Tous les chapitres de : Chapitre 61 - Chapitre 70

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第61話

「こんなものでいいかな……」一週間後、瀬奈はパーティーに行くための準備をしていた。彼女が選んだのは落ち着いたネイビーのパーティードレスだ。髪の毛はゆるく巻き、ハーフアップにしている。(私ももう三十八歳だし……あまり派手な色のものは着れないわ……)パーティーに出席するのは六年前、湊斗に初めて抱かれたあの日以来だった。彼はいつも瀬奈の名誉を傷付けるように、愛人の沙織を連れて出席していた。当時はそのことに心を痛めていたが、今はそんなこと気にする必要はない。(父さんと兄さんに挨拶だけしたらすぐに帰ろう……長居すると噂になってしまうわ……)瀬奈は黒色のハンドバッグを手に、リビングへと向かった。静香と里亜、そしてアイザックが彼女を出迎えた。彼女の麗しい姿に、二人は思わず頬を染めた。「瀬奈、よく似合ってるわ」「ママ、すっごく綺麗!」そうやって褒められると、何だか照れ臭い。「二人とも、ありがとう。里亜、良い子で静香おばさんの言うことよく聞くのよ」「はーい!」里亜を置いて黒川区へ行くのは不安が尽きなかったが、静香が見てくれるなら安心だ。静香は瀬奈にとって、この世で最も頼りになる姉だった。瀬奈は最後にアイザックの頭を撫でると、三人に挨拶をした。「行ってきます」「いってらっしゃい」玄関の扉から外へ出ると、彼女は家の前で迎えを待った。泰西は瀬奈がバックれないように、わざわざ迎えの車を寄越すつもりのようだ。パーティーが開催されるまであと一時間。できるだけ目立たないようにしなければならない。(大丈夫よ……黒川区は広いから……たかが数時間行っただけで湊斗や愛人たちに会うなんてあるわけがないわ……)そうは思っても、瀬奈の心臓の鼓動はうるさいくらいに高鳴っている。何故か、嫌な予感がしてならなかった。不安から俯いてしまった瀬奈の元に、ゆっくりと近付く人物がいた。「――瀬奈さん……?」「せ、誠也さん……!?」瀬奈に声をかけたのは、誠也だった。彼は目を丸くして瀬奈を見つめている。「瀬奈さん……その格好は……」「あ、実は……今からちょっと友人のパーティーに行くんです……」瀬奈の複雑な家庭の事情を知っている誠也は、家族絡みだと言ったら心配するに違いない。そう考えた瀬奈は咄嗟に嘘をついた。全て自分の問題なので、これ以上は彼に負担をかけたくなかったからだ。
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第62話

しばらくして、暁家の迎えの車が到着した。瀬奈は扉を開けて車に乗り込んだ。暁家とは二十年関わりを持っていなかったため、車に乗るのも久しぶりだった。(神宮司家でも、ほとんど外に出ることなんてなかったしね……)あそこでの暮らしは、籠の中の鳥にでもなったような気分だった。「お久しぶりですね、お嬢様」「……あなた」運転手は瀬奈のよく知る人物だった。暁グループに三十年以上仕える、父親からの信頼も厚い女。年は六十手前くらいだろうか。瀬奈にとっては、因縁の相手でもあった。「……今日はよろしくお願いします」「……暁家の名に泥を塗るようなことだけはしないでくださいね、瀬奈お嬢様」――滝沢陽子(たきざわようこ)彼女は、昔から瀬奈を嫌っていた。そして瀬奈もまた、陽子のことが苦手だった。瀬奈はミラー越しにこちらを睨む陽子に対し、素っ気なく返事をした。「あなたに言われなくてもそうするつもりです」冷たい言葉に陽子は驚いたように目を見張ったあと、能面のような笑みを浮かべた。「……神宮司家に嫁いでからお嬢様は変わられましたね、昔はあんなに大人しかったというのに。静香お嬢様の影響ですか?」「……」たしかに瀬奈は里亜を産んでから変わった。昔のように気の弱い彼女はもういない。しかし、そのことを陽子に指摘されると腹が立つ。(あなたが私をあんな風にしたくせに)――瀬奈を内気で暗い少女にしたのは、実は陽子だった。陽子は三十年以上前――瀬奈たちの母親が生きていた頃から暁家に仕えている。彼女は有名大学を卒業したエリートであり、海外への留学経験まである。当時の女性の大学進学率を思えば、陽子のような女はかなり異例だった。そのような経歴から、彼女は末娘瀬奈の教育係に任命される。彼女が教育係になってからというもの、瀬奈は地獄のような日々を送ることとなった。『瀬奈お嬢様ったら、こんなこともできないんですか?罰として今日は夜ご飯抜きですね』『そ、そんな……!』陽子は瀬奈に虐待まがいの教育をしていた。ご飯を抜かれたり、お風呂を禁止されたり、失敗するたびに鞭で叩かれることまであった。瀬奈が陽子に何かをしたわけではない。彼女はただ、日ごろのストレスを瀬奈にぶつけたいだけだったのだ。静香は気が強すぎて反撃されてしまう恐れがあるし、泰西は父親に大切にされている。彼女にとって攻撃できる対
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第63話

