All Chapters of 夫の拷問で死んだ私、今世は離婚します!今さら泣いて縋っても戻りません!: Chapter 131 - Chapter 140

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第131話

――礼音は長い間、一人の女性を探し求めていた。彼が彼女と出会ったのは彼がまだ子供の頃だった。自分より少し年下くらいだろうか。彼女と初めて会ったのは昔住んでいた家の近くにある公園だった。当時、礼音は母親に捨てられて父親の元に引き取られた。義母や義理の兄弟たちは揃って礼音を虐げ、父親はそれを見て見ぬフリした。家庭に居場所は無く、彼は次第に家にいるのが嫌になり、用もなく外へ出るようになった。そんなときに、彼女と出会った。『何てカッコイイのかしら!あなたのことを好きになったわ!結婚しましょう!』彼を見るなり、まだ幼い少女は頬を赤らめてそう言った。家族から虐げられ、一人ぼっちだった彼にとって、彼女は光のような存在だった。顔は薄っすらとしか覚えていないが、香織に似た愛らしい少女であった。そのことを、初めて彼女と出会ったときから彼も感じていた。しかし、そんなわけがないと心のどこかで決めつけていた。彼は彼女を見つけるために実業家となり、探せるだけの権力を手に入れた。そしてようやく、彼女を見つけた――前の恋人と出会ったのは、今から二年前のことだ。礼音は秘書から条件にピッタリ合う女性を見つけたとの報告を受けた。このとき、彼は半信半疑だった。条件が合うというだけで別人、という女をこれまで何度も見てきたからだ。しかし、彼女に会ってみて礼音は衝撃を受けた。彼女の顔が、初恋の少女そっくりだったのだ。彼はそのとき、彼女こそがあのときの少女に違いないと確信した。彼女は鈴木真央(すずきまお)という名前の女性だった。愛らしい笑顔が、初恋の少女とよく似ていた。それから礼音は真央に猛アプローチを始めた。アクセサリーをプレゼントしたり、仕事終わりに家まで送っていったり。彼女を落とすためならどんなことだってやってのけた。その努力の甲斐あって、彼は真央と交際することになった。しかし、恋人同士となるとこれまで見えてくることのなかった彼女の傲慢な部分が見え始めた。『礼音、私あのバッグが欲しいわ』『……前にも買ったばかりだろう?』『それでも欲しいのよ!あなたの財力なら買えるでしょう?』真央は次第に、彼とのデートで毎回高価なプレゼントを自らねだるようになった。それだけではなく、周りにいるカップルまでも貶すようになった。ある日のデートでは、近くにあったファミレスに入って行く男女を見
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第132話

彼女の裏切りを知ったとき、礼音はショックを隠しきれなかった。自分と付き合っていながら平然と他の男と愛を交わしていたというのか。彼は深く愛していたはずの真央に嫌悪感を抱くようにさえなった。礼音は両親の影響か、性にだらしない人間を異常なほど毛嫌いしていた。『ちょっと魔が差しただけよ。礼音のことは大好きなの。お願い、やり直しましょう?』真央は礼音を引き留めたが、彼は一方的に連絡を断った。礼音にとっては最悪な初恋の思い出となった。それ以降、彼は初恋の少女の記憶に蓋をして生きていくこととなった。「なぁ、礼音……その初恋の女の子の名前は覚えているか?」「いや……昔聞いたような気がするが……その部分だけは何故か思い出せないんだ」礼音は彼女の顔は覚えていたが、名前だけはどうしても思い出すことができなかった。理由は自分でもわからない。時が経つと共に、記憶から抜け落ちていたのだ。それと、もう一つ思い出せそうで思い出せない記憶があるような……そのとき、彼の脳裏にちょっと前に見た雨の日の記憶がよぎった。死体を抱きしめて泣き叫んでいる自分の姿だ。あの日からちょくちょく似たような夢を見ていた。結局あれが何だったのかは未だにわからない。だが、何故かあの記憶を見るととても辛い気持ちになった。胸が張り裂けそうで……こんな気持ちになるのは初めてだった。「……音、礼音。聞いてるのか?」「……あぁ、すまない。考え事をしていた」我に返って返事をすると、琢磨がアハハッと笑った。「お前がボーッとするなんて珍しいな。よほどあの子に心を揺さぶられているようだ」「……どうだかな」礼音は否定も肯定もしなかった。香織に感情を乱されているのはたしかだったから。そのような彼の姿がよほど珍しいのか、琢磨は笑いを堪えるのに必死だった。「お前、いい加減にしろ」「悪い悪い、お前も血の通った人間なんだなーって思っただけだよ」「どういう意味だ」彼はその問いには答えなかった。「まぁ、俺はたしかめてみる価値はあると思うぞ」「……香織が彼女だとでも?」「調べてみないとわからないだろ」琢磨は面白そうに笑った。礼音はそんな彼の悪ふざけをまともに取り合うつもりはなかった。「まぁ、余裕があったら調査してみろ。香織ちゃんがあの子でないなら切ればいいし……」「お前、何てことを言うんだ?」その発言にイ
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第133話

