All Chapters of 獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかけて逃げた後その中の一人と番になる~: Chapter 131 - Chapter 140

224 Chapters

8 どうしてもお前に言っておかねばならないことがある

「マック隊長! どうしますか!」「マック隊長!」 三番隊長マクドナルド・オーキットはまだ動ける三番隊の部下たちや、今回のシドの処刑の応援に来ていた四番隊や五番隊の銃騎士たちに囲まれて、声をかけられていた。 輪の中には四番隊長と五番隊長もいるが、彼らは元々は三番隊所属であり、マクドナルドの部下だった。 隊長交代のために誰か良い人材はいないかと相談されて推薦したのだが彼らだった。 一番隊長は貴族や観客たちの避難の誘導にあたっているし、同期でもある二番隊長アークに至っては、先ほどのシドとの戦闘で腕を吹っ飛ばされて負傷中だ。 今この場にいる上役の中で取りまとめ役はマクドナルドしかいない。 シドが自ら鎖を破壊して暴れ初めた直後は、「絶対にシドを処刑場から出すな!」と仲間を鼓舞していたマクドナルドだったが、その後シドが突然出現した暗黒の闇の中に閉じこめられてしまい、対応を考えあぐねている最中だった。「ジュリ! 死ぬな! 私を置いて行くな! 私はどうしてもお前に面と向かって言わなければならないことがあるんだ!」 悲痛な叫び声が聞こえてきてそちらに目をやれば、銃騎士隊副総隊長でありジュリアスの親友でもある、美しき銀髪の貴公子ロレンツォ・バルト公爵令息が必死な様子で暗黒の壁を叩き、ジュリアスを愛称で呼びながら語りかけていた。 マクドナルドはロレンツォの発言の内容にぎょっとしていた。 突然出現したこの闇は、魔法使いの一家であるブラッドレイ家の誰かがやったのだろうなとは思っていたが、少し離れた場所にいる一家の面子は、父親のアークと三男と意識のない四男の三人だけだ。 次男はシドの処刑前に戦線離脱してこの場にはいないという話だったから、ロレンツォの言動から中にいると思われるジュリアスは、たった一人でシドと戦っていることになる。(一騎打ちだと? 死ぬぞ……) 今回のシド捕獲劇は二番隊の中でも特にジュリアスの肝煎り案件だったらしい。 難攻不落と言われていたシドの捕獲を成し遂げた栄誉から一転、拘束を破られたという失態を取り戻すために躍起になっているのかもしれないが、もっと仲間を頼ってくれていいのにと思ってしまう。 もっとも、先ほどのシドとの戦闘では、自分も含めてジュリアス以外の銃騎士ではシドに全く歯が立たなかった。 閉ざされた闇の中に入ってシドと一対一
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9 ブラッドレイ家の秘密

 ジュリアスに腕を掴まれて歩かされている最中に周囲の光景が突然変わった。 建物の中にいたはずだったのに、あたり一面が暗闇に包まれていて何も見えない。 きっとジュリアスが何かの魔法を使ったのだろうと思った。ジュリアスは弟のノエルと同様に銃騎士隊が抱える魔法使いの一人で間違いない。 ヴィクトリアは九番隊砦でジュリアスと過ごしていた時、そんなことには全く気づかなかった。(もっとも、敵である私には手の内なんて見せないのだろうけど) 暗闇に連れてこられてすぐにジュリアス以外の手が伸びてきて、彼から強引に引き剥がされた。 ヴィクトリアは自分を腕の中に抱いている人物の匂いを嗅いで、激しい動悸に襲われた。(シド……) つぶやいたつもりだったが、声が出なくなる魔法は続行中のようで、言葉にはならなかった。 結局戻ってきてしまった。里から逃げ出したこともこれまでのことも、全ては徒労だったのかと、ヴィクトリアはやるせない気持ちに支配された。「裏切りの仕置きはあいつを殺してからだ。覚悟しておけ。お前は俺のものだと今度こそ全身に刻み込んでやる」 怒気と色気混じりの低い声で耳元で囁かれて背中がゾワゾワする。ピチャピチャと音を立てながらシドに耳を舐められているが、久しぶりのこの感触に気が遠くなりそうだった。 それでも里にいた頃よりも嫌悪感を感じないのは、血の繋がりがなくて実の父親ではないことを知ってしまったからかもしれない。(アルは、私がシドの実子ではないと知ったら絆されると言っていたけど、確かにそうかもしれない……) 成されるがまま強く抱きしめられて体の匂いを嗅がれていると、急に体が高速で移動した。 真っ暗なために視覚では何が起こったのかわからないが、ヴィクトリアは獣人の特徴である鋭い嗅覚から、ジュリアスの攻撃を受けたシドが、ヴィクトリアを抱いたままでそれをかわしたのだと知る。「捕まってろ」 立て続けに早すぎる斬撃が飛んできて、ヴィクトリアは言われるがまま、シドの体にしがみついていた。 ヴィクトリアは嵐のように早すぎる二人の動きに翻弄されるばかりだった。 暗闇では獣人の発達した嗅覚で周囲の様子を探るしかないが、嗅覚では二人のだいたいの動きはわかるのものの、詳細まではわからない。 だからジュリアスがどんな表情で、ヴィクトリアにも当たるかもしれない攻撃を繰り
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10 僕たちを殺さないで

