All Chapters of その結婚お断り~イケメンと三角関係になり結婚をお断りしたらやばいヤンデレ爆誕して死にかけた結果幸せになりました~: Chapter 141 - Chapter 150

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6 命を張らせないでよ

「早く行ってください」 「う、うん……」  ノエルが後ろにいる人物をちらりと見やって声をかけると、彼はコクコクとうなずいてから近くの建物へと走って行った。  するとシリウスが動いた。走るゼウスに向かって雷の矢を何本も放つが、彼に届く前にノエルが風魔法で全てを地面に落とした。 「ノエっ! 邪魔をするな!」 「兄さん! やめてください! ゼウスは私の大切な友人なんです!」 「黙れっ!」  いさめてもシリウスの怒りは全く収まらない。雷の矢が駄目ならと、今度は天空から雷を落としていて、激音が周辺に響く。その攻撃は避けられていたが、シリウスは本気でゼウスを殺そうとしていた。 「ハロルドォォォォオオォォッ!」  突然、その場にシリウス以外の男の叫び声が響いた。  見れば額に青筋を浮かべた金髪碧眼の美形銃騎士が、切れ長の目にこれでもかと怒気を宿らせながら、鬼気迫る勢いでゼウスを捕獲して地面に押し倒していた。  男――フランツはゼウスに馬乗りになると、隊服の胸あたりに手を突っ込んで中をまさぐり始めた。 「ちょっ! 駄目っ! やめてっ! 支隊長ぉぉぉっ!」  ゼウスが叫んでいる。 「あったァァァッ!」  フランツは掴んだ拳を空中へと高く掲げた。その手の中には札に似た紙切れ――魔法使いの依り代――があった。  それは、父アークの依り代だった。  フランツがすぐさま依り代を二つに破ると、ゼウスの姿が一瞬で友人のハロルドに変わった。 (ハルが身代わりになっていたんですね……)  フランツはまるで人攫いのようにハロルドを肩に担ぐと、近くの建物に向かって一目散に駆け出していった。  その間もゼウスに扮したハロルドへの攻撃は続いていたが、ノエルは彼らの周囲に盾を張って防いでいた。ゼウスではないとわかった時点でシリウスの攻撃は止んでいる。 「どこだァァァァァァ! 出て来い!」  けれどそれは標的ではなかったからで、シリウスの殺意は消えていない。地を這うようなシリウスの怒鳴り声が周囲に響き渡る。 『ノエ兄! ゼウス先輩は集会室の中だよ! 父さんの魔法で今は別人の姿!』  頭の中にセシルの精神感応の声が響き渡るのと同時に、一つの像が脳裏に浮かぶ。  ――床の上にいくつか寝具が敷かれていた。寝そべ
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7 メリッサは俺が

 夜はすっかり明けきっていた。レインはゼウスと話をするべく、支隊本部の会議用の一室を借りていた。 部屋にはゼウスだけではなくてノエルもいる。最初、ノエルはシリウスの方について行こうとしていたが、「今はノエがそばにいるとシーが落ち着かなくなるから」とそれとなくジュリアスに言われて、同行を拒まれていた。 ノエルは「わかりました」と言いながらも、ジュリアスの判断にはちょっと納得していないような表情を浮かべていた。 ジュリアスはシリウスと共に瞬間移動でどこかへ消えてしまったので、既に支隊本部にはいない。 ゼウスはずっとノエルに話を聞きたそうにしていた。ゼウスのことだからもしかすると、なぜ自分に全てを――魔法のことやシリウスのことを――話してくれなかったのかと、ノエルを責めるような発言をする可能性もあった。 魔法については、そんなものはないと公には否定されている。ノエルだってブラッドレイ家という魔法使いの一家に生まれてしまった宿命というか、不可抗力みたいなものはあって、言えることと言えないことがあったはずだ。 ナディアに関してシリウスのことを伝えなかったのはレインも同じだし、そのことについてノエルを責めるのはたぶん違うとレインは思っていた。ノエルはノエルなりに悩んでいたのだから。 よって、人払いのされた会議室で三人が着席するなり、レインはゼウスに先んじて口を開いた。「まずは俺の知る範囲のことを教える」 ノエルに全てを説明させるのは酷だろうと思ったレインは、説明役を買って出た。「銃騎士隊の機密事項だから絶対に外には漏らすなよ。 ブラッドレイ家の次男シリウスが病弱で他国で療養中というのは真っ赤な嘘だ。ブラッドレイ家は魔法使いの一族で、アーク隊長の奥さん以外は全員魔法が使えると聞いている。シリウスは魔法の力を使って長期間獣人王シドのいる里を潜入調査していた」「……魔法のことは教えてもらったから知っています。では、奴も銃騎士隊員なんですか?」「いや、シリウスは養成学校を出たわけじゃないから正式には隊員ではないが、似たようなものだ。准隊員とでも呼ぶのが一番しっくりくるかもな。一応所属は二番隊になっていて、隊長とジュリアスの直属だ」「ノエルは……」「私は准隊員でもありません。父や兄二人に頼まれて銃騎士隊の仕事を手伝うこともありますが、ただの兼業ハンターです
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8 VSブラッドレイ家

