All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 271 - Chapter 280

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第271話

美穂子は凛のサイドテーブルの引き出しから箱を見つけると、中に書類が入っているかどうか中身を確認した。内容を目にした瞬間、美穂子は怒りで頭が真っ白になる。凛さんの元旦那は、正真正銘の人でなしだ……美穂子は凛がこの資料を元旦那の母親に渡そうとしていることを知っていたので、梨花に資料を手渡す際は、梨花を怒りに溢れた目で睨みつけた。「あなた、誰?」梨花は完全に軽蔑の目を美穂子に向けている。「凛さんのお世話係です」「世話係ごときがそんな目で私のことを見るなんて。何様のつもり?」「おっしゃる通り、世話係は偉くありません。ですが、人でなしなんかは育てませんので」この世話係は、智也を「人でなし」と言っているのか?梨花は、唇を震わせながら怒鳴った。「もう一度言ってみなさいよ!その口、引き裂いてやるんだからね!」今は冷静に話をしなければならないと思った凛は、喧嘩を止めようと、口を開きかけた。ところが、美穂子は想像以上に強く、腰に手を当てたかと思うと、胸を張って梨花の前に立ち、そのままの勢いで梨花を押し返したのだ。「私の口を引き裂く前に、ご自身の息子がやった事を確認したらどうですか!」梨花は鬼のような形相で、美穂子が持っていた資料を奪う。「一体これが何だって……」梨花の言葉が、突然途切れた。梨花は資料を凝視した。最初は信じていなかったが、ページをめくるにつれてその手が震え出し、読み込む速度も次第に上がっていく。「嘘……よね……」ここ数年、息子が稼いだお金が柚葉ちゃんに使われていたの?すべて柚葉ちゃんに?なんてこと!何もかもあの女に吸い取られていたなんて!10ページ以上に及ぶ資料が梨花の手の中で、ぐしゃぐしゃに握られていた。梨花は信じられない思いで、凛の顔を見上げる。「これは一体何なの?」梨花は未だにこの真実を受け入れられていなかった。凛は梨花の目を見つめ、静かに口を開く。「資料の通りですよ?私が智也と結婚していた4年間、彼は私に毎月6万円しか渡してくれなかったので、生活費が足りなく、自分の給料を足すこともしばしばありました。胡桃が事故で入院した時、あなた方は慰謝料を出せって私に言いましたよね?でも、毎月6万円の小遣いで何をどう払えって言うんですか?小林さんが海外にいた数年間、彼は毎月6000万
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第272話

美穂子も少し驚いていた。「彼女、息子さんの稼ぎに対してそんなに執着があったんですか?怒りで倒れちゃうなんて」梨花はこれまで一度も働いたことがなかった。都会の一般家庭に生まれ、19歳までは実家で暮らしていた。そして、彼女より4歳年上の健吾と結婚してからは彼に養ってもらい、健吾が会社を辞めた後は、智也に頼ってきた。梨花は事あるごとに、月給十数万の凛を「稼ぎの少ない女」だと罵ってきたが、実際には梨花こそが一銭も稼いだことがない女だったのだ。強いて言うなら、健吾や智也からもらった金を銀行に入れて発生する、その利息は彼女の稼ぎと言えるかもしれない。しかし、梨花は夫の稼ぎも、息子の稼ぎも、すべて自分のものだと思っていた。息子の稼ぎは、気に入らない嫁である凛に管理されていると思い込んでいたが、実際には全く別の、嫁でもない女に流れていたとは……病院のベッドで目を覚ますと、すでに凛の姿はなく、そばには心配そうな表情で立つ夫の健吾と息子の智也がいた。「母さん、大丈夫か?」梨花が起きたことに気づいた智也が、不安そうに声をかけた。「一体どうして倒れたんだ?」健吾も尋ねる。「具合はどうだ?」梨花は凛に見せられた資料と、凛が言った言葉の数々を思い出し、息が詰まりそうなほどの憤りを感じた。震える指先で息子を指す。「正直に答えなさい。ここ数年、あなたの稼ぎはどこに流れてたの?」智也は息を呑んだ。瞳に一瞬だけ焦りが浮かぶ。どうして母がこのことを知っているんだ?あのスキャンダルの件は、景山グループがすでに処理させていたはずなのに、どうして母の耳まで届いているのだろう?健吾も眉をひそめた。「目を覚ましたばかりなのに、どうしてそんなことを?稼ぎは凛が管理しているんじゃないのか?」「何が凛が管理しているですって!」梨花は手を振り上げ、智也を叩こうとしたが、結局はその手を止めた。「智也、あなたの口から聞かせてちょうだい。あなたの給与やボーナス、その他あなたの手元にあったお金が全部どこに行ったのか……あなたは、私たちに隠れて一体何をやっていたの?!」梨花が取り乱す様子を見て、不安になった健吾は、智也を睨んだ。「まさか、お前……変なことに手を染めたのか?」「そんなことあるわけないだろ」智也は唇を真一文字に結ぶ。「なら、母さんが言っ
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第273話

