All Chapters of 獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかけて逃げた後その中の一人と番になる~: Chapter 111 - Chapter 120

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12 『真眼』の魔法使い

ヴィクトリアはマリアに案内されて二階のリビングまで来ていた。 ヴィクトリアは聞きたいことがたくさんあったので、移動の途中で彼女に話しかけようとしたが、マリアは口を開きかけたヴィクトリアの唇に人差し指を押し当てて黙らせてしまった。 「誰かに聞かれるとまずい話が色々あるから、周りに誰もいない所に行ってからにしましょう」 ヴィクトリアが話そうとするのをやめた後も、なぜかマリアは指でぷにぷにとヴィクトリアの唇の感触を確かめている。 何だろうと小首をかしげながら瞬きをしているヴィクトリアを見たマリアは、ふふふ、と妖しく笑ってから指を離した。 ヴィクトリアは促されてリビングにあったテーブル前の椅子に座った。すると、隣の椅子を引いてカナリアが椅子によじ登ってくる。椅子に座ることに成功したカナリアは、ヴィクトリアを見てニコニコと笑っていた。 「お姉ちゃんすごく綺麗。お姫さまみたい」 ホットミルクを入れたカップをヴィクトリアの前に置きながら、それを聞いていたマリアが笑っている。 「あらあら、懐かれたわね。この子は美人が好きなのよ。誰に似たのかしら」 そう言いながらマリアはカナリアの体を椅子から抱き上げると、少し離れた子供用の小さなテーブルの椅子に座らせた。 「ママはお姉ちゃんと大事な話があるから、カナはお絵描きやお遊びをして少し待っていてくれる?」 「うん!」 カナリアは素直にうなずくと、テーブルの上にあったクレヨンを掴んで白い紙に絵を描き始めた。 マリアはヴィクトリアの正面の椅子に座った。 「ナディアからどこまで聞いてる?」 そう言いながらマリアは湯気の立つカップを手にすると中のお茶を一口飲んだ。ヴィクトリアに用意した飲み物とマリアが自分用に用意した飲み物は中身が違う。 おそらくマリアはヴィクトリアが獣人であることを承知しているのだろう。 「あなたたち夫妻が以前ナディアを助けたということと、あなたが魔法使いであること。それから魔法使いのことは他言無用であること。あなたたちの命がかかっているからと。それくらいだわ」 ヴィクトリアの言葉を受けてマリアは大きくうなずいた。 「そうね。私が魔法使いであることは誰にも言わないでいてほしいの。私たち家族は私が魔法――『真眼』という特殊能力を持っているせいで、以前殺されそ
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13 兄と聖女

「ロイがロータスなら、あなたはもしかしてマグノリア?」「ええ、そうよ。私の本当の名前はマリアではなくてマグノリアよ。リュージュから聞いていたのね」 ヴィクトリアはうなずいた。 結論から言うと、ヴィクトリアはこの夫妻のことを知っていた。 実際に会ったのは本日が初めてだが、彼らについての話はリュージュから聞いていた。 リュージュは里にやってくる前まで年の離れた兄ロータスと一緒に各地を転々と放浪し、人に見つからないように山や森の中に隠れて暮らしていたという。 ある時、山に隠れ住んでいると、その地を治めていた領主の娘に見つかってしまった。 娘の名はマグノリア・ラペンツ。現在ヴィクトリアの目の前にいる女性の本当の名前だ。 マグノリアは二人を銃騎士隊に突き出すこともなく、それどころか食べ物を運んでそのまま山の中で快適に暮らせるようにしてくれたという。 兄弟はしばらくマグノリアに匿われるように山の中で暮らしていたが、そのうちにロータスとマグノリアが番になってしまい、リュージュは独り立ちを決意して彼らと別れたという。 マグノリアは男爵家か子爵家だったかとにかく貴族の娘だったが、貴族と言えど元々は貧乏だったらしい。 ところがマグノリアの父親が自分の代でなぜか宗教を興し、そしてなぜかマグノリアを聖女と祭り上げて以降、信者から金を巻き上げるようになり、そこから家は潤って文字通り貴族らしい生活を営むようになったという。 けれど金ヅルにされていたマグノリアはそれを嫌がっていて、それから、親に決められた婚約者も浮気ばかりしていたため、彼女は家族も婚約者も捨ててロータスと駆け落ちすることにした、というのがリュージュから聞いていた話だ。 その話を聞いた当時のヴィクトリアは、無理矢理聖女のふりをさせられたり望まない相手と結婚したりしなければいけないなんて可哀想だなと思った。 しかし、マグノリアが魔法使いだったのなら、彼女の父親はそれを理由にマグノリアを聖女として担ぎ上げたのだろう。「でも不思議だわ。リュージュはマグノリアが魔法を使えるということは一言も言っていなかったから」「でしょうね。あの頃の私は完全に疑り深くて嫌な人間だったから、ロータスと番になるまでは魔法使いであることは二人に打ち明けていなかったの。リュージュには結局最後まで言う機会がなかったわね」 マグノ
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14 隊長現る

