元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚 のすべてのチャプター: チャプター 191 - チャプター 200

456 チャプター

第191話

特に、その華奢な体つき……絶対にどこかで見たことがあった。柚葉本人は真剣に考え込んでいるつもりだったが、周囲の目には、凛をじっと睨みつけ、よからぬことを企んでいるようにしか見えなかった。嫌な予感を覚えた克哉は、すぐに梓へ視線を送る。その意図を察した梓はさりげなく身をずらし、凛の前に立った。凛も反射的に目を伏せる。視界を遮られた柚葉が一歩踏み出そうとしたところで、英樹が彼女の腕を掴んだ。険しい表情で柚葉を睨んでいる英樹。これ以上何をするつもりだ!まだ事態を大きくし足りないのか?「帰るぞ」英樹は柚葉を無理やり引っ張った。克哉がほっと胸を撫でおろす。「松田さん、お気をつけて」梓も深々と頭を下げて二人を見送ると、安堵の溜息をついた。「びっくりした。今にも先輩のマスクを剥ぎ取りにきそうな勢いでしたね。先輩がこのプロジェクトの責任者だっていうのに、よくもまあそんな真似できますね」「中途半端に特別扱いされて育つと、ああなりやすいんだよ」克哉は苦笑しながらため息をついた。「小林は子どもの頃から秀才扱いされてきたし、ずっと松田さんのそばにいたからね。そのおかげで普通なら会えないような人たちとも知り合えたし、ずいぶん可愛がられてもきた。だから、多少問題を起こしても、誰も本気で咎めなかった。ずっとそうやって守られてきた人間は、自分が特別扱いされていることに気づかないまま大人になってしまうことがあるんだ」「じゃあ、大人になってからはどうなんですか?」梓は首を傾げた。「さすがに社会に出たら、誰もそこまで甘くしてくれないですよね?」「確か、あの子が高校に入った頃からは、松田さんも公の場へは連れて行かなくなったよ」「なぜ?」松田さんが彼女を進学校に入れたんだけど、そこには彼女より優秀な生徒が大勢いた。それに、松田さんも以前より厳しくなってね。とはいえ、受験の結果は良くも悪くも微妙で、進学先の大学は選べても、学部や専攻まで自由に選べるほどではなかったらしい」一流大学だからといって全ての学部が強いわけではないし、逆に専門分野では有名でも大学自体の知名度はそれほど高くないこともある。「その頃は少し大人しくしていたんだ。でもその後、再び松田さんが大学院進学も留学も手配した。結局、ずっと松田さんが敷いたレールの上を歩いてきたん
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第192話

車に乗り込む時、ちらりと谷口博士の方を振り返った柚葉。「見るな。分かったか?」英樹もこの孫娘にはほとほと手を焼いており、家に連れ帰って自分が直接見張ることを心に決めていた。柚葉は言った。「だってあの人、いつも顔を隠してるでしょ?だから一体どんな顔をしてるのかって、すごく気になるの。もしかして、すごい不細工とか?」「お前には関係ない」バン、と車のドアが閉まった。英樹が柚葉を睨みつける。「もう余計なことは考えるな。次はわしも庇いきれん。長年積み上げてきたわしの名を汚すなよ?」「お爺様!」柚葉が怒りで顔を真っ赤にした。「もしかして、私の存在が恥ずかしいの?」英樹は険しい表情で前を向き、何も答えなかった。柚葉はますます腹が立った。どうして祖父は、そんなひどいことを言うのだろう。松田家に帰ると、柚葉は靴も揃えず、そのまま自室に駆け上がった。祖父と孫の諍いを察した使用人たちは、息を殺して見守る。松田家で英樹に逆らえるのは、柚葉くらいなものだった。それでも、可愛がって育ててきた孫娘ということもあり、最終的にはいつも英樹が折れていた。すると、英樹が使用人に指示を出す。「今週は柚葉を見張っておけ。外に出すんじゃないぞ」使用人は呆気に取られた。柚葉が外出禁止ということか?「しっかり見張っておけ」どうやら、今回は本気で怒っているらしい。外出を禁じられたことに激怒した柚葉は、自室にこもると、すぐに智也へと電話をかけた。かけ直して3回目、ようやく繋がった。「智也、なんですぐに出てくれなかったの?」「まだ会社にいるんだ」「こんな時間なのに?」柚葉は少し驚き、続けて心配するように言った。「まだ残業中?もう準備は終わってるんじゃないの?」「今回の入札は絶対に負けられないから、もう一度見直しておこうと思って」谷口グループの社長になってから最大のプロジェクト。一つのミスも許されない。「私のせいだよね。役に立つようなことができなくてごめん。それに、今回のことでお爺様にも怒られて、外出禁止になっちゃったの」柚葉の声には悲壮感が溢れていた。「柚葉。確かに、お前は少しやりすぎた。これじゃあ、お前自身の身が危なくなる」「あなたまで私を責めるの?」柚葉は不満そうに言った。「智也のためにしたのに」智也は少
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第193話

