All Chapters of その結婚お断り~イケメンと三角関係になり結婚をお断りしたらやばいヤンデレ爆誕して死にかけた結果幸せになりました~: Chapter 1 - Chapter 10

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《序章》1 二年前、光と影

一発の銃声と共に胸に衝撃が走った。 自分の口から血が吐き出されるのと、銃弾が飛んできた方向を見て狙撃手が誰かを確認したのと、全身から力が抜けてまぶたが閉じそうになるのが同時だった。 それから、あの時と同じ、心が深い悲しみと絶望と喪失感に苛まれるのも…… 狙撃手は――――だった。 どうして、と思う反面、彼は自分を殺したかったはずだから、これで良かったのかもしれないとも思った。 けれど、まぶたを閉じる直前まで見ていた彼の表情が、あの時と同じく衝撃に包まれていて今にも泣き出しそうに見えたから、違う、と思った。 (……やっぱり、そうだった。――――は私を殺したくなんてなかったのね…… 理解するのが遅すぎてごめんね……) ドサリと自分の身体が地面に倒れたような気がしたが、不思議とあまり痛みを感じなかった。全ての感覚が急速に遠ざかっていく。 ナディアは死の淵にいる自覚のないまま、これまでの人生を走馬灯のように脳裏に蘇らせていた。 ****** ――ナディアが死亡する約二年前。 首都中枢に位置する銃騎士隊本部。 二番隊長の執務室で一人仕事をしていた二番隊長代行ジュリアス・ブラッドレイは、窓からの陽が当たらず暗くなった壁の一角に突如現れた人物に気づき、瞬時に幻視と防音の魔法を執務室の周囲にかけた。 ジュリアスは魔法使いだ。そのことはごく一部の者しか知らない。 「兄さん、すまない。しくじった」 声は幼さの残る若い女のものだ。部屋の影になった部分からその人物が一歩踏み出す。 目の前にいるのは、茶色の瞳を持ち、波打つ茶色の髪を肩まで下ろした十代前半くらいの少女だった。 「シリウス……」 ジュリアスは椅子から立ち上がり、目前の人物の本名を驚きと共に呼んだ。 家族だけでいる時、他の者に彼らの秘密が絶対に漏れることのない場面では、ジュリアスは弟を真名で呼ぶ。 目前の少女の正体は、ジュリアスのすぐ下の弟であるシリウス・ブラッドレイだ。 シリウスもジュリアスと同様に魔法使いだった。少女の姿をしているのは自身の姿替えの魔法によるものだ。 少女の姿が一瞬にして青年の姿へと変わる。 白金色の髪を持ったシリウスの面差しはジュリアスに似ていて、冴え渡るような類稀なる美貌を誇っている。 ただ、シリウスの瞳の色
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2 密事

 シリウスは自分の実家、ブラッドレイ家に帰って来ていた。 しばらくぶりに戻った自室のベッドに彼女を横たえる。「ナディアちゃん」 頬を撫でて声をかけてみるが彼女は目を覚まさない。シリウスは眠ったままのナディアの服に手をかけた。 服を脱がせて下着を取ると大きくて形の良い胸がふるりと露出する。シリウスは胸の間に顔を埋めて深く深く呼吸して、ナディアの匂いを身の内に取り込んだ。「ナディア、愛してるよ…… やっと俺のものに……」 一通り柔らかな感触を楽しんでから、彼女の衣服を全て取り去る。太ももを掴んで脚を広げると、彼女の薄い陰毛の中心部にある花が開いた。 シリウスは長く綺麗な指で花弁の上部にある花芯に触れる。摘んでコリコリと潰すように刺激すると、花芯が勃ち上がってきて、眠るナディアの呼吸が早くなった。 シリウスは指を一本花の中心に沈み込ませる。そこは既に蜜をたたえていて、指を動かす度にぬちゅぬちゅと卑猥な音を立てた。 シリウスは指を曲げてナディアの良い所を刺激した。彼女の体のどこがいいのかは知り尽くしている。何度も何度もナディアに触れて、シリウスは研究と開発を繰り返してきた。ナディアは意識のないまま、もうずっとシリウスに可愛がられていた。 ――しかし今回の失態はナディアとのこの秘密の営みのせいだった。『ミランダ』という架空の少女に化けたシリウスは、毎日のようにナディアとお風呂に入っていた。最初の頃はそれでも我慢していたが、大好きな女の子が全裸で目の前にいることに耐えきれずに、そのうち思いは爆発した。 二人きりの入浴中、シリウスは魔法でナディアの意識を奪い、その体に触れるようになった。 注意はしていたつもりだった。あまり長い時間浴室を独占しているとおかしく思われるし、刺激が強すぎるとナディア自身がきっと違和感に気づく。だから営みはごく短時間。 獣人の里への潜入中は正体がばれないように、どんな時でも変幻しているという自分なりのルールを作っていたから、もし覗く者がいれば女同士が乳繰り合っているようにしか見えなかっただろう。 もっとも、誰も覗けないように魔法は使っていたからそれは無理なのだが。 秘密の睦事は誰にもばれないようにしていたつもりだった。もちろん本人にも。 普通なら毎回風呂場でいつの間にか寝ていることをおかしく思ってもいいはずだが、ナディ
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《シリウス編》1 その結婚お断り 1

