All Chapters of その結婚お断り~イケメンと三角関係になり結婚をお断りしたらやばいヤンデレ爆誕して死にかけた結果幸せになりました~: Chapter 181 - Chapter 190

198 Chapters

11 援護

「お知り合いですか?」 ナディアが名前をつぶやいたのを聞いて、ヴィネットが視線をシリウスに固定させたままでたずねてくる。「ええ、あの人は大丈夫よ。構えを解いて」 ヴィネットは言われるがまま鞭を元の場所に収めた。 ヴィネットが武装を解くとシリウスが距離を詰めてくる。「ナディアちゃん……!」 シリウスは立ち上がっていたナディアの元まで駆けてくると、なぜかしゃがみ込んでナディアのお腹あたりにしがみついた。「ナディアちゃん! ごめん! ごめんね! 俺が悪かった! 俺が間違ってた! 俺は君のそばから離れちゃいけないんだ! 何があっても守るから! ナディアちゃんが死んじゃうなんてやだよ! これからは俺がずっとそばにいるから!」 下半身を拘束されてナディアは動けない。シリウスは号泣し始めていた。「ナディアちゃんが俺のこと好きじゃなくてもいいよ! 別の奴が好きなままでもいい! 番になれなくてもいいからそばにいさせて! 君がいないと俺は生きていけないんだよぉぉぉっ!」「ちょ、ちょっと……」 泣き落としが始まった。いきなり現れて号泣する超絶イケメンを見て、近くにいたヴィネットも戸惑っているようだ。「愛してる! 愛してる! 愛してるぅぅぅー! 俺とエッチしたくないならそれでもいいからぁぁぁっ! 俺のことは下僕か召使いか愛玩動物とかそんな扱いでいいからっ! 一生そばにいさせてくださいお願いしますーっ! ナディアちゃんがいない人生なんて地獄すぎるんだよぉぉぉおーーーっ! 君が死んだら俺も死ぬぅぅぅぅぅぅっっ!!」 騒ぐシリウスの声を聞きつけて、外にいた護衛たちも何だ何だと中に入ってきてしまった。 きっと彼らの目に映っているのは、跪いて号泣しながら愛を請う可哀想な超絶美青年を盛大に振っているように見える、ものすごい悪女の図が出来上がっているのではないかと思った。「ナディアちゃん! 一生のお願いだから俺と一緒に来てくれ! 君の許可がない限りはちゅーもお触りも全部全部我慢すると誓うから! 番にならなくてもいいから! お願いだから俺と駆け落ちしてくれ!」「駆け落ち……」 つぶやいたのはそばで成り行きを見守っていたヴィネットだ。 ナディアはシリウスが泣き出してからずっと戸惑っていた。 あの真っ黒な手紙を受け取った日、シリウスを決定的に傷つけたと理解し
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12 たった一度だけ

 ナディアはシリウスと共にアンバー公爵家の敷地の外へ出るべく、広すぎる庭を歩いていた。来た時にはシリウスは魔法で現れたが、一応その存在を隠すために出る時は徒歩だった。 ナディアはヴィネットの言う通り、「申し訳ないけど一生そばにいる約束はまだできない」とシリウスへの答えを保留にしてもらって、ひとまずはアンバー公爵家から離れるために、彼と行動を共にすることを選んだ。 いつ答えを出すかは決めていない。シリウスに対して誠実でなさすぎて本当に申し訳ないのだが、昼頃に執行予定のナディアの処刑はまだ取り下げられていないようだし、現状、自分が生き延びるためには彼に頼るしかなさそうだった。 あの後、護衛のリーダー格の男がシリウスに「シリウス・ブラッドレイ様ですね?」とたずねていた。 ナディアをアンバー公爵家に連れてきたのはシリウスの弟セシルだ。セシルは公爵家にナディアを匿うことを依頼しながらも、もしも自分の兄シリウスがナディアを迎えに来た時は、兄にナディアをゆだねてほしいと頼んでいたそうだ。 なので、当主のディオンや処刑場へ向かってしまったシャルロットたち夫妻が公爵邸に不在である最中、ナディアは護衛たちに止められることもなく、シリウスと屋敷の外へ出られていた。 純白のワンピースはそのままもらってしまったが、輝く黄水晶がはめられたヘッドドレスは、今ナディアの髪に飾られてはいない。 屋敷を去る際に、「公爵様にごめんなさいって伝えて」と言葉を添えて、ヴィネットに返却してもらうように頼んでおいた。「ディオンのお嫁さん」になるのはどう考えても無理だったので。「ナディア様、幸せになってください」「ヴィネットもね」 彼女とは最後にそう言葉を交わして、別れた。「ナディアちゃん、渡したいものがあるんだ」 屋敷の前で見送る護衛たちが見えなくなった頃、シリウスがそう切り出してきた。 渡されたものは、里に置いてきてしまったはずの、愛用のナックルだった。「本当はもっと前に里から持ち出せていたんだけど、なかなか機会がなくて渡せなかった」 それを受け取りながら、ナディアは胸が詰まった。『ナディア』 自分のことなど全く歯牙にもかけなかったシドが、子供の頃にたった一度だけナディアを気にかけたことがあった。 気にかけたというか、本当にただの気ま
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《第二部 修羅場編》1 後ろ見て

