All Chapters of ROH-Ray of hopeー白狐・和泉の恋愛草子100年の時を超えてー: Chapter 51 - Chapter 60

109 Chapters

第50話 名前をつける

車は、ゆっくりと止まる。見慣れた住宅街。和泉の家の前。エンジンはまだ切られていない。静かな振動だけが、残っている。「……着いたね」和泉が、小さく言う。さっきまでの余韻が、まだ残っている声。優士は、すぐには答えない。前を見たまま。少しだけ、息を整える。「……和泉さん」低く呼ぶ。その一言で、空気が変わる。和泉は、視線を向ける。「なに?」優士は、ほんの一瞬だけ迷う。でも。今回は、止まらない。「曖昧にしたくありません」はっきりと言う。逃げない。言い切る。和泉の呼吸が、わずかに止まる。予想していた言葉。でも。実際に聞くと、少しだけ違う。重さがある。「……うん」小さく返す。そのまま、続きを待つ。優士は、ゆっくりと視線を向ける。真正面から。「この関係に、ちゃんと名前をつけたいです」静かに言う。落ち着いた声。でも。中にあるものは、隠れていない。和泉は、少しだけ目を細める。逃げない。「……それって」わかっているのに、聞く。優士は、頷く。「俺と、付き合ってください」短く。でも、まっすぐに。言い切る。その一言で、すべてが整う。今までの曖昧さが、形になる。和泉は、少しだけ息を吐く。力が抜ける。それから。少しだけ笑う。「……今さら?」意地悪みたいに言う。でも。声はやわらかい。優士も、わずかに口元を緩める。「はい」短く答える。それだけで、十分だった。和泉は、視線を落とす。自分の手を見る。少しだけ、震えている。でも。怖くない。「……うん」顔を上げる。優士を見る。「よろしくお願いします」はっきりと言う。迷いなく。その言葉で、すべてが決まる。優士の呼吸が、わずかに変わる。でも。大きくは動かない。「……こちらこそ」静かに返す。そのまま。少しだけ距離が近づく。自然に。今度は、迷いがない。優士の手が、そっと和泉の手に触れる。軽く。でも。離さない。和泉も、引かない。そのまま、握り返す。はじめての、はっきりした形。「……これで」和泉が、小さく言う。優士は、応じる。「はい」「ちゃんと、決まったね」その言葉に、少しだけ笑う。優士も、ほんのわずかに笑う。「そうですね」短く。でも。どこか安心した声。外は、もう完全に夜。
last updateLast Updated : 2026-04-17
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第51話 割り込む影

昼休みの終わり。人の流れが、ゆっくりと戻り始める時間。和泉は、資料を手に持ったまま、廊下を歩いていた。「……」さっきの会話を、思い出している。——優士さん。名前を呼ぶだけで、少しだけ心が落ち着く。「……ほんとに」小さく呟く。昨日のことが、まだ現実に追いついていない。それでも。ちゃんと、変わった。確実に。そのとき。視界の端に、見覚えのある影が入る。足が、止まる。「……」ゆっくりと、視線を向ける。そこにいたのは——レオン。壁にもたれたまま、腕を組んでいる。動かない。ただ、こちらを見ている。「……なんで」小さく漏れる。ここにいる理由が、すぐにはわからない。レオンは、少しだけ口元を動かす。笑っているわけじゃない。でも。どこか余裕がある。「久しぶりだな」低く言う。その声だけで、空気が変わる。和泉は、何も返せない。ただ、立っている。レオンは、ゆっくりと身体を起こす。一歩、近づく。距離が、詰まる。「……顔、変わったな」ふと、そんなことを言う。和泉は、眉を寄せる。「……なにそれ」警戒が混じる。レオンは、肩をすくめる。「わかりやすい」短く言う。それだけで、全部見透かされている気がする。「……用件は?」はっきり聞く。逃げない。レオンは、少しだけ目を細める。それから。「もう、決めたのか」唐突に言う。核心だけを、突く。和泉の呼吸が、わずかに止まる。「……」答えない。でも。それが答えになる。レオンは、小さく息を吐く。「そうか」それだけ。でも。どこかだけ、空気が変わる。「……あいつか」名前は出さない。でも、わかる。和泉は、ゆっくりと頷く。「……うん」はっきりと。逃げない。レオンは、一瞬だけ視線を逸らす。それから、戻す。「……で?」低く言う。「満足してるのか」挑発でもない。確認でもない。ただ、聞いている。和泉は、少しだけ考える。それから。「……してる」迷わず答える。その言葉に、嘘はない。レオンの目が、わずかに揺れる。ほんの一瞬だけ。でも。すぐに消える。「……そうかよ」小さく言う。それだけ。そのまま、視線を外す。一歩、横にずれる。道を、開ける。通れ、という意味。でも。完全には終わっていない空気。和泉は、
last updateLast Updated : 2026-04-17
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第52話 試される距離