 路地裏に逃げ込んだナディアの前に、一羽の白い鳥が降り立った。『ナディア』 頭の中に直接マグノリアの声が響いた。精神感応だ。『姿替えの魔法を使うから、それで別人になりすまして追跡をかわして』「ありがとう、助かったわ」 ナディアはホッと胸を撫で下ろした。最初は十人ほどを相手に逃走を続けていたが、途中からレイン・グランフェルも含んだ残りの銃騎士隊員たちも合流してきて、正直生きた心地がしなかった。 ナディアは周囲に誰もいないことを確認してから、マグノリアに魔法をかけてもらうように頼んだ。 すると、ナディアは白髪混じりの黒髪黒眼の中年男性の見た目に変わった。豊かな胸が平らになり、身長も伸びて、着ていた服も女性のスカート服から男性の服に早変わりした。『念のために匂い替えの魔法もかけておいたわ。札の魔力が完全に消費されないうちは魔法にかかったままでいられる。 依り代からの魔法だと丸一日くらいは保つと思うわ。こっちに帰って来られる?』「丸一日もあれば包囲網をかいくぐってマグたちの村まで移動できると思う。列車を使って行くけど、今日中にそっちまで行くのはたぶん無理ね。 そっちの村は列車も通ってないし、最寄りの駅からは徒歩移動だから。今晩はどこかに宿を取って、到着するのは明日になると思う」 太陽の位置は建物に阻まれて確認できないが、もう少し経てば夕方に差しかかってくるだろう。『わかったわ。くれぐれも気をつけてね。ヴィクトリアがすごく心配しているのよ。 あなた、札がまだあるってはったりかましてヴィクトリアだけ助けたでしょ。そんな方法で助けられても、あなたが捕まったら助けられた方はずっと罪悪感に苛まれるわよ。 それに結局銃騎士隊に追い詰められてるじゃない。そういうのはちゃんと逃げ切る算段をつけてからするものよ。 相変わらず考えることが大雑把ね。自分の身も少しは顧みなさい。無茶しないのよ』「だって姉様ったら奴らに捕まって変態銃騎士の奴隷になってもいいって言うのよ? そんなの見過ごせないじゃない。 マグからもよく話をして、考えを改めるように説得しておいて」『あら、それは大変。ヴィクトリアを変態に奪われるくらいなら、私の奴隷にしようかしら』「ちょっとマグ!」『ふふふ、冗談よ』「雑談はもういい? 私は早くここから移動しないと」『ナディ
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15 男の影