 その日の前半部は、シャルロット・アンバー公爵令嬢にとって確かに厄日だった。 その一連の災厄は、思えば日付が変わった頃から始まった。 元従者である夫ユトとの愛の寝室に夜半、いきなり「べろべろばー」と、変顔をしてふざけたクソガキが、まるで幽霊のように空中に浮遊した状態で現れたところからだ。 セシルがおどかすように目前に現れたために絶叫を上げかけたが、ユトが的確にシャルロットの口を抑えたために、悲鳴を聞きつけた使用人が駆けつけることにはならなかった。 宗家第三位アンバー公爵家の次期女公爵として、淑やかに、美しくをテーマとして邁進(?)してきたシャルロットにとって、子供に驚かされて卒倒しかけた間抜けな姿を使用人たちに見せるわけにはいかなかった。「夜中にごめんねぇ~ ディオには了承してもらえたんだけど、シャル姉たちにも一応言っておかないとって思って」 絶対にごめんとか思っていない口調でセシルがそう宣う。 セシルはシャルロットの実父であり現アンバー公爵家当主であるディオンと馬が合うのか、実の親子かというくらいに仲がよい。そのためにセシルは公の場以外ではディオンを愛称で呼んでいる。 次期宗主配と公爵の関係が良好なのは良いことだと思うが、一年ほど前にようやく大っぴらに親子ですと言えるようになったのに、そんな大好きな父を、セシルに取られたような気持ちをシャルロットがちょっぴり持っていることは秘密だ。 こんな夜中に何をしに来たのかと思えば、セシルは爆弾を持ってきていた。 いわく、「シャル姉の以前の思い人だったゼウス先輩の失踪した恋人が見つかったけど、 メリッサこと本当の名前はナディアというその彼女の正体は実は獣人で、 今は銃騎士隊に捕まって明日の昼に処刑予定だけど、 事情があって回避させたいのでアンバー公爵家で匿ってもらおうとしたら、 ディオがナディアを見初めちゃって獣人奴隷にした上で公爵夫人にするーとか盛り上がっちゃって、 今はナディアのために閃いた歌を勢いのままに譜面に書きつけて作詞作曲してるけど、 ちょっと本気っぽい気もするから何とか思い留まらせてね、よろしくねー」とのことだった。(お父さま、何を考えているの……) 衝撃的な内容が多くてどれに驚けばいいのかわからない状態だったが、ひとまず
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2 割れ鍋にとじ蓋

