冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない のすべてのチャプター: チャプター 91 - チャプター 100

100 チャプター

第91話

美羽は、部屋に入ってきた翔平を見た。翔平は柚葉を抱いて歩み寄ると、美羽の隣にそっと寝かせた。美羽は顔を向け、柚葉に慈しむような優しい笑みを浮かべた。その拍子に、柚葉も声を立てて笑った。抱きしめたいと強く願ったが、今の美羽は体を動かすことすらままならない。澪も柚葉を見つめながら目尻を下げた。自分も抱っこしたくてたまらなかったが、結局ぐっとこらえた。母親である美羽の傍らで、柚葉はすぐにまた目を閉じて眠りについてしまった。美羽は力のない瞳で翔平を見上げ、「名前は?」と尋ねた。翔平は「柚葉だ」と答えた。美羽は口の中で「柚葉……」と繰り返した。とても素敵な名前だ。美羽は澪に頼んで、自分と柚葉とのツーショットを撮ってもらった。翔平は再び柚葉を抱き上げると、「ゆっくり休め」と美羽に言った。そう告げると、柚葉を抱いたまま、病室を後にした。それから3日が過ぎた。美羽の容体は徐々に良くなり、自力で起き上がれるほどにはなったが、念のためもう少し入院することになった。柚葉はすでに中山家へと連れ帰られている。隆と直美がお見舞いに来てくれたが、柚葉には会えず、美羽は写真を見せることしかできなかった。「体調を第一に考えて、ゆっくり休め」と隆が声をかける。それ以上、何を言ってもしょうがないことだった。美羽は小さく頷き「分かっています」と返した。入院中、直美は毎日顔を出して話し相手になってくれた。悠斗も時折姿を見せては、月見ヶ丘で専属のスタッフが柚葉を世話し、中山家の人たちも次々と対面に来ていることを報告してくれた。今、中山家は喜びの雰囲気に包まれているという。美羽はここ数日、翔平とも連絡をとっておらず、柚葉が今どうしているのかも分からない。ただ「すべて順調だ」と聞き、胸を撫で下ろした。悠斗自身、思うところは多々あったはずだが、それを美羽の前で表に出すことはなかった。かつての中山家は、身内びいきで強引なところがあるのが当たり前だと信じ切っていたからだ。しかし今は、美羽の立場に立ってその傲慢さと冷たさをまざまざと感じている。中山家にとって利益にならなければ、たとえ迎え入れた嫁であろうとこれほど無慈悲に扱えるのか、と。悠斗は美羽の耐え難い辛さと、娘と離れた寂しさを痛いほど感じ取っていた。それでもお互い
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第92話

涼太が車を回してきたのを見て、正人は美羽を乗せた車椅子を押して、スロープを下りた。車の前に来ると、涼太は腰を曲げ、美羽を抱き上げた。澪もそばで支えながら慎重に車内へと運び入れた。涼太の車が出発してから、翔平の運転手も自分の車に乗り込んだ。彼はスマホを取り出し、翔平に電話をかけた。「社長。奥様はご実家へ戻られました」電話の向こう側。翔平はソファに座り、ベビーベッドで眠りについたばかりの柚葉をじっと見つめていた。小さな手が彼の小指を握っている。翔平はその体勢のまま動かない。柚葉は日ごとに表情を変え、どんどん可愛らしくなっていた。報告を聞くと、翔平は何も言わず、電話を切った。美羽は実家で澪に手厚く介護されており、体調は順調に回復していた。澪は、このところ朝早くから夜遅くまで世話をしてくれ、顔に疲れが見え、目の下のクマもくっきりと出ている。それを見て、美羽は心苦しくなった。「澪さん、このところずっと迷惑かけっぱなしでごめんね」「何言ってるの?家族なんだから、そんな気遣い不要よ」美羽は不意に手を伸ばして彼女を抱きしめ、その胸に顔を埋めてつぶやいた。「お母さん」澪は途端に目を潤ませ、美羽の髪を優しく撫でながら声を詰まらせた。「いい子ね」もうすぐ受験シーズンを迎える。街はどこもかしこも受験生を応援する広告で溢れていた。美羽は、涼太が以前自分をネットで叩いていた連中を訴えたことを知った。正人と澪もそれを知り、なぜあんなタイミングで美羽が倒れ、出産に至ったのかが合点し、二人とも怒りに震えた。正人は思わず暴言を吐いた。「翔平さんも、とんでもないクズだな」以前ならどれほど怒っても暴言は慎んでいた正人だったが、今回ばかりは我慢ならなかった。お金を突き返して、柚葉の養育権を今すぐこちらに移してやりたいという気持ちでいっぱいだった。祖父である自分が、病院で柚葉と対面したあの日、ただ遠目に見るだけで、抱っこすることすらできなかったのだから。とはいえ、それは勢いに任せた言葉だった。お金を返したところで、柚葉が戻ってくるわけではない。冷静になった澪が、なんとか正人を宥めた。「提訴の手続きは全て順調に進んでいて、今、相手側から賠償金を出すという連絡があった。美羽はどうしたい?」涼太は、これほどスムーズに話が
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第93話

