Semua Bab 夫の拷問で死んだ私、今世は離婚します!今さら泣いて縋っても戻りません!: Bab 151 - Bab 160

217 Bab

第151話

「ねぇ、その女について知っていることは他に何かないの?」「特に何も……顔と名前くらいだ」男は香織を見上げてぶっきらぼうに答えた。柚果の手下である彼なら何か情報を得られると思ったが、どうやら彼には何も伝えられていなかったようだ。(首謀者は顔すら現わさないし……一体何者なのかしら)香織はじっくりと考え込んだ。一体誰がこんな犯罪紛いのことをしたのか。きっと香織を強く憎んでいるものの仕業だろう。彼女がこのような目に遭うことで得をするような……。「ねぇ……首謀者の顔は知らないって言ってたけど、声くらいは聞いたんじゃないの?」香織の問いに、男が顔を上げた。「え?あぁ……そうだな。若い女の声だったよ。二十代前半から半ばくらいの」「……」香織の脳裏に、一人の女の顔がチラついた。山川日菜乃。やっぱりあの女の仕業だと考えるのが自然だった。だが、手掛かりは何もない。彼女と決めつけるのはまだ時期尚早だった。(だとしたら、亮太はこの件を知っているのかしら……知っていたとしても日菜乃のやったことなら全てもみ消すでしょうね)改めて、自分はとんでもない人を敵に回してしまったのだなと実感した。「なぁ、そろそろこの縄を解いてくれねえか?窮屈でたまらねえんだ」「……」香織は冷たい目で男を見下ろした。首謀者が別にいるとはいえ、彼も香織拉致監禁の片棒を担いだことに変わりはなかった。「あなた、失敗したことが知られたらただでは済まないでしょうね」「……な、何だと?」男の顔色が一瞬にして変わった。「このような事態になった以上、あの女はあなたを生かしておくつもりはないわ。私が縄を解いたところで、どちらにせよ終わりよ」「な……そんな……」日菜乃は危険な女だった。もし彼女が今回の一件を計画していたとしたら、きっと彼は生きては帰れないだろう。いや、このような計画に協力させたところで生かしておくつもりはなかったのかも。自ら毒を飲み、香織にその罪を着せるような女なのだから、そのようなことを企てていても変ではない。「あなたはどちらにせよ終わりなのよ」「……」男は真っ青な顔で絶句している。仲間に引き入れるなら今だ。そう思った香織は咄嗟に口を開いた。「少なくとも、私なら……解放されたあとあなたが刑務所へ行くことにならないようにしてあげることくらいなら可能よ」「ほ、本当か!
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152話

その頃、柚果はある人物に一連の出来事を報告しに行っていた。「――失礼します、日菜乃さん」軽く扉にノックをし、部屋に入る。彼女が訪れていたのは日菜乃と亮太の住む羽川家の本邸だ。この邸宅が日菜乃のものとなってからまだ日が浅い。中に入ると、日菜乃がまるで女帝のように足を組んで座っていた。あながち間違いではない。柚果にとって日菜乃は救いの女神であり、全ての女性の頂点に君臨する女王様だったのだから。そんな彼女だから、ついて行くことを選んだのだ。「あの女を捕まえたと聞いたわ」「はい、日菜乃さん。日菜乃さんが用意した郊外の小屋に閉じ込めています」「そう、ご苦労様」日菜乃は満足そうに笑みを浮かべた。その顔を見た柚果はほっとしたのか、安堵の息を吐いた。最近の日菜乃は毎日のように機嫌が悪そうだった。原因は主に亮太だったが、柚果はそのことを知らなかった。香織の存在が彼女をそうさせているに違いないと思い込み、今回の件を実行したのだ。この拉致監禁を企み、提案したのはまさに柚果だった。(思えば、この方との付き合いももう十年近くになるのね……)柚果は目の前に座る日菜乃の顔をじっと見つめた。この世の全ての男を跪かせる日菜乃は、いつだって彼女の憧れの存在だった。だから、こんなとんでもないことだって彼女のためなら平然とやってのけた。「日菜乃さん、香織はいかがいたしましょう?」「そうね……二度と調子に乗れないよう、痛い目に遭わせてやりなさい」「かしこまりました」日菜乃は冷たく言い放った。表情は最初とまるで変わっていない。「すべての罪はあの男に着せたらいいわ。元より、そのためにアイツを雇ったんだから」「はい、日菜乃さん」柚果は頷き、部屋を出て行った。元々監視役の男はすべての罪を被せるために柚果が雇った犠牲者だった。自分たちの目的のためなら、知らない誰かの犠牲など気にも留めない。羽川邸の廊下を歩きながら、柚果は笑みを零した。(本当、あのお方には困るわ……)日菜乃はもはや、良心など持ち合わせていなかった。そんな彼女についている柚果も似たようなものである。――彼女たちにはもう、人の心など残ってはいない。***香織は男の縄を解き、何とか脱出しようと試みていた。「ところで、ここはどこなのかしら?」「さぁ、俺もあの女に車で送られただけだから詳しい場所まではわから
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第153話

