All Chapters of 今世は貴方を愛さないと誓ったのに、何故縋りついてくるのか: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話

「面白かったね、宗助」「ああ、そうだな」観劇を終えた美里と宗助は、大劇場を出る途中だった。二人が観た舞台は恋愛ものだった。社長令嬢の恋を描いた話で、一目惚れした庶民の男が実は大企業の御曹司だったという物語だ。社長令嬢と大企業の御曹司の恋。何だか誰かに似ている。もしかすると、宗助は内容を知っていて選んだのだろうか。大劇場から出る列の中で、美里たちに声をかけたのは五十代くらいの女性二人組だった。「あら、お二人は夫婦ですか?いいですね、夫婦そろって観劇に来られるなんて」「あ、いえ夫婦ではなくて……」美里が否定しようと口を開くも、連れの女性が彼女の言葉を遮った。「ほんとほんと!ウチの旦那なんて誘ったところで絶対に来ないわ」「ウチもよ。あの人は観劇に興味がないのよ。特に恋愛物にね」大劇場を訪れた客はほとんどが女性だった。そんな中で、珍しい男性客である宗助は周囲の視線を集めていた。若い女性たちは宗助を見て、舞台に出てくる王子様みたいだと歓声を上げた。「この公演は人気だから……チケット取るの大変だったでしょう?」「私は何も……チケットは彼が取ってくれたんです」「あら、なんて素敵!あなたの夫は本当に優しい人なのね」「夫ではないのですが……」美里と宗助は説明するのも難しいくらい複雑な関係だった。一応婚約者ではあるが、普通の婚約関係ではなかったからだ。「なら彼氏さん?」「いえ、ただの友人ですよ」結局美里は、宗助をただの友人として通すことにした。「あら、そうだったのね。彼みたいに優しい男性はそうそういないのに、もったいない」「……そうでしょうか」宗助を優しいと言った人を、美里は初めて見た。彼は元々冷たい人間で、優しさとはかけ離れていたからだ。しかし、たしかに最近の宗助は以前の彼とはずいぶんと違った。美里の前でのみ、萌子と接していたときのような優しさを見せるようになったのだ。言われて初めてそのことに気が付いた彼女は顔を真っ赤にした。「――あらあなた、彼さんが女の子に話しかけられているわよ」「え……?」女性が指差す先に視線を向けると、宗助が若い女性五人組に絡まれていた。彼女たちは頬を赤らめながら宗助に話しかけている。遠くからその姿を見ていると、何だか彼の後ろ姿ばかり見つめていた大学時代に戻ったようだった。「あんなにカッコいいんだ
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第72話

「宗助、お腹空いたね」「何か食うか」観劇を終えて劇場を出ると、ちょうど時刻は四時頃だった。小腹が空いた美里は、宗助にカフェにでも行こうと提案した。彼は提案を受け入れ、美里と宗助は大劇場近くのデパートへと入った。休日であったため、家族連れが多かった。今世ではこのままいけば、彼とあのような温かい家庭を築く未来も訪れるのだろうか。これまでずっと宗助の傍から離れることばかり考えていた美里は、彼と一緒になる未来を想像したことがなかった。実を言うと、未だに美里の中で結論は出ていなかった。しかし、あんな優しい彼の姿を見ていると、宗助と結婚するという選択肢もアリかもしれない。美里はそう思い始めていた。二人はそのままデパートのレストラン街へ入った。しばらく並んで歩いていると、正面にフルーツパーラーが見えた。「あ、ケーキ!」美里は甘い物に目が無かった。しかし、宗助は彼女と違って甘い物が得意ではない。そのことに気付いた美里は、残念に思いながらもスルーしようとした。しかし――「行ってみるか?」店の前で立ち止まった彼が、美里に声をかけた。「だけど、宗助……」「俺のことは気にするな、お前の行きたいところにすればいい」「ほ、本当!?」宗助の優しい言葉に美里は嬉しそうに頷き、二人はフルーツパーラーへ入って行った。「わぁ、どれも美味しそうね!こんなにたくさんメニューがあると悩んじゃうわ!」「悩むなら全部頼めばいい」「え?」