「凛様からしたら、自分の代わりに28年間何不自由なく暮らしてきた美雪様が、これからも神谷家にいるのは複雑でしょうね。でも、美雪様だって、本当の娘が戻ってきたら、自分の居場所がなくなったみたいに感じるだろうし」「旦那様と奥様も、どうするつもりなんだろう。取り違えだったってわかったなら、それぞれ本当の家族のところに戻せばいいのに」「子どもがいないからそんなこと言えるのよ。自分の手で28年育てた子と、よその家で育った本当の娘じゃ、同じようにはいかないでしょ?」「でも、お腹を痛めて産んだ子よ?」「妊娠してた10か月と育てた28年だよ?どっちが長いと思う?犬だって28年も一緒に暮らせば、簡単には離れられないんだから」厨房が一瞬、静まり返った。皆、黙って野菜の下ごしらえに戻る。どちらの言い分にも、それなりの理屈はあった。だが、そもそも使用人の自分たちが口を出すことではない。雇われて働いている以上、あとは主人一家がどうするかだ。ところが、夕食は美雪の分も必ず用意するよう、厨房へ言いに来た彰菜が、その会話を聞いていた。美雪が家に帰ってこないなんて、そんなことがあっていいはずがない。料理のことを伝えたら、自分でアトリエまで迎えに行くつもりだったのだが、まさかその途中で、使用人たちが家の事情を噂しているところに出くわすとは思わなかった。彰菜が扉を開ける。厨房にいた者たちはぎょっとし、彰菜だと気づくなり背筋を伸ばしてうつむいた。「神谷家がお給料を払っているのは、家の事情をあれこれ噂してもらうためじゃない。次に同じことをしたら、辞めてもらうわよ!」「申し訳ありません」「それから、父と母の好きな料理と、美雪の好きなものはしっかり用意しておいて。私はこれから美雪を迎えに行って来るから」彰菜が立ち去ると、全員が大きく息を吐いた。彰菜が美雪を特別に可愛がっていることは、誰の目にも明らかだった。これで皆、なんとなく察する。やがて、利明が母方の祖父母を連れて帰ってきた。「母さんは?」使用人に尋ねると、「美雪様を迎えに行かれました」と返ってきた。利明は頷いた。母方の祖父――つまり彰菜の父である福井孝昌(ふくい たかまさ)が聞く。「凛は?もう来てるのか?」「あとで来るよ。父さんが話してるから」すると使用人が口を挟んだ。「利
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