 約十七年前、夜半――  アークは自宅のリビングにある暖炉の前で一人、椅子に座りながら燃える炎を見ていた。  彼の手中には小さくて透明な容器があった。アークが揺らすと中に入っている液体も揺れる。  これは毒薬だった。体内に入れると苦痛なく安らかに死を迎えることのできる毒薬だ。銃騎士隊二番隊に所属するアークは、この薬を簡単に入手することができた。  夜、アークは第四子を妊娠中の妻と、三人の息子たちに眠りの魔法をかけた後、注射器を使って毒薬を次々に彼らの体内に注入していった。  今頃は毒薬が全身に回り、苦しむことも悲しむこともなくあの世へと旅立っていることだろう。  殺害に使用した注射器類は、既に暖炉の火の中に投げ入れている。最後に残っていた毒薬入りの容器を火にくべてしまえば、証拠は全てなくなった。  もっとも、使用した道具類を個別に燃やしたところで、最後はこの家自体を燃やしてしまうつもりだったから、結局は何もかもが焼けてしまい、遺体すら灰と化すだろう。  アークがほんの少しの魔力を使っただけで暖炉の火の勢いが増し、火が暖炉の中から飛び出して周囲の壁や床が燃え始める。家中に引火性の燃料を撒いてあるから、すぐにあたり一面が火の海になるだろう。  魔法使いのアークが、家を燃やすのに燃料を使ったのには理由がある。術者が死んでしまうと魔法の効力が失われて、魔法で生み出された火は消えてしまうからだ。  アークは最後の仕上げとばかりに取り出した拳銃を自らのこめかみに当てた。  一家心中と、全てを炎の中に消してしまうこと。それがアークの計画だった。  家族を殺して自分だけが生き残る選択肢はアークの中には存在していなかった。  心中を企てた理由は、ひとえにアークの心が耐えきれなくなったことだ。  普段から無表情でいることが多く、そのせいもあって鬼畜だとか心臓に毛が生えているなどと言われることの多いアークだが、中身は普通の人間だ、と自分では思っている。  これ以上、裏切りを続けることに限界を感じてしまった。  銃騎士隊の仲間たちが日々獣人との戦いで死んでいく中、自分はその獣人を次々と誕生させて育てている……  愛をなくしたわけではない。妻と子供たちへの愛情は今でも変わらない。  妻のロゼ――元々の名前はジュリアというが人間として暮らすために名前を変えさ
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11 絶体絶命