「……でね、それがさ——」李雨の声が、弾む。食卓は、いつも通り賑やかだった。奏音は相槌を打ちながら、少しだけ呆れた顔をしている。「それ、絶対盛ってるだろ」「盛ってないって!」軽いやり取り。笑い声。変わらない日常。「……」和泉も、ちゃんと笑っている。自然に。無理じゃない。でも。ほんの少しだけ、違う。——優士さん。名前が浮かぶだけで、胸の奥が温かくなる。昨日までとは、違う意味で。「お母さん?」呼ばれて、はっとする。「なに?」「なんか今日、ぼーっとしてる」李雨がじっと見てくる。「してないよ」すぐに返す。でも。少しだけ遅れたのは、自分でもわかる。「……ふーん」李雨が、にやっとする。嫌な予感がする顔。「なにその顔」「別にー」絶対に“別に”じゃない。でも、追及はしない。今はまだ。「……」和泉は、小さく息を吐く。守るものがある。ちゃんと。その感覚が、少しだけ心地いい。夜。子どもたちが寝静まったあと。部屋に戻る。静かな時間。スマホに手を伸ばす。画面がつく。——優士。短いメッセージが並ぶ。他愛ないやり取り。でも。どれも少しだけ近い。『今日はありがとうございました』『気をつけて帰ってください』そんな言葉が、少しずつ変わっていく。『無事に着きましたか』それだけなのに。距離が違う。「……」指が、少しだけ止まる。返したい。でも。言葉を選ぶ。その時間すら、少し楽しい。そのとき。——別の通知が入る。画面の上に、表示される名前。「……」一瞬で、空気が変わる。レオン。短いメッセージ。『少し話せるか』それだけ。余計な言葉はない。いつも通り。でも。重い。「……」和泉は、スマホを見つめる。少しだけ、迷う。開くか。無視するか。関係ない。そう思ったはずなのに。——まだ終わったと思うなよ。あの言葉が、よぎる。「……」小さく息を吐く。それから。画面を閉じる。返信は、しない。そのまま、スマホを置く。ベッドに座る。「……関係ない」もう一度、言う。さっきよりも、はっきりと。優士と決めた。自分で選んだ。そのはず。でも。完全には、消えない。「……」もう一度、スマホに手を伸ばす。今度は、優士のトーク画面。少しだけ迷って。
last updateLast Updated : 2026-04-18
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第53話 揺さぶる声