 ナディアの乗った蒸気機関車が駅の構内に入り、ゆっくりと停車する。ここは首都から南に位置する主要な街の駅で、石炭の補給のために三十分ほど停車するらしい。 ちょうど夕食時に差しかかり他の乗客たちが食事を求めて構内の店に向かう中、ナディアは少し離れた場所にあるトイレへと向かう。 周囲の目がないことを確認してから、ナディアは個室になっている男性用のトイレに入って鍵をかけた。一人用の個室中は狭いが、便器の他に手洗い場と鏡があった。 ナディアは鏡の前に映る中年男の姿を見て嘆息する。(何だろうこのくたびれたおっさんは) 中年の哀愁漂う猫背と光を失ったような濁った目に、たわんだ顎肉と腹の肉。しかも頭頂部に毛は全くなくて、日焼けした地肌が見えていた。 マグノリアは、ナディアを年頃の娘とは真逆の位置にいるような容姿にして、極力正体がわからないようにしたかったのかもしれない。(でもそれにしたって、これはちょっと酷すぎじゃない?) マグノリアが意図してやってるならただの悪戯心なのかもしれないが、若干の悪意すら感じる。(せめて髪の毛はフサフサにしてほしい)「ねえマグ、聞こえる?」 鞄から札を取り出して交信を試みる。声までおっさんのダミ声だ。(中身は乙女なのに嫌になるわ) 魔法にかかった直後は顔と頭の様子なんてわからなかったし、ナディアは自分の声が中年男性のガラガラ声になっているのはさすがに理解していたが、逃げるのが先決だったのであまり気にしていなかった。『なあに?』 やや間があって頭の中にマグノリアの声が響く。「ちょっとこの姿なんとかならない? 銃騎士隊の目を欺くためなのはわかるけど、こんな冴えないおじさんの姿じゃなくても良くない?」『そう? それはそれで可愛いと思うのに。家族のために身を粉にして一生懸命働く大黒柱感が表現できるような設定にしてみました』「そういう設定はいいから」『見た目がどうであろうと、中身がナディアという素敵な女の子であることに変わりはないわ。私はそれを伝えたかったのよ』「何かもっともらしいことを言ってるけど、じゃあマグはもしロイ兄さんが将来ハゲデブで目が死んでるようなくたびれた中年に変わり果てても、兄さんに今と変わらない愛を捧げ続けることができるのね?」『私はロイがどんな姿になろうと、ロイがロイで居続ける限り愛し抜けるわ。私
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16 油断大敵

 ナディアが札を破った瞬間、マグノリアは札からの魔力が途絶えたことにすぐ気づいた。 夕食の皿を洗っている最中だったが手を止めて、キッチンのカウンター上に置いていたナディアの写真に目をやる。 ナディアは長い黒髪のウィッグと眼鏡を装着している最中だった。慌てている様子は微塵もない。 向こうで何かが起こったわけではなくて、ナディアが自ら札を破ったのだろうと思った。 マグノリアはその理由に心当たりがあった。 先ほどナディアからの改善要求を受け、今度は出来るだけイケメンにしてみようと金髪碧眼の美青年にしてみたのだが、よくよく考えたら、その姿はナディアにとっていわく付きの相手の容姿に似ていた。 髪の毛と目の色を変えてほしいと言っていたのはそのせいだ。 マグノリアは夕食中にそのことに気づき、手が空いたらナディアと再び交信してみようと思っていたのだが、それよりも早く彼女は札を破るという行動に出てしまった。(さて、どうしようかしら。もう一度依り代を飛ばしてみるべきか、それとも直接迎えに行くべきか……)「イヤ! ママがいい!」 リビングではロータスの腕の中からカナリアが脱兎の如く逃げ出していた。「カナ、一緒にお風呂に入ろう」「ヤダ! パパヤダ! ママと入る!」 カナリアは獣人らしいすばしっこい動きでマグノリアの足元まで移動すると、まとわりついてくる。「カナ、ママはまだ用事が終わらないから、お風呂はパパと入ってほしいな」「ヤダ! パパヤダ! パパキライ! ママがいい!」「き、嫌い……」 愛娘に拒絶されてロータスは涙目になっていた。 医院の休憩時間などではカナリアはロータスに懐いて二人で楽しそうに遊んでいるので、心の底からロータスが嫌いなわけではない。 ただ、以前はそうではなかったのに、最近のカナリアはお風呂はママと入るのでなければ嫌だというこだわりを見せるようになってしまった。 おそらくたまたまそういう時期なだけで、少し経てばまた変化するのだろうと思う。 マグノリアの横ではヴィクトリアがロータスの様子を見つめて唖然としていた。 ロータスの本当の姿を見てからヴィクトリアはロータスに対してよそよそしくなってしまった。 ロータスの現在の姿は黒髪黒眼の別人のものだが、本来の姿がシドとよく似た男が三歳児に翻弄されて涙目になっていることが、衝撃的である
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17 シドの長子

