All Chapters of 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない: Chapter 161 - Chapter 170

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第161話

美羽はスマホを置いてため息をついた。心境は複雑だった。百合の目的など分かりきっている。自分を調べ上げ、仕事の邪魔をしようという魂胆だ。栄和での仕事に支障が出ることはない。ただ、テレビ局に関しては危ないかもしれない。仕事を奪うことくらい、百合にとっては造作もないことだ。その予想通りだった。その日の夜。局長から電話があった。出演予定の仕事を一時停止せざるを得ないと言う。局長は、何か怒らせるようなことをしたのかと、申し訳なさそうに気遣ってくれた。局長自身、苦渋の決断だった。毎週土曜に美羽がキャスターを務める番組は視聴率が非常に良く、局としても美羽を高く買っていたからだ。だが、今回ばかりは局長にもどうにもできなかった。美羽は気丈に返した。「分かりました。しばらく休みましょう。手元の仕事が落ち着くまで様子を見ます」「すまない。何とか、こちらからもうまく取りなしてみるから」「ありがとうございます」翌日の金曜日、朝7時。柚葉からの連絡はなかった。心底がっかりしたが、昨日言った言葉に後悔はない。百合が自分と美羽が同一人物だと知れば、さらに強く拒むだろうから。怨んでいないと言えば嘘になるが。美羽は気持ちを切り替え、身支度をして家を出た。今日はA市への出張だ。澪が朝早くに準備をしてくれた。朝食の席で、正人が出張期間を尋ねてきた。「状況によるわ。順調にいけば、5日というところかしら」正人は頷き、気をつけるように声をかけた。朝食を終え、美羽は悠斗の車で出社した。時を同じくして、もう一方では。柚葉は朝から美羽に連絡をしようとして、キッズ携帯が壊れていることに気づいた。百合は朝食で気を引いてから修理に連れて行くと言い繕った。だが柚葉が百合のスマホを借りて美羽に連絡しようとする。キッズ携帯は壊れていたが、柚葉はすでに美羽の電話番号を覚えていた。そのことに気づいた百合は、とっさに自分のスマホも故障したと嘘をついた。柚葉が使用人に電話をねだっても、やはり故障したと一蹴されるだけだった。見え透いた嘘など、5歳の子供であっても騙せない。柚葉は瞳を潤ませながら、百合を睨んだ。「おばあちゃん、私がイヴリンさんに電話するのが嫌なんでしょ」今にも泣き出しそうな柚葉の姿に、百合は思わずうろたえた。柚
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第162話

翔平は諭すように言った。「おばあちゃんは柚葉を騙そうとしているわけじゃない。ただ、柚葉が心配なだけなんだよ」柚葉はしゃくりあげながら言い返した。「イヴリンさんは、私のことを傷つけたりしないもん」翔平は続けた。「毎日イヴリンさんと電話しているんだろう?おばあちゃんはイヴリンさんを知らないから、誰だか分からない人を信用して怪我をしたら困ると思っているんだ。どれだけ柚葉を大切に思っているか、分かるだろう?」柚葉は指先をもじもじさせて口を尖らせた。心の中ではイヴリンが好きだし、決して自分を傷つけないという確信があった。イヴリンさんの声が好きだ。歌も好きだ。まるで真奈美ちゃんのママが歌ってくれた時のような、優しい響きがする。それでもパパの言いたいことは理解できた。ただ、どう説明すればいいのか、自分の感覚を言葉にすることができなかった。「パパがちゃんと調べるから。それまで連絡を取るのは待ってくれるかな?」翔平が何度も説得し、ようやく柚葉は納得した。電話を切ると、翔平は今日中に東都へ戻るよう手配した。元々は、瑠衣に月曜日に戻ると約束していたが、急ぐことにした。百合は柚葉に謝罪した。柚葉も理屈の分かる子だ。百合の愛情は痛いほど分かっていたし、百合のことが大好きだった。柚葉は百合の謝罪を受け入れ、顔を洗い、朝食を済ませた。それでもイヴリンと連絡が取れないことに、胸は締め付けられる思いだった。……美羽が会社に到着すると、すぐに社長室へ向かった。隆と二人で1時間近く打ち合わせた。終わった後、隆は言った。「何かあったらすぐに電話してくれ」美羽は笑った。「次は、全てが終わった時に電話しますね」隆も頷いた。「そうだな」急な仕事が入ったため、美羽は午後2時に出発することになった。同行者は次長の三浦彰宏(みうら あきひろ)、課長の村上徹(むらかみ とおる)、美羽の秘書の原田一真(はらだ かずま)だ。投資部の小さなグループでは、彰宏が美羽の出張に同行することについて、様々な憶測が飛んでいた。彰宏は栄和キャピタル創業期からのなくてはならない存在で、会社の立役者である。前任の部長が1年前に昇任し、部長の席は空席のまま、皆当然のように彰宏が座ると思っていた。しかし3ヶ月前、海外部門の担当が本社部長に就任する
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第163話

