All Chapters of 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』: Chapter 81 - Chapter 90

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第81話《正しい人たち》

Atelier SAKUMAの工房には、まだ前話の緊張が残っていた。 白い仮縫いの中で、彩が立っている。 その正面に佐久間博之。 少し離れたところに相沢七瀬。 二人とも彩を見ていた。 ただし、見ているものは違う。 佐久間が静かに言う。 「これは、僕が作った服です」 七瀬はすぐに返した。 「歌原彩が着た時点で、あなた一人の服じゃありません」 空気がまた硬くなる。 良太は二人を見て、それから彩へ視線を移した。 彩は何も言わなかった。 自分のために作られた服。 自分の顔を守ろうとしてくれている人。 どちらかに賛成すれば、もう一方を否定するような気がする。 その迷いが、表情に出ていた。 良太は一度息を整えた。 「七瀬さん」 「何ですか」 「触る前に、佐久間さんへ確認してください」 七瀬の眉がわずかに動く。 「確認したら、変えてくれるんですか?」 「必要なら変えます」 佐久間が答えた。 「必要です」 「僕は、まだ必要だと思っていません」 「だから説明してるんです」 「説明は聞きました。その上で、今は変えません」 七瀬が良太を見る。 良太は逃げなかった。 「前に約束しましたよね」 「何をですか」 「ヘアメイクは七瀬さんへ任せる。でも、他の担当の仕事を勝手に変えない」 「勝手にはしてません」 「してます」 良太は即答した。 七瀬が少し止まる。 「佐久間さんが触らないでと言ったのに、触ろうとした。それはルール違反です」 七瀬は一度、彩の首元を見る。 「じゃあ、間違ってると思っても黙ってろってことですか?」 「違います」 「同じでしょう」 「違います」 今度は少し強く言った。 七瀬の視線が、良太へ戻る。 「意見を言うなとは言ってません。勝手に変えるなって言ってるんです」 一拍。 「七瀬さんの仕事を、佐久間さんが勝手に変えたら嫌でしょう」 七瀬は答えなかった。 「だから話してください。でも、決める前に相手の仕事を奪わないでください」 佐久間も良太を見る。 七瀬はしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。 「分かりました」 一拍。 「触りません」 良太は少しだけ肩の力を抜いた。 その隣で、レイラは腕を組んだまま良太を見ていた。 * 佐久間は、彩の首元をもう一度確認した。 「
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第82話《ちゃんと歩ける服》

「だから、ちゃんと歩ける服にしてほしいです」 白い仮縫いの中で、彩が佐久間博之を見ていた。 佐久間はすぐには答えなかった。 首元。 肩。 腰。 裾。 自分が引いた線を、一つずつ確かめるように見る。 歌原彩だけを見て描いたはずの服だった。 けれど今、その服の中にいる彩は、少し苦しそうに立っている。 「……分かりました」 佐久間がようやく答えた。 「直します」 「全部ですか?」 「いいえ」 佐久間は首を横に振る。 「好きだと言ってくれたところは残します」 一拍置いて、仮縫いを見る。 「歩けないところだけ、全部見つけます」 彩は小さく頷いた。 「お願いします」 その言葉は、服を作ってもらうだけの人のものではなかった。 自分が着る服に、自分も関わろうとしている。 良太には、そう聞こえた。 * 「一度、座ってみてください」 佐久間が椅子を出した。 彩が腰を下ろす。 その瞬間、背筋が不自然に伸びた。 七瀬がすぐに気づく。 「苦しい?」 「少し」 「どこが?」 今度は佐久間も、先に服を見るのではなく彩へ聞いた。 彩は腰の後ろを示す。 「後ろへ引っ張られる感じがします」 奏が彩の背後へ回った。 布と身体の間を確認する。 「背中の布が上へ引かれてます」 七瀬は顔を見ていた。 「顎も上がってる」 「顎?」 佐久間が彩を見る。 「苦しいから、身体が逃げてるんだと思います」 七瀬の言葉に、佐久間は何も返さなかった。 少し前までなら、首元の高さを巡って反論していたかもしれない。 今は彩の姿勢を見ている。 七瀬も同じだった。 「私、顔しか見てなかった」 小さく言う。 「首元が顔を消す。そればっかり」 佐久間は白い服を見る。 「僕は、服しか見てませんでした」 奏が裾の近くへしゃがんだ。 手を伸ばしかけて。 止まる。 「触ってもいいですか?」 佐久間が一瞬だけ奏を見る。 「お願いします」 許可を得てから、奏は裾を少し持ち上げた。 「私は、動きばかり見てました」 良太は三人を見た。 「みんな彩を見てたんじゃないの?」 誰もすぐには答えなかった。 隣にいるレイラが小さく言う。 《見てたわ》 良太だけに届く声。 《自分が見たいところだけ》 良太は何も返さなかった。
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第83話《新人の目》

