――何も、できなかった。別に彼女のことを嫌いだったわけではない。むしろ、とても大切に思っていた。愛する人を失って疲弊しきっていた彼を支えてくれた唯一の人。昔から、いつも彼の傍に寄り添ってくれた女性。何故、彼女の大切さに気付けなかったのだろうか。彼女がいなくなったあと、彼はとてつもない後悔の念に苛まれた。しかし、後悔したところで既に遅すぎた。***白羽区――都の北部に位置する特別区。富裕層が多いと言われる区内でもひときわ目を引く大きな邸宅。そこには少し前まで、一組の夫婦とその両親が住んでいた。しかし、今は何故かどの部屋も明かりがついていなかった。真っ暗な夜の闇の中で、静かに佇んでいた。「……」邸宅の一室で、彼は一人微動だにせず座っていた。時刻は深夜の一時。人々はとっくに眠りに就いている頃だったが、彼は真っ暗な部屋で目を開けたままある一点を見つめていた。机の上にはさっき開けたばかりの酒瓶が置かれていた。彼は元々そこまで酒が好きではない。こんな夜中に一人で飲むことなど初めてだった。現実逃避をするかのように、彼は浴びるように酒を飲んだ。とても眠れるような気分ではなかった。そういえば、昨日もこんな感じだった。彼女がいなくなってからというもの、仕事も何も手に付かなかった。重くなった瞼をそっと閉じれば、脳裏にその姿が浮かび上がる。『宗助、とっても綺麗なお花でしょう?あなたのために買ってきたのよ』いつだったか、彼女が彼のために白羽区の花屋で花束を買ってきたことがあった。満面の笑みで花を差し出す彼女に、自分は何て言ったんだったか。『あなたが最近寂しそうだったから……綺麗な花を見ると元気が出るかと思って』彼の記憶の中の彼女が切なげに微笑んだ。何故、そんな顔をするんだ?彼は泣きそうな彼女を前に、ただその場に立ち尽くしていることしかできなかった。どうすればいいかわからなかった。いつも笑顔だった彼女が、そのような顔をすると胸が締め付けられるように痛かった。お前にいつまでも笑顔でいてほしいから、ここ最近は仕事に専念していたというのに。『宗助……』彼女は彼の名前を呟き、一筋の涙を流した。涙を拭ってやりたくて手を伸ばそうとするが、何故か体は動かなかった。――彼女はそのまま彼に背を向けて、暗い闇の中へと消えて行った。「……」彼女がいなくなったあと
Last Updated : 2026-05-14 Read more