もはや隠しきれないと悟った智也は、いっそ正直に話すことにした。「柚葉には必要だったんだ。それに、俺には金銭的な余裕があったし、彼女の事業を応援したかったから。だって、女性が夢を追うのは大変なことだろ?」息子の口から柚葉に金を使ったと聞き、梨花はショックのあまり再び倒れてしまった。駆けつけた医師から、患者を興奮させないようにと注意を受ける。智也は梨花を心配そうに見つめた。こうなることを心配していたから嘘をつき、お金は全て凛が管理していると思わせていたのに。「こっちへ来い」健吾は智也を病院の廊下の突き当たりへと呼んだ。バシッと乾いた音が響く。頬を叩かれた智也の顔が、弾かれるように横を向いた。父は手加減してくれていたようで、出血はしなかったが、叩かれた頬からはひりひりと熱が伝わってくる。「少し柚葉を甘やかしている程度かと思っていたら、お前……まさか家中の資産を一人の女のために使い込んでいたなんて!一体どういうつもりだ?自分や家族の生活なんかどうでもよくなったのか?」智也は唾をごくりと飲み込み、父を見返した。「父さん、俺は柚葉の事業へ出資をしただけなんだ。個人投資だよ」「そんな馬鹿みたいなこと、誰から教わったんだ?すべての財産を一つの投資に注ぎ込んではいけないことを知らないのか?」健吾は険しい表情で言い放つ。まさか自分の息子が、柚葉の手の上で転がされていたなんて。ろくでもないやつめ。どうりで財産分与無しでも、凛が離婚したがったわけだ。凛がこれまでこんな仕打ちを受けていたとは、気づかなかった。夫が妻も家庭も顧みず、他の女に全て注ぐ姿を、凛がずっと間近で見ていたのだと思うと、健吾は胸に巨大な岩が乗っているかのような息苦しさを感じた。これでは本末転倒ではないか。「個人投資だと?柚葉が今どんな状況か、お前が一番知っているはずだろ!」智也は言葉に詰まる。投資として語るならば、これは完膚なきまでの失敗だ。「柚葉が帰国してから、もう研究費は渡してない」智也は少しでも体裁を取り繕おうとする。しかし、健吾が言った。「なら、あの車と住まいはどう説明するんだ?それに、柚葉が帰ってきてからの数ヶ月、お前はこれでもかと甘やかしてたじゃないか。なのに、俺たち家族や凛には何をしてくれた?本当にお前は……全てを隠していたと
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第274話