美里が驚いて顔を上げると、正面に座っていた宗助が照れたように顔を背けて言った。「――食えない分は俺が食ってやるから、心配するな」「宗助……」美里は彼の気遣いに涙が出そうになった。彼は甘い物が大嫌いでほとんど食べたことなんてないのに。「ありがとう、宗助!じゃあ、お言葉に甘えて――」***一時間後。「ウッ……」「アハハ、ちょっと食べすぎちゃったね!」パーラーから出た美里は、真っ青な顔の宗助の背中を優しく撫でた。美里は美味しそうなものを全て選んだ結果、パフェにフルーツサンド、甘いジュースにケーキと異常な量の注文をしたのだ。小腹を満たすつもりが、完全な夕食となってしまった。美里は満足したが、甘い物が苦手な宗助はケーキ一つで既に吐きそうになっていた。彼女は青い顔の宗助に罪悪感を抱いた。「美里、お前普段からあんなに甘い物を食べ
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第73話

彼の名前を聞くことができた美里は、パァッと顔を輝かせた。「今野さん!このご恩は忘れません!またどこかで会いましょう!」今野というありふれた名前に、美里は彼の正体に気付くことができなかった。***「修人、どこへ行っていたの?」「ちょっと野暮用」美里の元から立ち去ったあと、修人はデパートを出て姉である萌子と合流していた。偶然というべきか、美里たちが劇を観に訪れた大劇場は、萌子と修人の暮らす田島区にあったのだ。「あんなに綺麗な人は初めて見たなぁ……」「何よ、アンタまさかすれ違った女に一目惚れでもしたわけ?」「ち、違うよ!ただすごく美しい人を見たから記憶に残ってるっていうだけさ」修人は美里がデパート内で、バレッタを落とす瞬間を目撃していた。お人よしだった彼は、昔からそういうのを見過ごせなかった。慌てて拾ってついて行くと、落としたのがとても美しい女性だということを知った。当然、それだけで恋に落ちるなんてそんなことはないが――修人は彼女を一生忘れることはないはずだ。「ところで姉さん、就職活動は順調に進んでいるのか?俺一人の給料だと、姉さんを養っていくのは厳しいぞ」「心配する必要はないわ、何の滞りもなくうまくいっているから。ある企業で受付嬢として雇ってもらえることになったの」「そうか……」萌子は大学を中退しているものの、美貌という最大の武器があった。彼女の美しい見た目は、就職活動で大いに役に立った。修人は姉の将来が一旦は安定したことに、安堵の息を吐いた。彼は家を出てからというもの、ずっと離れて暮らす姉の身を案じていた。「俺は明日仕事があるから、家のことは姉さんに任せるよ」「夜ごはんはコンビニでいい?いちいち作るの面倒だし」「姉さん……」修人は一週間ほど前から萌子と二人で暮らしている。彼女との二人暮らしは、正直言って楽ではなかった。萌子はほとんど家事をしないし、修人の作った料理にもケチをつけるのだ。昔の萌子は我儘ではあったが、ここまでではなかった。一体何が彼女をこれほど変えてしまったのだろう。心当たりのある修人は、彼女を責められなかった。実家に帰すことも出来なくはないが、萌子に対する負い目がある彼はそれができなかった。修人が横にいた萌子にチラリと視線をやった。彼女はスマホで真剣に何かを調べているようだった。「姉さん、頼むから変
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第74話

それから数分後、トイレへ行っていた宗助が戻ってきた。「おかえりなさい、宗助」「あぁ」彼の顔色はさっきよりもだいぶマシになっていた。「そろそろ帰ろうか」「そうだな」宗助は頷き、二人はデパートを出た。時刻は六時近くになり、外は既に暗くなっていた。「冬だと日が暮れるのが早いわね……まだ六時も過ぎていないのに」「あぁ……」宗助はじっと暗くなった空を見つめていた。美里はそんな彼の横顔を見上げ、尋ねた。「宗助、もしかして夜が好きなの?」「いや、そんなことはない……ただ……」彼はそこで美里と視線を合わせた。