紗良から前もって連絡をもらっていたからだ。この2日間、紗良は詩音を連れて隣の市へ出かけていた。よく当たると評判の神社へ行き、美羽の仕事の成功と安全を祈願して、お守りまで買ってきてくれたのだ。美羽が仕事でA市に出張することを知り、ちょうど列車の時間にも間に合うからと、何としてでも直接お守りを渡したいと言ってきたのだ。美羽は駅の出口で待ち合わせていた。10分後、紗良から列車を降りたというメッセージが届いた。さらに数分が経った。美羽が顔を上げると、運悪く一番会いたくない相手が目に入った。翔平だ。彼は白いTシャツを着ていて、鍛えられたたくましい腕が覗いている。片手をポケットに突っ込み、手首には高価そうな腕時計が光っていた。タイトな黒のパンツからは真っ直ぐで長い足が伸びている。サングラス越しに見える、流れるような顔の輪郭は整っていたが、近寄りがたいほど冷たい空気を纏っていた。自信に満ちた足取りで、こちらへ近づいてくる。美羽は思わず呆れて白目を剥き、わざとらしいほど翔平を無視して視線をそらした。しかし、相手の鋭い視線がこちらに向けられていることをはっきりと感じた。ちょうどその時だ。紗良がスーツケースを押しながら現れた。詩音はその上に乗っていた。美羽が早足で歩み寄ると、詩音が嬉しそうに声を上げて挨拶をする。足を止めることなく歩みを進めていた翔平が、その声に、一瞬だけ足を止めた。美羽は詩音を抱き上げると、何度もキスをした。会わないうちに、随分と大きくなった気がした。「詩音ちゃん、会いたかった?」「もちろん!会いたかったよ。でもママがね、いつもお仕事がすごく忙しいんだって言ってたから。お仕事が終わったら、またいっぱい遊んでくれる?」「いいよ」「……」紗良は神社で買ってきたお守りを美羽に手渡した。「これで絶対、プロジェクトも成功するから」美羽はそれを受け取ると、バッグの中に丁寧に仕舞った。「プロジェクトが上手くいったら、紗良のおかげだよ!」紗良は笑いながら答えた。「そう言ってもらえるなら、喜んで受け入れるよ」「……」二人は長話をしなかった。美羽は先に二人をタクシーに乗せて見送った。一方、翔平の車は、いつの間にかどこかへ消えていた。二人に別れを告げたあと、美羽は急いで列
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第164話

