FAZER LOGIN香織は生きた心地がしなかった。またあのようになるのではないかと、恐怖で体が震えてしまう。日菜乃は目的のためならどんなことだってやってのける女だ。香織一人、男に襲わせることくらい何の迷いもないだろう。「……早くここから出ないと」香織は何とか自身を奮い立たせた。彼女の言葉に、男は頷いた。「そうだな、俺もお前との関係がバレたらどうなるかわからない」「……ええ、お互いのためにも早く脱出口を探すべきよ」二人は再度、出られる場所がないかを探し始めた。香織は部屋に取り付けられた窓を指さした。「窓を割って外に出る……っていうのもアリだと思わない?」香織一人なら難しいが、男である彼なら窓ガラスを割ることもできるかもしれない。我ながら良い案だと思ったが、しかし――「それは不可能だな。さっきやったが割れそうになかった。おそらく、強化ガラスが使われているんだろう」「強化ガラスだなんて……」香織は試しに窓を棒で殴ってみるが、彼の言う通りビクともしなかった。強化ガラスが使われているというのは本当のようだ。「どうやら俺たちをここから出すつもりはないようだな。玄関のドアに体当たりしてみたが、あちらも全く破れそうになかったしな」「そうねぇ……困ったわ……」日菜乃は用意周到な女だった。香織を貶めるためにここまでするとは、正直驚きだ。「ならやっぱり、あの手を使うしかなさそうね……」「あの手?」香織の言葉に、男は首をかしげた。「――今すぐ、家の中から武器として使えそうなものを探して。それを部屋の中央に集めるのよ」「あ、あぁ……」彼は不思議に思いながらも、香織の指示に従った。***その頃、柚果が雇った破落戸たちは着々と香織たちのいる家へと集っていた。三十前後くらいの、ガラの悪い男たちだった。「何故俺たちがこんなところに?」「この家にいる女を好きにしていいらしいぞ」「ほ、本当か!?」その中でも特に若い男の一人が嬉々として声を上げた。「あぁ、中にいるのは相当な美人だそうだ。それに聞くところによると……どっかの大企業の社長令嬢なんだとか」「生まれながらのお嬢様ってことか……いいねぇ、俺らと真逆の存在を好き勝手できるだなんて……」男たちは醜い欲求を心の中で膨らませた。荒んだ家庭環境を持つ彼らにとって、香織のような生まれたときからの勝ち組は鼻につく。泣くほ
男は真っ青な顔の香織を支えるように、両手で肩を掴んだ。「何かわかったのか!?一体何が……」「……さっき、柚果が男たちを向かわせてるって言ってたわよね」「ああ、それがどうかしたか?」香織は額を手で押さえた。顔色はさっきよりもずっと悪くなっている。男は彼女の肩を軽く揺さぶった。「――きっと男たちに私を襲わせるつもりよ」「な、何だと……!?」そう、前世でも見覚えのある光景だった。あのときのことを、香織は今でも忘れてなどいない。そのときになってようやく、香織はこの事件の首謀者を確信した。彼女の脳裏に、こちらを見て嘲笑う一人の女の姿が浮かび上がった。「日菜乃……!」「だ、誰だそれは……!?」――日菜乃は前世、香織を男たちに襲わせたことがあったのだ。忘れもしない、日菜乃が自ら毒を飲んで投獄されたあの日のこと。香織は羽川邸にある地下室で、亮太が送り込んだ者たちによる拷問を受けていた。容赦なく続く拷問に、香織は既に身も心もボロボロだった。『た、助けて……』誰も来ないことなどわかっていた。それを知ってか、鞭を持つ男は香織を嘲るように笑みを浮かべた。亮太も性格が悪いが、この男も大概だ。(あぁ……どうして私がこんな目に……)こんなことになるのなら、最初から亮太と結婚などしなければよかった。後悔したところで遅すぎた。香織に唯一安息が訪れるのは、夜人々が寝静まった数時間だけだった。朝になればまた、拷問は始まる。薄暗い地下室で、香織は床に倒れながら息を整えた。