All Chapters of 獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかけて逃げた後その中の一人と番になる~: Chapter 81 - Chapter 90

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13 お持ち帰り

「終わったよ」 廊下にたたずみ昔の事に思いを巡らせていると、しばらくしてアルベールがリビングからひょいと顔を覗かせた。 リュージュは下の衣服は身に着けていたが、上半身は胸のあたりから包帯でぐるぐる巻きにされていて何も身につけていない。ほぼ半裸状態で締まった腹部が見えていた。肩口にも包帯が巻かれていて血がにじみ、痛々しい。 リュージュに触れようとするとやっぱり止められた。「じゃあ、行こうか」 アルベールがヴィクトリアの手を握り歩き出そうとしたが――「ちょっと待って」「何?」「少し待ってて」 ヴィクトリアはアルベールの手を振りほどくと、廊下に出て再度階段下の物置部屋に向かった。 中から新品のタオルケットを持ち出してリビングに戻ると、ソファに横になったまま目を覚まさないリュージュの体にかけた。「……行こ」 アルベールはリュージュをいたわるように見つめるヴィクトリアを促して、ウォグバードの家から出た。 ****** 外は暗い。月の光でぼんやりと周囲の様子がわかる程度だ。暗闇の中をアルベールに手を引かれて歩く。 アルベールはウォグバードの家を出てから黙ったままだ。 ヴィクトリアだって、アルベールと何を話せばいいのかわからない。幼馴染とはいえ、八年間も交流がなかったのだ。 ふと、ヴィクトリアの鼻腔が血の匂いを捉えた。リュージュのものではない。「ちょっと待って」「今度は何?」 アルベールは苛立っているようだった。向けられた表情が昔ヴィクトリアに何かを命令して凄む時と同じだったので、やや怯んだ。 けれど気づいてしまったことをなかったものとして見過ごすわけにはいかない。「……誰か倒れてる」 ウォグバードの家から少し離れた所で、点在するように周囲に何人か里の獣人たちが倒れていた。「ああ…… 俺がやった」「へっ? 何で?」 ヴィクトリアはやや素っ頓狂な声を上げた。アルベールは殺人狂だが、それは狩場で人間に対してのことで、理由なく里の獣人をむやみやたらに襲ったりはしない。そんなことをしたら里の戦力が減ってしまう。 ヴィクトリアが口を開きかけたが、何か言う前にアルベールが切り出す。「まさかあれ全員治療しろとかやめてくれる? リュージュほど酷くはないし朝まで放っておいても死なないよ。そのうち誰か気づくか、自分で起きて処置できるでしょ」
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14 『番の呪い』

 カップを持ったまま動きを止めているヴィクトリアを見ながらアルベールが話し出す。「親が気になる? もしかしてうちの親と同居は嫌? あの二人は仕事が忙しくてたまに寝に来るくらいでほとんど帰ってこないし、医療棟にそのまま泊まることもあって、ほぼいないようなものだから気にしなくていいよ。向こうもあんまり気にしないだろうし。でもヴィーが嫌なら二人だけで別で暮らそうか」「……アルと一緒に暮らすの?」 いきなり同棲するという話になっている。「だって俺たち、番になるんだよ? さっきそう言ったよね?」 ヴィクトリアはどう返したものかと言葉に詰まった。(えーっと……)「アルは、その、私と番になるって本気なの?」「もちろん。だって好きだから」 ヴィクトリアは口に含みかけていたお茶を吹き出しそうになった。そんなさらっと言わないでほしい。「こ、子供の頃はそんな感じじゃなかったわよね? 私みたいなのを番にするなんて絶対ないって言ってなかった?」「あの頃は子供だったんだよ。ヴィーのことを好きだって気づいていなかったんだ。好きだとはっきりわかったのは、ヴィーが崖に落ちたあの時からだよ。それより前はヴィーの気を引きたくて、意地悪なことばかりしていたんだ。本当にごめん」 アルベールはそう言って頭を下げた。 ヴィクトリアは驚愕した。(謝られている……!) まさか、あのアルベールが自分に謝罪するとは、生まれて初めての体験だ。 崖から落ちた後はヴィクトリアへの対応は改善されたが、彼の尊大さはなくならなかった。(血を飲むことだって当たり前に思っている様子で、謝ってくることなんて一度もなかったのに……) 八年という歳月は彼を成長させるのには充分な時間だったのだろうか。(アルの性格も、昔とは変わっているということ……?)「昔ヴィーをぞんざいに扱っていたことは本当に申し訳なかった。償わせてほしい。一生大事にするから、俺と番になってくれないか?」 アルベールは申し訳なさそうな表情を浮かべて殊勝な態度を見せている。ヴィクトリアはアルベールにそんな表情をさせてはいけないような気分になり、落ち着かなくなった。 ヴィクトリアはアルベールと番になることを一瞬真剣に考えてみたが、しかし、「否」という答えしか出てこなかった。 現在、ヴィクトリアの胸にはレインが住み着いていて離れない
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15 異端 1