 マグノリアとカナリアが浴室に行ってしまい、キッチンの片づけも終わった頃、どこかへ姿を消していたロータスがリビングにふらっと戻ってきた。 リビングとキッチンは続き部屋になっていてほとんど一つの部屋だ。ヴィクトリアは内心で二人きりになってしまったと焦っていた。 ロータスは何を思ったのかヴィクトリアのいるキッチンまで真っ直ぐにやって来た。 ヴィクトリアはロータスに場所を譲ろうと動くが、さささっと思いっきり避けるような動きになってしまう。「……」 ロータスは何だかやっぱり傷ついたような顔をしているが、そのことに関しては何も言わずに、棚の中からカップを取り出す。 なぜか、二つ。「ヴィー、一緒にお茶でも飲まないか?」「え……」 咄嗟に避けたいという考えが頭に浮かんだが、ヴィクトリアはその考えを振り払った。 ロータスに対する態度が悪い自覚はあり、それがシドへの怖れから来ていることは理解していた。 黒髪黒眼の人物からシドによく似た姿に変化したときのことが衝撃的すぎて、ロータスといると否が応でもシドのことを思い出してしまって辛かった。 けれど本当の姿がシドによく似ているからといって避けるのは間違いだ。ヴィクトリアはロータスに酷いことなんかされていない。ロータスとシドは別々の存在だ。(少しずつでも彼に慣れて、あまり敏感に反応しないようにしなければ) ヴィクトリアがうなずくと、それを見たロータスが声を出さずに口角を上げて微笑した。 その笑い方がリュージュに似ていて吸い寄せられる。 ロータスが薬缶に水を汲んで沸かし始める。「ヴィーはお茶は何でも飲めるんだっけ?」 夕食の準備の前にマグノリアから植物性のものはどの程度食べられるのか聞かれていて、大体のことは答えていた。 お茶ぐらいなら飲めることも話していたし、その時ロータスも近くにいたから聞き耳を立てていたのだろう。「ええ、何でも大丈夫よ。ロイは?」 夕食時、マグノリアにヴィーと愛称で呼んでもいかと尋ねられて、そんなの許可なんて求めなくても呼んでもらえると嬉しいと返すと、「では私のことはマグと呼んで」と言われた。 マグノリアはついでのようにロータスのこともロイと呼ぶようにと言ってきた。 そこでロータスだけ愛称呼びを拒否するのは彼への苦手意識を顕在化させてしまいそうで、全く打ち解けてはいないが、
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18 優しさの贈り物

「私、リュージュを傷つけてきたの。リュージュにはもう会えないわ」 暗い表情で話し終えたヴィクトリアは下を向く。「もう会えないなんてそんなこと言うなよ。会いたいなら会いに行けばいいじゃないか。あいつは何だかんだ言って、笑って許してくれるような気がするよ」「どんな顔して会えばいいのかわからないわ。それに、番になれないのに会えないわよ」 うーん、と、ロータスは腕組みをして考え始める。「そうだなあ…… なら、リュージュに会いに行く時は俺も一緒に里についていくとかじゃ駄目か? 俺はもうずっと、里とは関わり合いになりたくないと思って生きてきたけど、でももういい加減、そんなこだわりも捨てた方がいいんじゃないかって、思っていたところだったんだ」 シドが明日処刑されることは、ロータスの耳にも届いているようだ。「リュージュとは最後に喧嘩別れみたくなって、そのままだったんだ。 シドに会いに里に行くって言うリュージュと、絶対にやめろって言う俺とでぶつかって、結局あいつは俺の制止も聞かずに行ってしまった…… その後マグに行方を探ってもらって、無事に里に着いたことと、出会い頭にシドにボコボコにされたことを聞いて、まあほぼ予想通りだなとは思ったけど、やっぱり心配で、連れ戻そうかってマグと話したりもしてたんだ。 だけど、あいつは案外里の中で自分の居場所を見つけて上手くやってるようだって聞いて、あいつにとって俺はもう必要な存在じゃなくなったんだなって、ちょっと悲しく思ったのと同時に、リュージュに対して申し訳ないことをしたなって気持ちが芽生えたんだ。 赤ん坊のあいつを里から引き剥がしたのは俺だから。 俺と一緒じゃなくて、本当はリュージュは里で育っていた方が幸せだったんじゃないかって思った。里にいたら当然受け取っていたはずのものを、俺のせいで全部受け取れなかったわけだから。 そのことは今でも俺の中でずっと引っかかっている。 俺にとってはそうじゃなかったけど、あいつにとっては里こそが本来いるべき場所なんじゃないかって思って、リュージュを連れ戻すのはやめにしたんだ。 その後、俺も忙しかったり他にも色々あって、五年もの間一度も会っていない。ずっとほったらかしだったから、俺もあいつと会うのがちょっと気まずいところもあって、ヴィーと一緒に二人で会いに行けば怖くない、みたいな?」
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19 愛と憎しみ