再婚を発表してから数日後、亮太は虚ろな目で社長室の椅子に座っていた。「社長……大丈夫ですか?」「……平気だ」心配そうに彼を見つめる芹沢に返事をしたが、とても平気そうには見えなかった。彼の目は暗くどんよりとしていて、焦点が合っていない。香織と離婚してからというもの、彼はずっとそのような調子だった。あの日、日菜乃が亮太の部屋に押し入るまで彼はずっと自室に引きこもっていた。彼女のおかげで何とか仕事に復帰したはいいものの、何故か仕事があまり手に付かなかった。最近、ずっとくだらないことばかりを考えてしまう。それに夜になると、悪夢をよく見る。ただ自分が知らない男たちから凄惨な暴力を受け続けているだけの夢。何かを思い出せそうな気がしてならない。しかし、今の彼にとってはそんなこと重要ではなかった。――この選択は、本当に正しかったのだろうか。そのような疑念が彼の心に浮かんではいつまでも消えなかった。香織と離婚した彼は、すぐに日菜乃と籍を入れた。離婚してから日も浅い再婚だ。非難の声がまだまだあるのは彼も知っている。しかし、彼が気がかりだったのはそんなことではなかった。「社長、日菜乃様がお昼に社長の様子を見に来るそうです」「日菜乃……」「いやぁ、日菜乃様は本当に良い奥様ですね。前の奥様とは大違いだ」そんなのは当たり前のことだ――といつもの亮太ならそう言っているだろう。しかし、そんな言葉が何故か口から出なかった。彼女を正式な妻にしてからというもの、亮太は日菜乃に妙な違和感を感じるようになった。彼女の傍が居心地悪いと感じるのは初めてだった。日菜乃が作った料理も味がしないし、一緒にいても安らぎを感じなかった。(香織と結婚していた頃の方が楽に過ごせていたな……)彼女を恋しく思う日が来るとは、想像もしていなかった。しかし、今さら後悔したところで全てが遅すぎるのだ。「なぁ、芹沢……香織は元気にしているか?」「……社長、急にどうなさったんですか?」芹沢が驚いたような顔で彼を見た。驚いたのは亮太も同じだった。「前の奥様のことが気になるのですか?」「いや、そういうわけでは……」否定しようとした亮太に対し、芹沢がニヤリと醜悪な笑みを浮かべた。「結婚式にはあの方も呼んだのでしょう?きっと惨めな姿を見られると思いますよ」「惨めな……」その言葉で、亮太は数ヵ月
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第134話

