All Chapters of 獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかけて逃げた後その中の一人と番になる~: Chapter 121 - Chapter 130

224 Chapters

22 家族

「お姉ちゃん、おはよう」 リビングに行くと既にカナリアが起きていて、テーブルの前の子供用の小さな椅子に座って牛乳を飲んでいた。マグノリアはまだ起きていないようだ。 勧められるままヴィクトリアもテーブルについたが、ロータスはまだうろたえている。「な、何か飲むか?」 ぎこちない笑みを向けられてヴィクトリアは顔を隠すようにうつむいた後、突然吹き出した。「え? ヴィー?」「ごめんなさい、ちょっとそのエプロンが……」 ロータスが身につけているのは女性用の花柄エプロンで、ついでのように白いレースのヒラヒラまでついている。シドの顔とそのエプロンがありえない組み合わせすぎて、笑いが込み上げてきてしまった。 少し場の空間が和む。ロータスがほっとしたような顔になる。「ごめんな、変な匂い嗅がせて。すぐにマグを起こして魔法をかけ直してもらうから」「驚いたけど気にしてないから大丈夫よ。二人は夫婦なんだし…… どうして魔法が解けたの?」 マグノリアは寝室に元々の匂いがわからなくなるような魔法をかけていたようだ。それが朝になったら効かなくなっていたのは、ヴィクトリアが寝ている間に魔法が解けてしまったからだろう。「その…… マグがちょっと気絶しちゃって」「気絶?」「普通に寝てるだけなら魔法は解けないけど、何かの理由で気絶したりすると、魔法は解けてしまうんだ」(そういえば昔読んだ魔法書にそんなことが書いてあったかもしれないわ) 魔法使いは普通に気絶する以外にも、魔法を使いすぎて魔力が枯渇しても気絶するらしく、それでも魔法は解けてしまう。「おはよう…… ごめんね、寝坊しちゃったわ」 ほどなくリビングにマグノリアが現れた。マグノリアは昨夜寝る前は金髪茶眼の姿だったが、今は本来の黒髪黒眼に戻っている。 朝すっきりと目覚められないと言っていたが、確かに顔色は悪くないものの、少し気怠そうだった。「おはようマグ」 対するロータスは完全にすっきりとした爽やかな笑顔を向けている。「いいんだよ、今朝は俺が全部やるから。ささ、座って」 ロータスは上機嫌でニコニコしながらテーブルの椅子を引いてマグノリアを座らせようとするが、マグノリアはその前に姿替えの魔法を使い、ロータスを黒髪黒眼に、自身を金髪茶眼の姿に変えた。 極力正体がばれないように、魔法が使える時はできる限り魔法を
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23 救出へ

 ヴィクトリアは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。「待って」 玄関に向かおうとしたヴィクトリアの手首をマグノリアが掴む。「どこへ行くつもり?」「ナディアを助けに行かないと。ナディアがこんなことになってしまったのは私のせいだわ。ナディアは私を助けなければ、こんなことにはならなかった」「それは私も同じよ。昨日ナディアは一人でも帰って来られるなんて思わずに、最後までちゃんと面倒を見ておけばよかった。とにかく落ち着きなさい。闇雲に飛び出して行ってどうするつもりよ」 落ち着いてなんていられるものか。処刑されるだなんて、ナディアは今頃死の恐怖に怯えているに違いない。「ヴィー、落ち着いて。処刑は今日の昼過ぎだ。まだ時間はある。何とか救い出す方法を考えよう」 ロータスは緊張を孕んだ顔のままだが、ヴィクトリアを落ち着かせたいのか、安心させるような低音で諭すように告げてくる。 カナリアは急に緊迫してきた部屋の様子に、心配そうな表情を浮かべながら両親の顔を交互に見ていた。「マグ、魔法で私を首都まで飛ばすことはできる?」「あなたは銃騎士隊に狙われている身でしょう? ここに残った方がいいわ。私が一人で行ってくる」「ちょっと待て、マグを一人でなんて行かせられない。俺も行く」「また昨日のやり取りを繰り返すの? あなたは残って。万一にでもカナを親のいない子にはしたくない」 マグノリアの言葉は、首都に乗り込んでナディアを助け出すことには、かなりの危険が伴うことを意味している。 マグノリアは魔法使いだが、銃騎士隊だって魔法使いを抱えているのだから――「それなら君が残るべきだ」「私は行くわよ? 私の魔法なしでどうやってナディアを助けるつもりなの?」 二人は昨日のようにまたお互いに意見を譲らずに言い合いを始めてしまった。 二人は決して仲が悪いわけではない。お互いを思い合っているがゆえにこうなってしまうのだろう。「二人とも喧嘩はやめて、私が一人で行ってくるわ」 ヴィクトリアが決意を込めてそう告げると、二人が揃ってこちらを向いた。「一人でなんて危険よ」「そうだぞ、ヴィーが一人で行ってどうするつもりなんだ」「交渉する。敵だけど、銃騎士隊には一人信頼できる人がいるから、ナディアを解放してもらえないか彼に頼んでみる」「上手くいくかしらね。了承したふりをして、ヴィ
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24 闇魔法