智也は自分がいつそんなことを言ったのかと反論しようとしたのだが、ふと去年のことを思い出した。ある日、仕事から帰る道すがら、片手に傘をさし、もう片方の手には買い物袋を提げ、それでも濡れてしまっていた凛を目にしたのだ。智也は凛に車を買ってあげようと思い立ち、すぐ浩に車を選ぶように言うと、浩が1500万や2000万クラスの車をリストアップした。確かに、その時の自分はそう言ったかもしれない。凛に高価な車は不要だ、と。それに、もともと車は買うつもりだったのだが、その時、ちょうど柚葉の研究費用を振り込んだので、少し手持ちが厳しく、購入を先延ばしにした。それから数日後、凛に車が必要か聞いたら不要だと言うので、この話はなかったことになったのだった。はっと意識を戻した智也は、浩に指示を出した。「ポルシェを買ってやれ」「承知いたしました」通話を終え、帰宅しようとした智也だったが、家には凛がいないことを思い出し、足を止めた。結局、オフィスのプライベートルームで眠りにつくことにした。翌朝、智也は胡桃から執拗にかかってくる電話で目を覚ました。時間を確認すると、まだ朝の8時。「こんな朝っぱらから何だ?」「お兄ちゃん、怖いの……」胡桃の声はひどく動揺していた。「凛さんが今夜10時に、タケウチ・ホテルで会おうって」「きちんと謝ってくれば済む話だろ?凛だって、俺の顔を立てて、お前にそこまで酷いことはしないはずだ。でも、今後は二度と、凛を傷つけるような真似はするなよ」「お兄ちゃん!」胡桃は焦ってその場で地団駄を踏む。「でも、凛さんは何か企んでる気がするの!だって、同じ時間に同じ場所だよ?これで何もないなんて言える?」耳を突き刺すような金切り声に眉を顰めた智也は、携帯を耳から離して立ち上がり、プライベートルームを出た。「凛はそんなことしない」「どうしてそうだって言い切れるの?!ねえ、お兄ちゃん、今夜一緒に来てよ。お願い、一生のお願いだから!」「俺は忙しいんだ」断りかけた智也だったが、凛と数日会えていないことを思い出し、一緒に行くことにした。「分かった。俺は後から行くから、お前は先に行ってろ」ようやく胡桃の心に安堵が広がる。「ありがとう、お兄ちゃん!」一瞬で声のトーンが変わった。……夜。タケウチ・ホテルのエ
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第194話