 ナディアはマグノリアの魔法で何度か転移を繰り返し、やがて灯りのついた部屋にたどり着いた。「マ、マグちゃん!」 そこはリビングとキッチンが続き部屋になっているような場所だった。ソファに黒髪の男がうなだれるように座っていたが、ナディアたちに気づくなりガバリと立ち上がった。「よかった! 心配したんだ! もしかしたらあいつらに何かされたのかと!」 男は俊敏な動きで飛びつくようにマグノリアに抱きつくと、おいおいと泣き始めた。「ごめんなさい。あなた寝ていたし、急いでいたから何もせずに出てしまったの。置き手紙くらいすればよかったわね」 マグノリアは言いながら、号泣する男を慰めるように、背中に回した手で彼をよしよしと撫でた。見た感じ男の方が年上なのに、マグノリアの方がお姉さんに見えた。 男はマグノリアにきつく抱きついたまま離れない。あまりにも抱擁が長すぎるので、ナディアは段々といたたまれなくなってきた。 この男は人間で、マグノリアの夫である獣人ではないはず――と思ったのだが…… 男の容姿がいきなり黒髪から金髪に変わった。匂いまで人間から獣人のものに変わる。 目の前の男はマグノリアと番った匂いがするから、つまりは彼がマグノリアの夫であり、シドの長子で、ナディアの異母兄ロータスというわけだった。 そういえば声も父に似ている気がする。(父様の泣き声なんて一度も聞いたことないけど)  落ち着いたらしきロータスがゆっくりと顔を上げてこちらを見た。 かかっていた魔法が解けたらしきロータスの顔は、親子でもこんなに似るだろうかというくらい、驚くほどシドにそっくりだった。ここまで似ている兄弟も他にいない。まさに生き写し。 しかし顔の作りは同じでも、浮かべる表情は全然違う。ロータスは泣いた影響で目を赤くさせながらも、シドがするはずもない柔らかな微笑でナディアに対する。「……こんばんは。成長したから赤子の頃とは匂いが少し変わっているけど、わかるよ。俺の妹のナディアだよね?」(私この人と会ったことあるの? 赤子の時に? そんな十八年くらい前の匂いを覚えているってすごくない?) ナディアは目を真ん丸にして驚きながらも、ナディアだと肯定するためにコクコクとうなずいた。 するとロータスは、満面の笑みだ。「ナディア、我が家へようこそ。まさかいきなり生き別れの妹
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9 結ばれる二人

