All Chapters of ROH-Ray of hopeー白狐・和泉の恋愛草子100年の時を超えてー: Chapter 121 - Chapter 130

134 Chapters

第120話 灯り

春の夕暮れ。空は淡い茜色に染まっていた。「……」神社からの帰り道。和泉は助手席から窓の外を見ていた。流れていく街並み。人々の暮らし。信号待ちをする車。当たり前の風景。でも。今日は少しだけ違って見えた。「……どうしました?」運転席の優士が静かに聞く。和泉は小さく笑った。「なんでもない」そう言いながら。胸の奥は不思議なほど軽かった。百年間。ずっと抱えていたもの。怒り。後悔。孤独。恐怖。それらが春風に溶けてしまったみたいだった。「……」優士は何も聞かない。ただ隣にいる。その距離が心地良かった。マンションへ戻る。エレベーターを降りる。見慣れた廊下。見慣れた玄関。「ただいまー!」李雨が元気よくドアを開ける。「お前、鍵開けるの早すぎ」奏音が苦笑する。「だってお腹すいたもん!」「それが本音か」「うん!」「……」和泉は思わず吹き出した。優士も少しだけ笑っている。リビング。夕飯の準備。今日は優士ではなく、和泉がキッチンに立っていた。「お母さん、無理すんなよ」奏音が言う。「大丈夫」「病み上がりなんだから」「分かってる」「絶対分かってない」「奏音」和泉は笑った。「ありがと」その一言に。奏音は少しだけ照れたように視線を逸らした。テーブルには料理が並ぶ。味噌汁。卵焼き。焼き魚。ごく普通の夕飯。でも。和泉には宝物みたいに見えた。「いただきます」四人の声が重なる。その瞬間。胸の奥が熱くなる。「……」昔の自分は。幸せを望んではいけないと思っていた。恋をしてはいけないと思っていた。誰かを愛したら失うと思っていた。だから。自分から諦めていた。でも。違った。失うことを恐れて。最初から手放す方が、ずっと寂しかった。「……」和泉は隣を見る。優士がいる。向かいには奏音。隣には李雨。みんな笑っている。「……どうしました?」優士が気づく。和泉は首を横に振った。そして。静かに笑った。「幸せだなって思っただけ」「……」一瞬。空気が止まる。李雨がにやにやする。奏音がむせる。優士だけが固まる。「なにその反応」和泉が笑う。「いや」奏音が咳払いする。「急に言うから」「本当のことだよ」「……」優士は少しだけ目を伏せた。そ
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第121話 灯台に照らされて

春風が吹いていた。藤の花が揺れる。窓から差し込む陽射しは、やわらかく部屋を照らしていた。「……」和泉は、朝のコーヒーを両手で包みながら静かに空を見上げた。青い空。穏やかな風。何気ない朝。でも。昔の自分が見たら、きっと信じないだろう。「お母さん!」李雨の声が響く。「優士がまた卵焼き失敗した!」「失敗ではありません」キッチンから優士の声。「形が少し自由なだけです」「それ失敗って言うんだよ」奏音が呆れた顔で言う。「……」和泉は思わず笑った。本当に。賑やかだ。優士が皿を持ってくる。少し歪な卵焼き。でも。どこか愛おしい。「どうぞ」「ありがとう」和泉は受け取る。優士が隣へ座る。その距離が自然だった。何年も前から、そこにいたみたいに。「……」和泉は小さく目を閉じる。百年前。藤の花の神社。雪の夜。別れ。孤独。そして。百年間の時間。長かった。本当に。長かった。けれど。今なら思う。全部が無駄じゃなかった。あの孤独も。あの涙も。あの恋も。全部。今日へ繋がっていた。「お母さん?」李雨が不思議そうに見る。「泣いてる?」「……泣いてないよ」和泉が笑う。でも。少しだけ目は潤んでいた。優士が気づく。何も言わない。ただ。そっと隣にいる。それだけで十分だった。窓の外。風が吹く。藤の花が揺れる。まるで。遠い昔の誰かが微笑んだみたいに。和泉は静かに立ち上がる。ベランダへ出る。春の匂いがした。空を見上げる。どこまでも青い。「……終わったね」小さく呟く。百年続いた物語。白狐の呪い。待ち続けた時間。全部。今日で終わる。後ろから足音。優士だった。「寒くありませんか」昔と同じ言葉。でも今は。悲しくない。和泉は振り返る。そして。優士へ微笑んだ。「ううん」優士が手を差し出す。和泉は、その手を取った。あたたかい。生きている温度。帰る場所の温度。「おかえりなさい」優士が言う。和泉は少し笑った。それから。ゆっくり答える。「ただいま」リビングから。李雨の声が聞こえる。「お母さーん!」奏音の呆れた声も続く。「早くしろよー」和泉は振り返る。そこには。大切な人たちがいた。帰る場所があった。愛する人がいた。未来が
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第122話 上り藤

