春の夕暮れ。空は淡い茜色に染まっていた。「……」神社からの帰り道。和泉は助手席から窓の外を見ていた。流れていく街並み。人々の暮らし。信号待ちをする車。当たり前の風景。でも。今日は少しだけ違って見えた。「……どうしました?」運転席の優士が静かに聞く。和泉は小さく笑った。「なんでもない」そう言いながら。胸の奥は不思議なほど軽かった。百年間。ずっと抱えていたもの。怒り。後悔。孤独。恐怖。それらが春風に溶けてしまったみたいだった。「……」優士は何も聞かない。ただ隣にいる。その距離が心地良かった。マンションへ戻る。エレベーターを降りる。見慣れた廊下。見慣れた玄関。「ただいまー!」李雨が元気よくドアを開ける。「お前、鍵開けるの早すぎ」奏音が苦笑する。「だってお腹すいたもん!」「それが本音か」「うん!」「……」和泉は思わず吹き出した。優士も少しだけ笑っている。リビング。夕飯の準備。今日は優士ではなく、和泉がキッチンに立っていた。「お母さん、無理すんなよ」奏音が言う。「大丈夫」「病み上がりなんだから」「分かってる」「絶対分かってない」「奏音」和泉は笑った。「ありがと」その一言に。奏音は少しだけ照れたように視線を逸らした。テーブルには料理が並ぶ。味噌汁。卵焼き。焼き魚。ごく普通の夕飯。でも。和泉には宝物みたいに見えた。「いただきます」四人の声が重なる。その瞬間。胸の奥が熱くなる。「……」昔の自分は。幸せを望んではいけないと思っていた。恋をしてはいけないと思っていた。誰かを愛したら失うと思っていた。だから。自分から諦めていた。でも。違った。失うことを恐れて。最初から手放す方が、ずっと寂しかった。「……」和泉は隣を見る。優士がいる。向かいには奏音。隣には李雨。みんな笑っている。「……どうしました?」優士が気づく。和泉は首を横に振った。そして。静かに笑った。「幸せだなって思っただけ」「……」一瞬。空気が止まる。李雨がにやにやする。奏音がむせる。優士だけが固まる。「なにその反応」和泉が笑う。「いや」奏音が咳払いする。「急に言うから」「本当のことだよ」「……」優士は少しだけ目を伏せた。そ
Read more