仕事を終えて、外に出る。夜の空気は、少しだけ冷えていた。昼間のざわめきが嘘みたいに、静かだ。「……」和泉は、少しだけ息を吐く。今日一日、何も起きていない。それでも。どこか落ち着かなかった。理由は、わかっている。——レオン。あのメッセージ。返信していない。それで終わるはずだった。そのはずなのに。「……」足を止める。気配が、ある。視線を向ける。街灯の下。影が、ひとつ。壁にもたれている。見慣れた姿。「……やっぱり」小さく呟く。レオンは、ゆっくりと顔を上げる。視線が合う。逃げ場はない。「無視か」低く言う。責めているわけじゃない。事実を言っているだけ。和泉は、一歩近づく。逃げない。「……用件は」はっきり聞く。距離は、保ったまま。レオンは、少しだけ笑う。ほんの一瞬。「話がしたいって言っただろ」淡々と返す。それだけ。「……ここで?」和泉が聞く。レオンは、肩をすくめる。「どこでもいい」興味がないように言う。でも。視線は外さない。「……」少しだけ、沈黙。和泉は、息を整える。それから。「短くして」そう言う。レオンは、わずかに目を細める。それだけで、十分だと判断したみたいに。「……あいつと、付き合ったのか」核心。直球。逃げ道はない。和泉は、迷わない。「……うん」短く答える。はっきりと。レオンの視線が、わずかに動く。ほんの一瞬。でも。すぐに戻る。「そうか」それだけ。感情は見せない。でも。完全に何もないわけじゃない。「……で?」和泉が言う。逃げない。レオンは、ゆっくりと身体を起こす。一歩、近づく。距離が詰まる。でも。触れない。「それで終わりだと思ってるのか」低く言う。和泉の心臓が、少しだけ跳ねる。でも。視線は逸らさない。「終わりだよ」はっきりと言う。間違えない。レオンは、ほんの少しだけ息を吐く。それから。「本気か?」確認するみたいに。和泉は、頷く。「うん」迷いはない。その答えに、嘘はない。レオンは、しばらく何も言わない。ただ、見ている。その視線が、少しだけ重い。「……あいつでいいのか」ぽつりと落とす。和泉は、少しだけ眉を寄せる。「……どういう意味」レオンは、視線を逸らさない。「優しい
last updateLast Updated : 2026-04-18
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第54話 奪うか選ばれるか

夜の空気が、少しだけ重い。ビルの外。人の流れが途切れた時間。優士は、足を止める。視線の先。そこに、立っている男。「……やっぱり来るか」低い声。レオンは、壁にもたれたまま動かない。ただ、こちらを見ている。「お前か」短く言う。それだけで、空気が張る。優士は、距離を詰めない。一定の位置で止まる。「何の用ですか」淡々と聞く。感情を乗せない。レオンは、小さく笑う。ほんの一瞬。「決まってるだろ」身体を起こす。ゆっくりと一歩、近づく。距離が縮まる。「和泉だ」はっきりと言う。名前を、奪うみたいに。優士は、表情を変えない。「そうですか」短く返す。それだけ。レオンの目が、わずかに細くなる。「随分余裕だな」挑発。優士は、視線を逸らさない。「余裕ではありません」静かに言う。「必要がないだけです」その一言で、空気が変わる。レオンの眉が、わずかに動く。「……必要がない?」低く繰り返す。優士は、頷かない。ただ、言葉を続ける。「和泉さんは、選んでいます」はっきりと。迷いなく。レオンの視線が、鋭くなる。「誰を?」わかっているのに、聞く。優士は、間を置かない。「俺をです」言い切る。その言葉に、揺らぎはない。レオンが、一歩近づく。距離が、さらに詰まる。「……それで満足か?」低く言う。圧がかかる。でも。優士は動かない。「満足ではありません」静かに返す。「信じているだけです」その一言に、温度がある。レオンは、ほんの一瞬だけ黙る。その間が、長い。「……綺麗事だな」吐き捨てるように言う。優士は、否定しない。「そうかもしれません」受け入れる。その上で。「でも、それで選ばれています」また、同じところに戻る。揺れない。レオンの拳が、わずかに動く。でも。振り上げない。抑える。「……あいつは」ぽつりと落とす。「俺の女だ」その言葉が、空気を裂く。優士の目が、ほんのわずかに細くなる。初めての変化。「違います」即答。間を置かない。レオンの視線が、刺さる。優士は、まっすぐに返す。「和泉さんは、物ではありません」はっきりと言う。静かに。でも。絶対に折れない声。「誰のものでもない」続ける。「だから、自分で選んでいます」その言葉で、すべて
last updateLast Updated : 2026-04-19
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第55話 選択