ちょうどさっきまで見ていた夜の空を切り取ったかのような、真っ黒な瞳だった。「――お前のいない夜は寂しいんだ」「宗助……」「そんなこと考えたこともなかった」宗助の美里への想いはあの日からずっと深まるばかりだった。「夜はいつもお前の夢を見るし……朝になったら真っ先にお前に会いたくなる……こんなにも誰かを恋しく思うのは初めてなんだ」「……」真剣な愛の告白に、美里は何も言えなかった。前世の彼の冷たい姿が未だ鮮明に記憶に残っていたからだ。「帰ろう、美里」「……ええ、そうね」宗助は何も答えない美里を見てフッと笑うと、そのまま帰路についた。彼は彼女の気持ちを強要するつもりはないようだ。ただ、美里が受け入れてくれるまで待つ。少し前に彼が言った通りだった。美里は彼の真摯な告白に、胸が締め付けられる思いがした。***「おかえりなさい、宗助、美里さん」「ただいま戻りました」家に帰ると、社長夫人・真奈美が二人を出迎えた。デートに行っていた二人を、真奈美は嬉しそうに見つめた。「お出かけは楽しかった?」「はい」「そう、ならよかったわ」真奈美は機嫌が良いのか、終始ニコニコと微笑んでいた。「今日は疲れたので、ちょっと部屋で休むことにします」「あら、そうね。ゆっくりしなさい」「俺は残っている仕事を片付けてきます」宗助は書斎に、美里は彼の自室へそれぞれ向かった。***「兄貴、おかえり。帰ってたんだな」「……宗真」書斎へ行く途中、宗助は宗真とすれ違った。「美里さんとのデート、楽しかったか?」「まぁな」宗真は珍しく素直な宗助に驚きを隠せなかった。今なら聞きたいことを聞いても、正直に答えてくれるかもしれない。そう思った彼は慌てて口
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第75話

一度部屋へ戻った美里は、いつもより早めに入浴をしていた。 「城田家のお風呂はいつ見てもとっても大きいわね……」 丸い形をした大きな浴槽は、まるで高級ホテルの浴室のようだった。湯船に浸かった美里は、ふぅと息を吐いた。 今日一日ずっと宗助と一緒にいたせいか、一人でいる時間がずいぶんと気楽に感じられた。 前世ではあのように二人で過ごすことなどほとんどなかった。そのせいか、どうも慣れない。 「不思議だわ……前はあれほど冷たかった宗助が今は私に愛の言葉を囁いているなんて……」 夢を見ているようだった。宗助とは一年ほど夫婦として過ごしていたが、愛してるなんて当然言われたことが無かった。いつだって彼の愛の対象は今野萌子だったわけで。 美里は彼と萌子と過ごした大学時代を思い浮かべた。 『美里、紹介しよう。俺の恋人の萌子だ』 『よろしくお願いします、美里さん』 『……よろしくお願いします』 宗助に初めて萌子を紹介されたとき。美里はこんなにも綺麗な人がいるのかと驚いた。宗助の放った”恋人”という言葉に彼女は胸がチクリと痛んだ。 『美里さんは宗助の幼馴染だと聞きました』 『ええ、そうですね』 萌子は愛想良く美里に話しかけたが、彼女はそんな気分にはなれなかった。萌子は何一つ悪いことをしていないのに、彼女に対する醜い感情がこみ上げてくる。 そんな美里の気持ちに萌子は気付いていないようで、ただ優しく彼女に接していた。 『美里さんは彼氏さんはいらっしゃらないんですか?』 『か、彼氏ですか……?』 突然、萌子がそんなことを尋ねた。彼女の横にいた宗助の視線が、美里に向けられた。 二人の視線を受けた美里は、仕方なく口を開いた。 『いないですね……』 彼女の言葉に、萌子はわざとらしく驚いてみせた。 『あら、まぁ!こんなに美しいのにもったいない。宗助もそう思わない?』 『……そうだな』 彼は興味がなさそうに同意した。そしてすぐに隣にいた萌子に視線を移した。 『ねぇ宗助、あなたの友人の誰かを美里さんに紹介してあげたら?』 『な、何を……!』 萌子のとんでもない発言に、宗助は黙り込んだ。 『こんなに綺麗な美里さんにずっと彼氏がいないのはもったいないじゃない?』 そのとき、萌子がほんの一瞬チラリと美里に視線を向けた。鋭い視線に、僅かに上がった口角。”宗