電話がつながると、美羽は電話の向こうから聞こえる柚葉の泣き声を聞いて、胸が締め付けられる思いがした。なるべく柚葉のことを考えないようにしていたが、夜になるたび、どうしても柚葉の写真を眺めては涙を流してしまう。そんな今の美羽にとって、はっきりと聞こえる泣き声は、何より心に突き刺さった。一瞬、時間が止まった。美羽の耳には、翔平の声は入ってこなかった。「美羽!」翔平の声が一段と低くなった。美羽はようやく我に返ると、呼吸を整えて口を開いた。「離婚届を早めに送ってほしいの。外に出るのは大変だし、早くはっきりさせた方がいいから」受話器からは、相変わらず柚葉の泣き声と、ベビーシッターがなだめる声が聞こえてくる。「人を通して送る」「分かった」電話を切りスマホを置くと、美羽の頬を涙が伝った。拭いても拭いても、次から次へと溢れ出す。静まり返ったリビングで、すすり泣く声だけが響き、最後には自分の体を抱きしめて声を上げて泣いた。昼過ぎ、正人と澪が戻ってきた。美羽はすでに涙を拭い、ベッドで休んでいた。澪が買ってきたばかりの温かい焼き芋を手に、部屋に入ってくる。「焼きたてよ。冷めないうちに食べてね」美羽は「ありがとう、お母さん」と答えた。澪は微笑んで、昼食の支度をするためにキッチンへ向かった。早めに仕事を切り上げた直美がお見舞いにやってきた。たくさんの贈り物を持って、明日には深津市に戻るのだという。同じ日に隆と大輔が顔を見せに来た。隆も深津市出身で、直美と一緒に戻るそうだ。夕食を終えて、皆が帰っていく。「美羽さん、また帰ってきたらね」「ええ、またね」「……」2日後。美羽のもとに翔平が手配した離婚届が届いた。美羽は署名をした。この間違いだらけの関係を、これで終わりにしようと決めたのだ。署名が済むと、受け取りに来た担当者に渡した。翔平のもとにサイン入りの書類がすぐに戻ってきて、彼はそれをじっと見つめていた。その時、ベビーシッターが書斎に入ってきた。「翔平様、また柚葉様が泣いてしまわれて……」最近の柚葉は理由もなく泣くことが増え、翔平があやさないとなかなか泣き止まないのだ。翔平は離婚届を机に置き、足早に部屋を出た。柚葉のベビーベッドは、翔平の寝室に置かれている。寝室に戻
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第94話

