All Chapters of 冷徹な夫が暴走愛?それでも妻は絶対に許さない: Chapter 341 - Chapter 350

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第341話

翔平はダイニングテーブルにケーキの箱を置いて広げ、スプーンを子供たちの方へと差し出した。「ありがとう、パパ」と柚葉が言った。「ありがとう」と詩音が続いた。「どういたしまして」翔平はソファに無言のまま座っている美羽へと視線を向けると、伝えた。「どんなのがいいか分からなかったから、適当に買ってきたよ」紗良は翔平を見つめた。言葉こそ穏やかだが、子供たちと向き合っていた時とは打って変わり、美羽を見つめるその眼差しは、冷え切っているように見えた。翔平が美羽を憎んでいるのではないか。そう思えるほどだったが、自分の気のせいかもしれない。傍から見れば、本当に家庭を大事にする良き夫そのものだ。紗良は唇の端を軽く持ち上げ、作り笑いを浮かべて礼を言った。翔平は軽く頷くと、紗良に声をかけた。「詩音ちゃんが夕食に何が食べたいか、使用人に伝えておいてください」「分かりました」と紗良が答える。翔平はそれだけ言うと、足早に上の階へと去っていった。その日の夜、紗良と詩音は夕食を済ませ、翠は翔平の書斎へと夜食を届けていた。夜中から、激しい雨が降り始めた。美羽は雨音で目を覚まし、洗面所へ向かった。その時、車のライトが窓をかすめ、スポーツカーの排気音が響き渡った。美羽は窓際まで歩み寄り、カーテンを少しだけめくって外を見た。すると、邸宅から走り去る車を目にしたが、無関心な様子で視線を戻すと、またカーテンを閉め、柚葉の待つ寝室へ戻って眠りについた。翌朝。翔平の姿はもうなかった。柚葉が尋ねる。「清水さん、パパはどこ?」翠は答えた。「お仕事がお忙しいようです。柚葉様、朝食を先にどうぞ」「うん」朝食が終わった後のこと。中山家の本邸から柚葉を迎えに運転手がやってきた。ちょうど美羽も今日、病院へ行く予定だった。「柚葉は先にひいおばあちゃんの家へ行ってて。私は、病院に友達のお見舞いに行くの」使用人が柚葉に付き添って去ったあと。美羽は自分で車を運転し、出発した。この前、病院に置いてきた車を、人に頼んで持ってきてもらった。病院に到着すると、美羽は直美から電話を受け取った。直美も隆を見舞いに来るというが、着くのは11時過ぎらしい。「分かりました。病院で待ってますね」美羽は片手に花束、片手に果物カゴを持ち、
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第342話

病室の中で、隆がベッドで仕事を片付けていると、美羽がやってきた。少し予想外そうな顔をしたが、すぐに誰から聞いたのか察した様子だ。「美羽さん、よく来てくれたね」美羽は花と果物カゴをテーブルに置くと、隆の青ざめた顔を振り返り、尋ねた。「先生、今の気分は少し良くなりましたか?」「もうだいぶ楽になったよ。心配しなくていい」美羽は歩み寄り、机に並んだパソコンや書類を見ながら言った。「せめて今日は一日休んでください。会社は一日くらい仕事が止まっても潰れたりしませんから」隆は穏やかな笑みを浮かべ、眼鏡を外して美羽を見た。「美羽さんの中では、病気の時でも働くのが普通なんだと思ってたよ」美羽は思わず吹き出した。かつての5年間、体調が悪くても働き勉強するのが日常茶飯事だった美羽には、誰も説得なんてできなかったからだ。二人がたわいない話をする中、隆もようやく仕事を片付けた。今日は天気も良い。昨日の午後からずっと病室にいた隆は、少し外を歩きたい気分だった。美羽もそれに付き添うことにした。院内の環境は穏やかで、二人は並木道を散策した。秋風が吹き、落ち葉がカサカサと音を立てる。「今日は柚葉ちゃんと過ごさなくていいのか?」と隆が尋ねた。「柚葉は今、中山家の本邸に行っているんです」隆は静かに頷いた。同じ頃、4階病室の窓際では。一人の男が背筋を伸ばして立っていた。その漆黒の瞳は、外を歩く二人の姿をじっと見つめている。美羽は青いトップスに白いロングスカート姿。ハーフアップにした長い髪とスカートが風に揺れ、美しく靡いていた。二人が何を話しているのかは聞こえない。しかし、美羽の顔には柔らかな笑みが浮かんでおり、木漏れ日を浴びるその横顔は、まばゆいほど生き生きとして見えた。「翔平」浩平がやってきて、翔平の肩をポンと叩いた。浩平が翔平の視線を追って外に目をやったが、特に変わった様子はなかった。「何を見てたんだ?」翔平はすっと表情を戻し、「何でもない」と言った。浩平は一瞬彼を見た。感情を隠すのは早いが、先ほどの翔平からは明らかにどす黒いオーラが漏れ出ていた。それでも深追いはしなかった。「さっき電話が入ってな、ちょっと用事を済ませなきゃいけないんだ。瑠衣のことを少し頼んでもいいか?」浩平が到着した時
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第343話