 ヴィクトリアはマグノリアと共に書斎に来ていた。 書斎はロータスが医師をしているだけあって医療関係の本が多く、本棚以外にも本が床に積み上がっている。 マグノリアは墨と硯を取り出してきて文机の前に座り、筆で長方形の紙に何やら文字を書きつけていく。 魔法書でも見たことのあるその文字は古代語だそうで、ヴィクトリアは読めないが、マグノリアも魔法書を参考に覚えただけで、細かい部分の意味まではわからないらしい。 魔力を込めて文字を綴ることで「札」を作ることが出来る。札から魔力の遠隔操作を可能にする「依り代」を作れるし、魔力の貯蔵庫代わりにもなるのだという。「私は『真眼』の能力こそあるけど、魔力自体はそこまで多くはないのよ。 だけど魔力を貯金みたいに札に貯めておけば、魔力が少なくなった時にそこから補充できるの。札を作る時に込めた分だけ魔力は減るけど、時間と共に自然回復するわ。回復の速さは個々人でまちまちよ。 前に作り置きしておいた分もあるけど、今もできる限り作っておきましょう」 ヴィクトリアは椅子を持ち出してマグノリアの隣に座っていた。マグノリアに札作りを手伝ってほしいと言われたが、ヴィクトリアは今のところマグノリアの作業を眺めているだけだ。 そのうちに書き疲れたのか、マグノリアがふうっと息を吐く。「ヴィー、ごめんね、驚かないでね。ちょっと生気をもらうわね」 昨日の「怨霊」発言に引き続き「生気をもらう」という恐ろしい言葉が出てきて、ヴィクトリアはうろたえた。 マグノリアはヴィクトリアの反応などお構いなしで、こちらに手の平を向けてくる。 やがて手の平の先に、音もなく渦巻く漆黒の空洞が現れた。 その真っ黒で不気味な穴は、付近の空間を歪ませて吸い込んでいるように見えた。「か、怪奇現象っ!?」 ヴィクトリアは摩訶不思議現象に驚きすぎて声を荒げた。「嫌ね、これも魔法よ」(これが魔法……) それまで体験してきた転移魔法や精神感応とはまた異質というか、随分と禍々しく思える。「闇魔法よ。重力魔法とも呼ばれているけど、そのうちの一つ。ちょっと体から力が抜けていくように感じるだろうけど、我慢してね」「闇…… 重力、魔法……」 ひどく戸惑った顔を見せていたヴィクトリアに、マグノリアが魔法の種類を説明するが、マグノリ
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《処刑場編》1 一人足らない