二十年以上の時が経ったが、今でも陽子に対する恨みが消えたわけではなかった。彼女はそんな瀬奈の気持ちになど全く気付いていないのか、冷たい声で言った。「今回のパーティーには旦那様もいらっしゃいますから……失礼のないようになさってください」「滝沢さん、二十年前と変わってないんですね」「瀬奈お嬢様が暁家の出来損ないだから、私がわざわざそういう風に言っているのです」――出来損ない、恥晒し、夫から相手にされない惨めな女。瀬奈がこれまで浴びせられてきた罵倒だった。優秀な兄と姉を持ったせいか、彼女はいつだって比較され続けてきたのだ。(あのときはとっても辛かったし、毎日泣いていたわ。でもね……)今はそんなものを気にする必要はない。瀬奈はミラー越しに陽子を見つめ返してニッコリと笑った。「ご忠告ありがとうございます、これからは滝沢さんの手を煩わせないようにいたします」「……」瀬奈はもう、陽子の知る大人しい臆病な女ではなかった。そのことに気付いた陽子は眉をひそめ、ハンドルを握る手に力が入った。しばらくして、会場となる高級ホテルに到着した。自らドアを開けて車から降りた瀬奈は、ここまで車を運転してくれた陽子に礼を言った。ピンヒールの靴を鳴らしながら歩いた瀬奈は、大きなホテルを見上げた。周辺の大きな建物と比べても目立つ、煌びやかな建物。まるでファンタジーの世界に出てくるお城のようだった。(私……本当に黒川区に戻って来たんだわ……)今でもまだ実感が湧かなかった。たった数ヵ月前のことだというのに、何故かとても懐かしく感じる。湊斗が住んでいるこの場所に、予期せぬ形ではあったが再び戻ってきた。(……しっかりしないと)愛する娘のためにも、親切にしてくれた静香や誠也たちのためにも何の問題も起こさず帰らなければならない。たとえどんな困難が待ち受けていようとも、乗り越えるのだ。瀬奈は気を引き締め、会場へと足を踏み入れた。***「……暁家のパーティーなんて久しぶりだな」瀬奈がちょうど会場へ入って行った頃、ホテルの前では一台の高級車が停まっていた。黒塗りの外車から降りてきたのは、真っ黒なスーツに身を包んだ一人の男だった。百九十センチを超える長身に、引き締まった身体。その豪快な姿は、通りすがりの人々の視線を集めた。「あら、かっこいい人……」「あの顔、どこかで見たことがある
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第64話