翔平は1階を歩いていた。すると、向こうから二人の人物が歩いてくるのが見えた。美羽が片手にいちご飴を持って食べており、隆が彼女の買い物袋を片手で持っている。思ったより酸っぱかったのか、最初の一粒を食べきったきり、美羽は二粒目に口をつけようとしなかった。隆は言った。「味見させて」美羽はいちご飴を隆に差し出した。てっきり手で一粒取るものだと思っていた。しかし、隆は軽く頷き、そのまま口を寄せて、直接一口食べた。その瞬間、二人の距離は、鼻先が触れそうなほど近かった。美羽は、思わず体が強張った。まるで何でもないことのようにいちご飴を味わいながら、隆は笑みを含んだ眼差しで美羽を見下ろした。「悪くないな。これ以上いらないならもったいないから、もらうよ」我に返った美羽は苦笑した。「やめておいてくださいよ。先生はまだ胃が本調子じゃないでしょう?」「それもそうだね」そんな軽口を叩きながら、二人は歩を進める。すれ違う寸前で、翔平の存在に気づいた。美羽はピタリと足を止めた。穏やかだった表情が瞬時に凍りついたが、すぐに平静を装い、隆と共にそのままエレベーターホールへと向かった。二人が翔平のすぐそばを通り過ぎようとした、その時だった。翔平がわざとらしいほど皮肉めいた声で口を開いた。「佐野社長、既婚者の女性にずいぶんとご熱心ですね」足を止めた美羽は眉をひそめ、翔平を睨みつけた。「翔平、あなたみたいに卑しい……」言葉が終わる前に、隆が手を上げて美羽を制した。彼は翔平と目を合わせ、静かに言った。「中山社長の認識では、美羽さんはまだ既婚者だというのですか?」翔平はすっと向き直り、漆黒の瞳が隆を射抜く。男二人の放つ威圧感は周囲の空気を張り詰めさせ、近くを通りかかった人々さえ近づくのをためらった。美男美女というだけでなく、尋常ならぬ雰囲気をまとった3人の姿に、通りすがりの人々も振り返らずにはいられなかった。「佐野社長もいい年ですし、身の振り方は自分で決めればいいでしょう。ですが、一つだけ忠告を。意味のない人間にこれ以上の時間を浪費するのはやめておいたほうがいいですよ」翔平は吐き捨てるように言い放ち、気まずそうにする美羽を冷たく一瞥した。美羽は翔平の言葉にはらわたが煮えくり返る思いだった。隆が手に持っている袋を彼に投げつけてや
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第344話