胡桃は何も言い返せなかった。日和が手を伸ばす。「さあ、胡桃。はっきり聞こえるように謝ってくれる?」「ここで?」胡桃は周りを見渡した。エグゼクティブラウンジには人が多く、彼女は露骨に嫌な顔をした。日和は腰を屈め、テーブルの下から拡声器を取り出す。「はい、これ。これならみんなに確実に聞こえるから」「え?」凛は呆気に取られた。この子はいつの間にこんなものを用意してたの?日和が呆れたように言う。「私、さっきからずっと床に置いてたじゃないですか。まさか、気づいてなかったんですか?」凛は頷いた。全く気づいていなかった。日和は拡声器を胡桃の手に押し付ける。「謝り方は分かる?何に対しての謝罪なのかをはっきり説明してから、謝るんだよ?長々と話さなくていいから、簡潔にね」拡声器を手にした胡桃は、しどろもどろに言い訳を始めた。「こんなちゃんとした場所で、そんな下品なことできるわけないでしょ!」「ここ、うちが経営してるところだから。私がいいって言ってるの。他の人なんか気にしないよ?」胡桃は奥歯が砕けそうなほど強く噛み締めた。「あなたたち、わざとでしょ!」凛は頷く。「うん。それに、私時間がないの。一分以内に謝らないなら、告訴は取り下げないからね」胡桃は唇を震わせながら、拡声器の電源を入れたが、やはり言葉が出てこない。大勢の面前で、こんな恥をかかされたことなど、今まで一度もなかった。凛は鞄を手に取り、席を立った。日和もそれに続いて立ち上がろうとする。「ごめんなさい!」胡桃は目を閉じて叫んだ。周囲の視線が一気に突き刺さり、顔からは一気に血の気が引いていく。「ごめんなさい。あなたのことが嫌いだったからって、お兄ちゃんと離婚させるために、薬を盛ってごめんなさい!それに、人を使って……とにかくごめんなさい!許して!」胡桃は一息で言い終わると、すぐに頭をテーブルの下に突っ込んだ。日和が無情にも笑い声を上げる。凛は冷静な声で言った。「顔を上げて。このお酒を飲んだら許してあげるから」「何言ってるの?」胡桃が顔を上げたので、凛は瓶を取り出し、わざと胡桃に見せつけるようにして、酒の中へ2粒放り込んだ。胡桃の目が瞬時に見開かれる。「何やってんのよ!」「飲んで」凛はグラスを彼女の前に押し出した。「やっぱり、ろくな
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第195話

胡桃は口を固く結び、口の端から酒を零しながら苦悶の表情を浮かべていた。「いい加減にしろ」智也がすかさず凛の手首を掴み、眉をひそめて止めに入る。「凛、もうやめろ」酒の中に怪しげな薬など入っておらず、ただ凛が無理やり飲ませているだけだと、智也には分かっていた。だが、それでもやりすぎだと思った。日和が口を開く。「谷口社長。胡桃が少しお酒を飲まされただけでそんな顔をするんですね。じゃあ、凛さんが冷たい水の中で窒息死しそうだった時はどうだったんですか?」智也は一瞬言葉を失った。凛が冷水の中に沈められていた時の状況は知らなかったが、あの廊下に水が溢れていた様子から容易に想像がつく。特に、千石鍼灸院で見つけた時の、痛々しいほど弱りきっていた凛の姿を思い出した。智也は自分自身でも理解できなかった。当時の彼は、海斗と凛が二人でいることに嫉妬し、怒るばかりで、凛の唇が青白く、血の気が全くなかったことに、一切気がつかなかったなんて。それに、鍼治療までしていたというのに。智也の指が、凛の手首からスッと外れた。日和はさらに続ける。「どうしたんですか?凛さんには頼れる家族がいないからって、好き勝手してきたんですか?でも、もう昔とは違います。今の凛さんには、私がいますから」そう言い終えた日和は、凛の手からグラスを取り上げ、それを胡桃の口元に突きつけて酒を流し込んだ。グラスの中身がすぐ空になると、日和は不満そうにグラスを置いた。顎から凛の手が離れた胡桃は、地面に崩れ落ち、飲まされた酒を吐き出そうと必死に咳き込む。それでも吐き出せずにいる胡桃は、青ざめた顔で叫んだ。「お兄ちゃん、救急車呼んで、早く!」智也は震える妹を見て胸を痛め、しゃがみ込んで抱きしめながら言った。「大丈夫。中には何も入っていないから。心配するな」「そんなはずない!」と胡桃は言い張った。その様子を、日和が笑いながら見ている。凛は抱きしめ合う兄弟を無表情で見つめ、弁護士に電話をかけると、その場で訴えを取り下げる旨を伝えた。そして、胡桃に向かって警告する。「胡桃、もう二度と私に関わらないで。今夜のあなたが薬を盛ったという証拠も動機もすべて録音したから。次はないよ」胡桃は目を大きく見開き、叫んだ。「最低!」しかし、凛はもう言い返す気力もなかった。「
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第196話

