All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 211 - Chapter 220

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第211話

凛は振り返って、ダイニングテーブルに座る杏や克哉たちを見て、彼らの元に戻る。「竹内社長です」一同は呆気に取られた。「皆さんは、このままお食事を続けていてください。私はちょっと出てきますね」凛はテーブルの携帯をポケットに入れ、ドアを開けて外に出た。海斗を見つめ、彼がいる前で扉を閉めた。そのことで、海斗は凛の家に客がいることを瞬時に察する。またその客と今、自分が顔を合わせるのは都合が悪いのだろう。「竹内社長、どうされたんですか?」ひどく寒い夜、凛は白い息を吐きながら、海斗に説明をする。「すみません、お客さんが来ていまして」「そうか」と、返事をした海斗だったが、自分がなぜ凛の家に来たかについては、彼自身でも分からなかった。なぜだか、気づいたらここまで来ていたのだ。「入札がいよいよ明日になったから、知らせようと思って」海斗はそれしか理由を見つけられなかった。凛が退職し、あの箱をすでに渡してしまった今、唯一の接点は彼女が退職時に海斗の前で少しだけ触れた、このプロジェクトだけ。こんなことになると分かっていれば、あの箱の中身をひとつずつ返したのに。しかし、凛のこの目で見つめられると、海斗は拒否なんてできなかったのだ。「君が退職の日に少しだけ口にしてたから、気になっていると思って」と海斗は言い訳を付け足す。凛は頷いて言った。「竹内社長、明日の成功を祈ってます」「もし谷口社長が負けたら、君はどうする?」この質問に違和感を覚えた凛は、変なものでも見るような視線を海斗に向けてから首を振った。「特に何もしません。勝負には勝敗があるものですから。彼が競り勝てばそれは実力ですし、そうでなくても普通のことだと思います」「もし谷口社長が何かトラブルに巻き込まれたら?」海斗は彼女の目を見つめ、そこにどんな動揺が浮かぶのか探る。その瞬間、凛の瞳がかすかに揺れた。凛が聞き返す。「何かするつもりなんですか?」「なんだ?」海斗の声が低くなった。「元旦那を心配しているのか?」「いえ、彼のことなど私には無関係ですので」凛はそう言い切り、真っ直ぐに海斗を見つめる。「ただ、明日は竹内社長にとっても重要な日ですので、真っ当に挑まれたほうがいいかと思いまして」海斗の口角がくっと上がった。「なんだ、俺のことを心配してくれていたのか」凛は怪訝な
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第212話

もし策がここにいたら、海斗がこれほど礼儀正しく自分から挨拶をすることに、腰を抜かすに違いない。海斗といえば、誰もが知る御曹司だ。彼が現れれば誰もがすぐに立ち上がり、「竹内社長」そうでなくとも「海斗様」と向こうから挨拶してくるのが普通だった。だから、海斗自身が先に他人へと声をかけることなどまずないのに……今夜は異例中の異例だ。凛は以前、海斗と一緒に接待の席へ出たことがあった。その場では誰もが海斗を中心に動き、彼を立てていたし、海斗自身もどこか人を寄せつけないような傲然とした態度を取っていた。だからこそ、こんなにも紳士的で礼儀正しい彼を目にして、思わず面食らってしまった。杏や雅美は年上だからともかく、年下である梓にまでこの態度とは。「竹内社長、お世話になっております」梓はすぐさま立ち上がり、緊張した面持ちで挨拶をした。「高木梓です。凛さんの後輩です」海斗は頷いた。「凛さんの後輩か」座っている面々を一瞥すれば、全員が凛の先生や後輩といった、名だたる顔ぶればかりだった。さらに、克哉と梓に至っては、あの交流会にも参加していた。「竹内社長、どうぞ座って」「ありがとうございます、二宮教授」海斗が着席すると、仁がすかさず食器を差し出す。そして、杏はこう付け加えた。「今日は肩書きなど忘れて。みんな凛の友人として食事を楽しんでいるだけだからね」心中には疑念も憶測もあるだろうが、ここでそれを口にしてはならない、そういうことだと海斗は察した。互いに言葉を交わさずとも、意思は通じている。杏と克哉は満足げに視線を交わした。頭の切れる相手は話が早くて助かる。「先輩!先輩も早く座ってくださいよ。全然食べてないじゃないですか」梓が凛を促した。凛が椅子に腰を下ろすと、耳元で海斗が呟いた。「食事の邪魔をしてしまったみたいだな」しかし、謝罪の気持ちなど微塵も感じられない。凛は横目で海斗をちらりと見た。分かってるなら、それでいい……そう思いながらも、表情には一切出さず、何でもないような顔で言った。「竹内社長も、召し上がってください」食事の間中、梓はずっと二人の様子を窺うように視線を向けていた。彼女が海斗と凛の関係を知りたくてたまらないのは、誰の目にも明らかだった。たとえ退職していなかったとしても、社長が部下の家にくるのは普通
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第213話