「出るつもり?」「出ないとどうなるかわかんねえだろ」「それもそうね……」香織は男の肩を掴み、言い聞かせた。「いい?私と協力関係になったことは絶対言わないで。未だに私が大人しく捕らえられているという体で話を進めるのよ。そうしないとあなたの命も危ないわ」「わかってるよ、協力するって言ったのにそんなこと言うわけないだろ。俺は望んでこんなことしてるわけじゃねえし」男は頷くと、応答ボタンをタップしてスマホを耳に当てた。緊張しているのか、額からは汗がにじみ出ている。「――もしもし」「もしもし、香織は大人しくしている?」電話の向こうから、透き通った女の声が聞こえてきた。間違いない、柚果のものだった。今となっては、柚果という名前が本名かどうかすらわからないが。スマホを持つ男の手が小刻みに震えている。チラッと一度香織に視線を向け、僅かに震える声で答えた。「……ああ、手足を縛られたまま部屋で寝ているよ。今のところ抵抗する様子はないな」「そう、ご苦労様」柚果は何の疑いもなく、そう返事をした。電話越しだと彼の異変は伝わっていなかったようだ。「……女をどうするつもりだ?」「そうね、しばらくはそこに閉じ込めておきなさい」「……」香織は息を潜めてじっと二人の会話を聞いていた。聡明な柚果のことだ、物音を立ててしまえばバレる可能性が大いにあり得る。(柚果は何が目的でこんなことをしているのかしら……)香織の考えに気付いたのか、男が間を空けてから尋ねた。「……なぁ、一体何が目的なんだ?」香織はナイス!と心の中で叫んだ。しかし――「そんなことをあなたが知る必要はないわ。あなたはただ私たちの指示通りに動いていればいいだけよ」「そ、そうか……」男のことを完全には信用していないのか、柚果は何も言わなかった。その代わり、あることをポロッと漏らした。「――もうすぐ男たちがそっちに向かうはずよ」「男たち……?」彼は柚果の言葉の意味がわからず、思わず聞き返した。「いいえ、何でもないわ。でも絶対に香織を逃がしてはいけないわ」「な、何を言っている……?」「じゃあ、あとはよろしくね」それだけ言うと、柚果は一方的に電話を切った。彼は最後に何か情報を得ようと話しかけるが、プープーという電話の切れた音だけが流れた。スマホを耳から離した男が困ったように呟いた。「……
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第154話

