Alle Kapitel von その結婚お断り~イケメンと三角関係になり結婚をお断りしたらやばいヤンデレ爆誕して死にかけた結果幸せになりました~: Kapitel 11 – Kapitel 20

75 Kapitel

9 スパダリ求婚者

 仕事が終わり、古書店を後にしたナディアが家の前まで帰ってくると、窓には明かりが灯っていた。食欲をそそる良い匂いが家の中から漂ってくる。 「ナディアちゃーん♡ おかえりなさーい♡」  ナディアが玄関の鍵を開けて扉を開けようとすると、それよりも早く内側から扉が開き、いつもの少年姿のシリウスが両手を広げて喜色満面で飛び出して来た。  抱きついてこようとするのはいつものことなので、ナディアは毎回それを完璧に避けきることを訓練だと思って己に課しているが、この男に触れられずに家の中に入れたことが一度もない。今もナディアの動きを上回る素早さを発揮したシリウスによっていつの間にかお姫様だっこをされて、そのままの帰宅となった。  仏頂面のナディアに対してシリウスはにこにこと上機嫌だ。 「今日もお仕事お疲れ様♡ お風呂にする? ご飯にする? それとも俺とイチャイチャする? 俺とお風呂のコースでもいいよ♡」  この男の戯言も毎度のことだった。「俺とイチャイチャ」と「俺とお風呂」な展開にはならないように気をつけているつもりだ。  お風呂はシリウスが帰ってからでないと絶対に入らないようにしている。でないとナディアの入浴中にシリウスが風呂場に侵入してくるからだ。もうこれ以上自分の将来の番に申し訳ないことはしたくない。 「ご飯」 「はーい♡」  ナディアが短く要望を伝えると、シリウスはナディアをソファに座らせてからキッチンに向かう。シリウスが背を向けた姿も喜びに満ちていて、たぶん尻尾が生えていたら思いっきり振り回していると思われる。  すぐに食事の支度が整ってナディアはテーブルについた。とても美味しそうな料理が並んでいて、お腹が空いていたナディアは早速ナイフとフォークを使って食べ始める。 「美味しい?」 「うん」 「じゃあご飯が美味しいことを記念して俺と結婚しようか」 「ヤダ」  どんなに好意を寄せられても、最初に意識のない状態で襲ってきたことが最悪すぎた。早くお金を貯めてシリウスから離れなければと思っている。  ただ、シリウスは食事の用意をしてくれたり他のことも色々と世話を焼いたりしてくれる。  普段から陽気で優しいし、そんなに悪い奴でもないのかなと思うようにはなっていた。変態だけど。 ****** 「ありがとうございました」  お客さんからお金を受
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-19
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10 お別れ

 ナディアはシリウスの腕を掴むと店から少し離れた路地裏に連れて行く。ここならもういいかと歩みを止めて振り返ると、すかさずシリウスの腕が伸びてきて抱きしめられた。 ナディアはその腕を振り払おうとはしなかった。「行きたくない。ずっとナディアちゃんのそばにいたい」 シリウスは涙声になっていて声には悲痛な響きがあった。潜入は長期に渡る予定で、いつ戻れるかはわからないらしい。「……行くのやめたら?」 シリウスは正式な銃騎士隊員ではないそうだ。命をかけるほどの責務はないような気がする。だがシリウスはしばしの沈黙の後に首を振った。「……これは俺の使命なんだ。俺は、俺たちは、いつか獣人が人間と同じように肩を並べて生きていける社会を作るんだ」(獣人が人間と一緒に生きていける社会……) シリウスは愛おしそうにナディアを見つめた後、頬に手を置いてきてそれから―― ナディアは近づいてきたシリウスの唇を手で抑え、顔をのけ反らせてキスを避けた。「ナディアちゃん?! しばらく会えなくなるんだよ!? ちゅーぐらいさせてよ!」「恋人じゃないんだから無理」「今すぐ恋人になれば問題ない!」「絶対イヤ」「今までたくさんしてきたじゃないか!」「ほとんどが私の意識のない時にあなたが勝手に無理矢理ね。全部不本意よ」「ただでさえ最近ずっとしてなくて、こないだ一回しただけで、俺はもうずっとナディアちゃん欠乏症にかかっていて、これから遠距離になるのに耐えられない! 耐えられない!!」 こないだの一回というのは休日にエリミナと買い物に行くことになった際、「俺も行く」とミランダ姿のシリウスがついてきてしまった日の話だ。「服を買いに行こう」と言うからナディアはてっきりエリミナが自分の服を買うのでそれにつき合うのかと思っていたが、そうではなくて、黒だとかこげ茶だとかとにかく暗い色の服ばかり着ていたナディアに、違う系統の服も勧めたいという趣旨の買い物だった。 お金を貯めたかったナディアは最初及び腰だったが、首都では里と違って容姿を馬鹿にしてくる者はいない。いろんな服を試着すとシリウスはもちろんのこと、エリミナにも店の店員にもよく似合っているとおだてられ、店員は買わせるためだったかもしれないがとにかく悪い気はしなかったので、今まであまり着なかった色合いの服を数着買うことにした。 そ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-20
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《登場人物紹介と獣人の設定》

