ナディアは努めていつも通り振る舞おうとしていたが、今朝の出来事がずっと頭から離れなかった。それが表に出ていたらしく、何度かリンドに、「大丈夫か?」と声をかけられた。 リンドからはやはり警邏隊に言いに行った方がよいと何度も言われたが、「ただのいたずらですから大丈夫です」と言い張って断り続けた。けれど顔色がずっと悪かったらしく、「そんな顔をしていたら客が寄りつかない。今日はもういいから家に帰って休め」とリンドに言われた。 その言葉の意味を額面通り受け取ると、少々思いやりに欠ける発言のようにも思えるが、ナディアは仕事を通してリンドの人となりを理解している。 つまりは、厚い温情は持っているのに言動がぶっきらぼうすぎるこの店主の言葉を意訳すると、「無理するな、店のことはいいから家に帰って休め」という意味である。 ナディアはリンドの優しさに感謝しつつも、個人的な事情が理由で店に穴を開けたくなくて、「大丈夫です」と言い続けていた。けれどこの頑固ジジイも、おおそうか、と言って素直に納得するような性格はしていない。 「そんなボーッとした状態で会計でも間違えられたら店に損失が出る。家に帰るのが面倒なら二階で昼寝でもしてろ」と言われて無理矢理二階の従業員用休憩室に追い立てられてしまった。 リンドのあの様子だと階下に行ってもまた休憩室に戻されるなと悟ったナディアは、リンドの言葉に甘えて少しだけ休ませてもらうことにした。 本当は、これから先どうしたらいいのかと朝からいっぱいいっぱいの状態で、不安で溺れそうになっていた。落ち着いて考える時間ができたのはありがたい。 休憩室の中には茶器の入った棚にテーブルや椅子や、横になって仮眠が取れるくらいの大きさのソファなどがある。よろよろとソファに歩み寄ったナディアは、そのままバタリとソファに倒れ込むように横になった。 頭の中では、今朝の怪文書や犯人のことも考えたが、一番にはゼウスのことを考えていた。 自分の正体が明かされたらゼウスとは結婚できなくなる。 それどころか、ゼウスが『悪魔の花婿』ではないかと疑われる羽目になって、自分が処女であると証明できればゼウスは助かるかもしれないが、ナディア自身は処刑されるおそれがある。 今朝の怪文書事件は生きるか死ぬかの問題を孕んでいる。 自分の命だけを考えるなら、なり
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