(やっと休める……)部屋が彼女の血で赤く染まっている。痛くてたまらなかったが、夜が来たということはしばらくあの男はここへやってこない。そんな夜中、香織の元に見知らぬ男がやって来た。「だ、誰……!?」「おっと、声を上げるな」男は痛みで動けずにいる香織の元へ近付くと、口元を大きな手で押さえた。そして、香織を仰向けにすると、服に手をかけた。「ッ……!」「動くな」香織は必死でもがくが、男の力に敵うはずがない。男は暴れる彼女にしびれを切らしたのか、頬を強く殴った。「ッ……」男は大人しくなった香織の両手を押さえつけると、彼女の服を手で引き裂いた。彼女は抵抗することもできず、男の手によって純潔を散らされた。全てが終わる頃には、香織の目から一筋の涙が頬を伝った。「なかなか楽しかったぜ」男は
「出るつもり?」「出ないとどうなるかわかんねえだろ」「それもそうね……」香織は男の肩を掴み、言い聞かせた。「いい?私と協力関係になったことは絶対言わないで。未だに私が大人しく捕らえられているという体で話を進めるのよ。そうしないとあなたの命も危ないわ」「わかってるよ、協力するって言ったのにそんなこと言うわけないだろ。俺は望んでこんなことしてるわけじゃねえし」男は頷くと、応答ボタンをタップしてスマホを耳に当てた。緊張しているのか、額からは汗がにじみ出ている。「――もしもし」「もしもし、香織は大人しくしている?」電話の向こうから、透き通った女の声が聞こえてきた。間違いない、柚果のものだった。今となっては、柚果という名前が本名かどうかすらわからないが。スマホを持つ男の手が小刻みに震えている。チラッと一度香織に視線を向け、僅かに震える声で答えた。「……ああ、手足を縛られたまま部屋で寝ているよ。今のところ抵抗する様子はないな」「そう、ご苦労様」柚果は何の疑いもなく、そう返事をした。電話越しだと彼の異変は伝わっていなかったようだ。「……女をどうするつもりだ?」「そうね、しばらくはそこに閉じ込めておきなさい」「……」香織は息を潜めてじっと二人の会話を聞いていた。聡明な柚果のことだ、物音を立ててしまえばバレる可能性が大いにあり得る。(柚果は何が目的でこんなことをしているのかしら……)香織の考えに気付いたのか、男が間を空けてから尋ねた。「……なぁ、一体何が目的なんだ?」香織はナイス!と心の中で叫んだ。しかし――「そんなことをあなたが知る必要はないわ。あなたはただ私たちの指示通りに動いていればいいだけよ」「そ、そうか……」男のことを完全には信用していないのか、柚果は何も言わなかった。その代わり、あることをポロッと漏らした。「――もうすぐ男たちがそっちに向かうはずよ」「男たち……?」彼は柚果の言葉の意味がわからず、思わず聞き返した。「いいえ、何でもないわ。でも絶対に香織を逃がしてはいけないわ」「な、何を言っている……?」「じゃあ、あとはよろしくね」それだけ言うと、柚果は一方的に電話を切った。彼は最後に何か情報を得ようと話しかけるが、プープーという電話の切れた音だけが流れた。スマホを耳から離した男が困ったように呟いた。「……
その頃、柚果はある人物に一連の出来事を報告しに行っていた。「――失礼します、日菜乃さん」軽く扉にノックをし、部屋に入る。彼女が訪れていたのは日菜乃と亮太の住む羽川家の本邸だ。この邸宅が日菜乃のものとなってからまだ日が浅い。中に入ると、日菜乃がまるで女帝のように足を組んで座っていた。あながち間違いではない。柚果にとって日菜乃は救いの女神であり、全ての女性の頂点に君臨する女王様だったのだから。そんな彼女だから、ついて行くことを選んだのだ。「あの女を捕まえたと聞いたわ」「はい、日菜乃さん。日菜乃さんが用意した郊外の小屋に閉じ込めています」「そう、ご苦労様」日菜乃は満足そうに笑みを浮かべた。その顔を見た柚果はほっとしたのか、安堵の息を吐いた。