湊は、電話に出なかった。コール音だけが、虚しく耳に残る。何度かけても、反応がない。時間を置いてかけ直しても、結果は同じだった。呼び出し音のあとに続くのは、ただの沈黙だけ。司は、スマートフォンを静かにテーブルの上に置いた。そして、ふと莉子の言葉を思い出していた。――ちゃんと話してくれるなら。あの小さなファミリーレストランで交わした約束。あの時、莉子の目は、まっすぐだった。だから、司は逃げなかった。電話に出ないからといって、理由にすることはできないと思った。直接、湊に会いに行った。夜の街を歩きながら、司の足取りは決して軽くなかった。久しぶりに向かうその場所は、どこか遠く感じられた。やがて、美里の家の前に立つ。見慣れたはずの玄関。だが今は、よその家のように感じられた。美里の家の前で、司は深呼吸をする。胸の奥に溜まっているものを、ゆっくり吐き出すように。逃げるな、と自分に言い聞かせながら、指を伸ばす。インターホンを押すと、しばらくして足音が近づいてきた。そして、ドアが開く。湊が出てきた。以前より少し背が伸びた気がする。だが、表情は固く、どこか壁を作っていた。「……何しに来たの?」冷たい声。視線も合わない。司は、その空気を受け止めながら答える。「話をしに来た」湊はすぐに返した。「今さら?」その言葉には、皮肉も怒りも混ざっていた。「今だからだ」短い答えだった。湊は、しばらく黙っていた。何かを考えているような沈黙。やがて、乱暴にドアを開け、背を向けた。「……入れば」投げるような言い方だった。司は、黙って中へ入る。玄関の空気は、どこか重かった。部屋の中は、散らかっていた。床には雑誌やゲームのケースが転がり、テーブルの上には飲みかけのペットボトルがいくつか置かれている。テレビの音だけが、やけに大きい。バラエティ番組の笑い声が、空気に浮いていた。司は立ったまま、湊の背中を見る。「学校は?」できるだけ普通の声で聞いた。湊は、振り向かないまま答える。「普通」短い返事。「……そっか」それ以上、続く言葉はなかった。沈黙。テレビの音だけが、やけに存在感を持っていた。突然、湊が言った。「俺さ」司は、顔を上げる。「パパに期待するの、やめてた」その言葉は、静かだった。だが、重かった
Last Updated : 2026-03-14 Read more