春。 藤の花が揺れていた。 青い空。 穏やかな風。 あの日と同じ景色。 でも。 世界は少しだけ変わっていた。 「お母さーん!」 遠くから声が響く。 振り向く。 李雨だった。 もう小さな子どもではない。 少し背が伸びた。 でも。 笑顔は変わらない。 「写真撮るよー!」 「また?」 和泉が笑う。 「毎年撮ってるじゃん」 「だからだよ!」 李雨が胸を張る。 「恒例行事!」 「……はぁ」 少し離れた場所。 奏音が苦笑している。 制服姿。 背はいつの間にか優士より高くなった。 「李雨、そのうちアルバム百冊になるぞ」 「いいじゃん」 「よくない」 「奏音も来るの!」 「断る権利は」 「ない!」 和泉が思わず吹き出した。 本当に。 変わらない。 「準備できました」 優士がカメラを構える。 相変わらず真面目な顔。 でも。 昔よりよく笑うようになった。 「優士も入るの!」 李雨が言う。 「俺が撮るので」 「だめー!」 李雨が優士の腕を引っ張る。 奏音も小さく息を吐いた。 「もうセルフタイマーでいいだろ」 「賛成」 和泉も笑う。 数分後。 藤の花の下。 四人が並ぶ。 風が吹く。 花びらが舞う。 優士が隣にいる。 奏音がいる。 李雨がいる。 和泉は空を見上げた。 百年前。 ここは別れの場所だった。 泣いて。 失って。 一人になった場所だった。 でも今は違う。 「お母さんー!」 李雨が呼ぶ。 「早く!」 「はいはい」 和泉が笑う。 セルフタイマーのランプが点滅する。 十秒。 九秒。 八秒。 和泉は優士を見る。 優士も見る。 そして。 小さく笑った。 「……優士」 「はい」 「帰ってきてくれてありがとう」 優士は少し驚いた顔をした。 それから。 昔と変わらない優しい声で言う。 「ただいま」 シャッターが切れる。 その瞬間。 藤の花が風に揺れた。 長い孤独の果てに。 白狐は帰る場所を見つけた。 希望の灯は。 今日も静かに揺れている。
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第123話 選ばない未来