(まさか、そんな…… ジュリアスが、獣人……?) ジュリアスが獣人であるというシドの発言にヴィクトリアは面食らっていた。(どうして? なぜ獣人が銃騎士隊に?) 二つの勢力は対立しているはず。交わることなどないはずで――「主義主張が変われば立場も変わるさ」 声を出せないヴィクトリアの思考を読んだらしきシドがそう告げてくる。 獣人が、獣人を狩ることが使命の銃騎士になるという矛盾も、シドにしてみればそこまで驚くことでもないようだ。 確かに、獣人の里には人間であっても、獣人の番になるなどして伴侶である獣人を愛し、獣人たちのために心底働いている者たちもいる。 彼らは人間だが獣人側に寝返っているわけで、その逆、つまりは目の前のジュリアスのように、獣人なのに人間側に味方する者がいてもおかしくはない。 獣人が人間として生きていく―― 魔法の力があれば誤魔化すことも可能だとは思うが、正体を暴かれれば死と隣り合わせである環境の中で、自らの出自を偽りながら生き続けることには、どれほどの困難が伴うのだろうとヴィクトリアは思った。 不意にジュリアスから漂う雰囲気が変わった。表情の変化はわかりにくいものの、匂いの変化はわかる。 親しみのあるジュリアスの匂いが――人間の匂いが――獣人の匂いに変わる。ジュリアスはこれまで、本来の匂いが変わるような魔法をかけていたようだが、それをここで解いたのだろう。 ジュリアスから香るのは間違いなく獣人の匂いだった。これがジュリアスの元々の匂いだ。 ヴィクトリアは直にジュリアスの本当の匂いに触れて、これまでのことに合点がいった。(今まで見てきた中で一番美しい男だと思えるその美貌も、シドと渡り合えるほどのその強さも、全ては彼が獣人だから……) 思えば、牢屋の中で二人で食事をした時も、ジュリアスはヴィクトリアと同じ料理――肉料理――を食べていた。 その時は準備の手間を省くために同じものにしたのだろうと思っていたが、理由はそれだけではなかったようだ。  ジュリアスからは常に獣人に対する忌避感は感じなかったが、それもそのはずだ。(だって、ジュリアスも獣人なのだから)「来ないのか? ならこっちから行くぞ」 両雄は距離を取ってしばし対峙したままだったが、先にシドが仕掛ける。 シドは相変わらず片腕でヴィクトリアの腰を抱いているので
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12 遺言

 ノエルの視線の先では、長兄ジュリアスの利き腕がシドによって斬り落とされていた。それどころか、シドが落ちたジュリアスのその腕を食べている―― 嗚咽を漏らしながら流すノエルの涙が、膝上に乗せていたセシルの頬にポロポロと落ちた。 すると、セシルのまぶたが微かに動いた後にゆっくりと開き、弟が目を覚ました。「ノエ兄……」 ノエルが泣いているのを見てつぶやいたセシルは、それの意味するところをすぐに理解したようだ。「ジュリ兄!」 セシルは飛び上がると、暗闇の空間を作り出している壁まで走った。「ジュリ兄! 駄目だ! すぐに戦いをやめて! このままじゃ死んじゃうよ! ジュリ兄は絶対に死んじゃいけない人なんだよ!」『ノエ…… セシ……』「兄さん!」「ジュリ兄!」 何度声をかけても返してくれなかった長兄が精神感応を使ってきたことに、ノエルは歓喜に似た声を上げた。『二人とも、よく聞いてほしい…… 弟たちを大事にして、俺の代わりに父さんと母さんを守ってほしい』「兄さん! 何を!」「何言ってるんだよ!」 そこまで聞いたところで弟二人は同時に声を荒らげた。(これではまるで、遺言じゃないですか!)「出てきてよ! 死ぬなら代わりに俺が死ぬ! ジュリ兄のことは必ず守るってリィと約束したんだ! ジュリ兄がこの世から消えちゃったら、リィの心が完全に死んじゃうよ!」 セシルは号泣しながら壁を叩いた。「リィ」とはセシルの婚約者ジュリナーゼの愛称の一つだ。ジュリアスとジュリナリーゼは昔お互いに両片思いのような時期があったが、ジュリアスは自身が獣人であることを理由に身を引き、二人が結ばれることはなかった。 しかしその後、セシルは秘密裏に傷心のジュリナリーゼに近づき、交流を重ねて恋人の座に収まった。 セシルは獣人であるにもかかわらず次期宗主ジュリナリーゼと恋人になったことについて、ジュリアスに一度ぶん殴られている。 『セシ、彼女に必要なのは俺じゃなくてお前だよ。リィはお前が死んだら後を追いかねないくらいにはお前を愛している。彼女を不幸にしないためにも、いい加減、自分を犠牲にする癖は直しなさい』「そんなのジュリ兄だって同じだろ!」『これは俺の使命なんだ。こんなことになってしまったのは俺の責任だから。シドは必ず倒す。いや、倒さなければならない。
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13 寝取られの気配