灯台下暗し。「智也、柚葉への見方を変えろ。そして、仕事に集中して、凛をしっかりと繋ぎ止めるんだ!」息子が凛を再び丸め込みさえすれば、再婚の手続きをすればいいだけだ。智也は真剣な眼差しで答えた。「分かった。でも最近、凛と会うことも難しくて、それに会えたとしても竹内社長に邪魔されるんだ。どうやら、竹内社長も凛に好意を寄せているみたいで……」そのことを思い出すだけで、腹が立つ。自分の妻である凛なのに、あいつは毎日あの男と行動を共にし、さらには自分の車ではなく、海斗の車に乗りこむのだ。健吾は眉をひそめたが、すぐに力を抜いた。「男の火遊びに過ぎないだろう。竹内社長が凛に本気なはずがない。それに、たとえ凛がどれほど有能な科学者だとしても、施設出身の凛が竹内家や草壁家に受け入れられるはずがないんだから。ましてや、名家の御曹司が離婚歴のある女を迎えると思うか?」智也は、父の最後の言葉にどことなく違和感を覚えた。離婚歴のある女とはどういう意味だ?「凛が俺と離婚するはずないし、俺の方も凛とは絶対に離婚しないって言ってるだろ?」確信に満ちた息子の態度に、父は言葉を詰まらせた。前なら信じたのだが……「なるべく凛のことを気にしてやるんだぞ。分かったな?」「分かってる。そもそも、俺は凛のことしか気にしてないから」凛は自分が娶った妻。愛し、守り抜くべき存在なのだ。健吾は赤くなっている息子の頬を見つめた。「痛むか?その痛みを忘れるなよ。それと……柚葉との過去がどうであろうと、もう十分だろう?」「分かった」智也は頷き、父と病室へ戻る。母はまだ目を覚ましていなかった。話を聞きつけた胡桃がやってきて、ベッドにすがりついて泣き崩れた。「お父さん、お兄ちゃん。お母さん、どうしたの?」父は呆れ気味に言った。「お前のお兄ちゃんのせいだ」「お兄ちゃん、一体何したの?」胡桃は怒りを露わにする。「どうして入院するほど、お母さんを怒らせたりするの!」「もういいから」そう言って、妹を見る智也の瞳からは、かつての甘やかすような気配は完全に消え失せていた。「母さんの休息の邪魔だ」胡桃は呆気に取られたように智也を見つめ、すぐに言った。「凛さんのことでお母さんを怒らせたの?」この数年、母が苛立つといえば、ほとんどが凛に関することだ
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第275話

胡桃はまだ智也に何か言いたいようだったが、その時、梨花が目を覚ました。智也が梨花に呼びかけるが、返事はない。智也はため息をついた。「父さん、これ以上母さんを怒らせるわけにはいかないから、俺は先に帰るよ」智也は自ら部屋を出た。梨花はベッドに仰向けになり、天井を見つめながら、涙をこぼしていた。お金……悔しくてたまらない。智也が苦労して稼いだ金が、すべて柚葉のようなあんな女の懐に入っていたなんて。「お母さん、一体どうしたの?」胡桃は、梨花がこれほど悲しんでいるのを見たことがなかった。しかし、梨花は悔しさのあまり言葉も出ず、ひたすら涙を拭うことしかできない。胡桃は健吾に視線を向ける。健吾は深いため息をつくと、胡桃に言った。「母さんにお茶でも入れてやれ」「うん」胡桃は渋々ながらもお茶を淹れに向かった。健吾は椅子に腰を下ろし、ティッシュを梨花に渡す。「もう起きてしまったことなんだから。そんなに怒っても、体に障るだけだぞ」「これが怒らずにいられると思うわけ?!」梨花はティッシュで強く目尻を拭いた。「家族のために使わないなら、自分で会社でも起こせばよかったのに!それが、何でまた見返りもよこさない女につぎ込むなんて……」胡桃はその言葉をしっかりと聞いていた。怒りが沸々と沸いてくる。やはりお母さんも、お兄ちゃんが凛さんみたいな女に金を使っているのが許せないんだ。確かに、あの女はろくな見返りもくれない。報奨金で家族にプレゼントを買うどころか、お兄ちゃんにプレゼントをねだるなんて。恩知らずにも程がある!「お母さん、確かにお兄ちゃんはあんな風に……」「お前は黙っていろ」健吾は胡桃の手から飲み物を取り上げると、梨花に手渡した。健吾に言われた胡桃は、すぐに小さくなる。梨花はゆっくりと上体を起こし、湯呑みに口をつけた。しかしその瞬間、舌を火傷しそうになった。「熱っ!」今日は何もかもがついてない!梨花は胡桃を見て言った。「胡桃、お母さんを火傷させる気?」「そんなわけないでしょ?少し冷ましてから飲むかなって思っただけ」胡桃は不服そうに口を尖らせた。梨花は湯呑みを置き、もし凛がいたらこんなことはないのに、と思った。あの子ならもっと至れり尽くせり、何でもしてくれる。ああ、自分はなんてことをしてしまっ
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第276話