夜。Ray of Hope 本社。高層階の窓から見える夜景は、今日も変わらず美しかった。「……」レオンは一人でコーヒーを飲んでいた。昔なら酒だった。気分が良くても。悪くても。とりあえず酒だった。だが最近は違う。「社長」秘書が顔を出す。「明日の会議資料です」「ありがとう」「珍しいですね」「何が?」「最近、機嫌がいいです」「……そうか?」秘書は少しだけ笑った。「前より怖くなくなりました」「それ褒めてる?」「多分」そう言って部屋を出ていく。レオンは苦笑した。昔の自分なら、そんなことを言われれば不機嫌になっていた。だが今は違う。不思議なほど腹が立たない。「……」窓の外を見る。春の夜。遠くに見える街の灯り。そのどこかで。和泉は笑っているのだろう。優士と。子どもたちと。家族として。「……」胸が少しだけ痛む。完全に痛くなくなった訳じゃない。多分、一生少しは痛い。それでも。後悔はなかった。「……幸せそうだったからな」小さく呟く。和泉が笑う時。優士を見る目。あれは、自分には向けられなかったものだった。そして。それでよかった。今ならそう思える。「失礼しまーす」ノックもそこそこに入ってきたのは真希だった。「相変わらず自由だな」「レオンが真面目すぎるの」真希は勝手にソファへ座る。そして缶コーヒーを机へ置いた。「差し入れ」「またか」「感謝して」「してる」その返事に真希は少し驚いた。「……やっぱ変わった」「そうか?」「前なら“いらない”って言ってた」レオンは少し考えた。確かにそうかもしれない。昔の自分は。誰かに何かをしてもらうのが苦手だった。与える側でいたかった。支配する側でいたかった。でも。和泉を好きになって。選ばれなくて。ようやく分かったことがある。「……一人はつまらない」真希が目を丸くする。「え?」「いや」レオンは小さく笑った。「なんでもない」春風が窓を揺らす。夜景の向こう。誰かの家の灯りが見えた。帰る場所。待っている人。以前は理解できなかったもの。でも今は。少しだけ分かる。「……次は」レオンが静かに呟く。「ちゃんと選ぶか」真希が首を傾げた。「何を?」レオンは答えない。ただ窓の外を見つめる。選ばなか
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第124話 隣人

春。 昼休み。 Ray of Hope本社のカフェスペース。 真希は一人でコーヒーを飲んでいた。 「……」 窓際の席。 暖かな陽射し。 忙しい社員たち。 いつもと変わらない光景。 でも。 最近、一つだけ変わったことがあった。 「お疲れ」 聞き慣れた声。 レオンだった。 「珍し」 真希が目を丸くする。 「社長が昼休みに現れるとか」 「俺だって飯くらい食う」 「昔は会議しながらだったじゃん」 「反省した」 「誰?」 真希は吹き出した。 レオンも小さく笑う。 本当に変わった。 昔のレオンなら。 笑うより先に皮肉を言っていた。 「……」 真希は何となく彼を見る。 スーツ姿。 相変わらず格好いい。 仕事もできる。 でも。 前より肩の力が抜けている。 「なに」 レオンが気づく。 「いや」 真希はコーヒーを一口飲んだ。 「人って変わるんだなーって」 「年取っただけだろ」 「失恋しただけだろ」 「……」 レオンが黙る。 図星だった。 「ごめんごめん」 真希は笑う。 でも。 少しだけ優しい顔になった。 「ちゃんと好きだったんだね」 「……」 レオンは窓の外を見る。 春の空。 青い。 どこまでも。 「そうかもな」 静かな声。 真希は少し驚いた。 昔なら絶対認めなかった。 でも今のレオンは違う。 失ったことを。 後悔を。 ちゃんと受け止めている。 「……」 真希は思う。 和泉は選ばなかった。 でも。 あの恋は無駄じゃなかった。 少なくとも。 レオンを少し優しくした。 「ねえ」 真希が言う。 「今度ご飯行く?」 「仕事の話?」 「半分」 「残り半分は」 真希はニヤリと笑う。 「秘密」 レオンは呆れたように息を吐いた。 でも。 断らなかった。 「……考えとく」 「お、進歩」 「うるさい」 二人は少し笑う。 少し視線が絡んだ。 優しい空気が流れた。 窓の外では春風が吹いていた。 「……」 真希はふと思う。 いままでにはなかった恋愛感情。 幸せって。
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第125話 奏音と李雨の兄弟