お昼になり、直美が隆のお見舞いに来た。3人で昼食をとる。美羽と直美は、それからあまり長く滞在せず、頃合いを見て病院を後にした。美羽は家へと帰る。車が今井家の前へ着くと、入れ違いに、白いマセラティが通り過ぎていく。そのマセラティの後部座席にいた彩乃は、前方の運転席でハンドルを握る美羽を見て、涼しい顔をしていた。美羽が帰宅すると、リビングでは正人が一人でソファに座っていた。澪と海晴の姿はない。「お父さん」美羽が声をかけた。正人は我に返ると、表情を整えてこちらを向いた。「美羽、帰ったのか」美羽が歩み寄り、聞いた。「お母さんと海晴は?」「海晴を寝かしつけに上に行ったところだ。今日は戻ってきたんだな。柚葉ちゃんは?」と正人が聞き返す。「柚葉は中山家の本邸へ行っているわ」正人は静かに頷いた。「美羽、少し座りなさい」美羽が隣のソファに座る。「お父さん、何かあったの?」正人は美羽を見つめ、諭すように言った。「美羽、もう一度A国へ行くことは考えないのか?」美羽が怪訝に思う。「どうしてそんなことを?」「A国にいた頃、美羽は翔平さんと関わりを持たずに済んでいた。ここまで追い詰められることもなかったはずだ。今こうして裁判で争うことになれば、翔平さんは余計に意地になって、手放さなくなるばかりだ」美羽は正人の言葉に耳を傾ける。正人の言うことはもっともだった。「もし関わらずにいて、柚葉ちゃんとも再会していなければ、いずれ向こうもすんなりと離婚していただろうに」美羽が正人を直視する。「つまり、A国に戻れということ?」「もちろん俺としては美羽に出ていってほしくない。ただの相談だ。決めるのは美羽自身だ。ただ、柚葉ちゃんとの関係にこれ以上深入りして、二人とも苦しむことにならないか心配なんだ。俺は、美羽がいつか幸せな家庭を築いてくれることを一番願っている」彩乃の言葉通りだった。柚葉はどう転んでも中山家の子。美羽の実の娘であっても、今井家の人間になるわけじゃない。美羽が再婚しないはずがない。いつか自分を大切にしてくれる夫と子供を持ち、幸せな家庭を持ってほしい。子を思いながら名乗り出ることもできない、そんな現状から解放されてほしいのだ。柚葉への思いが募るほど、美羽の未来の幸せを遠ざけてしまうのではないかと正
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第345話

傍で聞いていた剛も非常に不機嫌な面持ちだ。「翔平、向こうが離婚したいと言っているなら、さっさときれいに縁を切ってしまえ。あんな女をいつまでもそばに置いておく必要がどこにある。暫定的に認めるだと?もう関わりを持たせるな。柚葉ちゃんとの接触は禁じろ。万が一、柚葉を利用してお前に何か仕掛けてきたらどうする」翔平の声は冷ややかに響いた。「美羽にそんなことはできません。離婚の話については、おじいさんたちは気にしなくていいです。自分でうまくやっておきますから」「パパ」柚葉が突然リビングへ戻ってきた。日和と剛は、それ以上話を広げるのをやめた。柚葉は翔平の膝に飛び込み、こう言った。「パパ、ママに電話して。今日の夜、ここに来て一緒にご飯を食べるように言ってよ」翔平は柚葉の小さな頭を撫でて答えた。「それはまた今度にしよう。パパは今夜、用事があるんだ」柚葉は不服そうに呟いた。「でも、イヴリンさんがママをしてくれるの、1週間だけなんでしょ?」翔平は優しい口調で言った。「じゃあ、もっと長く柚葉のママでいてもらうように頼んでみたらどうだい?」柚葉は少し心配になった。「イヴリンさん、断らないかな?そんなわがままなことを言ったら、私は可愛くないって思われるかな?」「そんなことはないさ」その言葉を聞いて、柚葉はようやく安心した。「じゃあ、今夜聞いてみる!」「ああ」美羽は丸一日悩み続けた。最終的に、K・Uの件を処理するために海外へ行くことを決意した。週明け、美羽は出社して隆にその話を伝えた。隆は賛成した。「いいんじゃないか、一度離れて気持ちを切り替えるのも。離婚なんて問題、焦ってもすぐには片付かないしな」美羽は頷き、少し考えてから隆に聞いた。「離婚裁判、取り下げようかと思うんですけど」隆が彼女をじっと見た。美羽は続けた。「翔平は私を追い詰めたいだけですよ。これ以上泥沼化させても意味がないです。もし数年かけて戦う羽目になれば、頭がおかしくなってしまいます。今みたいに対立していても、翔平の独占欲を刺激するだけで、余計に手放してくれなくなるでしょう。それなら裁判を取り下げた方がいいと思います。彼だって、私のために一生再婚しないなんてことはないでしょう」それを聞いて、隆は深く頷いた。「ああ、そう決まっているなら、郷
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第346話