「あ、あ…… あの……」 シャルロットはユトに弁解しようとしたが怖すぎて上手い言葉が出てこない。「バルト様、妻を守っていただきありがとうございました」 底冷えのする怒りを含んだ低い声で礼を言っているが、感謝を述べているような口調では全くないので怖い。シドも怖いが夫も怖い。 何とか命拾いしたようだが、シドはどうしているかと処刑場の中央部に視線をやれば、シドと銃騎士隊の戦闘が始まっていた。 シドが隊員に攻撃を仕掛けようとしている場面で、二番隊長代行ジュリアス・ブラッドレイが彼らの間に入り、攻撃を代わりに受けてかわしていた。「こちらこそ、貴殿があの柱を蹴ってくれたおかげで助かりました」 さっき響いた轟音は、シドが投げつけた金属製の柱をユトが蹴り飛ばして、人気のない場所へ落とした音だったらしい。「ここは危険ですのですぐにお逃げください」 ユトは言われずともそうするつもりだったようで、シャルロットを抱えたまま踵を返しかけたが、走り出す前にシャルロットが声を張り上げた。「ロレンも一緒に! 早く!」 冷気が、というか、ユトから感じる闇感が濃くなった気がしたが、シャルロットは構わなかった。ユトが一緒にいればロレンツォも安全だと思ったから。「私はここに残る」 ロレンツォはそれまで緊張した面持ちだった所にわずかな微笑をたたえてそう答えた。「で、でも……」「私の身を案じてくれてありがとう。でも仲間が戦ってるから、一人だけ逃げるわけにはいかない」 ロレンツォは気遣わし気な視線を処刑場広場の中央に向けた。「ロレン……」「シャル、君と久しぶりに話せてよかった。バルト公爵家とアンバー公爵家の絆は永遠だ。私もここで死ぬつもりはない。生きて、また会おう」 ロレンツォとは婚約解消後にほとんど交流がなくなってしまい、シャルロットもそのことを寂しく思っていたが、絆はまだ生きていると言われて嬉しかった。「はい
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3 愛していると言わなかった女

「駄目っ! セシル!」 拘束を解いたシドが貴賓席に向かって、自身が張りつけられていた金属製の柱を投げつけていたが、寸前でアンバー公爵家のユトにより大惨事は免れていた。 貴賓席を含む観客席は一気に恐怖と混乱に陥っていた。そんな中、処刑場広場の中央では暴れ回るシドとそれを抑え込もうとする銃騎士隊の衝突が始まっていた。 柱が貴賓席に投げられた瞬間、ジュリナリーゼは、シドが処刑場に入場する直前に隣の席に現れた、婚約者セシルに抱きしめられていた。セシルが遅れてきたのはシドの拘束のために彼の魔法が必要だったからだ。 ユトのおかげで一旦の脅威が去り、戦闘が始まった広場へ向かおうとするセシルを、ジュリナリーゼは止めた。「駄目! 駄目っ! 行っては駄目! 殺されてしまうわ!」 広場では既に血が流れていた。シドが拘束していた鎖を振り回し、避けきれなかった何人かの銃騎士たちが血を出して倒れていた。セシルの兄であるジュリアスが、魔法ではなくて剣で攻撃を仕掛けていて、頻回にシドに接近し、まるで囮にでもなっているかのように戦っているが、一歩間違えばジュリアスも倒れている隊員たちの二の舞いになるだろう。 現在この会場で一番死に近い場所にいるのは間違いなくジュリアスだった。魔法が使えるとはいえ、一瞬の判断が命運を左右してしまう。 ジュリナリーゼも広場の状況はわかっていた。ジュリアスが危ないし、シドを抑え込むためにはどうしたってセシルの力が必要だ。 けれど魔法ならすぐそばに行かなくても使えるはずだし、ジュリナリーゼは、セシルに命のやり取りが発生する場所に行ってほしくなかった。 ジュリナリーゼはこの修羅場――こんな土壇場になってようやく気がついた。 ジュリナリーゼにとっては、振られても忘れられずにずっと愛していた男よりも、落ち込んでいる時は必ず現れて、いつも近くで自分を支え続けてくれて、底なしのような愛を捧げてくれた男の方が大事だったということに。 兄たちに劣らず、戦闘能力だって高すぎるセシルが参戦した方が勝算は上がるのはわかっているのに、行かせなくない。 何人の銃騎士の血が流れようと、たとえジュリアスを失うことになったとしても、セシルにだけは生きていてほしかった。(私は酷い女だと後ろ指を指されても構わない) セシルが最愛だと気づけなかった愚
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4 伏魔殿のような男