午後のAtelier SAKUMA。 作業机の上には、厚さも硬さも違う布が何枚も並んでいた。 奏はその一枚を持ち上げる。 軽く揺らし、手を離す。 布が落ちる。 次の一枚。 また持ち上げる。 揺らす。 落とす。 その繰り返しを、良太が少し離れたところから見ていた。 「何してるの?」 奏は布から目を離さない。 「探してます」 「何を?」 少し考えてから答える。 「彩さんを待たせない布です」 良太が首を傾げる。 今使っている仮縫いの裾は、立っている時には綺麗だった。 静かで、重みがある。 けれど彩が歩くと、その重みが一拍遅れる。 足が先へ出る。 布があとから追いつく。 ターンでは、そのわずかな遅れを彩の方が待ってしまう。 奏は今の布を持ち上げた。 「外側は、このままでいいと思います」 佐久間博之が作業台の向こうから見る。 「静けさを残すために選んだ布です」 「はい。そこは残したいです」 奏は別の薄い布を取った。 さらに少し張りのあるものを、その内側へ重ねる。 「変えるなら、中だけかなって」 佐久間が二枚を受け取った。 重ねた状態で軽く揺らす。 内側が先に動く。 外側はわずかに遅れて落ちる。 その時間差を見て、佐久間の指が止まった。 「……面白い」 奏の胸が少しだけ軽くなる。 その直後。 「根拠は?」 七瀬の声が入った。 奏の手が止まる。 七瀬は机に並んだ布を見る。 「歩幅が変わっても同じ? ターンでも? 本番用の生地に変えても、その動きになる?」 奏は答えられなかった。 頭の中には、こうなるはずだという形がある。 でも。 説明できるほど確かではない。 「……たぶん。試してみないと」 「本番で『たぶん』は使えない」 声は冷たいわけではない。 ただ、逃げ道もなかった。 良太が小さく言う。 「七瀬さん、言い方」 「普通です」 やっぱり普通らしい。 奏は布を握ったまま、目を落とした。 七瀬は続ける。 「説明できないなら、説明できるまで考えて」 一拍。 「新人だからって、本番は待ってくれないから」 厳しい。 けれど。 やめろとは言わ
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第84話《先生と呼ばれる人たち》

午後。 高梨奏は、桐島誠司の事務所で資料棚の前に立っていた。 UTAHARA MODEL OFFICEへ二か月間貸し出されている今も、奏の所属先がここであることは変わらない。 桐島に指定された過去のコレクション資料、国内外のブランド資料、生地見本を一冊ずつ鞄へ入れていく。 机の向こうでは、桐島が別件の資料へ目を通していた。 奏は何度か、その横顔を見る。 聞きたいことはあった。 佐久間博之の服へ、自分がどこまで意見を出していいのか。 世界へ続く大会の衣装に、自分が好きで見てきたものを入れていいのか。 けれど。 ここで聞けば、また桐島の答えを待つことになる。 奏は何も言わず、鞄の口を閉じた。 その時、机に置いていたスマートフォンが震えた。 《RE:CODE MODE CONTEST 出場チーム主要スタッフ追加発表》 何気なく通知を開く。 最初に表示されたのは、御堂玲奈。 その下には、スタッフの名前が並んでいる。 ヘア。 メイク。 スタイリング。 トレーナー。 演出。 奏が雑誌やショーのクレジットで何度も見た名前ばかりだった。 指を滑らせる。 次。 真壁ミラ。 クロスリンク・エンタメ。 担当マネジメント、南条圭介。 さらに下へ進む。 スタイリスト――桐島誠司。 奏の指が止まった。 一度、画面を閉じる。 もう一度開く。 名前は変わらない。 奏はゆっくり顔を上げた。 「先生」 桐島は資料から目を離さない。 「何だ」 「RE:CODE MODE」 一拍置く。 「出るんですか」 桐島の手が止まった。 奏はスマートフォンを向ける。 「真壁ミラさんの、スタイリストとして」 桐島は画面を見た。 驚かなかった。 「そうだ」 短い返事だった。 奏は何も言えない。 自分を二か月だけチーム彩へ送り出した人。 大会の外側から、自分を見ている人。 どこかで、そう思っていた。 その先生が。 今度はランウェイの向こう側へ立つ。 「どうして……」 「依頼を受けたからだ」 「そうじゃなくて」 奏は言葉を探した。 「先生が、私たちと同じ大会に……」 「同じではない」 奏
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第85話《十六歳の夜》