「てっきりヴィーはそんなこと知らないと思っていたけど、知っていたんだね」「ついさっき、リュージュから聞いたばかりよ」『番の呪い』 番になっていないのに相手を番だと認識してしまうことをそう呼ぶようだ。名称自体は今知ったが。「心配しなくても大丈夫だよ。俺と体を繋げればいい。『呪い』なんてすぐに解ける。俺が解いてあげるよ」 一瞬その光景を想像してしまい、悪寒が全身を駆け巡った。 眉根を寄せたヴィクトリアは表情に現れた不快感を隠そうとはしなかった。強い口調で告げる。「お断りします」 渾身の一言のつもりだったのだが、アルベールは全く意に介していないように見えた。「お断りをお断りします」「……」「……」(アルと会話すること自体久しぶりだけど、この人こんな人だったっけ?)「酷いよヴィー…… 俺のこと捨てるつもり?」 呆気に取られてアルベールを見ていると、今度は微笑みを消して眉尻を下げ、とても悲しそうな顔をした。 ヴィクトリアはしばし無言のままアルベールを見つめた後、口を開く。「ええ、そうよ。捨てるわ」 アルベールは目を見開き、信じられないものを見るような目つきでヴィクトリアを見た。「あなたが八年前に私を見捨てたように、私もあなたを捨てるわ」 ヴィクトリアがシドに執着されて辛く苦しい思いをしている間、アルベールはただの一言も声をかけてくれなかった。 最初の頃のシドの束縛は激しかったし、きっと接触を強く禁じられていたのだろうとは思う。 けれどその後ヴィクトリアはリュージュと交流を持つことができた。 八年もの間にシドのせいで一度も会話ができなかったなんて、そんなことはないだろう。 この男はシドを恐れてヴィクトリアに全く近づいてこなかったのだ。 シドがいなくなった途端に番になってくれと言い出すなんて、虫がよすぎる。(アルとはもう、友達でも何でもない) 厳しい視線をアルベールに向けていると、彼は浮かべていた悲しそうな顔から、それ以上のもっともっと強く号泣しそうなほどの悲しみに支配された表情になって――それから、瞳に強い憎しみの色を宿した。 自分への強い負の感情を示すアルベールの視線を受けて、ヴィクトリアは戦慄した。 咄嗟に逃げようと思ったが、壁際に追い詰められたままで動けない。 ヴィクトリアの怯えを感じ取ったらしきアルベールが声を
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16 異端 2