男は真っ青な顔の香織を支えるように、両手で肩を掴んだ。「何かわかったのか!?一体何が……」「……さっき、柚果が男たちを向かわせてるって言ってたわよね」「ああ、それがどうかしたか?」香織は額を手で押さえた。顔色はさっきよりもずっと悪くなっている。男は彼女の肩を軽く揺さぶった。「――きっと男たちに私を襲わせるつもりよ」「な、何だと……!?」そう、前世でも見覚えのある光景だった。あのときのことを、香織は今でも忘れてなどいない。そのときになってようやく、香織はこの事件の首謀者を確信した。彼女の脳裏に、こちらを見て嘲笑う一人の女の姿が浮かび上がった。「日菜乃……!」「だ、誰だそれは……!?」――日菜乃は前世、香織を男たちに襲わせたことがあったのだ。忘れもしない、日菜乃が自ら毒を飲んで投獄されたあの日のこと。香織は羽川邸にある地下室で、亮太が送り込んだ者たちによる拷問を受けていた。容赦なく続く拷問に、香織は既に身も心もボロボロだった。『た、助けて……』誰も来ないことなどわかっていた。それを知ってか、鞭を持つ男は香織を嘲るように笑みを浮かべた。亮太も性格が悪いが、この男も大概だ。(あぁ……どうして私がこんな目に……)こんなことになるのなら、最初から亮太と結婚などしなければよかった。後悔したところで遅すぎた。香織に唯一安息が訪れるのは、夜人々が寝静まった数時間だけだった。朝になればまた、拷問は始まる。薄暗い地下室で、香織は床に倒れながら息を整えた。(やっと休める……)部屋が彼女の血で赤く染まっている。痛くてたまらなかったが、夜が来たということはしばらくあの男はここへやってこない。そんな夜中、香織の元に見知らぬ男がやって来た。「だ、誰……!?」「おっと、声を上げるな」男は痛みで動けずにいる香織の元へ近付くと、口元を大きな手で押さえた。そして、香織を仰向けにすると、服に手をかけた。「ッ……!」「動くな」香織は必死でもがくが、男の力に敵うはずがない。男は暴れる彼女にしびれを切らしたのか、頬を強く殴った。「ッ……」男は大人しくなった香織の両手を押さえつけると、彼女の服を手で引き裂いた。彼女は抵抗することもできず、男の手によって純潔を散らされた。全てが終わる頃には、香織の目から一筋の涙が頬を伝った。「なかなか楽しかったぜ」男は
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第155話

香織は生きた心地がしなかった。またあのようになるのではないかと、恐怖で体が震えてしまう。日菜乃は目的のためならどんなことだってやってのける女だ。香織一人、男に襲わせることくらい何の迷いもないだろう。「……早くここから出ないと」香織は何とか自身を奮い立たせた。彼女の言葉に、男は頷いた。「そうだな、俺もお前との関係がバレたらどうなるかわからない」「……ええ、お互いのためにも早く脱出口を探すべきよ」二人は再度、出られる場所がないかを探し始めた。香織は部屋に取り付けられた窓を指さした。「窓を割って外に出る……っていうのもアリだと思わない?」香織一人なら難しいが、男である彼なら窓ガラスを割ることもできるかもしれない。我ながら良い案だと思ったが、しかし――「それは不可能だな。さっきやったが割れそうになかった。おそらく、強化ガラスが使われているんだろう」「強化ガラスだなんて……」香織は試しに窓を棒で殴ってみるが、彼の言う通りビクともしなかった。強化ガラスが使われているというのは本当のようだ。「どうやら俺たちをここから出すつもりはないようだな。玄関のドアに体当たりしてみたが、あちらも全く破れそうになかったしな」「そうねぇ……困ったわ……」日菜乃は用意周到な女だった。香織を貶めるためにここまでするとは、正直驚きだ。「ならやっぱり、あの手を使うしかなさそうね……」「あの手?」香織の言葉に、男は首をかしげた。「――今すぐ、家の中から武器として使えそうなものを探して。それを部屋の中央に集めるのよ」「あ、あぁ……」彼は不思議に思いながらも、香織の指示に従った。***その頃、柚果が雇った破落戸たちは着々と香織たちのいる家へと集っていた。三十前後くらいの、ガラの悪い男たちだった。「何故俺たちがこんなところに?」「この家にいる女を好きにしていいらしいぞ」「ほ、本当か!?」その中でも特に若い男の一人が嬉々として声を上げた。「あぁ、中にいるのは相当な美人だそうだ。それに聞くところによると……どっかの大企業の社長令嬢なんだとか」「生まれながらのお嬢様ってことか……いいねぇ、俺らと真逆の存在を好き勝手できるだなんて……」男たちは醜い欲求を心の中で膨らませた。荒んだ家庭環境を持つ彼らにとって、香織のような生まれたときからの勝ち組は鼻につく。泣くほ
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第156話