七月十五日。 夜の1207号室には、小さなケーキが置かれていた。 白いクリームに苺。 その上には、細いろうそくが十六本並んでいる。 「……多くない?」 良太が言うと、七瀬が冷たく返した。 「十六歳なんだから、十六本でしょ」 「いや、そうじゃなくて。燃えない?」 「あなたがいつまでも火をつけないからよ」 「最後、つきました」 奏が慌てて十六本目から手を離した。 佐久間博之が壁際へ向かう。 「では、電気を消しますね」 部屋が暗くなった。 十六本の火が、彩の顔だけを照らす。 歌原彩。 今日で十六歳。 テーブルを囲んでいるのは、良太、七瀬、奏、佐久間。 そして仕事を終えて遅れてやって来た南条圭介。 「間に合ってよかったです」 南条が息を整えながら言う。 良太は笑った。 「真壁ミラのチームが敵情視察ですか」 「誕生日くらい普通に祝わせてください」 「冗談ですよ」 「顔が本気でした」 小さく笑いが起きる。 その輪の外側に。 もう一人いる。 誰にも見えないレイラ。 十六本の火を、黙って見つめていた。 《彩》 良太にだけ聞こえる声。 《お誕生日、おめでとう》 届かない。 けれどレイラは、まっすぐ妹を見ていた。 十五歳だった彩が。 十六歳になる。 「願い事した?」 良太が聞く。 彩は両手を合わせたまま首を横に振る。 「まだです」 「火が消える前にしなさい」 七瀬に急かされ、彩は目を閉じた。 部屋が少しだけ静かになる。 レイラは、その横顔を見る。 何を願っているのかは聞けない。 聞かなくてもいいのかもしれない。 願える未来が、彩にはある。 それだけで。 今は十分だった。 彩が息を吹く。 十六本の火が揺れた。 ほとんど消えた。 けれど、端の一本だけ残る。 「あ」 奏が声を上げた。 良太が笑う。 「欲張ったんじゃない?」 「一つしか願ってません」 「大きい願いなんでしょう」 南条が言う。 彩はもう一度、小さく息を吹いた。 最後の火が消える。 拍手が起こった。 照明が戻る。 レイラも、音の出ない手を叩いている。 良太だけがそれ
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第86話《休まない》

翌朝。 良太は1207号室のリビングで、スマートフォンを握っていた。 画面には、まだ送っていないメッセージ。 《今日はウォーキング練習を中止にします》 昨夜の誕生日会の名残が、部屋には少し残っている。 空になったケーキの箱。 洗って伏せた皿。 そして、良太が贈った大きな水筒。 この部屋で昨夜。 歌原陽子の名前がニュースに出た。 レイラの死に関わった可能性がある重要参考人として。 「送ればいいじゃない」 隣でレイラが言った。 良太は画面を見たまま答える。 「そう思ってる」 《なら送って》 「でも、勝手に決めていいのかな」 レイラが黙った。 昨日までなら、迷わなかったかもしれない。 あんなニュースを見た翌日だ。 休ませる。 それが当然だと思う。 けれど最近の彩は、少しずつ自分で決めるようになっていた。 服が苦しいことも言った。 嫌なことも伝えた。 RE:CODE MODEへ出ることも、自分で選んだ。 だからこそ。 「彩のため」という理由で、また彩を置いたまま決めることに引っかかった。 「本人に聞いてからでもいいだろ」 レイラは腕を組む。 《聞いたら、行くって言うわよ》 「なんで分かるんだよ」 答えはなかった。 その時、廊下の向こうで扉が開いた。 彩が自室から出てくる。 練習用の黒いパンツ。 薄手のトップス。 肩にはバッグ。 そして片手には。 昨日渡したばかりの水筒。 準備は、すでに終わっていた。 レイラが言う。 《ほら》 「怖いな、お前」 「おはようございます」 「……おはよう」 良太は彩の顔を見る。 目元に、わずかな重さがある。 それでも髪は整えられ、服にも乱れはない。 いつもの自分に戻そうとしている。 そんなふうにも見えた。 「今日、練習行くつもり?」 「はい」 彩は少し不思議そうに答えた。 「それなんだけど」 良太はスマートフォンを見せる。 「今日は休みにしようかと思ってた」 彩の手が、水筒の持ち手で止まった。 「どうしてですか」 「昨日のことがあったから」 数秒。 彩は黙った。 「大丈夫です」 その言葉に。 レイラの表情が、ほんの少し変わった。 良太も思い出す。 昨夜。 レイラが言っていた。 明日になったら、大丈夫って言うかも
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第87話《切り替え方》

