All Chapters of 今世は貴方を愛さないと誓ったのに、何故縋りついてくるのか: Chapter 91 - Chapter 100

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第91話

「アンタ、私にこんなことをして……覚えてなさいよ」「俺はお前のせいで親父に嫌われたんだよ。あのときは親父の権力で何とかなったけどさ……今じゃ顔すら合わせてくれないよ」「当然でしょう、私がアンタがあそこまでするとは思わなかったのよ。ただちょっと、懲らしめてくれればよかったのに……」「あれは事故だよ事故。アイツが先に手出して自分から落ちたんだよ」修人が仕事に行っている間、萌子は海星を家に入れて二人で話をしていた。海星が来ることは当然、修人は知らない。萌子は弟の願いよりも自分の利益を優先するような人間だった。足を伸ばした海星が、部屋の中を見回しながら口を開いた。「それより、せっまい家だな。お前今こんな場所に住んでるのか」「ホンット、私には合わないわ。城田家の御曹司の恋人だった私が、どうしてこんな場所に……」「よくお似合いじゃねえか、性格の悪いお前にな」萌子は眉をピクリと上げた。「それで、何か考えはあるの?」「そうだな……お前の知り合いで誰か駒にできそうなやつとかいねえのか?――たとえば、たくさんいる元カレたちとか」「…………どこで何をしているかすら知らないわ」萌子には宗助と付き合う前にも、恋人が多くいた。海星もその一人だった。「仮に知り合いだったとして、こんな馬鹿げた計画に付き合ってくれるとは限らないでしょう?」「それはどうだかな。俺は六年前、まんまとお前の言うことを信じて馬鹿やっちまったけどな」「……」黙り込む萌子に、海星はニヤリと笑った。六年前、二人の通っていた暁星大学では転落事故により死亡した学生がいた。事故として処理されたあの一件には、実は萌子と海星が深く関わっていた。死亡した学生は萌子の元恋人だった。海星と付き合う前に交際していた男だった。家柄も良く、将来有望な男だったが、真面目すぎて萌子にはつまらなかった。そんなときに出会ったのが、どこか危険な香りのする海星だった。萌子はつまらない元カレより、男としての魅力を持ち合わせる海星に強く惹かれた。そのため、彼を捨てて新たに海星と付き合ったのだ。当然、彼が納得いくはずがない。彼は浮気を知ってもなお、萌子が自分の元に戻ってくることを強く望んでいた。萌子はそんな彼を疎ましく思った。そしてある日、海星の耳元で囁いた。『海星、アイツは私たちを恨んでいるわ。近いうちに復讐しに来るは
last updateLast Updated : 2026-04-01
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第92話

「宗真くん、帰ってたのね!」「……」夜、帰宅した宗真に美里が声をかけた。しかし、彼からの反応はない。「……宗真くん?」美里は再び彼を呼んでみるも、返答はないまま彼は部屋へ戻って行った。(……具合が悪いのかな)美里はしばらく立ち止まり、彼が入って行った部屋の扉をじっと見つめていた。そういえば最近、宗真が家を空ける頻度が増えたような気がする。それに加えて、夕食や朝食の席にもあまり姿を現さないようになった。そのことをさりげなく社長夫妻に尋ねたが、彼らは特に気に留めていないようだった。『彼女でもできたのかしらね、あの子ったら恥ずかしくて隠しているんだわ』『宗真ももう二十三だ、私生活に親が口を挟む年齢でもないだろう』二人はそう言っていたが、美里は宗真のことが気にかかった。明らかに変わった彼の態度も、何かがあるような気がしてならない。「――宗真様、最近何だか変わられましたね」「あなたは……」立ち尽くしていた美里に声をかけたのは、家の執事だった。彼は普段宗真についており、彼の変化を最も近くで見ていた。「宗真くん、最近よく外出しているみたいですけど、どこへ行っているんですか?」「とある喫茶店へ行っていると聞いています。そこで女性と会っているとも」「女性と……ですか?」宗真には長い間恋人がいなかった。彼は普段大学院で研究に没頭していて、恋愛にあまり興味がなかったからだ。(彼女が出来たということかしら……)宗真の彼女。美里は頭の中で宗真が女の子と遊んでいるところを考えてみたが、まったく想像つかなかった。そんな彼女の心の中を見透かしたのか、執事が付け加えた。「それが……どうやらその女性と恋愛関係にあるというわけではないようなのです」「では、交際している女性ではないと?」彼女でもない女の人と、何故毎日のように会っているのか。いや、恋人ですら毎日は会わないのが普通だ。美里は宗真とその女性の関係性が気になった。「ええ、会うのはいつも同じ喫茶店ですから……恋人ならもっといろんなところに行くはずですよね」「いつも同じ喫茶店で会っているんですか……?」宗真はある喫茶店の常連客となっているようだった。研究以外に興味のない彼が、そんなにも夢中になるだなんて、一体どんな場所なのか。「その喫茶店の名前は何ていうんですか?」「喫茶”フィルム”というとこ
last updateLast Updated : 2026-04-02
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第93話