香織は長い棒を手に、男たちと対峙した。床には一人の男が転がっているが、あと四人は意識のある男がいる。彼女はか弱い女性だ。この状況は絶体絶命だろう。しかし、そんな状況に陥ってもなお香織が動じることはなかった。「てめぇ、よくもやりやがったな!」「なかなか反抗的な女なんだな……悪くねぇ」「聞いていた通りのすごい美人……」香織の姿を見た男たちの反応は三者三様だった。しかし、その全員に共通していたのはいやらしい視線を向けていたということだ。香織は身震いがした。前世での仕打ちを思い出し、自分を奮い立たせた。今世は絶対に汚されるわけにはいかない。「アンタたち、こんなことをしてただで済むと思っているの?」香織の鋭い問いに、男たちは面白がって笑った。「まぁ、バレたら間違いなく刑務所送りだろうな。だがな、俺たちにとっては今さらそんなもん怖くも何ともない」「……」その一言で、香織は彼らが刑務所の常連であることを悟った。まぁ、そうでもなければこのような計画に加担しないだろう。(冗談ではないようね……)この男たちは香織を本気で襲うつもりなのだろう。彼らの目が、そう物語っていた。「好き勝手させてたまるか!」香織は男たちから背を向けて走り出した。「待て!どこへ行く!」男たちが香織を追いかける。元々この部屋はそれほど広くなく、香織はすぐに追い詰められた。「もう逃げられないぞ……」「……」部屋の奥で彼女は立ち止まり、観念したのか男たちの方を振り返った。しかし、その顔は追い詰められたものの顔ではなかった。「何……?」彼らの予想とは打って変わって、香織は余裕の笑みを浮かべていた。次の瞬間、男の一人が背後から突然殴られた。「グッ……」男はそのままうめき声を上げて床に転がった。「お前、大丈夫か!」背後に立っていたのは、香織が味方に付けた彼だった。香織はそんな彼にニッコリと笑いかけた。反撃の始まりである。最初は多勢に無勢だったが、今は二対三とだいぶハンデが無くなってきていた。香織は彼の方に気を取られていた男を思いきり殴った。一人倒し、二対二にまで持ち込んだ。男たちの襲撃を予測し、多くの武器を揃えていた香織たちとは違い、彼らは何の準備もしていない丸腰だった。数の有利も無い中で、敵うはずがなかった。男たちが全員倒れるまで、そう時間はかからなかった。家の
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第157話

突然の礼音の登場に、香織は驚いた。どうして彼がここに。それに一体どうやってこの場所を突き止めたのか。「だ、誰だアイツ……!?敵か?味方か?」「彼は味方よ!心強い救世主が来てくれたのよ!」礼音が来たことで、香織はこちら側の勝ちを確信した。(何てタイミングが良いのかしら……!まるで物語の中のヒーローみたい!)礼音は男の首を絞めた後、床に体を叩きつけた。男はうめき声を上げ、今度こそ完全に意識を失った。礼音の行動は正当防衛にしては度が過ぎていたが、男のやろうとしたことを考えれば同情なんてできない。彼女は容赦ない彼の行動に驚きつつも、礼を言うために立ち上がった。「礼音……助けてくれてありがとうご……キャッ!」彼は駆け寄った彼女を、力強く抱きしめた。彼の胸に抱かれ、香織の顔は真っ赤に染まる。「無事でよかった……」礼音は普段の姿からは想像もつかないほど弱々しい声で、そう呟いた。香織を抱きしめる大きくて逞しい体は小刻みに震えていて、彼がどれだけ自分を心配していたかが伝わってきた。「礼音……」香織はそっと、彼の背中に手を置いた。二人はしばらく、再会を喜んで恋人同士のように抱き合った。「あのー……お楽しみに水差すようで悪いんですけど、警察の方が……」「……!」協力者の男の声で玄関の方に顔を向けると、複数人の警察官が立っていた。どうやら礼音が事前に警察に連絡を入れていたようだ。「……」警察官は困惑したような表情で香織と礼音の二人を眺めていた。恥ずかしくなった彼女は、礼音の胸を押し返して彼から離れた。「す、すみません!」礼音は名残惜しそうな顔をしていたが、人目がある以上ずっとそうしているわけにはいかない。そんな彼女の気持ちに気付いたのか、彼がそっと香織に耳打ちした。「続きは二人きりのときに……な」「……!」からかう彼を、香織は横目で睨んだ。「今、救急車を下で待機させています。念のため病院で診てもらいましょう」「あ、はい……ありがとうございます……」香織と男は警察官に誘導され、下へ降りて行った。「……アパートの一室だったのね」外へ出た際に自身が監禁されていた建物を振り返った香織は、ポツリと呟いた。九条邸からはだいぶ離れている場所だったが、礼音はどうやってここを探し当てたのだろうか。「さぁ、行きましょう」「は、はい……」香織は警察官
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第158話