美羽は一真に告げた。「三浦次長に電話して、20分以内に来なければ今すぐ退職届を書けと言いなさい」一真は了承すると、彰宏に電話を入れた。20分後、彰宏と徹、茂樹が次々とオフィスに現れた。彰宏は今年39歳で、痩せ型で精悍な顔立ちに眼鏡をかけた、いかにも知的な男だ。真面目そうに見えるが、その細い目の奥には何を考えているのか分からない冷たさがあった。彰宏は美羽を見ると、慌てて詫びた。「部長、大変申し訳ありません。今日は村上課長と新康側の担当者との面談が入っていて、事前の連絡が漏れていました。詳細は後ほど報告します」美羽は口元だけで笑った。「そう?勘違いしていたわ。後で詳しく報告を聞かせてもらうね」彰宏はすぐに応じた。「もちろんです」「じゃあ、座って」椅子に腰かけた彰宏は、目を伏せた瞬間に、隠しきれない邪悪な光を宿した。会議が始まった。2時間近くの話し合いは順調に進み、美羽は彰宏の提案に次々と賛辞を送り、言われることに全て同意し、完全に信頼しているような態度を見せた。会議終了後、皆、順々に退室していった。会議室を出ると、彰宏が皮肉を言った。「女に何が出来るんだ?」徹が言った。「侮らないほうがいいでしょう。部長は相当なやり手です。A国での事業危機を乗り切れたのも、部長の手腕があってこそでしたから」彰宏は鼻で笑った。「あの頃は社長がずっとA国にいたんだ。誰が解決したのかなんて誰にも分からない。女に関心を持たないはずの社長も、すっかりあの女に夢中というわけか」言葉の端々には変わらぬ侮りがあった。どんなに才能があろうと、投資部長という重責には無理だという思いだ。徹はそれを聞き、それ以上は何も言わなかった。週末の2日間、美羽も休んではいなかった。仕事に忙殺されながら、合間を縫って新康の斉藤真理子(さいとう まりこ)との会食へ足を運んだ。2年前、新康の資産構造改革を行った際、その計画書や第一回目の融資の企画書を作成し、決定的なアドバイスを与えたのは真理子だった。その構造改革のおかげで新康の研究開発は躍進を遂げ、今では資本力の大きな企業から注目される存在になっていたのだ。その会食は、終始、美羽と真理子の和やかな雰囲気のまま終わった。「これからもイヴリンさんと一緒に仕事をしたいです」美羽は真理子と
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第165話

一紀は答えた。「電話は済ませました。三浦次長に勘づかれるようなことはしていません」「わかったわ。この人をしっかり見張っておいて。何かあればすぐに連絡をちょうだい」「承知しました」一真は美羽を車でホテルまで送った。ホテルへ向かう途中、美羽のスマホが震えた。画面を見た瞬間、息をのんだ。5年経った今でも、その番号を忘れるはずはなかった。数秒の躊躇の後、美羽は通話ボタンを押すと、受話器越しに、今にも泣きそうな柚葉のか細い声が聞こえてきた。「イヴリンさん……」明らかに泣き腫らした声だった。美羽の心臓がキュッと引き締まる。「柚葉ちゃん、泣いてたの?」今日は土曜日。柚葉は夜8時になると美羽の番組を見るのを楽しみにしていた。しかし今日放送されていたのは別人。画面の中に美羽がいないことを知った柚葉は、寂しさのあまり泣き出したのだ。翔平は柚葉をなだめた後、こうして電話をかけてきたのだ。「どうして今日はテレビに出なかったの?」と柚葉が尋ねる。美羽は、柚葉が毎週欠かさずテレビを見てくれていたことを知っていた。本当の母娘としての繋がりがあるからだろうか、柚葉も美羽に対する愛おしさを抑えきれずにいた。自分を慕ってくれる喜びと、実の母親として抱きしめてあげられない切なさが入り混じった。美羽は一度深呼吸をして、平静を装った。「今日はね、お仕事の都合でお休みなの。他の人が代わりに出てくれたのよ」「そっか……昨日もお電話できなかったね。イヴリンさん、私のことを、考えてくれてた?」美羽は優しく微笑んだ。「もちろんよ。ずっと考えてたわ」その答えを聞いて、柚葉の不安げな顔がパッと明るくなった。他愛のない会話が続く。車がホテルの前に着いても、柚葉はなかなか電話を切ろうとしなかった。その時、受話器越しに翔平の声が聞こえた。「柚葉、もうお風呂の時間だぞ」美羽は優しくお風呂へ行くように促した。「イヴリンさん、歌ってくれるって約束したでしょ?お風呂から出たら歌ってね、お願い!」「分かったわ」柚葉はやっと納得した。スマホを置いて翔平を見上げる。「パパ、早くお風呂連れてって」翔平は腰をかがめて柚葉を抱き上げた。翠がすでにお風呂の準備を整えていた。美羽はホテルに入り、バスルームへ向かって、手早く支度を
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第166話