朝の教室で、歌原彩は教科書を開いていた。 文字は読める。 意味も分かる。 それなのに、三行前から先へ進めない。 スマートフォンは鞄の中に入れてある。 見ないと決めた。 それでも、母親の顔が頭から離れなかった。 《歌原レイラさん死亡事件》 《実母・歌原陽子氏を重要参考人として捜査》 昨日から何度も見た文字。 警察は母親を追っている。 国外へ出た可能性がある。 姉の死に関与した可能性がある。 可能性。 まだ何も決まっていない。 だからこそ、終わらない。 「彩」 隣から声がした。 彩が顔を上げると、神谷章介が自分のノートを指で叩いていた。 「そこ、次のページ」 彩は教科書を見る。 授業はとっくに進んでいた。 「あ……ありがとう」 慌ててページをめくる。 章介はそれ以上何も言わなかった。 いつもと同じだった。 朝早くから新聞を配り、そのまま学校へ来る。 母親と二人暮らしで、家計を助けながら生活している。 それでも、授業中に居眠りしている姿を彩はほとんど見たことがない。 中学の頃から、そうだった。 彩は何度も思ったことがある。 自分よりずっと大変なのに。 どうして、この人は普通にしていられるんだろう。 * 昼休み。 章介は弁当を食べながら、数学の問題集を開いていた。 彩はいつものように、その隣の席にいる。 弁当箱は開いていたが、ほとんど減っていなかった。 「食わないの?」 「食べてるよ」 「全然減ってない」 彩は卵焼きを一つ取った。 章介はそれを確認すると、また問題集へ視線を戻した。 その距離が、今日はありがたかった。 心配されることが嫌なわけではない。 ただ、心配されるたびに、自分が壊れかけている人間のように思えてくる。 しばらくして。 彩は小さく呼んだ。 「章介くん」 「ん」 「聞いてもいい?」 章介のペンが止まる。 「内容による」 「そういうところ、変わらないね」 「何を聞くの」 彩は少し迷った。 母親が姉を殺したと思うか。 捕まると思うか。 そんなことを聞きたいわけではない。 答えがないことくらい、自分でも分かっている。 「章介くんって、朝、新聞配達してるでしょ」 章介の目が少しだけ動いた。 「してる」 「大変じゃない?」 「大変」 即答
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第88話《今は、服を見る》 

RE:CODE MODE CONTESTまで、あと一か月。 午後のウォーキングスタジオで、彩は佐久間が用意した調整用の衣装を着ていた。 本番用の服そのものではない。 丈や重さ、歩いた時の布の動きを確かめるために、本番に近い条件へ寄せたものだった。 良太はスタジオの端で資料を持っている。 七瀬は彩の顔を見ていた。 奏は裾の長さを確認し、佐久間は少し離れた椅子から全体を見る。 そして、良太の隣にはレイラがいる。 もちろん。 彩には見えない。 「今日は、一つだけ決めてきました」 彩が言った。 良太は資料から顔を上げる。 「何を?」 彩は自分の袖を見る。 「歩いている間は、服を見ます」 良太は少しだけ首を傾げた。 「服を見る?」 「はい」 彩は言葉を探す。 昨日までは、母親のことを考えないようにしていた。 ニュースを忘れようとした。 姉の死を考えないようにした。 そうすれば、練習に集中できると思っていた。 でも。 できなかった。 考えないようにするほど、頭の中に残った。 「考えないようにするんじゃなくて」 彩は続ける。 「今は、後にします」 良太には、その言葉の意味がすぐには分からなかった。 「後にする?」 「はい」 彩は少しだけ笑った。 「昨日、友達に教えてもらいました」 それ以上は言わなかった。 良太も聞かなかった。 レイラだけが、彩をじっと見ている。 《悪くないわ》 良太は顔を動かさず、心の中だけで返した。 《珍しいな》 《何が?》 《お前が、人のやり方をすぐ否定しないの》 《失礼ね》 良太は少しだけ口元を緩める。 七瀬がそれに気づいた。 「何?」 「いや、何でもないです」 七瀬は怪訝そうにしたが、それ以上追わなかった。 佐久間が立ち上がる。 「では、一度歩いてみてもらえますか」 「はい」 彩がスタート位置へ向かう。 床に引かれた一本のライン。 昨日も歩いた場所。 けれど今日は、自分の服を見る。 裾。 肩。 腰。 布がどこで身体から離れ、どこで戻ってくるのか。 彩は一度だけ目を閉じた。 それから歩き出す。 一歩。 二歩
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第89話《一緒に立つ》