彼は長い間、一人の女性を探していた。子供の頃、たまたま出会った一人の美しい少女。どこの誰かもわからない、無垢な少女に彼は幼いながらに恋をした。辛い環境に置かれていた彼を、暗闇の中から救い出した彼女。彼にとっては光のような存在で、初恋だった。そんな彼女のことは、今も彼の記憶に深く刻まれている。礼音が実業家として成功を収めた背景には、その少女の存在があった。権力を手に入れることで彼女を見つけられるかもしれないと思ったからだ。その甲斐あって、彼はとうとう初恋の少女を見つけることに成功した。初めて彼女を見たときはずいぶんと衝撃を受けた。あの日の面影が強く残る、美しい見た目。気品溢れるその姿に、抑え込んでいた彼の想いが胸にこみ上げた。――彼は彼女に、二度目の恋をした。しかし、彼が見つけたときには彼女は既に結婚していた。しかも相手は羽川財閥のトップである羽川亮太だった。いくら実業家として権力を手に入れたとはいえ、彼が敵うような相手ではなかった。(夫がいたのか……)香織は亮太を深く愛していたようだし、彼は彼女を諦めるほかなかった。辛かったが、仕方が無い。しかし、たとえ自分のものにならなくとも彼女が幸せでいてくれるのならそれでよかった。同じ空の下で笑っていてくれるだけで、彼の心は穏やかになった。そう思っていたのに――「な、何故だ!一体誰がこのようなことを!」亮太は豪雨の中、外に放置されていた香織の遺体を抱きかかえて泣き叫んだ。彼の胸に抱かれている香織は、既に息をしていなかった。体中傷だらけで、性的暴行の跡までくっきりと残っていた。それが意味することはただ一つ。―――彼女は激しい暴力を受けた末に、殺害されてしまったということだ。礼音は人目も憚らずに泣き続けた。彼女が一体何の罪を犯したというのか。ここまでの仕打ちを受けなければならないほどのことをしたのか。いいや、そんなはずがない。彼女はとても優しい人で、家族から虐げられていた自分を元気付けてくれた太陽のような女性だった。「香織……」彼はその名を叫びながら、彼女の肩口に顔をうずめた。返事をすることなどないとわかっていながらも、名前を呼び続けた。***その後のことはよく覚えていない。警察と救急がやって来て、彼女の遺体を回収していった。救急が着く頃には彼女は既に亡くなっていて、手の打ちようがなかった
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第159話

