その夜――。真澄のアパートに戻るまでの道のりは、短いはずなのに、どこか長く感じられた。冬の空気は澄みきっていて、街灯の光がやけに鮮明だった。互いに多くを語らないまま、二人は階段を上がり、真澄が鍵を回す。扉が閉まると、外の世界と切り離されたような静けさが広がった。コートを脱ぎ、いつものようにソファへ並んで腰を下ろす。けれど、いつもとは違う緊張が、確かにそこにあった。外は静かで、遠くを走る車の音だけが聞こえる。その単調な走行音が、かえって部屋の静寂を際立たせていた。「……緊張した?」真澄が、少しだけ視線を伏せたまま聞く。何気ない調子を装ってはいるが、その声の奥に不安が滲んでいることを、司は感じ取っていた。司は小さく息を吐き、苦笑した。「正直に言うと……怖かった」それは、強がりのない本音だった。社会の荒波を渡ってきた男の口から出るには、あまりに率直な言葉。真澄はその横顔を見つめる。仕事の場では決して見せない、迷いと弱さを含んだ表情だった。「でも、逃げたいとは思わなかった」静かな声。だが、その中には確かな意思があった。司は、ゆっくりと言葉を選びながら続ける。「俺は、前の結婚で失敗した。守るべきものを、守りきれなかった」その言葉が落ちた瞬間、空気がわずかに重くなる。真澄の指先が、少しだけ震えた。過去というものは、消せない。忘れたふりもできない。司の背中に、今も確かに乗っている。「だから、もう一度“家族”を持つなら……中途半端な覚悟じゃダメだと思ってる」司はそう言って、初めて真澄の方を向いた。真正面から、逃げずに。「俺は、金も過去も責任も、全部背負ったままになる。軽くなることは、たぶんない」それは宣言でも約束でもない。ただの事実だった。甘い未来図を語るのではなく、重さを示す。その誠実さが、逆に真澄の胸を締めつける。それでも、と司は言う。「それでも……真澄と一緒に生きたい」言い切る声は、強くもなく、飾りもなかった。格好をつける響きもない。ただ、腹の底から出た言葉だった。取り繕わない、逃げない、削り出した本心。真澄はしばらく黙っていた。視線を落とし、絡めた指を見つめる。簡単ではない未来が、はっきりと見えている。けれど同時に、司の隣にいる自分の姿も、確かに想像できていた。やがて、真澄はそっと司の手を取った。その手は温かく、少しだけ力がこも
Terakhir Diperbarui : 2026-03-01 Baca selengkapnya