「リゼ!」 総隊長が失神して崩れ落ちるジュリナリーゼを支えている。すると、ジュリナリーゼについていた「影」がどこからともなく現れて、グレゴリーの腕から彼女を引き取った。「必ず守り抜け。彼女は我々の希望だ。決してシドには奪われるな」「御意」 本来であれば銃騎士隊と「影」の一族には直接の上下関係はないが、彼らは銃騎士隊総隊長の命に忠実にうなずき、最敬礼で返してからその場を後にした。「影」を担うのは、古くからの歴史を持つ伯爵家とその傍系の一族だ。彼らは建国の際から旧王家と、それから現在は宗主一家と高位の宗主継承権保持者たちを守り続けている。 総隊長は昔「影」を使役する側にいた。ロレンツォはそのことを成人の際に伝えられた。バルト公爵家の中でもそれを知っているのは、現当主である父や次期当主である兄など、ごくごく限られた者たちだけだ。 総隊長と「影」との縁は深く、彼らが総隊長に抱いている忠誠心は今も揺らいでいない様子だった。「閣下」 現れた時と同様に、ジュリナリーゼを抱えて風のような素早さでいなくなる「影」を眺めていると、ロレンツォは背後からのそんな呼びかけを聞いた。 現在、グレゴリー・クレセント総隊長をそんな風に呼ぶのは一人しかいない。『ああ、厄介な男が来た』とロレンツォは内心で嘆息した。「これは一体どうした事態でしょう。獣人王が処刑されると呼ばれて来てみれば、我々はシドの首が刎ねられる瞬間ではなくて、閣下の首が刎ねられるまでに至るその過程を見せつけられた、ということですかな?」 この男、あくまでもにこやかだが、ここぞとばかりにグレゴリーを追い詰めようと毒を吐く。こんな緊急時なのだから嫌みを言いに来るのではなくて、他の貴族たちと同様にさっさと逃げればよいのにとロレンツォは思った。 敬愛する総隊長に、遠回しに「死ね」と宣う宗主配クラウスにロレンツォはムッとしたが、彼の言うことにも一理はある。 獣人王とはいえ処刑直前の獣人に拘束を解かれるなど前代未聞。今回のことは銃騎士隊の大失態だ。クラウスに言われずとも、身体的な意味ではなくて役職的な意味でグレゴリーの首が飛ぶ可能性は否定できない。「此度の不手際、誠に申し訳ございませんでした」 グレゴリーはクラウスに頭を下げた。二人の昔の関係性を知っているロレンツォからすれば、少しモヤモヤ
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5 賭け

「ロレン様」 クラウスが去り、総隊長が頭を元に戻したところで見計らったかのように声をかけてきたのは、ロレンツォの専属副官であるユリシーズ・ラドセンドだ。 ユリシーズは昨年まで一番隊勤務だったが、ロレンツォはユリシーズから「とある相談事」を持ちかけられたことをきっかけに、彼を副官として引き抜いた。 ちょうどその頃、ロレンツォの妻が初めての子を妊娠し、そのことになぜか乱心した当時のロレンツォの専属副官が、彼を手籠めにしようとした事件があった。 ロレンツォは訓練生時代から時折、その様にろくでもない目にあうことが多く、そのたびに同期で親友のジュリアスに助けてもらっていた。今ではジュリアスが魔法を使って察知したのだとわかるが、その当時は、毎回彼が駆けつけることを不思議に感じたこともあった。 その時も媚薬を盛られてあわやという所で気づいたジュリアスが助けに来てくれて、未遂に終わった。 現れたジュリアスに、まるで神がかり的な後光が差しているように見えたロレンツォは、ジュリアスは自分にとっていなくてはならない存在だと改めて痛感した。『お慕い申し上げておりますロレン様ァァァッ! 芸術的に美しすぎるあなた様の最高のお尻がついに俺のものにっ!』 事件からはまだ半年も経っていないので、信頼していた男が急に豹変してきたことは未だに心の傷だった。 雑誌の企画などで一般向けの「銃騎士隊抱かれたい男ランキング」などがたまにやっているが、実は銃騎士隊内部だけで出回っている恐ろしい闇のランキングがある。回答者は言わずもがな銃騎士隊員、つまり男性ばかりだ。 抱かれたい男ランキング一位はいつもジュリアスで二位はロレンツォ、それは表で行われるランキングと大差ない。 しかし、闇ランキングにおける「抱きたい男ランキング」ぶっちぎり一位はいつもロレンツォだった。「あの人の美尻からは薔薇の香りがするに違いない」とか訳のわからないコメントまで載っていた。 ロレンツォはその闇ランキングの存在と結果を初めて知った時、あまりのことに退官願いを出したくなった。 当然、専属副官はお役御免にした上で、総隊長に頼んで二度と会わなくてすむような僻地の隊へ飛ばしてもらった。仕事のできる男ではあったが、ロレンツォにそっち系の趣味はなかったので、遠くで幸せになってほしいと願った。 ちょっとし
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6 別の道