【登場人物紹介】 登場順(次章パレード編まで)。獣人に名字はありません。年齢はパレード編以降のものです。「獣人姫…」のネタバレを含みます。 ❖ナディア/メリッサ・ヘインズ(18) 茶色の髪と瞳。獣人であるが容姿に華やかさがないことを気にしている。獣人王シドの娘。❖シリウス・ブラッドレイ/オリオン/ミランダ(20) 魔法使い。銃騎士隊諜報員。ブラッドレイ家次男。白金髪に灰色の瞳。姿替えの魔法で茶色い髪と瞳の少年姿になり「オリオン」と名乗っていることが多い。❖ゼウス・エヴァンズ(19) 銃騎士隊一番隊所属。金髪碧眼。女嫌い。獣人を憎んでいる。❖ジュリアス・ブラッドレイ 銃騎士隊二番隊長代行。ブラッドレイ家長男。白金髪に碧眼の超絶美形。おまけに美声。魔法使い。❖シド 獣人王の異名を持つ。西の獣人の里の族長。赤髪赤眼。ナディアの実父。❖セドリック ナディアの義兄。❖リュージュ ナディアの異母弟。赤茶髪の獣人。瞳の色は赤みががった黒。❖ヴィクトリア 獣人姫の異名を持つ美しい獣人。銀髪に水色の瞳。物語冒頭でナディアは異母姉と思っているが血の繋がりはない。❖カイン・ブラッドレイ ブラッドレイ家五男。灰色の髪と瞳。魔法使い。❖シオン・ブラッドレイ ブラッドレイ家六男。灰色の髪に碧眼。魔法使い。❖セシル・ブラッドレイ ブラッドレイ家四男。白金髪に碧眼。魔法使い。銃騎士養成学校の訓練生(パレード編以降)。婚約者は高位貴族。❖アーク・ブラッドレイ 銃騎士隊二番隊長。ブラッドレイ兄弟の父親。灰色の髪と瞳。魔法使い。❖リンド・ウィンストン 古書店の店主。ナディアの雇用主。気難しい老人。❖エリミナ・サングスター 商会を営む富豪の娘。リンドの孫。黒髪を脱色して金髪に染めている。❖アーヴァイン・サングスター エリミナの従兄で婚約者。黒髪黒眼。頭脳明晰だが運動音痴。❖アテナ・エヴァンズ ゼウスの姉。金髪碧眼。ハンター兼モデル。❖レイン・グランフェル 銃騎士隊二番隊所属。黒髪黒眼。ゼウスの一期先輩。❖シャルロット・アンバー 財務大臣を父に持つ公爵令嬢。黒髪に琥珀色の瞳。ゼウスとの結婚を狙っている。❖ジョージ・ラドセンド 銃騎士隊一番隊長。伯爵。❖アスター・グレイコール 元銃騎士隊員。赤髪碧眼。レインの親友。アテナの元彼。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-20
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《パレード編》1 とある銃騎士隊員の憂鬱 1

