All Chapters of 縁が逆転~元カレの叔父が夫~: Chapter 1011 - Chapter 1020

1210 Chapters

第1011話

言い捨てるなり、律は通話を一方的に切った。現在の展望技術など、風前の灯火に等しい。間もなく奴らは倒産を宣言し、桜井雅也もただの一般人に成り下がる。そうなれば、あいつをどういたぶろうと、俺のさじ加減一つだ。間もなく、「展望技術が倒産する」という噂が社内の人間から外部へ漏れ始めた。最初は誰も信じなかったが、たった一日で事態は急速に悪化し、従業員や取引先の間でパニックが広がり始めた。数え切れないほどの取引先が雅也の携帯を鳴らし、倒産の真偽を問いただそうとした。しかし、何度かけても電話が繋がることはなかった。彼らの心に確信めいた恐怖が芽生え、噂の信憑性は一気に跳ね上がった。そして、取引先たちは蜘蛛の子を散らすように展望技術との契約を次々と解除し始めた。わずか三日足らずで、展望技術が抱えていたほぼすべての契約が白紙に戻された。時を同じくして、警察から最悪の知らせが届いた。駿が留置所内で「罪を苦にして」自殺したというのだ。だが、駿の生死はもはや雅也にとってどうでもよかった。雅也はすでに、駿が創和と結託してコアデータを窃取した決定的な証拠を警察に提出済みだった。あとは裁判所の開廷を待つだけだ。金曜の午後。雅也は財務部に命じ、全従業員に対する未払い給与と退職金の支払いを完了させた。そして、最後の株主総会を招集し、来週月曜に正式に倒産手続きに入ることを宣告した。会議室には全株主が顔を揃えていたが、そこには静寂が漂っていた。まさか自分たちが突然すべてを失い、前半生の血と汗の結晶が一瞬にして灰と化すなど、誰一人として想像すらしていなかった。どれほどの時間が過ぎたか。一人の株主がようやく、絞り出すように口を開いた。「社長……本当に、倒産申請しか道は残されていないのですか?」雅也は彼を見据え、無表情のまま告げた。「ああ。各自、財務部へ行って持ち株比率に応じて会社の残余財産を分配しろ。倒産手続きの準備に入る」全員の顔から血の気が引いたが、同時に、もうどう足掻いても無駄だということも理解していた。会社のすべての中枢機密が漏洩したのだ。今後、展望技術がどう動こうと、すべて創和に読まれている。たとえ倒産を引き延ばしたところで、創和から徹底的に狙い撃ちにされ、結局は同じ結末を辿るだけだ。「すべては藤川駿のせいだ!留置所
Read more

第1012話

楓が顔を上げると、雅也の瞳の奥に深く重い悲哀が揺れているのが見え、胸が締め付けられるように痛んだ。彼女は彼を強く抱きしめ、背中に顔を埋めた。「ええ、そうよ。私たち家族三人さえいれば、それで十分」二人は静かに抱き合い、まるで時間そのものが止まってしまったかのようだった。やがて、ドアを叩く音がその静寂を破った。雅也は楓の体をそっと離し、「入れ」と短く声をかけた。恭平がドアを開けて入室し、本日の業務報告を始めた。「社長。全従業員に対する未払い給与と退職金の支給が完了しました。本日の終業時刻をもって、各自退社する手はずです。株主の皆様も、残余財産の受け取りを済ませて会社を後にされました」報告をする恭平の目は、かすかに赤く充血していた。自分が何年も人生を懸けて働き続けたこの場所が、ある日突然倒産する。そんな日が来るなど、夢にも思わなかった。もしあの駿がデータを売り渡すような真似さえしなければ、展望技術がこんな最期を迎えることは絶対になかったのに。雅也は疲労の色を隠せず、こめかみを揉みほぐしながら言った。「分かった。お前も財務部へ行って、給与と退職金を受け取れ。そして、今日で去れ」会社が倒産した以上、社長秘書という役職も消滅する。しかし、恭平は首を激しく横に振った。「社長、私は受け取りません。この数年間、社長からいただいた給与とボーナスのおかげで、すでに家も買えましたし、生活には何の不自由もありません」質素に暮らしさえすれば、この先の人生を遊んで暮らせるだけの蓄えは十分にあった。雅也は眉をひそめ、厳しい声で言った。「お前に払うべき退職金は、一円たりとも出し惜しみはせん。行って受け取ってこい」恭平がさらに拒絶しようとした時、楓が彼を制するように口を開いた。「恭平さん。彼の言う通りにしてあげて」楓の穏やかだが揺るぎない眼差しを受け、恭平は長い沈黙の後、ついに頷いた。「……はい、望月さん。分かりました」「ええ。あなたは外で待っていて。私はもう少し彼と一緒にいるから」恭平は何も言わず、雅也を深く見つめて一礼し、部屋を退出した。社長室に再び二人だけになると、楓は雅也の傍に寄り添って言った。「あなた、ここ数年ずっと働き詰めで休む暇もなかったじゃない。ちょうどいい機会だと思って、少しゆっく
Read more