 シリウスがノエルに呼ばれて処刑場に現れた時、事態は最悪の方向に動いていた。「シー兄! ジュリ兄を説得して! このままじゃ死んじゃうよ!」 シリウスが現れたことに気づいたセシルがこちらに突進してきて、抱きつきながら泣いている。ノエルもすぐそばで泣いていた。 シリウスは目前の暗闇の壁を見つめて、愕然としていた。 ノエルの「鳥」が現れる直前に、シリウスは目覚めたばかりの『未来視』の能力によって、兄ジュリアスが死ぬ未来を見た。 それもただ死ぬだけではなくて、獣人王シドにむごたらしく殺される『未来視』だった。(兄さんは両手を斬り落とされて喰われた後に、両目もくり抜かれてやはり喰われて、最後は抜かれた心臓もシドに喰われていた……) 愛する兄がそんな目にあってしまう恐ろしい未来だった。 獣人は肉食であるが、ブラッドレイ家の母や兄弟たちだって人肉は食べない。シリウスだって人間や獣人の肉を喰らうなんておぞましいことは一度も考えたことがなかった。 里に潜伏していた頃だって、同胞や人間の肉を好んで食べる獣人は稀だった。あの男はおかしいのだ。 暗闇の中にいるジュリアスには既に両腕がなかった。 ジュリアスはもう光属性ではなくなってしまったから、今や「身体再生の魔法」は使えない。(兄さんの腕はもう元には戻らない……) ジュリアスはそれまで使用を避けていた魔法による攻撃を開始していた。 両腕がないのだからジュリアスにとって攻撃は魔法一択である。 ジュリアスが使う闇魔法の影響を受けているのは、シドではなくて、なぜか中に一緒にいるヴィクトリアだった。 ジュリアスはヴィクトリアもシドと共に殺してしまうつもりではないかとシリウスは思った。しかし、少なくともシリウスが見た『未来視』の中では、ヴィクトリアは死んでいなかった。 おそらくヴィクトリアはこの処刑場で死ぬ運命にないのではないかと思う。 ただ、単にあるはずのヴィクトリアの「死の未来」を視ていないだけかもしれず、シリウスも『未来視』については発現したばかりであり、この力についてはいまいち把握しきれていなかった。 シリウスは、ジュリアスにこんなことをさせてしまったのは自分のせいだと思った。自分が作戦から抜けたせいだ。 ジュリアスの目はまだ無事だが、このままでは死んでしまうし、ヴィクトリアだって死ぬ可能性がある。
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14 あんな男はやめておけ

 両腕を失くしたジュリアスはその後、圧縮された空気の塊のようなものをシドに向かって放つ魔法を使っていた。 しかしそれらの攻撃魔法がすべてシドに難なく躱されてしまうと、攻撃魔法の種類を変えてきた。(いえ、これは攻撃魔法なのかしら?) 急にヴィクトリアは空気中におかしな匂いを感じ取るようになった。 吸い込んだ息がピリピリと口の中を刺激するようになり、肺の中にまで不快な感覚が広がっていく―― ヴィクトリアは手で口元を抑えた。息を止めようとしたが、長く止めているのは困難だ。 その不快な空気を吸っているうちに、ヴィクトリアは体に軽い違和感を感じた。体が動かしにくくなり、おまけにそれまでなかった眠気にも襲われた。 これはもしかして、「毒」なのではないかと思った。(魔法で空気中に意識を失うような神経毒を混ぜている……) ためらいがちに少し息を吸うたびに肺や気道に刺激と違和感を感じるが、徐々に感覚が薄くなっていくのが恐ろしい。 シドが動く。神経毒はまだこの閉ざされた空間の中に広がり切っていないようで、匂いでまともな空気のある場所を探し当てたシドに、暗闇の端まで連れて行かれた。 神経毒が含まれていない場所で一旦息を整えるが、それもしばらくの間だけだ。(この空間の中に神経毒が充満してしまって、その後寝てしまったら、どうなるのかしら……)「お前のために随分とぬるい殺し方を選ぶもんだな」(私のため?)「お前を苦しませないために、意識を失わせた後に本気を出して俺たち二人とも殺すつもりなんだろう。まあ、俺にはこの程度の毒なら効かんがな」 確かに、ヴィクトリアが作った強力なしびれ薬も、シドには効いていなかった。(流石は最強生物)「死ぬ前に一発ヤっとくか?」 まだ何も成してないのに死にたくないと焦るヴィクトリアを抱きしめたまま、シドが彼女の目前に顔を寄せてそんなことを言うものだから、ヴィクトリアは混乱した。(生きる死ぬかのこんな時に何を言ってるのよ!)「あいつは妙な術を使うからな。戦術次第では俺も死ぬかもしれん」 まるで他人事のようにそう言ってから、シドが唇を寄せてきたので、ヴィクトリアは全身に鳥肌を立てた。 しかし唇同士の接触直前にジュリアスが放った重い空気の塊が飛んできて、シドがそれを避ける動きをしたため、あわやの所でキスは免れた。 もしシドと
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15 光と闇の魔法使い

