それは日付が変わり、獣人王シドの処刑が予定されている日の夜の出来事――「こんばんは、レベッカ・ライト侯爵夫人。月が綺麗ですね」 聞いただけで心が洗われるような美しい少年の声がその場に響き渡るが、後ろめたいことがあったレベッカは、かなり驚いてしまって、ビクリと大きく体を震わせた。「セ、セシル様……」 振り返り、そこにいた人物の名を呼ぶ。少年――セシルはにっこりと、完璧な微笑みをレベッカに向けた。 レベッカは次期宗主配セシルと顔見知りではあるものの、そこまで親しくはない。彼女にとっては、少年であっても美しすぎる男は苦手だったから―― セシルとはたまに会う社交場での表面的な付き合いのみである。 本来は家名で呼ぶべきなのかもしれないが、ブラッドレイ家には有名人が多く、名字だけでは誰を指しているのかわからなくなるために、本人の人気も相まって社交界では名前で呼ぶことが浸透していた。 現状ではセシルがまだ平民である気安さもあって、多くの貴族たちが彼を名前で呼んでいる。 レベッカは、はっきり言えばうろたえてしまっていた。ここは銃騎士隊本部の中でも奥まったところにある、獣人用の留置場にほど近い場所だ。 本部敷地内は一般人でも入ることはできるが、留置場付近は立入禁止だ。危険を冒してまで、あえて恐ろしい獣人が捕らえられているこの場所に近づきたがる者もいない。 まして今は、不気味にも思えるほどに丸く膨らみ橙色に鈍く輝く月が、西の空に爛々と浮かんでいる深夜である。こんな夜更けにカンテラと何かを入れた手提げカゴを持った女が一人で立入禁止区域を歩いているなんて、本部にて夜間勤務中の銃騎士隊員が気づけば、確実に職務質問されること間違いなしだ。 もっとも、レベッカは知らないが、彼女が敷地内に侵入した際に通った裏門の見張りが、その時丁度よく席を外すように仕向けて、彼女がここまで安々と入り込めるように仕組んだのはセシルだが。「わあー、何だか美味しそうな匂いがしますね! 差し入れですか? 僕も食べてみたいです! 育ち盛りすぎて、僕は夜でもよくお腹が空くんですよー」「あ、だ、駄目ですっ!」 今一番触れられたくない手提げカゴの中身についてセシルが言及する。ガシリとカゴの取っ手部分を掴まれてしまって、レベッカは自分の心臓こそが冷たい手に
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