第1013話

「どれくらい?」楓の瞳に浮かぶ不安を見て、雅也は手を伸ばし、彼女の頭を優しく撫でた。その声は酷く掠れていた。「心配するな。君と湊がいる。早まった真似は絶対にしないと約束する」楓は下唇を強く噛み締め、無言のままだった。明らかに彼を案じていた。「約束する。君たちを残して勝手に消えるような、そんな身勝手な真似はしない。俺を信じてくれ」雅也の真剣な瞳を真っ直ぐに見つめ返し、楓はしばしの沈黙の後、ついに頷いた。「……分かった。私はリビングにいるわ。もしお腹が空いたら、いつでも呼んでね」「ああ。あまり遅くまで待たなくていい。今夜は書斎で寝るかもしれない。君は早く休め」「……ええ」雅也は踵を返し、重い足取りで書斎へ向かった。彼の背中を見送りながら、楓の胸は不安で張り裂けそうだった。もし雅也が絶望のあまり……だが今は、彼を信じて待つしかない。自分の手で育て上げた会社が突然倒産したのだ。彼にも、その重すぎる現実を消化するための時間が必要だ。雅也の姿が廊下の角に消えた後、真綾が足早に駆け寄ってきた。「望月さん……社長の会社が倒産したという噂を耳にしたのですが、本当なのでしょうか?」楓は真綾を見つめ、静かに頷いた。「ええ」「どうしてそんなことに……?」真綾は信じられないという顔をした。あんな巨大な会社が、ある日突然跡形もなく消えてしまうなどあり得るのか?楓が答えようとしたその時、彼女のスマホが鳴った。画面を見ると、湊の幼稚園の担任からだった。彼女は慌てて通話に出た。「望月さん!申し訳ありません、先ほど水瀬慎くんのお父様がお迎えにいらした際、強引に湊くんも一緒に連れ去ってしまって……私では引き止めきれず……!」楓の顔から瞬時に血の気が引いた。「……分かりました」彼女は電話を切ると、真綾を振り返った。「私、少し出かけてきます。今夜の夕食には戻れないかもしれません。雅也は今ひどく落ち込んでいるから、私が出かけたことは絶対に彼には内緒にしてくださいね」ただならぬ気配を察し、真綾は何度も頷いた。「はい、かしこまりました」家を飛び出し、車に飛び乗ってエンジンをかけながら、楓は律の番号に発信した。相手は彼女からの電話を待ち構えていたかのように、二回のコールですぐに通話に出た。「楓、どうし
Read more

