All Chapters of 元カレの宿敵の腕で幸せになります!: Chapter 891 - Chapter 900

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第891話

実のところ咲夜も、剛が戻ってきたばかりの孫である自分を、あまり気に入っていないことには気づいていた。なぜ気に入らないのかまでは、咲夜にも分からない。もっとも、正直に言えば、咲夜のほうも剛という祖父に親しみを感じることができなかった。おそらく、単純に祖父と孫の相性が悪いのだろう。咲夜は考えるのをやめ、星奈との会話に戻った。剛は最初から咲夜を威圧してやろうとしたのに、当の本人がまるで気にしていないのを見て、ますます表情を険しくした。軽く咳払いをすると、低い声で告げる。「時間だ。食事にしよう」そう言って真っ先に立ち上がり、ダイニングへ向かった。剛が動き出してから、咲夜もようやく立ち上がり、彼のあとについていった。咲夜の席は紗智子の隣に用意されており、その次が星奈だった。しかし、その席は以前まで星奈が座っていた場所だった。わざわざこのように席を変えた理由など、考えるまでもなく剛の意図は明らかだった。咲夜は、こんなことまでするのかと呆れてしまった。彼女は何度か星奈に席を替わろうと持ちかけたが、そのたびに星奈は笑いながらやんわりと断った。そもそも星奈自身、こうした細かいことはまったく気にしていなかった。彼女は咲夜の耳元へ顔を寄せると、自分に気を遣わなくていいと小声で囁いた。結局、咲夜は星奈に押し切られ、居心地の悪さを感じながらその席に座るしかなかった。剛の刺すような視線を感じ、咲夜の表情もどこか不自然になる。星奈はわざと剛へ目を向けた。「おじいちゃん、せっかくの食事なんだから、そんな雰囲気で食べてたら、咲夜さんも食欲がなくなっちゃうよ。ようやく帰ってきてくれたんだから、まさかお腹いっぱい食べさせないつもりじゃないでしょう?」星奈の言葉を聞き、剛は顔を険しくした。「よせ。お前からおじいちゃんなどと呼ばれてはかなわん。前にも、本来の姓に改めろと言ったはずだ」二十年以上も鷹司家で暮らしてきたというのに、剛はたった一言で、星奈が鷹司家で過ごしてきた年月そのものを否定した。咲夜は横目で、星奈の瞳に一瞬だけ悲しみがよぎったのを見逃さなかった。彼女は手にしていた箸を置いた。すると剛は、今度は咲夜に直接言った。「今まで違う姓を名乗っていたのなら、これから改めればいい。必要な手続きを済ませて、
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第892話

もともと険しかった剛の表情は、さらに暗く沈んでいた。けれど咲夜は、そんな剛の顔色など気にも留めず、再び箸を手に取って食事を続けた。すると、隣にいた川治も咲夜を後押しするように口を開いた。「俺も紗智子も、咲夜が決めたことなら何だって尊重する。ようやく実の娘を見つけることができたんだ。咲夜も星奈も、どちらも俺の娘だ。それはこれから先も絶対に変わらない」そして剛をまっすぐ見据えた。「姓が花江だろうと鷹司だろうと、咲夜と星奈が俺の娘であることに何の変わりもない」剛を前にして、川治は自分の考えをはっきりと示した。一方、何度も顔を潰された剛の顔は、これ以上ないほど険しくなっていた。彼は感情を抑えるようにしばらく黙ったあと、低い声で言った。「この話は、また後にしてもいい。咲夜、わしがお前を無理やり連れ戻したわけではない。お前自身がわしに約束した以上……」剛は、約束を反故にするなと咲夜に念を押そうとしていた。しかし最後まで言わせず、咲夜が静かに遮った。「鷹司家に戻ると約束した以上、反故にするつもりはありません。おじいちゃん、姓が違うからといって、私が鷹司家の人間だという事実まで変わるわけではありません。だから、わざわざそこまで手間をかけて姓を変える必要はないと思っています」どうして彼がそこまで姓にこだわるのか、咲夜にも理解できなかった。それでも彼女は剛を前に、自分の考えをはっきりと伝えた。咲夜は、自分のことにまで剛があれこれ口を出してくるのを好まなかった。こうして比べてみると、花江家の両親がどれほど自分を尊重してくれていたのか、改めて実感する。大きなことでも小さなことでも、二人はいつだって咲夜本人の意思を尊重してくれた。では、鷹司家はどうなのか。まだほんの短い時間しか接していないため、今の段階で何とも言えない部分はある。ただ、剛の性格があまりにも独断的なのは確かだった。そのせいで咲夜は、荻野家にいる、人の話をまるで聞こうとしないあの男を思い出してしまった。そう、天志だ。天志の性格は剛以上に横暴で、それについては咲夜も嫌というほど身をもって知っている。だからこそ、こういう相手への対処にはとっくに慣れていた。剛も、咲夜を思いどおりに従わせるのは無理だと悟り始めていた。自分が何を言って
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第893話