「日菜乃様、どちらへ行かれるのですか?」「奥様よ、言葉に気を付けなさい」「も、申し訳ございませんッ……!」そのとき、日菜乃は羽川家の本邸で外出の準備をしていた。彼女がこの家の女主人となってからまだ日が浅い。(ようやく……ようやく邪魔な女を追い出して本妻の座を手に入れることができたわ……!)愛人として過ごした年月があまりにも長かったせいか、何だか涙が出そうになった。しかし、まだ彼女の計画が終わったわけではない。気に入らない女を痛い目に遭わせるまで彼女は諦めたりしない。「次は無いわ、次そう呼んだら亮太に言ってアンタをクビにしてもらうから」「は、はい……」使用人の一人はビクッと体を震わせながら返事をした。彼女は日菜乃の剣幕に驚きを隠せなかった。日菜乃はこんなにも怖い人だっただろうか?いつも亮太の隣で美しく穏やかに微笑み、私たち下の人間にも優しく接してくれるような人だった。社長が怒ると庇ってくれ、彼女に助けられたという羽川家の人間は多い。だからこそ、羽川家の者たちは日菜乃を好きになり、彼女にとっての邪魔者である香織を毛嫌いしていたのだ。それなのに、今はどうして日菜乃が恐ろしく感じるのか。メイドは彼女をおそるおそる見上げた。「……どうかした?」顔を上げると、日菜乃は以前と変わらず美しく笑っていた。「あ……いえ、何でもありません」さっきのは見間違いか。彼女はそのことに安堵した。あの聖母のような日菜乃が私たちにそんな態度を取るはずがない。香織じゃないんだから。亮太と同じく、彼らの中でもまた、日菜乃は女神で香織は悪女だった。日菜乃の本当の姿など、当然知る由もない。「亮太の元へ行くのよ」「社長のところへですか?」「ええ、何か問題でも?」「い、いえそういうわけではありません!」日菜乃の機嫌を損ねるわけにはいかない。亮太にすら嫌われている香織のことは適当に扱っていたが、彼女のことは大切にしなければならなかった。日菜乃に何かあれば、亮太が黙っていないだろうから。「いってらっしゃいませ、奥様」「いってくるわ」メイドはエントランスで日菜乃を見送った。彼女は服を着替え、亮太のいる本社へ車で向かった。主人のいなくなった邸宅で、メイドはリラックスしながら中を歩き回っていた。亮太と日菜乃がいないだけでこんなにも心が楽なのか。ちょっとくらいサボっても
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第135話

「失礼します、社長はいますか?」「……山川さん、いえ、今は羽川夫人になったんでしたね」日菜乃が本社へ行くと、受付の女性が彼女を見て眉をひそめた。彼女は元々ここの社員だったが、同僚たちにはあまり好かれていなかった。特に女性社員からは相当嫌われていた。男女で態度が違う上に、既婚者の社長にまで媚びを売ってのうのうと後妻の座に収まったのだから当然のことだった。しかし、今の日菜乃にとってはただの負け惜しみにしか感じない。(そんな顔をしたって痛くも痒くもないわ。私は社長夫人であなたは一介の社員なんだから)日菜乃は勝ち誇ったような笑みで受付を見下ろした。「……社長ならいますから、勝手に行ってください」「……社長夫人に対する礼儀がなってないわね」日菜乃は不快そうに呟いた。あとで亮太に言いつけて解雇してもらおう。社員一人クビにすることくらい、彼女にとってどうだってことはなかった。「……さっさと行ってきたらいかがですか?社長がお待ちですよ」「そうね、行かせてもらうわ」日菜乃は完璧な笑顔で彼女を一瞥すると、そのままエレベーターで上へと上がって行った。社長室へは何度も行ったことがある。そのたびに亮太は彼女を温かく出迎えた。社員たちに快く思われていなかろうと、トップである亮太さえいればそれでよかった。「社長」「……日菜乃」部屋に入ると、亮太と芹沢の姿が見えた。日菜乃の来訪に、芹沢は嬉しそうな顔で彼女を見た。相変わらず体調が優れないのか、亮太は無表情のままだった。「社長、体の具合はいかがですか?」「……だいぶマシになった」「それはよかったです。家にいる間、社長のことが心配でたまらなくって……」「……」日菜乃のそのような言葉を聞いても、亮太の顔色は変わらなかった。彼女はそんな彼に違和感を感じた。以前の亮太なら頬を赤く染め、彼女を胸に抱きしめていた。(……どうして、今日は抱きしめないの?)亮太が自分の思い通りにならないのは初めてだった。日菜乃は背後に控えている芹沢にチラリと目をやった。彼は彼女の鋭い視線にビクッと肩を震わせた。日菜乃と目が合った芹沢は首を何度も横に振った。亮太の様子がおかしいことは彼にも原因がわからないという意味だ。「社長、実はさっき受付の女に酷いことを言われたんです!」「……何だって?」日菜乃の弱々しい声に、亮太が顔を上げた。
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第136話