結局、宗真のことが気になってたまらなかった美里は一睡もできなかった。翌朝になり、美里は宗真を尾行することを決めた。(本当にこんなに朝早く出かけているのね……)早朝に家を出た宗真は、真っ直ぐに喫茶フィルムへと向かっていた。喫茶フィルムへ向かう彼の顔は生気が抜けていて、糸で操られている人形のようだった。(やっぱり変だわ、何かあったのよ)美里の知る宗真は、あのような顔をする人ではなかった。いつだって研究に熱心に取り組み、他人にも優しく接する明るい人だった。美里はバレないように宗真の後ろをついて歩いた。そのとき、彼が突然走り出した。彼女は慌ててついて行った。曲がり角を曲がると、すでに宗真の姿はなくなっていた。「あれ?どこに行ったんだろう?」そう思って辺りを見渡したそのとき――「キャアッ!」「――こんなところで何をしている?」突如背後から現れた宗真が美里の首を掴んだ。彼の目は血走っていて、美里に対する憎悪が見て取れた。「宗真くん……!」宗真は美里の首を鷲掴みにしている手に力を込めた。彼女は苦しそうにうめき声を上げた。(この顔……まるで前世のあのときのようだわ……!)美里は今目の前にある宗真に見覚えがあった。前世で美里を拷問したあのときと同じ目をしていたからだ。「宗真くん……やめて……手を離して……お願い……」美里は目に涙を溜めて訴えたが、宗真は聞かなかった。「お前らのせいで……お前らのせいで俺がこれまでどれほど辛い思いをしてきたか……」「宗真くん……」「どうしてみんないっつも兄貴ばっかりなんだよ……!俺だって……俺だってこんなに努力してるのに……」宗真は泣きそうな顔をしていた。美里はそんな彼を見て胸が締め付けられた。自分の首を掴んで離さない宗真の手にそっと触れた。「宗真くん、私はあなたのことをちゃんと見ているわ」「何だと……?」宗真の手の力が緩んだ。「あなたが毎日のように研究に熱心に取り組んでいることも。困っている人を放っておけなくて、世話を焼いてしまうところも。――宗助に憧れて、彼を兄として慕っているところも。全てあなたの良いところだわ」「……」宗真は目を見開いた。そのとき、路地裏に突如大きな声が響いた。「――宗真!何をしているんだ!」「あ、兄貴……!?」慌てた様子で走ってきたのは宗助だった。どうして彼がこ
last updateLast Updated : 2026-04-03
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第94話

