数日後。郊外の簡素な事務所前に、雨宮グループの車が止まった。司は、その車を見た瞬間、息を呑んだ。まさか、雨宮グループがここへ来るなんて……そんなはずはない。だが、一番初めに降りてきたのは、見慣れたスーツの弁護士でも、役員でもなく――黒のジャケットに、シンプルなパンツ。無駄な装飾のない姿の、雨宮真澄だった。司は、一歩も動けなかった。雨宮グループの役員数名と、担当役員など、整ったスーツに磨き上げた革靴の男性が、真澄を案内して事務所の方へ歩いてくる。真澄は事務所の手前で止まり、司を見て、ほんの一瞬だけ視線を止めた。それから、何事もなかったように言った。「本日は、業務ヒアリングに参りました。雨宮グループCEO、雨宮真澄です」その声は、冷静で、揺れがない。「……黒瀬カーゴ代表、黒瀬司です」名乗りながら、司はようやく頭を下げた。一年半ぶりの再会だった。だが、そこに「感情」は、許されていなかった。事務所内。古い机と、最低限の設備。真澄は、ゆっくりと室内を見渡した。「……無駄がありませんね」 評価とも、感想とも取れる言葉。その言葉に、司は淡々と答える。「今は、必要なものだけです」「五台で、回せていますか」「はい。無理な仕事は、取らないようにしています」真澄は、資料に目を落としながら、頷いた。「事故ゼロ。ドライバーの離職も、止まっています」司は、少しだけ間を置いて言った。「……怒鳴るのを、やめました」真澄のペンが、止まる。だが、顔は上げない。「それは、経営判断として正しいですね」ただ、それだけ。司の胸に、何かが刺さった。評価されたいわけじゃないし、許されたいわけでもない。――だが、何もなかったように扱われるのは、想像以上に苦しかった。ヒアリングが終わり、真澄は立ち上がった。「条件面については、社に持ち帰ります。結果は、改めて連絡します」「……ありがとうございました」司が頭を下げると、真澄は一瞬だけ、言葉を選ぶように間を置いた。「黒瀬さん」名前を呼ばれ、司は顔を上げる。「仕事としては、誠実でした」それ以上は、なかった。私情は、ない。評価は、評価。真澄は、それだけを置いて、事務所を出ていった。車に戻った真澄は、深く息を吐いた。窓の外に流れる景色が、滲む。「……近すぎたわ」誰にともなく、呟く
Last Updated : 2026-03-21 Read more