どれほど自分に不満があっても、自分が鷹司家の人間だからこそ、剛は戻って暮らすよう求めているのだ。その要求自体は、決して無理なものではなかった。それに、以前星奈から聞いた話によれば、自分用の家を一軒用意されたからといって、ずっとここに住み続けなければならないわけでもない。鷹司家では、毎週金曜の夜に家族揃って食事をするのが恒例だった。金曜の夜はそのまま鷹司家に泊まり、翌朝帰る者もいれば、剛と昼食を取ってから帰る者も多かった。川治と紗智子の場合は、たいてい翌日の夕食まで剛と一緒に過ごしてから、自宅へ戻っていた。剛も今は、本気で腹を立てていた。今日の咲夜は、自分が何を言っても、ことごとく拒んでくる。この孫には少しでも鷹司家の人間だという自覚があるのか。バンッ、と大きな音が響いた。剛が手にしていた椀と箸を、勢いよくテーブルへ置いたのだ。冷たい目で咲夜を睨みつける。「これも駄目、あれも嫌だと……咲夜、お前はわしをおじいちゃんだと思っているのか?」咲夜がここへ来てからというもの、剛は何かにつけて彼女に難癖をつけていた。それをずっと黙って見ていた紗智子も、とうとう我慢できなくなった。「お義父さん、咲夜とは20年以上離れて暮らしてきたのだから、どうしても親しみを持てないというのなら、これからは、なるべく咲夜をお義父さんの目につかないようにします。でも、この子は私の娘です。この家に足を踏み入れてから、お義父さんは一度だって咲夜に優しい顔を見せていません。それどころか、言葉でも態度でも、何度もこの子に嫌な思いをさせている。咲夜を相手に、そこまで年長者としての威厳を示す必要があるのか、私には分かりません」紗智子は深く息を吸った。「お願いですから、お義父さんの価値観を私の娘に押しつけないでください。この子は自分のしたいようにすればいいんです。誰かの顔色をうかがって生きる必要なんてありません。咲夜が何も言わずに耐えているのは、お義父さんをおじいちゃんとして尊敬しているからです。でも、尊敬というものは、それに値する相手だからこそ成り立つものです。年長者だからというだけで、その立場を振りかざして、家族の情を盾にこの子を縛らないでください」そう言い終えると、紗智子はゆっくりと立ち上がった。「咲夜、星奈、お腹いっぱいになっ
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第894話