美里を抱いたまま家に帰った宗助に、真奈美は嬉しそうにはしゃいだ。「あら、宗助!今日のあなたはまるで王子様みたいね!私も若い頃旦那様にしてもらったことがあるわ!今はさすがにできないけど、お姫様のような気分だったのをよく覚えているわ」「……」真奈美の言葉に、美里は顔をさらに赤くした。(そ、そんな風に言われるとすごく恥ずかしい……!)彼女は宗助の胸に顔をうずめた。「あらあら、そんなに恥ずかしがらなくたっていいのよ。どのみち年を取るとできなくなるわけだし」「母上、からかうのはやめてください」宗助はそこでようやく美里をおろした。(い、生き返った……)宗助に抱き上げられるのは初めてだからか、何だか変な感じだ。「美里さん、なかなかやるわね。宗助にお姫様抱っこさせるだなんて」「わ、私がさせたわけではありません!」耳元で囁いた真奈美に、美里は慌てて反論した。お姫様抱っこは宗助が勝手にやったことであり、彼女は無関係だ。とはいえ、運んでもらったことに変わりはない。「宗助……ここまで運んでくれてありがとう」「ああ」宗助は短く返事をすると、少し後ろにいた美里に呼び掛けた。「美里、行くぞ」「あ、うん!」彼女は慌てて彼のあとをついて行った。そんな二人を見た真奈美が、大声で叫んだ。「宗助、美里さん!このあとは二人きりのお楽しみなのね!いつの間にそんなに仲良くなったのかしら?」「ち、違いますから!さっきから変な誤解しないでください!」何かを勘違いしているのか、目を輝かせる真奈美の視線に耐えかねた美里は、彼女から顔を背けた。(ホント、社長夫人は前世と何も変わっていないわ……)そう思っていたそのとき、前を歩いていた宗助が、振り向くことなく彼女に話しかけた。「母上に困らされているようだな」「あ……いや、そんなことはないわ。夫人は明るくて素敵な人だと思っているわ」「本当か?」そこで宗助はチラリと美里を見た。「ええ、社長とも仲が良いし……あの二人も元々は政略結婚だったんでしょう?」「そうみたいだな、両親の過去の話については俺もよく知らないが……」「あら、宗助ったら。知らなかったの?」「……お前は知っているのか?」宗助が立ち止まって美里を見つめた。(……もしかして、聞きたいのかしら?)興味津々な目でこちらを見つめる宗助を、美里は何だか可愛
last updateLast Updated : 2026-04-04
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第95話

宗真は夢を見ていた。二十年近く前、まだ彼が幼かった頃の夢だ。『お兄ちゃん……!』二つ上の兄は周囲からの期待を集める家の跡継ぎで、自分と違って両親からも愛されていた。しかし、彼はそんな完璧な兄に憧れを抱いていた。嫌いではなかった。優秀な兄が褒められるのは当然で、出来の悪い自分が怒られるのも当然だ。そう思って耐えていたが――『宗助様ならこんな問題、すぐに解けるはずですよ』『宗助様はこのようなことにつまずくような人ではありませんでした』『宗助様の足元にも及びませんね』家庭教師から浴びせられる心無い言葉は、まだ幼い彼の心を深く抉った。宗真は何かと宗助と比較され続けた。しかし、彼はそれでも兄のことを完全に嫌いになったわけではなかった。宗助に対する憧れはいつまで経っても変わらなかった。いつか自分もあのような人になりたい。そう思って彼は勉強をし続けた。兄は冷たい人だったけれど、完全に彼を突き放したわけではなかった。幼い頃の彼に勉強を教えたりもしてくれた。――いつからだろう、二人の関係が変わったのは。暗闇の中を、宗助と宗真は二人で歩いていた。(ここはどこだろう?)そんなことを考えながらも歩き続ける。前を歩いている兄の背中は、今よりもだいぶ小さく見えた。十歳くらいだろうか。そういえばこのときはそこまで二人に差はなかったかもしれない。仲も今ほど悪くはなかったはずだ。しかし、二人の間に変化はすぐに訪れた。前を歩く兄に追いつけないのだ。彼がどれだけ近付こうとしても、その背中は遠ざかっていくばかりで。兄との距離は次第に広がっていき、気付けば二人は大人の姿になっていた。このときにはもうすでに、兄の姿は見えなくなっていた。一体どこまで行ってしまったんだろう。自分一人を置き去りにして。――果てしない暗闇の中に、彼だけが取り残された。「……」そんな中、突然一筋の光が見えた。「……美里さん?」光の中から彼に手を差し伸べていたのは、美里だった。その後ろには先に行ったはずの兄の姿もあった。(……まさか、戻ってきてくれたのか?)暗闇の中で座り込んでいた宗真は、差し出された美里の手を取った。闇から、光の中へと――美里が連れて行ってくれたのだ。「……」そこで彼は、長い夢から目を覚ました。「……どうして忘れていたんだろうな」目から一筋の涙が流れたあと
last updateLast Updated : 2026-04-05
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第96話

