All Chapters of 夫の拷問で死んだ私、今世は離婚します!今さら泣いて縋っても戻りません!: Chapter 111 - Chapter 120

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第111話

隼人を一人置き去りにした香織は、ある人物の元へと向かった。「叔母さん!」「香織、久しぶりねぇ。元気にしていたかしら?」数少ない彼女の親族――叔母の滝沢美奈子だ。香織は顔の広い美奈子をあえてこのパーティーに招待していた。「はい、亮太と別居してからは比較的穏やかに過ごせています」「そう、それはよかったわ」実は父親と疎遠だった香織に代わって、忠嗣に亮太のDVを報告したのも美奈子だった。その点では、香織は彼女に感謝していた。「それにしても驚いたわ、あんなところで離婚を宣言するなんて」「そうでもしなければ彼は絶対に受け入れないと思ったんです……私の名誉を取り戻すためにも、考えている暇はありませんでした」「そうね、時には強引なやり方も必要だわ」美奈子は仕方が無いと言いながら、香織の肩をポンポンと叩いた。香織は目の前にいる叔母をじっと見つめた。間違いなく父親と血が繋がっているというのに、似ているところがまるでない。見た目も違えば、性格だって正反対だ。そのせいか、美奈子は昔から忠嗣とはあまりそりが合わなかった。不仲というわけではないが、特別仲が良いわけでもない。「お父さんが叔母さんのことを気にかけていましたよ」「に、兄さんが……?」「ええ、久しぶりに顔を見たいと言っていました」美奈子は驚きながらも、照れたように視線を逸らした。「そ、そうね……たまにくらいなら会ってあげてもいいわ……」素直になれない美奈子に、香織は笑いを堪えた。これを機に、二人の仲が良くなってくれることを願おう。「香織、あなた何だか雰囲気が変わったわね」「そうでしょうか」「ええ、前よりも明るい顔をしているわ」自分はそんなに変わったんだろうか。ふと、近くにあったガラスに反射している自分の顔を見つめた。たしかに前よりも表情が明るくなっている。香織は今になってそのことに気が付いた。「――あなたはもう自由よ。これからは自分の好きなように生きなさい」「叔母さん……」その言葉に、香織の胸が熱くなった。感動したように目を細めた彼女に、美奈子が声を潜めて尋ねた。「ところで、さっき横にいた男の人は新しい彼氏?」「え、ち、違いますよ!」香織は慌てて否定した。隼人の次は礼音が恋人だなんて。大体彼女は当分恋愛はしないと前に誓ったばかりだ。「あら、でも彼、あなたに気がありそうじゃない
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第112話

パーティーから数日後、香織と亮太の離婚が成立した。亮太は約束を破ることなく、ただ黙って彼女との離婚を受け入れた。あれほど離婚を拒んでいたとは思えないほど、あっさりとした終わりだった。そして、新聞や週刊誌には二人に関する記事が多く掲載された。内容は香織の学生時代に関する悪行は全てデマだったこと、パーティーでの亮太の横暴な振舞いなどだ。そのことにより、香織のデマの記事を掲載した文京社には批判が殺到した。それと同時に羽川家の亮太、そして愛人の日菜乃にも非難は集まった。彼らの結末については自業自得であり、擁護するつもりは毛頭ない。「でも、そのことについて亮太が何も言ってこないのが気になるわね……」香織は新聞を読みながら呟いた。亮太のことだから朝一番、香織の元へ怒鳴り込んでくると思ったのに。彼は今回の一件に関しては沈黙を決め込んでいた。彼女の疑問に、同じ部屋にいた忠嗣が反応を示した。「羽川社長は今それどころではないだろう。複数の記事によりDV疑惑が確信に近付いたから、その対応に追われているはずだ」「それもそうですね」香織はパーティーで最後に見た亮太と日菜乃の姿を思い浮かべた。本当に全てが終わったんだろうか。不安げに視線を下げた香織に、忠嗣が声をかけた。「離婚も成立したし、しばらくは平穏に過ごせそうだな」「ええ、ここへ来るまで長かったです」忠嗣は香織を労うように肩に手を触れた。「それより、わざと羽川社長を煽って殴らせるだなんて……良い選択とは言えないな」「ア、アハハ……次からはできるだけ別の方法でやりますよ」香織は未だに治っていない左頬に手を触れた。亮太はかなりの力で香織をぶったようだ。怪我をして家に帰った彼女を見た有真は卒倒しそうになり、忠嗣は今にも羽川家に押しかけそうになった。香織はそんな二人を宥めるので大変だった。「ところでお父さん、お世話になった男の人に贈り物をしたいんだけどどんなものをあげたらいいかな?」「何だ、好きな相手でもできたのか?」「そ、そういうわけじゃないんだけど……」香織は視線を泳がせた。「ただ、パーティーで色々と助けてくれた人がいてね……お礼をしたいの」「そうか、福本君のことか?」「お、お父さんどうしてそれを……!?」礼音が忠嗣と知り合いであることは知っていたが、どうしてそんなことまで。「有真から聞いたん
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第113話