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第76話

バスタオルを体に巻き付けた美里は、その姿のまま部屋へと戻った。裸にタオル一枚巻き付けただけの彼女は、とても色っぽく、男にとっては刺激が強すぎた。(何だか嫌なことを考えてしまったわね……今日は早く寝よう)浴室から繋がる部屋の扉を開けた美里は、思わず固まった。「……」「……」部屋に宗助の姿があったからだ。彼は仕事でいないと思っていた美里は、ソファに座ってこちらを見つめている宗助に驚愕した。(そ、宗助……いたの……!?)美里が泊まっているのは宗助の自室だ。彼がいたところで何もおかしくはない。そのとき、動揺した美里の身体を覆っていたバスタオルが床に落ちた。「あ」「……」彼女の裸体が宗助の前で露わになり、宗助の顔が真っ赤になった。彼の前で一糸まとわぬ姿を晒した美里の叫び声が、城田家に響き渡った。***「美里さん、何かあったのか!?さっきの声は一体……」「まさか侵入者!?」それからすぐに、邸にいた宗真と真奈美が宗助の部屋へ駆けつけた。服を着た美里が、慌てて首を横に振りながら弁明した。「い、いえ……何でもないんです……」「嘘おっしゃい!さっきの声はどう考えても……」「本当に何も無いんですってば!」十分以上にも渡る弁明の末、二人はようやく納得したようだった。宗真と真奈美が部屋へ戻ったあと、美里はさっきから一言も喋らない宗助に恐る恐る声をかけた。「そ、宗助……見た……わよね……?」「……何がだ」言わなくてもわかっているくせに。彼に裸を見られるのは今世では初めてだった。お互いに動揺するのは当然のことである。美里は必死で気持ちを落ち着かせた。大体宗助は美里と違って経験が無いというわけでもないのだ。女性の裸くらいなんとも思っていないにちがいない。そう言い聞かせた。「……綺麗だった」ポツリと呟いた彼の顔は、真っ赤に染まっていた。「やっぱり見てたんじゃない!」「お前こそ何をそんなに恥ずかしがっているんだ。いずれは訪れることだ」「……」彼の言葉に、美里は再び顔を赤くした。宗助の言っていることは正しかったけれど、そんな風に言われると恥ずかしい。美里は真っ赤な顔を隠すように彼に背を向けた。「今日はちょっと疲れちゃったみたいだから、いつもより早めに寝るわ」「……何をしている?」いつものベッドではなく、ソファで寝ようとする美里を、宗助
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第77話

翌朝。「……」宗助は小鳥の鳴き声を聞き、ゆっくりとベッドの上で目を開けた。部屋の窓からは太陽の光が差し込んでいた。ふと横に目を視線を向けると、美里が彼の隣ですやすやと寝息を立てていた。部屋にある時計を見ると、時刻は朝の六時だった。深夜に起きなかったのは久々だった。ここ最近ずっと例の夢のせいで眠れない日が続いていたから。「美里……」何だか不思議な気分だった。昨夜はいつもの夢を見ていたのに、何故だかぐっすりと眠ることができたのだ。彼は横で寝ている美里の髪の毛にそっと手を触れた。サラサラの黒い髪が彼の指をすり抜けた。美里は眠っていてもなお、とても美しかった。身体にそっと手を触れても起きる気配のないその姿は、まるで眠り姫のようだと彼は思った。目が覚めると彼女が隣で寝ているというこの状況が、宗助にとっては本当に幸せだった。この先ずっとこうであればいいのに、と思いながらも彼はベッドから起き上がった。***「……」美里は温もりに包まれながら目を開けた。「宗助……?」「起こしてしまったか」上半身をベッドから起こすと、近くの椅子に腰を掛けている宗助の姿が目に入った。そんな彼の手には仕事の書類が握られていた。仕事をしながら美里の傍にいたというのか。彼女は驚いた。宗助は仕事中、いつもの書斎から一歩も出てこないことが多かったからだ。そんな彼が別の部屋で作業をするのを、美里は初めて見た。「今何時……って、十時!?どうして起こしてくれなかったのよ!」美里が責めるような目を向けると、彼が小さく笑った。