 コツ、コツ…… 硬質な音にノエルは目を開けた。 ノエルが寝ていたのは海上に浮かぶ船の一室だ。 ノエルは外国での仕事の帰路の最中だった。アテナとは別室となっている客船の一室にて、ベッドの上で寝ていたノエルは、明るくなり始めていた窓の向こう側から、窓ガラスをクチバシで叩いている白い鳥の姿を見た。 ******「アテナ……」 名前を呼ばれても、完全に夢の中の住人であるアテナは反応できない。「も、もう食べられない……」 夢の中ではノエルと一緒に異国料理に舌鼓を打っていた。とても美味しくていくらでも口に入るが、現役モデルとして体型の維持が死活問題であるアテナは、ほどほどのところで食事をやめるつもりだった。 しかしアテナの意志に反してテーブルにどんどん料理の乗ったお皿が並べられていくため、夢の中のアテナは目が回りそうな思いで自分の心情を口にした。 そして、クスリと、誰かがかすかに笑う気配がした。 ちゅ、と、額に柔らかい感触を感じて、アテナは薄目を開けた。 目の前に美しい顔がある。数ヶ月前に成人したが、見た目は少年と青年の狭間を揺れ動き、男のようにも女のようにも見えるその美貌は、言うなれば自分よりもよほど綺麗である。「起こしてすみません。急用ができてしまったのでこの船を離れますが、解決したら戻ってきます」(……起きてない。これは夢だ。食事風景からのいきなりの場面転換。ベッドの上に横たわる私に迫る雄――もといノエル) こんなことは起こるはずがないのだ。 これまでだってノエルはアテナが眠っている最中に部屋に入ってくることは絶対になかった。今回の帰りの船でも部屋はもちろん別だし、陽が落ちればノエルは自分に宛てがわれた部屋に戻ってしまった。 もうすぐ故郷の国へ着くし、アテナは今回の旅で「間違い」が起こらないかと希望を抱いていたが、見事空振りで終わるだろうとも確信していた。 それが、おでこにチューと来た。それだって現実世界では一度もされたことがなかった。「く、口にしてくれてもいいんだけど……」 アテナはここぞとばかりに願望を口にする。だってこれは夢だ。自分に都合の良い夢なのだから、少しくらい大胆になってもいいだろう。「……」 ノエルの美しきご尊顔が近づいてきて、やがてゼロ距離になった。 ノエルは目を閉じていたが、アテナは目を全開に見開いてい
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10 夢の中の魔法使い

 ナディアはロータスとマグノリア夫婦の家に滞在することになった。 いつまでとは決めていない。二人とも好きなだけいてくれていいと言うので、ナディアはしばらく甘えさせてもらうことにした。 ずっとお世話になりっぱなしも悪いので、いつかは必ず独り立ちしようとは思っている―― クロムウェル――ロータスとマグノリアが名乗っている偽の名字――の家では、かなりのんびりさせてもらった。 人間に化けたロータスは自宅にこじんまりとした医院を開いていて、辺鄙な村で人口は少ないはずだが、需要はあるようでお客は途切れない。ロータスの仕事を時々マグノリアも手伝っていて、二人とも仕事に家事にと忙しそうだった。 そんな中、ナディアのもっぱらの仕事といえば、二人の子供である姪のカナリアの遊び相手になることだった。 カナリアは二歳だが利発な子で言葉もよくしゃべるし、キャッキャと笑う反応が楽しくて、一緒にいて飽きない。子守り以外ですることといえばマグノリアのちょっとした家事の手伝いをするくらいだった。 人手が足りないと、時々医院の仕事を手伝うこともあったが、ナディアは知らない人間と接するのが少し怖かった。 あの時、ゼウスが自分を斬ろうとしたことは彼の意志ではなかったことは理解したが、それと感情は別だった。 何度も同じ場面を繰り返し夢で見てうなされてしまう。夢の中のゼウスは自分を激しく憎んでいて、彼だけではなくて他の銃騎士たちや多くの人間たちからも何度も斬られて、死に行く絶望感を味わい続けた。ナディアは一時期酷い人間不信に陥っていた。 そのうちに、夢の中で倒れて泣いていると、決まって誰かが現れてナディアに治療魔法をかけて治してくれるようになった。 その人は黒いフードを被っていて、誰なのかはわからなかった。顔の部分が暗くなっていてよく見えないし、一言もしゃべらないので男か女かも判別できなかったが、魔法が使えるから魔法使いだとは思った。 そのうちにその人はナディアが斬られる前に現れて庇ってくれるようになり、ナディアが斬られる回数は少なくなって――やがて、その酷い夢自体を見なくなった。 ****** 夏の暑い盛りを過ぎて、季節は緩やかに涼しさを増して秋へと近づく。 カナリアがお昼寝をしている最中に、ナディアは新聞を広げて読み込んでいた。人間社会の勉強になるので、新聞を読むのは首都に
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11 見てるよ

