことは、今のところまだ分かっていない。咲夜の話を聞き終えた瞳は、彼女を一瞥した。「そのくらいのことなら、恭介がもう全部調べてくれたわ。無事ならそれでいい。私はただ、自分のせいで人が一人死ぬなんてことになってほしくなかっただけ。これから陽向がどうなろうと、咲夜、私には関係ない。私はもう恭介の妻なの。あの人がどうなったって、もう私とは何の関係もないわ」その言い方は、実に単刀直入だった。陽向を捜していたのは、自分のせいで彼が事故に遭ったからであり、死んでほしくなかっただけ。しかも咲夜が持ってきた情報は、恭介がすでに調べてくれていた。わざわざ咲夜から教えてもらう必要などない。そして最後の言葉は、自分はもう恭介と結婚したのだから、今さら陽向という男の話を持ち出すのは不適切だと、咲夜に釘を刺していたのだ。もちろん、咲夜にもその意味は分かっていた。彼女はしばらく瞬きもせ
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