All Chapters of ROH-Ray of hopeー白狐・和泉の恋愛草子100年の時を超えてー: Chapter 111 - Chapter 120

134 Chapters

第110話 選んだ未来

夜。 李雨は先に寝た。 奏音も、自室で勉強している。 静かなリビング。 「……」 和泉は、ベランダへ出ていた。 夜風が少し冷たい。 でも。 嫌じゃなかった。 「……ここにいたんですね」 後ろから、優士の声。 和泉は、小さく振り返る。 「うん」 優士が隣へ立つ。 自然に。 もう、それが当たり前みたいに。 「……」 少しだけ沈黙が流れる。 でも、不思議と苦しくない。 「……優士」 和泉が、小さく呼ぶ。 「はい」 「もし」 少し迷う。 それから。 静かに続けた。 「百年前、優士が死ななかったら」 「……」 優士は、少しだけ目を伏せた。 和泉は、夜空を見る。 「私、多分」 小さく笑う。 「一緒にいたかったんだと思う」 震える声。 「ずっと」 「……」 優士の呼吸が、静かに止まる。 「でも、あの時代は無理だった」 和泉が続ける。 「人と妖なんて」 小さく息を吐く。 「だから、諦めた」 ずっと。 ずっと。 一人で。 「……」 夜風が吹く。 藤の花が、静かに揺れる。 優士は、ゆっくり和泉を見る。 今世の和泉。 泣きそうで。 でも、ちゃんと笑っている。 「……和泉」 低い声。 和泉が振り向く。 「今は違います」 静かな声だった。 でも。 迷いがない。 「……」 優士は、少しだけ間を置く。 それから。 ゆっくり言った。 「俺は、あなたと生きたい」 「……!」 和泉の呼吸が止まる。 「李雨とも」 「奏音とも」 優士が続ける。 「普通に」 少しだけ困ったように笑う。 「朝ご飯を作って」 「おかえりを言って」 「そんな毎日を、一緒に過ごしたい」 「……っ」 和泉の目に、涙が浮かぶ。 派手な言葉じゃない。 でも。 百年前、一番欲しかった未来だった。 「……優士」 声が震える。 優士は、静かに和泉を見る。 逃げない目。 ちゃんと隣に立つ目。 「……」 和泉は、ゆっくり優士の服を掴む。 あの日みたいに。 でも今度は。 離れないために。 「……私も
Read more

第111話 5つの結界

夜。リビングには静かな空気が流れていた。机の上。九条から渡された古い資料。「……」和泉は、ゆっくりページをめくる。古い地図。五つの神社。そして。中央へ描かれた、大きな五芒星。「……これ」和泉が小さく呟く。優士も、静かに資料を見る。「……結界ですね」低い声。九条の残したメモには、こう書かれていた。『五社は土地と水脈を守るため配置されていた』『中央に、“白狐”を封じるための術式あり』「……っ」和泉の呼吸が止まる。封じる。その言葉だけで、胸がざわつく。「……」ページをめくる。そこには。藤宮家についての記述があった。『藤宮家は、稲荷を祀る守り手』『代々、“白狐”を宿す巫女を管理する役目を持つ』「……管理」和泉が小さく笑う。寂しそうに。「結局、私はずっと檻の中だったんだ」「……和泉」優士が静かに名前を呼ぶ。和泉は、視線を落としたまま呟く。「藤宮家の白狐は、“人を愛してはいけない”」「……」「神道同士の血が混ざると、結界が崩れるから」静かな声。でも。どこか諦めた響きがあった。「だから」和泉が、小さく息を吐く。「優士とのこと、禁忌だった」「……」優士の表情が静かに曇る。資料の端。古い墨文字。そこには、こう残されていた。『白狐が神主へ恋をした時、呪いは完成する』「……っ」李雨が少し不安そうに和泉を見る。「お母さん……」和泉は、すぐ笑った。「大丈夫」でも。その笑顔は少し苦しかった。「……」優士は、ゆっくり資料を閉じる。それから。静かに和泉を見る。「……和泉」低い声。「今も、呪われていると思っていますか」「……」和泉は答えられない。百年。孤独だった。ずっと。ずっと。“待つこと”しか出来なかった。「……」優士は、少しだけ目を伏せる。それから。静かに言った。「俺は、呪いだと思いません」「……え」和泉が顔を上げる。優士は、真っ直ぐ和泉を見る。「あなたは、ずっと生きて」「李雨と奏音を守って」「今、ここにいる」静かな声。でも。揺らがない。「それを、呪いとは呼びたくない」「……」和泉の呼吸が止まる。優士は、小さく息を吐いた。「百年前は、守れなかった」「……」「でも今は違います」その声が、胸へ落ちる。「俺は、あなた
Read more