 時刻は昼。  ヴィクトリア、マグノリア、ロータスの三人はシドの公開処刑が行われる処刑場まで来ていた。  獣人の処刑の為のその処刑場は、首都郊外に作られている。  広場の中央には首が落とされる大がかりな機械が設置されていた。  危険がないようにと、処刑場内広場への一般人の立ち入りは禁止されているが、広場を取り囲むように円形の建物が建てられていて、ガラスで隔てられているものの、スポーツ観戦のように段差のある観客席がいくつも設けられて、処刑の見学は自由だった。  ヴィクトリアたちは、稀代の大悪党・獣人王シドの処刑見たさに集まった人であふれる観客席の中にまぎれていた。  三人は結局、もうすぐ処刑が始まるというこの時間までに、ナディアを見つけ出して救出することができなかった。  マグノリアの『真眼』の能力があれば居場所を特定できそうなものだが、マグノリアが当たりをつけた場所に向かっても、ことごとくナディアがいない。  それでもマグノリアは諦めずに魔法を使ってナディアをずっと探し続けていた。時々、「気を分けてほしい」と言われて、ヴィクトリアは人気のない場所で例の黒い渦巻きを介して、マグノリアに気を分けていた。  時間だけがじりじりと消費され、ヴィクトリアとロータスが別人の姿のままで焦りの表情を浮かべる中、マグノリア一人だけが落ち着き払ってこう言った。 「……どうやら、いつの間にかあの子は私の『真眼』の能力を越えていたみたいね」  詳しいことはわからないが、つまり、マグノリアよりも力を持った魔法使いによって、ナディアの居場所が秘匿されているようだった。  首都近郊にある獣人が収監されていそうな場所は調べ尽くした。  困り果てた三人は――マグノリアは焦っているようには見えなかったが、本人いわく焦っているらしい――こうなったら最終手段として、「処刑場にナディアが現れた時点で掻っ攫う」という作戦に切り替えることにした。  攫う瞬間にバレる可能性大だが、銃騎士隊や民衆にとって一番重要なのはシドの処刑であり、ナディアの処刑は後から追加された、いわばおまけのようなものだ。どさくさに紛れて何とかするとマグノリアは言った。  現在、ヴィクトリアとロータスはマグノリアの後に続いて、観覧用に建てられた円形の建物内部を歩き回っていた。  観客席は人間だらけで混
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2 不測の事態

『一度ここから出ましょう。ナディアが現れるかは少し離れた場所からでも探れるし、あの子にだけは注意しないと』  マグノリアはちらりと貴賓席に目を走らせ、次期宗主の隣に座る人物がまだ席に現れていないことを確認した。  マグノリアが歩き出すと、ヴィクトリアとロータスもその後に続いたが、二人同時にピタリと足を止めてしまう。  二人が見つめる視線の先では、処刑場広場へと続く円形建物の扉が開いていた。  まずは先導する銃騎士隊員たちが現れて、それから……  十字になった金属製の太い柱に、幾重もの鎖によって縛りつけられている鮮やかな赤髪の男――シドの姿が見えた。  十字の柱を支えている下の金属製の台には車輪がついていて、周囲の銃騎士たちが押して中央の処刑装置へと進んでいる。  シドを囲む銃騎士の中にはジュリアスと、それから、九番隊砦から逃げた時に見かけた灰色の髪の銃騎士の姿もあった。  あの時、彼は一瞬でその場から姿を消した。今思えばあれは瞬間移動の魔法で、つまり彼は銃騎士隊が抱える魔法使いのうちの一人だ。  シドが広場に姿を現した途端、周囲から怒号が聞こえ始める。  ――殺せ! 殺せ! 殺せ!  シドに怒りと恨みを募らせた声が響く。  シドは怒りの声にも全く反応しない。シドの顔の゙下半分は鈍色の金属製マスクで覆われていて、口元の表情は見えない。  シドはまるで眠っているかのように目を閉じていた。その姿は既に諦めたようにも、まだ何かを企んでいるようにも見える。  ヴィクトリアは処刑直前のシドの様子を、引きつけられたようにじっと見つめていた。 (シド…… 死ぬの……? ここで死んでしまうの?)  ヴィクトリアは、シドに対して呼びかけるような、自身の心の内なる声を聞いた。  酷い人だった。自分の本当の父親でもなかった。けれどヴィクトリアは、シドに対して、「殺せ!」という周囲の声とは真逆の思いを抱いていることに気づく。 「父上……」  隣ではヴィクトリアの手を握りしめたままのロータスが、悲痛な声音でつぶやいていた。今にも泣き出しそうな苦しみのにじむ表情で、ロータスはヴィクトリアと同じようにシドを見つめている。  ロータスにとっては、十数年ぶりに見る父の姿だった。 『二人とも、駄目よ。助けようなんて考えないでね。私たちが助けるのはナディア
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3 不可能を可能にする男