「宗真!目が覚めたんだな!」「よかった、どこか痛いところはない?」真奈美はベッドに座る宗真をギュッと抱きしめた。二人とも安心したように宗真を見つめている。「父上……母上……?」宗真は目を見開いて母親の胸に抱かれていた。「もう、心配させないでよ!」「俺のこと、心配してたんですか?」「当たり前じゃない!母親なんだから!」真奈美の目から涙がこぼれた。「母上……」「まぁまぁ、落ち着いて。そう感情的になるな。無事だったんだから」「……」怒りを露わにする真奈美を、和寿が宥めた。初めて見る両親の姿に、宗真は驚きを隠せなかった。こんな風に自分を気にかけるような人ではなかった。彼らの一番はいつだって兄の宗助で。自分は兄に何かあったときのスペアにすぎない。ずっとそう思っていたからだ。「医者を呼んでこよう。全快するまでは部屋で休んでなさい」「はい……父上……」和寿はそれだけ言うと、真奈美を連れて部屋を出て行った。「宗真くん、驚いているみたいですね」「ああ、父上と母上があそこまで感情を露わにするのは珍しいからな」「あなたはそこまで驚いてないみたいね?」美里が尋ねると、彼はポツリポツリと語り始めた。「子供の頃……熱を出したことがあったんだが、母上が寝ずに看病してくれたんだ。あのときのことは今でもよく覚えている。厳しかった父上が、これまでに見たことないくらい自分を心配していて……」「宗助……」「俺は両親に愛されていないわけではないんだと、そのときになってようやくわかったんだ。まぁ、熱から回復したあとはいつもの厳しい父上に戻ったけど」シュンとした様子の宗助に、美里は思わずアハハッと笑いだした。「ええ、本当にその通りだわ」和寿と真奈美は二人の息子を愛していないわけではない。ただ、愛が伝わっていなかっただけで、本当は何よりも息子たちのことを気にかけていたのだ。美里もそのことに気付いたのはつい最近だった。そして宗真も……たった今気づけたようだった。***「それで、もう体は平気なんですか?」「いや……まだダルさは残ってるけど……ぐっすり寝たからかな。以前ほどじゃない」「そうですか、それはよかったです」医者の問診を終えたあと、美里と宗助はベッド横にある椅子に座って宗真と話をしていた。「それで、宗真くんはその”薬物”について心当たりはある
last updateLast Updated : 2026-04-06
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第97話

「宗真くん、それは本当なんですか?」「ああ、たしかだ。何ならアイツとのメール記録も残ってるし……」宗真はスマホの画面を美里に見せた。そこにはたしかに里奈とのメッセージ記録が残されていた。どうやら彼の言っていることは本当なようだ。里奈は美里の中学時代の親友であり、つい最近同窓会で再会している。宗助はスマホの画面に映る彼女の名前をじっと見つめていた。「宗助、神城さんのことは知ってる?」「……いや、記憶にないな」「……まぁ、そうだよね」宗助は他人に興味がなく、中学時代の同級生なんてほとんど覚えていない。そんな彼が里奈を知らないのは特に不思議なことではなかった。「里奈とはどうやって知り合ったんですか?」「それが……前にアイツが突然ぶつかってきて……」宗真は美里と宗助に里奈との出会いを一から説明した。話をじっと聞いていた美里は、彼女の大胆な行動に驚いた。少なくとも、美里の知る里奈はそのようなことをするような人ではなかった。「……多分、最初から何か狙いがあってお前にぶつかったんだろうな」「そう考えるのが自然ね」宗真は美里と宗助に迷惑をかけてしまったことを思い、何だかいたたまれなくなった。美里はそんな彼の心情に気付いたのか、そっと肩に手を触れた。「里奈のことは私たちに任せて、宗真くんは治療に専念したほうがいいわ」「美里さん……」美里が宗助にチラリと視線をやると、彼が頷いた。「兄貴……」久々に見る兄の優しい顔に、宗真は何だか嬉しくなった。「回復したらすぐに俺も協力するから」「期待してるぞ、宗真」「あ、兄貴……!?」宗真はたった今宗助が放った一言に固まった。驚いたのは美里も同じだった。(そ、宗助が優しい言葉をかけた……!?)彼が宗真のことを気にかけるのは初めてだった。宗真は信じられないというような顔で兄をじっと見上げていた。宗助はそんな弟から視線を逸らすと、美里の腰をグイッと引き寄せた。「美里、行くぞ」「ちょ、ちょっと宗助!」彼女は抵抗しようとしたが、宗助は有無を言わさず美里を連れて行ってしまう。宗真はそんな二人の姿をベッドの上からじっと眺めていた。彼は頭をかいたあと、ポツリと呟いた。「やっぱり……いつ見てもお似合いな二人だなぁ……」あまりにも完璧な二人の間に自分が入る隙など最初から無かったのだ。彼は今になって、ようや
last updateLast Updated : 2026-04-07
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第98話