智也は凛に電話をかけた。何度かけても出ない。30分後、凛から【携帯の充電が切れてた】というメッセージが届いた。智也は、すでに胡桃を家へ送り届けている最中だったが、そのメッセージを見るとすぐさま凛に電話をかけ直す。「なんで下で待っててくれなかったんだ?」「胡桃に会いたくないから」凛のあまりのストレートな言葉に、智也は言葉を失った。以前の凛なら、いくら腹を立てていても、これほど直球な言い方はしなかったのに。少なくとも、自分のためを思って、智也の家族に対しては寛容に接してくれていた。助手席に座る胡桃が大声を張り上げる。「こっちだって、顔も見たくもないわよ!本当、腹立つ!」しかし、胡桃が言い終わる前に、智也は電話を切った。二人の仲を修復するために行ったというのに、かえって溝が深まっていくばかりだ。仕事なら上司や部下とうまくやれる智也も、家族関係となると、もうどうしようもなかった。智也の顔に疲労の色が浮かぶ。ついに我慢の限界に達した智也は、ハンドルを強く叩くと声を荒らげた。「胡桃!いい加減にしてくれ!俺と凛が離婚しなきゃ気が済まないのか?!」怒鳴りつけられた胡桃は、あっけにとられた。「お兄ちゃん、一体どっちの味方なのよ?」「お前こそ、どっちなんだ!」「私は当然、お父さんとお母さん、そして柚葉さんの味方だよ。凛さんのことなんか大嫌いなんだから!」胡桃は怒りに任せて腕を組んだ。「うちの家族は、みんな凛さんのこと嫌ってる。だから、悪いのは凛さんでしょ?なんでみんな柚葉さんばかり可愛がるのか、よく考えてよね!お兄ちゃんだって柚葉さんが好きなんでしょ?だから、私が協力してあげてるんじゃん。もし凛さんが不倫でもしてくれたら、都合よく離婚できると思わない?財産分与もしなくていいし、凛さんが身一つで出て行ってくれるんだよ?」智也は急ブレーキを踏むと、顔を歩道に向けて言った。「降りろ」「嫌」胡桃は動こうとしない。「私のことここで置いてったら、お父さんとお母さんに全部言うから」確かに、智也にとって手に負えないのは胡桃ではなく、両親だった。とはいえ、先ほどの胡桃の言葉は聞き捨てならない。「最後にもう一度言うぞ。降りろ」一刻も早く凛のところへ行きたかった智也は、これ以上、胡桃の相手をするつもりはなかった。
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第197話

智也が書斎に足を踏み入れると、すぐ後ろから母が慌てて追いかけてきた。梨花はデスクに向かうと、そこに置いてあった書類を、さっと袖の中に隠す。「母さん、何を隠したんだよ?」智也に尋ねられ、梨花は心臓が止まるかと思ったが、なんとか言葉を濁した。「べ、別に何でもないわよ」「見えたよ」智也は梨花を見つめ、先ほど目にした書類を思い出していた。「み、見てたの?」心臓が口から出てきそうだ。智也がうなずく。「どうして俺に隠すんだ?」梨花は緊張で息を呑んだ。健吾からは離婚の事実を智也には黙っておけと念押しされている。もしここでばれてしまっては、智也の仕事や将来に影響が出かねない。そんなことになってしまっては、一大事だ。あの日、どこかにしまっておけばよかった。でもまさか、智也が書斎に来るなんて!ここ最近の智也は目が回るほど忙しく、自分たちへの返信どころか、柚葉からの連絡も無視していたぐらいなのに。「机の上にあった書類を持ってきてって言っただけなのに、なんでこんな時間がかかってるんだ?」健吾が書斎に入ってきながら、淡々とした口調で梨花に聞いた。「あったか?」梨花はすぐにうなずく。「ええ、あったわ」「なんの書類なんだ?」智也が疑わしげに問い返す。梨花は気が気ではなかった。いや、でも、内容は見られていないはず。健吾のもとへ近づき、梨花は袖から書類を出して渡した。健吾はそれを手に取ると、上着のポケットへ入れた。「そんなにこそこそして、一体なんの書類なんだよ?」智也の目が疑惑の色に染まっていく。自分に隠すなんて、両親に何かあったのか?智也の眉間にしわが寄る。「俺たちの婚姻届証明書だ。今度、記念の催しが役所であるから、結婚して30年だし参加しようと思ってな。それには、自分たちが結婚して何年か証明する必要があるんだよ」健吾は堂々と嘘をついた。さらに、昔から恐ろしい威厳のある健吾の言葉に、智也はそれ以上深く追及できなかった。「そうだったのか」病気や他のことじゃなくてよかった、と智也は胸をなでおろす。「俺たちのことは気にするな。それより、お前と胡桃はなんだ?家族なのに、毎日毎日言い争いばかり。外で恥を晒すのもいい加減にしろ」智也は健吾と梨花を真剣に見つめた。「じゃあ、胡桃に俺と凛の仲を邪魔するのをやめさせてくれ
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第198話