『心配しないで。二人っきりになったら戻してあげるよ』 父である獣人王シドの私室で危機的な状況に遭遇していたナディアは、男の口調に変わった親友ミランダにそう言われた直後に、意識を失ってしまった。 次に目が覚めると、どうしてこうなったのかよくわからないが、裸で寝転んでいる自分の上に、これまで見たことがないほどに美しい男が乗っていた。  しかも、白金髪に灰色の瞳をしたその男は、ナディアと同じくなぜか全裸だった。  呆けそうになるくらい顔も肉体も美しい男だったが、ナディアはその全く知らない相手と、なぜか性交直前だった。  ナディアは夢の中で自分の体からおかしな感覚がすると思っていたが、以前何度か同じようなことがあったため、夢の中のナディアはあまり気にしていなかった。けれど、今回ばかりは何だかいつもと違った。  目覚めることができたのは、自身の危機を察知したナディアの本能ゆえだった。確かに目覚めてみれば、一世一代乙女の危機だった。 「おはよう、ナディアちゃん」  男はなぜか自分の名前を知っていた。男は、耳が喜んで気絶しそうなほどの色っぽくも美しい声でそう言った後に、綺麗すぎる顔に極上の笑みを浮かべていたが、にっこりと笑顔を浮かべて挨拶を交わしている場合ではない。お互い全裸で、挿入はしていないまでも性器同士を触れ合わせているという、とんでもない状況だった。しかも相手は、極上美形とはいえ全く知らない男だ。  驚いて混乱するよりも、悲鳴を上げるよりも先に、反射的に手が出た。拳がうなり、男の綺麗な顔に炸裂する。  男の体が吹っ飛び、部屋の窓を突き破って外へ落ちて行った。ナディアの渾身の鉄拳はそのくらいの勢いのある全力の一撃だった。  ナディアは肩で息をしながら、ハッとして頭を抱え、『ああ、またやってしまった』と思った。  ナディアは、獣人としては美しさが足りなくてむしろ人間にしか見えないという自らの容姿のせいで、昔から馬鹿にされることが多かった。  ナディアはその度に相手を殴って黙らせてきた。  手癖の悪さは父親譲りのようだった。話し合うよりも先に、とりあえず殴って自分の気持ちをすっきりさせてしまう。  ナディアは赤子の頃に母親が蒸発してしまい、引き取って育ててくれた先で共に育った義理の兄からは、「そういうのあまり良くないよ」と苦言を呈されたりもしてい
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2 その結婚お断り 2