 アルベールの言葉を聞いた途端、ヴィクトリアは強張っていた顔を青ざめさせた。「まさか、そんな……」 アルベールがヴィクトリアの疑念を肯定する。「ヴィーは俺の番だ。これから番になるんじゃない。俺にとってはずっと番だった。ヴィーは俺の最愛の人だ」 ヴィクトリアは絶句したままだった。アルベールも『番の呪い』にかかっている。しかも、ヴィクトリアへの――「本来、獣人が番を得るための行動は単純明快だ。肉体関係を結べばいい。それはどの獣人でも変わらないはずなんだ。 でも中にはおかしな奴もいる。獣人の本能以外の行動で番だと思うなんておかしいんだ。普通じゃない。 でもそういうあるべき姿から外れた奴も確実にいるんだよ。俺たちみたいにね。 たまにシドみたいに逆方向に振り切れてる奴もいるな。誰と寝ても、誰のことも番と思えない」 アルベールが嬉しそうに笑う。 「まさかヴィーも『番の呪い』にかかる体質だなんて思わなかったよ。俺たち、似た者同士だね」「……アルは、八年前に私の血を飲んだ時からずっとそうなの? 八年もの間、ずっと『呪い』が解けなかったっていうの?」「そうだよ」 ヴィクトリアはふらりと目眩を覚えて崩折れそうになるが、アルベールの腕が伸びてきてよろけた体を支えられる。アルベールに掴まっていないと立っていられないほどの衝撃を受けた。 アルベールは八年間も実ることのない思いを抱えていたのか。 それではヴィクトリアのレインへの思いだって長い間解けないかもしれない。ヴィクトリアはもっと短い時間だろうと思っていた。(八年なんてそんな長い間『番の呪い』にかかり続けることがあるなんて…… いえ、アルは今も尚『番の呪い』に囚われているのだから、私だって下手をしたら、自然と呪いが解けるのにはもっと時間がかかるのかも…… 今だってレインに会いたくてどうしようもなく苦しいのに、そんなに長い時間、心を殺して耐えるのは無理よ)「アルは自分から『呪い』を解こうとはしなかったの?」「無理なんだ」 アルベールは言い切った。「試しに他の奴の血を飲もうとしたこともあったけど、体が拒否してできなかった。 俺はヴィーじゃなきゃ駄目なんだ。ヴィーしか愛せない」 体を硬直させているヴィクトリアの体にアルベールが腕を回してきて、抱きしめられる。「ヴィーはシドに苦しめられている間、
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17 厄介な幼馴染

 ヴィクトリアはアルベールにキスされている最中も、その後も、目を大きく見開いたまま固まっていた。「ヴィー?」 動きを止めたままのヴィクトリアに、アルベールが色気を含んだ艶っぽい声音で呼びかけるが、反応はない。 アルベールは好機と見たのか、二度目のキスのために再度唇を寄せるが、寸前でヴィクトリアの拳が振り上げられ、それを避けるために二人に距離ができた。「何するのよー!」 ヴィクトリアは怒りのままにアルベールに殴りかかったが、何なくかわされる。蹴りまで繰り出すが当たらず、何発目かの拳を手で受け取められたと思ったら、そのまま掴まれて引っ張られ、アルベールの胸の中に抱きしめられていた。 アルベールはヴィクトリアの髪を撫でながら、とても幸せそうな顔をしていた。「俺のこと好きになった?」「なるわけないでしょ!」「それは残念。まあ、予想はしてたけど。俺も他の血を試そうとしたこともあったけど、ヴィー以外の肌に唇を這わせることを体が拒否して、無理だった」 ヴィクトリアの顔は真っ赤になっていた。それは怒りのためか恥ずかしさのためか。 アルベールが顔を覗き込んでくるのでキッと睨んだが、アルベールは構わず強引に二度目のキスをした。 ヴィクトリアはアルベールの胸を押しのけようともがくが、びくともしない。顔もがっちり掴まれて動かせず、やめるようにと喉の奥からうなるような声を出すのが精一杯だった。 口内が侵食されていく。今度のキスは、長かった。(嫌――) ヴィクトリアの目尻にうっすらと涙がたまっていく。 レイン以外の男性とキスしているのが耐え難い。 ヴィクトリアは――アルベールの舌を噛んだ。 アルベールが離れる。ヴィクトリアを見つめる目に不穏な光が宿った気がしたが、すぐに瞳の奥に消えた。 ヴィクトリアは玄関に向かって一目散に逃げようとした。しかし腕を引っ張られて平衡を崩し、後ろ向きで倒れ込む格好でアルベールの腕の中に収まってしまう。「ヴィー、『番の呪い』の発動と同じ事をしても駄目なら、もうアレしかないだろ。俺と正式な番になろう? 俺のように長く苦しみたくはないだろう?」 ヴィクトリアの顔は引きつっていた。アルベールが欲望の混ざった笑顔でこちらをじっと見ている。背中がゾワッとした。「番じゃないと思っている相手に抱かれるのは苦痛かもしれないけど、きっと最初
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18 煌めき