窓の外は雨がしとしとと降り続き、部屋の中はしんと静まり返っていた。どれほどの時間が経ったのだろうか。翔平はようやく立ち上がり、部屋を出て行った。火曜日になった。午前中に会議を終えた翔平が社長室に戻ると、潤が業務報告にやってきた。重要な書類へのサインと承認が必要だったからだ。潤への指示を終えると、翔平はこう尋ねた。「坂本の方の進捗はどうなっている?」「すぐ電話で確認いたします」と、潤は答えた。潤は洋介へ電話をかけた。すぐに繋がり、受話器越しに洋介の声がした。「お疲れ様です、鈴木さん」潤は、今の進捗状況を問い質した。翔平は多忙を極めていたが、投資部の重要案件に関しては、自ら常に進捗を確認していた。今回の新康の案件については、すでに二度も問い合わせている。プレッシャーは感じていたが、それ以上に洋介は興奮していた。翔平自らがこれほど気にかける案件だ。契約が成立すれば、大きな功績になるに違いないからだ。洋介は自信満々に報告を続けた。潤はスピーカーモードにしていた。翔平はそのやり取りの一部始終を聞いていた。「栄和側の交渉の切り札も完全に把握しました。今日の午後の交渉は、うまくいくはずです」大手の資本力のある会社同士の争いにおいて、相手の会社の幹部を引き抜き機密情報を入手することは、珍しい話ではない。「それに、栄和に送り込まれた投資部長と栄和の社長の間で怪しい噂が立っていましてね。女っ気のないはずの佐野社長があんな女に惚れ込んで、大事な案件を任せるなんて……佐野社長も美人にたぶらかされているんですね。その女が管理しているうちは、いずれとんでもない失敗をするでしょう」「……」自信たっぷりに語る洋介の言葉には、美羽に対する侮蔑が滲み出ていた。相手をまともなライバルだとは全く思っていないようだった。順調に進んでいることに加え、相手に能力がないと確信していたため、疑う余地など微塵もない様子だった。その言葉を聞いていた潤は、翔平の氷のような険しい表情を見て、慌てて釘を刺した。「坂本次長、油断は禁物です」洋介は笑いながら答えた。「分かっています。社長には安心するようお伝えください。今回は間違いありません」通話が終わると、潤は翔平の様子をうかがった。翔平は冷たい声で命じた。「坂本に、全ての資料を
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第167話

その電話を受けた洋介は、強い苛立ちを覚えつつも怒りを抑え込んだ。「一体、社長はどういうおつもりですか?」「何かしらの問題に気づかれたのだろう。例の三浦次長のことは、本当に信頼できるんだな?」「もちろん信用できますよ。あいつが次長の座に就いたのが気に食わないから、今回の件を利用して、あいつに恥をかかせるつもりなんです。佐野社長がこれほど目をかけている以上、このプロジェクトが失敗すれば、あいつにその地位に居座る資格なんてないと周囲にも思わせられますから」「だが社長がいきなり中止させたんだから、何かあったに違いない」と投資部長は言いながら、何か思い当たったように続けた。「ひょっとして、あのイヴリンさんは三浦次長の正体に気づいていて、逆に彼を利用しているのか?」洋介の顔色が急変した。「そんな……」「早く三浦次長に連絡を取れ」「分かりました」美羽はオフィスで仕事をしていた。今回A市に来たのは契約のためだけではない。茂樹の、ここ数年の業務資料を見直し、検証する必要もあった。美羽は一枚ずつ資料をめくっていく。表情はどんどん険しくなったが、一言も言葉を発さなかった。オフィスの中は、水を打ったように静まり返っていた。茂樹が美羽の前に立ち、いたたまれない様子で震えている。その時、ノックの音が響いた。「入って」彰宏が入ってきた。異様な雰囲気を察したのか、茂樹は丁寧にお辞儀をして言った。「お疲れ様です」彰宏は美羽を見た。新康の案件が未締結なのに、この女は平然と仕事を続けている。美羽は視線を上げ、冷ややかに彰宏を一瞥した。「何か用ですか?」彰宏は一歩前に出て、慇懃な口調で言った。「部長、何よりも先に新康との契約を進めるべきですよ。さもないと、天嶺に先を越されます」美羽は彰宏を見て言い放った。「約束の時間はもう決まっているはずですが、三浦次長は何をそんなに焦っているんですか?」彰宏は美羽の顔色をうかがった。この女の胸の内が全く読めない。「天嶺の坂本次長が、今日新康の担当者と面会すると聞きましたから。心配になりましてね」「天嶺の動きまでよく把握しているなんて、随分と広い人脈ですね」彰宏の表情が強張った。彼は何も言い返せなかった。オフィスを出ると、すぐさまスマホを取り出し、電話をかけた。しかし、
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第168話