 マグノリアとカナリアが浴室から出た後、先にどうぞとロータスに言われたが、ヴィクトリアは居候の身であるからと固辞して一番最後に入浴することにした。 白を基調にした浴室には子供用のおもちゃが置かれていて微笑ましい。お風呂はリュージュとサーシャの家でシャワーを浴びてからほぼ一日ぶりだ。「ヴィー、ちょっといいかしら?」 先に髪の毛を洗い終え、次に体を洗おうとしたところで浴室の外から声がかかる。「どうしたの?」 見れば浴室の磨りガラスの向こうに人影が見えた。マグノリアだ。「お風呂、一緒に入ってもいい?」「え? いや、それはちょっと……」 ヴィクトリアは尻込みした。幼い頃ならいざ知らず、成長してから一緒にお風呂に入ったのはリュージュだけだ。 それにリュージュにつけられたキスマークが全身に残っている。いくら同性と言えども恥ずかしい。「……しばらくうちで暮らすんでしょう? 家人の背中くらい流してくれてもいいんじゃない?」 何だか半分脅しのようにも聞こえるが、痛いところを突かれてヴィクトリアは一瞬言葉に詰まった。 ヴィクトリアは先ほどマグノリアが作ってくれた夕食を、つまりはタダ飯を頂いてしまっている。この家を追い出されたらお金を持っていないヴィクトリアは今晩の寝床にも困る。家人の要求には答える義務があるような、ないような。「でもさっきカナと一緒に入っ――」「ヴィーと一緒にお風呂に入れるなら二回でも三回でも何十回でも入るわ!」 ヴィクトリアの語尾にかぶるように食いぎみに、かつ語気強めに言われたので若干引いた。 ヴィクトリアが黙っているのを了承と取ったのか、マグノリアは浴室の扉を開けて中に入ってきてしまった。一緒に入る気満々だったのか、マグノリアが既に服を脱いでいたのは驚きだった。 マグノリアは姿替えの魔法を解いていて、黒髪に黒眼の姿になっていた。長い髪は結わえてまとめられている。顔付きも先程まほどでとは全くの別人で、お淑やかな感じの美女になっている。 昔リュージュがマグノリアのことを綺麗な子だと言っていたが、確かにその通りだと思った。マグノリアは子供を一人産んだとは思えないほど体型に乱れがない。 一つ気になったのは、マグノリアの左胸――ちょうど心臓があるあたりに、花のような黒い痣があることだった。「あらあら、まあ…… リュージュったら…… 昔
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20 『悪魔の花嫁』