第1014話

最初の部屋、いない。二つ目の部屋にも、いない。……二階のすべての部屋を血眼になって探し回ったが、湊の姿はどこにもなかった。楓の理性は、怒りで完全に焼き切れそうになっていた。最悪のタイミングで、背後から律の悠然とした声が響いた。「楓、安心しろ。湊君は絶対安全な場所にいる。まずは俺の……」パーンッ!律の言葉が終わる前に、楓は振り返りざまに渾身の力で彼の頬を張り飛ばした。乾いた強烈な音が静まり返った二階の廊下に響き渡る。律の白い頬には、瞬く間に赤々とした手形の痕が浮かび上がった。痛々しいほど鮮明な痕だった。しかし、律は全く怒る素振りを見せず、ただ静かに微笑んだ。「楓。君は未だに、俺のことをこれっぽっちも信用していないんだな。俺が君を傷つけると、本気で思っているのか?」楓は冷たい目で彼を睨みつけた。「もう一度だけ聞くわ。湊はどこ!?言わないなら、今すぐ警察を呼ぶわよ!」この男は甘い言葉を並べ立てながら、裏では卑劣極まりない手段で展望技術を潰し、さらには彼女の許可もなく湊を拉致して監禁した。この男の行動のすべてが、自分への究極の暴力と加害じゃないか。愛という大義名分を隠れ蓑にして、己の醜く歪んだ支配欲を満たしているだけだ。「言っただろう、湊君は安全だ。俺がこの家をすべて案内し終えたら、必ず彼に会わせてやる。俺の顔に免じて、少し付き合ってくれないか?」楓はもはや彼に目もくれず、その脇を通り抜けて足早に階段を下りた。しかし、一階のリビングに足を踏み入れた瞬間、律が先回りして彼女の行く手を塞いだ。「楓。本当に、そこまで俺を徹底的に拒絶するのか?」彼の顔から笑みが完全に消え去り、陰惨な狂気が露わになっていた。律の空気が決定的に変わったのを察知し、楓は体の脇で拳を固く握り締めた。まるで巨大な毒蛇に睨まれたような、おぞましく粘り着く感覚が背筋を這い上がり、背筋が凍りついた。彼女は下唇を噛み、数秒の重い沈黙の後、冷酷な声で言った。「……案内が終わったら、本当に湊を連れて帰らせてくれるのね?」律は口角を吊り上げ、冷え切った笑みを浮かべた。「勿論だ。君に嘘は吐かない」「分かった。その言葉、絶対に守りなさい」「ああ、約束する」律は楓を先導し、自慢げに豪邸の構造やインテリアのデザインにつ
Read more

第1015話

警察官の姿を見た瞬間、律の瞳がスッと細められた。まさか、彼女が本当に警察へ通報していたとは。警察官は律に向き直り、厳しい顔つきで威圧的に問い詰めた。「彼女の言っていることは事実ですか?子供をどこへ隠した?今すぐ子供の居場所を吐かないなら、未成年者略取拉致の容疑であなたをこの場で連行しますよ」律はふっと口角を上げ、楓を見つめて言った。「楓。君は先ほど、『すでに子供の居場所は分かった』と言っていたじゃないか。それなのに、どうして今更警察に俺を問い詰めさせる必要があるんだ?」楓の顔色が変わった。「水瀬律。確かに私は湊がどこにいるか知っている。でも、そこへ入るにはあなたの指紋認証が必要なのよ。警察が来ているこの状況で、これ以上小賢しい真似はしないことね!」律は片眉を上げ、少し驚いたような顔をした。まさか彼女が、本当に湊の監禁場所を正確に把握しているとは。しかも、そこに自分の指紋認証が必要だということまで。今日湊を連れ去った時点で、彼女が必ず自分を追ってくることは計算済みだった。だからこそ、湊を自宅ではなく、創和の本社ビルの自分の社長室に監禁していたのだ。彼女がすでに居場所を特定しており、しかも警察まで介入した今、これ以上湊を引き渡すのを拒めば、状況は自分にとって圧倒的に不利になる。そう判断し、彼は頷いた。「分かった、今すぐ俺が……」彼が言い終える前に、ポケットのスマホがけたたましく鳴り響いた。通話に出るなり、秘書のパニックに満ちた絶叫が鼓膜を打った。「社長……!本社のセキュリティシステムが完全にダウンしました……!全プログラムが停止しています、今すぐお戻りください……!」「……何だと!?」律の顔から瞬時に血の気が引き、彼は楓を凄まじい形相で睨みつけた。「君の仕業か!?」創和のセキュリティが破られれば、全機密データが第三者に根こそぎ奪われる危険性がある。楓は怪訝そうに眉をひそめた。「一体何の話?」その反応を見た瞬間、律は急速に冷静さを取り戻した。そうだ、彼女にそんなハッキング技術があるはずがない。もしあるのなら、展望技術が倒産に追い込まれることもなかったはずだ。彼は視線を外し、スマホに向かって冷酷に命じた。「分かった、すぐに向かう。技術部を総動員して、システムを即座に復旧さ
Read more