川治と紗智子の顔色が一変した。二人は剛に、それ以上言わせまいとした。そもそも、これらは咲夜のせいではない。ろくでもない男に引っかかっただけでも十分不運なのに、それを咲夜を責め、傷つける材料にしていいわけではない。紗智子は怒りを抑えきれそうになかった。顔からはすっかり血の気が引いていた。彼女は咲夜の手を握り、そのまま連れて帰ろうとした。しかし、咲夜は動かなかった。落ち着いたままその場に立ち、紗智子の手を軽く引いて、まだ帰るつもりはないと伝えた。それから咲夜は静かな表情で剛を見つめた。この先、まだどんなひどい言葉を自分にぶつけるつもりなのか、最後まで聞いてみようと思ったのだ。剛は川治から制止するような視線を向けられても構わず、なおも続けた。「荻野千暁と知り合ったところで、お前はせっかくの機会をものにすることすらできなかった。それどころか彼まで巻き込み、あいつまで荻野家を追い出される羽目になった。今では男を自分のそばに置いて、堂々と養っている始末だ」千暁が何も持たずに荻野家を追い出され、そのまま咲夜のそばで養われていると知ったとき、剛は呆れ果てたものだった。今回、千暁の件を利用して咲夜を帰らせることができなければ、彼女は今も男一人のために景浦市に留まり続けていただろう。どれもこれも、思い返すだけで剛は頭が痛くなった。真剣に考えれば考えるほど、咲夜は恋愛となると周りが見えなくなる人間なのではないかと思えてならなかった。最初は晴南というろくでもない男のせいで、あれほどひどい目に遭った。一度痛い目を見れば、さすがに懲りるだろうと思っていた。ところが、まさか今度は千暁にのめり込むとは。剛も、千暁が優秀で、相応の手腕を持つ男だということ自体は認めていた。だが、それが何だというのか。千暁の成功を支えていたのは、荻野家という強大な後ろ盾だった。その荻野家を離れた途端、あっさり窮地に追い込まれた。それどころか、そのまま立ち直れず、一からやり直す気概すら見せていない。結局、千暁もその程度の男だったということだ。今では咲夜と一緒に桜ノ宮市までやって来たのだから、このまま咲夜に養われるつもりなのだろう。そう考えるだけで、剛は頭が痛くなった。咲夜は本当に男を見る目がない、とさえ思う
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第895話

剛の目には、自分が何をしても駄目で、欠点だらけに映っているのかもしれない。だから何だというのか。それは剛が自分に良い印象を持っていないというだけで、彼自身の問題だ。咲夜自身、花江家の両親にきちんと育ててもらったと思っている。少なくとも、今の自分には十分満足していた。剛は、突然強く言い返してきた咲夜を黙って見つめていた。最初はどれだけ難癖をつけても、彼女は何も言わずに受け流していた。ところが今、自分が千暁のことをほんの一言二言悪く言っただけで、これほどまでに反応する。まったく、この孫は……男一人のために、ここまで自分に食ってかかるとは。剛は腹立たしげに咲夜を睨んだ。男に入れ込みすぎる女は、一生苦労するということが分からないのか。もっとも、咲夜には今の剛が何を考えているかなど知る気もなかった。彼女は不満を隠さないまま剛の視線を真っ向から受け止めた。「あきはとてもいい人です。私は、自分の人を見る目を信じています。おじいちゃんと私には血の繋がりがあるから、私はあなたをおじいちゃんと呼びます。それが、年長者に対して示すべき礼儀だと思っているからです。でも、だからといって、おじいちゃんが私の人生に好き勝手に口を出していいことにはなりません。私のそばにいる人たちのことを、おじいちゃんは何も知りません。それなのに勝手に私の家族について調べ、一方的な情報だけをもとに彼らを決めつける。もし、それが鷹司家の教育だというのなら……」咲夜はそこでわずかに言葉を切った。「それも、大したものではありませんね」剛を目の前にしても、咲夜の言葉には一切の遠慮がなかった。剛が何に腹を立てているのかは、咲夜にも分かっている。けれど、自分が戻ると決めてから今日に至るまで、剛はずっと年長者としての威厳を振りかざし、何かにつけて自分を威圧しようとしてきた。なぜそこまでするのか、咲夜には分からなかった。それでも今までは耐えてきた。だが、そもそもなぜ自分が耐えなければならないのか。そう考えれば考えるほど腹が立ち、その声にも次第に怒りが滲んでいった。本当は剛と真正面から衝突するつもりなどなかった。けれど今は、本当に我慢の限界だった。一通り言い終えると、咲夜は深く息を吸った。高ぶった感情を落ち着かせてから、静かに
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第896話