花びらが舞った。春。新しい制服に袖を通しながら、奏音は鏡の前に立っていた。「……」高校生。少し前まで中学生だった気がする。いやそうなんだけど、なんとなく振り返る。時間は思っていたより早く過ぎていく。あっという間だ、本当に。「奏音ー!」リビングから李雨の声が聞こえる。「早くー!」「うるさい」奏音はネクタイを整える。相変わらずだ。朝から元気すぎる。「奏音ー!」「聞こえてる」「返事遅い!」「面倒くさい」「ひどい!」「……」奏音は小さく笑った。本当に変わらない。リビングへ行くと、李雨がランドセルを背負って待っていた。「見て!」「何を」「新しいキーホルダー!」「へぇ」「興味ない顔!」「あるある」そういってニヤっと笑った。「絶対ない!あと奏音、笑い方ちょっと変」優士が後ろで苦笑している。和泉は朝食を並べていた。見慣れた光景。でも。奏音は知っている。これは当たり前じゃない。数年前。優士が家へ来た頃。正直、警戒していた。野良犬が初めて人間を見た時のように。母親を傷つけるんじゃないか。またいなくなるんじゃないか。そんなことばかり考えていた。「……」でも。優士はいなくならなかった。約束したことは守った。信頼してもいいかも、しれない。病院にも来た。面談にも来た。夜遅くまで仕事しても、ちゃんと帰ってきた。李雨の宿題も見ていた。自分の進路相談も聞いてくれた。「……」気づけば。当たり前になっていた。「奏音?」和泉が不思議そうに見る。「どうしたの」「別に」奏音は席へ座る。味噌汁の湯気が上がる。優士がご飯をよそう。李雨が騒ぐ。和泉が笑う。いつもの朝。「……」ふと。思う。守られていたのは。母親だけじゃなかった。自分も。李雨も。ちゃんと守られていた。「優士」奏音が呼ぶ。「はい」優士が振り向く。「今日さ」少しだけ言葉を選ぶ。照れくさい。でも。言わないと伝わらない。「帰り遅くなる」「分かりました」「李雨迎え頼む」「はい」優士が自然に頷く。それが妙に嬉しかった。李雨が不思議そうに二人を見る。「なに?」「別に」「変なの」「李雨は気にするな」「気になるー!」和泉が笑う。優士も少し笑う。その空気を見ながら。奏音は小さ
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第126話 変わらない明日

春。日曜日。藤の花が揺れていた。藤の花はお母さんの好きな花。「お母さーん!」元気な声が境内へ響く。李雨だった。相変わらず走っている。「走らない!」和泉が慌てて声をかける。「転ぶよ!」「大丈夫ー!」「大丈夫じゃない!」案の定。数秒後。「うわっ!」転んだ。「だから言った!」奏音が呆れた顔で歩いてくる。「いてて……」李雨は立ち上がる。膝に少しだけ土がついていた。でも。泣かない。昔より少しだけ強くなった。「大丈夫ですか」優士がしゃがみ込む。「へーき!」李雨は笑った。満面の笑み。太陽みたいな笑顔。にかっと歯が見える。「……」優士も小さく笑う。少し困った感じで眉が下がる。和泉も笑う。奏音は呆れながらも安心していた。昔から。李雨は変わらない。人を笑わせる。空気を明るくする。そして。家族の真ん中にいる。「写真撮ろう!」突然、李雨が言った。「また?」和泉が笑う。「撮る!」「先月も撮った」奏音が言う。「今月も撮る!」「意味分からん」「思い出は多い方がいい!」李雨は胸を張る。自信満々だった。「将来さ!」急に言う。「おじいちゃんになったら見るの!」「気が早い」奏音が突っ込む。なんで大人じゃなくておじいちゃんなのかと。でも。和泉は少しだけ泣きそうになった。昔。百年近く生きた自分には。子供たちは半妖怪で、人間の血が強い。だから・・・またこどもが先に亡くなる、そんなそんな恐怖があった。将来なんてなかった。ただ待つだけだった。でも今は違う。来年がある。再来年がある。家族との未来がある。「お母さん?」李雨が首を傾げる。「どうしたの?」「ううん」和泉は笑った。「なんでもない」セルフタイマーをセットする。四人で並ぶ。優士。奏音。李雨。そして和泉。「いくよー!」李雨が叫ぶ。「変顔禁止」奏音が言う。「えー!」「禁止」「優士ー!」「奏音の意見に賛成です」「裏切り者!」みんなが笑う。その瞬間。シャッターが切れた。写真の中には。笑顔があった。家族がいた。帰る場所があった。李雨は写真を確認しながら笑う。「よし!」満足そうに頷く。「また来年も撮ろうね!」春風が吹く。藤の花が揺れる。和泉はその笑顔を見ながら思っ
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後日談1話 故郷