夜の空気が、張り詰めている。街灯の下。三人の距離が、微妙に均衡を保っていた。誰も動かない。誰も、先に口を開かない。「……来い」レオンが、低く言う。命令みたいに。でも、声は荒くない。ただ、まっすぐだ。和泉は、視線を向ける。その言葉の意味は、わかっている。迷いも、意図も。全部。「……」次に、優士を見る。優士は、何も言わない。立っているだけ。視線は、逸らさない。でも。何も求めない。何も強制しない。ただ、そこにいる。——選べるように。その沈黙が、一番強い。「……」心臓の音が、大きくなる。どちらが正しいかなんて、もうわかっている。最初から。それでも。ほんの一瞬だけ、時間が止まる。レオンが、もう一歩踏み出す。距離が近づく。「……来いよ」もう一度。今度は少しだけ低く。優士は、動かない。一歩も。ただ、見ている。「……」和泉は、息を吐く。それから。一歩、前に出る。レオンの方へ——ではない。優士の方へ。そのまま。迷わず。手を伸ばす。優士の手を、取る。しっかりと。はっきりと。離さない。「……」空気が、変わる。レオンの足が、止まる。完全に。優士は、驚かない。ただ、その手を受け止める。強く握り返さない。でも。離さない。「……これが答えです」和泉が、静かに言う。声は震えていない。もう、揺れていない。レオンは、何も言わない。ただ、見ている。その視線の奥で、何かが崩れる。でも。表には出さない。「……そうか」やっと、落ちる言葉。短く。それだけ。和泉は、目を逸らさない。優士も、同じように立っている。逃げない。三人の距離が、そこで止まる。それ以上、近づかない。それ以上、離れない。レオンが、小さく息を吐く。それから。ほんの少しだけ、口元を緩める。「……いい顔するな」低く言う。皮肉じゃない。本音に近い。そのまま。一歩、下がる。距離を戻す。「……あいつを選んだか」確認みたいに。でも。もうわかっている。和泉は、頷く。「うん」はっきりと。迷いなく。レオンは、それ以上何も言わない。そのまま、背を向ける。歩き出す。止まらない。振り返らない。「……触れなかったのが、負けか」小さく、呟く。誰に聞かせるでもなく。
last updateLast Updated : 2026-04-19
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第56話 解ける夜

レオンの気配が、完全に消えたあと。夜は、少しだけ静かになった。さっきまで張り詰めていた空気が、嘘みたいに緩む。「……」和泉は、小さく息を吐く。気づかないうちに、力が入っていた。そのまま。ふと、手元を見る。——繋いだままの手。まだ、離していない。「……」少しだけ、恥ずかしくなる。でも。離したくはない。優士も、同じように何も言わない。ただ、そのまま歩いている。合わせるように。自然に。「……優士さん」小さく呼ぶ。優士は、すぐに応じる。「はい」声が、少しだけやわらかい。さっきまでとは違う。「……終わったね」和泉が言う。確認するみたいに。優士は、少しだけ考える。それから。「一つは」静かに答える。和泉が、少しだけ笑う。「なにそれ」優士も、わずかに口元を緩める。「まだ、全部ではありません」現実的な言葉。でも。不安にはならない。その言い方が、優士らしいから。「……そっか」小さく頷く。そのまま。少しだけ、手に力を込める。ほんの少しだけ。優士の指が、応える。同じように。それだけで、伝わる。「……さっきさ」和泉が、ぽつりと話す。優士は、黙って聞く。「ちょっとだけ、怖かった」正直に言う。隠さない。優士は、歩みを少しだけ緩める。それから。「すみません」小さく言う。和泉は、首を横に振る。「違うよ」すぐに否定する。「優士さんのせいじゃない」はっきりと。そのまま。少しだけ視線を上げる。「……でもね」言葉を続ける。「一緒にいたから、大丈夫だった」その一言に、全部が詰まっている。優士は、何も言わない。でも。手の力が、ほんの少しだけ強くなる。それが答え。「……」少しだけ沈黙。でも。今度は心地いい。無理に埋めなくていい。その距離。「……和泉さん」優士が、静かに呼ぶ。和泉は、視線を向ける。「なに?」優士は、少しだけ迷う。でも。言葉を選んで、落とす。「先ほどのことですが」少しだけ硬い言い方。でも。真剣な声。和泉は、少しだけ身構える。「うん」優士は、ゆっくりと続ける。「改めて、言わせてください」一歩、立ち止まる。和泉も、止まる。距離が、近くなる。街灯の光が、二人を照らす。「……俺は、あなたを選びます」静かに言う。は
last updateLast Updated : 2026-04-19
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第57話 コイビト