 ヴィクトリアがシドの言葉を聞き返そうとするよりも早く、シドが攻撃に転じる。 シドはものすごい早さでジュリアスに肉薄して斬撃を打ち込んでいた。 ジュリアスは体の周りに結界のようなものを張り巡らせていたが、シドの力強く勢いのある攻撃は、やがて結界を破壊してしまった。 シドはジュリアスの顔に手を伸ばして片目をえぐり取ると――そのまま食べてしまった。「どうした? 心臓を喰うんじゃなかったのか?」 しかし、血を流すまぶたを閉じて、残る瞳でシドを睨んでいる様子のジュリアスは気丈だ。「目玉は死体から取るよりも生きてるうちに抜く方が味がいい。剥製になった時にはお前の瞳と同じ青色の宝石でも詰めてやる」「そうか。吐き気がするくらい悪趣味だな」「お前こそ俺に挑もうとする心意気は嫌いじゃないが、お前では俺には勝てない。死ね」 シドが斬撃を繰り出す前に、ジュリアスが瞬間移動で消えて剣が空を斬る。 ジュリアスが移動した先とは別方向から空気の塊がシドに向かっていくが、シドはそれを真っ二つにしていた。 シドが逃げたジュリアスを追うが、ジュリアスも体の周りに結界を張って防ぐ。結界も最後はシドによって破壊されてしまうのだが、シドの攻撃を防ぎジュリアスに次の手を生み出す時間を与える。「お前、その状態でまだ生きようとしてるな? さっきまでは死ぬ気満々だったのに、外の奴らの影響か?」 魔法攻撃を避けながらシドが斬撃を繰り出し、ジュリアスが結界でそれを防ぎながらまた魔法攻撃を仕掛ける―― その繰り返しに飽きたのか、シドがジュリアスに話しかけた。「お前を殺した後にお前の仲間は全員仲良くあの世に送ってやるから心配するな。お前の家族は皆殺しだ」 シドが挑発するようにそう告げても、ジュリアスは意に介することなくいくつもの魔法攻撃を繰り出している。「そうだ、お前の女は俺が特別に可愛がってやる。キャンベルの小娘だな? 覚えるぞ。兄の婚約式を滅茶苦茶にしてやったら、俺に一対一で向かってきた命知らずの馬鹿だ。 邪魔が入って口を吸うくらいしかできなかったが、口の中に俺のモノをブチ込んでやればよかったな」 いきなりヴィクトリアのすぐそばの空間が爆ぜた。爆発がいくつも起こり、激しい風を感じて呼吸もままならないほどだ。 気づいた時には、ヴィクトリアはシドに抱えられたまま、爆発に巻き込
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16 一瞬の煌めき ※シドハッピーエンドへの分岐点(掲載は若者エンド後です)