気づけば、1月も終わりに近づいていた。澪は朝から、温かい料理の下ごしらえや作り置きに取りかかり、正人と涼太も買い出しや下準備を任され、気づけば三人とも手を休める間もなく動き回っていた。そんな中、悠斗が手土産を持って挨拶に訪れた。勲に頼まれて持ってきた贈り物や健康食品もあった。澪と正人は、そんな悠斗を笑顔で迎え入れた。「美羽は今、部屋にいるから。行ってあげて」「分かりました」悠斗がノックをして部屋に入ると、美羽はベッドでくつろいでいた。手元には編みかけのマフラーがある。イチゴ柄の、ふわふわして温かそうな毛糸だった。小さめのサイズからして、子供用のようだ。最近の美羽は、暇さえあればこうして編み物をしている。美羽が顔を上げて微笑んだ。「来てくれたのね」悠斗は事前に電話で連絡を入れていた。悠斗がドアを閉めて近づくと、美羽の血色が良く、実家で大事にされていることが一目で分かった。「時間がある時に編み物でもしてたの?」美羽は静かに頷く。「静養中も退屈でね。何か作業でもしていないと落ち着かなくて」悠斗はソファに座り、美羽ととりとめもない話を始めた。「翔平さんから、離婚を切り出されたの?」不意に悠斗が問いかけた。美羽の手が止まる。彼女は静かに頷いた。「離婚届は、もうサインしたわ」悠斗は伏し目がちに、指先を強く握りしめた。「何か、慰謝料のような話は?」美羽は小さく笑い、首を振った。「向こうから出すと言われても、私は受け取るつもりなんてないわ」自分のものでないものを手に入れれば、必ず代償を払うことになる。翔平に借りを作りたくなかったのだ。悠斗は、それ以上何も尋ねなかった。正午過ぎ、悠斗は昼食を共にし、今井家を後にした。出発の間際だった。美羽は悠斗に一つの袋を渡した。中には手編みのマフラー2本と子供用の帽子、以前購入したお人形、直美から贈られたブレスレットが入っている。「柚葉にはもう何もいらないくらい溢れているけれど……これを預かってもらえるかしら?」悠斗はしっかりと受け取った。「任せて」定期的な家族団らんの夜がやってくる。中山家の本邸。新しい命が誕生したことで家中はかつてないほど活気づいており、母親の不在を感じさせることはなかった。悠斗は2階から、下の階から聞こえる笑い声
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第95話

翔平は表情ひとつ変えず、悠斗の言葉を聞きながら、落ち着いた声でこう言った。「美羽のために、身内である祖父母や年長者に対して、そんなひどい言いがかりをつけていいと思っているのか?」悠斗は目を見開いて、翔平を見つめた。翔平は言葉を続けた。「彼女の気持ちを慮るのは構わない。だが、中山家は、お前の鬱憤を晴らすための場所じゃない。お前もまた、中山家の一員なのだから。もう子供じゃない。会社を経営し、一端の責任ある立場だ。言動にはもっと冷静になるべきだぞ」悠斗は指先に力を込め、ゆっくりと目を伏せた。表情は強張ったままで、それ以上何も口にはしなかった。場には沈黙が流れた。その時、使用人が2階に上がり、「翔平様、悠斗様、お食事が用意できました」と声をかけた。翔平は組んでいた足を解き、手元にあった紙袋を使用人に預けた。「俺の部屋に置いておいてくれ」使用人は両手で丁寧に受け取り、「承知いたしました」と答え、立ち去った。翔平は、椅子に座ったまま動かない悠斗を見下ろして促した。「いつまでそこに座っているつもりだ?」悠斗はスマホをポケットにしまい込み、腰を上げた。二人は一緒にダイニングへ向かった。食卓からは湯気が上がり、誰もが顔に笑顔を浮かべていた。柚葉を抱いた剛は、普段の厳しい表情が嘘のように、シワの刻まれた顔を慈愛に満ちた笑顔でいっぱいにしていた。日和がおもちゃで遊んであげると、柚葉がキャッキャと声を上げた。その場にいた全員が、思わず笑みをこぼした。今日が特別な日だと察しているのか、柚葉は一日中ずっといい子にしていて、ぐずることなく、あやす大人たちに満面の笑みを向けていた。無邪気な子供の笑顔は、そこにいる全員の心を和ませていた。「私に抱っこさせて」日和が柚葉をせがんだ。剛は首を振った。「さっき抱っこしたばかりだろ?」日和は剛を睨むと、柚葉に向かって話しかけた。「柚葉ちゃん、ひおばあちゃんに抱っこされたいわよね?」翔平が近づいた。「おじいさん、代わりますよ。さあ、みんなでご飯にしましょう」「そうだな。飯にしよう」翔平が柚葉を受け取ると、柚葉は彼に向かってにっこり笑った。翔平も愛おしそうに柚葉のほっぺを優しくなでた。それから注意深く柚葉をベビーカーに移し、隣に座らせた。お腹いっぱいで満足した
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第96話