第1016話

楓は慌てて湊を抱きしめた。「ごめんね、お母さんが来るのが遅くなって」彼女が抱きしめて優しくあやし続けると、しばらくしてようやく湊のパニックは落ち着いたが、それでもまだヒックヒックとしゃくり上げ、目尻には涙が光っていた。楓は湊の涙を拭い、優しく声をかけた。「もう泣かなくていいよ。今からお母さんと一緒にお家に帰ろうね」「うん」楓が立ち上がると、傍らにはまだ律が居座っていた。彼女は不快そうに眉をひそめた。「どうしてまだいるの?」律は彼女の問いには答えず、湊を見下ろして尋ねた。「湊君、おじさんに教えてくれないか。どうやってあの部屋から抜け出したんだ?」創和のセキュリティシステムはこれまで一度のトラブルも起こしたことがなかった。それが今日、湊を社長室に監禁した直後にシステムがダウンしたのだ。まさかとは思うが、この五歳の子供が何か仕掛けたのではないかという疑念が、彼の頭の片隅を掠めていた。湊は彼を見上げ、楓と瓜二つの強烈な嫌悪感をその瞳に浮かべた。「なんであんたに教えなきゃいけないんだ!この悪党!大嫌いだよ!」もしこいつが無理やり拉致なんてしなければ、今頃お家で美味しいご飯を食べて、楽しくブロックで遊んでいたはずなのだ。律は眉をひそめ、その眼差しをスッと冷たくした。楓は湊を背中に庇い、律を氷のような目で睨みつけた。「水瀬律。今日は湊に怪我がなかったから見逃してあげるけど、次にまたこんな真似をしたら、絶対に許さないから!」しかし、律は彼女の脅しなど全く意に介していなかった。「楓。展望技術はもう倒産したんだ。君と湊君が桜井雅也についていっても、どん底の苦労を味わうだけだ。湊君を連れて俺のところへ来い。彼を俺の実の息子と同じように、大切に育てると約束する」「雅也と一緒に苦労する方が百倍マシよ。あなたみたいに心が捻じ曲がって、卑劣な手段でしか他人を陥れられない男なんかと一緒にいるくらいならね!」彼女の顔には吐き気を催すほどの嫌悪感が張り付いており、まるで汚物でも見るかのような目で律を見ていた。律の胸にズキズキとした痛みが走り、体の脇の拳が無意識に強く握り締められた。「楓。いつか必ず、君は自ら望んで俺の元へ来る!」「寝言は寝て言いなさい!そんな日は永遠に来ないわ!」律は深く息を吸い込み、それ以
Read more

第1017話

誰一人として口を開く者はなかった。トラブル発生から今に至るまで、文字通り「一片の進展」すらなかったからだ。バグを修正するどころか、現在システムをどうにか稼働状態に維持しておくことすら限界に達していた。会議室は凍りついたように静まり返り、全員が律と目を合わせまいと、必死に頭を深くうなだれていた。その情けない姿を見て、律の怒りはさらに沸点を超えた。手元のファイルをテーブルに叩きつけ、怒鳴り散らした。「さっさと戻って仕事しろ!今日中にバグの原因を特定して復旧させられなかったら、全員ここで徹夜だ!」その言葉に、技術部の面々はむしろ安堵の息を吐き、弾かれたように立ち上がった。誰も律の顔を見ようとせず、逃げるように会議室を後にした。瞬く間に、会議室には律ただ一人が残された。彼はスマホを取り出し、自室の監視カメラの映像を開いた。湊を部屋に監禁した直後の時間帯まで巻き戻して再生する。最初はドアを開けようと試みていた湊だったが、鍵がかかっていることに気づくと、すぐに別の行動に出た。部屋中の物を手当たり次第に破壊し始めたのだ。応接テーブルの上の高級な急須、壁に飾られた骨董品の掛け軸、そしてデスクの上に置かれた重要書類の数々……綺麗に整頓されていたはずの自分の社長室が、たった一人の子供によってぐちゃぐちゃに荒らされていく。床に散乱した重要資料を、湊が何の躊躇いもなく土足で踏みつけながら歩き回るのを見て、律は、怒りでこめかみに青筋が浮かぶのを感じた。さらに映像を進めると、湊は律の椅子によじ登り、パソコンのパスワードを解読しようとキーボードを叩き始めた。しかし、いくら試しても解除できなかったらしく、やがて諦めて椅子から飛び降り、ソファによじ登って寝転がった。彼がソファで横になってしばらくした直後、監視カメラの映像が突然プツリと暗転した。映像が途切れたその瞬間こそ、秘書から「システムがダウンした」と緊急連絡が入ったタイミングだった。律はスマホを置き、心に渦巻いていた疑念を完全に払拭した。そして、思わず自嘲の笑みを漏らした。会社の高度なセキュリティシステムがダウンしたのを、たかだか五歳の子供の仕業だと疑うとは。この数日、あまりにも気を張り詰めすぎて、思考回路がおかしくなっていたらしい。夜七時過ぎ。楓はようやく湊を連れ
Read more