瀬奈はパーティーが開かれる高級ホテルへ足を踏み入れた。受付を通り、会場へと入る。まだ招待客は全員集まっていなかったが、遠くのほうに兄泰西の姿が見えた。泰西は瀬奈と目を合わせると、ニッコリと微笑んだ。相変わらず何を考えているかわからなくて恐ろしかった。(お父さんはまだ来ていないみたいね……)会場へ来て早々、美しい瀬奈は人々からの注目を集めていた。瀬奈は長らく、暁家のパーティーには参加していなかった。彼らはきっと瀬奈が誰だかわかっていないのだろう。今日はいつもと違ってだいぶメイクを濃くしているし。しかし、むしろそのほうが都合がよかった。(暁家の目立たない平凡な次女でよかったと思ったのは初めてだわ……)このまま何事もなく稲田町に帰れたらいいな。瀬奈はそう思いながら、会場の隅っこでじっと息を潜めていた。が、しかし――(ど、どうしてみんなして私をじろじろ見てるのよ……!)会場にいる男たちの視線は、瀬奈に釘付けになっていた。今日の彼女は誰が見ても本当に美しかった。ネイビーの落ち着いた雰囲気のドレスは彼女にとてもよく似合っており、どこかの女優が来たと言われても信じるほどだ。瀬奈は顔が整っているうえに、スタイルまでよかった。そんな彼女は、自分では気付いていないだろうが、昔からかなり異性人気が高かった。会場にいる未婚の男性たちは、今すぐにでも瀬奈に話しかけようと機会をうかがっていた。その熱い思いは彼女にも伝わっている。しかし、瀬奈は今さら恋愛する気など毛頭ない。再婚も考えていないし、何より彼女には里亜がいる。(どうにかしないと……ここで声をかけられるのだけは御免だわ……)姉の静香なら鋭い視線で男たちを追い払うこともできるだろうが、瀬奈では効果がない。困り果てた彼女は、会場を見渡した。人が多く集まるホール内で、ある人物に目を留めた。(……あの人には悪いけど、盾になってもらおう)彼女は自分に近付こうとする男たちをかいくぐり、小走りでその人物の元へと向かった。慣れないヒールで走りづらかった。瀬奈は男たちの視線から隠れるように、彼の後ろに立った。大柄な彼を前に、男たちの視線は遮られた。そのことで、瀬奈の心もだいぶ楽になった。彼が盾になってくれている間は安心してもよさそうだ。男たちは彼が間にいるせいで瀬奈に話しかけることができなくなっていた。彼女はそのまま
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第65話

「あ……す……すみません……」瀬奈は何とか声を絞り出した。体格が大きいせいか、恐ろしかった。どうやら瀬奈が盾として彼を使っていたことがバレていたようだ。彼女は何て弁明しようか悩んだ。(ど、どうしよう……素直に言うべきなのかしら……)瀬奈が何とか言い訳しようと口を開くと、彼が突然鋭い目を柔らかくした。「……まぁ、別にいい。好きでもない男から好意を向けられるのは不快だろうからな」「あ……」彼は諦めたように再び彼女の前に立った。その姿はまるで、お姫様を男たちから守る騎士のようだった。「俺のことを盾にした女はお前が初めてだ」「あ、あはは……」瀬奈は何も返すことができず、愛想笑いをした。彼女は、前に立つ彼の横顔をじっと見つめた。顔立ちはかなり整っており、ニヒルな雰囲気を漂わせている。(そういえばこの人の顔……どこかで見たことがあるような……?)瀬奈は彼の顔に見覚えがあった。どこで見たかはわからない。気になって仕方が無かった瀬奈は、思い切って彼に尋ねた。「あの、勘違いかもしれないんですが……私たち、どこかで会ったことありませんか?」「……さぁ、もしかしたら大昔に一度会っているかもな」「大昔……?」やっぱり、会ったことがあったんだろうか。彼女は彼の顔を凝視してみたが、やはりわからなかった。そのとき、ある人物の登場に会場がざわめいた。「……暁社長だぞ」会場に姿を現したのは、瀬奈の父親だった。その姿を見た彼女は、ドキリとした。(……お父さんだわ)瀬奈が父の姿を目にするのは二十年ぶりだった。今でも父親を前にすると、足がすくむ。父とは、彼女にとっていつだって相容れない存在だった。様子のおかしい瀬奈に気付いた彼が声をかけた。「……顔色が悪いな、どうかしたか?」「あ、いえ……何でもありません……」できることならこの場所から動きたくなかったが、そうするわけにもいかない。気が重かったが、瀬奈は父親の元へ向かった。父はちょうど、知り合いの社長と話をしている最中だった。お父さん――と呼ぶのは何故かはばかられた。「……社長」瀬奈の存在に気付いた父が、こちらを振り向いた。瀬奈の姿に、彼は眉をひそめた。「お久しぶりです、社長」瀬奈はお辞儀をした。たとえ家族であっても礼儀を欠いてはならないというのは、父の教えだった。父は自分を家族だと思ったことなんて一
last updateDernière mise à jour : 2026-04-02
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第66話