悠斗からメッセージがきた。【柚葉ちゃんの姿、見てみるか?】美羽が自ら柚葉の話を振ることはなかった。写真を見ると美羽の心がもっと苦しくなると、悠斗は分かっていたからだ。それでも美羽は、心の底ではずっと会いたくてたまらないはずだった。メッセージを眺めながら長い間黙り込んでいた美羽だったが、自室へ戻ってから【見せて】と短く返信した。どうしても、もう我慢ができなかった。悠斗から届いた写真は、柚葉の寝顔や笑顔……本当にかわいくて、大きな瞳は笑うと三日月のように細くなる。鼻筋も通り、口元は桜色の、透き通るような白い肌をした子だった。その姿を見て、美羽はこらえきれず目に涙を浮かべた。スマホを静かに置き、窓の外を見上げ、なんとか感情を落ち着かせてから、美羽はまた悠斗にメッセージを打った。【翔平は柚葉に優しくしてる?】それが美羽の一番の心配事だった。悠斗からの返信。【彼は柚葉ちゃんを溺愛しているよ。ほとんど自分ひとりで世話をしていて、マフラーと帽子も受け取ってくれたよ】美羽の予想とは違い、心からほっとした。【それならよかった】美羽はそれ以上何も聞かなかった。悠斗もあえて柚葉の話を続けることはしなかった。グループチャットでは相変わらず騒がしく、直美が美羽を何度もタグ付けし、ビデオ通話で話をしようと誘っていた。夜10時になり、澪にそろそろ寝るよう促された。美羽は皆におやすみと言うと、ベッドに入った。2月を迎えた。美羽は相変わらず家から出られないでいた。外の雪は降り止んでいる。正人と澪が外出の支度をし、涼太が家で美羽の面倒を見てくれた。すると、悠斗が二人を訪ねてきた。3人はそのまま夕方までカードゲームをして過ごした。美羽は二人分勝たせてもらっていた。その後数日間も、悠斗が時折顔を出してくれた。暇つぶしというよりも、涼太との仕事の打ち合わせが主な目的だった。涼太はまったく休んでいなかった。常に忙しく動き回り、会社にも足を運んでいた。これからの2年が成長の要だと考えていたため、一切気を抜けないでいた。時はあっという間に過ぎ去り、厳しい寒さは過ぎ去った。外は梅が咲き始めていた。隆と直美がすぐに会いに来てくれた。直美は海外旅行から戻ったばかりで、美羽の産後の回復に良さそうなギフトをたくさん抱
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第97話

ただ、今日はなぜ翔平の妻がいないのか?みんなは疑問に思ったが、あえて問い質すことはしなかった。翔平が柚葉を抱いてベビーカーに乗せると、日和と剛がすぐに駆け寄り、柚葉を見て、しわだらけの顔に隠しきれない喜びを浮かべた。日和は柚葉のために準備していた、何十億もの価値がある宝石を差し出し、「このキラキラ、気に入ってくれたかしら?」と尋ねた。柚葉は大きな目をぱっちりさせて見つめるだけで、あどけない顔には特別な反応がなかった。「柚葉ちゃん、ひいおじいちゃんのプレゼントも見ておくれ」剛が特別に注文した赤ちゃん用のガラガラは、やわらかな素材で作られており、表面には剛自らが描いた絵が施されている。百合と慶は丹精込めてプレゼントを用意し、柚葉が笑ってくれることを願っていた。しかし、柚葉は大きな目を瞬かせるだけだった。日和がしみじみと呟いた。「本当に翔平の小さい頃とそっくりね」その時、悠斗は手に持ったお人形で柚葉をあやしながら言った。「柚葉ちゃん、これはどう?」柚葉がそのお人形を見ると、突然声を上げて笑った。その様子を見て、皆が驚く。日和が笑って言った。「あら、柚葉ちゃんは悠斗のこのお人形が気に入ったのね。これから健やかに育ってね」「……」悠斗は愛らしい柚葉を見つめ、優しく言った。「柚葉ちゃん、これがママからのプレゼントだって分かってるんだよね?」その言葉が放たれた瞬間、その場が凍りついた。杏奈は悠斗の言葉を困ったような表情で見つめた。悠斗は周りの反応などお構いなしに、柚葉に話しかけ続けた。「ママは、柚葉ちゃんが健康で無事に育ってほしいって願っているんだよ」その言葉を聞いた柚葉は、また声を上げて笑った。皆、悠斗の言葉を耳にしたが、誰一人として口を挟まなかった。杏奈が何かを言いかけて止める。ずっとソファから見守っていた勲が口を開いた。「柚葉ちゃんは情のある良い子だ。大きくなっても、きっと自分の母親のことを忘れないだろう。早くそのお人形を渡してやれ」「……」剛と日和は勲の言葉を聞き、何と返せばいいのか戸惑うばかりだった。他の者たちはなおのこと、言葉も出なかった。翔平は悠斗に言った。「寄越せ」悠斗は翔平を一瞥すると、お人形を手渡した。翔平は屈み込み、慎重に柚葉の横にお人形を
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第98話