「総隊長、私は下に行きます。総隊長はここに残って総指揮をお願いします」「ロレン……」 仮面のせいで上半分の表情は見えないが、グレゴリーは声に心配そうな響きを乗せてロレンツォの愛称をつぶやいた。 グレゴリーとは幼い頃からの付き合いだ。昔からそうやってグレゴリーはロレンツォを愛称で呼び、家族のように接してくれた。銃騎士を目指したのもこの人の影響だ。 グレゴリーも行くなとは言えない。銃騎士は獣人から人々を守る盾であらねばならない。「ロレン様っ!」 ユリシーズと連れ立って歩き出そうとしたロレンツォを、後ろから呼び止める者がいた。 振り返れば、逃げる人影も徐々に少なくなり始めている観客席の中を、朱色の隊服に見を包んだ黒髪の青年が駆けてきた。「ケント……」 誰もが出入り口を目指して移動する中、人の流れに逆らうように現れたのは、近衛隊副隊長であり宗家第五位フォレスター公爵家の次男であるケント・フォレスターだ。 二歳下であるケントとはやはり幼馴染で、昔からよく懐かれていた。ロレンツォにとってケントは弟分のような存在だった。「どうした?」 近衛隊員は宗主一家や宗主継承権保持者たちの護衛が任務だ。ケントは先ほどクラウスと共に場を離れたはずだった。 ケントはその問いにはすぐには答えず、ロレンツォの足元に跪いて頭を垂れた。「おそばにおります」 ロレンツォはその言葉でだいたいの意味を察した。「必要ない。私の宗主継承権は第十一位だ」 近衛隊が守護するのは宗主一家に加えて宗主継承権第十位までの者と、宗家と呼ばれる旧王家との血の繋がりで順番がつけられる公爵家の、第五位までの当主と後継者のみだ。 以前はロレンツォも近衛隊の護衛対象だったが、長姉の孫が成年になったことで繰り下がり、対象からは外れている。「ケント、戻りなさい。クラウス様はあまりよい顔はなさらないだろう」「クラウス様の護衛には充分な人員がおりますし、大丈夫です。近衛隊長の許可も取ってまいりました。ロレン様もバルト公爵家の大事なお方ですから」 ロレンツォは七人姉弟の末っ子だが、男子はロレンツォと兄の二人だけだ。歳の離れた兄には未だに子ができず、ゆくゆくはロレンツォか彼の子供が爵位を継ぐだろうと言われている。 貴族の爵位継承は男子が基本だが、宗主については女性の継承権も認められている。ロレンツォの
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7 何者