最初から期待なんてしていなかったが、やっぱり父は何も変わっていない。浴びせられた痛烈な言葉と、冷たい視線に彼女はそのことを再認識した。父は瀬奈が湊斗と結婚したあと、兄と同じく一度たりとも連絡を寄越さなかった。出来損ないの娘を厄介払いできたのがよっぽど嬉しかったのだろう。だが、その娘は相手と離婚し、暁家の名に泥を塗った。公衆の面前だからか、声を荒らげるようなことはしなかったものの、娘への嫌悪感を隠しきれていない。自分はこれほどまでに父親に嫌われていただろうか。二十年ぶりだからよくわからなかった。「離婚された女なんて恥だ、ただでさえ使い道がないというのに」「……」「お前は二度と暁家の敷居を跨ぐな、いいか?」「……はい、お父さん」瀬奈は絶対的な権力を持つ父親を前に、ただ首を縦に振ることしかできなかった。***父親と瀬奈の様子を、泰西は遠くからじっと見つめていた。どうせまた父親が暴言でも吐いているんだろう。聞かなくても大体予想がつく。泰西はシャンパンを片手に、ただ様子を見守っているだけだった。自分は静香のように瀬奈の味方ではない。何をやっても平凡な彼女のことは憐れに思っていたが、だからといって庇うつもりはない。これまで努力をしてこなかったの彼女がすべて悪いのだから。「――泰西」「…………涼」泰西に声をかけたのは、ついさっきまで瀬奈の盾となっていた招待客だった。涼と呼ばれた彼は、泰西の視線の先に目を向けた。「助けに行かなくていいのか?お前の妹、顔色が悪くなってるぞ」彼が指差す先には、暗い表情の瀬奈がいた。「……別にどうでもいい」「相変わらず冷たいな」彼はやれやれと肩をすくめた。泰西とは昔からの知り合いだったが、彼は血を分けた妹にまるで関心がない。それ以前に、泰西はこの世の全てに無関心だった。「お前の妹、綺麗になったな」「初めて会ったときのことなんて覚えてないだろ?」「いや……薄っすらだが記憶にはある」涼は実は瀬奈の正体を知っていた。幼い頃に彼女と一度だけ会ったこともある。記憶も朧気で、よく覚えていなかったが、それでも一目見て瀬奈だとわかった。泰西はそのことを不思議そうに尋ねた。「それにしてもよくアイツが瀬奈だってわかったな。あまり公式の場には姿を現さないはずだが」「そりゃあわかるさ、暁家の次女は有名人だからな……」神宮司
last updateDernière mise à jour : 2026-04-03
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第67話

数分話したのち、父親は瀬奈の前から立ち去って行った。二十年ぶりの父との対面を終えた瀬奈は、ふぅと安堵の息を吐いた。(何とか無事に終えられたわね……)本当はもっと罵倒されるかと思っていたが、人目があるからか、それだけは免れることができた。おかげで人前で罵声を浴びせられるなどといった醜態を晒さずに済んだ。(不幸中の幸いというところかしら……)そんなことを考えながらその場に立ち尽くしていると、瀬奈は突然声をかけられた。「――あの、すみません」「……?」瀬奈が顔を上げると、二十代後半と思しき若い男が立っていた。服装を見るに、招待客の一人のようだ。ここにいるということは、どこかの企業の御曹司だろうか。男は口元に笑みを浮かべながら、瀬奈に話しかけた。その視線は熱を帯びていて、瀬奈は居心地が悪くなった。「よろしければ、お名前を教えていただけませんか?」「……」彼女は言葉を詰まらせた。できるだけ話しかけられないようにこれまで会場の隅にいたというのに、とうとう声をかけられてしまった。一度話しかけられてしまった以上、逃げられない。瀬奈は観念して口を開いた。「わ、私は……」「――彼女は私の連れなんです」そのとき、瀬奈と男の間に割って入った人物がいた。「あ、あなたは……!」突然、瀬奈の視界に広がる大きな背中。ついさっきまで瀬奈が盾に使っていた彼だった。「連れ……?」彼の迫力に、男はたじろいでいるようだ。「ええ、私の連れに何をしていらっしゃるんですか?」「……ッ」彼が睨みを効かせると、男はビクリと肩を上げた。冷や汗をかきながらも、何とか声を絞り出した。「い、いえ……何でもありません……ただ、少し世間話をしていただけです……」「そうだったんですね、私も誤解してしまってすみません」男はニッコリと笑みを浮かべ、彼はそのまま逃げるように走り去って行った。瀬奈は前を向く男に、礼を言った。「た、助けてくれてありがとうございます……」「……」彼が一体何者かはわからない。だが、瀬奈を助けてくれたことに違いはない。「あの、あなたの名前を教えてくださいませんか?」「俺の名前……?」彼は不思議そうに首をかしげた。何故そんなものを知りたがるのかわからないというような顔だ。「はい、私たちまだ自己紹介もしていないですよね」「……俺は――」彼が口を開き
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第68話