第1018話

その痛々しい声に、楓は無意識に下唇を強く噛み締めた。ドアの前でしばらく立ち尽くしていたが、結局それ以上は何も言わず、小さくため息をついてその場を離れた。リビングに戻ると、真綾が心配そうに歩み寄ってきた。「望月さん、雅也様はいかがでしたか?」楓は首を横に振った。「大丈夫ですよ、心配しないでください。でもやっぱりご飯は食べないみたい。夜食用に温かいまま取っておいてくれますか?彼が食べたくなった時にすぐ出せるように」真綾は何度も頷いた。「はい、かしこまりました。望月さんは先にお食事を」「ええ」楓自身も全く食欲はなかった。展望技術の倒産、そして今日湊が律に連れ去られた事件。すべてが彼女の心身を極限まで摩耗させていた。だが、雅也と湊のためにも、今は無理にでも食べなければならない。二人は今、彼女を必要としているのだ。ダイニングテーブルにつくと、湊が怪訝そうな顔をした。「お母さん、お父さんはご飯食べないの?」楓は無理に笑みを作った。「うん。お父さんは今ちょっとお腹が空いてないみたい。私達だけで先に食べましょう」「そっかぁ」湊は不満そうに唇を尖らせた。食事は重苦しい沈黙の中で進んだ。食事が終わった後、楓は湊をあやしながら、真剣な顔で言い聞かせた。「湊。お父さんは今、すごく疲れてるの。だから、今日慎のお父さんに連れ去られて閉じ込められたことは、お父さんには絶対内緒にしてくれる?心配させたくないの」湊は素直に頷いた。「うん、分かったよ、お母さん」楓はご褒美に彼の頬にキスをし、微笑んだ。「湊は本当にいい子ね」湊の相手をしてから、楓は真綾に頼んで彼を風呂に入れ、寝かしつけさせた。湊が眠りにつき、真綾が一階へ下りてきた。ソファで本を開いている楓を見て、真綾は躊躇いながらも声をかけた。「望月さん、もう九時を過ぎました。上でお休みになってはいかがですか?雅也様のことは、私が見張っておりますので」「いいんですよ、金元さん。どうせ上に行っても眠れないから。休んでください。私がここで彼を見守ります」展望技術の倒産に伴い、楓が担当していた開発プロジェクトも完全に凍結された。今の彼女は雅也と同じく、もう会社へ行く必要がないのだ。「ですが、望月さん……」真綾がさらに食い下がろうとした時
Read more