休日の午後。春の光が、やわらかく街を包んでいる。「……」並んで歩く。距離は、近い。でも。触れてはいない。「……あの」和泉が、小さく口を開く。優士は、すぐに応じる。「はい」それだけで、少し安心する。でも。何を話すかは、決めていない。「……」沈黙が落ちる。気まずいわけじゃない。でも。どこか、落ち着かない。——恋人、なんだよね。ふと、そんなことを考える。昨日までとは違う関係。それなのに。どうすればいいのか、わからない。「……和泉さん」優士が、静かに呼ぶ。和泉は、少しだけ驚く。「なに?」優士は、少しだけ視線を落とす。それから。「距離が、少し遠い気がします」真面目に言う。その言い方に、思わず笑いそうになる。「なにそれ」少しだけ、笑う。優士は、表情を変えない。でも。ほんの少しだけ、困っている。「……そうでしょうか」本気で言っている。「うん」和泉は、素直に頷く。でも。どうすればいいのかは、やっぱりわからない。「……」少しだけ、間。優士が、ほんのわずかに動く。手が、少しだけ近づく。でも。触れない。止まる。「……」和泉も、気づく。その動きに。その意図に。「……優士さん」小さく呼ぶ。優士は、すぐに応じる。「はい」和泉は、少しだけ息を吐く。それから。「……いいよ」短く言う。優士が、ほんの一瞬だけ止まる。「……何がですか」真面目に聞いてくる。和泉は、少しだけ笑う。「手」それだけ。言ってから、少しだけ照れる。優士の目が、わずかに揺れる。それから。ゆっくりと、手を伸ばす。今度は、止まらない。そっと、触れる。指先が、重なる。「……」少しだけ、力が入る。でも。強すぎない。ちょうどいい。和泉も、握り返す。その瞬間。さっきまでの距離が、消える。「……」二人とも、何も言わない。でも。それでいい。「……慣れませんね」優士が、ぽつりと言う。和泉は、笑う。「うん」素直に認める。そのまま。少しだけ歩く。手を繋いだまま。自然に。「……でも」和泉が、小さく言う。優士は、聞く。「はい」「嫌じゃない」その一言に、全部が詰まっている。優士は、少しだけ目を細める。それから。「……よかったです」静かに返す。その声
last updateLast Updated : 2026-04-20
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第58話 息子の視線

