昼。病院の廊下は静かだった。検査も終わり、和泉は自販機の前で小さく息を吐く。「……疲れた」思ったより長かった。採血。検査。問診。じっとしているだけなのに、妙に体力を使う。「……」温かいお茶を買おうとした、その時。「藤宮……和泉さん?」後ろから声がした。知らない男の声。和泉が振り向く。白衣姿の青年が立っていた。年齢は三十前後だろうか。細い銀縁眼鏡。静かな目。でも。どこか妙に“観察する目”をしている。「……どちら様ですか」和泉が少しだけ警戒して聞く。男は、軽く会釈した。「失礼しました」穏やかな声。「私は、九条蒼真といいます」「……」聞いたことがない名前。「この病院の研究チームに所属しています」九条は続ける。「少し前から、あなたの検査データを見ていて」「……」和泉の空気が、一瞬冷える。嫌な感じがした。「非常に珍しい体質をされていますね」九条が静かに笑う。「……体質?」「ええ」少しだけ近づく。「普通の人間とは、少し違う」「……」その瞬間。和泉の背筋に、ぞくりと嫌な感覚が走った。まるで。“見透かされる”みたいな感覚。「……失礼します」和泉が距離を取ろうとした、その時。「白狐」九条が、小さく呟く。「……!」和泉の足が止まる。空気が、一瞬で張り詰めた。「……なぜ、その言葉を」声が低くなる。九条は、静かに和泉を見る。「古い文献を研究していまして」淡々と言う。「“藤宮の白狐”の伝承をご存知ですか」「……」和泉は答えない。答えられない。九条は、そんな和泉を見ながら小さく笑った。「やはり」静かな声。「存在するんですね」「……」嫌だった。この男の目。レオンとも違う。もっと冷たい。“欲しい”じゃない。“知りたい”目だ。「……和泉」その時。低い声が響いた。「……!」和泉が振り向く。優士が立っていた。仕事帰りなのか、まだスーツ姿のまま。その空気が、一瞬で変わる。「……優士」和泉が、小さく息を吐く。優士は、ゆっくり九条を見る。静かな視線。でも。今までで一番冷たい。「……どちら様ですか」優士が聞く。九条は、少しだけ目を細めた。「研究者です」「……」優士は、数秒黙る。それから。静かに和泉の前へ立った。庇うみたいに
Last Updated : 2026-05-19 Read more