最近の日菜乃は毎日のように機嫌が悪そうだった。原因は主に亮太だったが、柚果はそのことを知らなかった。香織の存在が彼女をそうさせているに違いないと思い込み、今回の件を実行したのだ。この拉致監禁を企み、提案したのはまさに柚果だった。(思えば、この方との付き合いももう十年近くになるのね……)柚果は目の前に座る日菜乃の顔をじっと見つめた。この世の全ての男を跪かせる日菜乃は、いつだって彼女の憧れの存在だった。だから、こんなとんでもないことだって彼女のためなら平然とやってのけた。「日菜乃さん、香織はいかがいたしましょう?」「そうね……二度と調子に乗れないよう、痛い目に遭わせてやりなさい」「かしこまりました」日菜乃は冷たく言い放った。表情は最初とまるで変わっていない。「すべての罪はあの男に着せたらいいわ。元より、そのためにアイツを雇ったんだから」「はい、日菜乃さん」柚果は頷き、部屋を出て行った。元々監視役の男はすべての罪を被せるために柚果が雇った犠牲者だった。自分たちの目的のためなら、知らない誰かの犠牲など気にも留めない。羽川邸の廊下を歩きながら、柚果は笑みを零した。(本当、あのお方には困るわ……)日菜乃はもはや、良心など持ち合わせていなかった。そんな彼女についている柚果も似たようなものである。――彼女たちにはもう、人の心など残ってはいない。***香織は男の縄を解き、何とか脱出しようと試みていた。「ところで、ここはどこなのかしら?」「さぁ、俺もあの女に車で送られただけだから詳しい場所まではわから
「ねぇ、その女について知っていることは他に何かないの?」「特に何も……顔と名前くらいだ」男は香織を見上げてぶっきらぼうに答えた。柚果の手下である彼なら何か情報を得られると思ったが、どうやら彼には何も伝えられていなかったようだ。(首謀者は顔すら現わさないし……一体何者なのかしら)香織はじっくりと考え込んだ。一体誰がこんな犯罪紛いのことをしたのか。きっと香織を強く憎んでいるものの仕業だろう。彼女がこのような目に遭うことで得をするような……。「ねぇ……首謀者の顔は知らないって言ってたけど、声くらいは聞いたんじゃないの?」香織の問いに、男が顔を上げた。「え?あぁ……そうだな。若い女の声だったよ。二十代前半から半ばくらいの」「……」香織の脳裏に、一人の女の顔がチラついた。山川日菜乃。やっぱりあの女の仕業だと考えるのが自然だった。だが、手掛かりは何もない。彼女と決めつけるのはまだ時期尚早だった。(だとしたら、亮太はこの件を知っているのかしら……知っていたとしても日菜乃のやったことなら全てもみ消すでしょうね)改めて、自分はとんでもない人を敵に回してしまったのだなと実感した。「なぁ、そろそろこの縄を解いてくれねえか?窮屈でたまらねえんだ」「……」香織は冷たい目で男を見下ろした。首謀者が別にいるとはいえ、彼も香織拉致監禁の片棒を担いだことに変わりはなかった。「あなた、失敗したことが知られたらただでは済まないでしょうね」「……な、何だと?」男の顔色が一瞬にして変わった。「このような事態になった以上、あの女はあなたを生かしておくつもりはないわ。私が縄を解いたところで、どちらにせよ終わりよ」「な……そんな……」日菜乃は危険な女だった。もし彼女が今回の一件を計画していたとしたら、きっと彼は生きては帰れないだろう。いや、このような計画に協力させたところで生かしておくつもりはなかったのかも。自ら毒を飲み、香織にその罪を着せるような女なのだから、そのようなことを企てていても変ではない。「あなたはどちらにせよ終わりなのよ」「……」男は真っ青な顔で絶句している。仲間に引き入れるなら今だ。そう思った香織は咄嗟に口を開いた。「少なくとも、私なら……解放されたあとあなたが刑務所へ行くことにならないようにしてあげることくらいなら可能よ」「ほ、本当か!
