All Chapters of ROH-Ray of hopeー白狐・和泉の恋愛草子100年の時を超えてー: Chapter 101 - Chapter 109

109 Chapters

第100話 境界線

昼。病院の廊下は静かだった。検査も終わり、和泉は自販機の前で小さく息を吐く。「……疲れた」思ったより長かった。採血。検査。問診。じっとしているだけなのに、妙に体力を使う。「……」温かいお茶を買おうとした、その時。「藤宮……和泉さん?」後ろから声がした。知らない男の声。和泉が振り向く。白衣姿の青年が立っていた。年齢は三十前後だろうか。細い銀縁眼鏡。静かな目。でも。どこか妙に“観察する目”をしている。「……どちら様ですか」和泉が少しだけ警戒して聞く。男は、軽く会釈した。「失礼しました」穏やかな声。「私は、九条蒼真といいます」「……」聞いたことがない名前。「この病院の研究チームに所属しています」九条は続ける。「少し前から、あなたの検査データを見ていて」「……」和泉の空気が、一瞬冷える。嫌な感じがした。「非常に珍しい体質をされていますね」九条が静かに笑う。「……体質?」「ええ」少しだけ近づく。「普通の人間とは、少し違う」「……」その瞬間。和泉の背筋に、ぞくりと嫌な感覚が走った。まるで。“見透かされる”みたいな感覚。「……失礼します」和泉が距離を取ろうとした、その時。「白狐」九条が、小さく呟く。「……!」和泉の足が止まる。空気が、一瞬で張り詰めた。「……なぜ、その言葉を」声が低くなる。九条は、静かに和泉を見る。「古い文献を研究していまして」淡々と言う。「“藤宮の白狐”の伝承をご存知ですか」「……」和泉は答えない。答えられない。九条は、そんな和泉を見ながら小さく笑った。「やはり」静かな声。「存在するんですね」「……」嫌だった。この男の目。レオンとも違う。もっと冷たい。“欲しい”じゃない。“知りたい”目だ。「……和泉」その時。低い声が響いた。「……!」和泉が振り向く。優士が立っていた。仕事帰りなのか、まだスーツ姿のまま。その空気が、一瞬で変わる。「……優士」和泉が、小さく息を吐く。優士は、ゆっくり九条を見る。静かな視線。でも。今までで一番冷たい。「……どちら様ですか」優士が聞く。九条は、少しだけ目を細めた。「研究者です」「……」優士は、数秒黙る。それから。静かに和泉の前へ立った。庇うみたいに
last updateLast Updated : 2026-05-19
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第101話 100年前の記憶

夜。消灯後の病院は静かだった。「……」和泉は、一人で屋上へ出ていた。少しだけ、息が詰まったから。夜風が頬を撫でる。月が綺麗だった。「……」九条蒼真。あの男の目を思い出す。まるで。“和泉”じゃなく。もっと別の何かを見ている目。「……」小さく息を吐く。怖かった。ああいう目は嫌いだ。昔から。「……?」その瞬間。頭の奥が、ずきりと痛んだ。古い木の匂い。雪。鈴の音。白い息。「……っ」和泉が額を押さえる。視界が揺れる。誰かがいる。白い世界の中。そして。「——和泉」低い声。優しい声。懐かしい声。「……!」和泉が顔を上げる。でも。次の瞬間、映像は消えた。「……なに、これ」呼吸が少し乱れる。胸が苦しい。泣きそうになる。理由も分からないのに。「……和泉?」後ろから声。振り向く。優士だった。「……優士」和泉が、小さく息を吐く。優士は、ゆっくり近づいてくる。「外は冷えます」「……うん」和泉は、小さく頷く。でも。動けなかった。「……」優士が、少しだけ眉を寄せる。「顔色が悪いです」静かな声。「……変な感じがして」和泉が呟く。「さっき、急に」言葉を探す。「……知らない記憶みたいなの、見えた」「……」優士の表情が、一瞬だけ止まる。ほんの少しだけ。「雪とか」「神社とか」「あと……」和泉が目を閉じる。胸の奥が、まだ痛い。「誰かが、私の名前呼んでた」「……」夜風が吹く。優士は、何も言わない。でも。その横顔が、少しだけ苦しそうだった。「……優士?」和泉が見る。優士は、ゆっくり視線を落とす。それから。小さく呟いた。「……俺も」「……え?」和泉が止まる。優士は、少しだけ迷う。でも。隠せなかった。「夢を見ました」静かな声。「藤の花がある神社で」「……!」和泉の呼吸が止まる。「白い着物の人がいて」優士が続ける。「……和泉、と呼んでいました」「……」空気が止まる。月明かりだけが、静かに二人を照らしている。「……なに、それ」和泉が、小さく呟く。怖い。でも。どこかで、知っている気がする。「……」優士は、ゆっくり和泉を見る。その視線が。どうしてか、泣きそうなくらい懐かしかった。「……寒いでしょう」ぽつ
last updateLast Updated : 2026-05-19
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第102話 時を超えて