第112話 白狐の宿命

深夜。みんなが寝静まったあと。和泉は、一人でリビングに座っていた。机の上には、古い資料。『白狐が神主へ恋をした時、呪いは完成する』その文字が、ずっと頭から離れない。「……」小さく息を吐く。百年。長かった。人が生まれて。死んで。街が変わって。何度も季節が巡った。でも、自分だけは変わらなかった。「……」窓の外を見る。夜の街。無数の灯り。その景色が、少しだけ遠く感じる。「……和泉」後ろから声。優士だった。「起きてたんだ」和泉が小さく笑う。優士は、静かに隣へ座った。「……眠れませんでしたか」「うん」少しだけ間を置く。それから。和泉は、ぽつりと言った。「……怖かった」「……」優士は、何も言わない。ただ、静かに聞いている。「最初はね」和泉が続ける。「優士が帰ってきたって分かって、嬉しかった」小さく笑う。涙が滲む。「でも、そのあと怖くなった」「……」「また失うんじゃないかって」静かな声。「また置いていかれるんじゃないかって」百年前。守れなかった。だから。今度こそ失いたくない。そう思うほど、怖くなる。「……」優士は、ゆっくり目を伏せた。胸が痛い。百年前、自分が残した傷だから。「……和泉」低い声。和泉が顔を上げる。優士は、静かに和泉を見る。「俺は、人間です」「……」「だから、いつか死にます」その言葉に、和泉の呼吸が止まる。でも。優士は逃げなかった。「でも」少しだけ笑う。「百年前みたいに、何も伝えずいなくなったりはしません」「……っ」和泉の目が揺れる。優士は、ゆっくり続ける。「怖いなら」静かな声。「一緒に怖がります」「……」「苦しいなら、一緒に考えます」「……優士」「だから」優士は、そっと和泉の手へ触れる。あたたかい。生きている温度。「一人で、抱えないでください」「……っ」和泉の涙が落ちる。まただ。優士は、いつも。自分が欲しかった言葉を、ちゃんとくれる。「……私」和泉が、小さく笑う。涙声で。「ずっと、“待つ側”だった」「……」「でも今は」優士を見る。「一緒に生きてもいいって、思える」その言葉に。優士の表情が、少しだけ崩れた。安心したみたいに。「……はい」小さく返す。その返事が、ひどく優しか
Read more

第113話 もうひとつの未来

夜。Ray of Hope 本社。「……」レオンは、一人で窓の外を見ていた。静かなオフィス。無数の灯り。でも。今日は、どこか遠く感じる。「……」机の上には、開いたままの資料。でも視線は進まない。頭に浮かぶのは、別のことばかりだった。藤の花。神社。そして。優士の隣で笑う和泉。「……」レオンは、小さく息を吐く。認めたくなかった。でも。もう分かっている。和泉が欲しかったのは、自分みたいな“強い光”じゃない。「……」あいつが欲しかったのは。安心できる灯り。帰れる場所。「……はぁ」ソファへ座る。ネクタイを緩める。その時。コンコン、と軽いノック音。「レオン?」真希だった。「まだ仕事してたの?」軽い声。でも今日は少しだけ空気を読んでいる。「……してない」レオンが小さく返す。真希は、少しだけ不思議そうに近づいた。「珍しー」「……」真希が、机へ缶コーヒーを置く。「はい、差し入れ」「……どうも」レオンは少し驚く。真希は、ソファの背へ軽く寄りかかった。「藤宮さんのこと?」「……」図星だった。レオンが黙る。真希は、小さく笑った。「分かりやす」「うるさい」「でもさ」真希が、少しだけ真面目な顔になる。「レオンって、藤宮さん相手だと珍しくちゃんと好きだったよね」「……」レオンは、返せなかった。多分。その通りだから。「……奪いたかっただけだと思ってた」ぽつりと漏れる。「でも違った」小さく笑う。自嘲みたいに。「幸せそうに笑ってる顔、壊したくなかった」「……」真希は、少しだけ驚いた顔をした。それから。ふっと笑う。「じゃあ、本気じゃん」「……」レオンは、窓の外を見る。夜の街。無数の灯り。そのどこかで。和泉は、今頃“帰る場所”へいる。「……勝てなかった」静かな声。でも。不思議と悔しさだけじゃなかった。「だってさ」レオンが小さく笑う。「優士、ずっと昔からあいつ守ってたんだろ」「……え?」真希が目を丸くする。「なにそれ怖」「俺もそう思う」レオンが笑う。でも。その顔は前よりずっと穏やかだった。「……」少しだけ沈黙。そのあと。レオンは、ゆっくり立ち上がる。「帰る」「え、珍し」「今日は仕事する気分じゃない」真希が、少し
Read more