智也の財産を取り戻さないなんて、それは梨花が納得しないだろう。谷口家に嫁いで4年、梨花と胡桃が金しか見えていないのは、十分に理解している。「あの人はお金だけでなく、息子のことも考えていると思いますから」凛は窓の外を眺めながら言った。こよなくお金を愛している梨花だが、それと同時に智也のことも深く愛している。外から見れば梨花が胡桃を溺愛しているように見えるが、実は智也のほうをより大切に思っていた。以前、智也が胡桃が嫁に行く時のために家を買ってやりたいと言ったことがあった。その際、梨花はマンションは維持費がかかるから、結婚した後は夫の家に入るべきだと言った。それに、胡桃のために買うなら、いっそ智也自身に買ったほうがいいとまで言ったのだった。最終的には、智也が「不動産のひとつくらいないと、夫の家で肩身の狭い思いをする」と言ったので、梨花は渋々納得したという経緯がある。もし、梨花が本当に胡桃を愛しているなら、まず智也の苦労を気にするのではなく、この不動産が嫁に行った娘を守る盾になるという視点を持つはずだ。その時、美穂子は凛の表情が少し陰ったことに気づいた。長年抱えてきた心のしこりが取れるのは喜ばしいことだが、同時に過去の記憶もあふれ出てしまうのだろう。詰まっていた排水管が通る時のように、汚れた水が排出されるまでの時間を避けることはできないのだから。美穂子は話を逸らすことにした。「凛さん、明日は海斗様が主催する祝賀会ですよ。日和様がお迎えに来ると仰っていましたから、楽しんできてくださいね!」凛はようやく祝賀会のことを思い出した。竹内グループにとっては祝賀会だが、凛から見れば両社のチームが事前に顔を合わせ、協力関係を強める絶好の機会だ。美穂子は凛の目が少し柔らかくなったのを見て続けた。「日和様は凛さんが大好きで、引っ越してきて、凛さんと一緒に暮らせないか、なんて冗談をおっしゃっていたほどなんですから」凛が静かに答える。「私、ここに長くは住まないので」「え?」美穂子は驚いた。「引っ越しちゃうんですか?」凛がうなずいた。「ええ」凛さんが引っ越してしまったら、海斗様はどうすれば?!海斗は竹内グループを引き継いでから、この南山ヒルズ1号棟を主な生活場所としていた。凛が引っ越してしまえば、近づくチャンスがなくなって
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第277話

美穂子は食事をタッパーに詰め込み、南山ヒルズ1号棟へと向かう。海斗はすでに帰宅していた。「海斗様、夕食を届けにきました」美穂子は海斗に話しかける「二人分を用意して、凛さんに誰かと一緒に食べたらどうかと勧めてはみたんですが……結果として、海斗様のところへ届けるよう言われました」いかにもあいつらしい。海斗にとって、別に意外なことでもなかった。美穂子は料理をタッパーから皿に移しながら報告を続ける。「海斗様、凛さんは近いうちに引っ越すそうですよ。それから、谷口社長が不倫相手に使ったお金を取り返すつもりらしいです」「引っ越す?」箸を持っていた海斗の手が止まった。「どこへ?」「どこへとは言ってませんでした。でも、安心してください。ちゃんと一緒に行く約束をしましたから。その時になったら、隣の空き家や賃貸物件がないか、ちゃんと調べておきますね」海斗は唇をきゅっと引き結ぶ。「弁護士は頼んでいたか?」「はい。葛城先生にお願いしたようです」海斗は携帯を取り出し、謙介の連絡先を探し出した。人畜無害な顔をしている謙介だが、その中身は欲と現実にまみれた弁護士だった。3年前、巨額の報酬が動いた離婚案件で一躍名を上げて以来、富裕層の離婚案件ばかりを渡り歩き、すっかり金の匂いを纏う存在になっていた。あいつ、智也の財産に目をつけたのか。通話がつながると、謙介が笑いながら尋ねる声が聞こえてきた。「竹内社長、どうかしたの?」「凛さんの案件を引き受けたんだって?」「ああ」そして、謙介が続ける。「しがない弁護士が、年収億超えの谷口社長から少し恵んでもらうだけだよ」海斗と謙介の付き合いは長くないが、二人には「金持ちから稼ぐことを好む」という共通点があった。竹内グループの不動産業は、都心の一等地の土地だけを取得し、高級マンションやヴィラ、そして大型商業施設のみを開発している。さらには、年も近かった。「この案件で何か厄介なことはあるか?」海斗が尋ねる。謙介はすぐに察した。あの竹内社長がわざわざ自分の仕事のことなど気にするはずがないから、これは100パーセント、凛さんの手助けをする気なのだろう。「少しね」と謙介は答える。「これまでの証拠資料から、婚姻関係存続中の共同財産であることを立証するのは難しくない。でも、谷口社長と小林柚
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第278話