 ロレンツォは代わりに、両手にはめていた愛用の白い手袋を外した。 正装用の白い手袋だが、銃騎士隊副総隊長として式典や格式張った場に呼ばれることの多いロレンツォは、一般の隊員たちよりも手袋を使う場面が多い。手首のあたりには妻が入れてくれた刺繍もあって、自分の体の一部にも似た、大事なものだ。「ケント、頼みがある」 ケントはクラウスに睨まれるかもしれないのに、それを押して自分の元へ来てくれた。思い込んだら一直線な所があるケントに、今ここで来るなと言っても、華麗に無視してついて来る気がした。 だから、役目を任せることにした。「この手袋を、妻に」 意味がわかったのだろうケントは、少し目を伏せるようにしてためらっていたようだが、ややあって手を差し出し、恭しく手袋を受け取った。「……どうか、ご無事で」 ケントは思い詰めたような表情になり、目は充血していた。置いていくことを申し訳なく思ったが、もし銃騎士隊が全滅しても、ケントには生きていてほしいと思った。「総隊長、笑っている場合ではありませんよ」 踵を返そうとしたが、視界の端で総隊長の口元が笑んでいるのが見えてしまい、ロレンツォはわずかに眉を潜めながら咎める声を出した。「いや、すまない。何というか…… お前が俺に一番似てると思ってな」 ******『レン、すまないが頼みがある』 ユリシーズと共に広場に続く階段を下りていると、脳内にジュリアスの声が響いた。精神感応だ。「ジュリ、どうした?」 精神感応にそのまま声で返すのは、周囲の者にとっては独り言のように思えて奇異に感じるだろうが、ロレンツォの専属副官であるユリシーズは、ブラッドレイ家の魔法については承知している。 それに、魔法の使えないロレンツォが返事をする方法は、これしかない。こちらに語りかけているジュリアスは、おそらく魔法で自分の言葉を拾っているはずだ。『怪我人が多く出た。魔法で致命傷にはならない程度には治療したが、完全ではない。倒れている者たちを速やかに運び出して治療してくれ』「わかった」『それから、広場にいる銃騎士たちを全員退避させてくれ』 ロレンツォは驚きを禁じ得ない。「待ってくれ! シドの討伐を諦めるということか?! シドを自由にしたら首都が焼け野原になるぞ!」 撤退にも聞こえる言葉にロレンツォは抗議した。
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8 ノエルの告白 ※時間軸はシドの処刑前日の夜です

 牢屋でナディアと別れた後、ゼウスは銃騎士隊の独身寮まで戻ってきた。 後ろから追いかけてきたレインが散々ナディアを受け入れるようにと言っていたが、ゼウスはずっと無視し続けた。「まだ時間はある。考えが変わったらすぐに――」 目前でゼウスが部屋の扉を閉めてしまっても、レインは怯まずに何かを言っていたが、ゼウスは聞かないようにして浴室まで一直線に向かった。 ナディアとの行為で汚れてしまった隊服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。浴室から出たら隊服も洗ってナディアの痕跡をすべて消してしまおうと思った。 シャワーから出しているのは、頭を冷やすために冷水だった。 ――今更、戻れるわけがない。(もう何も考えたくない) 水を被り続けるゼウスはまるで修行僧のようにナディアへの未練を断ち切ろうと努めた。 ――それでも、ずっとナディアのことが頭から離れない…… ******「いつまでそうしているつもりですか? 風邪を引きますよ」 どのくらいそうしていたのか、水を被りすぎて体の表面の感覚がなくなってきた頃に、浴室内に突然声が響いた。 驚いて振り返れば、誰に対しても丁寧語を使う、ついこの間義兄になったばかりの、灰色の髪を持つ超絶美少年ノエルが、浴室内に突然現れていた。「ノ、ノエル…… なんで……」 寮の部屋の鍵はレインが侵入してこないようにきっちりと閉めてきたから、ノエルは魔法を使って入り込んだのだろう。ゼウスはいきなり現れたゼウスにびっくりしすぎて心臓が止まるかと思った。 ブラッドレイ家が魔法使いの一家であることは、ナディアと別れるきっかけにもなった南西支隊でのあの一連の事件の時に、ゼウスも知った。「驚かせてすみません。ゼウスに大事な話があって、リビングで待っていたのですが、ずっとお風呂に入りっぱなしで全然出てこないので、心配で来てしまいました。 ゼウス、あなたにどうしも話しておかなければならないことがあるのです。とても大事な話です。シャワーと身支度が終わるまでお待ちしていますから、私と一緒に来てください」 ノエルがとても真剣な表情をしていたから、ゼウスはノエルが突然風呂場に現れたことへの驚きが抜けないながらも、ただ、「わかった……」とだけ返事をした。 ****** ノエルに連れてこられたのは姉アテナの家だった。南西支隊に移動になるまではゼウ
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