真奈美の10歳の誕生パーティーが、北条家で盛大に開かれた。北条家が何よりも大切にしている一人娘の記念日だ。暁と玲は、最高のおもてなしを用意した。数千万はくだらないお城をかたどった豪華なバースデーケーキに、海外から空輸された高価な花々の装飾……オーダーメイドのドレスに身を包んだ真奈美が会場へゆっくりと現れると、両親は二人とも我が子への愛おしさで目が潤んでいた。真奈美は音楽に合わせてダンスを踊りながら舞台へ進む。その姿は美しく、輝くような自信に満ち溢れていた。客席のあちこちから、スマホを構えたゲストたちが熱心に撮影を始めた。柚葉は翔平の隣で、嬉しそうに声を上げた。「真奈美ちゃん、すごくきれい」翔平はそんな柚葉をそっと抱きしめる。曲が終わり、静寂が訪れる。真奈美は客席に向かって、丁寧にお辞儀をした。暁と玲が真奈美のもとへ歩み寄り、家族3人で歌のプレゼントをした。歌いながら見つめ合う二人には、互いが何よりも大切だという気持ちが滲んでいた。幸せな家族の雰囲気が、会場を優しく包み込んでいた。一方、客席の方では。翔平の膝の上にいた柚葉が、急にしょんぼりとしてしまった。翔平は心配そうに尋ねる。「どうした?何かあったのか?」柚葉は翔平を見上げ、元気をなくして呟いた。「イヴリンさんは、どうしてまだ来ないの?」翔平は柚葉をあやすように、「すぐ来るよ」と答える。それでも柚葉はうつむいたまま、心ここに非ずという様子だ。「あまり楽しくないのかな?何か欲しいものがあったら言ってごらん」と翔平は柚葉の手を握り、優しく問いかけた。柚葉は小さく本音を漏らす。「私も、パパとママと一緒に誕生日をお祝いしてほしいな」「そうか。じゃあ、柚葉の次の誕生日はそうしよう」柚葉の大きな目がたちまち輝いた。「ほんと?じゃあ、パパとイヴリンさんと一緒に誕生日をお祝いしてほしいな。お歌も歌ってほしい!」翔平は小さな頭をなでて、静かに頷いた。ようやく柚葉の顔に笑みが戻った。そして昼食が終わるころ、ようやく美羽が到着した。「イヴリンさん!」柚葉は飛び上がるようにして、美羽の腕の中に飛び込んだ。「イヴリンさん、会いたかった!」美羽は柚葉を抱き上げ、「私もよ」と言って頬にキスをした。玲が真奈美を連れてやってくる。「イ
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第347話

イヴリンという名を、今の金融業界で知らぬ者はいないとりわけその美貌と気品は際立っており、まるで天女が舞い降りたかのようだと評されるほどだった。深津市の名家、白石家の瑠衣ですら、イヴリンと並べばかすんでしまうほどだ。そのため、誰もがイヴリンが一体どれほど美しいのかと噂していた。美羽は愛想よく笑みを浮かべ、「とんでもないです」と謙遜した。その時、一人の男性が歩み寄り、声をかけた。「御影晋助(みかげ しんすけ)です。お会いできて光栄です、イヴリンさん」御影家といえば、東都の最上層に位置するセレブな家柄だ。美羽は挨拶した。「イヴリンさんには、お付き合いしている方は?」と、晋助が冗談半分、かつ真剣な面持ちで尋ねる。「晋助、直球すぎだよ。相手がびっくりするだろう」と暁がたしなめた。晋助は笑いながら言った。「聞くだけならいいでしょう。気分を害されたなら謝りますから」美羽は答えた。「いえ、付き合っている人はいません」それを聞き、晋助の笑みがさらに深まる。「それなら、連絡先を教えてくれませんか?」「ええ、もちろんです」二人が連絡先を交換するのを横目に見ながら、暁は隣の翔平に目を向けた。翔平は最初から最後まで沈黙を貫き、険しい表情で立ち尽くしていた。何を考えているのかは誰にも分からない。暁は心の中で小さくため息をついた。美羽と晋助は連絡先を交換し終えた。「イヴリンさん!」美羽の方へ走ってきた柚葉の手には、摘みたての草花があった。夢中で遊んでいたのか、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。「イヴリンさん、これあげる」柚葉が花を差し出す。美羽が腰をかがめて顔を寄せ、その匂いをかぐと、一陣の風が耳元の髪を揺らした。その根っからの優しげな笑みは、花よりもずっと鮮やかで美しい。「きれいね」間近でそれを見ていた晋助は、思わず言葉を失った。「パパ」現れた翔平の声に晋助が振り返ると、柚葉が手にした花を父に手渡した。「パパ、イヴリンさんにプレゼントしてよ」「柚葉からもらうからいいわよ」と美羽が言う。しかし柚葉は首を横に振る。「だめだよ、パパが渡して」柚葉にせがまれ、翔平はしぶしぶと花を受け取る。そして美羽と視線を合わせた。美羽の瞳には、冷ややかな色が浮かんでいる。適当にはぐらかすと思っていたのに、翔平は美
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第348話