 ナディアはある時、義兄セドリックとその友人の会話をたまたま立ち聞きしてまうことがあった。 『お前さあ、ナディアと仲良いよな。血が繋がってないし番になるのか?』 『まさか。ナディアのことは妹としては可愛いと思うけど、女としては見れないよ』 『そうだよなあ、獣人なのにあの顔じゃなあ』 セドリックの友人の笑い声を背に、ナディアはその場から走り去った。いつもであれば馬鹿笑いするその少年の顔に鉄槌をお見舞いしている所だったが、セドリックに恋愛対象外だと突きつけられたことが衝撃的すぎて、受け止めきれずにその場から逃げるしかなかった。  セドリックとはとても仲が良かったけれど、恋愛感情を抱いていたのは自分だけだったのだ。身の程もわきまえずに一方的にこんな馬鹿みたいな思いを抱いていたことが恥ずかしかった。風下にいたために匂いで彼らに立ち聞きをしていると気づかれなくてよかったと思った。  ナディアのナディアの認識では自分の容姿は獣人界においては下の下の下だ。こんな醜い容姿をしておきながら、獣人として当たり前のように美しい容姿を持つセドリックと恋人になれるかもしれないなんて期待していたことが滑稽だった。  以降、ナディアは何食わぬ顔でセドリックとその家族との生活を続けた。セドリックは直接ナディアの容姿を馬鹿にしたり意地悪することもなく、血の繋がらないナディアに対して他の弟妹たちと別け隔てなく接する優しい人だった。ナディアのことを「可愛いよ」と言ってはくれたけど、それは妹として、家族としての思いなのだ。勘違いしていた自分が馬鹿だったのだ。  その後、ナディアはセドリックに番ができたことを祝福し、彼らの門出を見送った。セドリックとはその後も義兄妹として良好な関係を続けることができた。好きだったなんて言わなくて本当に良かったと思っている。  ナディアはもし自分が番を持つならおそらく人間だろうなとぼんやり考えていた。仕事上、人間との接点は多かったから。  今回のことは驚きや衝撃よりも怒りの方が強いかもしれない。危うく勝手に番を決められる所だった。  ――この時のナディアは、自分はまだ故郷である獣人の里にいると思っていた。  ナディアが眠る前の最後の光景は、妖しく笑うミランダと、足元で倒れている血塗れの異母弟リュージュだった。気配を探るがミランダもリュージュも近くには
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3 その結婚お断り 3

 天井から、ドタン、バタンと激しい音がする。 平民魔法使い一家ブラッドレイ家の五男カインは、上を向いてその音を聞きながら、さてどうしたものかと考えてあぐねていた。 ブラッドレイ家は母以外は魔法が使えるが、魔法使いの存在が稀であることと、この世界では「魔法は空想上のもの」という考えが一般的で、一部を除きその存在は秘匿されている。 本日、カインはすぐ下の弟シオンの面倒を見ながら留守番をするよう言い渡されていた。母はカインのすぐ上の兄セシルがしでかしてしまったことのお詫び行脚をするべく、セシルと一歳の弟レオハルトと共に出かけてしまっている。 四歳のシオンと遊んでいると、しばらく会っていなかった次兄シリウスがいきなり帰ってきた。兄は腕に一人の女性を抱えていたが、カインはその女性に見覚えがあった。というか、シリウスが以前「俺の嫁だ」と言って写真を見せびらかしていたので知っていた。 兄がお嫁さんを連れて帰ってきた。「これから大人のムフフな時間が始まるから、チビッ子たちには刺激が強すぎるから覗くんじゃないぞ」 シリウスはそう言って女性を連れていそいそと二階へ上がっていった。 そして起こる異変。 窓ガラスが割れる音が響き渡り、泥棒でも来たのかとカインは遠視の魔法で自宅回りを警戒する。 鳥になったような感覚で家の中や周囲を俯瞰的に見ていると、すぐに庭に素っ裸の次兄シリウスが倒れているのを発見した。シリウスの顔にはかなり強く殴られた痕がある。   『え? シー兄さん? 大丈夫?』 精神感応により次兄の頭に直接語りかけてみると、兄がムクリと起き上がった。『大丈夫だぞカイ。問題ない問題ない。はっはっは』 シリウスは笑い声で返して自分の頬を自分で治療した。どう考えてもお嫁さんに殴られたとしか思えないが、指摘してはいけないような気がしてカインは黙っていた。そのうちに兄の姿が消える。 兄は瞬間移動により自分の部屋に戻ったらしいが、次兄の部屋は防視の魔法がかけられているらしく、カインの遠視の魔法では部屋の中がどうなっているのかわからなかった。 そして時折激しく響いてくる争うような音。 カインはまだ七歳だが、シリウスが言っていたムフフが何を意味するのかは理解していた。でもお嫁さんになる人なのだからいいのだろうと思っていた。 しかし、どうやらお嫁さ
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4 追いかけっこ