「狩場で人間を殺し回っていたのもシドに言われたから?」「いや、それは違う。人間を殺していたのは俺の意志だ」「アルは人間が嫌いなの?」「そんなことない。むしろ好きだよ。一瞬の『煌めき』を見ることができるから」「煌めき?」「そう、煌めき。最初はね、ヴィーに会えないのもあってむしゃくしゃして殺してただけだったんだ。生かすも殺すも好きにしろって言われたから。 人間を殺すと、とても胸がスッとしたんだ。ヴィーに近づかないようにシドに監視されて、毎日が思い通りにならないことばかりなのに、人間の生き死にが――他者の全てが俺の手の中にあったんだ。俺は人間を殺すことで癒やされていた。 人間は死ぬ時にね、色んな奴がいるよ。みっともなく命乞いをしたり、ただ泣き叫ぶだけで見苦しい奴もいるけど、中には死を覚悟した時、清廉なほどの強さや真心を見せる奴がいる。 自分の命を投げ出してでも愛しい者を守ったり、全然関係のない小さな子供を助けるために自分自身が傷づくことも厭わないような奴がいたりする。 俺は感動したんだ。だって、それってすごいことだと思わない? 自分の命よりも他者が大事だなんて。 そいつらはその時自分の存在意義そのものを懸けて俺にぶつけてくるんだ。 思いを貫くその姿は、まるで生きるはずだった残りの命を全て燃やし尽くしているようで、輝いて見える。 全部が全部そんな奴らばかりじゃないしハズレも多いけど、最近ではもうずっと、憂さ晴らしというよりはそれが見たくて、人間を追い詰めては殺してた」 話を聞くうちにヴィクトリアの顔色がみるみる険しいものに変わっていく。「そんなものが見たいがためだけに殺すなんて最低よ!」 自分たちは獣人で肉食だ。他者を殺して食らわなければ生きられない。けれどそれは必要最小限に留めなければならないはずだ。 シドもアルベールと同じだ。生きるためではなく楽しみのためにただ殺す。そんなことをずっと続けていたら、人間に恨まれてしまうのは当たり前だ。 ヴィクトリアが睨んで厳しい言葉をかけても、アルベールに気にした様子はない。「ヴィーがそういうのが嫌いなのは知ってるよ。ヴィーがこのまま大人しく俺のものになるならもう殺しはやめる。煌めきももう散々見てきたしね。 ヴィーがそばにいてくれるなら俺はそれだけで満たされる。自分を保つためにもう誰かを
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19 戦い

 リュージュがうなるような怖ろしい声を出した。ヴィクトリアはこれまでリュージュがそんな声を出しているのは聞いたことがなかった。 リュージュが腰の剣を抜刀しアルベールに襲いかかる。アルベールはその一太刀をかわし、ベッド脇に立てかけていた剣を手にする。 アルベールが鞘から抜く前にリュージュの素早い斬撃が放たれ、アルベールが鞘で受ける。 リュージュは怒りの形相のままだ。動きが先ほどと全く違う。怒りで体の痛みを忘れているらしい。 アルベールはリュージュの一撃を押し返し、飛びすさると抜刀した。 リュージュの容赦のない斬撃の嵐がアルベールに襲いかかるが、アルベールは冷静にその全てをさばいていく。 アルベールも攻撃を繰り出しリュージュがそれを受け止める。二人の力量は拮抗しているように見えた。 剣戟の合間にアルベールの足技も入るが、リュージュは見切ったとばかりに、剣先を壁に突き刺すと柄を軸に回転して避け、その勢いで頭を狙い蹴りを放つ。 アルベールは体勢を低くしてそれを避けると剣を突き上げてリュージュを串刺しにしようとした。 リュージュは瞬時に壁から抜いた剣でそれを受け、剣で押し合いをしながら二人して床を転がる。 戦うには室内は狭すぎた。床や壁はもちろん、ソファやベッドにも切れ込みが入り、本棚は倒れ込みテーブルも脚が折れて破壊されていく。それでも二人は戦いをやめない。 ヴィクトリアは巻き込まれないようにベッドの端に寄って縮こまっていた。 それに先に気づいたのはアルベールだった。「おい馬鹿、ヴィーが怪我する。表へ出るぞ」「望む所だこの吸血色魔が!」 勇んだリュージュが先に窓から飛び出して行く。アルベールも続いて窓枠に足をかけた所で、くるりとヴィクトリアがいる方向を向いた。「すぐ終わらせるから、大人しく待っててね。愛してるよ、俺のヴィー」 劣情の残る顔でヴィクトリアにフッと笑いかけると、アルベールは外に飛び出して行った。 笑いかけられたヴィクトリアはブルブルと震えた。アルベールの匂いと血を飲み下す音、体には手や唇の感触がありありと残っていて、まだ触られ続けているように錯覚した。 外から剣戟の音とリュージュの怒声が聞こえてくる。(リュージュ、酷い怪我をしているのに…… だめ、震えていたらだめ。何とかしなきゃ……) ヴィクトリアは気持ちを奮い立たせ
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20 執着