結局、その日の食事はひどく気まずいまま終わってしまった。咲夜が家へ戻った頃には、すでに気持ちを落ち着かせていたものの、千暁はすぐに彼女の異変を察した。心配そうに咲夜を見た。咲夜は首を横に振った。「私は大丈夫。ただ、祖父がちょっと癖の強い人で、考え方が合わなかっただけ」言い争いの原因の一つが千暁のことだったとは、本人に話すつもりはなかった。余計な心配をかけたくなかったのだ。千暁は小さくため息をついた。「俺のことも関係してる?」咲夜が何も言わなくても、その様子を見ていれば、千暁にもある程度は察しがついた。荻野家を追い出され、今は何の肩書きも持たないまま、咲夜と一緒に桜ノ宮市まで来たのだ。誰だって一言や二言、言いたくなるだろう。そのことは千暁自身が誰よりもよく分かっていた。彼は別に気にしていない。ただ、咲夜がひどく気にすることも分かっていた。他人にそんなふうに自分を評価されることを、咲夜は許せないのだ。自分が気にしているかどうかなど、彼女には関係なかった。咲夜は唇を尖らせ、食卓で言われたことを口にしようとはしなかった。その様子を見て、千暁は手を伸ばして彼女を抱き寄せた。「気にするな。今の俺がそう見えるのは事実だ。何を言われようが、俺は気にしない」そう言いながら、千暁は小さく笑った。それでも咲夜は、相変わらず浮かない顔をしていた。ふと何かを思い出したように顔を上げ、目の前の男を見る。「今泉さんに会いに行ったの?」桜ノ宮市へ到着してから、智哉は千暁と連絡を取り合っていた。確か千暁も、智哉と会う約束をしていたはずだ。千暁の表情が途端に真剣なものになった。「あいつと飯を食った。そのとき、一つ気になることが出てきた」「何?」これから千暁が話すことは、おそらくかなり重要なのだろう。そう察した咲夜も、千暁のそばに腰を下ろした。千暁は数枚の写真を咲夜に差し出した。写真を見た瞬間、咲夜は目を見開いた。「これ、陽向じゃない?」写真には、車椅子に座った陽向らしき人物が、どこかの邸宅の敷地内にいる姿が写っていた。顔色も以前よりずっと良くなっているように見える。千暁は咲夜に尋ねた。「君にも今泉陽向に見える?」咲夜は怪訝そうに隣の千暁を見た。「これ、陽向でしょう?違うの?」
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第897話

今回の事故がなければ、智哉の祖父が亡くなり、景和が今泉家へ連れ戻されることもなく、智哉が景和と顔を合わせることもなかっただろう。千暁は続けた。「ただ、智哉にも、あいつが本当に今泉陽向という身分で暮らしていたのかどうかは分からないらしい。今泉陽向に関する痕跡はすべて綺麗に消されている。俺はただ、あまりにも出来すぎていると思ったんだ」陽向は忽然と姿を消し、その痕跡まできれいに消されている。明らかに、相当な権力と影響力を持つ何者かが手を回したのだろう。そして陽向が消えたあと、まるで入れ替わるように景和が現れた。しかも、智哉の祖父の末息子という身分で。果たして、ここまで偶然が重なることなど本当にあるのだろうか。千暁の話を聞き終えた咲夜も、同じ疑念を抱いた。いくつもの偶然が重なれば、それはもう偶然とは呼べない。少し考えてから、咲夜は小声で尋ねた。「じゃあ、これからどうするの?」瞳に知らせれば、おそらく彼女はすぐにでも桜ノ宮市へ飛んでくるだろう。かといって、景和本人に直接問いただすわけにもいかない。もし本当に陽向だったとしても、素直に認めるとは限らないからだ。千暁はじっと咲夜を見つめた。「この件は、もう少し様子を見てからにしよう。それより、もう一つある……」そこまで言ったところで、彼は口を閉ざした。ただ咲夜を見つめたまま、何か言いたげにしている。その眼差しを見て、咲夜の胸がどきりとした。驚いたように千暁を見返し、探るように尋ねた。「私に関係あるの?」今の千暁の目を見た瞬間、咲夜は真っ先に、自分に関係することなのではないかと思った。智哉に会いに行っただけなのに、どうして自分の話まで出てくるのだろう。千暁は唇をへの字に曲げ、露骨に不機嫌そうな顔をした。「智哉から、今泉家と鷹司家の縁談について聞いた。咲夜のおじいさんのほうから人を寄越して、星奈は鷹司家の人間ではないから、今泉家との縁談の相手も、もう星奈ではないと伝えてきたらしい」当然、縁談の相手とされていたのは星奈だった。だが今は事情が違う。剛は、星奈を鷹司家の人間として認めるつもりがない。だから、そのことを真っ先に今泉家へ伝えたのだ。星奈はこれまで、咲夜の代わりに鷹司家令嬢の座にいただけだと考えている剛は、すぐさま今泉家にその意向を
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第898話