美羽は、悠斗から送られてきた柚葉の成長記録と動画を見た。【見て。柚葉ちゃんは、お前が贈ったお人形をしっかり握りしめてる。満足そうに笑っていて、きっとママが選んだ物だって分かっているんだろうね】画面の中で無邪気に笑う柚葉を見つめ、美羽は静かに微笑んだ。ようやく、この現実に折り合いをつけることができた。たとえ一緒にいられなくても、柚葉の成長を見守りたかった。写真の柚葉は大事に育てられているのが分かった。中山家の人々も、この子を心から可愛がっているようだ。【本当に賢い子ね】【言わなくても分かるよ。美羽に似て、聡明な子だ】【……】そんなある日。美羽のスマホが鳴った。翔平からの電話だった。「数日ほど出張に出る。柚葉の世話をしてくれ」翔平のその言葉に。美羽はその場で硬直した。離婚の話をするのかと思ったが、まさか柚葉の世話を任されるとは。あまりの驚きに言葉が出ない。どういうつもりだろうか?歩み寄ってくれたのか?もうすぐ、二人とも他人になるというのに。決断が早く、一度決めたら曲げない翔平のことだ。自分を嫌っているのは変わらない。離婚を後悔しているわけではない。せいぜい、子供のことで一時的に帰れと言っているだけなのだろう。美羽はスマホを強く握りしめた。電話越しに沈黙が流れ、翔平は美羽の答えを待っていた。一分、一秒がとてつもなく長く感じられ、胸の奥が押し潰されるように苦しかった。ようやく、美羽は絞り出すように答えた。「私は……柚葉の世話をしに行けない。あなたがよく見てあげて」溢れそうな感情を必死に押し殺した。翔平が与えてくれた、せめてもの機会だということは分かっている。そう伝えると、向こうは何一つ言い返すことなく、プツリと電話が切れた。受話器から流れる味気ない発信音を聞きながら、美羽は力が抜けたようにスマホを下ろした。堪えていた糸が切れ、鼻の奥がツンと熱くなる。堰を切ったように涙が次々と零れ落ちた。そこへ、果物を持った澪が部屋に入ってきた。目が真っ赤になった美羽の姿を見て驚いた。澪は慌てて歩み寄ると、ベッドに腰を下ろし、ティッシュを差し出した。「どうしたの?何があったの?」美羽は澪の肩に顔を埋め、声を上げて泣いた。胸が張り裂けそうになる澪は、美羽の背中を優しく撫でながら言
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第99話