亮太の言葉に、日菜乃はもちろん芹沢も驚きを隠しきれなかった。社長室に沈黙が流れ、日菜乃は暗い顔のまま俯いた。「社長……今……何て言いました……?」「……」芹沢の問いに、亮太は返事をしなかった。明らかに顔色の悪い日菜乃をただじっと見つめているだけ。その瞳には、以前のような深い愛情は見られなかった。何故、彼はこんな短期間でここまで変わってしまったのか。日菜乃はどれだけ考えてもわからなかった。「……社長はそういう考えをお持ちなんですね」「……」しばらく俯いていた日菜乃が顔を上げた。その瞳は亮太に対する敵対心を表すかのように、鋭い眼光を放っていた。それを見た芹沢がビクッと肩を上げた。穏やかで怒っているところなんて見たことのない人だったが、こんな目をするのか。日菜乃は鋭い瞳で亮太を見下ろし、彼もまた冷めた目で彼女を見つめ返している。もはやお互いを見つめ合う二人の間には、愛なんてものは存在していなかった。「しゃ、社長……奥様……」「……」芹沢が重い空気の中で何とか声を絞り出したが、二人には届いていないようだった。しばらく亮太を見下ろしていた日菜乃が、突然ニッコリと笑った。「そうですね、私にもいけないところがあったかもしれません」「ひ、日菜乃さん……?」日菜乃はさっきの冷たい表情とは打って変わって穏やかな笑みを浮かべていた。こんなにも一瞬で表情を変えてしまうだなんて。芹沢は日菜乃の変わり様に驚いた。「社長に言われたことで気が付きました。反省しています」「……そうか、それはよかった」亮太は虚ろな目をしたまま軽く頷いた。「日菜乃、今日は何をしにここへ来たんだ?」「さっきも言いましたが、社長の様子を見に来たんです。社長のことがとても心配だったので」「そうか……」いつもなら何ていじらしい女なんだと抱きしめているだろう。だが、今は何故だかそうする気になれなかった。亮太は嬉しそうな顔をすることもなく、手元の書類に視線を落としている。彼が日菜乃より仕事を優先するのは初めてのことだった。亮太は視線を書類に向けたまま、口を開いた。「……気持ちはありがたいが、今は仕事中だ。今後軽々しくこの場所に入るのは控えろ」「……ええ、わかりました」日菜乃は今度は反論することなく、返事をした。最愛の女に向けるとは思えないような言葉だった。「まだ仕事が残ってい
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第137話

亮太のいる社長室から立ち去った日菜乃は、早足で社内を歩いていた。「キャッ!」その途中で若い女性社員にぶつかったが、日菜乃は何も言わずにその場から去って行った。ぶつかられた女性社員は肩を手で押さえながら、去って行く日菜乃の後ろ姿を眺めていた。「何よあの人……」その言葉に、近くにいた別の女性社員が反応した。「アイツ、山川日菜乃よ……前までここで働いてた社員で、社長の再婚相手……」「えぇ、あんな愛想の悪い女が……!?」彼女はまだ入ったばかりで、日菜乃のことを知らなかった。日菜乃はここで社員として働いていた頃、悪い意味で社内では有名だった。誰とでも寝ると言われていた彼女は様々な男に手を出し、相手の家庭を崩壊させることもたびたびあった。そのため、女性社員で彼女と親しくしている人は一人もいなかった。「あの女が社長夫人になるだなんて……いよいよ終わりね」「あの方はそれほどとんでもない人なんですか?」「ええ、危険人物よ……権力を手に入れた今、何をするかわからないわ……」彼女は小柄な日菜乃の小さな背中を見つめながら呟いた。***荒々しく本社から出た日菜乃は、外にとめてあった羽川家の車に乗り込んだ。「……本邸へ向かってちょうだい」「はい、奥様」運転手は車を発進させた。日菜乃の機嫌が良くないということは誰から見ても明白だった。彼女は後部座席で足を組み、しかめ面で外の景色を見つめていた。今日は一体どのような癇癪を起こされるのか。運転手は気が気ではなかった。彼は何とかして日菜乃の機嫌を取ろうと、後ろに座る彼女に声をかけた。「奥様、社長のご容態はいかがでしたか?」「……最悪だったわ」日菜乃は素っ気なくそう答え、彼は失敗を悟って顔を真っ青にした。何を言えばいいか必死で思考を巡らせていると、日菜乃が悲しそうに呟いた。「社長はもう、私のことをあまり愛していないみたい……」「しゃ、社長がですか……?」運転手は耳を疑った。亮太が日菜乃を愛していない?そんなことあるわけがない。彼が見た亮太はいつだって日菜乃を心から愛していた。恋は盲目、という言葉はまさに亮太のためにあるのだろうと思うほど、彼は日菜乃にゾッコンだった。「奥様、そんなことはありません。社長は奥様のことを深く愛しておられます」「……そうかしら?」「はい、社長が愛するのは奥様一人だけですよ
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第138話