 幸いにしてあれだけしつこかった男も追いかけては来なかったので、ナディアは貞操を死守することに成功はしたものの、周囲の光景を見てただ唖然としていた。(ここ、里じゃない) 舗装された道路に、整然と並んで建つ建物。馬車が何台も行き交い、歩道を歩く人々はみな人間で、獣人なんて一人もいない。 おそらくどこかの人間の街だ。ナディアは父の自室で意識を失った後に、あの男のそばで素っ裸で目覚めるまでの間に、里から連れ出されていたことを理解する。(誰に?) ナディアの脳裏には、自分の指を噛みながら怪しい目つきでこちらを見るミランダがいた。彼女は魔法使いだった。 こんなことができるのはきっとミランダか、先程の得体の知れない男か。 ナディアの胸に、騙された、という思いが宿る。 ミランダはおっちょこちょいで寂しがり屋で頼りなさそうな雰囲気を常に醸し出していた少女で、ナディアはそんな彼女を放っておけずにいつも面倒を見ていた。ミランダもそんな自分を慕ってくれていて、いつしか獣人と人間の垣根を超えた友情を感じるようになっていた。ミランダを妹のように大切に思っていた。それなのに、おそらく彼女は敵だったのだろう。 ナディアは暗い気持ちになりながら、自分が今いる居場所もわからずにとぼとぼと道を歩いていた。途中で飲食店の大きな看板が目に入り、首都の名前が書かれていたことから、ここが首都だとわかる。(ミランダは私を首都まで連れてきて一体どうしたかったの?) 道行く人に獣人だとわかればきっとナディアは捕まって殺されてしまう。人間社会では獣人は「悪」そのものであって、見つかれば殺処分だ。 ナディアはミランダが自分を殺そうとしてここまで連れてきたとは思いたくない。彼女は瀕死のリュージュを魔法を使って助けていたし、根は悪い子じゃない。(まさかとは思うけど、ミランダは私をさっきの男と番わせようとしたのかな……) あの男に襲われかかっていたことを思い出して、ぶるりと体を震わせていると、鼻腔がミランダの匂いを嗅いだのでナディアはハッと立ち止まった。振り返ると、暗い顔をしたミランダがすぐそばまで来ていた。「ミランダ、一体どういうつもりなの?」「ごめんね、ナディアちゃん……」「私のことを裏切ってたの? 私を首都まで連れてきてどうするつもりよ?」「ごめん、本当にごめん…… でも俺が絶対に
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5 禁断魔法

 大きな建物の角を曲がり小道に入る。次第に細くなっていく道を闇雲に走ると、やがて袋小路に入ってしまった。周囲には誰もいない。 振り返れば、ミランダが妖しく光る冷たい瞳でこちらを見ていた。「ごめんね、こうするしかないんだ。これは俺たちへの試練だと思ってほしい」 ミランダが追い詰められたナディアの胸の前に手をかざす。「一つ、獣人の里に足を踏み入れてはならない。禁を破った瞬間心臓が止まり即死する」 ミランダがそう言った途端、左胸の心臓がある付近の皮膚に焼けつくような痛みが走った。 ナディアは驚いて襟から自分の胸を覗き込むと、痛みを感じた箇所にハート型の黒い痣ができていた。「何……したのよ?」 ナディアは胸を抑えながらミランダを睨む。ミランダは無言だったが、その姿が一瞬にして、少女のものから麗しい美貌を持った白金髪のあの男のものへと変わる。 ナディアは驚きに目を見開いた。(ミランダの正体はあの男だった……)「二つ、俺こと『シリウス・ブラッドレイ』の秘密を誰にも話してはならない。その秘密とは――」 シリウスと名乗った男は「秘密」の内容をナディアに再確認させるように言葉を紡ぐ。 ――それはシリウスとその家族、即ち『ブラッドレイ家』の面々についての秘密も話してはならないという内容だった。 シリウスの言葉が終わったと同時に胸に二度目の痛みが走った。「三つ、」(まだあるの?!)「『シリウス・ブラッドレイ』以外の男と触れ合っ――」「いい加減にしなさいよ!」 シリウスが条件を言い終わる度に胸に痛みが走るし、「即死」なんて言葉まで飛び出してきて、この男がナディアにおかしな魔法をかけているのは間違いない。これ以上やりたい放題させてたまるかと、魔法の発動を邪魔するべくナディアはシリウスに殴りかかった。 先程殴って窓の外に吹っ飛ばした時はその腹立たしいほどに美しい顔に綺麗に決まったというのに、今度はあっさりと避けられてしまう。続けざまに放つ拳も全て避けられて、終いには両手を強く掴まれ、上半身の動きが封じられてしまった。 至近距離に息を呑むほどに整いすぎて美しすぎる顔があった。ナディアはシリウスを睨んで歯噛みしたが、とにかくシリウスが三つ目の条件を言い終わる前に言葉は止まった。「あのね! 日常生活で特に意識しなくても男の人に触れることってよくあるでしょ
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6 サウザンドキス