パーティーから一週間後、亮太は一人部屋で酒を飲んでいた。「……」真っ暗な部屋の床には、空いた酒瓶が何本も転がっている。あのパーティー以降、彼は一歩も外に出ることなくこうやって過ごしていた。秘書の芹沢が何度か部屋の扉を叩いたが、彼は頑なに出なかった。今は何も考えたくなかった。あの日以来、彼の名誉は地に落ちていた。外へ出れば前以上に蔑みの視線に晒され、会社の社員たちからも白い目で見られる始末。どこにも彼の居場所はなく、次第に家に引きこもるようになった。そして現実逃避をするかのように酒を飲んだ。夜もほとんど眠れず、目の下には大きなクマができていた。どん底とはこういうことを言うのか。香織との離婚届にあっさりサインをしたのは、全てがどうでもよくなったからだ。酒に濡れた新聞が部屋の床に落ちていた。香織にまんまと嵌められ、パーティーで彼女の頬を殴った彼は今や最低な暴力男として世間から見られていた。(俺が最低だと?)おかしな話だ。悪いのは全てあの女のほうだろう。俺と日菜乃の真実の愛に割り込んだりするから。呆れたことに彼は、どん底に落ちた今でも本気でそう思っていた。亮太が香織との離婚を受け入れなかったのは、単に九条家との繋がりを手放したくなかったというだけではない。彼は香織を苦しめたかった。精神的にも肉体的にもいたぶってやりたかったのだ。そのためには離婚という彼女の望みを叶えてやるわけにはいかなかった。何とも身勝手な理由だった。(これからどうするかなぁ……何か、全部どうでもいい……)そんなことを考えていたそのとき、鈍い音と同時に閉ざされていた部屋の扉が開いた。「――社長!」「……日菜乃?」強引に扉を開けて部屋に入ってきたのは日菜乃だった。そういえば、閉じこもってからは彼女とも会っていなかった。日菜乃は虚ろな目でソファに座る彼の元へ急いで駆け寄ると、その体を抱きしめた。「社長!無事でよかった!」「日菜乃……」彼女は彼を抱きしめたまま、はらはらと涙を流した。扉の傍には心配そうにこちらを見つめる芹沢の姿も見えた。「私……社長がこのまま死んじゃうんじゃないかって心配で……」「……」「社長がいなくなったら私……生きていけないんです……お願いだから……いつもの社長に戻ってください……」日菜乃は亮太を抱きしめる腕に力を込めた。彼は泣き喚く彼女の腕
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第114話