日菜乃は生まれたときから、母親しかいなかった。父親は顔すら知らず、母はいわゆる未婚のシングルマザーというやつだった。しかし、それでも別に不幸には感じなかった。母はとても優しい人で、日菜乃にたくさんの愛情を注いでくれたから。今ではもうあまり思い出せない母だが、幼い頃はただただ幸せだった。いつも日菜乃の隣で美しく微笑んでいた母が、いなくなったのはいつからだっただろうか。日菜乃が中学生の頃、母が亡くなった。不運にも交通事故に遭い、三十歳という若さで命を落とした。日菜乃の母は高校時代に同級生の子を妊娠し、相手に逃げられたという過去を持っていたことを知っていたのはそのときだった。『こんなにも早く亡くなってしまうだなんて……』『残されたお子さんが可哀相だわ……』葬儀では、日菜乃は参列客たちに憐憫の目を向けられた。父親には捨てられ、母親にも先立たれてしまった。彼女に残されたものは何もなかった。その後のことはよく覚えていない。日菜乃は祖父母を名乗る人――母の両親に引き取られることとなった。その日から、日菜乃の幸せだった暮らしは一変した。祖父母はとても厳格な人で、未成年で妊娠した彼女の母のことを嫌っていたのだ。日菜乃の母親には兄弟が何人かいたが、全員有名大学を卒業して今はエリートの道を着々と歩んでいた。――彼らにとって、日菜乃の母の存在は唯一の汚点なのだろう。『絶対に母親のようになってはいけないわ』事あるごとに日菜乃にそう言い、彼女の行動を制限した。一言で言えば過干渉というやつだろう。これまで穏やかな母の元で比較的自由に過ごしてきた日菜乃にとっては窮屈だった。彼らと過ごしていると、母が何故未成年で過ちを犯してしまったのかわかるような気がした。きっと母も窮屈に感じていたのだろう。生前の母は誰も頼れる人がおらず、貧困に苦しんでいた。交通事故に遭ったのも、夜遅くに仕事に行かなければならなかったせいだ。(あなたたちがお母さんに救いの手を差し伸べていれば……)――あんなにも早く死ぬことはなかったのではないか。日菜乃は祖父母を憎んだ。何もせずに傍観しているのも同罪である。そんな彼女は、中学生活をできるだけ目立たないように大人しく過ごしていた。高校は近くにある私立高校に進学することが決まった。母の家庭は元々裕福で、祖父母もまだ若い。いくら嫌っていたとしても、大
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第139話