一方その頃、里奈は宗真と突然連絡が取れなくなったことに焦りを感じていた。「宗真くんったら、一体どうしたのよ!?これまで私からの連絡は必ず一時間以内に返信してたってのに……」彼女は今日も、父親の経営する会社のオフィスで一人スマートフォンをいじって過ごしていた。いつもより機嫌の悪そうな彼女を見た社員たちは、ヒソヒソと噂話を始めた。「神城さん、今日は荒れてるわね」「おいおい勘弁してくれよ……我儘なお嬢様は困るぜ」「今日は一体誰が当たられるんだか……」里奈は仕事をしないうえに、気に入らないことがあると同僚たちに当たっていた。そのため、会社内ではかなり嫌われている。彼女のそのような性格が形成されたのは父親のせいだが。誰一人として近付こうとせず、遠巻きに彼女を見つめていた中で、一人だけ話しかけた者がいた。「――里奈ちゃんったら、今日は一体どうしたの?」「……松葉さん!」――松葉明子(まつばあきこ)里奈が実の母親のように慕う五十代前半の社員だ。彼女は里奈の父親の愛人でもあった。年の割にはメイクが濃く、派手な格好をしている。彼女は神城フーズで経理として長く勤め、同時に社長の愛人としても幅を利かせていた。仕事はそこそこできるが、いつもキツい香水をまとい、社員たちを見下すような発言を繰り返している。嫌われ者がもう一人登場したことにより、オフィス内の雰囲気は険悪なものとなった。「実はぁ……新しくできた彼氏がメールの返事をくれないんです……」「あらぁ、それは困ったわね」里奈は咄嗟に宗真を彼氏だと偽った。彼女の計画はバレれば神城フーズが終わってしまう可能性すらあったからだ。いくら明子相手でも、知られるわけにはいかない。「松葉さん、私どうすればいいですか?」「そうねぇ……一度彼と直接会ってじっくり話し合う必要があるわ。もう一度メールしてみるのよ」「やっぱりそうですよね……」明子はいつも里奈の悩みを親身になって聞いてくれる。くだらないことで叱ってばかりの母親とは大違いだ。そのような点から、里奈は明子のことが大好きだった。地味な母親とは違って、明子はいくつになっても華やかだった。里奈は女性として、彼女に憧れを抱いていたのだ。明子と社長である父の付き合いはもう三十年にもなる。不倫が発覚したのはまだ里奈が幼い頃で、母はショックを受けて寝込むようになった。
last updateLast Updated : 2026-04-08
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第99話