凛はジュースを一口飲んで、答える。「一度食事をご馳走しますね」「それ以外は?」凛は答えに詰まった。毎回食事でお礼を済ませるわけにもいかない。それでも何も思いつかず、凛は問い返した。「竹内社長は、何をご希望ですか?」海斗は視線を戻す。「また今度」凛も視線を戻し、食事を続けた。すると、海斗がジュースの入ったグラスを両手で掲げ、杏、克哉、雅美の三人に「ご一緒させていただきありがとうございます」と静かに敬意を表す。何にせよ、普段の冷徹な海斗からは考えられない対応だ。しかし、あの穏やかで、礼節を重んじる瑶子が彼の母親だと考えれば、不思議と腑に落ちる気もした。夕食が終わると、梓と仁が片付けを始めた。克哉も洗い物を手伝ってから帰るつもりでいた。食べてすぐに帰って、片付けの全てを若い二人に任せるのは気が引ける。そんな気遣いが彼らにはあるのに、智也にはない。凛は言った。「お皿は洗わなくていいですから」海斗が加える。「食洗機がありますので」まるで夫婦のように、息の合った二人。克哉は雅美に尋ねた。「君が買ったのかい?」雅美が首を横に振る。「ここに住んだこともないわ」この家は、雅美が克哉に嫁ぐ際に、吉岡家が雅美に用意した物の一つに過ぎなかった。雅美はこれまで夫や子どもたちと政府が貸与する住宅で暮らしてきた。高級な豪邸とは言えないけれど、彼女にとって日々の暮らしはとても温かく幸せなものだった。結局、結婚というのは運で、運が良ければ雅美と克哉のような穏やかな暮らしが送れる。でも、運が悪ければ、金目当ての男に家ごと食いつぶされていたのが関の山だろう。もし他人に自分よりも格下の相手との結婚を相談されたら、雅美は止める。賭けに近いし、負ければ破滅しか待っていないのだから。誰しもが、今の自分たちのような幸福を手にできるとは限らない。雅美は言った。「凛さんが自分で買ったのかしら。食洗機を買うなんて、感心ね」雅美は満足そうな眼差しを凛に向ける。凛は恐縮して訂正した。「私ではなく、竹内社長が買ってくれたんです」「竹内社長が?」雅美は二人を交互に見比べると、含みのある笑みを浮かべて、それ以上は何も言わなかった。全員で食洗機に食器を収め、梓がテーブルを拭き終えてから、一同は解散することにした。仁と克哉が先
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第214話

