真澄は、屋敷の奥の部屋から、ほとんど出なくなっていた。白を基調とした広い部屋。手入れの行き届いた庭が大きな窓の向こうに広がっている。けれど、その景色を眺める気力さえ、もう残っていなかった。朝になっても、カーテンを開けない。昼になっても、食事には手をつけない。夜になれば、枕を濡らしながら、声を殺して泣いた。泣く理由は、ひとつではなかった。司の顔。交わした言葉。言えなかったこと。言わなければよかった言葉。そして――生まれてくるはずだった、小さな命。(……どうして、あのとき)何度も、同じ問いが頭の中を巡る。もっと、司の立場を理解すべきだったのか。彼は、父親だった。責任を背負っていた。簡単に割り切れる状況じゃなかった。(わたしが、急ぎすぎた?)もしも、子どもができたと、きちんと告げていたら。もしも、怖くても、逃げずに話し合っていたら。もしも――あの命を、産んでいたら。それよりも、司さんの前の家族に対して、もっと配慮をすればよかったのか…答えは、どれも、もう存在しない。真澄は、布団の中で身体を丸めた。お腹に手を当てる癖だけが、まだ残っている。そこに、もう何もないと分かっていても。司が、雨宮龍堂に会いに来たことを、真澄は知らなかった。自分がこの屋敷に引き取られ、外界と切り離されている理由も、深く考えなかった。考える力が、もうなかった。そんな日々の中でも、時折、相沢恒一が訪ねてきた。海外から戻るたび、小さな箱や、異国の菓子、あるいは、何でもないキーホルダーを持って。「ほら、ついで」そう言って、深く踏み込まない距離を保ちながら、真澄の部屋のソファに腰を下ろす。彼は、何も聞かなかった。「大丈夫か」とも、言わなかった。ただ、天気の話。海外の空港での出来事。仕事の失敗談。真澄は、それを聞きながら、ぽつりぽつりと、自分の言葉を落としていった。ある日。窓の外が夕焼けに染まる中、真澄は、ふと呟いた。「……一生に一度しかない恋だと思ってた。 彼を愛してたけど、彼の一番にはなれなかったのね…わたし」恒一は、何も言わなかった。ただ、視線を逸らさずに、そこにいた。「彼は、優しかった」「でも……優しさの行き先が、いつもわたしじゃなかった」声が、震える。「わたし、ずっと待ってたの。いつか、わたしだ
Last Updated : 2026-03-11 Read more