 年の瀬。もうすぐ色々あった一年が終わる。 ナディアは兄一家に見送られて最寄りの馬車の停車場まで来ていた。最寄りと言っても近所の牧場主から借りた馬車で二時間はかかる所にある。ここからまた半日ほど馬車に揺られて、駅がある街まで行くのだ。 ナディアは独り立ちすることに決めた。年が変われば新年に合わせて職が増えてくるのではないかと思ったからだった。最初ロータスたちには反対されたが、嫌な夢は見なくなったし、もう一度人間社会の中で揉まれてみようと思った。 ――私、やっぱり人間が好きだから。 独り立ちしたい理由を最後に笑ってそう話すと、ロータスもマグノリアも無理に引き留めようとはしなかった。「いつでも帰ってきていいんだからな」 やって来た馬車に乗り込む直前、ロータスに手を取られて心配そうに声をかけられた。異母兄ロータスとの歳の差は七歳ほどだが、兄妹というより親子みたいな感覚に近い。今は姿替えの魔法で本来の姿ではないが、ナディアはロータスの中に父の存在を重ねた。あの人も同じくらい自分のことを心配してくれたらよかったのにと少しだけ思った。「うん、ありがとうロイ兄さん。皆も元気でね」「おねえちゃん……」 マグノリアの腕の中にいるカナリアが涙ぐんでいる。敏い子なのでナディアが遠くへ行くことがわかっているようだ。カナリアはよく懐いてくれたから、離れるのはナディアも寂しい。「また会いに来るから」 ナディアはカナリアの頭を撫でてから馬車に乗り込んだ。荷物は身の回りの細々としたものや、下着を含む数着の着替えが入った大きめの手提げバッグが一つだけだ。 首都から持ち出したトランクは南西支隊に置いてきてしまって、そのままだった。 リンドからもらった現金が惜しいのだが、取りに行くわけにもいかなかった。 人間への恐怖心が薄らいだ頃から医院の手伝いをするようになり、少ないけどと言われながらも手当てをもらっていた。それから餞別としてロータスとマグノリアからも幾らか渡されたので、独立に際しての資金にはそれを当てようと思った。 それでも長くは保たないだろうから、早めに定住地を決めて何か仕事を見つけたい。 部屋を借りるのは身分証の提示が必要になるが、そこはマグノリアが魔法で『アイリーン・ランドール』という偽の身分証を作ってくれた。しかし時間が経つと込められた魔法の効果が消えてただ
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12 銃騎士隊副総隊長

 ナディアは当初の予定を変えて、ゼウスを目撃した駅がある街ではなくて、とりあえず列車でさらに二日ほどかかる別の大きな街に移動した。 ロータスたちの家で過ごしている間に前向きな気持ちになれたのに、ナディアはまた気分が沈んでいた。 移動中に隊服を着た銃騎士を目にする度に、それがゼウスと同じ背丈くらいの金髪の人物だったりすると余計に、全身から変な汗が出て動悸がするようになってしまった。 しばらくぶりにゼウスに斬られそうになる嫌な夢も見たが、またあの謎の魔法使いが出てきて助けてくれた。 街に入ったナディアはとりあえず安宿を見つけて、年が明けるまではあまり外に出ずにそこで潜伏することにした。どうしても確認しておきたいことがあって、それがわかるまでは安易に定住地を決めることはできないと思った。 ――部屋の中で一人、ゼウスのことを思い出して泣いたり後悔しているうちに年が明けて、新年初日を迎えた。一年前にゼウスに出会った日だ。 あの頃は、その後に人生で初めての彼氏ができて、色々あってお別れして、一年後に首都とは別の街に来ているなんて考えもしなかった。 新年で賑わう通りを、急に目の前にゼウスが現れやしないかとビクビクしながら歩く。 やがてナディアは新年初日でも開いていた百貨店に入った。書籍売り場を見つけて、本日発売のはずの情報誌を探す。 ナディアの目的は銃騎士隊が発行している機関誌だった。巻頭には選ばれたイケメン銃騎士の写真や、狙ったかのような上半身裸体などの肉体美が載ることもあり、なかなかに売れているらしい。 確かゼウスも数度表紙に載ったことがあると言っていた。ある時、撮影現場に向かったらいきなり脱げと言われて、泣く泣く上半身裸の写真を取られてしまったのだという。「二度とするか!」とそれっきり機関誌の仕事は一切受けつけないことにしていると言っていた。 ゼウスはすごく嫌そうに語っていたが、ナディアは本を扱う仕事をしていたので、ゼウスには内緒でこっそり取り寄せて手元に置いてお宝にしていた。 それもあのトランクに入れていたから、ゼウスには持っていたことがバレてしまっただろう。 本棚の前で発売されたばかりらしき機関誌の表紙を発見したナディアは、うっ、と思わずうなってしまった。 表紙を飾るのは仲良く並ぶ二人の銃騎士。一人は誰だか名前は知らないが、ヴィクトリアと同
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13 真っ黒