 もうすぐシドの処刑が執行されるその直前、観覧席の窓からガラスが砕ける音が響き渡り、魔法使いの一人であるジュリアスは騒ぎに気づいて眉をひそめた。  見れば小さな女の子が――獣人の女児が――窓を突き破って広場の地面に落下していた。 (あの子は……)  直後に割れた窓から男が飛び降りて、女児を守るように腕に抱き込んだ後、何発かの銃弾が彼を貫いた。 『父さん、やめてください』  ジュリアスは咄嗟に自分の父親であり二番隊長であるアークに精神感応で呼びかけた。  仕事中はいつも「隊長」と呼んでいるのに、ジュリアスは思わず父と呼んでしまった。だが、灰色の髪と目を持つ父アークは、ジュリアスの言葉など聞きはしない。 『会場に獣人が入り込んでいたんだ。それを始末するのは俺たちの仕事だろう?』 『……』  ジュリアスは咄嗟に黙ってしまった。しかし、シドに注意は向けつつも、父親を非難するような視線はずっとアークに向けている。 『シドの処刑前に騒ぎを起こすのはあまり得策ではありませんよ』 『些細なことだ。余興としては丁度いい』  余興――アークがシドの処刑の前座とするつもりで、無理矢理ねじ込んだナディアの処刑がなくなったこと、いや、それ以前に、ナディアの処刑のことで喧嘩別れしたシリウスのことや、アークの反対を押し切って婿入り結婚して名字を変えたノエルのことで、アークは苛立っているようだった。  しかし今回は、父らしくもない浅慮な行動だと思ってしまう。 『やはりな。出てきたぞジュリアス』  アークに言われずともジュリアスも気づいた。女児を守るように庇う男を狙って撃ち込まれる銃弾が、彼には当たらずに、周囲のある一定の場所で弾き返されている。  これは「盾の魔法」だ。使ったのは自分たち家族ではない。  この状況ならば、魔法を使ったのは「真眼の魔法使い」であるマグノリアで間違いないだろう。 『田舎に引っ込んで俺たちの邪魔をしないのであればと見逃してやっていたが、こちらに出てくるのならば、お望み通り殺してやろう』  アークの発言は過激だが、獣人を狩ることは銃騎士の本分である……  人の法では本来、獣人は存在しているだけで悪であり、その獣人と関係して子供を産んだ彼女も、『悪魔の花嫁』として抹殺対象だ
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4 引き合う二人

「道を開けてください! すみません!」 いくつもの銃口を向けられて冷や汗をかいているヴィクトリアの元に、美しい青年の声が響いた。 ヴィクトリアを囲んでいた銃騎士のうちの数名が場を譲ると、その人物が現れる。灰色の髪と紺碧の瞳を持つ十代後半ほどのものすごい美形だった。 彼は半袖のミリタリージャケットにカーゴパンツを履いていた。動きやすさ重視の服装なはずなのに、この青年が身にまとうだけで服の存在感が光り、洗練されて輝き出しているように見えた。 青年の左手の薬指にはかなり高級そうな指輪がはめられている。彼の体からも女性の匂いがするので、恋人がいるようだ。 ヴィクトリアは青年の顔をじっと見てしまった。なぜならば、顔つきがジュリアスに似ているように思ったからだ。 もしかすると、たくさんいるという彼の弟のうちの一人ではないかと思った。 青年は座るヴィクトリアの目線に合わせるようにかがみ込んできた。「初めまして、獣人姫ヴィクトリア」 その挨拶の言葉も、最初にジュリアスと会った時のことを思い起こさせた。「私はノエル・ブラッ…… いえ、ノエル・エヴァンズと申します。マグナのハンター仲間です。私にマグナを渡してはいただけないでしょうか? 悪いようにはしないとお約束します」『マグナ』 確か、マグノリアは以前ハンター仲間からそう呼ばれていたらしい。「あなたはジュリアスの弟なの?」「そうです」 名字が違うから、あれ? と思ったが、やはりノエルはジュリアスの弟だった。ジュリアスと同様に物腰が柔らかく、こちらが獣人だからと忌避したり嘲る様子は一切ない。「……お願いするわ」 短いやりとりだったが、ヴィクトリアはノエルが信用できると思い、気絶してしまったマグノリアを預けることにした。 マグノリアは『悪魔の花嫁』とはいえ人間だ。銃騎士隊から銃を向けられてしまう獣人の自分よりも、ノエルと一緒にいた方が助かる可能性が高いと思った。「ヴィクトリア!」 ノエルがヴィクトリアの腕からマグノリアをお姫様抱っこで抱え上げた時、愛しい人の声が聞こえてきた。 ノエルはちらりとこちらに向かってくるレインを見てから、その場を離れた。 ノエルと入れ違いのように、彼がヴィクトリアの前に現れる。「レイン……」「銃をしまえ! 絶対に撃つな!」 レインは周りの銃騎士たちを牽制しながら
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5 力の差