玄関に入る前に、直美は大輔に、中では余計なことを言わないように釘を刺した。大輔は「そんな軽口叩かないよ」と答えた。「ほんとに?信用できないな!」「……」家に入ると、正人と澪が急いでみんなを迎え入れた。隆も手土産を持ってきた。「またそんなにたくさん買って……手ぶらで良かったのに」「いえ、そうはいきませんから。気を使わないでください」正人が荷物を受け取り、言った。「まあ、とにかく入って、少し座っててください。すぐ食事にしますから」あと2品、まだ調理中だった。涼太は台所へ手伝いに行った。美羽がみんなに挨拶すると直美が歩み寄り、美羽の手を取って座らせた。「顔色が良くなって安心しました。あのプレゼント、使ってくれてますか?」「ええ、すごくいいです」「それなら良かったです」「……」皆はソファで談笑していた。食事の準備ができると、皆が食卓を囲んだ。正人が一人ずつお酒を注ぎ、杯を掲げて言った。「美羽がこんな素敵な友人たちに恵まれるなんて、幸せなことです。皆さん、美羽を気にかけてくれて本当にありがとうございました。佐野先生、特に今回はチャンスをくださり、深く感謝しております」隆は慌てて立ち上がった。「そんな、とんでもありません。美羽さん自身が優秀なのですから。私はきっかけを作っただけですよ」「いえ、それでもお礼を。これからも美羽をよろしくお願いします。では乾杯しましょう!」隆もその掛け声に続き、乾杯した。正人は、続いて大輔と悠斗にもそれぞれ酌をした。正人は嬉しくなるとつい羽目を外してしまうのだ。澪も、滅多にない賑やかな席だったため止めることはせず、一緒にお酒を飲んだ。美羽はジュースで彼らに合わせ、杯を交わした。最も辛い時期、誰よりも支えを必要としていたときに、こうして自分を大切に思ってくれる人たちがそばにいてくれる。その温もりこそが、明日へ立ち向かう勇気になっていた。夜9時になり、隆たちは次々と挨拶をして帰路についた。皆お酒を飲んでいたため、代行運転を呼んだ。美羽は玄関までみんなを見送った。涼太はみんなをエレベーターまで見送った。悠斗が「涼太さん、もう戻っていいよ!」と言った。「気を付けて帰れよ」「……」エレベーターのドアが閉まる。涼太はその場を離れた。
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第100話

1時。A国のS市行きの便が、定刻通りに離陸した。窓際の席に座った美羽は、眼下で小さくなっていく街並みを見下ろしていた。手の中には、柚葉の写真を納めたネックレスを強く握りしめている。もう、二度と柚葉に会うことはないのだ。柚葉、ごめんね。美羽は心の中で静かに呟く。心臓がえぐられるように痛かった。その頃、空港から邸宅へ戻るベントレーの中でのこと。突然、柚葉が激しく泣き出した。翔平がいくらあやしても、泣き止む気配はない。泣き疲れてようやく眠りにつくまで、その泣き声は続いた。翔平は眠った柚葉を腕に抱き、涙で濡れた頬をそっと拭った。そして優しく背中を叩きながら、娘に向けたその眼差しは、誰よりも温かかった。……5年後。天嶺の本社ビル。広大な社長室。どこを見ても子供用のおもちゃが散らばり、壁はパステルカラーで飾られている。壁には小さな絵画も飾られていた。デスクの横には、ベビーチェアが置かれている。まるでお人形のような女の子が椅子にちょこんと座り、短い足を揺らしている。髪はお団子にまとめられ、小さな宝石のヘアピンが光っている。柔らかな指先でタブレットを操作しながら、静かに一人でパズルを楽しんでいた。高身長の男性が窓際に立ち、白いシャツに黒いパンツを身に纏っている。いかにも裕福そうなその背中越しに、スマホで仕事を片付けていた。眉間に刻まれた皺は厳しい。電話を切りデスクの方を振り返ると、先ほどまでの冷たい顔は一転し、目元が和らいだ。足早に歩み寄り、100面まで解き終えた画面を見て目を細める。女の子の頭を優しくなでながら言った。「柚葉は本当に賢いな」柚葉が顔を上げると、長いまつ毛の下から星空のような大きな瞳が輝く。「パパ、お絵描きしてもいい?」甘えたようなその声は、まるで綿あめのようだった。翔平が柚葉を抱き上げると言った。「今は目を休ませよう。おやつでも食べようか?」柚葉は小さく頷いた。部下が差し入れたお菓子を、柚葉と一緒に食べる。柚葉は自分の分を翔平にも分けてあげようとしていた。その時、ノックの音がした。「入れ」すると、潤が入ってきた。社長室に充満するミルクの香りと、色とりどりの部屋に、潤もようやく慣れた。翔平が柚葉を職場に連れてくるようになってから、かつて凍り
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