「どうしたゼウス、もっと笑え」 吐き出す息は白く寒さが身に沁みる。街路で沸き立つ群衆もそれは同じはずなのだが、熱気を含んだ視線や歓声を上げている彼らは、あまり寒さを感じていないような気がする。 銃騎士隊が隊列を組んで首都の大通りを練り歩くのは恒例となっている新年の祝賀行事だ。  馬にまたがりパレードの先頭を行く一際目立つ容姿端麗な二人組のうちの一人、黒髪の青年――レイン・グランフェル――が、隣で先程から民衆に向かってニコリとも笑わない金髪の青年――ゼウス・エヴァンズ――に話しかけていた。 先頭という目立つ位置で会話などしていたら後で上官に怒られそうな気もするが、パレード自体が和やかな雰囲気で進んでおり、後方で騎乗している階級が高めな隊員はもちろん、徒歩で行く隊員に至るまで、互いに談笑したり街路にいる人と交流したりしている。 ゼウスはレインの指摘を充分わかっていた。このパレード自体は民衆の銃騎士隊への好感度を上げることが目的であり、言ってしまえば寄付金集めのイベントである。 その隊列の誉れある先頭に選ばれた自分たち若手は、これからの銃騎士隊を担う偶像のような側面と、それから恋人や婚約者などの特定の相手がいないことから現在恋人募集中にも見えて、銃騎士の恋人になりたい人々や、娘を嫁がせたい人々に夢を見させられることができる。「銃騎士隊一番隊」というある種特殊な部隊に所属していることから、存在意義を見失いかけて腐りそうになっているゼウスに、銃騎士であることの意義を説いてくれたのは隣にいるレインを初めとした何人かの先輩たちだ。 組織の一員である以上そういうものも必要だ。と。 彼らがいなければ、ゼウスはとっくの昔に銃騎士から民間職のハンターに転職していただろう。 ゼウスだってこの祝賀行事のパレードの先頭を務めるのは二回目だ。それに、姉によく似た女顔で、自分ではいまいちパッとしないと思っているこんな顔でも、笑顔を作れば喜ぶ人はいるようで、寄付金集めの珍獣もどきになりきる覚悟はできていた。 あの話を聞くまでは。 ******「ゼウス様! お喜びくださいませ!」 パレード前、銃騎士が多く集まる広場は関係者以外は入れないように規制が敷かれていたが、部外者でも貴族だけは入ることができた。 とある事情から、ちょっと苦手な先輩のレインと今年は先頭の相棒を組むこと
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-20
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2 とある銃騎士隊員の憂鬱 2

 シャルロットがゼウスに並々ならぬ思いを寄せていることはゼウス自身も知っていた。 シャルロットとの婚約を上司を通して財務大臣から打診されること計五回。 銃騎士隊員として何か特段の成果を上げたわけでもなくただの一平民にすぎない自分が公爵令嬢を嫁にもらうだなんておこがましすぎると断ろうとしたが、上司曰く「婚姻に際してはどこかの貴族の養子になることが条件で、嫁が来るのではなく婿に行く」という話だった。 ゼウスは貴族に良い印象を持っていなかったので自分が貴族になるなどとは考えたくもなかった。「今は職務に邁進したいので結婚は考えていない」と上司には断ってもらい、毎回同じ理由で断り続けている。 しかし諦めないシャルロットは、「ならば初夜の相手を務めてほしい」などという打診までしてきた。流石に恥ずかしい内容なので父親経由ではなく、仕事中に侍女や本人からの話ではあるが、父親の財務大臣も承知の話だという。(本当かどうかは知らないけど) この国は獣人に狙われるのを防ぐために初体験は早い方がいいという考え方もあり、性に対しても奔放な風潮がある。 普通は婚約者や恋人に破瓜してもらうのだが、その関係にない者に頼むことがないわけでもない。 しかしシャルロットには以前婚約者がいた。二年近く前に婚約は解消されて元婚約者は既に別の令嬢と結婚しているが、共に夜を過ごしてほしいと自分から訴えてくるような令嬢がその元婚約者と本当に何事もなかったのだろうかと疑問はある。真相がどうなのかに興味はなかったが、済みであるのならする必要もないし、まだであっても別の相手にお願いしてほしいと思った。 言ってしまえばゼウスはシャルロットが好みではなかった。顔は可愛らしいがこちらの都合などお構いなしでグイグイ迫って来る令嬢で、それでいて無意識なのかはわからないが庇護欲を掻き立てさせるような仕草をする。何かにつけては瞳を潤ませて媚を売るような表情をし、作り声のような高く甘えた声も苦手だ。  陰と陽で例えれば全体的に陰であり湿っぽい女性だと思ってしまう。ゼウスとしてはなんというか、もっとカラっとしていて元気でハキハキしている方がいい。 ゼウスが今も険しさを隠そうともない表情のまま、口を開けば暴言を吐いてしまいそうなので何も喋らないでいると、シャルロットは不安そうな顔をして瞳を潤ませたまますぐにでも泣き出し
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-20
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3 一番隊長