夕方の光が、リビングに差し込む。「ただいま」和泉が、いつも通りの声で言う。でも。ほんの少しだけ、軽い。「おかえりー」李雨が、ソファから顔を上げる。その隣で、奏音がちらりと視線を向ける。「……」一瞬だけ、間。すぐに、視線が戻る。でも。何かが違う。「……なに」和泉が、靴を脱ぎながら聞く。李雨が、にやっとする。「別にー?」絶対に“別に”じゃない顔。「……その顔やめて」軽く言う。でも、内心は少しだけ落ち着かない。「なんかさー」李雨が、わざとらしく言葉を引き伸ばす。「今日のお母さん、機嫌いいよね」核心を突いてくる。「……そう?」平静を装う。でも。少しだけ遅れた。奏音が、静かに口を開く。「いいと思うよ」短く言う。否定じゃない。でも。それだけで終わらない気配。「……なにその言い方」和泉が、少しだけ眉を寄せる。奏音は、少しだけ肩をすくめる。「別に」李雨と同じ答え。でも。意味は違う。「……」和泉は、ため息をつく。なんとなく、読まれている気がする。それでも。まだ何も言われていない。「……ご飯どうする?」話題を変える。逃げるみたいに。「もうあるー」李雨が答える。「奏音が作ってくれた」「え」少しだけ驚く。「すごいじゃん」素直に言う。奏音は、少しだけ視線を逸らす。「……普通」照れている。「ありがと」和泉が笑う。そのまま、キッチンに向かう。「……」背中に、視線を感じる。振り返らない。でも。確実に見られている。「……ねえ」李雨が、小さな声で言う。奏音にだけ聞こえるように。「絶対なんかあるよね」奏音は、少しだけ考える。それから。「……あるだろうね」静かに言う。断定に近い。「だよねー」李雨が、にやっとする。「どうする?」楽しそうに聞く。奏音は、少しだけ目を細める。それから。「……様子見」短く言う。それだけ。でも。それが一番正しい。「えー」李雨が不満そうにする。「つまんない」「今は、いい」はっきり言う。その一言で、終わる。「……ふーん」李雨は、納得していない顔。でも。それ以上は言わない。キッチンから、和泉の声が聞こえる。「ご飯、できてるよー」「はーい」二人が同時に返す。いつも通り。でも。少しだけ
last updateLast Updated : 2026-04-20
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第59話 顔合わせ

休日の午後。公園は、穏やかな光に包まれていた。「……」和泉は、少しだけ落ち着かない。隣には、優士。そして。少し前を歩く、奏音と李雨。——なんでこうなったんだっけ。きっかけは、ほんの軽い一言だった。「今度、一緒にどこか行きますか」優士の、いつも通りの提案。それに。「……じゃあ、公園とか?」和泉が、軽く返した。そこまではよかった。問題は、そのあと。「子どもたちも、いいですか」——そこ。断る理由もなくて。気づけば、こうなっていた。「……」和泉は、ちらっと優士を見る。表情は変わらない。いつも通り。でも。ほんの少しだけ、空気が違う。「……大丈夫ですか」優士が、小さく聞く。和泉は、少しだけ笑う。「どっちが?」「両方です」真面目に返してくる。思わず、少しだけ力が抜ける。「……たぶん」曖昧に答える。正直、自分でもわからない。「……」前を歩く二人が、同時に振り返る。「ねえ」李雨が、じっと優士を見る。まっすぐ。遠慮なし。「はい」優士が応じる。その瞬間。距離が、一気に縮まる。「お母さんの知り合い?」直球。和泉の心臓が、一瞬止まる。「……そうだよ」少しだけ遅れて答える。嘘じゃない。でも。全部じゃない。「ふーん」李雨が、じっと見つめる。そのまま、一歩近づく。さらに近い。「……」優士は、動かない。逃げない。ただ、そのまま受け止める。「名前は?」質問が続く。容赦ない。「優士と申します」丁寧に答える。少しだけ、固い。「ふーん」李雨は、納得したような顔。でも。まだ終わらない。「何してる人?」さらに踏み込む。「会社員です」簡潔に。嘘はない。「へー」少しだけ興味が薄れる。でも。完全には終わらない。その横で。奏音が、黙って見ている。何も言わない。ただ、観察している。その視線が、少しだけ鋭い。「……」優士は、そちらにも気づく。でも。何も言わない。必要がないから。「……」しばらくして。奏音が、ゆっくりと口を開く。「……母に、何か用ですか」言い方は丁寧。でも。中身は違う。和泉が、息を飲む。優士は、少しだけ間を置く。それから。「はい」はっきりと答える。逃げない。「これからも、関わっていきたいと思っています」
last updateLast Updated : 2026-04-21
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