「気持ちよく寝てたから……起こすのも何だかもったいない気がして」「もう、宗助ったら……」今日がたまたま日曜日だったからよかったものの、平日ならとっくに寝坊だ。「次はちゃんと起こしてよね」「わかったわかった」寝顔をずっと見られていたなんて何だか恥ずかしい。美里は布団で顔を隠した。宗助はそんな彼女が愛しくて、頬に口付けを落とした。突然の行動に、美里の顔が真っ赤になる。「ちょ、ちょっと何するのよ!」「スキンシップだよ、婚約者としてこれくらいは当然だろ?」慌てふためく美里に、宗助はフッと笑みを深めた。これまでの二人からは信じられないくらい穏やかな朝だった。宗助はこんな平穏で幸せな日々が永遠に続きますように、と心の中で願った。***その日の
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第78話

美里と宗助の仲が変化していっているのは誰から見ても明白だった。当然美里も、自らの気持ちの変化に気付いている。回帰したばかりの頃は、絶対に婚約破棄してやると心に決めていた。だけど、今はよくわからない。「私は宗助から離れたいのかしら……」思い浮かぶのは、自身に向けられた彼の優しい笑み。今の彼となら、このまま結婚してしまってもいいのではないか。もしかすると、前世のようにならないのでは……?と美里は思い始めていた。部屋の中から窓の外を眺めていた美里は、ふいに後ろから抱きしめられた。いつもの柔軟剤の香りが鼻をくすぐった。「…………宗助?」彼女を後ろから抱きしめたのは宗助だった。抱かれたままの美里が首を動かすと、彼の顔が視界に入った。「どうしたのよ、急に」「何かなければハグしてはいけないのか?」宗助はすねたように言った。美里はそんな彼の腕にそっと手を添えた。「いいえ、そんなことはないわ」その言葉に、彼が美里を抱きしめる腕の力を強めた。美里は女性の中では背が高いほうだったが、それでも体格のいい宗助の腕の中にすっぽりとはまった。「愛してる、美里」「……何か最近やけに大胆ね」「俺がどれだけお前に本気なのか、行動で示さないとお前はわかってくれないだろう?」「……そうね」彼と初めてハグをしたあの日から、宗助は美里に対する接触を我慢しなくなった。不思議と、美里はそのことに対する不快感を感じなかった。「お前が俺を受け入れてくれる日まで続けるつもりだから」「宗助……」美里は彼の腕を掴むと、彼の腕の中からそっと抜け出した。宗助は驚いて彼女を見た。「美里……?」「仕事が残っているんでしょう?もう行きなさい」「美里……」宗助はショックを受けたような顔をした。しかし美里は彼を甘やかさなかった。何より、これ以上は危ないと彼女の中で警鐘が鳴っていたからだ。宗助は美里の本気度を知ると、渋々頷いた。「そうだな、仕方ないな……じゃあ最後に……」宗助は別れの挨拶とでもいうかのように美里の額にキスをした。羽根のように軽い口づけだったが、彼女を動揺させるには十分だった。「そ、宗助……!」「行ってくるよ、夜には戻ってくるから。寝ずに待ってろよ?」「……」美里は額を手で押さえながら、部屋を出て行く宗助を見送った。「最近、何だか彼にしてやられてる気がするわ……
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第79話

「あれ、宗真くん。どこか出かけていたんですか?」「……」部屋から飛び出した美里は、邸宅内を歩く宗真と出会った。彼はどこか虚ろな目で、美里の呼びかけに返事をしなかった。聞こえていないのだろうか。そう思い、美里は彼をもう一度呼んだ。「宗真くん……?」「え、あ、美里さん……どうかした?」そこでようやく宗真は振り向いた。「さっきから呼んでたんですけど……ボーっとしてたんですか?」「ああ、そうみたいだ」宗真はアハハッと笑った。いつもの彼に戻ったようだ。さっきのは勘違いだったのか。美里は安心した。「最近研究ばっかりしてるからじゃないですか?少しくらい休まないと」「そうだな……美里さんにそう言われたら休むしかないな」「私に言われなくてもちゃんと休んでくださいよ!」