 ナディアは滞在していた街で、そのまま部屋を借りて暮らすことにした。別の街へ行くのにもまたお金がかかるし、どこへ行っても同じならここでいいと思った。 ロータスたちの所へ帰ることも何度か考えた。あそこならきっと、ずっと匿ってもらえる。しかし、せっかく出てきたのだからやるだけやってみたい気持ちもあった。もしも上手い具合に仕事が見つからなかったら、その時は帰ろうと思った。 ナディアは不動産屋に入り、安い集合住宅の物件を見つけてそこに住むことにした。(ゼウスについては後悔ばかりだけど、やると決めたのだから前を向かなきゃ) ――もしも次ゼウスに会ったとしたら、その時は…… ――その時は…… 新居を住みやすいように整えている間も、ナディアが考えるのはゼウスのことばかりだった。 ****** 住むに当たって当面必要なものは揃えたし、あとは仕事を探すだけになった。 自分の新しい人生のために仕事探しを始めようと決めていたその日、ナディアは朝早くに目覚めた。とりあえず着替えた後に、朝の爽やかな空気を取り入れたくて部屋の窓を開けた。 外からは小鳥たちの鳴き声が聞こえていたが、窓を開けた先、ベランダの手すり部分にいたのは、小鳥ではなくて少し大きめの黒い鳥だった。 鳥には詳しくないので種類まではわからないが、その鳥はなぜかクチバシに紙を咥えていた。 鳥はナディア向かってしきりにクチバシを突き出していて、まるで「取れ」と言っているようだった。 ナディアは不思議に思いつつ鳥に近づいて紙を受け取った。それは封書になっていて、手紙のようだった。 黒い鳥はナディアに手紙を渡すと、そのままどこかへ飛んでいってしまった。 何だろうと思いながらも、ナディアは手紙の封を切った。中には便箋が一枚だけ、折り畳まれた状態で入っていた。 その便箋には何も書かれていなくて、白紙だった。 けれどナディアはその謎の手紙に疑問を感じることなく、白紙の便箋をじっと見つめた。封を開けた時から香る、彼本来の匂いに気づいたから…… 白紙だったはずの手紙に、黒いインクでいきなり文字が浮かび始めた。『罪深きナディアちゃんへ 君が俺を置いていってしまってからしばらく経つね。俺は君を片時も忘れたことはないけど、君はどうなのかな? 君は、それでもやっぱりあの男のことばっかり考えてるんだろ? 
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《第二部 序》1 未来のために 1 ※冒頭説明あり