やり残したことが、ひとつ。 春の終わり。 和泉と優士は、新幹線へ乗っていた。 窓の外には、ゆっくりと流れる東北の景色。 山々。 田畑。 懐かしい空気。 「……久しぶりですか」 優士が静かに尋ねる。 和泉は窓の外を見たまま頷いた。 「うん」 小さく笑う。 「百年ぶり……は言い過ぎかな」 「十分言い過ぎです」 優士が真顔で返す。 和泉は思わず吹き出した。 緊張していた心が少しだけ軽くなる。 今回の旅に、奏音と李雨はいない。 優士の両親が預かってくれていた。 最初は李雨が大騒ぎした。 『えー!ぼくも行くー!』 『旅行じゃないんだよ』 『じゃあ修学旅行!』 『違う』 そんなやり取りを何度も繰り返した。 目的地は福島県。 藤宮家発祥の神社。 古い古い記録の残る場所。 和泉自身も、詳しい場所までは知らなかった。 だが九条の調査によって、その所在地が判明した。 午後。 二人は山間の小さな神社へ到着した。 観光客の姿はない。 石段。 杉の木。 静かな風。 そして。 境内の奥に咲く藤の花。 「……」 和泉は足を止めた。 胸の奥がざわつく。 懐かしい。 なのに思い出せない。 そんな感覚。 社務所から一人の老人が現れる。 白髪の宮司だった。 八十歳は超えているだろう。 しかし背筋は真っ直ぐ伸びていた。 「お待ちしておりました」 老人は静かに頭を下げる。 和泉は驚く。 「え……?」 「藤宮和泉様」 「……」 空気が止まる。 優士も目を細めた。 宮司は二人を見る。 まるで。 何十年も待っていた人を見るように。 「まだ終わっておらなんだか」 ぽつりと呟く。 その言葉に。 和泉の心臓が強く跳ねた。 宮司は社務所の奥へ案内した。 古い畳の部屋。 壁一面の古文書。 そして。 木箱。 「藤宮家の記録です」 宮司が静かに箱を開く。 中には和綴じの古い書物が入っていた。 優士がページをめくる。 古い文字。 読みにくい筆跡。 その中に、一つの記述があった。 白狐の呪いは、 恋によって完成する。 だが、 恋によ
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後日談2話 最後の賭け