 アルベールを倒したリュージュもまた、緊張の糸が切れたのかその場に倒れた。「リュージュ!」 二人に駆け寄ったヴィクトリアは、アルベールではなくて、リュージュを抱き起こす。「しっかりして」「やったぞヴィクトリア…… あいつを倒したぞ」 笑顔を浮かべながらヴィクトリアの頬に触れようとリュージュは手を伸ばしたが、途中でうめき声と共に顔を盛大にしかめてその手を落とす。「馬鹿…… 限界まで無茶して」 ヴィクトリアは涙を流しながらリュージュを抱きしめた。リュージュも目を細めながらヴィクトリアの抱擁に応えていたが、急にハッとした顔になるとヴィクトリアを抱えてその場から飛びのいた。 リュージュがいた付近に剣が振り下ろされていた。「ヴィーに触るな、殺す」 血に濡れたアルベールが立ち上がっていた。鋭い殺気を孕んだ目で二人を見ている。 その視線は刃となってこちらに突き刺さってきそうなほどだった。「どうして……」 ヴィクトリアが疑問の声を上げる。アルベールは倒れて、もう動けないとばかり思っていた。「リュージュ、お前はやはり馬鹿だな。手加減をしただろう? 情けをかけて致命傷を負わせるのを避けるとは、半端者め」 ヴィクトリアはリュージュを見た。あの一瞬、アルベールに放ったリュージュの攻撃は非の打ち所がない完璧な攻撃に見えた。でも、命までは奪わないよう、寸前で力を抜いたのだろう。 アルベールに死んでほしかったわけではないが、口ではいくら「殺す」と威嚇するような事を言っても、人を殺したことがなく、根が優しいリュージュでは、アルベールに大怪我を負わせることもためらわれたのだろう。 アルベールはリュージュに剣先を向けた。「来い、あの時殺しておけばよかったと後悔させてやる」「仲間は殺せねえよ」 ピクリ、と、アルベールの片眉が動いた。「ヴィー、こっちにおいで」 アルベールは剣を下ろすと、済んだことはもうどうでもいい、とばかりにリュージュを無視し、それまでとは打って変わった甘ったるい声を出すとヴィクトリアに手を差し出した。 リュージュの腕を掴んだままのヴィクトリアは首を振る。「ごめんなさい。アルとは番になれない」 ヴィクトリアは頭を下げて謝った。もう謝るしかない。番と一緒になれない辛さは身を持って理解しているが、だからといって自分の思いは曲げられない。(
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21 化け物二人