二人は笑い合った。しばらくお互いの近況について話したあと、二人はそれぞれの部屋へ戻った。宗真は歩きながら額を手で押さえた。「……何だ?何だか頭がクラクラする……」彼はあの喫茶店を出てからというもの、謎の体調不良に襲われていた。頭の中がボーっとするような、不思議な感覚だった。こんなのは初めてだ。「昔、高熱を出したときもこんな症状は……」部屋に入った宗真は、倒れこむようにベッドに横になった。目を閉じる前から急激に眠気が彼を襲った。「やっぱり疲れてるんだ……ちょっと仮眠を取ろう……」最近睡眠時間が短くなっていた彼は、すぐに眠りにつくことができた。***「宗助、差し入れを持ってきたわよ」宗真が部屋で寝ていたちょうどその頃、美里は手作りのサンドイッチを手に、彼の書斎へ訪れていた。「美里」彼女の姿を見た彼は、作業をやめて立ち上がった。「お腹空いてると思って、間食を持ってきたの」「サンドイッチ……?」彼は美里が持っているサンドイッチを見て顔を青くした。「違う違う!フルーツサンドじゃないわ!普通の玉子サンドだから安心して!」「そうか、よかった」彼はその言葉にほっと胸をなでおろした。昨日のデートで美里は彼にホイップクリームたっぷりのフルーツサンドを食べさせた。そのことがトラウマになっているようだ。「俺はこの間のカフェで一生分の甘い物を食べた」「お、大げさよ……」美里は気まずそうに目を逸らした。彼女はサンドイッチのお皿をテーブルに置くと、ソファに座った。そして宗助は
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第80話

「退屈だわ……」修人が仕事へ行き、一人家に取り残された萌子は、暇を持て余して外を散歩していた。田島区は白羽区に比べると娯楽が少ないと、萌子は感じていた。「そうだ!せっかくだし、白羽区にいる宗助に会いに行ってみようかな?」と思ったものの、社長夫妻が白羽区にいる今、そんなことは出来なかった。約束を破っても宗助が庇ってくれるかと思ったが、彼の心は今美里にあるようだし。萌子はお呼びではないのだ。そのことを考えると、彼女は腸が煮えくり返るような思いになった。「私は生まれた頃から白羽区に住んでたのよ……それなのに、どうして出禁扱いなのよ……」不満げにそう呟いたそのとき、後ろから声をかけられた。「――あれ、お前もしかして萌子か?」「……アンタは」萌子の視界に、懐かしい顔が入った。「……海星がどうしてここに」――久間田海星(くまだかいせい)かつて萌子と同じ暁星大学に通っていた同い年の男だ。「そんな顔するなよ。五年ぶりに会えたってのに、冷たいなぁ」「私はアンタに会いたくなかったわ」萌子はそっぽを向いた。海星はニヤニヤした笑みを浮かべながら萌子に近付いた。「まぁまぁ、そう言うな。俺は短期間だったけど、お前の愛する男だったわけだし?」「……」実は海星は萌子の昔の恋人だった。彼女が宗助と付き合う直前まで交際していた男である。「ところでお前、今は田島区に住んでるのか?」「……」萌子は何も答えなかった。「そりゃあそうだよな、お前が白羽区にいれるわけないよな」彼はニヤついた顔を萌子にグッと近付けた。「お前が城田家の御曹司に乗り換えなければ、お前は今でも白羽区にいられただろうな」海星との交際中、城田家の御曹司である宗助にアタックされた萌子は彼を捨て、あっさりと宗助に乗り換えたのだ。海星はそのことに対して今でも萌子に恨みを抱いている。当然、宗助は萌子に別の恋人がいたことなど知らないだろうが。「……私は彼と付き合ったことを後悔していないわ。私にとって彼は最愛の人よ」「……素晴らしい純愛だな、尊敬するよ」返しが気に入らなかったのか、海星は眉をひそめた。彼はずっと萌子と宗助がうまくいかないことを望んでいた。そしてそれは予期せぬ形で叶うこととなった。萌子が宗助の両親に嫌われ、白羽区から追い出されることとなったあの日。彼は二人が別れると聞いて喜ん
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