その後、亮太を風呂に入れた日菜乃は部屋に戻っていた。「……この服、捨てておいてくれる?匂いが移ったかもしれないわ」「はい、日菜乃様」亮太は一週間ずっと風呂に入っていなかった。そのため、体からかなりキツい匂いを放っていた。日菜乃は彼と抱き合っている間ずっとその匂いを我慢していた。「奥様と呼びなさい。私を誰だと思っているの?」「あ、も、申し訳ありません……」「次は無いわ、覚えておきなさい」日菜乃はメイドに鋭い目を向けると、ソファに座って先ほどの亮太との会話を思い浮かべていた。『結婚……?本気で言っているのか……?』亮太は意外そうに目を見開いた。『社長、私は本気です。それとも社長は、ずっと遊びで私と付き合っていたんですか?』『い、いや違う!そういうわけでは……』亮太の言いたいことは日菜乃にもわかった。離婚してすぐ不倫相手と再婚だなんて、余計に二人への批判が増すだけだ。しかし、日菜乃はそんなこと気にもならなかった。――彼女はまだ当初の目標を諦めていなかった。悩んでいる亮太に、日菜乃は囁いた。『社長、この世に略奪婚で結ばれた夫婦が一体何組いると思いますか?』『……!』『人々はいけないことだって言いますけど、よく考えてみたら犯罪でも何でもないんです……どうせなら、世間に見せつけてやりましょう、私たちの真実の愛を』『そうだな……』亮太はしばらく考え込んだあと、日菜乃の手をギュッと握った。『お前がそれを望むなら、そうしよう』『ありがとうございます、社長』亮太は立ち上がると、日菜乃の前に膝をついた。彼女の手を握ったまま、縋るように見上げた。『俺から言わせてくれ、日菜乃。お前を愛している。どうか俺と、結婚してくれないか』『ええ、もちろんです』笑顔で受け入れた日菜乃を、亮太が抱きしめた。(うっ……く……くっさぁ……)彼女は亮太の体から放たれる悪臭に何とか耐えた。できるだけ口で息をし、目を閉じて他のことは何も考えないようにした。鼻から吸ったら終わりだと思いながら、日菜乃は亮太の腕の中でじっとしていた。『お前のために最高級の指輪を用意するよ、日菜乃』『嬉しいです。ありがとうございます』日菜乃は鼻を手で押さえ、顔を綻ばせた。彼はハイブランドの婚約指輪をプレゼントすることをその場で約束した。一般庶民には到底手の届かないものだった。長
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第115話

香織主催のパーティーから一週間が経った。亮太は彼女との離婚を発表してすぐ、愛人だった日菜乃との再婚をほぼ同時に報告した。週刊誌に彼の暴行事件が取り上げられていたこともあり、世間からは驚きの声と共にバッシングが上がった。「……」九条邸の自室にて、香織はスマホで亮太の再婚に関する記事をじっと眺めていた。記事は瞬く間に話題となり、トップニュースとなった。横からスマホを覗き込んだ美由紀が驚きの声を上げた。「この状況で再婚……!?社長は一体何を考えているんだか……」「そうね……予想していたことだけど、ここまで早いなんてね……」もちろん、香織にとっても想定外のことだった。SNSを見ると、主に亮太に対する中傷と彼を見直したという意見で二分されていた。再婚を発表した際の文が何ともロマンチックなのだと。『どれだけ世間から非難されようともかまいません。私のいるべき場所は彼女の隣です。例えどんなことがあろうとも、私の気持ちは変わりません。彼女と共に、二人で生きていくことをここに誓います』亮太は日菜乃に対する深い愛を文で表し、彼女への思いが本気であることを世に知らしめたのだ。そのせいか、SNSでは彼を擁護する声も上がり始めた。不倫という間違った恋愛の仕方ではあったが、社長の愛人への愛は本物だった。身分違いの一般庶民の女が超ハイスぺ男性との真実の愛を成立させた、などなど。(ずいぶん好き勝手言ってくれるわねぇ……?)不倫を真実の愛だの何だの言われるのは不快だ。まるでこちらが悪者のようではないか。香織は亮太が考えたであろう愛に満ちた文章を見ながら呟いた。「……亮太ってこんなにロマンチストだったかしら?」「さ、さぁ……誰か別の人に書かせたのでは?」彼がそれらの言葉を言っているところを想像してみたが、吐きそうになった。香織は胸やけがしてしまって、すぐに考えるのをやめた。「こんなにも早く再婚するなんて、よっぽどDVの件を上書きしたかったようね」「ええ、社長は昔から自分の利益を何よりも優先する人ですから。今回の再婚発表も話題作り……のように思えます」「そうねぇ……」香織は美由紀の横顔をじっと凝視した。亮太の記事を見つめるその顔は、何故かとても悲しそうに見える。彼女は亮太と幼馴染であり、香織や日菜乃よりもずっと長く彼と時間を共にしている。「ねぇ、美由紀……
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第116話