第1019話

だが、もし雅也がいつか再び這い上がり、頂点に立った時、今の楓の献身を忘れずにいてくれる保証などどこにもない。結衣の言外の危惧を正確に読み取り、楓は目を伏せて真摯に答えた。「先輩、心配してくれてるのは分かります。ですが、彼はそれだけの価値がある人なのです。私が生死も分からない状態だった五年もの間、彼は他の女性には一切見向きもしなかった。私は、自分がこの賭けに負けるとは思っていないし、たとえ負けたとしても絶対に後悔はしません」「分かったわ。あなたが決めたなら全力で支持する。ただ、あなたが聖都に残るなら、これから会う機会はずっと減っちゃうわね」結衣は大学院時代から、首都に残ってキャリアを積むと決めていた。数年間の努力の末、すでに都内にマンションを買えるほどの資金も貯めていた。楓が戻ってきた時には、結衣はすでに物件を見に行く準備をしていた。「お互いのことを想っていれば、距離なんて関係ありませんよ。それに、いつか私たち家族三人で首都へ引っ越す日が来るかもしれません。会う機会なんて、これからいくらでも作れます」結衣は小さく笑った。「そうね。それじゃあ、これからまた実験に戻るから。また今度ね」「ええ、おやすみなさい」電話を切ると、楓は真綾に向き直った。「金元さん、もう心配しなくて大丈夫ですよ。どうせ部屋に戻っても眠れませんから。彼がこの困難を乗り越えるまで、私もここで一緒に見守ります。早く休んでください」彼女の固い決意を見て、真綾は自分がこれ以上何を言っても無駄だと悟った。楓は普段は温厚だが、その本質は雅也とよく似ており、一度決めたことは誰が何と言おうと決して曲げない強さを持っている。「分かりました。何かあれば、いつでもお声がけください」「ええ、おやすみなさい」真綾が自室へ戻り、広いリビングには楓ただ一人が残された。彼女は書斎のドアを憂いを帯びた瞳で見つめたが、やはり彼にもう少し時間を与えることにした。長年血と汗を注ぎ込んだ会社が突如として倒産する。それは誰にとっても致命的な打撃だ。だが、彼なら必ず自分の中で整理をつけられると信じている。そして、現実を受け入れた後は、最速で再び立ち上がってくれるはずだ。雅也は書斎で一晩中過ごし、楓もリビングで一晩中彼を見守り続けた。空が白み始めた頃、彼女はようやく限界
Read more

第1020話

「ああ、分かってる」表情一つ変えずに答える彼を見て、真綾は少し躊躇いながらも、おずおずと尋ねた。「雅也様……これからどうなさるおつもりですか?」「まだ分からない。まずは会社の残務処理を片付けてからだ」倒産は、裁判所に申請を出してそれで終わりではない。その後にも処理すべき問題が山のように残されている。今は倒産という現実を完全に受け入れ、事後処理を完璧に終わらせること。そして、コアデータを窃取した創和を法的に追い詰めること。それが現在の彼の最優先事項だった。ひどく疲弊してはいるものの、彼が完全に絶望して自暴自棄になっているわけではないと分かり、真綾は胸を撫で下ろした。何があろうと、彼が生きる希望を捨てていなければそれでいいのだ。彼女は、雅也が今回の打撃から立ち直れず、思い詰めた末に取り返しのつかないことをしてしまうのが何より心配だった。「雅也様、昨夜は何も召し上がっていませんし、お腹が空いたでしょう。朝食をお作りします。何がいいですか?」「真綾さんの握ったおにぎりが久々に食いたいな」その言葉に、真綾の顔がパッと明るくなった。「はい!ただいま準備いたします!」彼女は嬉しそうにキッチンへ急いだ。足取りも先ほどよりずっと軽やかだった。雅也は寝室のバスルームでシャワーを浴びて着替えを済ませた。一階へ下りると、ちょうど真綾がほかほかのおにぎりをテーブルに並べているところだった。「雅也様。すぐ召し上がりますか?」「ああ」雅也が席につき、おにぎりを口にしたちょうどその時、恭平が家にやって来た。「社長、倒産申請に関する書類一式をお持ちしました」「ああ」雅也は立ち上がった。「書斎で話そう」恭平は雅也に続いて書斎に入り、持参したファイルの束を手渡した。「社長。不足している書類がないかご確認ください」雅也はファイルを受け取り、中身をパラパラとめくって確認した後、ファイルを置いて恭平を見た。「問題ない。完璧だ。今まで俺の側で、ご苦労だったな」その労いの言葉を聞いた瞬間、恭平は思わず鼻の奥がツンと熱くなった。「社長……倒産申請以外に、本当に道はないのでしょうか?」大学を卒業してすぐ、彼は展望技術に入社し、雅也の専属秘書となった。最初は雅也の圧倒的な処理スピードに全くついていけず、よ
Read more
PREV
1
...
100101102103104
...
121
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status