第114話 家族ノカタチ

夕方。リビングには、夕飯の匂いが広がっていた。「……優士、それ塩多い」「……またですか」「またです」奏音が、呆れた顔で鍋を見る。李雨は楽しそうに笑っていた。「優士、料理よわーい!」「努力しています」「方向が迷子」「奏音、言い方」和泉が苦笑する。その瞬間。部屋の空気がふっと緩んだ。「……」優士は、小さく息を吐く。不思議だった。こんな時間。昔の自分には、想像も出来なかった。「……優士?」和泉が顔を覗き込む。「どうしたの」「……いえ」優士は、少しだけ笑った。「賑やかだなと」「今さら?」和泉が笑う。「李雨なんて毎日うるさいよ」「お母さんひどい!」李雨が膨れる。奏音が、小さく吹き出した。「……」その空気を見ながら。優士の胸が、少しだけ熱くなる。百年前。欲しかったもの。守りたかったもの。でも。手に入らなかったもの。「……」その時。奏音が、ぽつりと言った。「……優士」「はい」「明日、保護者面談なんだけど」「……」和泉が顔を上げる。奏音は、少しだけ視線を逸らした。「俺、お母さんまだ病み上がりだし」小さく続ける。「……優士、来る?」「……!」空気が止まる。李雨が、ぱあっと顔を明るくした。「え! 家族みたい!」「李雨、静かに」でも。奏音自身も少し照れていた。「……」優士は、数秒言葉を失う。それから。静かに聞いた。「……俺で、いいんですか」奏音は、少しだけ眉を寄せた。「今さらじゃない?」「……」「優士、もう普通に家いるし」ぶっきらぼうな声。でも。その耳は少し赤かった。「……」和泉は、その横顔を見ながら小さく笑う。奏音なりの“認める”なんだろう。「……優士?」和泉が見る。優士は、少しだけ困ったように笑った。それから。小さく頷く。「……はい」その返事は。どこか泣きそうなくらい優しかった。「よかったー!」李雨が飛び跳ねる。「これで完全に家族!」「李雨」「だってそうじゃん!」「……」和泉は、静かに優士を見る。優士も、こちらを見る。その視線が重なる。百年前。叶わなかった未来。でも今は違う。「……」テーブルの上。少し塩が濃い味噌汁。不格好な卵焼き。子どもたちの笑い声。そして。“おかえり”が言える場所。
Read more

第115話 百年の約束の結末

夜。 雨が降っていた。 静かなリビング。 李雨は寝ている。 奏音も部屋へ戻った。 「……」 和泉は、一人で窓の外を見ていた。 雨音が静かに響く。 どこか。 百年前の雪の夜に似ていた。 「……眠れませんか」 後ろから、優士の声。 和泉は、小さく振り返る。 「うん」 少し笑う。 「最近、思い出すから」 「……」 優士は、静かに隣へ立った。 和泉は、窓の外を見たまま呟く。 「百年前ね」 「……」 「最後の日」 雨音が続く。 静かな夜。 「……私、ほんとは逃げたかった」 「……」 「優士と」 小さく笑う。 「どこか遠くへ」 震える声。 「白狐とか、神社とか、呪いとか」 目を閉じる。 「全部捨てて」 「……和泉」 優士の声が低く落ちる。 和泉は、小さく首を横に振った。 「でも無理だった」 静かな声。 「優士は神主で」 「私は、藤宮家の白狐だった」 決められていた。 生き方も。 役目も。 終わり方も。 「……」 その時。 優士の頭へ、強く記憶が流れ込む。 雪。 怒号。 燃える社。 白い着物の和泉。 そして。 泣きながら、自分を押し返す手。 ——“行ってください!” 「……嫌だ」 優士が、無意識に呟く。 和泉の呼吸が止まる。 百年前。 確かに聞いた声。 「……優士」 優士は、少し苦しそうに額を押さえた。 「……思い出しました」 低い声。 「最後、あなたを置いて行こうとした」 「……っ」 和泉の目に涙が浮かぶ。 「でも」 優士は、ゆっくり和泉を見る。 「あなたが泣いていたから」 「……」 「置いていけなかった」 静かな声。 「だから、戻った」 「……!」 その瞬間。 和泉の中で、最後の記憶が完全に繋がった。 雪の夜。 傷だらけになりながら戻ってきた神主。 白狐の自分を抱きしめて。 泣きながら笑った人。 ——“次こそ、帰ってくる” 「……っ」 和泉の涙が溢れる。 百年前。 優士は逃げなかった。 怖かったはずなのに。 それでも。 最後まで、自分
Read more