「隊長! 話が違うじゃないですか!」  ようやく見つけた銃騎士隊一番隊長ジョージ・ラドセンド卿にゼウスは食ってかかる。  ジョージは上品な物腰の白髪の老紳士で、若い頃はさぞおモテになられたのだろうという風貌をした「年を取ってもまだまだイケメン」の代表格だった。ジョージの背筋はしゃんとしていて馬に乗る姿は六十代とは思えないほど若々しく、まだまだ現役といった様子だ。  ジョージは元々平民であったが貴族の娘と結婚し、のちに伯爵位を賜り銃騎士でありながらも貴族である。  ジョージは肩を怒らせながら現れたゼウスとその後ろにいるシャルロット公爵令嬢を見て、何があったのかを察したようだった。ジョージは手で一つ自分の額をパシリと叩くと、「あちゃー」という声を出した。 「『あちゃー』じゃありませんよ! 俺の異動がなくなったとは一体どういうことですか!! ちゃんと説明してください!」  ゼウスにしてみればお茶目さで誤魔化そうとしても許すまじであり、とことん詰め寄ってやろうと思っていた。上司に楯突く奴はクビにするというのならすればいいと本気で思った。 「ゼウス君、とにかく落ち着きなさい。君にはきちんと説明するつもりだったのだが、何分パレードの先頭を務める役に影響があってはいけないからね。もちろんこの式典が終わったら君に誠心誠意説明するつもりだったよ」  ジョージは一番隊で巻き起こるご婦人方との下方面も含めた様々な厄介事を適切にさばきつつ、大事になるような案件はできるだけこちらの不利にならないように銃騎士を守りながら、のらりくらりとかわしていつの間にか事態を収めてしまう老獪だ。どんな場面でも銃騎士の味方についてくれるので頼もしくはあるが、完全に信頼していいものかどうか迷う人物ではある。 「すまない、ゼウス君」  馬から降りたジョージが詫びの言葉を口にして深く深く頭を下げた。所属長にそこまでさせてしまい、ゼウスは少しだけ冷静さを取り戻す。 「……では、異動がなくなったというのは本当なんですね?」 「そうだ。数日前には決まっていたのだが諸般の事情で伝えるのが遅くなってしまってすまなかった。君の異動が決まった後に横槍が入ってしまってね。国防を担う銃騎士隊の人事に口を出すとは非常識も甚だしいが、最終的に総隊長が呑んでしまったものだから私にもどうしようもなかった」  ジョー
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-20
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4 黒歴史

 街路の人々に囲まれて馬に乗りパレードの先頭を務めながら、ゼウスの心は新春を祝う雰囲気とは真逆の位置にいた。異動が駄目になったことはゼウスを打ちのめしたし、好きでもない女性にベタベタされて危うくデートする羽目になりそうだったことも最悪だった。  パレードの時間が迫っていたためにレインが迎えに来てデートのことは有耶無耶になったが、シャルロットはおそらくパレードが終わり次第再びゼウスにデートを迫ってくるに違いない。 何もかもが憂鬱すぎる。『ゼウス君、シャルロット嬢が嫌なら早めに別の人を探すに限るよ』 ジョージ隊長も隊長でその場を離れる直前、シャルロットには聞こえないようにそんなことをこっそりとゼウスに耳打ちしてきた。ゼウスがシャルロットを苦手にしていることはジョージもわかっているのだろう。わかっているのならばシャルロットを焚きつけるような真似はやめてほしいと思った。あの人は何がしたかったのだろう。 とにかく、確かにこの環境を少しでも変えるには本当に恋人を作った方が良いのかもしれないと思い始めるが――「ゼウス」  先程からゼウスが一言も発していないので、隣で馬に乗っている美青年が声をかけてくるが、声に甘い響きが含まれているような気がして一瞬どきりとする。見返した相手の表情がいつも通りだったので、ゼウスも何食わぬ風を装う。「せっかくの新年の祝いなんだからもう少し楽しめ」「そうですね。これが最後の任務になるかもしれませんしね」「ゼウス、あんなご令嬢が理由で辞めるなんて馬鹿げているぞ」 案の定レインは引き止めてくる。そう言えば引き止められることはわかっていた。甘えているのかもしれない。「時々いるよな、ああいう手合いは。女には女の事情があるんだろうが、こっちにだって事情はある。振り回されないように適当にあしらってさばいていけばいい」 そう言えばレイン先輩は女のあしらい方が上手でしたね、と言ってしまいそうになって黙る。レインの事情にはあまり首を突っ込みたくなかった。 レインには男色家の噂があるが、たぶん本人が意図的に流していると思われる。ゼウスはそれが真実ではないことを知っていた。 ゼウスの脳裏に、あの日の記憶が蘇る―― ******  銃騎士新人一年目のゼウスは疲れ果てていた。獣人との戦いではなく、主に対ご婦人方との攻防においてだが。  ゼウス
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-20
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5 赤髪の青年