美由紀は早くに父親を亡くし、母親と二人で暮らしていた。母はある大きな屋敷で家政婦として働いており、彼女はよくその職場について行っていた。幼い子供を屋敷内に置いておくことを、特別に雇い主が許可してくれたのだという。初めて羽川邸へ来たとき、美由紀は目の前に広がる大豪邸に目を輝かせた。まるで絵本に出てくるお城のようだった。ここに私の王子様はいるのかも……なんて、そんなことさえ考えてしまうほど。彼女は母親に連れられて、屋敷の中へ入った。そこで出会ったのが、まさに大恩人ともいえる二人だ。「美由紀ちゃんっていうの?とっても可愛いわね。ねぇ、あなたもそう思うでしょう?」「あぁ、ウチの亮太と年も近いし……良い友達になれそうだ。家だと思って楽に過ごせばいい」大きな手が美由紀の頭を撫でた。幼い頃から母親は美由紀を養うために働き詰めで、父親は顔さえよく覚えていない。そんな彼女を、彼らは温かく包み込んだ。先代の羽川社長夫妻――亮太の両親は美由紀の境遇に胸を痛め、彼女を実の娘のように可愛がった。美由紀にとってはもう一人の両親のような存在だった。そして、二人の紹介で出会ったのが息子である亮太だった。彼は美由紀よりも少し年下で、かなりツンケンしている少年だった。「……」「み、美由紀です……」初めて出会ったとき、彼は挨拶すら返さなかった。ただ椅子に座り、目の前にいる美由紀を上から下までじっと眺めているだけ。彼女はビクビクしながらも、彼が何か言うのを待ち続けた。「お前、どこの家の人間だ?」「え?」どこの家?幼い美由紀は、彼の言葉の意味が理解できなかった。苗字を言えということだろうか。そんな彼女の考えを読んだのか、亮太が呆れたように口を開いた。「羽川邸に出入りできるってことは、相当良い家のご令嬢なんだろ?何て会社だ?」「あ、いえ、私はお母さんがこの家で家政婦をやっていて……」「何だと?」彼は不快そうに眉をひそめた。「使用人の娘を寄越すだなんて、父さんは一体何を考えているんだか……」「し、使用人……?」亮太は彼女からぷいっと顔を背けた。それ以降、いくら美由紀が話しかけようとも返事どころか目もくれなかった。――こ、こんなヤツと誰が仲良くできるかー!亮太は付き合う人間を選ぶタイプの人間だった。一般庶民だと彼女を見下し、人とも思わない。(ありえない……あんなお
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第117話

その日、美由紀はいつものように羽川邸で一人過ごしていた。(暇だなぁ……)母親は今頃広い屋敷を懸命に掃除しているし、社長夫妻もちょうど家にはいかなかった。邸宅内にいるのは息子の亮太くらいだった。母親に大人しく待っているように言われたが、美由紀は暇で仕方が無かった。別の部屋に亮太はいるが、彼とは特別仲が良いというわけでもない。彼女は二階の窓から見える外の景色を眺めた。羽川邸があるこの市は富裕層が多く、大きな建物がたくさん並んでいた。美由紀たち母娘はこの近くに住んでいるというわけではなく、少し遠いところからやって来ていた。そのせいか、彼女は気になった。外がどのような世界なのかを。(……ちょっとくらいなら、外に出てもいいよね?)美由紀は母親のいない隙に、こっそりと屋敷の外へ出た。誰かに会わないように徹底しながら、門を通って敷地外へと出て行った。「わぁ、大きいおうちがいっぱい!」無事に屋敷から抜け出した美由紀は、初めて見る富裕層の暮らす住宅街にはしゃいだ。彼女は羽川社長夫妻に可愛がってもらっているが、決して裕福な暮らしをしているというわけではない。住んでいる家も二人でちょうどいいくらいの小さなアパートだ。そんな彼女にとって羽川邸はお城のようで、その周りに位置する一軒家も憧れの対象だった。美由紀はしばらく気の向くままに、住宅街を歩き回った。そのとき、突然背後から誰かに腕を掴まれた。「キャッ!」美由紀は小さな声を上げた。振り返ると、そこには知らない男が立っていた。「だ、誰ですか……?」「お嬢ちゃん、ちょっとついてきてくれるか?大人しくしていれば、傷付けたりしないからよ」男は美由紀にナイフを突きつけた。彼女は恐怖で声を出すこともできなかった。(ど、どうして……!)男に口元を押さえられた美由紀はブルブルと小さな体を震わせた。何故、自分がこのような目に遭わなければならないのか。彼らは一体何者なのか。幼い美由紀には、どれだけ考えてもわからなかった。美由紀を押さえつけていた犯人の男が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら仲間の男に話した。「――この子は羽川家の大事なお嬢様だ、身代金を要求すれば両親はいくらでも出すさ」「……!?」そこで彼女はようやく事情を全て察した。彼らは美由紀のことを羽川社長夫妻の娘だと思っている。つまり、美由紀は羽川家の息女と勘違
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第118話