 ――血飛沫が舞う。  ノエルはシドを拘束する魔法は発動したままで、気絶しているマグノリアを妻アテナの家に預け行っていた。処刑場から離れてもある一定の距離までなら効果は消えない。  説明もそこそこに――それでも瞬間移動で消える寸前にアテナは「説明っ! 説明不足ーっ!」と叫んでいた気がしたが――ノエルは急いで処刑場まで戻ってきた。  そして、すぐ下の弟セシルの背中からシドの腕が生えた瞬間を見てしまった。 「セシっ!!」  叫んだのは兄のジュリアスだ。シドに相対する形で背中側にいるアークを庇ったセシルは、口からゴボリと血を吐き出した後にすぐに意識を失った。  無表情でいることが常であるような父アークも、この時ばかりは驚いた表情で衝撃に目を見開いていた。  シドに腕を引き抜かれ、その場に崩れ落ちるセシルをアークは片手で抱き止めた。  アークの右腕は既にシドにもがれて、空中高くに投げられていた。  おそらくアークは、対象に直に触れることが条件だが、発動すれば致死率百パーセントである一撃必殺の「人体発火の魔法」をシドにかけようとして失敗し、逆にシドに殺されそうになっていたところをセシルに庇われたのだろう。  セシルは瞬間移動でシドとの間に割って入り、アーク自身も止める隙もなかったはずだ。  自己犠牲をよしとしてしまうセシルならやりかねないことだが、ノエルはセシルの行動を止められずに、弟も父も守れなったことを悔しく思った。  ノエルはマグノリアを預けに行ったわずか数分の間に、事態がこれほどまでに悪化するとは思っていなかった。まさに想定外すぎる。  弟が殺されかかっている衝撃にノエルの体の周囲から意図せず風が吹き荒れて、ジュリアスが目くらまし代わりに魔法で立てていた砂塵を、その場から吹き消してしまう。  周囲には多くの銃騎士隊員たちが倒れていて、何人かは治療魔法の光に包まれていた。ジュリアスが治療魔法で仲間たちの治療を施していたようで、まだ全員息があるらしいことが救いだ。  アークはセシルを腕の中に抱きしめた状態で座り込んでいる。「盾の魔法」で防御をしながら、セシルに治癒魔法をかけ始めていた。  シドはすぐに腕を振り上げて尚もアークたちに攻撃を仕掛けようとしていた。  ノエルはすぐに魔法で風の矢を作り出し、シドに射っ
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6 呼べない