第116話 灯りのともる家

夜。窓の外では、静かな雨が降っていた。リビングには、やわらかな灯り。「……」和泉は、ソファへ座りながらその景色を眺めていた。昔。こんな時間は嫌いだった。静かになると考えてしまうから。失った人。置いていかれた記憶。終わらなかった恋。「……」でも今は違う。キッチンから聞こえる音。食器の触れ合う音。優士の足音。それだけで、不思議と安心できた。「お母さん」李雨が駆け寄ってくる。「ん?」「明日さー」李雨が楽しそうに言う。「みんなで神社行くんでしょ?」「……うん」和泉が笑う。李雨は、ぱっと顔を輝かせた。「やった!」「遠足じゃないんだから」奏音が呆れた声を出す。でも。その顔も少しだけ柔らかい。「……」和泉は、そんな二人を見ながら小さく息を吐いた。幸せだ。本当に。ただ、それだけだった。「……」その時。優士が湯呑みを持ってやって来る。「どうぞ」「ありがと」受け取る。温かい。その温度が、妙に嬉しかった。「……優士」和泉が小さく呼ぶ。「はい」「明日さ」少しだけ迷う。でも。今は言える気がした。「終わらせよう」「……」優士は静かに頷いた。言葉は少ない。でも。ちゃんと伝わる。百年間。心の奥へ残っていたもの。ずっと手放せなかったもの。それを。明日、終わらせる。「……」優士は、和泉を見つめる。それから。小さく笑った。「はい」優しい声だった。「一緒に行きましょう」「……うん」和泉も笑う。もう一人じゃない。もう待たない。もう怯えない。「……」窓の外。雨は少しずつ弱くなっていた。まるで。長かった冬が終わるみたいに。深夜。みんなが寝静まったあと。優士は、一人でベランダへ出ていた。静かな夜。遠くで雨音が聞こえる。「……」百年前。守れなかった。救えなかった。置いていってしまった。その後悔が、自分をここまで連れてきた。「……」でも今は。違う。和泉は笑っている。奏音がいる。李雨がいる。帰る場所がある。「……」優士は、小さく目を閉じる。そして。静かに空を見上げた。「……ありがとうございます」誰へ向けた言葉か。自分でも分からない。神へか。運命へか。それとも。百年前の自分へか。ただ一つだけ。確かなことが
Read more

第117話 100年越しの春

春の風が吹いていた。空は青く。藤の花は、今年も変わらず咲いている。「……」和泉は、神社の石段の前で立ち止まった。百年前。ここで終わった。ここで失った。ここで、一人になった。「……」胸の奥が静かに痛む。でも。もう逃げたくなかった。「お母さん?」李雨が不思議そうに見上げる。「大丈夫?」「……うん」和泉は、小さく笑った。そして。優士を見る。優士も静かに頷いた。「行きましょう」「……うん」石段を登る。一歩ずつ。ゆっくりと。まるで。百年の時間を辿るように。境内は静かだった。風が吹く。藤の花が揺れる。鈴の音が響く。「……」和泉は、社の前へ立った。昔と同じ場所。でも。昔とは違う。隣には優士がいる。後ろには奏音と李雨がいる。帰る場所がある。「……」目を閉じる。百年前の景色が浮かぶ。雪。血。別れ。孤独。待ち続けた時間。「……」長かった。本当に。長かった。その時だった。風が吹く。藤の花びらが舞い上がる。まるで。誰かが微笑んだみたいに。優しく。あたたかく。「……」和泉の目から涙が落ちた。悲しい涙じゃない。苦しい涙でもない。やっと。終われる涙。「……優士」小さく名前を呼ぶ。優士が隣を見る。和泉は、涙を拭きながら笑った。「私ね」少しだけ震える声。「ずっと怖かった」「……」「好きになるのが」静かな風。藤の花が揺れる。「また失うと思ったから」「……」「また一人になると思ったから」百年。ずっと。その恐怖と生きてきた。優士は何も言わない。ただ。静かに聞いている。昔と同じように。いや。昔よりもっと近くで。和泉は空を見上げた。青い空。藤の花。春の光。そして。小さく笑った。「……でも、もう大丈夫」「……」「恋をしてもいいんだよね」優士の目が少しだけ揺れる。和泉は続けた。「幸せになってもいいんだよね」「……はい」優士が答える。迷いなく。優しく。「あなたは、幸せになっていい人です」その瞬間。胸の奥で。何かがほどけた。ずっと絡まっていた鎖。百年続いた呪い。孤独。後悔。全部。春の風へ溶けていく。和泉は、そっと目を閉じた。白狐として生きた百年。長かった旅。でも。もう終わりだ。ゆっ
Read more