翔平が結婚しているのか、そして娘が結婚相手との間に生まれた子なのか、それとも婚外子なのか。その真相を知っているのは、中山家と北条家の人間だけだった。両家が情報を明かさない以上、周囲も迂闊なことは聞けない。翔平は流し目で晋助を見ると、薄い唇の端に淡い笑みを浮かべた。「羨ましいか?」晋助は笑って応じた。「そりゃあ、羨ましいよ!でもさ、どうしてそんなに柚葉ちゃんみたいな可愛い天使のような子を授かったんだ?」晋助は不思議で仕方なかった。翔平という男は、誰に対しても本心など見せず、極めて冷酷な人間だからだ。暁は視線の先で柚葉の手を引き歩く美羽に目を向け、言った。「そんなの、決まってるだろ?柚葉ちゃんは母親似で優しいからさ。翔平に似ていたら大変だよ」晋助が興味深げに尋ねる。「暁、それじゃあ一体、柚葉ちゃんの母親って誰なんだ?」翔平が柚葉の母親を愛していないのは確かだ。そうでなければ、数年も柚葉の母親について一切噂が流れないはずがない。その母親が中山家や北条家の公の場に出ることも皆無だったのだ。柚葉の母親に対して愛はなくても、柚葉に対する寵愛ぶりは並大抵のものではなかった。翔平が唯一真心を見せる対象、それは柚葉だけだった。暁は翔平を見つめ、晋助に告げた。「知りたければ、本人に聞けばいい」晋助は一度笑って、それ以上は追及しなかった。「正直な話、翔平、最初は真奈美ちゃんを見て羨ましくなって、娘が欲しくなったんじゃないのか?」翔平の視線が、少し離れた場所にいる柚葉に向いた。綺麗で汚れのない小さな子。美羽が花を摘んで柚葉の髪に挿すと、柚葉は太陽よりも眩しい笑顔を見せた。翔平の眉が優しく緩む。彼は晋助を見ながら、言い捨てた。「羨ましいなら、そっちも早く子供を作ればいい」「一人親のくせに得意げだな。暁は奥さんもいて子供もいる。二人目だって予定してるんだぞ。翔平も急がないと追い越されるぞ」暁が茶化すように口を挟んだ。「こいつの奥さんは、こいつともう一人なんて望んでないようだがな」晋助がすぐに反応した。「どういうことだ?」……午後のひととき。玲が子供たちを見守るなか、玲は美羽を何人かの若い夫人たちに紹介していた。皆、結婚して数年という身の上で、子供たちの年齢も近かった。翔平の子供が美羽に懐き、美羽もまた深い愛情を
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第349話