「自分のできる範囲でなら、お応えします」「俺の望みは、全て君ができることだから」海斗はそう言い捨てると、車窓をゆっくり閉めた。車が夜の闇へと走り去っていく。凛が家に帰り、ドアを閉めたその時、携帯の通知音が鳴った。【しっかり休め】たった一言。凛は画面を見つめる。海斗は何かを察したのかもしれない。【社長もゆっくりお休みください】ソファーに腰かけ、仁から渡された袋を開けてみる。そこには明日着ていくための服と靴が入っていた。凛が二宮邸にいた数日間、仁は凛のためにエステや美容室を手配したり、服飾店に連絡をしては、凛と同じ体型のモデルに服を着せ、凛に選ばせようと必死だった。凛はその度に断っていた。だが、二宮邸のクローゼットを仁が埋め尽くすことだけは止められなかった。この服も、きっとその一部だろう。茶色の服に、太いヒールつきのショートブーツ。凛はそれらを持って部屋に上がり、風呂に入り、歯を磨き、恵からもらったハンドクリームを塗った。明日という日が来るのを、静かに待つ。……空がうっすらと明けてきた。智也はすでに目を覚ましていた。クローゼットを開き、今日の入札に着ていくスーツとネクタイを選ぶ。しかし、なぜだか違和感を覚えた。以前は隙間なく詰まっていた服のハンガーが、今日は等間隔に整えられているのだ。あんなに窮屈だったはずのクローゼットに、なぜ隙間ができているのだろう?彼はクローゼットの反対側を見てみることにした。そこは凛が使っていた場所。コンコン。その時、ドアがノックされた。「若様、朝食の準備ができました」使用人だった。健吾が今日の入札のために、使用人を泊まり込ませていたのだ。「分かった」智也はベッドの方へ戻り、服とネクタイを整えてから部屋を出た。食卓にはご飯からパンまで、様々な朝食が並んでいる。智也は席につき、それを眺めたが、数口箸をつけるだけでやめてしまった。凛が作ってくれる朝食がなくなってから、ずっと調子が狂っている。何を食べていても喉を通らない。使用人が智也の顔色をうかがう。「もうよろしいのですか?もしかして、お口に合いませんでしたか?」「あなたのせいじゃない。ただ、凛が作る食事に舌が慣れてるから」そう言って智也は立ち上がると、玄関に向かった。一度会社へ
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第215話

竹内グループ。拓海が社長室のドアを開けると、海斗は既にデスクに向かい、今日の書類にすべてサインを終えていた。時刻はまだ、午前8時を過ぎたところだ。「竹内社長、研究開発センターのメンバーが到着しました」海斗はペンを止め、顔を上げた。「10分ほどの簡単な打ち合わせをする」要点を的確に指示し、海斗は言った。「朝食は30分で済ませろ。8時50分にビルの西口で集合だ」一同は立ち上がり、オフィスを出て行った。海斗が拓海に向き直る。「言っておいたやつは持ったか?」拓海は自分の鞄を軽く叩いた。「はい、持っています」「20部コピーして、すべてホッチキスで留めろ」海斗の表情は険しく、その瞳には鋭い光が宿っている。拓海は直ちにコピーをした。しかし、枚数が多いため、恵と理央にも手伝ってもらい、ホッチキスで留め始める。手にした書類を一目見て、恵は眉をひそめながら尋ねた。「竹内社長は、これを町中で配り歩くつもりなの?」拓海はただ、小さく微笑むだけ。恵の言う光景は想像し難いが、海斗が審査員たちの目の前に書類を放り出し、すべてを支配している様子が拓海の目にありありと浮かんだ。理央は書類を整理しながら愚痴をこぼす。「てかこの男、本当に最低。浮気したせいで人生が終わることを思い知ればいいんだから。森田さん、やっぱり私たちはついていっちゃ駄目なの?」拓海は困ったような笑みを向けた。「ここでだって、噂は入ってくると思うよ。それに、君たちまで来たら、秘書室から人がいなくなっちゃうだろ?」「まあ、そうだよね」理央がホッチキスを勢いよく打ち込む音を聞き、恵がたしなめた。「ちょっと、丁寧にやってよね。この書類で私たちの最大のライバルを仕留めるんだから」「わかってるよ」と理央は言った。「凛さんはこの件、知ってるのかな?」恵は軽く肩をすくめた。「私には分からない」二人の表情はどこか寂しげで、拓海は口を開かざるを得なかった。「谷口さんは知ってるよ。それと、谷口さんに対する接し方を考えた方がいいかもな」「どうして?」と怪訝な顔をする理央。すると、恵が間髪入れず答える。「そのほうが、社長が喜ぶから」「その通りだ」拓海は書類20部を重ねた。鞄に入りきらなかったため、彼はいたって普通のビニール袋を取り出し、それらをまとめると口を結ん
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第216話