香織は焦って部屋にあった長い棒を手に取った。威嚇するように男を見下ろす。そんな彼女を、男は嘲笑うように口角を上げた。「九条グループのお嬢様が……そんな物騒なもの持ってんじゃねえよ」「あなたが何をするかわからないから」「おいおい、こっちは両手足を縛られてるんだぜ?何の抵抗もできない無害な人間に暴力振るうってのか?」無害だなんて、どの口が言うのか。少なくとも先に無礼を働いたのは彼の方だ。「ここは一体どこなの?どうやったら出れるの?」「俺から情報を得たいなら、まずはその武器を下ろせ。そうしたら言えることは話してやる」「言えること……?」全ては言えないというのか。棒を持つ香織の手に力がこもった。「私が聞いたことは全部答えてもらうわよ?言える言えないなんて関係ないわ」香織は男の前で棒をかまえた。「九条グループのお嬢様は暴力的だな……俺の話もちょっとくらいは聞いてくれよ」「……」「まずはその棒を下ろせ……話はそれからだ……」このままではいつまで経っても何の情報も得られないままだ。香織は男の要望に応じることを決め、そっと棒を下ろした。床にカランッという音と共に、彼女の手から完全に離れた。「武器を捨てたわよ。さぁ、知ってることは全て話してもらうわ」「知ってることと言っても……俺はほとんど何も知らない」「ちょっと、何よそれ」男は手足を縛られたまま答えた。何も知らないとは一体どういうことか。「首謀者の顔くらいは知っているでしょう?」「いや、それすら何も……俺はただバイトでここまで来ただけだからな」「バイトですって……?」香織は眉をひそめた。「あぁ、知り合いから割のいい仕事があるからやらないかって誘われたんだ。ちょうど金に困ってたし……ただの警備員だって聞いてたのに、こんな仕事だとはな……」男は気まずそうに顔を背けた。その表情を見るに、嘘をついているわけではなさそうだ。「桜庭柚果――さっきの女のことは知っているの?」「いや、全く初対面だ。それにアイツ、桜庭って名前だったのか?持ってた身分証には川島って書いてたけど」「……何ですって?」川島とは一体誰のことか。彼女は間違いなく桜庭柚果なわけで。初対面のときも間違いなくそう名乗っていたし、社員たちからも桜庭さんと呼ばれていた。香織の脳裏に、朗らかに笑う柚果の顔が浮かび上がった。しか
あっという間に五日が過ぎ、パーティーの日になった。「香織お嬢様、本当によくお似合いです。会場にいる全員がお嬢様に目を奪われるでしょう!」「そうかしら?」華やかな青いドレスに身を包み、長い黒髪を結い上げた香織は、行きつけの美容院の店長――鏑木壮太(かぶらぎそうた)の手を取り、彼の車へと向かっていた。「あなたの腕がいいのよ、いつも感謝しているわ」「それはこちらのほうですよ、お嬢様。お嬢様の父君には感謝してもしきれません」壮太は優雅に香織をエスコートし、車のドアを開けた。香織が黒のSUVの後部座席に乗り込むと、壮太が運転席に座った。「あなたが運転してくれるのね」「安物の車で申し訳
有真は結婚する十年前まで、忠嗣の経営する会社の社員として働いていた。彼女は一般家庭の生まれだったが、努力を重ねて有名大学を卒業後、大企業へと就職することができた。そんな有真は、学生時代から明るい性格でクラスの人気者だった。絶世の美人というわけではなかったが、穏やかで優しく、いつだって周囲に気さくに振舞うその姿は男女問わず魅了した。――そんなところが、彼を虜にしたのかもしれない。彼女が九条グループに入社してから一ヵ月、有真は広い会社内で迷子になっていた。(道に迷っちゃったわ……会議室はどこかしら……)会議が始まるまではあと少しだ。入社早々遅刻するわけにはいかない。有真は焦っていた。彼
夜になり、ドキドキ初出勤を終えた香織は九条邸へと戻った。結婚前はどんな小さな用でも車で送り迎えをしてもらっていた香織だったが、今日は歩きだった。(職場まではそう遠くないし……運動のためにも歩こう)羽川家では車に乗れないのが普通だったせいか、歩きに慣れてしまったようだ。しばらく歩くと、羽川家の邸宅に到着した。(今でもここへ帰るのは慣れないわね)香織はそう思いながら鍵を使って中に入った。「香織さん、おかえりなさい」「ただいま、有真さん」帰宅した香織を、継母の有真が出迎えた。夜ご飯を作っている最中だったのか、長い髪を一つにまとめてエプロンを着ていた。有真は忠嗣の二十歳年下で、香織の
それから一週間後。「初めまして、九条香織です。これからよろしくお願いいたします」「……」香織は父親の会社で新入社員として入社していた。彼女を見た社員たちはしばらく固まったあと、ヒソヒソと噂話をし始めた。「九条って言った……?もしかして社長の娘さん……?」「間違いないわ。社長の娘、夫と離婚して実家に帰ったらしいわよ」「よりによって何でこの部署に……社長の娘とか気使うわー……」「……」香織の第一印象はあまり良くなかった。コネ入社、血筋が良いだけ、だとか散々な言われようだ。しかし香織はそんな中傷など気にも留めなかった。彼女が羽川家で受けた屈辱に比べれば、こんなもの大したことないか