言い終えると、暁は踵を返した。翔平は庭に目を向けた。美羽は視線を感じたのか、ふと顔を上げた。そこには3階のバルコニーに佇む、スラリとした翔平の姿があった。こんなに離れていると、翔平の表情までは読み取れない。ほんの一瞬のことだったが、美羽は冷ややかに視線を逸らした。そうこうするうちに、夜食の時間がやってきた。日はとっぷりと暮れていた。夜のライトアップは、昼間よりもずっと華やかだ。子供たちが明るい笑い声を響かせ、手をつないで芝生の上でダンスをしている。美羽は、今日知り合った一人の夫人と並んで座っていた。相手は、晋助の姉である御影明里(みかげ あかり)。そこに晋助がやってきて、美羽の隣に腰を下ろし、グラスを掲げた。少し離れた場所に座る翔平は、酒を飲みながら、柚葉の様子を静かに眺めていた。竜之介は、美羽のいる方を見て思わず言った。「晋助って、イヴリンさんに本気なのか?」その口調には、少しばかり妬ましさが混じっていた。てっきりイヴリンと隆は付き合っていると思っていたが、彼女は今日、「彼氏はいない」と言ったらしい。それで竜之介の心は再びかき乱されていた。ただ、イヴリンは最初から最後まで、自分の方を振り返ることはなかった。柚葉がこんなにもイヴリンに懐くなんて。翔平がどうしてそんなに親しくすることを許したのか、竜之介は不思議でならなかった。彼はどうしても、イヴリンと翔平の間には何かあるような気がしてならなかった。翔平の漆黒の瞳が、さりげなく美羽の姿を捉えた。彼女は口元に社交辞令の笑みを浮かべ、晋助と談笑していた。翔平は静かに視線を逸らし、冷たく言い放った。「気になるなら、直接聞けばいい」その時、暁が玲の手を引き、フロアの中央へ出てダンスを始めた。真奈美は嬉しそうに拍手をする。音楽のリズムに合わせ、次々と人がダンスの輪に加わっていった。柚葉はすぐに翔平と美羽を探した。ところが、美羽は翔平と一緒に座っていなかった。柚葉は慌てて翔平のもとへ駆け寄る。翔平は駆け寄ってきた柚葉を見ると、グラスを置き、手を差し出した。「パパ、イヴリンさんと踊ってきて」柚葉は翔平を無理やり立ち上がらせる。翔平は立ち上がり、「そんなに急ぐなよ」と窘めた。二人が向かった先には、先ほどまでいたはずの
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第350話

柚葉の手を引いて、美羽は言った。「私は踊れないの」柚葉は少し残念そうだった。翔平がやってきて、美羽に向かって言った。「踊れないなら、俺がリードしてやる」美羽は驚いた様子で、翔平を見上げた。柚葉はすぐさま大喜びでせかした。「そうだよ!パパがリードしてあげればいいんだ。早く行こう!」柚葉は二人の手を引っ張って、ダンスフロアへ戻ろうとした。「ちょっと、柚葉!」「イヴリンさん、いいから行こう!」「……」フロアの端に着く。翔平に手を握られ、美羽は咄嗟に拒絶しようと手を引いたが、男の力は強く、放してはくれなかった。美羽は翔平を横目で見る。「さあ」翔平は美羽をダンスフロアの中へ連れ出した。柚葉が脇で楽しそうに手を叩いている。翔平が片方の手で美羽の手を握り、もう片方の手で彼女の腰を抱き寄せると、美羽は声を漏らした。「翔平……」「これ以上暴れると、みんなの見世物にするぞ」と翔平は低い声で告げた。美羽は目を伏せ、込み上げる感情を押し殺し、それ以上翔平と視線を合わせないようにした。「本当に教えてほしいのか?」美羽の足取りは翔平のリズムについていけず、ぎこちなかった。だが、多くの人に見られている以上、公衆の面前で揉め事を起こすのは避けたかった。美羽の歩幅が少し合ってきたのを感じ、力を少し緩めた翔平が、唐突に訊ねた。「さっき、晋助と何を話していた?」「あなたには関係ない」美羽の声は冷ややかだった。「新しい恋人でも作るつもりか?」美羽は翔平を見上げ、いつも通り無表情に言い返した。「何が言いたいわけ?」「恋人を作るのは勝手だが、節度を保て」翔平の声は落ち着いていたが、言い分はどこまでも独りよがりだった。「それじゃ、私が何をするにも、あなたの許可が必要なの?」翔平が美羽の腰に強く力を込め、少し首を傾け、耳元で囁いた。身を寄せ合う形になり、美羽は体を強張らせて眉をひそめた。その体勢のまま、翔平が言う。「忘れるな。俺たちはまだ法律上、夫婦なんだ」と囁き、熱のこもった吐息が耳元を掠めた。それはつまり、美羽が何をするにも、翔平には干渉する権利があるという意味だ。翔平の肩に置いていた手に力が入り、美羽は言った。「私たちのどこが夫婦なのよ?」翔平は口元に微かな笑みを浮かべた。「夫婦じ
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