 ヴィクトリアはマグノリアと湯船に浸かっていた。 ヴィクトリアは、マグノリアとロータスがリュージュと別れた後の話――リュージュも知らない話をマグノリアから聞いていた。 ロータスの『悪魔の花嫁』になった後、聖女の存在を消したいと思ったマグノリアは、死ぬことにしたらしい。『悪魔の花嫁』とは獣人の番になった人間の女性を指す言葉で、特に人間たちによって使われている。 男性の場合だと『悪魔の花婿』になる。 死ぬと言っても本当に死ぬわけではなくて、死の偽装だった。 マグノリアは危険の多い職業であるハンターになって、その活動中に自らの死を偽装しようと思いついたらしい。父親はマグノリアがハンターになることを渋ったが、聖女の宣伝にもなるからと何とか説き伏せたそうだ。「死んだことを証言してくれる人が必要だから、目的は隠して同じ年のハンターの女の子とパーティを組んだのよ。アテナ・エヴァンズって知ってる? アテナ様」(アテナ様……?) はて、とヴィクトリアは首をかしげた。「知らない? 結構有名なモデルでよく雑誌の表紙を飾ってるんだけど、獣人の里までは届いてなかったかしら」「いえ、そういえば…… 知っているかも」 商人が持ってくる書籍の中には写真が多く載った雑誌もあったが、文字を読むのが好きなヴィクトリアは好んでは買わなかった。 ただ、手にとって見たことはあり、華やかに笑う金髪碧眼の美女の写真が、アテナという名前と共に載っていたような気がする。「その人はハンターをやりながらモデルもやってるの?」「そう、兼業ハンター。でもアテナはハンターなのに血を見るのが苦手な子でね。最後まで獣人は一人も狩れなかったわ。 ハンターじゃ全然稼げなくて、アテナはモデルは副業だって言ってたけど、そっちが本業みたいなものだったわ。 私としても極悪な獣人は別だけど、ロイの同胞を狩りたくはなかったから、それでよかったんだけどね。 その後、もう一人仲間が増えて……」 マグノリアはそこでなぜだか言い淀んだ。「……とにかく最後は三人のパーティだったの。 本当はもっと早く『死ぬ』つもりだったんだけど、アテナたちといるのが楽しくてズルズル先延ばしにしてたら、私と離れる生活に耐えられなくなったロイが迎えに来ちゃったのよ。 ロイには安全な場所にいてもらって定期的に会うようにはしていたんだけ
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21 夜の王

 風呂から上がった後にリビングに行くと、やや強張った顔をしたロータスが一人でソファに座っていた。 カナリアはいつも子供部屋で一人で寝ているらしく、既に寝てしまったと浴室にいた時にマグノリアが言っていた。 ロータスはすっくと立ち上がると、なぜか不穏な空気を身にまとい、影を落としたような表情でマグノリアを見つめながらこちらに近づいてきた。(……雰囲気が一緒にお茶を飲んでいた時と違うというか、ちょっと怖い) 「あら? まだいたの?」 マグノリアはそんなロータスに素っ気ない言葉をかけて何でもない風を装っているが、瞳の奥にやや動揺が見え隠れしていたのをヴィクトリアは見逃さなかった。「マグ…… 何で一緒に寝てくれないの?」(床の話?)「何でって、屋根裏部屋は今は整ってないから、ナディアの時みたいにそこで寝てもらうわけにはいかないし、あなたが一階の患者用のベッドを使って、私たち女子二人が寝室を使うのがいいと思っただけよ? 何か問題がある?」「あるよ。俺はマグと一緒がいい」「あなたを寝室に寝かせるわけにはいかないでしょ? ロイとヴィーに血の繋がりはないんだから」「じゃあマグが俺と一緒に下で寝ようよ」「嫌よ、狭いもの」 マグノリアはくるりと背を向けると、ヴィクトリアの腕を引っ張ってリビングから出て行こうとする。「あ、なら私が一階で寝――」『お願い余計なこと言わないで! 今日は朝まで熟睡できそうなせっかくの機会なんだから、逃してなるものですか!』 いきなり頭の中にマグノリアの声が響いてきて驚く。耳から聞こえる声よりもかなり明瞭な声だった。『精神感応よ。普通な顔してて。あとでちゃんと説明するから、ここは私を立てると思って何も言わないで』 懇願するような声だったので、ヴィクトリアは言われるまま口を閉じたのだが――「マグちゃん……」 背後から悲しげな声が響いてきて思わず振り向く。ロータスは影を背負ったかのような雰囲気が濃くなって、少し涙ぐんでいた。 ロータスは「行かないで」訴えるようにじっとマグノリアを見ているが、マグノリアは振り返ることなく、ヴィクトリアと共にリビングから出て行く。(捨てられた子犬みたいになっているけどあれでいいのかしら……) ****** ヴィクトリアは二階の寝室――つまりは夫婦の寝室に入った。 中央に
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