「ほら、お前の姉さんはあんなに綺麗に笑っているじゃないか」 レインは何とかゼウスの笑顔を引き出したいと思っているらしく、街路の店に貼り出された姉アテナの顔が大きく写るポスターを指差した。視線をやればゼウスによく似た容貌の神秘的な金髪碧眼美女が、眩しい笑顔を見せている。「姉は笑うのが仕事なんです」「お前の今の仕事も笑うことだろう」「そうですね。これでいいですか?」 にっこりとそれとわかるような作り笑いをすると、微妙な顔をされた。しかしゼウスが構わずに作り笑顔のままで沿道に顔を向けて手を振ってみれば、街路から「キャー、ゼウス様ー」と黄色い声援が飛ぶ。「ゼウス……」 表情筋を笑みの形で不自然に固めたままパレードの先頭としての役割を果たす。レインはまだ何か言いたそうな声を出したが、ゼウスはそれを無視した。 ゼウスとしてはレインと姉の話をするのをなんとなく避けたくて、アテナのポスターの件を含めたゼウスを笑顔にさせるための話題を、早々に終了させたかった。ゼウスは自分の思い通りにならなさすぎる現状をエネルギーに変えて、半ばヤケクソ気味に笑顔とお手振りに精を出した。 ゼウスが思うに、レインの思い人とはおそらく姉のアテナである。 レインとアスターは同時にアテナと出会っている。 しかし、アテナが交際を始めたのはレインではなくてアスターだった。 ハンター活動中に、獣人を狩るどころか逆に襲われていたアテナを、まだ訓練生だった二人が校外で助けたのが出会いだったらしい。 その頃のエヴァンズ姉弟は、ゼウスが銃騎士養成学校に通うことが決まっていて、二人で故郷の田舎から首都近郊の家賃の安い集合住宅に引っ越してきていた。アテナはハンターの傍ら生活のためにモデルの副業を始めていた。 ゼウスはその日ちょっと仕事に行ってくると言ったアテナをいつも通り見送ったのだが、モデルの仕事に行くのだとばかり思っていて、まさか獣人を狩りに少し離れた山に向かっていたとは思わなかった。 夜になってもなかなか戻ってこない姉を心配していると、夜も更けた頃に眠ったアテナを背負ったアスターが一人でゼウスたちの住居までやって来た。 アスターは少しだけ長い赤髪を後ろで一つにくくり、意志の強そうな濃い青色の瞳が印象的な凛々しい青年だった。 アスターの私服には乾いて変色した血がところどころに飛び散っていた。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-21
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6 ジュリアスの婚約者