 カーテンが開く。眩しい朝の光がナディアの顔を照らし、夢の中から浮上する。 目を開けると部屋の窓のすぐそばに、白金髪の男――ではなくて、茶髪の少年が立っていた。「おはよう、いい朝だね。ご飯できたよ」 魔法で少年の姿になったオリオン――本名はシリウスと言うらしいが、本当は首都にはいないことになっているそうでナディアは偽名で呼んでいる――は、律儀に声まで容姿に合わせて変えていた。正体バレを防ぐため、オリオンは常日頃から魔法で見た目や声を変えているらしい。 最近のナディアの朝は、にこにこ笑う変態によって起こされるところから始まる。 ナディアが起き出すと、テーブルには食欲をそそる肉料理が並べられていた。 現在ナディアは首都にある一戸建ての家に住んでいて、不本意ながらもシリウスと半同棲のようになっていた。 シリウスは朝からやって来ては食事を用意するなど嬉々としてナディアの世話を焼いている。シリウスは日中はこの家に入り浸っていることが多いのだが、門限があるとかで夕食の後には必ず実家のブラッドレイ家に帰っていた。   「……いただきます」 この家に住み始めた頃は変態が作った料理なんて食べられないと拒否していたが、食材に罪はない。せっかく作ったのにと嘆かれるので一度試しに食べたところ、思いの外美味だった。シリウスは料理上手のようで、まんまと餌付けに成功されてしまった。「ナディアちゃん、ナイフとフォークが上手に使えるようになったね」   「ええ……」 ナディアの返事はそっけない。シリウスは何かと話しかけてくるのだが、ナディアはいつも会話をぶつ切りにして早々に終わらせてしまう。  できれば嫌いになってくれないかなと思ってのあえての対応だったが、シリウスにはあまり効き目がなかった。  何度も申し込まれる結婚の話はずっと断っているし、向こうが仲良くしようとしてきてもこちらから歩み寄る態度は一切見せていないので、普通の相手だったら見限って嫌いになっていてもおかしくないはずなのに、シリウスがナディアに見せる好意には陰りが見えなかった。  ****** 『死の呪い』のせいで里に帰れなくなってしまったナディアは、必然的に人間社会で生きていかざるを得なくなった。 あの日、『呪い』をかけられた後ほどなくして、路地裏に二人の銃騎士が現れた。 一人
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7 古書店の孫娘