千暁も、智哉からこの話を聞いたときには、あまりにも馬鹿げていると思った。剛は当然のように、咲夜にこの縁談を引き継がせるつもりでいるようだが、そもそも咲夜本人の意思を確認したのか。ましてや、夫である自分の意見など聞こうともしていない。この時点で、千暁の中でも剛への評価はかなり下がっていた。咲夜が自分を見ると、千暁はそれまでの冷ややかな表情を一変させ、途端に傷ついたような顔をした。「本当におじいさんから離婚しろって言われたら、どうする?」もちろん、咲夜が同意するはずなどないことは千暁にも分かっている。それでも、彼女の口から直接「離婚しない」と聞きたかったのだ。そこで千暁は、何も知らないふりをして、可哀想な夫を演じることにした。咲夜もそんな彼に合わせるように、つま先立ちになって彼の薄い唇に軽くキスをした。「離婚しない。何があっても絶対にあきとは離婚しないわ。いくら相手が祖父だからって、私が嫌なことを無理やりさせる権利なんてないもの。それに、今泉さんだって私のことを好きなわけじゃないんだから、祖父の提案なんて受け入れないでしょう」咲夜が離婚するつもりなどないことはもちろん、智哉だって言われたとおり素直に従うような人間には見えない。それに……咲夜の脳裏に、星奈の顔が浮かんだ。彼女を見ていれば、智哉に好意を抱いていることくらいは何となく感じ取れる。ただ、それは智哉と星奈、二人の間のことだ。咲夜も自分から口を挟んだり、わざわざ尋ねたりする立場ではないと思っていた。咲夜は千暁の首に腕を回し、柔らかな眼差しで彼を見つめた。「全部片づいたら、結婚式を挙げようね」二人の間では、以前にも結婚式の話が出たことがある。海外にいた頃にはウェディングフォトもすでに撮り終えており、その写真は今もあの邸宅に飾られている。もともとは、帰国したらすぐに結婚式を挙げるつもりだった。まさか戻ってきてから、これほど多くのことが起こるとは思ってもいなかったのだ。いつしか結婚式は先延ばしになり、二人ともそのことをすっかり後回しにしてしまっていた。千暁は両手で咲夜の頬を包み、熱のこもった眼差しを向ける。「分かった。全部君の言うとおりにする」千暁には、咲夜の願いを断るつもりなど初めからなかった。彼女がそうしたいと言うなら
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第899話