衣装合わせの日。 1207号室の事務所スペースには、佐久間博之が持ち込んだ服が掛けられていた。 完成品ではない。 けれど、最初の仮縫いとはもう違う。 高い襟元。 肩から落ちる静かな線。 歩いた時だけ、少し遅れて動く裾。 彩が「残したい」と言ったものは残っている。 その一方で、首や肩、腰を締めつけていた箇所には修正が入っていた。 佐久間が最後の留め具を確認する。 「一度、着てもらえますか」 「はい」 彩は服を受け取り、別室へ向かった。 昨日のウォーキング練習では、自分で決めて歩いた。 今は、服を見る。 母親のことが消えたわけではない。 ニュースも続いている。 考えれば、胸はまだ重くなる。 それでも。 何を見る時間なのかは、自分で決めてもいい。 少しだけ。 そう思えるようになっていた。 * 彩が着替えている間。 良太はノートパソコンを開いていた。 RE:CODE MODE CONTEST運営から、出場チーム紹介ページの最終確認が届いている。 名前。 所属。 年齢。 これまでの仕事。 チームメンバー。 紹介文。 良太は上から順番に確認していた。 途中で、指が止まる。 「……あ」 七瀬が振り向く。 「何?」 「彩の紹介文」 良太が画面を少し傾ける。 七瀬と奏が近づいた。 少し離れた場所では、レイラも画面を覗き込んでいる。 そこには、こう書かれていた。 《世界的モデルとして活躍した故・歌原レイラさんの妹》 その下。 《姉と同じ世界の舞台を目指す、16歳のモデル》 良太は何度か読み返した。 間違ってはいない。 彩はレイラの妹だ。 そして今、世界へ続く大会へ出ようとしている。 運営が彩を紹介するなら、レイラの名前が出ること自体は不自然でもなかった。 むしろ。 それほど大きな名前だった。 「どうする?」 七瀬が聞く。 「どうするって?」 「このまま出すの?」 良太は画面を見る。 「俺が決める話じゃないかな」 レイラの視線が良太へ向いた。 《消さないの?》 「まだ分からない」 《彩の紹介よ》 「だから、彩に聞く」 レイラは少し黙った。 以前なら。 その言葉に反発したかもしれない。 彩を守るために、自分が先に決める。 使わせない。 比べさせない。
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第90話《七人いない》

RE:CODE MODE CONTESTの正式エントリー締切まで、残り十日。 1207号室の事務所スペースで、良太はノートパソコンの画面を見つめていた。 表示されているのは、参加予定チームの登録情報だった。 御堂玲奈。 真壁ミラ。 そのほか、招待されたモデルたち。 モデル名の横には、それぞれチームメンバーが並んでいる。 ヘア。 メイク。 スタイリスト。 デザイナー。 演出。 マネージャー。 アシスタント。 良太はスクロールする指を止めた。 「……多くない?」 向かいで資料を読んでいた七瀬が顔を上げる。 「何が?」 「人数」 良太は画面を回した。 御堂玲奈のチームは八名。 真壁ミラのチームは七名。 他も似たようなものだった。 少なくとも、ヘアとメイクは別々に名前が入っている。 衣装にも補助がいる。 演出を専門に担当する人間もいる。 良太は別の紙を見る。 チーム彩。 歌原彩。 与那嶺良太。 相沢七瀬。 高梨奏。 佐久間博之。 五人。 それだけだった。 「うち、五人なんだけど」 奏が遠慮がちに答える。 「七瀬さんが、ヘアとメイクを両方担当してくださるので……」 「仕事の数なら六人分ってこと?」 「数え方としては」 佐久間が苦笑する。 七瀬は気にした様子もなく資料を閉じた。 「私は問題ないわよ」 良太が見る。 「何がですか?」 「ヘアとメイク。両方やる」 「できるかどうかは心配してないです」 七瀬の眉が少し上がった。 「じゃあ何?」 良太は少し考えた。 以前なら。 七瀬ができると言えば、それで安心していたかもしれない。 今は違う。 「七瀬さんしかできない状態になるのが怖いんです」 七瀬が黙る。 「本番で髪を直してる時に、メイクで何か起きたら、どっちも七瀬さんを待つことになる」 良太は画面へ目を戻した。 「他のチームって、そういうことまで考えて人数を入れてるんじゃないですか」 七瀬はしばらく良太を見る。 やがて、少しだけ口元を緩めた。 「代表らしいこと言うようになったわね」 「褒めてます?」 「半分」 「半分か」 奏が小さ
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