これはどう考えても、智也の心の中で凛が大切な存在になってきている証拠だ。智也自身は決して認めないが、行動がすべてを物語っていたし、彼はまた自分と距離を置こうとしている。柚葉が上の空なのに気づいた英樹は、低い声で柚葉に注意を促した。「利明がもうすぐ来るぞ」はっと我に返った柚葉。すると、仲居がスーツ姿の利明を連れて入ってきた。「松田さん、柚葉。遅れてしまい申し訳ありません。少し用事があって」そう言い終わると、利明は英樹に手土産を差し出した。「つまらないものですが、どうぞ」「全然構わないさ。わしらが早く着いてしまっただけだから」英樹が目を細めて笑う。手土産よりも、彼は利明に好印象を抱いたのだ。それに比べ、既婚者である智也にはますます不満が募る。智也はまともに挨拶に来たことすらないのだから。とはいえ、智也は柚葉に惜しみなく金を使ってくれていた。だが、それが何だと言うのだ。柚葉を愛人の立場に置いている事実は変わらない。考えれば考えるほど、腹が立って仕方がなかった。英樹は利明に言った。「神谷弁護士、色々とありがとう」利明は畏れ多いといった表情を浮かべる。「松田さん、そんな堅苦しい呼び方は止めてください。柚葉と同じように名前で呼んでくだされば、結構ですから。それに、手を尽くしたのですが、結局お役に立てずにすみません」英樹の名誉と職位は保たれたものの、注意を受け、研究費の申請や関連プロジェクトへの参加資格を3年間停止されることになっていた。もっとも、もう60代後半にもなる英樹にとって、そんなことは痛くも痒くもない。そんな彼にとって今最も大切なことは、後継者を育てることだった。「老いた私なんか、どうでもいいんだよ。若者たちが無事でなによりだ」英樹は柚葉に視線を向ける。「柚葉、ほら利明くんに酌をして差し上げなさい」柚葉が酌をしようとしたが、利明がそれを手で止めた。「そんなに気を遣わなくて大丈夫だよ。それに、お酒は体に障るから」柚葉は座り直し、微笑んだ。「ありがとう、利明」利明も微笑み返すと、英樹と自分自身にお茶を注ぎ、お茶で挨拶を交わす。英樹は利明を見れば見るほど、この男に満足した。柚葉がトイレに席を外した際、英樹は利明に尋ねた。「もう30かね?」利明が頷く。「はい、ちょうどなったところです」
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第279話

