柚葉は、爪が食い込むほど強く手を握りしめた。そんな馬鹿な。智也が会いに来たのは自分であって、凛なわけがない。智也が上がってくると、柚葉は笑みを浮かべて駆け寄った。「智也」そこで初めて、智也は柚葉もいることに気がつく。なぜ今まで気づかなかったのか、智也は自分でも不思議だった。まあ、いい。今はそんなことどうでもいいのだ。その場を離れようとしていた凛だったが、智也に名前を叫ばれ足を止める。「凛!」智也は柚葉の横をそのまま通り過ぎた。無視された柚葉の瞳に、失望が浮かぶ。そんな柚葉を見ていた利明は、胸を痛めた。凛と智也がすでに離婚していることを、柚葉に伝えるべきなのだろうか?教えれば、柚葉もこんなに思い悩む必要はなくなるのでは?皆が見守る中、凛に向かって歩いていった智也だったが、横から海斗が割って入ってきて、行く手を遮られた。海斗が凛を背中で庇う。「谷口社長、場をわきまえてくれるか?」男の低い声が響き、その鋭い警告とも取れる視線が智也に向けられた。今日は竹内グループの祝賀会で、3階の甲板には竹内グループの社員及び凛のプロジェクトチームの人々が大勢歩き回っている。上に立つ者は、常に威厳と信頼を保たなければならない。それに、私的な問題を同僚や社員の前に持ち込まないのは、経営陣にとって暗黙のルールでもある。ましてや、この大勢の前で騒ぎ立てれば、恥をかくのは間違いなく智也の方だ。浮気をしたのは、ほかでもない彼なのだから。智也は少し声を抑えて言った。「凛、話したいことがいっぱいあるんだ。終わるまで待ってるから、一緒に帰ろう」凛が答える。「嫌」あまりに冷ややかな拒絶に、智也は呆然と立ち尽くした。「ちゃんと話さなければならないこともあるんだ」「私たちの間に、何か話さなきゃいけないことなんてあるの?もう全部はっきりしてると思うけど」この見慣れた顔を見るたび、凛は吐き気がこみ上げた。「小林さんのことが好きなんでしょ?だったら、私のことなんて気にせずに、大切にし続けてあげて。誰も止めないから」いや、正確には違う。智也の母は、全力で阻止するだろう。「凛!」智也は目を見開いた。まさか、凛がこんなことを言うなんて!自分は、彼女の夫だというのに……焦りのあまり、一瞬にして智也の目頭が熱
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