 これまでよりも大きな幾つもの空気の塊が、ヴィクトリアたちに向かって飛んでくる。 ヴィクトリアはその瞬間、死を覚悟した。(そうか、私は…… シドと一緒に死ぬ運命だったのね――) 空気の塊は大きすぎるため、塊同士でぶつかり合う。 そこで、不思議なことが起こった。 空気の塊はすぐにでもこちらに向かってきて自分たちを飲み込みそうだったのに、急にゆっくりとした速度に変わった。剣を携えたジュリアスがシドに向かって迫り来るが、その動きもひどく緩慢で―― それを感じたヴィクトリアの脳裏に、昔読んだ魔法書の知識が浮かんだ。 確か、闇魔法とも呼ばれる重力魔法は――ジュリアスが生み出す空気の塊はまさにその重力魔法だと思うが――多用しすぎると、周囲の時間の流れを変えてしまうことがあると書いてあった。 周囲で起こる不思議な現象に合点がいったヴィクトリアの耳に、シドの声が聞こえた。「ヴィクトリア、あの黒髪の銃騎士はやめておけ。選ぶならリュージュがいいな」 いきなり何を言い出すのかとシドを見返したヴィクトリアは、そこで目を見開いた。 シドは、これまで見たことがないような、とても穏やかな表情でヴィクトリアを見つめて、優しげに微笑んでいた。(――やめて、あなたがそんな顔するなんて、そんなの……) ヴィクトリアの心が警鐘を鳴らし始めた。「リュージュはいい男だろ? 俺に似て」 シドがヴィクトリアに自分以外の他の男を勧めるようなことを言うはずがないのだ。これではまるで―― 声が出せないヴィクトリアはシドに何も言えない。けれどシドを案じるヴィクトリアの心は、確かにシドに伝わっていたと思う。 時間の流れが遅くなったのは、それでもほんの少しの間だけだった。 空気の塊の群れよりも近い位置に来ていたジュリアスの構える剣が、ヴィクトリアたちに襲い来る中、シドはヴィクトリアの体を彼女が傷つかない力加減で押して、ジュリアスの刃の餌食になることを避けさせた。 ヴィクトリアが飛ばされたのは空気の塊に埋められていない、唯一といってもいい軌道上だった。 ヴィクトリアはシドのおかげで攻撃を免れた。(シド!) ヴィクトリアはシドに手を伸ばしたが、距離は離れていくばかりだ。 ついには、ヴィクトリアを見つめて微笑むシドの胸の中心部――心臓――に、ジュリアスが剣を突き立てた。(シドっ!!
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17 もう一つの「死」

 処刑場にたどり着いていたナディアは建物内部に入った。中にあった階段を上り通路を抜けて観覧席まで出ると、処刑場広場の片側を全て覆うような、巨大な暗闇がそこに鎮座していて驚く。(何あれ魔法?) ナディアは観覧席のガラス窓に近づいた。 眼下を見下ろすと、緊張の面持ちで立ち尽くすシリウスと、彼と同じような状態のノエルとセシルの姿が見えたが、父シドとジュリアスの姿は見えなかった。 その時、ふと視線を感じた。その方向を見れば、離れた観客席のガラス窓付近にシリウスの父アークがいたが、彼とは一瞬だけしか目が合わなかった。アークはすぐに広場に視線を向けた。 アークのそばには、アークの隊服の上着を羽織りながら、暗闇を一心に見つめて泣いている、長い灰色の髪の女性が見えた。「――ジュリアス!!」 灰色の髪の女性が、闇の空間に向かってジュリアスの名を呼んでいる。ナディアがいる場所からでは匂いでわからないが、たぶんこの女性はジュリアスの恋人で婚約者のフィオナではないかと思った。(彼女が呼びかける先、あの闇の中にジュリアスがいるということは、父様も一緒にいるはず) ナディアは広場に行く方法を探した。広場へ繋がる階段を見つけたので下りて、開いていた扉から外に出ようとしたところで、ナディアは広場にある暗黒の空間に異変が起こっていることに気づく。 暗闇の空間を作り出している壁が、まるで自身のその闇を払うかのように、いくつもの隙間が生まれていて、それが見る間に広がっていく。 闇が消えていくとその間から――父がジュリアスの剣によって胸を深々と突き刺されているのが見えた。 その光景にナディアは目を見開く。 直後に大柄な体躯の銃騎士がシドに飛びかかり、大剣を振るって――父の首を切断した。「父様……」 歩みを止めたナディアの瞳に涙がにじみ、頬を伝って流れ落ちた。「シドーーーーっ!」 突然、なぜかここにはいないはずのヴィクトリアの声が聞こえた。ナディアはヴィクトリアやマグノリアたちが自分を救出しに来ていたことは知らなかった。 見れば、ヴィクトリアは広場の地面に座り込んでいて、父の名を叫びながら地面にうずくまるようにして慟哭していた。「姉様……」 獣人ではなくて人間に見えてしまうナディアとは違って、美しすぎるヴィクトリアは、こんなところにいたら銃騎士隊に捕まってしまうと思
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