運転手は凛の荷物をトランクに詰め、運転席に座って言った。「竹内社長、出発しますか?」表情ひとつ変えず、「出せ」と命じる海斗と、「少し待っていただけますか?」と、丁寧ながらも出発を拒否する凛。そんな二人の声が、同時に重なった。運転手は黙ったまま、バックミラー越しに竹内社長をうかがう。自分はどちらに従うべきか……社長にとって凛さんは特別だから、凛さんを無視すれば、後で社長に何を言われるか分からない。かといって社長の指示を無視すれば、それこそ怒りを買うだろう。どちらを選んでも怒られるなら、凛さんを優先して少しでも社長の機嫌を取るほうがましなのかもしれない。海斗が運転手に鋭い視線を投げつけた。「何してる?」運転手は再び凛を見た。凛は頭を下げて運転手に感謝を示しつつ、やはり海斗の説得を試みる。「竹内社長、私はこの家で4年暮らしました。社長には理解しにくいかもしれませんが、孤児だった私にとって、家というものは特別なんです。だから、最後は綺麗にして出ていきたくて」「孤児」という言葉に、海斗の瞳が一瞬揺れ、凍てついていた表情もわずかに和らいだ。「施設育ちの子どもは、自分の家というものへの憧れというのでしょうか……とても渇望しています。それに、たとえ短い期間で、つらい思い出が詰まった家でも、私にとってはこの体と心が安らげた場所でした。だから、掃除をしてからじゃないと、この家を離れたくないんです」凛の瞳は、湧水のようにどこまでも澄み切っていた。その澄んだ瞳に見入ってしまった海斗。だが、それでもまだ首を縦には振らずに、運転手に目配せをして、お前が掃除に行けと合図をする。運転手は車を降りた。そんな彼らに、凛が言った。「暗証番号知らないですよね?」運転手は困った顔で海斗を見つめ、心の中で呟く。社長、もう凛さんを掃除に行かせてあげてくださいよ!「凛さんは掃除をすることによって、過去を全て捨て去ることを望んでいるだけなんですよ」と、運転手は静かに海斗を諭した。凛も頷く。しばし黙っていた海斗だったが、ドアを開けると、そのまま車を降りた。車の外に立ち、凛を促す。「早くしろ」凛は少し驚いたが、すぐに車を降りて、もうすでに歩き出している海斗の後ろに慌ててついていった。その後、凛は納得がいくまでソファや玄関を拭
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