舟平は咲夜より一歳年下にすぎないが、その立ち居振る舞いからは年齢以上の落ち着きが感じられた。咲夜も笑顔で舟平に挨拶を返した。すると剛が咲夜に向かって言った。「姓を変えたくないというなら、もう無理強いはしない。ただ、お前が鷹司家の人間だということだけは、きちんと公にしておきたいと思っている。明後日、この家でお前を鷹司家の一員として正式に紹介する宴を開こうと思うが、どうだ?」昨夜の強引な剛とは、まるで別人のようだった。咲夜は、どうして突然これほど態度が変わったのかと訝しく思い、剛の表情を注意深く窺った。今の彼が自分に向ける眼差しは、昨夜よりずっと穏やかで、どこか親しみすら感じられる。昨日まであれほど姓を変えるよう強く迫っていたというのに、今日は一転して譲歩してきた。そうなると咲夜も、祖父がいったい何を考えているのか、深読みせずにはいられなかった。剛に見つめられながらも、咲夜はその提案に特に異論を唱えなかった。「おじいちゃんにお任せします。私は異存ありません」剛は、咲夜が鷹司家の人間であることを公にするつもりなのだ。剛がすでに一歩譲ってくれた以上、咲夜もその申し出まで突っぱねる必要はないと思った。それに、自分が鷹司家の人間であることが公になれば、自分にとってもさまざまな面で都合がいい。それもまた、自分が桜ノ宮市へ来た目的の一つだった。咲夜が素直に承諾したのを見て、剛は意外そうに咲夜を何度か見やった。てっきり断られるものだと思っていたのだ。何しろ昨日は、あれほど激しく言い争ったばかりだった。それなのに今日は、昨日のような一触即発の空気になることもなく、あまりにもすんなり話が進んでいる。むしろ自分のほうが少し調子を狂わされていた。すぐに気を取り直すと、剛は軽く咳払いをして咲夜に言った。「こんなことを言えば、お前は気を悪くするかもしれない。だが、必要なことはきちんと話しておこうと思う」咲夜は目を上げて祖父を見つめ、静かに続きを待った。剛は続けた。「花江家がお前を立派に育ててくれたことは認めている。だが、鷹司家には鷹司家の決まりがある。できればこっちに移り、少しずつ覚えてほしいんだ。家も広いし、家族全員で来ても構わない」彼は目をわずかに細め、改めて咲夜に鷹司家へ戻って暮らしてほしいという考
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第900話

咲夜は驚いて剛の話を聞いていた。てっきり剛は家族への情が薄い人なのだと思っていたため、まさか剛がそうした理由に自分が関係していたとは、考えてもいなかった。事情を知った今、かえって咲夜の胸は重くなった。自分は一度も、そんなことを望んでいない。もし自分が鷹司家へ戻れば、代わりに星奈が出ていかなければならないと知っていたなら、戻ると決める前にもっと慎重に考えていただろう。今、剛が自らその理由を明かし、その目に星奈への情が滲んでいるのを見れば、彼もこの孫娘のことで相当悩んでいたに違いない。そう考えた咲夜は、剛を見つめて言った。「おじいちゃん、星奈さんが鷹司家にいることを、私は一度だって嫌だと思ったことはありません。そもそも、星奈さんだって何も悪くないでしょう?それに私はこうして元気に暮らしてきたんです。星奈さんとは気も合いますし、彼女がそばにいてくれれば、私も早く鷹司家での生活に馴染めると思います」咲夜は自分から、星奈を鷹司家に残してほしいと申し出た。本当に、何のわだかまりもなかった。剛も、そんな咲夜をじっと観察していた。彼女が心からそう言っていることは分かった。自分の前でいい顔をしようと、わざと殊勝なことを言っているわけではない。その瞬間、彼の中でも咲夜を見る目が少し変わった。剛の表情にわずかに満足げな色が浮かんだが、それもすぐに消えた。彼はゆっくりと口を開いた。「なら、お前の言うとおりにしよう」鷹司家ほどの家なら、星奈一人が残ったところで何の負担にもならない。剛が承諾することは、咲夜にもある程度予想できていた。鷹司家を出たあと、咲夜は雅紀と真奈美にもこの件を話した。桜ノ宮市へ引っ越してきたばかりで、二人ともまだこちらでの生活にすっかり馴染んだわけではない。それでも、景浦市にいた頃よりずっと気楽で、のびのびと過ごせているのは確かだった。真奈美は桜ノ宮市の気候を気に入っており、それは雅紀も同じだった。咲夜は二人に、鷹司家の揉め事には巻き込まれてほしくないという自分の気持ちを率直に伝えた。二人はそれを理解してくれた。千暁はまだ出先から戻っていなかったため、咲夜は家で待っていた。昼頃になると、千暁から電話がかかってきた。智哉が咲夜を食事に招きたいという。咲夜も断る理由
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