どうやら会談を中止させたのは翔平みたいね。彼はすでに、こっちが何をしようとしているかお見通しなのだろう。翔平の復讐心からして、A市に来るなんてろくな事があるはずがない。美羽から返事がなく、柚葉は先ほどまでの興奮から慎重になり、「イヴリンさん?」とおずおずしながら呼びかけた。美羽はハッとした。まあいい、柚葉に会えるなら、我慢するしかない。どのみち今はビジネス上のライバルだし、これからも衝突は避けられない。今はまだ、戦いの幕が開いたばかりなのだから。「ええ、もちろんよ。柚葉ちゃんはいつでも私に会いに来ていいのよ」美羽は、普段よりもさらに柔らかな声で言った。柚葉はパッと表情を輝かせた。「やった!それじゃあパパとA市に着いたら、イヴリンさんに連絡するね」「ええ、楽しみに待ってるわ」通話が終わり、美羽は深く溜息をついた。スマホを置き、運動着に着替えてホテルのジムへと向かった。翌日。朝10時からは新康との調印式が控えている。美羽は時間通り、9時にホテルを出て、新康へと向かった。一真が運転する車に乗り込む。美羽は後部座席で資料を確認しながら、仕事の電話をかけていた。ちょうど電話を終えた時、車体が急に揺れた。美羽は一真を見て問いかけた。「何があったの?」一真は顔を引きつらせ、ハンドルを強く握りしめた。「アクセルとブレーキの反応がおかしいです」環状線に入ろうとしていたが、減速できない。通勤ラッシュの時間帯ということも重なり、絶体絶命の状況だった。「しっかり掴まっていてください!」一真が叫んだ。美羽は慌てて手すりを強く握りしめる。一真が強引にハンドルを切り、車は制御を失って数台の車にぶつかった。道路は一瞬でパニックに陥り、街中にはクラクションが響き渡り、通行人が逃げ惑う。美羽は真っ青になり、車が歩道に乗り上げそうになったのを目の当たりにした。「危ない!」一真はハンドルを右へいっぱいに切り、路上の大きな木に正面からぶつけることで、どうにか車を停止させた。周囲から悲鳴が上がる。美羽は頭が割れるような痛みを感じた後、そのまま意識を失った。朦朧とした意識の中で、目を開けると、ツンとするような消毒薬の匂いがした。視界がぼんやりと晴れていき、目に飛び込んできたのは白い天井だった。
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第169話