夜。消灯後の病院は静かだった。「……」和泉は、一人で屋上へ出ていた。少しだけ、息が詰まったから。夜風が頬を撫でる。月が綺麗だった。「……」九条蒼真。あの男の目を思い出す。まるで。“和泉”じゃなく。もっと別の何かを見ている目。「……」小さく息を吐く。怖かった。ああいう目は嫌いだ。昔から。「……?」その瞬間。頭の奥が、ずきりと痛んだ。古い木の匂い。雪。鈴の音。白い息。「……っ」和泉が額を押さえる。視界が揺れる。誰かがいる。白い世界の中。そして。「——和泉」低い声。優しい声。懐かしい声。「……!」和泉が顔を上げる。でも。次の瞬間、映像は消えた。「……なに、これ」呼吸が少し乱れる。胸が苦しい。泣きそうになる。理由も分からないのに。「……和泉?」後ろから声。振り向く。優士だった。「……優士」和泉が、小さく息を吐く。優士は、ゆっくり近づいてくる。「外は冷えます」「……うん」和泉は、小さく頷く。でも。動けなかった。「……」優士が、少しだけ眉を寄せる。「顔色が悪いです」静かな声。「……変な感じがして」和泉が呟く。「さっき、急に」言葉を探す。「……知らない記憶みたいなの、見えた」「……」優士の表情が、一瞬だけ止まる。ほんの少しだけ。「雪とか」「神社とか」「あと……」和泉が目を閉じる。胸の奥が、まだ痛い。「誰かが、私の名前呼んでた」「……」夜風が吹く。優士は、何も言わない。でも。その横顔が、少しだけ苦しそうだった。「……優士?」和泉が見る。優士は、ゆっくり視線を落とす。それから。小さく呟いた。「……俺も」「……え?」和泉が止まる。優士は、少しだけ迷う。でも。隠せなかった。「夢を見ました」静かな声。「藤の花がある神社で」「……!」和泉の呼吸が止まる。「白い着物の人がいて」優士が続ける。「……和泉、と呼んでいました」「……」空気が止まる。月明かりだけが、静かに二人を照らしている。「……なに、それ」和泉が、小さく呟く。怖い。でも。どこかで、知っている気がする。「……」優士は、ゆっくり和泉を見る。その視線が。どうしてか、泣きそうなくらい懐かしかった。「……寒いでしょう」ぽつ
last updateLast Updated : 2026-05-20
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103話 記憶の場所

夕方。 退院前の外出許可。 「……ほんとに少しだけですよ」 和泉が言う。 「理解しています」 優士が静かに頷く。 でも。 その顔は少し安心していた。 病室から出られるだけでも違う。 「……」 二人で病院を出る。 外の空気は、思ったよりやわらかかった。 「どこ行くの」 和泉が聞く。 優士は、少しだけ考える。 それから。 「……行ってみたい場所があります」 静かに言った。 「?」 車で三十分ほど。 着いた場所を見て、和泉は足を止めた。 「……え」 古い石段。 朱色の鳥居。 風に揺れる藤の花。 静かな神社。 「……ここ」 胸が、ざわつく。 知らないはずなのに。 知っている気がした。 「……」 優士も、何も言わず境内を見る。 不思議だった。 初めて来る場所なのに。 懐かしい。 帰ってきたみたいな感覚がある。 「……変ですね」 優士がぽつりと言う。 「うん」 和泉も小さく頷く。 石段を上がる。 風が吹く。 藤の花びらが、静かに落ちる。 その瞬間。 ——鈴の音。 「……っ」 和泉が立ち止まる。 頭の奥が熱い。 白い雪。 冷たい空気。 古い社。 そして。 誰かの背中。 「和泉」 声が聞こえる。 優しい声。 懐かしい声。 「……!」 和泉の目から、涙が落ちる。 「……和泉?」 優士が振り向く。 その顔を見た瞬間。 記憶が、一瞬だけ重なった。 白い狩衣。 雪の境内。 傷だらけの青年。 それでも。 自分の前へ立っていた人。 「……ゆう、じ……?」 震える声。 優士の呼吸が止まる。 その瞬間。 優士の頭の奥にも、映像が流れ込んだ。 雪。 白狐。 追手。 そして。 泣きそうな顔で立つ女。 ——“行ってください” 違う。 自分は。 あの時。 「……嫌だ」 無意識に声が漏れる。 「……っ」 和泉が目を見開く。 優士自身も驚いていた。 今の言葉。 自分の意思じゃない。 もっと昔から、胸に残っていた感情。 「……」 静かな境内。 風が吹
last updateLast Updated : 2026-05-21
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第104話 守れなかった約束