――私、何をしていたのかしら。目が覚めた日菜乃は、目に涙を浮かべる教師や医師たちを冷めた目で見つめていた。彼らが何故そんなに喜んでいるのかがわからなかった。あぁ、いっそあのまま死んでくれた方がよかっただろうに。日菜乃は自身を抱きしめる女教師の背中に腕を回しながらニヤリと笑った。――信じられないことだが、あの事故が原因で日菜乃の性格は一変してしまったのだ。***「ちょっと日菜乃!こんなに遅くまでどこに行っていたのよ!」目覚めてから数日後、祖母が彼女に声を荒らげた。「こんな夜遅くまで外で遊んでいるなんて、何かあったらどうするのよ!」「……」日菜乃は鬼の形相で自分を叱る祖母を冷めたような目で見つめた。時刻は夜の十二時だった。まだ中学三年生の彼女がこんな時間まで外で遊び歩いているのは明らかに危険だった。今回ばかりは祖母の言い分が正しい。そんなことは誰から見ても明白だ。しかし、日菜乃はそのことを悪いとも思っていなかった。「ちょっと彼氏とデートしてただけよ、いちいちくだらないことでキレないでよね」「な、何ですって!?」反抗的な日菜乃の態度に、祖母は顔を真っ赤にした。明らかに異常だった。以前の彼女はこのような人ではなかった。祖父も祖母も、突然変わった彼女に困惑を隠しきれなかった。そしてこの頃、日菜乃には初めての恋人ができていた。「お待たせ、直哉」「ああ、日菜乃」彼女よりも四つ年上の有名企業の御曹司だった。日菜乃は新しい恋人――直哉の運転する高級車に乗り込んだ。(同級生は子供すぎて嫌になるわ……彼は何でも買ってくれるし、どこへでも連れて行ってくれる。これほど良い相手はいない)中学三年生にして既に美貌が完成していた日菜乃は、学校終わりにはいつも派手なメイクをして直哉とのデートに出かけていた。その姿を見るたびに、祖父母はいつも眉をひそめた。しかし、そんなこと気にもならなかった。すれ違うたびに驚いたような顔で自分を見つめる同級生たちの目も。(ふふ、私はアンタたちとは違うんだから。高級車なんて乗ったことも無いでしょう?高価なランチやディナーにも行ったことがないなんて可哀相だわ)日菜乃はむしろ、同級生たちを見て優越感に浸っていた。あなたたちの低スペックな恋人なんて全然羨ましくない。私は有名企業の御曹司と付き合っているんだから。直哉と付き合っ
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第140話

日菜乃は自らの美貌を利用し、高校では様々な男と関係を持った。彼女がいようがいまいが気にもならなかった。そのため、トラブルになることも一度や二度ではなかった。日菜乃は男を魅了する術がかなり長けていた。あの日、頭を打ってからというもの、まるで別人格が彼女を乗っ取ってしまったかのようだった。(低スペックな彼氏を寝取られたくらいで騒いで……情けないったらありゃしない)大体あなたに女としての魅力がないのが原因なのに、何故私が責められなければならないのか。日菜乃はそのような自己中心的な思いを抱きながら、高校時代を過ごした。大学に上がっても彼女の性格は変わらなかった。平然と人の男と関係を持ち、そのまま略奪。そして他に良い男が見つかればあっさりと捨てる。彼女の大学生活はもはや勉強のためではなく、男漁りのために存在しているようなものだった。日菜乃は就活においても自身の美貌を最大限に活用した。面接官の男に媚びを売れば、彼らはあっという間に日菜乃の虜になった。特別優秀だったわけでもない彼女は大企業に内定が決まった。周囲の者たちは当然、そんな彼女を快く思っていなかったが、元々日菜乃は他人の目を気にしない人間だった。特に気に留めることもなく、大学を卒業した。授業をサボって遊んでばかりいた彼女は単位がかなりギリギリだったが、教授に気に入られることで難を逃れた。「今日で私、この家から出て行くから」「ひ、日菜乃!?急に何を言っているの!」社会人になる前、日菜乃は同居していた祖父母に言い放った。「大学までの学費を出してもらったことは感謝しているわ。でもね、私はこれ以上あなたたちと一緒にいるつもりはない」「ちょ、ちょっと待ちなさい日菜乃……」「二度とあなたたちと会うことはないでしょう」日菜乃はそれだけ言うと、荷物をまとめ、何の未練もなく家から出て行った。家を出た彼女は、すぐに都会のタワーマンションで生活を始めた。大学を卒業したばかりの彼女にそのような資金などあるはずがない。彼女は新しくできた裕福な恋人に生活の援助をしてもらっていた。その相手は一回り年上で妻と子供がいたが、日菜乃は自分の目的のためならそんなこと気にしなかった。何かあったとしても私にゾッコンな相手が庇ってくれるはず。今までだってそうだったのだから。彼女はタワマンから見える景色を眺めながら優越感に浸った。そ
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