「今は仕事が大事だから、他のことは全てが片付いてからなんとかするよ」智也は自分に言い聞かせるように、そう答えた。健吾も頷く。「男は仕事が一番だ。だが、お前を支えてくれている存在を忘れてはいけない。柚葉はこれまで、お前のためにずいぶんと尽くしてくれたからな」その瞬間、智也の口から思いがけない言葉が出た。「凛も、俺のためにいろいろとやってくれた」「料理や家事など、それがなんだっていうんだ?」健吾は智也の手にある本を見て目を細めた。サマセット・モームの『剃刀の刃』。「なぜ、わざわざそんな本を?」智也はその本を手に取ったまま、何も答えなかった。「父さん、俺はもう行くから」「ああ」智也が書斎を出て行ったあと、梨花は慌てて健吾に近寄った。「あぶなかったわ。もし智也に見つかってたら、大事になってたね」「ねえ、何の話?」胡桃が割って入ってくる。「大人の話に口を出すな」健吾にそう言われ、胡桃は頷くしかなかった。健吾は梨花と胡桃を見つめ、改めて釘を刺す。「いいか、智也に迷惑をかけるなよ。お前たちが凛のことをどう思おうと勝手だが、今は重要な時期なんだから、智也の前では大人しくしていろ」そして胡桃に視線を向けた。「特に胡桃。お前は少し黙っていることを覚えた方がいい」胡桃はふてくされて言った。「わかってるわよ」……智也は車を走らせながら、再び凛へと電話をかけた。「二宮先生のところにいるのか?」「何か用?」凛は日和とともに窓の前に立ち、A市の夜景を眺めていた。まばゆい街の灯りが、果てしなく続いている。「迎えに行くから」凛は冷静に断った。「もう遅いし、杏さんたちにも迷惑だよ。それに、明日の朝は講座があるし、このままこっちにいたほうが楽だから。それに、あなたも忙しいんでしょ?」「確かにそうだな。悪かったよ」「大丈夫」もうあなたなんてどうでもいいの。「落ち着いたら、お祝いしてくれるんでしょ?」「ああ。プレゼントも用意してある」智也は車を受け取った凛が喜ぶところを、想像しながら答えた。だが、凛にはそんなプレゼントなど一切興味がない。「明日も会社で残業?」「ああ。家に帰っても、どうせお前がいないからな」智也の声がわずかに止まった。「凛、お前に会いたいんだ」「そう?」凛の声は冷ややかで、何も感情
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第199話