「な、何だお前は!?」「そいつをどうする気だ」亮太は男からの質問には答えず、ただ鋭い目で彼らを睨みつけている。美由紀に向けていた目とは全く違う、蔑むような眼差しに、彼女は思わずビクリと肩を上げた。こんな顔をする人だったんだ。幼いのに猛獣のようだと美由紀は思った。しかし、男たちは動じないどころかニヤニヤ笑いながら彼を見下ろした。「お前みたいなガキに俺らがやられると思うか?」「……」いくら羽川家の御曹司とはいえ、亮太はまだ子供だった。それも美由紀よりも年下だ。成人男性である二人に、彼が敵うはずがなかった。そのことをよくわかっているのか、男たちは余裕そうに笑っていた。「りょ、亮太君……!」美由紀は押さえられていた口から何とか声を振り絞った。自分はどうなってもいいから、何とか彼だけでも逃げてほしかった。しかし、亮太は何故かその場から動こうとしなかった。表情を一切変えることなく、じっと男たちを見据えている。その姿が、美由紀にとってはとてもかっこよく見えた。「――お前らこそ、俺がここまで一人で来てると思うか?」「……何だと?」男たちが聞き返したその瞬間、亮太の背後から突如現れたボディーガードが一瞬にして男二人を制圧した。「ウッ……!」男は体格の良いボディーガードに拘束され、床に押さえつけられた。男たちは何とか逃れようと暴れるが、体格の差がありすぎてどうしようもなかった。「キャッ!」救出された美由紀は、ボディーガードの一人によって抱きかかえられた。「あ、ありがとうございます……」「いえ、私たちはお坊ちゃまの指示で動いただけですので」「お、お坊ちゃま……?」彼女は驚いて亮太を見た。美由紀と目が合うと、彼は顔を背けた。亮太が私を助けるだなんて。てっきり一般庶民である私を嫌っていたと思っていたのに。そんな美由紀の気持ちに気付いたのか、彼女を抱いていたボディーガードが笑いを堪えるように言った。「お坊ちゃまはただ素直になれないだけで、本当は社長夫妻のように温かい心をお持ちなんです」「そ、そうなんですか……」美由紀は地面に足を着くと、亮太の元へと駆け寄った。「あ、あの……」「何だ」声をかけると、彼がこちらを向いた。「助けてくれて……ありがとうございます……」「……気にしなくていい、元はといえば俺を狙っていたヤツらだったからそう
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第119話