礼音が会いに行ったのは香織の父親である九条グループ社長・九条忠嗣だった。礼音は彼とは前からの知り合いで、何度か彼の経営する会社の本社で会ったこともあるほどだった。彼の娘が初恋の人であることを知ったのは、だいぶ後だったが。しかし、今日彼は仕事に関する話をするために忠嗣の元を訪れたわけではない。忠嗣は彼を邸宅の応接間へ通した。九条家の広い邸が、重苦しい空気に包まれているのはきっと気のせいではないはずだ。礼音は正面に座る忠嗣をじっと見つめた。こんなにも、痩せていただろうか。彼の記憶では、忠嗣は年の割には若々しい人だった。だが今は白髪が増え、頬もこけて目の下には大きなクマができていた。それに加え、死人のような虚ろな目をしている。焦点の合わない瞳で、こちらを見つめている。以前のような威厳は見る影もなくなっていた。(……香織があんな風に亡くなったからだろうな)忠嗣は厳格な人ではあったが、きちんと娘である香織のことを愛していた。ただ不器用で、愛情表現が苦手だっただけだ。「社長、よく眠れていないようですね」「……呑気に寝られるほうがおかしいだろう」寝られていないのは礼音も同じだった。彼女の遺体を見てからというもの、毎日のように夢にあのときの光景が出てくるのだ。まだ不運な事故であればここまではならなかった。しかし、あんなにも無惨な姿で発見されるとは。忠嗣もきっと、香織の遺体を見たはずだ。そのときの彼の心境は計り知れない。「あの日から、私たちの生活は一変してしまった」その言葉を皮切りに、忠嗣は香織が亡くなった日のことをポツリポツリと語り始めた。あの日、忠嗣はいつものように社長室にいた。昼休みの前のことだった。彼の秘書が大慌てで扉を開けた。「――社長!大変です!!!」「……何だ、どうした?」いつも冷静な彼が、ここまで慌てている姿を見るのは久々だった。何か会社に関する重大な問題でも起きたのか。面倒だ、と忠嗣は息を吐いた。しかし、秘書の口から飛び出したのは予想外の言葉だった。「――香織お嬢様が、遺体となって発見されました!」「………………何だと?」忠嗣は思わず手を止めた。亡くなった?香織が?全く理解ができなかった。「……冗談を言うのはよせ。あの子が死ぬだなんて……」「冗談ではありません社長、香織お嬢様は羽川邸の近くにある路地裏で遺体となって
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第160話

香織の死は警察によって不運な事故として片付けられた。一体どこをどう見ればそういう結論が出るのか。礼音は不思議で仕方が無かった。もちろん忠嗣や有真を始めとした九条家の者たちも同じことを考えていた。まるで何らかの巨大な圧力がかかっているかのように、警察は全く捜査を進めようとしなかった。(わかっている……誰がこんなことをやったのか……)礼音は確信していた。この死は絶対に不運な事故なんかではない。「アイツだ……アイツが香織をこんな目に遭わせたに違いない……!」――羽川亮太。礼音の脳裏に、一人の男の姿が浮かび上がった。そしていつもその隣に当然のように寄り添っていた、本妻気取りの女まで。礼音は正面に座る忠嗣に、淡々と告げた。「香織をあんな風にしたのは間違いなく、羽川亮太です。あの男以外にはいません」「……そうだな」忠嗣は虚ろな目で言葉を返した。彼も亮太がやったのだということに気付いていたはずだ。しかし、香織が死んだことによるショックが大きくてそれどころではなかったのだろう。「警察上層部に圧力をかけるのも、羽川家のトップなら可能なことですから」「……」羽川一族は日本有数の資産家で、多くの政治家や警察の上層部と繋がりを持っている家でもあった。その現当主である亮太ならば、警察を思い通りに動かせるのも納得だ。しばらく黙り込んでいた忠嗣が、生気のない顔でボソッと呟いた。「…………後悔しているよ」「何をでしょうか?」礼音の問いに、彼は伏せていた視線をゆっくりと上げた。「――香織を、あの男の元へ嫁がせたことをだ。いや、その前から私は間違っていた」「社長……」礼音はかける言葉が見つからなかった。「香織が亡くなってから、あの日の自分を責めなかったことはない。もし、私が羽川家など嫁がせていなければ……」亮太との結婚は香織本人が強く望んだことだったが、そのために手を尽くしたのは忠嗣だった。彼は娘の望みを叶えてやりたいという親心から、亮太との婚約を取り付けたのだ。あの事件以降、彼は毎日のように自分を責め続けた。再婚相手である有真も、香織の死を悲しみ、部屋にこもって泣き続けた。忠嗣は仕事に集中できず、隙あらば香織の元へ行きたいと考えるようになった。有真も家事をこなすことができなくなり、九条邸は機能していなかった。(いつも冷静だったこの人がこんな顔をする
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