凛はうなずく。「じゃあ、道中で買いましょう。4人分ね」勘太は途中で車を止めて、簡単な朝食を4つ買ってきた。凛は携帯を革のスカートのポケットに入れ、朝食を受け取る。「東さん、経費で精算しておくのを忘れないでくださいね」「谷口博士、もう4年間もあなたに言われてますから忘れませんよ」勘太は苦笑いし、パンを2口かじると、入札会場へと車を走らせた。9時に車が会場に着いた。凛が車から降りるとボディガードもその横を固める。彼女はまずエレベーターで克哉のところへ向かった。研究所の幹部は皆そろっており、もちろん英樹もいた。柚葉は誤解を避けるため英樹とは一緒におらず、プロジェクトメンバーが全員いる隣の小さな会議室で控えていた。凛が各幹部たちへ順番に挨拶すると、彼らは賞賛の眼差しを向け、英樹も祝福の言葉を贈った。「谷口博士、この日を迎えるまで本当に大変だったな」「ありがとうございます、松田さん」凛は丁寧に礼をし、幹部たちの方を向いて言った。「私は選定に参加しませんので、隣の控室に行っておきますね」皆がうなずく。凛が出ていくと、克哉がついてきて言った。「隣の小会議室のディスプレイはここと連動しているから、各社のプレゼンも見えるし、リアルタイムの映像も流れる。だから君たちも真剣に聞いて、一緒に議論の結果を出してほしいんだ。最後には君たちの意見も聞くからね」「わかりました」凛はうなずき、隣の小会議室の扉を見た。「小林さんは来ましたか?」「来てる。下にいた」「下に?」凛は少し不思議に思った。さっき自分が上がってきた時には会わなかったのだが。克哉は含みを込めて言った。「たぶん、誰かを待ってるんだろう」その「誰か」なんて、言わなくてもわかる。凛は静かに目を伏せた。克哉は凛が何を考えているかはわからなかったが、注意を促す。「今日は私情を挟まないこと。すべてはプロジェクトの利益を優先して考えるんだよ」凛は克哉の言っている意味を理解した。簡単に言えば、智也がいるからとホシゾラ・テクノロジーを不当に否定してはならないし、竹内グループにいたという理由で忖度もするな、ということだろう。凛はすべて分かっていた。「私情は挟みません」「うん」克哉は真剣に彼女を見つめ、最後には温かく笑うと、凛の肩をポンと叩いて言った。「松田さんが言
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第217話

凛は何食わぬ顔で彼女の脇を通り抜けた。ちょうどボディガードが柚葉の視界を遮ってくれたため、柚葉が入り口の方を見たとき、凛の姿は見えなかった。勘太の乗る車が入り口に着いた。彼が凛の代わりに携帯を探そうとしたが、凛は自分でやると言って車内に身を乗り出し、シートの下から携帯を見つけ出す。ちょうどその時、後ろにベントレーが止まった。最初は誰の車か分からなかったが、見覚えのあるナンバープレートを見て、前に海斗にぶつけられて新車に買い替えたばかりの、智也の車だと気付いた。なんて運が悪いのか。こんなところで鉢合わせるなんて。凛は、きちんとしたスーツ姿で車から降りてきた智也を目にした。傍らには浩と、見たことのない若者が一緒にいる。智也は凛に気付いておらず、その視線はただ正面のビルに向けられていた。凛としても、彼には気づかれたくない。だが、一緒にいた青年の視線は凛に釘付けになっていた。「悠真さん?」智也が横にいる悠真の方を見ると、彼はどこか一点を呆然と見つめている。瞳を細め、心なしか何かがきらめいているように見えた。かつて同じ時期を過ごした智也には、この目が何を意味するのかくらいは分かる。一目惚れだ。悠真は一体、誰を見ていたのだ?智也は不思議に思い、その視線を辿ってみた。凛だ。それも、自分が見たことのない凛。端正な顔立ちはまるで絵画のようで、その表情には凛とした冷たさが宿っていた。身なりはすっきりとしていて、知性と有能さを感じさせる。眼鏡をかけていない彼女の琥珀色の瞳は、陽光の下で宝石のような輝きを放っていた。風が吹き、凛がさっと髪を整える。視線が交差した。智也までもが動きを止めた。ズボンのポケットに突っ込んでいた手を取り出し、凛の姿をぼんやりと見つめる。あの交流会での上品さとも違う、自立した知性を感じさせる雰囲気。だがどちらの彼女も、智也が見たことのない凛だった。最近忙しくて、ろくに顔を合わせていなかったせいか、ずいぶんと印象が変わったように感じる。美しさに磨きがかかる一方で、自分に向けられる視線は、以前にも増して……冷ややかだ。智也は眉をひそめた。なぜこんな所にいるんだ?それにその服装は?竹内グループを既に辞めたんじゃないのか?しかし、智也よりも先に動いた者がいた。「智也さん、
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第218話

