「うん、分かった」湊は素直に頷き、メニューをテーブルに置いた。「あのさ、トイレに行ってもいい?」男は軽く頷いた。「ああ、行ってきなさい」湊は椅子から滑り降り、個室のドアへと向かった。ドアノブに手をかけたところで、彼は不意に振り返った。男は優雅に椅子に腰を下ろしたまま、湊の後を追う素振りすら見せない。湊の胸に微かな疑念が過った。僕がこの隙に逃げ出すかもって、心配じゃないのかな?湊の視線に気づいたのか、男は片眉を上げた。「どうした?行かなくなったのか?」「ううん、行くよ!」気が変わって引き留められるのを恐れ、湊は慌ててドアを開け、脱兎の如く廊下へ飛び出した。その後ろ姿を見送り、男は低く笑い声を漏らした。顔を覆っていたマスクをゆっくりと外し、傍らのグラスを手に取って赤ワインを含む。その口角には、余裕に満ちた笑みが浮かんでいた。一方の湊は、廊下の角を曲がるなりトイレとは逆の方向へ、出口を目指して一目散に駆け出していた。ここから外へ出られれば、お父さんとお母さんに連絡して助けを呼べる!あの得体の知れない男が自分に危害を加える気はないと本能で感じ取ってはいたが、それでもやはり、知らない人間に連れ去られた恐怖は彼の胸に重くのしかかっていた。湊は短い足を懸命に動かし、二分も経たずにレストランのエントランスに到達した。出口はもう目の前だ。10メートル。5メートル。3メートル。あと一歩で外へ飛び出せる、そう思った次の瞬間。黒服に身を包んだ大柄な男二人が、湊の行く手を完全に塞いだ。「えっ?」声を上げる間もなく、湊は子猫のように首根っこを掴み上げられ、そのまま無情にも元の個室へと連れ戻された。再びソファに降ろされた湊は、ぷくっと頬を膨らませて露骨に不機嫌な顔を作った。失敗した。こんなことなら、トイレの窓から逃げる隙を探せばよかった。ふと顔を上げると、目の前の男はすでにマスクも帽子も外していた。湊はその顔を一瞥するなり、咄嗟に手で自分の目を覆い隠した。「マスクしてよ!お前の顔なんか見たくない!」顔を見てしまったら最後、口封じのために絶対に殺される。テレビのドラマで見た拉致実行犯のセオリーだ。自分はまだ死にたくない。手で顔を隠してぶるぶると震える湊を見て、男はこらえき
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