歌原レイラ(28)──死まで、あと18日。歌原彩(15・高校一年生)──春。0.プロローグ夜の歌舞伎町。雨上がりのアスファルトに、赤と青のネオンが滲んでいる。排水溝へ流れていく濁った水が、光の切れ端を細く引きずっていた。人の笑い声。遠くのクラクション。酔った男の怒鳴り声。どこかで割れたグラスの音。それでも、この街の底には奇妙な静けさがある。欲望が飽和しきった場所にだけ沈む、鈍い静寂。遠くでサイレンが鳴っていた。近づいてくるでもなく、遠ざかるでもなく、ただ夜の奥で低くうなっている。ナレーション光と影の狭間で、ひとつの運命が、静かにほどけはじめていた。この夜、まだ誰も人を殺していない。だが、戻れなくなった人間は、もう元には戻らない。1.《Club RAZE》バックヤード(閉店後)白い蛍光灯。ロッカーの金属臭。香水と酒と煙草が、湿った空気の中で混ざり合っている。営業を終えた店内は静まり返っていた。バックヤードのソファに、赤西が深く腰を下ろしている。黒いシャツの第一ボタンを外し、首筋を押さえる。疲労が、目の下に色濃く滲んでいた。スマートフォンの画面を開く。表示。手術費用総額 ¥100,000,000送金済額 ¥85,200,000不足金額 ¥14,800,000赤西は、その数字をじっと見つめる。赤西(心の声)──もう少しだ。──あと少しで届く。背後で缶が軽く鳴る音。No.2の西尾が、缶コーヒーを投げてよこした。西尾「ほら、ブラック。」赤西「……悪い。」プルタブを開ける。短い金属音。西尾は壁にもたれ、横目でスマホを見た。西尾「……すげぇな、お前。」赤西「何が。」西尾「ここ二年、ほぼ休みなしだろ。 売上もずっとトップ。 娘のためってなると、男はここまでやれんだな。」赤西「……やるしかねぇからな。」西尾「で、どんくらいまで来た?」赤西「八千五百二十万。」西尾「おお。」小さく口笛を吹く。西尾「じゃあ、もう見えてんじゃん。 一億まで、あと少しだろ。」赤西「……ああ。」その時。スマホが震えた。通知音。赤西が視線を落とす。通知。海外医療センター為替変動により手術費用が変更されました赤西「……は?」通知を開く。画面が切り替わる
続きを読む