智也は【分かりました】と打ちかけたが、少し迷って消すと、別の言葉を打った。【結構です。もう、これからは一切必要ありません】最近の凛は辛い思いをしている。これ以上監視を続けて、それが本人にバレれば、またひどく悲しませてしまうだろう。智也は携帯を置いた。智也自身が気づかぬうちに、彼の凛に対する気持ちが変化していた。最初は凛のことを制御できなくなるのを恐れ、無理やり仕事を辞めさせ、母親としての準備のためにと講座に通わせた智也。しかし今では、彼女の感情そのものを気にするようになっている。自分の利害を気にせず、相手の心を優先させようとしているとき、それはもう恋に落ちているということ。だが、智也の場合は本人が無自覚なまま。……凛は暗証番号を押してドアを開けた。冷え切った空気が中から出てきて、げた箱には薄っすらと埃が溜まっていた。ずいぶん長い間、ここへは誰も戻っていなかったらしい。凛は室内を見回した。4年間住み続けた家。どこを見ても、忙しく動き回っていた自分を思い出す。智也がよくいた場所といえば、リビングのソファだろう。事務仕事をする時も、彼は書斎へは行かずリビングを使うことが多かった。そしてもう一箇所、ベランダだ。電話をする時は決まってベランダへ行き、窓をぴっちりと閉める。そんな時、凛が見ていたのは、彼の背中か横顔。凛はしばらくの間、立ち尽くしていた。はっと意識を戻すと、日和がげた箱を開けていた。「この靴は全部持っていきますか?」「あとで片付けるわ」凛は日和に座るよう促し、お湯を沸かしてローズティーをいれる。「これ飲んでいて。寝室で洋服をまとめてくるから」部屋に入ると、ベッドのシーツは替えられていたが、乱れたままだった。凛はシーツを整え、布団の端を折り返し、枕を立てて置く。カーテンを開け、窓も全開にして、溜まった空気を入れ替えると、それからクローゼットを開けた。中のスーツやネクタイも少し散らかっていたため、凛は一つひとつ丁寧に整える。視線を常に下へ向け、伏せた長い睫毛で自分自身の複雑な心境を全て隠した。智也のために片付けるのは、これが最後だ。すると、日和が誰かと電話している声が、ふと耳に入ってきた。どうやら、何か急用ができたらしい。顔を上げると、ちょうどドアのところに日和
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第200話

立つ鳥跡を濁さず。それに、掃除をすることで、自分自身の心も綺麗になっていくような気がする。1時間が過ぎた頃、凛の額には汗が滲んでいた。腕で拭おうとしたその時、インターホンが鳴った。ドアは開けっ放しだ。「どなたですか?」顔をあげた凛に、一瞬だけ緊張が走る。まさか、智也が帰ってきたのか?「俺だ」海斗がドアを開けて入ってきた。革のソファの前で汗だくになりながら掃除をしている凛の姿を見て、眉間に深い皺を寄せる。それから、部屋を見回した。狭い2LDKを見て、眉間の皺がさらに深くなる。智也は年収が数十億あるくせに、凛をこんな狭い場所に住まわせていたなんて。愛人には金を使うのに、妻にはびた一文払わないと?そして、もっと腹立たしいのは……とっくに離婚したっていうのに、凛がまだこうして部屋の掃除をしていること。汚れた服。埃がついた顔。海斗は大股で凛に近づいた。「竹内社長、こんにちは」凛は、日和が呼んだのは海斗だろうと察しがついたから、彼の出現にそこまで驚かなかった。この兄妹は口喧嘩ばかりだが、いざとなれば真っ先に駆けつける。「何が『こんにちは』だ」眉を顰める海斗の顔には、苛立ちが滲んでいた。そして凛の手から雑巾をひったくるように取り上げると、そのまま濁った水の入ったバケツへ放り込んだ。濁った水が跳ね、二人の足元を濡らす。「そんなに家政婦になりたいのか?」凛が答えようと口を開くと、それを遮るように海斗が忌々しげに吐き捨てた。「馬鹿馬鹿しい」「俺と一緒に来い」凛の手首を力任せに引っ張る海斗。しかし、凛はその場から動こうとはしない。「あと少しなんです。ソファとげた箱を拭いて、床を雑巾掛けすれば……」「うるさい」痺れを切らした海斗は、掃除で汚くなった凛を肩に担ぎ上げ、そのまま外へ運び出した。突然体が浮き上がり、彼女は声を上げる代わりに恐怖で海斗の肩にしがみつく。「竹内社長!」「黙れ」凛を一喝した海斗が外に出ると、もう既に運転手が待機していた。「荷物を車に載せろ」海斗は床にある袋に視線を向け、運転手に指示を出す。「慎重にな」「かしこまりました」さっと荷物を拾い上げ、海斗の後ろをついてくる運転手。「降ろしてください」凛が抗議するように言った瞬間、不意に体が上下に揺れた。海斗がわ
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