凛は朝一番、景山グループの跡継ぎである悠真からメッセージを受け取った。内容は、先日の入札会でホシゾラ・テクノロジーが招いた混乱についての詫びと、食事の誘い。食事の誘い?そんな必要なんてないのに。智也と柚葉はすでに失敗したのだから、ホシゾラ・テクノロジーが詫びるとしても、自分に謝罪する意味が分からない。それに今日は先約があるのだ。凛は用事を理由にその誘いを断る。不満げな表情を浮かべた悠真は、凛に一体どんな用事があるのか、さらには、どこへ行くのかを知りたくて仕方なかった。だから早速、周囲に凛の予定を聞き始めた。悲しむ人もいれば、喜ぶ人もいるのがこの世の常。今回、喜んだのは智也だった。なぜなら、凛が悠真からの誘いを断り、その後すぐに育児講座へと出かけていったからだ。凛が講座に出席した通知を受け取った智也は、笑みを浮かべた。凛は腹を立てていても、育児講座にはしっかり出席してくれているらしい。新車の修理が終わっていないのが悔やまれる。もし終わっていれば、車で迎えに行ってそのままキーを渡してあげられたのに。いや、今すぐ鍵だけ渡すのも悪くない。そう考えた智也はすぐに身なりを整え、花束も準備した。シャンパンカラーのバラを抱えてマンションの下に降りると、バッタリ柚葉と鉢合わせた。「智也?どこに行くの?」花束を見た瞬間、柚葉の鞄を握る手に力が入る。智也も驚いた。「どうしてここに来たんだ?」「ここ数日会えてなかったから」そして、柚葉は臆することなく言った。「智也に会いたかったから来たの」しかし、智也の眉間に皺がよっただけで、そこに喜びなどなかった。「ごめん、柚葉。今日はどうしても外せない用事があるから、また明日連絡するよ」智也が歩き出そうとしたので、柚葉はその手首を掴み、単刀直入に問いただす。「凛さんに会いに行くの?」智也も隠そうともせず、小さく頷いた。「凛さんはあなたに会ってくれないのに、あなたは自分から探しに行く。それも、会いに来た私を追い返してまで行くなんて!」柚葉は今にも泣きだしそうだった。そんな柚葉の瞳に耐えられず、智也は思わず目をそらした。「凛が俺と会ってくれないのは、怒ってるからなんだ。だから、ご機嫌を取りにいかないと」智也が凛の機嫌を取りに行くと聞いた柚葉は、嫉妬に狂い
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第280話

柚葉の胸にまた痛みが走る。柚葉は何も言わず、そのまま静かについていくことにした。智也が受付に行くと、顔なじみの受付がすぐに温かいお茶を出してくれた。「谷口様、また奥様のお迎えですか?」「ええ」智也は微笑んだ。「そろそろ講座が終わる時間ですよね?」「もう少しで終わりますよ」受付の女性は、智也の整った顔立ちを見ながら、少し興奮気味に褒め始める。「奥様は一度も遅刻や欠席がなく、とても真剣にノートを取っていますよ。本当、すごく熱心に子育ての準備を始めているようです」ここ数日、智也が心の中に抱えていた焦燥感が少し和らいだ。「ありがとうございます。あいつは何事にも一生懸命なんです」特に、料理なんかがそうだ。自分や家族の好みをいつだって覚えてくれている。智也の優しい微笑みに見惚れた受付係は、顔をほころばせながら、「旦那様がお迎えですよ」と知らせに向かった。なんて理想的な夫婦なんだろう。また今日も、心からそう思った。授業を終えた菜々子はその知らせを聞き、そっと身を翻した。「先に、少し電話をしてきます」菜々子は凛に電話をかける。「旦那さんがまた来てます。引き延ばしたほうがいいですか?」「放っておいて。あなたも無視してればいいから」「もし何か聞かれたらどうすれば?」「事実をそのまま伝えて」菜々子は怪訝に思いつつも承諾し、携帯を仕舞って外へ向かった。「谷口様、奥様はこちらですよ」智也が花束を抱えてやってくる。さらに、その花束にはポルシェの鍵が隠されていた。智也が近づくと、ちょうど受付の女性が別の女性に向かって「奥様、旦那様が来てますよ」と声をかけているのが聞こえた。その女性に智也は見覚えがあった。前回来た時、凛に生理用品を届けてくれたあの女性だ。「今、彼女に何とおっしゃいましたか?」智也は受付の女性に尋ねる。受付の女性は聞かれている意味が分からなかった。「谷口様が来たことを伝えただけですが……」菜々子が正直に話す。「私はこの方の妻ではありません。谷口さん、こんにちは」受付の女性は固まった。「そんなはずあるわけないじゃないですか。だって、ずっと講座に通われていたのはあなたですよ?」「ずっと?」智也は困惑した。じゃあ、凛は一体どこに?でも、前回自分が来た時には、
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