神社の境内は静かだった。風が吹く。藤の花が揺れる。「……」和泉は、胸を押さえたまま動けなかった。頭の奥が熱い。苦しい。でも。どうしてか、離れたくなかった。「……優士」小さく名前を呼ぶ。優士は、数歩先で立ち止まっていた。その横顔が、ひどく苦しそうだった。「……」優士の視界が揺れる。雪。白い息。赤い血。そして。泣きそうな顔をした白狐。「——行ってください」声が聞こえる。震える声。白い着物。長い髪。月みたいに白い女。「……嫌だ」昔の自分が言う。強く。初めて感情を乱して。「あなたを置いて行けない」雪の中。傷だらけの身体。それでも。神主の青年は、白狐の前へ立っていた。「……っ」優士の呼吸が乱れる。頭が痛い。胸が痛い。「優士!」和泉が駆け寄る。その瞬間。優士の脳裏へ、さらに記憶が流れ込んだ。燃える社。追手。怒号。そして。白狐を庇う自分。「……!」優士が、思わず膝をつく。「優士!」和泉が支える。触れた瞬間。今度は、和泉側の記憶が弾けた。雪の夜。社の裏。傷だらけの神主。それでも笑っていた。——“寒いでしょう”優しい声。何度も聞いた声。「……ゆう、じ……」和泉の目から涙が落ちる。思い出してしまった。ずっと昔。自分を“化け物”ではなく。“和泉”として見てくれた人。「……っ」胸が痛い。苦しい。あの時。優士は、自分を庇って。「……死んだ」震える声が落ちる。優士の呼吸が止まる。同時に。最後の記憶が流れ込んだ。雪。冷たい地面。薄れていく意識。泣きながら、自分を抱きしめる白狐。そして。最後に。「……次は」神主だった自分が、血を吐きながら笑う。——“ちゃんと、帰ってこい”「……!」優士が、勢いよく顔を上げる。和泉も、涙を流したまま固まっていた。風が吹く。藤の花が揺れる。鈴の音が、静かに響く。「……」優士は、ゆっくり和泉を見る。今世の和泉。泣きそうな顔。でも。ちゃんと、生きている。「……帰ってきた」ぽつりと漏れた声。その瞬間。和泉の涙が、また溢れた。「……うん」震える声。「……ただいま」静かな境内。百年越しに。やっと。言えた言葉だった。
last updateLast Updated : 2026-05-21
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第105話 置いていかないで