柚葉は智也のそばに立つ。凛が二人をちらりと見たことに気づき、悠真は興味本位で尋ねた。「智也さん、この人は?」しかし智也が答える前に、柚葉が笑顔で悠真に手を差し出した。「智也のお友達?はじめまして、小林柚葉です」悠真は少し気まずさを感じた。智也と一緒に来たが、友達というわけではない。というより、智也を友達と呼ぶのは違うだろう。だが父親からは、智也についていくようにと言われているから、会釈ぐらいはしておくべきか。しかし、手は出さなかった。直感的に、凛がこの女を好んでいないと感じたから。自分は口説かないといけないのだ。智也は柚葉を見て眉をひそめながらも、悠真を紹介する。「景山悠真さんだ」友達だと、肯定も否定もできない。だが、この名前だけで柚葉には分かるだろう。事態を飲み込んだ柚葉の笑みが引きつった。まさか、あの景山家の跡取り息子だったなんて。「失礼いたしました」悠真はふっと笑うと、すぐに視線を凛に戻し、凛が歩き出そうとするのを追っていった。「中に入るんですか?一緒に行きましょうよ!」その目は真剣で、しっぽを振る子犬のように見える。「凛、どこ行くんだよ?」凛を追いかけようとした智也だったが、悠真と同じくボディガードたちに道をふさがれてしまった。ボディガードが容赦なく彼らを睨みつけている。凛は智也を振り返った。「用があるの」「こんなところに何の用だ?」智也は眉をひそめて、もう一度聞いた。「それに誰なんだこいつらは?誰がお前にボディガードなんてつけたんだよ?」その時、柚葉は気づいた。どうやら、凛は智也と一緒に来たわけではないらしい。智也と一緒に来たのではないのなら、考えられる人物は一人だけ。そしてそれは、きっと智也も気づいているはずだ。智也が尋ねる。「竹内社長か?」柚葉は口角を上げた。凛はまた海斗と一緒にいるようだ。「そうだ」男の低い声が響いた。凛が顔を上げると、いつの間にか竹内グループの一団がそこにいた。海斗がその中心に立ち、大勢の部下を従えている。海斗は冷ややかな目で全員を見渡したあと、悠真に視線を止めた。「君も来ていたのか」「竹内社長、お久しぶりです」悠真は挨拶しながらも混乱していた。どうして凛と海斗に接点があるんだ?「ああ」海斗は短く応じると、
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第219話