 パレードは中盤に差しかかりつつあった。 ゼウスは人が変わったかのように楽しそうにしてニコニコしている。「最初からそれでいけば良かったのにな。一番初めは硬い無表情で、次は作り笑いだもんな」「最初のは不可抗力ですよ。念願叶って異動できると思っていたのが駄目にされたんですからね。その後だって俺なりには頑張っていたつもりだったんですよ? まあ、あそこまでのものは目指せませんが」 ゼウスはそう言って後ろを指差しながら、パレードの列が続く遥か後方を見るように首を巡らす。 レインもつられたように後方を振り向いた。「あれは異次元の存在だろ」 二人のいる先頭からパレードの最後尾は見えないが、見えなくても何が起こっているのかはわかる。 ぎゃあああああーーーー ジュリアスさまああぁぁぁーーーー パレードが始まってからずっと、後方から絶え間なく響いてくる空気を震わせるほどの複数の叫び声には気づいていたが、あまり触れないようにしていた。 おそらく熱狂の渦の中、国一番の顔面偏差値を持つ超絶美形ジュリアスの笑顔に半狂乱となるご婦人方が多数発生し、そのうちの何人かは胸を射抜かれてバタバタと倒れていることが予想される。 その屍を踏み越えながら新たなご婦人方が対象に近づくべく警備を掻い潜ろうと警邏隊と衝突を繰り返していて、最後尾は混沌とした状況になっていると思われる。 ジュリアスの支持者たちにとっては彼の姿を拝め、かつ交流を持てるかもしれない機会を得られて天国だろうが、亡者の如く群がろうとする無法者たちをさばく警邏隊にとっては文字通り地獄だろう。 このある種の阿鼻叫喚地獄絵図現象は、ジュリアスがゼウスたちのように先頭役を引き受けた年にはもう始まっていた。ジュリアスが初めて先頭役を務めた時はパレードの進行が妨げられるほどの人の群れが押し寄せてきて、安全が確保できないとパレードは一時中断し、ジュリアス抜きでパレードが再開されたものの、「なぜジュリアス様を排除した!」と荒ぶる民衆がまたパレードの進行を阻害したため、結局そのままその年のパレードは中止になった。 ジュリアスは銃騎士隊新年祝賀パレードをその歴史の中で唯一中止させた伝説の男になった。 翌年、ジュリアスはパレードには不参加だったが、そのせいかはわからないが寄付金の額が例年より減り、銃騎士隊本部にはこの件への抗議文が大
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-21
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7 ノエルとマグナ

 ゼウスはたまに、レインの思い人が姉アテナであるという見立てはもしかしたら間違っているのではないかと思う時もあった。 いくら親友の元彼女だったとしても、思い人のために自身の一切の女関係を排除するくらい好きなくせに、アテナに正式な恋人がいない状況で、自分の思いを実らせようとする行動を全く起こさないのはやはり不毛である。二度も他の男に譲るつもりなのかと思ってしまう。  アテナではレインが語っていた、「なかなか会えない場所に住んでいる」という条件も満たさない。 ただ、レインが思い人に別に好きな男ができて「浮気だ!」と喚いていた時期と、アテナがハンター仲間であるノエルを意識し出した時期が絶妙に重なる。 ゼウスは生まれたときからアテナのそばにいるので、姉の気持ちの有り様は何となく察することができた。 現在、アテナはノエルと二人きりのハンターパーティを組んでいる。ノエルはアテナがモデルの報酬を貯めて建ててくれたゼウスも住む都内の家にずっと居候しているので、ほとんど家族のようなものだった。  ノエルはかなり強いので、ハンター活動の際には安心してアテナを任せられる。ノエルがいない時にはハンターの仕事には絶対に出かけないようにとアテナには口酸っぱく伝えている。 ノエルは銃騎士隊二番隊長アーク・ブラッドレイの三男だ。ゼウスが銃騎士養成学校の試験を受験した時に彼も受けていて、かなり奇抜な格好をしていたのでとてつもなく悪目立ちしていた。ちなみに今は普通の装いに直っていて、アテナと同じようにモデルの仕事もしている。 ノエルは銃騎士養成学校の試験の合格は出ていたのにそれを蹴ってハンターになってしまった変わり者だ。家族にはかなり怒られたらしいが、ハンターになったことに後悔はしていないと言う。ゼウスはノエルの戦闘能力の高さを知っているので、ずっと銃騎士にならないかと誘っているのだが、未だに色良い返事はもらえていない。 アスターがいなくなって失意に沈むアテナを支えたのはノエルだった。 ノエルは昔から何となくだがアテナに気があるのではないかと思う時があった。けれどアテナはアスターと良い仲で、以前ノエルは「初恋はマグナです」とゼウスに語ってくれていたこともあった。 マグナとは、アテナと最初にパーティを組んでくれた少女の愛称で、本名はマグノリア・ラペンツという男爵令嬢だった。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-21
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