夜風が、静かに吹いていた。「……」神社の境内。和泉は、まだ涙が止まらなかった。百年前。自分を守って死んだ人。ずっと忘れていた人。でも。身体の奥は、ずっと覚えていた。「……優士」震える声で名前を呼ぶ。優士は、少しだけ苦しそうな顔のまま和泉を見ていた。「……」まだ頭が痛い。記憶が混ざる。今と昔。でも。ひとつだけ、はっきり分かることがあった。「……和泉」優士が、小さく息を吐く。「生きていて、よかった」「……っ」和泉の呼吸が止まる。その言葉。昔も、聞いた。雪の中。血だらけになりながら。それでも笑って。“生きていてよかった”と言った人。「……なんで」和泉の声が震える。「なんで、そんな顔するの」優士は、少しだけ困ったように笑った。「……安心したので」静かな声。「今度は、間に合った」「……!」その瞬間。和泉の涙がまた溢れた。百年前。間に合わなかった。守れなかった。置いていかれた。ずっと。ずっと、一人だった。「……っ」和泉は、震える手で優士の服を掴む。離れたくなかった。今だけは。「……和泉?」優士が、少し驚いた声を出す。でも。振り払わない。ただ静かに、そこにいる。「……もう」和泉が、小さく呟く。「置いていかないで」その声は。白狐でも。長命の妖でもなく。ただの、一人の女の声だった。「……」優士の呼吸が止まる。胸が痛かった。百年前。自分は、置いていってしまったから。守りたかったのに。一人にしてしまった。「……」優士は、ゆっくり和泉の手へ触れる。あたたかい。今、生きている手。「……行きません」静かな声。でも。今までで一番強かった。「今度は、ちゃんと隣にいます」「……っ」和泉が、泣きながら笑う。その顔を見た瞬間。優士の胸の奥で、何かがほどけた。百年前からずっと残っていた後悔が。少しだけ。やわらいでいく。「……なにそれ」和泉が涙声で笑う。「優士、そういうのずるい」「……?」「無自覚なのがもっとずるい」「……難しいですね」真面目に返す。和泉が、また小さく笑った。風が吹く。藤の花が舞う。まるで。長い時間を越えて。やっと二人を祝福しているみたいに。「……帰ろうか」和泉が、小さく言う。優士は、静かに頷
last updateLast Updated : 2026-05-22
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第106話 おかえり

退院の日。夕方の空は、少しだけ茜色だった。「……お世話になりました」和泉が軽く頭を下げる。看護師が笑った。「無理しないでくださいね」「……はい」そう返しながら。和泉は、小さく苦笑する。多分、自分は“無理しない”が下手だ。でも。今は少しだけ違う気がした。「荷物、持ちます」隣で優士が自然に言う。「ありがと」和泉が小さく笑う。その空気が、妙に落ち着いていた。まるで。ずっと前から、こうしていたみたいに。「……」病院を出る。外の風は、少し冷たい。でも。今日は寒くなかった。隣に優士がいるから。「……」車の中は静かだった。でも、不思議と居心地がいい。信号待ち。窓の外を見ながら、和泉は小さく息を吐いた。「……帰るの、久しぶりな感じする」ぽつりと漏れる。優士が、少しだけこちらを見る。「李雨たち、かなり騒いでいました」「想像できる……」和泉が笑う。「奏音は?」「表面上は冷静でした」「表面上なんだ」「何度も時間を確認していました」「……ふふ」和泉の胸が、少しだけ熱くなる。「……」マンションへ着く。エレベーター。見慣れた廊下。なのに。今日は全部が違って見えた。「……」優士が鍵を開ける。その瞬間。「おかえりー!!」勢いよく李雨が飛び出してきた。「うわっ」和泉が思わず笑う。「李雨、走るな」後ろから奏音。でも。その顔も、少しだけ安心していた。「……ただいま」和泉が、小さく笑う。その瞬間。ふわりと、家の匂いがした。味噌汁。洗剤。柔軟剤。生活の匂い。そして。優士のいる空気。「……」胸がぎゅっとなる。帰ってきた。やっと。「和泉?」優士が少しだけ心配そうに見る。和泉は、ゆっくり首を横に振った。「……なんでもない」でも。目の奥は少しだけ熱い。「……」リビングへ入る。テーブルの上には、夕飯。少し不格好な卵焼き。「……優士作?」「奏音監修です」「余計なこと言わなくていい」奏音が少しだけ嫌そうな顔をする。でも。その空気があたたかい。「……」和泉は、静かに部屋を見渡した。自分の家。でも。もう“一人の部屋”じゃない。「……」その時。優士が、和泉の隣へ来る。「……おかえりなさい」静かな声。あの日。百年前。言えなかった
last updateLast Updated : 2026-05-23
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第107話 選ぶ理由