海斗と凛は、それぞれ別のエレベーターに乗る。扉が閉まる間際、海斗は先ほどの凛の姿を思い出していた。驚きで目を丸くする様子は、まるで迷い込んだ子猫のようで、可愛らしく思えた。男の口元がふっと緩んだのだった。……小会議室に入った柚葉が部屋を見渡すが、ここ最近自分を避けてばかりの谷口博士の姿はなかった。梓に尋ねる。「谷口博士はどこ?」梓は首を振った。「分かりません」柚葉が適当な席に腰を下ろそうとすると、隣の人が言った。「小林さん、そこは谷口博士の席です」楕円形の会議テーブルには上座が二つあり、一つはスクリーン側、もう一つがまさに柚葉が座ろうとした場所だった。プロジェクトチームのメンバーは彼女を良く思っておらず、柚葉もまた彼らを見下していた。だから、柚葉は鼻で笑って言い返す。「まだ来ていないじゃない。それに、今日ほどの大事な場で遅刻だなんて、責任者としてあるまじき行為だと思わないの?」梓は真面目な顔で答えた。「先輩はもうとっくに来ていて、少し離席しているだけですから」柚葉は笑みを浮かべただけで、何も言わない。このプロジェクトチームで、梓は谷口博士の一番の腰巾着だ。スクリーンに映る隣の会議室では、人々が続々と入室し、ほどなくして会場は満席になった。審査員も全員そろい、各企業の代表者たちもそれぞれの席に着いている。机の上には各社のネームプレートが並び、それに従って着席するのだ。竹内グループの席の隣は、ちょうどホシゾラ・テクノロジー。席に着いた海斗は、視線をホシゾラ・テクノロジーの席へ向けた。そこには、ぽつんと一つだけ空席が残されている。海斗はそこへ目をやり、面白がるように口元を緩めた。今日は景山グループの御曹司が来ている。では、この席に座るのは誰だ?本来なら、責任者である智也が座るべきだ。だが、御曹司の意向が示されないうちは、智也も勝手に腰を下ろすわけにはいかないのだろう。すると、英樹がホシゾラ・テクノロジーの空席に目を向け、尋ねた。「ホシゾラ・テクノロジーの谷口社長は来ていないのかね?」「こちらにおります」智也が英樹の方を向き、礼儀正しく頭を下げた。智也は柚葉から英樹の顔写真を見せてもらっていたのだ。悠真も口を開く。「智也さん、座って」促されてようやく智也は席に着いた。英樹は智也を
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第220話

柚葉は人生で一番の冗談を聞いたのかと思った。椅子に座ったまま顔を上げて、凛を値踏みするように見つめる。「凛さん。人は見た目が大事とは言いますけど、だからって、立派な格好をしただけで立派な人間になれるわけじゃないんですよ?」毎日智也のために洗濯や炊事なんかをしていた凛だ。本当なわけがないだろう。「谷口博士とは同姓同名なだけで、あなたは谷口博士じゃないんですよ。自分自身を騙すのは、もうやめてください」柚葉は席を立つことなく、冷たく言い放った。凛は横に控えるボディガードに目配せをする。その瞬間、ボディガードたちが柚葉の左右に回り込み、周囲が呆気に取られる中で彼女の体を強引に引き上げた。「な、何するのよ!」と叫ぶ柚葉。柚葉が座っていた椅子を凛が押しのけると、梓がすかさず新しい椅子を持ってきた。「先輩、どうぞ」柚葉がキッと梓を睨みつける。しかし、凛が座ると皆が口々に挨拶をした。「谷口博士、お疲れ様です」凛は頷く。「皆の分の朝食を頼んだから、もうすぐ届くはず。少し遅くなってしまったけど、今食べないと昼まで持たないから」柚葉は状況が飲み込めなかった。ボディガードたちも柚葉から手を離し、再び凛の左右に分かれて立った。凛は瞳を上げて先ほどの柚葉の言葉に言い返す。「小林さん、自分自身を騙しているのはあなたでしょ?」入札が始まった。凛は空いているもう片方の席を指して言った。「小林さん、座ったら?」完璧なまでに上の者の態度。柚葉はその場に立ち尽くし、信じられないものを見るような目で凛を見つめていた。最初に「谷口凛」という名前を耳にした時、まったく疑わなかったわけではない。同じ街で、しかも同じ名前なのだから、あまりにも出来すぎている。だが、智也のそばにいた凛は、こんな大きなプロジェクトの総責任者かつ開発者には見えなかったのだ。全く冴えない、どこにでもいるような女性。それに、谷口家の人間もことあるごとに彼女を馬鹿にしていたし、柚葉も凛が月給数十万円のただの雇われ社員だ、ということを真に受けていた。その後、凛が竹内グループに入り、海斗の秘書になったものの、1か月ともたなかったのだ。そんな人間が、どうして「マイクロチップ開発プロジェクト」の責任者だというのか?柚葉は頭の中が混乱し、思考がまとまらない。皆
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