 ナディアはシリウスが不在にしている隙に首都の職業斡旋所を訪れ、そこで古書店の店員の求人を見つけた。本を扱う店なら、唯一と言ってもいい読み書きが出来る特技が生かせるかもしれないと思ったからだ。 休日やお給料などの条件は良いが、求人が出された日付はかなり前だ。定員は一名なのですぐに埋まってしまってもおかしくはないのに、と不思議に思いながら斡旋所の職員に聞けば、職員曰く店主が気難しいらしい。 これまで何人か採用されたがすぐにやめてしまったらしい。店主は毎回申請して求人を出し直すのも面倒だと言っていて、古いままの求人が下げられずにずっと出しっ放しになっているそうだ。 面接の日時を取りつけてもらって首都の一角にあるその古書店に向かうと、なるほど出てきたのは眉間に皺が刻まれ、眼鏡の奥の眼光鋭くこちらを睨む痩せぎすで不機嫌そうな老人だった。「あんたか。じゃあ早速仕事を覚えてもらう」 老人はリンド・ウィンストンという名前だった。リンドはナディアが斡旋所の職員に書き方を教えてもらった履歴書――内容はほとんど出鱈目なのだが――を受け取りもせずに地下にある書庫へとナディアを連れて行った。 二階建ての古書店の建物はレンガ造りだが内装には木材も使われていて、地下に続く扉も木製だった。階段の手すりや地下にある本棚の多くに木材が使われている。 この店は古書店だが新書の取り扱いもあるそうで、リンドは大量の本を前に在庫の管理や注文の仕方などの仕事内容をいきなり話し始めた。これは面接をすっ飛ばして即採用ということのようだが、採用してくれるならそれはそれでありがたい。ナディアはリンドが話す仕事内容を忘れないように筆記具で紙に書きつけていく。「あとこれは一番大事なことだが、この棚にある本は売り物じゃないから店には並べるなよ」 リンドが示すのはナディアの頭くらいの高さで幅も他の本棚より一際小さめだが、しっかりとした造りの金属製の本棚だった。本棚には、年代的にかなり古そうで、紙が黄ばんでいるような年季の入った本が多く入っている。「ここにあるのは歴史的価値の高い貴重な本ばかりだ。万一破損することがあればお前クビだ」「わかりました」 リンドは常にこちらを睨むような顔をしていて威圧的な態度を崩さないが、里ではもっとガラが悪くて暴力的に振る舞う者はいくらでもいた。ナディアにとってはこのくら
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8 姉に似た人

「ただいまー」 夕方に近い時間帯になると時々学校が終わったエリミナが古書店に現れた。彼女は用事がない日は学校からこの店に直行してリンドを手伝っているらしい。エリミナはリンドの孫だが普段は別に暮らしていて、サングスター商会という人間社会ではわりと有名な商会を営む富豪の一人娘だった。 リンドは店の二階で一人暮らしをしているが、エリミナはここから少し離れた首都中央区に自宅があってそこで両親や使用人たちと暮らしているらしい。 だいたい夕飯の時間帯前くらいになると屋敷の使用人が馬車で迎えに来るのだが、その馬車がまた旧王族でも使いそうな意匠の凝ったかなり豪奢な馬車で、エリミナの実家が大富豪なのだという一端が伺える。  エリミナの母親がリンドの一人娘で、エリミナの父親と共に商会を起こしてそれが大成功したという話だった。 リンドはいつも怖い顔をしていてとっつきにくそうな雰囲気を醸し出しており、また仕事に関してはこだわりも持っている。ナディアは本を売る時の会計は任せてもらえるようになったが、古書の買い取りに関しては「お前のようなひよっこに任せられるか」と言われて一度もやったことがない。 以前長く勤めていた人が腰痛を理由に辞めてしまった後、代わりの人を探していたがなかなか長続きする人がいなくて困っていたそうだ。「メリッサが来てくれて助かったよ」とエリミナは言っていた。「おじいちゃんったら前に万引き犯を捕まえて縄で縛ってお店の軒先に吊るしたことがあってね。顔が怖いのも手伝ってここのお店には最恐鬼ジジイがいるって評判がついちゃったのよ。そのせいで働こうとしてくれる人もあんまりいなくて」「へえ。でも私リンドさんはあんまり怖くないけど。結構優しいよね」 軒先に吊るされたのは吊るされるほどのことをした方が悪いと思うし、リンドはナディアが学校に通ってないことを気にしてくれているようで、売れ残りの学校用の教科書をぶっきらぼうに「いらないから持っていけ」と譲ってくれたり、「馬鹿と言って悪かった」と初日の出来事を謝ってくれたりした。「メリッサみたいにおじいちゃんを怖がらない人が見つかって本当に良かったよ。私も学校を卒業したら婚約者と結婚しなくちゃいけなくて、今も花嫁修業が始まっててお店を手伝える日も限られてきてたから助かるわ」 花嫁修業といってもだいたいのことは使用人がやってくれる
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