「どうぞ」隆が言った。徹がドアを開けて病室に入り、畏まった様子で言った。「社長、部長」周囲からは彰宏の部下だと思われていた徹だが、実は隆が彰宏の元へ送り込んだ側近だった。隆はずっと前から彰宏を疑っていた。ただ決定的な証拠がなく、彰宏が陰で行う会社の不利益になる行動については、あえて目を瞑っていたのだ。彰宏本人は、自分の行いは完璧だと思い込んでいた。今回の彰宏の動向や、天嶺の関係者と面会した事実は、徹が密かに美羽へ報告していたものだ。隆が尋ねた。「三浦次長の様子はどうだ?」徹が答えた。「今夜、天嶺の坂本次長と食事の約束があったそうですが、中山社長が今日、A市へ来るとのことでキャンセルになったようです」その時、美羽のスマホが震える音が響いた。美羽のバッグはソファに置いてあった。隆が歩み寄って代わりに取り出し、発信者を確認してから美羽に手渡した。美羽が画面を見ると、柚葉がキッズ携帯からかけてきた電話だった。美羽は動揺を抑え、通話ボタンを押した。隆は美羽の邪魔にならないよう、徹を連れて病室の外で話を続けた。受話器から、柚葉の慌てた声が聞こえてくる。「イヴリンさん?」「柚葉ちゃん、どうしたの?」美羽は努めて普段通りの声を出したが、それでも隠し切れない弱々しさが混じってしまう。「パパが、イヴリンさんが怪我をしたって言ってたから。今病院にいるの?」美羽は息をのんだ。まあ、天嶺の人間が自分の負傷を知っていたとしても不思議ではないが。「心配しなくて大丈夫よ」「今、パパとA市に着いたんだ。イヴリンさんに会いたいな」柚葉の心配そうな声を聞き、断ることができなかった。美羽は病室の住所を教えてあげた。電話を切ると、しばらくして、隆が入ってきた。「柚葉ちゃんに美羽さんがA市にいることがバレたのか?」美羽は小さく頷いた。「最近、ずっと連絡を取り合っていました」「美羽さんのことを本当に慕っているんだね」美羽は安堵の微笑みを浮かべた。「そう言えば、今回の調印式の件、急いで進めてください。翔平がこちらに来たとなると、話が変わる恐れがあります」正式にサインを終えるまでは油断ができない。翔平本人がA市に来たと知り、美羽は内心気が気ではなかった。「分かった」それから、二人で少し言葉を交わし
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第170話

柚葉は袋を手に持ち、ベッドに近付くとこう言った。「私が作った特製のケーキだよ。食べてみて」柚葉の言葉に、美羽は驚いた。「私のために作ってくれたの?」柚葉は嬉しそうに頷いた。「うん!イヴリンさん、早く食べてみてよ」この5年間、一度も会えなかったにもかかわらず、自分を慕ってくれる柚葉の思いに、美羽の胸は熱くなった。感激とともに、申し訳ないという気持ちでいっぱいになる。込み上げてくる涙を堪えながら、美羽は袋からケーキの箱を取り出した。形は少し歪だが、幼い子供が懸命に作ったことがよく分かった。蓋を開けてスプーンですくう。程よい甘さで、味も悪くない。「とっても美味しいよ。柚葉ちゃん、すごく上手ね」美羽の言葉に、柚葉は頬を赤くして笑った。美羽が一口食べさせてあげると、柚葉も嬉しそうに食べる。そんな二人のやり取りの中で、部屋の中が温かな空気に包まれていく。そのせいで、病室にもう一人男性がいることを忘れてしまっていた。翔平は静かに二人の姿を見つめている。暗い瞳の奥に何を思っているのか、誰にも読み取ることはできなかった。その時、彼のスマホが鳴り響いた。美羽ははっとしたように、顔を上げた。翔平は病室を出て電話に出る。翔平の背中を見送り、美羽は必死に表情を落ち着かせる。変に疑われたりしてないよね?そう願うものの、内心は不安で押しつぶされそうだった。翔平が戻ってくると、柚葉に向かって告げた。「柚葉、もう行く時間だぞ」柚葉はすぐに首を振った。「やだ。イヴリンさんは病気なのに一人だから、私が付いててあげるの」美羽も優しく諭した。「柚葉ちゃん、ありがとう。でも用事があるでしょ?また良くなったら会おうね」だが柚葉は今回は聞き分けが悪く、断固として病院に残ると言い張った。「いい子にするから、お仕事が終わったら迎えに来てよ、パパ!」翔平は美羽に目を向けた。「悪いが、柚葉をお願いする」彼にそう言われては断る理由もなく、美羽は承諾した。翔平は廊下に出てボディーガードを呼び出し、ドアの前で見張らせた。やがて翔平が車に乗り込むと、瑠衣から連絡が入った。歩けるまで回復していた美羽は、個室で柚葉と過ごすことにした。柚葉は持参した本やタブレットを取り出す。二人でソファに座り、美羽は柚葉を抱きしめて本を読んで聞
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