夜。Ray of Hope 本社。静かなオフィス。「……」レオンは、一人でソファへ座っていた。珍しく酒はない。窓の外には、無数の灯り。でも。今日はそれを眺める気にもなれなかった。「……」スマホが震える。画面を見る。社員から送られてきたメッセージ。『藤宮さん、本日退院されたそうです』短い報告。「……」レオンは、数秒だけ画面を見る。それから。静かにスマホを伏せた。「……そう」ぽつりと呟く。胸の奥が、少しだけ痛い。でも。前みたいな焦りはなかった。「……」思い出す。病院で見た優士の顔。神社での和泉の表情。そして。自分へ向けられたことのない、あの安心した笑顔。「……」レオンは、小さく息を吐く。負けた、というより。“入れなかった”。あの空気へ。「……」昔の自分なら。壊していた。奪っていた。無理やりでも、自分を選ばせていた。でも今は違う。「……」レオンは、窓の外を見る。夜景。たくさんの帰る場所。誰かを待つ灯り。「……くだらないと思ってたんだけどな」小さく笑う。家庭とか。日常とか。そんなもの。退屈で、弱い人間のためのものだと思っていた。でも。和泉は違った。“安心できる場所”を欲しがっていた。そして。優士は、それを当たり前みたいに差し出せる男だった。「……ずるいよな」ぽつりと漏れる。ああいう男には、勝てない。「……」その時。スマホがまた震えた。真希からだった。『レオン〜♡ 退屈〜』『今夜飲も?』軽い文章。軽い距離感。「……」レオンは、数秒だけ画面を見る。それから。静かに閉じた。返信はしない。「……」和泉は、多分。最後まで自分を選ばなかった。でも。それでよかったのかもしれない。初めて、そう思えた。「……」レオンは、ソファへ深く座り直す。そして。ゆっくり目を閉じた。その瞬間。ふと、頭をよぎる。神社で見た優士の顔。まるで。“ずっと前から和泉を守っていた男”みたいな顔。「……なんなんだよ、お前ら」小さく笑う。悔しい。でも。少しだけ安心もしていた。和泉なら。もう、大丈夫だと思った。「……」レオンは、静かに立ち上がる。窓の外。夜の街。無数の灯り。そのどこかに。和泉の帰る場所がある。「……幸せに
last updateLast Updated : 2026-05-23
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第108話 残された手紙

夜。退院して数日。和泉のマンションには、静かな生活音が戻っていた。キッチンからは味噌汁の匂い。李雨の笑い声。奏音の呆れた声。そして。「……それ、砂糖じゃないです」「……またですか」優士の低い声。「優士、学習して!」「努力しています」「方向性が危うい」「……」和泉は、ソファで小さく笑った。あたたかい。昔、想像していた“幸せ”とは違う。もっと静かで。もっと普通で。でも。泣きそうなくらい、やさしい。「……」その時。インターホンが鳴った。奏音が立ち上がる。「俺出ます」数秒後。少し警戒した声が聞こえた。「……誰ですか」「九条蒼真です」「……」空気が少し変わる。和泉も立ち上がる。玄関。そこには、九条が立っていた。今日の彼は白衣ではない。黒いコート姿だった。「……何しに来たの」和泉が静かに聞く。九条は、少しだけ視線を落とす。それから。古い木箱を差し出した。「これを渡しに来ました」「……?」和泉が目を細める。優士も、静かに九条を見る。「神社の蔵から出てきたものです」九条が続ける。「“藤宮白狐記”と一緒に保管されていた」「……」空気が静かになる。九条は、少しだけ苦笑した。「正直、最初は興味でした」静かな声。「伝承。妖。非科学的存在」「……」「でも」九条が、和泉を見る。「あなた達を見ていたら、研究対象として扱うべきではないと分かった」その目は、前より少し柔らかかった。「……」和泉は、何も言えない。九条は、木箱を机へ置く。「中を見てください」それだけ言って、踵を返した。「……待って」和泉が呼び止める。九条が振り向く。「あなた、どうするの」九条は、少しだけ考えた。それから。静かに笑う。「……秘密を守る側へ回ります」その言葉だけ残して。九条は静かに去っていった。「……」部屋に静寂が落ちる。李雨が、小さく呟く。「なんか、怖い人だった」「……悪い人ではなさそうでした」奏音が静かに言う。「うん」和泉も小さく頷く。優士は、黙ったまま木箱を見る。「……開けますか」低い声。和泉は、ゆっくり頷いた。木箱を開く。中には。古い和紙の手紙が、一通だけ入っていた。「……」和泉の呼吸が止まる。そこに書かれていた名前。——優士。違
last updateLast Updated : 2026-05-24
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