「ゼウス様」 シャルロットが特徴的な高めの声でゼウスの名を呼んだ。顔に笑みを浮かべているが、弧を描く唇の角度が心なしかいつもより深いような気がする。 ゼウスは何事もなかったかのように正面に向き直った。(気づかなかったことにしたい) けれどシャルロットを含む集団はシャルロットを先頭にゼウスに近づいてきた。(一難去ってまた一難か)「まあ、こんな所でお会いできるなんて、私たちはやはり運命なのかしら」 違うと思いますよ、と言ってやりたかったが、ゼウスはそのまま黙っていた。任務外なのだから相手をする義理はないし、失礼な男だと思ってさっさと嫌いになってほしいと思った。 ゼウスがこの日この時に観劇デートすることは多くの貴族女性たちの知る所なのだから、シャルロットが知らないわけがない。様子を見に来たのか邪魔しに来たのか知らないが、偶然でも運命でも何でもないはずだ。「おい、お前! シャルが話しかけてるのに無視するとはいい度胸だな!」 ゼウスの胸倉を掴みながら怒鳴ってきたのは、シャルロットのすぐ上の兄であるランスロットだ。彼は可愛い妹の交際の申し込みを何度も断り続けているゼウスが気に入らないらしく、何度か威嚇をしに来たことがある。 しかしここ半年ほどは姿を見せていなかった。聞いた話によると婚約者以外の令嬢を妊娠させてしまったとかで、元々の婚約を破棄され、相手方の子爵家に入婿になったらしい。 婿入り先の子爵家はかなり遠い場所にあるので、首都にはいなかったはずだが、今回の集団上京に便乗でもしたのだろう。「離して下さい」 ゼウスは睨みつけてくるランスロットを真っ直ぐ見据えて静かに言い放った。本当は思いっきりぶん殴ってやりたいが、護衛対象である貴族を銃騎士が傷つけるわけにはいかない。 それに意地の悪い奴だと、胸倉を掴んでいるのをやめさせようと触れただけの正当防衛的な行動でも、「銃騎士に害された!」と騒ぎ立てて面倒なことになったりする。 腹は立つがここはぐっと堪えて、言葉でやめるように促すしかない。「お兄様! おやめ下さい!」 シャルロットが涙を浮かべてランスロットの腕に取りすがる。「ゼウス様に手を上げないで下さい! 私の大切な方なんです!」「お前! こんな奴をかばうんじゃない!」「私がいけないのですわ! 冷たくされるとわかっているのに何度もゼウス
Last Updated : 2026-03-23 Read more