《第一部と第二部の間のあらすじ》 ナディアは銃騎士レイン・グランフェルに手籠めにされかけていた義姉ヴィクトリアを自分が囮になることで助けたが、翌日、逃げたはずのヴィクトリアがナディアの前に再び現れ、ヴィクトリアを狙うレインも再び現れる。 ナディアは魔法使いマグノリアにさずけられていた魔法でヴィクトリア一人だけを逃がし、自身は自力でレインたち銃騎士隊から逃げることにした。 しかし逃げ切れたと油断した矢先に、マグノリアの家まで移動中だったナディアは列車の中でレインに捕まってしまい、首都の銃騎士隊本部まで移送された。 ※詳しい内容は同世界観作品「獣人姫は逃げまくる…」へ ※移送後の話は次章からです  ********** 「アテナさん、おはよう。ノエルさんから体調が優れないと伝言をもらっていたのだけど、調子はどう?」  朝というよりは昼に近い時間帯、自宅の寝室にて目を覚ましたアテナが起き出して階下へ行くと、メインダイニングで昼食の準備をしてくれていた家政婦のマチルダに声をかけられた。 「ありがとう、大丈夫よ。昨日はゼウスとずっと話をしていて夜更しをしてしまったの。でもこの時間まで寝ていたから、少しよくなってきたみたい」  本日はシドの処刑が行われる日だ。昨夜はゼウスの説得のために遅くまで起きていて、寝たのはかなりの深夜だった。  まだ公にはなっていないはずだが、昨夜の段階で、ゼウスのかつての恋人メリッサ・ヘインズこと獣人王の娘ナディアが捕まり、本日のシドの処刑で共に殺される予定だということを、アテナはノエル経由で聞いた。  アテナも弟ゼウスの恋人が実は獣人だったと知った時はかなり驚いた。しかしノエルにそのことを聞かされた時は、同時にノエル自身も獣人だと打ち明けられたこともあって、彼女の正体について受けた衝撃はそこまで深刻なものではなかった。  実は昨夜、捕まえた彼女――本当はメリッサではなくてナディアという名前の女性――を獣人奴隷にしたいなら引き渡してもいいとゼウスに打診があったらしいが、ゼウスはナディアに直接会って酷いことを言った上で断ったそうだ。なんて弟だ。  その件を聞いて慌てたアテナは、銃騎士隊の独身寮住まいだったゼウスを、ノエルの魔法で取っ捕まえて自宅に引っ張り込み、なぜナディアを引き取る話を蹴ったのかと問い質した。  ゼ
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2 未来のために 2

 妊娠が発覚してもアークは全く折れなかった。「父が認めてくれなくても結婚しましょう。実家とは絶縁しても構いません」 絶対に婿入りの形で結婚する、と意固地になり強行突破を図ろうとするノエルを、家族は大切にしないといけないとアテナは抑えていた。 大反対を押してエヴァンズ姓になりたいと言い出すくらいだから、ノエル自身色々と家族に思うことはあるようだが、肉親がゼウスだけになっていたアテナにとっては、家族が生きているのならば大切にしなければいけないという思いが強かった。 アテナとしては、『子供が生まれるまでに結婚できればいいか』と、少しのんびり構えすぎていたかもしれないが、そう思っていた。結婚が先延ばしになるよりも、自分のことでノエルが家族との間に亀裂が入る方が嫌だった。 もしも生まれる直前になっても許可が出なかったら、「ブラッドレイ姓で結婚しましょう」と、アテナはノエルを説得するつもりだった。たぶんそのくらいまで状況が切羽詰まらなければ、かなり意固地になっていたノエル自身がうなずかない気がしていた。 事態が動いたのは獣人王シドが捕まったことだ。正確にはその直前。シド捕獲作戦にノエルも関わることになり、万一のこともあるからと他の兄弟たちも味方になってくれて、アークは不本意ながらもノエルがエヴァンズ姓になることを了承したらしい。 しかし実際は、気がついたら家の中からいなくなっていたノエルが急に帰ってきて、簡潔に、「婚姻届は出しておいた」的なこと言って――いつでも出せるように書類は準備していた――説明もそこそこにすぐに消えてしまい、アテナは正直結婚した実感はさほどなく、いつの間にか人妻になっていた。「シドが捕まるかこちらが滅ぶか」くらいの緊迫した場面だったらしいことは後から理解したが、あまりに情緒の欠けた結婚劇に、正直に言えばアテナはむくれてしまった。 シドを捕縛した後にノエルが帰ってきて、もう少し丁寧に行動すればよかったと謝られ、アテナの頭も冷えてきて、「いよいよ新婚よ!」という高揚した気分になってきたところで、「シドが脱走した!」と再び緊急連絡が入って、ノエルはまた消えた。 アテナは、結婚直後に放置される妻、というなかなか味わえない状況に涙しつつ、やるせなさというか怒りに似た気持ちを通り越して、若干呆気にも取られていた。 まあなんか、大変な事情持ちの人
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