里奈はさっそく、宗真にメールを送った。『宗真くん今度直接会って話がしたいです。宗真くんにどうしても話したいことがあるんです。もちろん、”例の喫茶店”で。返事待ってます』宗真はここ三日間も里奈にメールの返事をしていなかった。そのことから、彼女は焦りを感じていた。(このままずっと返事が来なかったらどうしよう)これまでずっと彼女の操り人形だったのに。急に連絡がつかなくなるとは一体どういうことか。もし、宗真に里奈の企みがバレたとしたら……彼女は背筋が凍った。しかし、里奈の心配とは裏腹に、返事はすぐに届いた。スマホの着信が鳴り、里奈は慌てて確認した。『わかった。いつがいい?』宗真はいつも通り十分も経たないうちにメールを返した。そのことに里奈は安堵の息を吐いた。(やっぱり、バレていないみたいね……!)いつもより短く、冷たさを感じる文章だったけれど、里奈はそんなこと気にもならなかった。『今すぐ、今すぐがいいわ!』すぐに返事を送り、彼女は明日の正午に宗真と会うことになった。「やったわ!これでまた一歩宗助くんに近付けた……」里奈の真の目的は宗真ではなく、兄の宗助のほうだった。彼を美里から奪ってやりたい、というその気持ちは今でも変わっていない。(あんな女に宗助くんを渡すわけにはいかないわ……!)宗助は彼女の初恋であり、この世で唯一手に入れられなかったものだった。そして美里のことは昔から気に入らなかった。だからだろうか、こんなにも心が燃えるのは。里奈はスマホを握る手に力を込め、明日の準備を始めた。***翌日の昼。待ち合わせの時間が近付き、里奈はいつもの喫茶店へと向かっていた。実は宗真が通い詰めていたあの喫茶店の店主と里奈は顔見知りだった。いや、実際はもっと深い関係だったのだが、それは二人だけの秘密だ。だってあちらには妻子があるのだから。里奈は明子を近くで見て育ってきたせいか、既婚者とそのような関係になるのを厭わなかった。店主は彼女にかなり惚れ込んでおり、里奈の頼みなら何でもするような男だった。里奈は彼から何回か結婚を申し込まれていた。もちろん、里奈の本命は宗助であり彼はただの遊びにすぎないが。(宗真くんはあのコーヒーの虜になっているから……)――このままいけば、きっと宗助は自分のものとなる。里奈はそのことを確信してニヤリと笑みを深めた
last updateLast Updated : 2026-04-09
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第100話

里奈は信じられないものを見るかのような目で、扉の前に立っている宗助を見つめていた。何故、彼がここにいるのか。宗真はどこに行ったのか。「宗真なら来ない」「……!」里奈の心の中を見透かしたように宗助が冷たく言い放った。彼女は蔑むようなその視線に、ますます困惑した。宗助は里奈に興味が無かったが、このような視線を向けられたことは一度も無かった。「宗助くん……一体どうしたっていうの……?城田家の御曹司のあなたがこんなしがない喫茶店に来るだなんて……」「お前こそ、随分俺たちを弄んでくれたな」「……ッ!」里奈はゾッとした。一体この男はどこまで自分がやったことを知っているのか。心臓がバクバクと音を立て始める。いくら彼女が大手食品企業の社長令嬢だろうと、城田家の足元にも及ばない。白羽区で最も権力を持っていると言っても過言ではない城田家に目を付けられれば、いよいよ里奈たちは終わりだ。そのことを考えると、彼女の体が小刻みに震え始めた。「――里奈、久しぶりね」「……美里?」そのとき、宗助の後ろから姿を現したのは美里だった。彼女は腕を組み、里奈を冷たい目で見つめていた。あぁ、その瞳。いつにも増して不快だわ。里奈は握っていた拳に力を込めた。「ど、どうしてアンタがここにいるのよ……!」「残念だわ、里奈。あなたがこんなことをしていただなんて」「……」美里にそのような目を向けられたのは初めてだった。彼女はいつだって里奈を親友として、明るく笑いかけていたのだから。そのような変化に戸惑いはしたが、悲しくはない。――彼女は美里を親友だと思ったことなんて一度たりとも無かったからだ。「……相変わらず偉そうね。ムカつくわ」「それがあなたの本性だったのね」もはや隠す必要もなかった。里奈は顔をしかめる美里を嘲笑うように口を開いた。「本性?何のこと?私は昔から何も変わっていないわ」「……そうね、私はずっとあなたに騙されていたようね」「ええ、そうよ!私はアンタのことを友達だと思ったことなんてないわ!アンタに優しくしたのも全部、宗助くんに近付きたかったからよ!」里奈はこれまで隠していた心の内をこれでもかというほど吐き出した。「……愚かだわ、騙されていた自分が情けない」「美里」悲しそうに視線を下げた美里の肩を、宗助が抱いた。その姿は余計に、里奈を不快にさせた。(二
last updateLast Updated : 2026-04-10
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