その夜。和泉と優士は神社近くの旅館へ泊まっていた。窓の外には山の稜線。静かな虫の声。そして。机の上には昼間渡された古文書が広げられていた。「……」和泉は何度も同じページを読んでいた。読み間違いであってほしかった。勘違いであってほしかった。だが。何度読んでも内容は変わらない。永遠の誓いを交わした後、白狐は人へ還る。ただし。術の成否は不明。そう必ず成功できるとは一言もない。恐ろしい事実。「……」和泉は目を閉じる。その先の文章を見る。白狐の力を失う可能性あり。寿命が急速に人間へ近づく可能性あり。存在そのものが消滅する可能性あり。「最悪だね」小さく呟く。百年前の人間は説明が雑すぎる。その時。隣から紙を閉じる音がした。優士だった。「やめましょう」静かな声。しかし。迷いのない声だった。和泉が顔を上げる。「……優士」「危険すぎます」優士は真っ直ぐ資料を見る。「成功例も失敗例も残っていない」「うん」「つまり誰にも分からない」誰も、能力を手放して恋をしたものはいない。時期が来て継承者へ渡して眠るように死して能力が受け継がれる。優士は小さく息を吐いた。そして。珍しく強い口調で言う。「あなたを失う可能性があります」和泉の胸が少しだけ痛む。優士らしいと思った。まず自分の心配をしない。最初に和泉を心配する。「……」沈黙が落ちる。旅館の時計だけが音を刻む。和泉は窓の外を見る。春の夜空。遠くに見える藤棚。百年。長かった。本当に。長かった。人を好きになるたび怖かった。また失うと思った。また一人になると思った。そして今。ようやく手に入れた。帰る場所を。家族を。優士を。だからこそ。和泉は静かに言った。「一度だけでいいの」優士が顔を上げる。「普通の人になりたい」その言葉は。百年分の願いだった。「未来が見えなくていい」「術も使えなくていい」「特別じゃなくていい」和泉は少し笑った。涙が滲む。「優士と同じ時間を生きたい」部屋が静かになる。「十年でもいい」「二十年でもいい」「おばあちゃんになってもいい」震える声。「ただの人間として生きてみたい」優士は何も言わなかった。言えなかった。百年。和泉が何を失ったか。優士は知っている。
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後日談3話 結界

翌日。夜明け前。山の空気は冷たかった。神社の奥。普段は立ち入りを禁じられている結界地。そこへ和泉と優士は案内されていた。「ここです」老宮司が立ち止まる。そこには広い石畳があった。地面には古い紋様。そして。五つの社を模した石柱。「五芒星結界」宮司が静かに言う。「藤宮家と神宮寺家が管理していた最後の結界です」優士は周囲を見回す。不思議な感覚だった。初めて来た場所のはずなのに。懐かしい。百年前。夢で何度も見た景色に似ていた。和泉も息を呑む。胸の奥で何かがざわついていた。白狐の血が反応している。そんな感覚。夜明けとともに儀式が始まった。和泉は白装束。長い髪を結い上げる。まるで百年前の巫女そのものだった。優士も神主の正装へ着替える。白い狩衣。烏帽子。神職の姿。和泉は思わず見惚れた。「どうしました」優士が聞く。「似合う」優士は少しだけ困ったように笑った。「和泉もです」そのやり取りに。宮司が小さく笑う。「夫婦ですね」二人とも少し照れた。やがて。祝詞が始まる。古い言葉。遠い時代の祈り。風が吹く。藤の花が揺れる。五芒星の中心。和泉と優士が向き合う。宮司が静かに告げる。「永遠の誓いを」和泉は優士を見る。百年前。交わせなかった誓い。優士も和泉を見る。百年前。守れなかった人。そして。二人は静かに唇を重ねた。その瞬間だった。轟音。結界が激しく震える。「っ!?」地面が揺れる。風が渦を巻く。黒い影のようなものが結界の外に現れた。宮司の顔色が変わる。「まずい……!」次の瞬間。見えない刃が空を裂いた。優士の肩へ走る衝撃。鮮血。白い装束が赤く染まる。「優士!!」和泉が叫ぶ。鎌鼬のような傷だった。深い。神職たちが駆け寄る。「中止です!」「危険すぎる!」「結界が拒絶している!」しかし。優士は傷口を押さえながら立ち上がる。和泉が涙目で首を振る。「やめよう!」「もういい!」「優士まで失いたくない!」優士は静かに和泉を見る。百年前。ここで心が折れた。守るために離れた。逃がすしかないと思った。でも。今は違う。優士は流れる血を拭う。そして。小さく笑った。「安心しました」「……え?」和泉が目を見開く。優士は結界を見
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