 ウォグバードは両目を覆うように包帯が巻かれていた。包帯の左目がある付近には血がにじんでいる。 ヴィクトリアは知らなかったしリュージュも伝えようとはしなかったが、ウォグバードは左の眼球を失っていた。 シドにえぐられて食われたのだ。 右目は元々怪我を負っていて見えない状態だった。ウォグバードは視力を完全に失っていた。 にも関わらず、アルベールと打ち合う姿は視力を失ったようには見えなかった。 ウォグバードは的確にアルベールの位置を捉え、威力のある素早い斬撃を放ち続けている。アルベールは押されて後退するばかりだ。 ウォグバードの嗅覚は視覚を失って以降、その能力を補うような目覚ましい進歩を遂げていた。ウォグバードは周りの風景や人物の動きが、嗅覚を通して全てわかった。 対象からほんのわずかでも匂いが出ていなければわからないという欠点はあるが、戦闘において相手の動きを把握するには充分で、ウォグバードはそれまでと同様に戦うことができた。 ウォグバードは、「番を得た獣人が相手の匂いに特別敏感になって姿を見なくても様子がわかる」という現象を、周囲のほとんどのものに対して起こしていた。 それは通常ではあり得ない嗅覚の向上だった。 シドには及ばないが、この男も化け物じみていた。 アルベールの剣が弾き飛ばされて地面に転がる。アルベールの喉元に剣が突きつけられた。 アルベールがウォグバードを睨む。「子供の喧嘩に親が出てくるとは、あんた、恥ずかしくないのか?」 ウォグバードはリュージュの養い親だ。「命のやり取りまでするのは喧嘩の範囲を超えている」 ウォグバードが止めなければリュージュは死んでいただろう。 冷静を装いながらもウォグバードの声音には隠しきれない怒気が含まれていた。ウォグバードの剣先がアルベールの喉元に食い込んで血が流れる。「……わかった。降参だ。あんたには敵わない」 ウォグバードは里一番と名高い剣術の使い手だ。さしものアルベールでも敵わない。 ウォグバードは懐から縄を取り出すとアルベールを後ろ手に縛った。警護の仕事をしているので、縄はたまに人間を捕縛する時に使っていた。 しかし獣人相手の拘束具が縄では心許ない。ウォグバードもそれはわかっているようだったが、立ち上がったリュージュがうめいてよろけたのを支えようと、手を出した瞬間に隙ができた。
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22 お姉ちゃんじゃなかった

オニキスがアルベールを回収してきて、右肩に乗せながら松葉杖を使い器用に歩いている。アルベールは口から血を流してぐったりしているが、ちゃんと息はあるようだった。 ヴィクトリアはオニキスと並んで歩きながら里に向かっていた。「嬢ちゃんも大変だな。これからは望むと望まざるとに関わらず、番希望者が押し寄せてくるんじゃないか?」「え? そうなの?」「そうともさ。嬢ちゃんはこの里一番の別嬪さんだもんな。今までは族長に睨まれるから誰も大っぴらな言動はしてこなかったかもしれないけど、嬢ちゃんの隠れファンはいっぱいいるんだよ? 揉めないうちにさっさと番を決めてしまった方がいいぞ」「でも私、しばらくは誰とも番になるつもりはないわ」「そうなのか? だったら…… しばらくは里から出てどっかに隠れているくらいのことはした方がいいかもしれないな。またこいつみたいに嬢ちゃんを襲う奴が現れないとも限らない。まあ、里の外は人間の脅威もあるから、それはそれで全く危険がないわけじゃないけど」 ヴィクトリアはオニキスの肩に乗ったアルベールをちらりと見やった。 アルベールにキスされたり体を触られたりした感覚がまだ消えない。ヴィクトリアはブルリと体を震わせた。 嫌いな男に体をいいようにもてあそばれるなんて、そんな思いはもう二度としたくない。 アルベールは絶対に諦めないと言っていた。今回はオニキスが助けてくれたが、次また襲われたらどうしたらいいのだろう。(おじさんの言うように早く番を決めた方がいいのかしら? 番を得ればアルベールも諦めてくれる……? でも、レイン以外の男性には抱かれたくない……)「ヴィクトリア!」 歩いていると、リュージュの声がした。探しに来てくれたらしい。 リュージュはヴィクトリアの姿を認めると、安堵したように詰めていた息を吐き出しながら、こちらに駆けてくる。「リュージュ……」 そんなに動いて大丈夫なのかと問いかけようとした言葉は、リュージュに強く抱きしめられた勢いで、喉の奥で止まる。「ヴィクトリア、よかった。心配したんだ。無事……じゃないかもしれないけど、アルベールに連れて行かれなくてよかった」 森の中でもまたアルベールに襲われかかったのは匂いでわかってしまう。「ごめんな、俺が不甲斐ないせいだ。これからは俺がちゃんと守るから。もう誰にもヴィクトリアに指
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