 シドが移動を開始する。  このままではヴィクトリアが殺されかねないと、ノエルは青くなったが、ジュリアスがすぐさまとある魔法を発動させたことで、シドは観客席に入ることなく処刑場広場に足止めされた。  シドがいたはずの空間には暗黒の闇が広がっていて、シドはその中に囚われたようだ。  これは闇魔法を極めた者にしか使えない空間を歪める魔法だ。今シドは闇で覆われた膜の中に閉じ込められていて、術者の意図があれば別だが、どんな怪力を持ってしても外に出ることは不可能だ。  中から出られない代わりに、外からの干渉も一切不可能になっている。中でシドを処刑するためには術者の手によって処刑人も中に入る必要があるが、中は真っ暗で何も見えず、処刑にも戦闘にも不向きである。  外から見てもその空間は真っ黒で、透視の魔法があれば中の様子も探れるが、一般人では中がどうなっているのか全くわからないだろう。  この魔法は時間が経つと闇が薄くなって消えてしまうので、シドを永遠に閉じ込めておくこともできない。いずれあの怪物も外に出てきてしまう。  処刑を見に来た観客はまだ大勢が避難中である。それまではジュリアスも、魔法の存在に気づかれないように砂塵で目くらましなどをして対策をしていたようだが、もうなりふり構わなくなってきたようだ。  処刑場広場に、いきなりある程度の大きさを持つ謎の黒い空間が出現したら、その不気味さや禍々しさも相まって、不審に思う者も大勢いるはずだが、ノエルとしてももうそこらへんには目を瞑ろうと思った。  魔法の存在を隠すことよりも、シドをどうにかすることの方が重要だった。  ノエルはジュリアスが作り出した暗黒の空間を見つめながら、この場では最適解だと思われる言葉を口にした。 「兄さん、シー兄さんを呼び戻しましょう」  ジュリアスも同じことを考えていたのかもしれないが、思うところがあるのか沈黙で返してきた。 「協力しないなんて言っていましたが、私達の危機を知れば、必ず来てくれるはずです。  セシが回復して目を覚ましてくれたら――なんとかなります。  シー兄さんが来てくれるまで、このままジュリ兄さんの魔法でシドを閉じ込めて、時間稼ぎをするのです」  ノエルはこの方法しかないと思ったが、しかし、ジュリアスは「是」とは言わない。 「シーは、呼べない
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7 強敵

「積もる話は後だ。とにかくここから離れよう」 ヴィクトリアがレインに手を引かれながらそう返された時だった。 観客席のそこかしこから悲鳴が上がり、「逃げろー!」と口々に人々が叫んでいる声が聞こえた。 振り返ると―― 処刑場の中心で拘束されていたはずのシドの片手が外れて、体に巻きつけられている鎖を粉砕していた。「シド……」 立ち止まりつぶやくヴィクトリアの手を、レインが強く引いた。「逃げるんだ! 走れ!」 走り出したレインと一緒にヴィクトリアも走る。 観客席や通路は逃げ惑う人々であふれ返っていた。 出口付近は人が密集していてそれ以上先へは行けず、ヴィクトリアたちも足止めされてしまった。前方の状況を確認しつつ、ヴィクトリアはシドのいる方向を振り返った。 シドがいた付近の処刑場は土埃が多く舞っていて、シドの姿は確認できなかった。 悲鳴や嘆く声が多い観客席とは違い、処刑場広場からは戦う銃騎士隊員たちらしき怒号が聞こえた。 ふと、視線の先でそれまでにはなかった風が急に吹いた。 風によって砂埃の晴れた空間には、ノエルが立っていた。 近くにマグノリアの姿は見当たらない。ノエルはマグノリアをどこかに移動させたか誰かに預けてから、処刑場まで戻ってきたようだ。 ノエルが手をかざすと、風の矢のようなものがいくつも現れて砂埃の中心部へと飛んでいった。(あれは…… たぶん魔法……) ヴィクトリアは、「ノエ」――つまりノエル――が、魔法使いオリオンが語っていた、銃騎士隊が抱える魔法使いの名前だったことを思い出した。 通常の戦いではない。シドは魔法という人の道理を超えた力を持つ者たちの攻撃を受けていた。 ノエル以外の魔法使いの姿は見えないが、すぐにノエル自身もその場から消えて見えなくなった。(人間にしては動きがあまりにも早いわ。魔法を使ったのかしら……) レインと手を繋いだ状態で、ゆっくりと進む人の波に身を任せながら、ヴィクトリアが何度かシドがいるはずの方向を振り返っていると、砂塵の隙間からシドの姿が見えた。 ヴィクトリアは、こちらを激しく睨みつけているようなシドと視線が合ったような気がして、心臓が大きく跳ねた。「ヴィクトリアァァァァァーーッ!」 シドの咆哮が聞こえて、ヴィクトリアは一瞬固まった。(シドが呼んでいる…… シドが……) ヴィクトリ
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