「湊斗……?アイツも招待されていたのか……」すぐ傍に立っていた彼がポツリと呟いた。どうやら彼は湊斗と知り合いのようだったが、今の瀬奈にとってはそんなこと気にもならなかった。(ど、どうして湊斗がここに……)泰西と湊斗は特別仲が良いというわけではない。そのため、彼が湊斗を暁家のパーティーに呼ぶことなんてこれまでほとんどなかった。だから今回も絶対に来るはずがないと思っていた。それなのに、どうして――湊斗を前に、瀬奈は動けなかった。逃げようにも足は動かず、ただ遠くから彼の姿を見つめたまま固まっていた。「お前……顔色がさっきよりもだいぶ……」「……」彼は何も言わない瀬奈をじっと見下ろしていた。彼女の視線の先には、招待客に囲まれる湊斗の姿があった。あいにく彼はまだ瀬奈に気付いていない。「……そういうことか」しばらく瀬奈と湊斗を交互に見つめていた彼は何かを察したのか、突然上着を脱いだ。「……!」そして、その大きな上着を瀬奈に頭からかぶせた。瀬奈の視界は一瞬にして覆われ、湊斗の姿は見えなくなった。彼が上着をかぶせたことで、瀬奈の顔は周囲からはわからなくなった。「詳しい事情は知らないが……会いたくないんだろう?なら、しばらくこうしていろ」「……」絶対に湊斗と会うわけにはいかなかった瀬奈は、彼の言葉通りじっと息を潜めた。どうか彼に気付かれることなく、パーティーが終わりますように。そんなことを願いながら。視界が覆われている瀬奈は、今会場で何が起きているかわからない。聞こえるのはただ、人々の声とこちらへ近付いてくる足音だけだ。コツコツと、革靴の音が彼女の耳に響いた。誰かが近付いてきている。「――久しぶりだな、湊斗」「あぁ……前に会ったのは一年以上前だな」こちらへ近付く人物の正体は湊斗だった。湊斗がすぐそこにいる。瀬奈の心臓がバクバクを音を立てて鼓動し始めた。絶対に気付かれてはいけない。「……ところで、そっちの女は何だ?」「あぁ、彼女は……ちょっと気分が優れないようでな」「……」布越しに湊斗の視線を感じる。彼は何も言わなかったが、瀬奈をじっと凝視していた。瀬奈の頭から上半身は上着に覆われている。そのうえ普段着ることのないパーティードレスを着ていたせいか、瀬奈だとバレてはいないようだ。しかし、彼が次に発した言葉で、瀬奈は戦慄した。「………
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第69話