第118話 Ray of hope

春風が吹いていた。藤の花が揺れる。やわらかな陽射しが、境内へ降り注ぐ。「……」和泉は立ち止まった。もう一度だけ。振り返る。百年前。ここで終わった。ここで泣いた。ここで一人になった。長い長い時間だった。人が生まれ。人が死に。街が変わり。時代が変わっても。自分だけが取り残された。「……」でも。もう違う。和泉は静かに微笑んだ。「……終わったね」優士が隣で立ち止まる。「何がですか」和泉は藤の花を見上げた。風が吹く。花びらが舞う。まるで祝福みたいに。「百年前の私たち」「……」優士は何も言わなかった。ただ静かに隣へ立つ。今度は消えない。今度は離れない。その確信があった。「……私ね」和泉が小さく笑う。「ずっと待ってたんだと思う」優士を見る。泣きそうになる。でも。今日は泣かない。「帰ってきてくれるのを」「……」優士はゆっくり息を吐いた。そして。少しだけ申し訳なさそうに笑う。「待たせてしまいました」和泉は首を横に振る。「ううん」そして。百年分の想いを込めて言った。「ちゃんと帰ってきた」「……」優士の目が少しだけ潤む。百年前。言えなかった言葉。聞けなかった言葉。今度は届いた。ちゃんと。二人とも生きたまま。その時だった。風が吹く。強く。優しく。藤の花が一斉に舞い上がる。鈴の音が響く。境内を包む光。「……」和泉は目を閉じた。胸の奥で。何かが静かにほどけていく。ずっと自分を縛っていたもの。孤独。後悔。恐怖。そして。白狐の呪い。「……」不思議だった。苦しくない。怖くない。ただ。あたたかかった。優士がそっと手を握る。和泉も握り返す。生きている温度。今ここにある未来。「……帰ろうか」和泉が言う。優士は微笑んだ。「はい」その瞬間。後ろから元気な声が響く。「お母さーん!」李雨だった。「優士ー!」「置いてくぞ」奏音も少し照れながら手を振る。「……」和泉は振り返る。そこには。自分の大切な人たちがいた。帰る場所があった。灯りがあった。愛があった。優士が静かに言う。「おかえりなさい」和泉は笑う。涙を浮かべながら。でも。とても幸せそうに。「……ただいま」春風が吹く。藤の花が揺れる。空
Read more

第119話 藤宮白狐潭

春。藤の花が揺れていた。「……」九条蒼真は、一人で古い資料室にいた。静かな部屋。積み上げられた文献。古地図。古文書。そして。机の上に置かれた、一冊の和綴じ本。『藤宮白狐記』「……」九条は静かにページをめくる。百年前。いや。もっと前から続く記録。藤宮家。白狐。五芒星の結界。神主達。禁忌の恋。そして。一人の巫女。藤宮和泉。「……」最初は興味だった。伝承。神話。民俗学。それだけのはずだった。だが。実際に見てしまった。生きている伝説を。百年を越えて待ち続けた白狐を。「……」九条は小さく笑う。誰に話しても信じないだろう。論文にも出来ない。証明も出来ない。だが。それでいい。「……」ページを閉じる。すると。一枚の古い紙が落ちた。「……?」九条は拾い上げる。古い墨文字。擦れた文字。そこには、こう書かれていた。白狐は待つ。春を。帰る者を。百年を。「……」九条は静かに息を吐く。百年。長い時間だ。普通の人間なら何世代も過ぎる。それでも。和泉は待った。一人で。ずっと。「……」資料室の窓から風が吹く。藤の花びらが舞い込む。まるで。誰かが笑ったみたいに。優しく。静かに。「……終わったんですね」九条が呟く。返事はない。でも。どこかで分かる。あの白狐は、もう待っていない。「……」九条は机の上へ新しいラベルを置いた。そこには、新しい題名が書かれている。藤宮白狐譚― 藤の花は百年泣く ―前日譚。禁忌の恋。神主と白狐。失われた五つの神社。そして。百年続く呪いの始まり。「……」九条は静かに本を閉じた。物語は終わった。だが。伝承は残る。藤の花が咲くたびに。誰かが語るだろう。白狐と神主の恋を。百年越しの約束を。そして。希望の灯へ続く物語を。春風が吹く。藤の花が揺れる。遠い昔。泣いていた花は。今はもう、穏やかに咲いていた。
Read more
PREV
1
...
91011121314
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status