美由紀はこの事件をきっかけに、亮太と親しくなった。二人で邸宅内を探検したり、頭の良い亮太に勉強を教えてもらったり。元々お互いに、それほど友人が多いというわけでもない。亮太はその傲慢な性格と、羽川家の御曹司という地位から学校では敬遠されているのだという。そして美由紀も、内向的な性格からいつも一人ぼっちだった。美由紀は亮太を密かに慕い、彼も打算無しで自分に接する美由紀を受け入れ始めていた。(亮太君……今日もとってもかっこいいなぁ……)美由紀は横で勉強の本を読んでいる亮太の顔をじっと見つめていた。幼いながらに顔立ちは完成されていて、誰から見ても綺麗だった。美由紀は自分が誰かに恋をするということが信じられなかった。しかも年下の、大企業の御曹司。(この気持ちを伝えたいけれど……亮太君は私のことなんてきっと何とも思ってない)屋敷のお坊ちゃまである亮太に比べ、美由紀はただの家政婦の娘。絶世の美女というわけでもなければ、何か特別秀でたことがあるわけでもない。あまりにも不釣り合いだった。きっと亮太にはこの先、彼が心から愛することとなるお嬢様が現れるはず。何より、幼い頃から可愛がってくれた社長夫妻に、恩を仇で返すようなことをしたくはなかった。美由紀は亮太を好きな気持ちを封印しながらも、彼の傍にい続けた。そんな中、亮太は高校を卒業して大学へと進学した。この頃には既に美由紀は母親のように羽川家で家政婦として働いていた。美由紀にとっては彼の傍で仕事ができるということが嬉しくてたまらなかった。亮太は彼女を愛してはいなかったが、信頼はしていた。学校から帰ってきては、その日のことをよく美由紀に話していた。「ただいま……」ある日、亮太は憔悴したような顔でソファにドサッと座り込んだ。部屋の掃除をしていた美由紀は不思議そうに尋ねた。「お坊ちゃま、疲れているようですね。大学で何かあったんですか?」「あぁ……執拗につきまとってくる女がいてな……迷惑してるんだ」「そうですか……」亮太は高い地位に加え、類稀な美貌まで持ち合わせている。そんな彼は当然学内でもすぐに話題となり、ファンクラブまで作られるアイドルのような存在だった。「お坊ちゃま……大変ですね……」「あぁ……どこへ行ってもついてくるから困ってるんだ」美由紀は疲れ切った彼を助けてあげたいと思ったが、彼女にできるこ
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第120話

亮太の婚約を知った美由紀は、当然のことながらショックを隠しきれなかった。もちろん、彼の妻になりたいなんて思ったことは一度もない。釣り合わないことを誰よりも理解していたし、それ以前に亮太は自分を愛していなかったのだから。彼の隣に並ぶと、地味な自分はとてもみずぼらしく思えた。そんな自分が、彼の婚約者になりたいだなんて、おこがましいにもほどがある。彼が婚約した日から、彼女は彼のことを完全に諦めた。もちろん亮太を慕う気持ちに変わりは無いが、ちょっとでも自分を見てほしいというその気持ちは綺麗さっぱり捨てた。元々叶うはずのない恋だった。こうなるのが正しいのだと、彼女は何度も自分に言い聞かせた。しかし、胸に残る悲しみや切なさはいつまで経っても拭えなかった。(できることなら……私があなたの横に立ちたかった……)その日の夜、美由紀は一人部屋で夜空に輝く星を見ながら涙を流した。十年にも及ぶ恋の終わりは、あまりにも呆気なかった。翌日には目が真っ赤に腫れてしまっていたが、彼への気持ちの区切りもついた。何より大恩ある社長夫妻が妻にと選んだ女性だ。彼らの意思でそのようになったのだから、私も祝福しなければならない。そのような気持ちで仕事に復帰した。しかし、婚約が決まってからというもの、亮太の様子が変だった。「お坊ちゃま、浮かない顔をしていますね」「当然だろう……何故俺があの九条香織と結婚しないといけないんだ。あんな女を婚約者に選ぶだなんて、父さんも母さんも頭がおかしくなったのか?」「……」亮太の婚約者となったのは、誰もが知る有名企業九条グループの一人娘・九条香織だった。美由紀も当然、その存在をよく知っていた。羽川家と九条家。地位も十分釣り合っている。だからこそ、美由紀は彼が彼女との婚約を嫌がる意味がわからなかった。「お坊ちゃまに相応しい方ではありませんか?」「冗談じゃない……あの女は一年生の頃からずっと俺に付きまとっていたヤツだぞ……誰があんなのと結婚したいんだ」「お坊ちゃま……」二人の婚約は、九条家からの打診だった。それも、香織が強く望んだことなのだという。亮太は最初から彼女のことを嫌っていた。(権力を使って強引に妻になるだなんて……なんて女なの……)社長夫妻が決めたことだから異を唱えるようなことはしないが、あまりにも亮太が不憫だと美由紀は思った。
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