会場の外へ出ると、ようやく瀬奈の視界がクリアになった。「もう大丈夫だ、湊斗はさすがにここまで追いかけてはこない」彼は上着を瀬奈の頭から取ると、そのまま着た。彼女は未だに激しく鼓動する心臓を何とか抑えた。「あ、ありがとうございました……本当に何てお礼を言えばいいか……」「気にするな、誰にだって会いたくない人間くらいいるだろう」彼は瀬奈の気持ちを考えているのか、深い事情は聞いてこなかった。「ところで……迎えの車は……」「あ……私、電車で帰ることにします……」泰西は瀬奈に迎えの車を寄越したが、帰りの車は用意していなかった。迎えには来るが、帰りは自分でという意味だ。(兄さんはこうなることを狙って私をパーティーへ呼んだのかしら……)彼はそんな瀬奈を心配してか、引き留めた。「よかったら、ウチの者に送らせようか?」「いえ、本当に私は平気ですから……」瀬奈は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。湊斗がまだ中にいるのだと思うとなおさら。「そうか、なら最後に一つだけ。俺の名前は高橋涼(たかはしりょう)だ」「あ……高橋さんっていうんですね……」別れ際、彼は瀬奈に名を名乗った。彼女は恩人である彼の名前だけはしっかりと覚えておこうと、心に留めた。彼は軽く手を振りながら瀬奈に背を向けた。「機会があればまた会おう、”暁さん”」「は、はい……」私、彼に名前を言ったかしら……。瀬奈は疑問に思ったが、特に気に留めることはなかった。会場を出た瀬奈はすぐに近くのデパートへ行き、適当な服を購入した。パーティードレスではどうしても街を歩くときに目立ってしまう。トイレで着替え、薬局で購入したマスクをつけた。綺麗に結われていた髪の毛もほどき、すぐに駅へと向かわなければならない。湊斗は昔からパーティーというものがあまり好きではない。参加してもすぐに帰ってしまうことなんてざらだ。(湊斗がいつまで会場にいるかわからない以上、長居はできないわ……)瀬奈はデパートのトイレにある鏡で身だしなみを整えた。比較的目立たない服に着替え、帽子を深くかぶった彼女を暁瀬奈だと気付く者はいないだろう。完璧な変装だった。瀬奈はトイレから出ると、デパートの中を早足で歩き始めた。なるべく早く駅へ辿り着きたかったが、人が多いせいか、思うように歩けない。それでも瀬奈は慌てることなく人混みの間をすり
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第70話

その頃、パーティー会場では湊斗が一人立ち尽くしていた。「……」彼は何か思うところがあるかのように、じっと考え込んでいた。湊斗に近付こうとする女たちは会場中にいたが、彼は気にも留めなかった。熱っぽい女たちの視線など、今の彼にとってはどうだってよかったのだ。「――湊斗」「……涼」そんな彼の元に、涼が戻って来た。高身長である湊斗と並んでも、涼の体格の良さは際立っていた。眉目秀麗な二人が並び、会場の女性たちは歓声に近い悲鳴を上げた。「……あの女を送ってきたのか?」「ああ、体調が悪そうだったからすぐに帰って行ったよ」湊斗の言うあの女とはまさに瀬奈のことだったが、当然彼はそんなこと知らなかった。彼は涼が女を連れて行ってからというもの、彼女のことが気になって仕方が無かった。(あの女の背格好……)身長も体格も、ドレスの間から僅かに見えた腕の細さまで。瀬奈によく似ていた。瀬奈は身長は低くなかったが、体の線が細く華奢だった。あれほどスタイルの良い女はなかなかいない。湊斗はそのことが引っかかって仕方が無かった。そんな彼を疑問に思った涼が尋ねた。「どうかしたか?さっきの女が気になるのか?」「いや、別に……」湊斗は目の前にいる涼をじっと見つめた。二人は実は大学の同級生だった。湊斗と同じく涼もまた、大企業の御曹司として生を受けた。似たような家庭で育った二人は、何かと気が合った。大学を卒業した今でも良き友人関係を続けている。(……コイツに聞いたところで教えるわけがない)湊斗は確信していた。涼は自分に何かを隠していると。涼が何故あの女をそこまで庇っているのかはわからなかったが。(さっきの女と一体どういう関係なんだ?)何かを探るような彼の視線に気付いたのか、涼は話を逸らした。「……そういえば、泰西のところに挨拶に行かなくていいのか?お前にとっては義兄だろう?」「……そうだな、行ってくるよ」会場にはパーティーの主催者である泰西がいた。湊斗は昔から泰西と折り合いが悪かったが、主催者に挨拶をしないわけにはいかない。それに、これ以上涼に聞いても何も得られそうにない。そう思った湊斗は足早に涼の前から立ち去った。一人残された彼は湊斗の後ろ姿を見つめながら呟いた。「俺のことを疑っているのか……本当、アイツは昔から抜け目がないな」涼は大学時代から湊斗を見てきている
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